気楽な飲み会。

 よくあるSNSからのメール。クリエイターのコミュニティーに登録しているだけで、「クリエイター同志の楽しい飲み会開催します!」という言葉が届く。私は楽しいだけの飲み会が嫌いなので、クリエイターがお酒軸の飲み会を開催してもあまり得ることがないと捉えている。人と人の出会いの場、コミュニケーションの場を否定的に捉えているのではなく、「お酒きっかけで飲み合う場」というのが好きではない。お酒が嫌いなのでも、飲み会が嫌いなのでもなく、「クリエイター前提」でクリエイターらしくないと自身が捉えてる行動が嫌いなのです。その大前提には自分のクリエイターとはどうあるべきだという気持ちがいくつかあるからこう捉えてしまうのですが、まして、SNSのお気楽なコミュニティーで集まった、楽しいお酒が飲めた程度ならば、ひとりで何かをつくっている時間を優先する。結果、365日仕事人間が完成していまうわけですが、それはそれでいいじゃん。立派な個性だと捉えている。

 貴重で有益な情報は、毎日顔を合わせたり情報交換している人よりも、1年に1回程度会う人から受け取ることが多いというリデータをアメリカの投資家の書籍で読んで知ったが、習慣の中では新しい習慣は生まれないということだろう。まして、お互いの属性について極表面的なつながりしかないSNSから何が生まれよう。何事も出会い・機会がなければ新しい行動は生まれないとしても、お互い素性も属性も人間のひととなりも知らない、文字・画像レベルの繋がりから何か新しいことが生まれたら、人間は素晴らし過ぎる。建設的なことが生まれないからこそSNSが成立しているのだから、仕組みと論理は間違っていないが。

 「同じ釜の飯を食う仲間」という表現があるが、五感でつながってでさえ、すれ違うのが人間。機会の確率を上げることよりも、私は確率が低くとも質をあげる工夫に時間を活用したい。