熱血とポンコツ。

 世の中には熱血タイプとポンコツタイプがいて、私など常にこの間で右往左往しているのですが、自分のことはさて置き、他人の「熱血さ」加減と「ポンコツさ」加減から何かを学ぼうと考えています。自身の熱血さにもポンコツさにもいろいろなタイプがあり、いつもその中間地点で安定してくれればいいのですが、青天井と泥沼に翻弄され、つい、「うかつ」に思考と行動の歯車がずれる。昨日、接点のあった「熱血タイプ」と「ポンコツタイプ」からも学ぶべきことは多く、できれば、その中間ゾーンあたりを自身の糧としたい。

 まず、そのポンコツタイプは、明らかに風体・風貌・ふるまいがポンコツで、当然、取り組んでいるビジネスモデルもポンコツだった。そもそもビジネスで取り組んでいる以上、関係者各位とビジネス上のつながりがある。お世話になっている方がいてビジネスは成立しているのだから、どんな案件であれ、受注させていただいている以上、自身のビジネスの外観を整えるべきだ。よれよれの風体で、言葉のキレも悪いし、当然、表情は濁り、口から出る言葉に精力がなく論理が崩れている。ボキャブラリーなど当然のように支離滅裂。この思考と行動でよくビジネスが成立しているものだと終始呆れる初見となる。短時間でこれだけの見切りをしてしまうタイプとの出会いは、最近、非常に稀だったので、呆れる以上に、何故?どこが?このタイプはポンコツなのかと、ひとつひとつその要因をカウントしいていた。実に21個が、私のポンコツゾーンに適用された。まぁ、何がどうあれ、人との出会いは大切ですから、今後、お客様になる可能性も0%ではないので、礼儀と節度をキープしながら対応し、打ち合わせの場を失礼したが、21個は新記録だった。真理から言えば、ビジネスとは人である。人との関係性よりもコストや手前の都合を優先した段階ですべての歯車が狂う。このことを特にポンコツタイプは理解していない。

 一方、熱血タイプの方は、言葉の丁寧さや論理の脈が一本通っていて、その対応速度も速い。レスポンスが速いだけで質量が伴わない人は、レスポンス自体を勘違いしていることが多く、それらのタイプと比較するとこの熱血タイプは、非常にクレバーさが際立つ。クライアントとの連携について、自分のポジション・スタンスをしっかりわきまえていて、円滑に仕事が進むことや、重要度の高い、優先すべき順列が適正なのである。優先順位について、理論的なタイプは、自分の理論を組み替えることをあまりしない。固執しているとまではいかないものの、自分の理論が常に起こる自体よりも優先されて、ジグソーパズルのように、どこかに必ず大きな絵を完成するためのピースがあると信じている。このタイプは、たったひとつのピースがなくなっただけ不安になり、絵を完成させることを諦める。当然、ビジネスも経済状況もたったひとつのピースの都合で放棄し、致命的な状況を招く。しかし、それでも自分の理論を崩さないという破滅的で悲観的なタイプです。一方、この熱血タイプはそのプライオリティーを健全に適正に組み替えるセンスがある。ビジネスの展開上、ピースが紛失することなど日常茶飯事だからだ。欠けたピースなど自分で作ればいいのです。そのテクニックがないから、自分のピース群に固執してしまい依存する結果になるのです。緊急事態にも関わらず、適正な判断と円滑な業務を再構築させようとする熱意には感銘を覚える。このように自分自身がその熱血タイプに感銘を覚えている以上、私は全力でその方を応援しようとする。これは当然のパワー配分である。現代は人間関係に苦労する人が多いストレス社会だという価値観が蔓延しているが、裏を返せばそこに勝機があるということになるだろう。生きていることはストレスの中で変化し続けること。ストレスは酸素のようなモノだから、変化するためのエネルギー源のひとつなのです。

 自己分析では、私の中の熱血タイプとポンコツタイプはこの両名をこのように分析・洞察した。反面教師ではないが、今日からの仕事の糧にしたいと思う。

 おまけネタとして「反面教師」という言葉、なかなかのツボであり、評価点が高い。この言葉が「反面医師」や「反面漁師」や「反面調理人」ではなく、「教師」だった根拠がツボなのである。学校の先生とは、いわばその矢面に立っているわけだから、特殊な仕事だと思います。最近は「反面」でさえもなく、「鏡面」だったりするから、教育者というポジション、なかなか混迷である。熱血なら救いがあるが、ポンコツだった日には、生徒達の自立精神が自立能力がその反作用としてより高まることだろうと期待できる、という利点もあるだろう。