無免許。

 例えば、無免許で自動車の運転をすれば法律に反します。医師も弁護士も様々な国家資格も無免許では仕事ができません。家を設計し建築するのも同様です。しかし、デザイナーは無免許でも仕事ができます。免許の更新や許可書を提出しなくても仕事が成立します。長年、デザインの仕事をしてきてよく考えることです。「無免許だから良かった」と捉えるか、「無免許だから誰でもやろうと決意すればできる、つまり、すべてのデザインを志した人が競合相手となる。」と捉えるかの違いこそあれ、とにかく、デザインの仕事を始めるにあたり免許や認定資格は必要ないのです。

 以前、彦根のパソコンスクールで、デザインの仕事をするためになくてはならないアドビのイラストレーターとフォトショップというソフトウエアの活用術を教えていた時、若い男性の方から「デザインの仕事って、特に免許とか認定資格は必要ないですよね?」という質問を受けた。ソフトウエアの使い方を教えていたわけだから、テクニックを習得して知識を得ても、さらに免許が必要だったどうしよう?と思っておられたそうです。私も長年デザインの仕事をしていて、まったく意識がなかったので、その時、改めて「デザインの仕事をする上で免許や許可、認定資格は必要ないんだ。」と痛感しました。

 さて、免許があることは有利なのか不利なのか?それとも、どうでもいいことなのか?恐らく、どうでもいい免許など存在しませんから、免許があれば有利なはずです。では、何に対して有利なのか?免許を取得しているということは、一般的に安心してその仕事を依頼できることの証でもあり、無免許なのに、テクニックや知識があっても、一般的には信頼されにくいのです。無免許の医師がいて、テクニックも知識もあり、人柄も良い、現場の経験も豊富だけど、やはり、免許のある医師に看てもらいます。それは、保険のような作用・効果かもしれませんし、免許を持っていることが通念として信頼の証だからです。

 では、もし、デザインの仕事をするために、「グラフィックデザイン一級国家資格」なるものがあり、専門の学校で専門の勉強をし、インターンで経験を3年ほど積み、その後に試験を受ける。ということが義務づけられていたとしたら、自分自身はこの免許を取得するために猛勉強をしたのか?という自問があります。恐らく、そんなプロセスが必要だったとしたら、私はデザインの仕事をしていない、デザインの仕事を選択しなかっただろうと思うのです。勉強が嫌いという大前提(勝手な理由)がベースにあるのですが、そもそもデザインのテクニックや知識、そして、経験値をひとつのフォーマットに整理して、テスト化することができなかったため、デザインの仕事には免許や国家認定が存在しないかななどと仮説を立ててみたりします。つまり、それほどデザインの仕事は「多種多様」であり「複雑怪奇」な仕事だからなのかと。誰でもできるが誰でもできない仕事なのかなと思うのです。改めて。

 例えば、良くあるケースは「デザインが好きだからデザインの仕事をする」という発想・連想です。子どもの頃、医師に両親の命を救ってもらったから医学に感謝し憧れ、自分も誰かの命を救いたいと医師を目指す人。プロスポーツ選手が大会の優勝コメントで「お世話になった恩師やトレーナーの皆様に、そして、何より苦しい時支えてくれた妻にこの勝利を捧げます」というスピーチを見て、感動して、僕も私もとプロスポーツの世界に挑戦したいと考える人。目標設定するケースや条件は様々ですが、何を省みても「好きだから」という理由ほど強いモチベーションは存在しませんから、このパターンはとても自然で理にかなっています。同様に、「デザインが好きだ」というモチベーションは、優れた医師との出会いや魅力的なプロスポーツ選手との出会いと比較しても容易ですから、医師よりもプロスポーツよりもデザインの仕事をやりたいという人は多いはず。しかし、入口はとてつもなく広く、免許も認定資格もないデザインの仕事の世界ですから、出入り自由、フリーパス状態なのですが、10年間、デザインの仕事を続けるということは、とてつもなく大変なのだそうです。

 デザインの専門学校を卒業し、デザイン事務所に就職し、独立したがデザインの仕事は辞め、転職したというケースです。この境界線・分岐点がどうも30歳あたりに1回目、40歳あたりに2回目があるのだそうです。このケースがとてつもなく多いそうです。冗談半分で学生の頃、「デザインの仕事をしたければ、自分勝手に「デザイナー」という肩書きの名刺さえ印刷すればデザインの仕事はできるぜ!」という捉え方でした。このゆるい言葉を鵜呑みにしたことが私のデザインの仕事への出発点だったかもしれませんが、なんとか22歳で始めたデザインの仕事を、51歳まで続けることができ、お陰様で明日、52歳になり、もう少しデザインの仕事は継続できそうです。

 無免許で始めたデザインの仕事ですから、まったく保証もありませんでしたし、国からも県からも守られている仕事ではありません。今後も、恐らく、ひとりでつくり続けるだけなのです。どこかのタイミングで免許資格試験を受けるようなピリピリしたポイントもなかったですし、ここまで習得すればあとは安泰という気分になれた日も一日もありませんでした。それなりの覚悟があったのかと自問しても、明確に国家認定証を公布されたような経緯もありません。ただ、ありのままに、デザインの仕事を選び、一日も安泰・安息することなく挑戦し探求してきただけ。恐らく、今後も同じなのでしょう。

 正真正銘の名実共に「無免許運転」ですが、52歳になっても、22歳の頃と同じ気持ちで、自分のデザインを追求し、お客様ひとりひとりにとって、頼りになる「つくり手」でありたいと思います。

 52歳の自分への決意表明でした。