異分野交流・多分野協力論。

 東京大学教養部の藤谷祐子副理事長が提唱しておられる「異分野交流・多分野協力論」について。

 この取り組みは東京大学の総合的教育改革の一環として新設された後期教養科目の中の一科目なのだそうです。全12回のテーマを用意し、毎回、議論形式で授業を行っている。授業の構成は下記の12回である。

第1回 コピペは不正か
第2回 グローバル人材は本当に必要か
第3回 福島原発事故は日本固有の問題か
第4回 芸術作品には客観的価値はあるか
第5回 代理出産は許されるか
第6回 飢えた子どもを前に文学は役に立つか
第7回 真理は一つか
第8回 国民はすべてを知る権利があるか
第9回 学問は社会に対して責任を負わねばならないか
第10回 絶対に人は殺してはいけないか
番外篇 議論によって合意に達することは可能か
最終回 差異を乗り越えることは可能か

 なんとも、壮大で曖昧で必然なテーマです。では、ひとつひとつ答えていきたいと思います。

Q コピペは不正か?
A 何をコピペするかで不正か否かが分かれます。
  つまり、この議論をどのような立場のどのような属性の人とするかで分けるべきです。

Q グローバル人材は本当に必要か?
A 必要だと思えない理由が必要なし。

Q 福島原発事故は日本固有の問題か?
A NO。

Q 芸術作品には客観的価値はあるか?
A そもそも芸術に「客観」はない。

Q 代理出産は許されるか?
A 誰に許してもらうかという論点ではない上に、代理出産は必然である。

Q 飢えた子どもを前に文学は役に立つか?
A 役に立つ。

Q 真理は一つか?
A NO。

Q 国民はすべてを知る権利があるか?
A 権利はあるが、権利があるだけ。
  物理的にか概念的にか、もしくは哲学的には慣習に依存する。

Q 学問は社会に対して責任を負わねばならないか?
A どのように「社会」を規定するかで責任の有無が変化する。 

Q 絶対に人は殺してはいけないか?
A 殺してもいいという前提では何も生まれない。

Q 議論によって合意に達することは可能か?
A 議論する人達の時間の概念次第。

Q 差異を乗り越えることは可能か?
A 当然、可能である上に、不可能な状況の原因・要因を黙認せず直視し理解し納得するべき。

 議論ありきのテーマですから、乱暴な結論ばかりですが、私の根の部分はこんな感じです。

 しかし、東大生の皆様も次から次へと大変な時代になりました。