GRAVITY

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 昨晩、地上波初の映画「GARVITY」をテレビで観た。

 SF作品で海外では高い評価を得ている作品である。「オデッセイ(火星の人)」が記録を抜くまでは、この「GARVITY」が興行成績記録第1位だったらしい。ここまでの情報を意識し、いよいよテレビで観戦しようとした矢先に、「誰だ!お前は?」的な男性アナウンサーと俳優が「「GARVITY」」について語り出した。しばらく聞いていたが、見事にトンチンカンでナンセンスな説明内容に怒りさえ覚えた。それはこれから私達が映画を観て自由に感じる部分だから、それを改めて、映画が始まる前に何故ベラベラと語り始めるのか?その目的は何?SF映画だから、予備知識として、映画の魅力をご丁寧に噛み砕き、要約してくれるのか?その判断はテレビ局のプロデューサーの見解なのか、構成作家の意向なのか、そういうコンデションづくりが必要だと安易に軽率に誰かが判断した結果なのか?それとも、この俳優をたてて関連映画作品、もしくはテレビドラマの宣伝をしたいのか?いずれにしても、ポンコツ過ぎる。まったく必要がないこの冒頭の説明に、15秒でチャンネルを変えた。恐らく、この二人が映画を語り、おまけに番宣をしたとしても3分が限界だろうと判断して、3分間別のチャンネルに切り替えて、怒りを鎮める。そして、チャンネルを戻すと、まだ語っている。再度チャンネルを切り替えて30秒。チャンネルを戻すと、満足そうな二人は「さぁ、映画をお楽しみください。」というシメの部分だった。まったく、必要のないカットである。テレビ局も相当迷走しているものだ。

 ポンコツ二人の無駄な時間のことは忘れ、「GARVITY」に集中した。

 しかし、当然のこと、いい場面の展開中にCMが入る。ほんとにいい場面でトンチンカンなCMが入る。テレビだから仕方なし、なのだけれど、何故、テレビメディアが退化してしまったのか、この流れが原因だと改めて感じました。秀逸なSF作品に対して、余計な切り口で無駄なカットを入れ、世界最高峰の映画陣がつくり上げた作品を15分単位でぶつ切りにする有様。大好きなSF映画だったので、最後のシーンを観終え、「もっと楽しめたはずだ」と感じてしまいました。

 さて、今日は「GARVITY」のDVDを借りてこよう。「字幕なし」、「英語」で楽しもうと思っています。

 余談ですが、最近、テレビをつけると、ほぼ100%、芸能人がどこかで料理を食べて「美味しい」としか言っていない。まぁ、高そうな料理だから美味しいのは分かるが、「それがテレビ電波を使ってわざわざ伝えたいこと?」「それだけ?」とツッコミを入れてしまっています。

 最近、テレビの中に登場する人達の言葉や理論や論理やふるまいがあまりにも貧素・貧弱で、テレビ文化の劣化・退化はこのように進行しているんだ、などと感じています。

 さらに、AKBの総選挙の季節らしいが、彼ら彼女達のゴールはどこなんだろう?

 また、LINEが第1部に上場した、F.B.を超えるサービスを提供していくらしいが、さて、「超えて」どうするのか?こちらもゴール設定が分からない。ガラケーがあと数年で製造中止になって、第2期スマホ時代が到来するらしいが、それでも、私はスマホ以外の端末を探し出したいと思っています。

 映画「オデッセイ(火星の人)」の原作小説が届くのが待ち遠しい。