東京五輪新エンブレム。

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 いろいろと物議を醸し出した遺恨の残る「東京五輪エンブレム」。結果、すべてがリセットされて、現在はこの4案に絞り込まれているらしい。さて、この4案、いかなものか?

 「一般公募」とのことで公平性をアピールしているようですが、この4案のエンブレム、いずれも非常に「迷い」を感じる。印象として完成度うんぬんよりも、社会情勢の影響からなのか、日本人という気質が作用しているからなのか、「迷い」が第一印象としてあり、なかなか心から素直に受け入れにくい。これは私がデザインの仕事をしている人間だからなのか、ただ単に否定的なアプローチが癖だからなのかは分かりませんが、しっくりくる要素があまり感じられない。

 例のリセットされた疑惑付きのエンブレム案と比較した場合、明らかに何かが足りない。酷似していたことや、盗作の疑いなど、ボツになった経緯があるからか素直な気持ちで、新しい4案に対峙できないだけかもしれません。その感覚を言葉にすると「っぽくない」。

 唯一、総合点数が飛び抜けて高いのは「A案」です。あとは有象無象に近い。できることなら、「A案」に決まってほしいと考えています。

 恐らく、多くのつくり手が「東京五輪2020」に期待を寄せ、あらんかぎり英知と感覚で生み出したエンブレムデザインなのだろうけれど、デザインに必要なことは理論や理屈や根拠ではなく「っぽい」こと、「らしい」ことが大切。人工知能は最近凄まじい進化を遂げ、猫の顔を判断するようになったらしいが、つくり手は自らの経験と世の中の膨大なビックデータから適正なテーマを組み合わせた後、必ず、つくり手本人の「らしい」部分、つまり、最後の魔法の一滴を落とさなければならない。完成度やデザインの歴史がどうだったからではなく、今、作った本人の中の何かが転移・憑依し初めてデザインは息吹くと私は思います。人工頭脳が「これ猫だ!」という認識レベルと同じであってはならない。

 その視点で、その捉え方でこの4案の中から1点を選ぶとしたら、圧倒的に「A案」です。

 さて、どれに決まるのでしょう?