不屈の男。

 アンジェリーナ・ジョリー監督の「不屈の男 アンブロークン」という映画があるらしい。

 あらすじは、元五輪選手の主人公が太平洋戦争で赴き、洋上で墜落。飢えとサメの襲撃に耐えて47日間漂流し、その後、日本軍の捕虜となり理不尽な暴力を受ける。しかし、戦後はその暴力を許し、80歳で長野五輪の聖火ランナーに参加するという物語である。日本軍の捕虜虐待が描かれていることから、「反日的」という捉え方がされ、日本国内での配給・興行が検討されていたらしい。政治的な背景よりも、人間ドラマとしての和解をテーマと解釈し一部の芸術系の配給会社が単館で公開するらしい。

 情報化時代、世界がひとつになったと連呼していても、その情報はどこかで誰かが主観的な意図や理論理屈で選択しているのです。ビックデータが表層に漂う無味無臭の浮遊物だとしたら、情報の真価はどこにあるのだろうか?というビッククエスチョンが頭に浮かぶ。それは、大海を悠然と泳ぐクジラのように人知を避け、自由にどこかを回遊しているかもしれない。

 映画表現ひとつ、まだまだ、国境(文化圏)の目に見えない壁は高いのです。