MARIA CODE#001

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 言葉(言語)が生まれる前にイメージ(画像)が在ったわけですから、言葉の中にすべての正解があるわけではりません。言葉が在るから正解もあるわけですから。イメージと組み合わせてこそ正解に近づくのだと思います。さりとて、その正解が人間にとって有益でないとしても。ダビンチが歴史にその名前を刻んだのはその類まれなる知能があったからではなく、自分が見たモノ(現実)を正確に記述(描写)するテクニックがあったからだという説があります。見えたモノを思考(言葉)と組み合わせて残そうとしたからこそ、偉業として私達が共有できるのです。人間のアウトプットは骨格と筋肉にほぼ依存しています。四肢や口頭や表情の制御でしか人間はアウトプットする術がありませんから、ツールを変化させて代用しているのです。先日、大阪に仕事で行った時、電車の中に18人の乗客がいました。2名は寝ていて、起きている16名の内12名がスマホを操作していました。思考よりも指で何かをアウトプットしている感覚が、よほど心地がいいのでしょう。