十三の街並み

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 昨年の暮れ、十三のクライアントさんで打ち合わせをするため、阪急の十三駅で降り、徒歩で本社までいく途中に撮影した街並みの写真です。以前、上海に仕事で行った時、この風景に似た街並みを見た。その時の記憶がふっと蘇り、懐かしさを感じて撮影しました。現代、日本の街並みは千差万別・多種多様です。その時代時代にいろいろな家のコンセプトがあり、建築手法も様々な変遷を経て、結果、現代の日本にの街並みには多様な佇まいがあり、同様に様々なライフスタイルが混在していると思います。人間の身なり・風体・ふるまいにもその作用あり、それらは社会全体の潮流だとも言えます。トレンド・流行について、私のようなデザインの仕事をしている人間は敏感にならなければならないのですが、こと「衣食住」に無頓着なため、恐らくその影響がデザインの仕事にも少なからず作用しているのでしょう。改めてこの街並みの写真を見ながらそんなことを考えています。

 以前、ある女性クリエーターに「スギノさんはなんとなく日本人らしくない」と言われたことがある。その時、その言葉を深く考えることもなく、気にもとめていなかったが、自身の中にある思考パターンや知識・経験値・趣味趣向の一枚裏にある気質が作用し、その類の言動や振る舞いやモノゴシとして露呈した結果なのでしょう。その評価が良いのか悪いのか?有益なのか無益なのか、自身は判断できませんが、「日本人なのに日本人らしくない」という評価をどう捉えるべきなのかと、それからよく考えるようになりました。

 脳の思考パターンには「左脳タイプ」と「右脳タイプ」があり、それぞれ別の思考パターンがあるという情報をよく書籍で読みますが、最近読んだ書籍の仮説には「上層」と「下層」があり、上層からは理性の信号が出ていて、下層からは本能の信号が出ていると書かれていました。五感からの情報をこの二つの層からの信号で判断し、有益無益・趣味趣向・正誤に分けて思考を整理しているらしい。デザインの仕事は創造的な思考が主軸だと捉えているので、自身、「右脳・下層連携型」なのだと分析しています。しかし、そう考える反面、自由奔放な衝動・情動・着想でさえ、上層からの理性信号にほどよく抑制され、微妙なバランス感覚を維持しようとする作用があるのです。致命的な判断を下すことなく、安定した仕事を展開できているということは、思考と行動をしっかり二極で捉えることができているのだと捉えています。絵や写真でもシンメトリーな構図に人間は「安定感」を感じるというセオリーがありますが、その傾向も無意識に二極的に捉えた脳からの信号の作用なのでしょう。

 常日頃、「攻撃は最大の防御だ」と自分に命じ貪欲に探求しつつ、実は「防御」前提の「攻撃」となり、自分が思っているほど「思い切った思考や行動」になっていないのかもしれません。「ブレーキ」と「アクセル」の制御で捉えれば、典型的な「安全運転」なのかもしれません。