ズレ。

 長年、デザインの仕事をしていると自分の感覚が他人と比べ、ズレていると感じることが多い。しかし、いつもいつもズレていては商売は続けてこれなかっただろうし、ワガママな考えや行動を繰り返していれば、結果、孤立してしまっていたでしょう。

 そう考えると、私の感覚の「ズレ」はデザインの仕事を展開する上で必要だった、多少ズレてはいたが仕事の成果としては良い作用もあったということになります(自己完結)。かなり、自分を擁護している考え方ではありますが、デザインの仕事にはつくり手の感覚や理屈など、適当に適正にズレている必要があると捉えています。

 例えば、日本の「音楽シーン(ビジネス)」について他人の感覚とのズレを強く意識することが多い。老若男女が「ワーキャー」言っているグループがいる。ここでそのグループを特定して個人的な分析を披露したところで、誰も得をしないのでそのグループ名は書きませんが、私はそのグループがテレビに登場しても一切魅力的だと感じない。しかし、世の中には熱烈なファンがいて、ライブに集まりグッズを購入し、当然、CDも破格の販売力がある。その現実・事実・根拠があるから、テレビ番組にその皆さんがゲストとして登場した際、司会者や他の芸能人さん達はその皆さんに対して「そういう扱い」をする。これは歴(れっき)としたビジネスモデルなのだから、私個人レベルで何をどう感じようが体勢に影響などない些細なこと。しかし、仕事の場面でその感覚がマイナスに作用すると判断すれば、私はその想いを伏せてニュートラルに世間一般の評価をしている人になる。この変わり身の術、非常に不本意ではあるが、その場面で自分の感覚を鋭利に尖らせる必要はないと考えています。尖らせなければならない部分を使うのはあくまでもデザインの仕事だからです。

 このように日常の些細な出来事や場面で感じる「ズレ」は、自分の未熟で足りない部分を明確に分からせてくれるという利点もある。

 そのグループの魅力を私は感じられないほど正真正銘の「おっさんなのだ」とか、これがカッコイイと感じられないのはただの食わず嫌いで、ちょっと色眼鏡を外せば魅力が見えてくるのかもしれないという、リセットする機会だと捉える利点です。若い頃なら、未熟者やビギナーだからと許されたことでも、この年齢(51歳)になればそれは常識として許されないゾーン。そもそも常識への理解がズレていたからこんなタイミングでこんなブログを書いているのですから、それでも、こんな私でもリセットできる体勢・コンディションにしておくことは大切だと考えている。理論・理屈で社会から孤立するよりは、ズレている本質をひきずりながら飽くなき「世渡り上手」でいたい。

 デジタルツール(ソフトやデバイス)をデザインの仕事で活用するようになって、得したことは技術レベルが低くともツールが補正してくれる点である。アナログツールを活用していれば、スキルが足りないと「ゆがみ」「ねじれ」「ズレ」が生じるが、デジタルツールでは完璧に補正してくれる。シフトキーさえ押していれば、垂直・水平が狂うことはない。しかし、それゆえに、意図的な「ゆがみ」「ねじれ」「ズレ」を生み出しにくくなってしまう。これは常識では「良いこと」なのだが、ズレている人間からすれば、意図的に「ゆがませたい」「捻りたい」「ズラしたい」という気持ちまで、矯正されているようでストレスなのです。

 私はこの意識をデザインの仕事で必要なバッファ(余裕)だと捉えているが、常識では「水平・垂直が美しい」、その根拠は「安定していることを美しいと人は感じるから」という理屈で片付け、その先、その裏、その下にある「不安定な美しさ」「歪な美しさ」「0.1%の美意識」を受け入れない人も多い。

 とても正確で物理的で緻密なお話をすれば、デジタルツールで制作したコンテンツを印刷した場合、刷版も印刷用紙も湿度や気温で微妙に歪んで伸縮している。350dpiで印刷した場合の4版(CMYK)の版は網点の集合であり、それぞれの4版はそれぞれの法則で角度が意図的にズラしてある。だから、美しい印刷物が仕上がるのです。

 また、モニターについても、それぞれの解像度があり、昨今の4K・5K画像でさえ、どんなに徹底的にカラーマネージメントを管理しても、見る視点や角度、部屋のライトの種類、日光との兼ね合いで同じ状態で再現は不可能なのです。まして、人間の網膜は血流と視神経の新陳代謝の影響で、時間毎に変化している。視神経と言われているぐらいだから、感情やその日の気分や体調でも毛細血管は伸縮し微妙に変化している。変化すれば当然、色の認識・認知にズレが生じている。

 でも、理論・理屈ですべてを片付ける人は「ズレ禁止」で満足できる幸福者なのです。ある意味、それが正常なのかもしれませんし、原理や仕組みを知り過ぎない方が低いレベルでいられ、満足の度合いが相対的に高く多くなる利点もあります。闇雲に過剰に追求し探求しても、常に正解は形を変えているのだから目や耳や心を背けて伏せている方が楽チン。

 ただ、ズレていると、私のように「メンドクサイ人」になってまうので、この長文、最後まで読んだ人には大変申し訳ないですが、人は結果、素直で素朴な方が幸福を手に入れるチャンスは多いと思います。最後までズレズレのブログでした。ゴメンナサイ。