漫画「アトム ザ・ビギニング」

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 科学を語ろうとするとき、人間を語ろうとするとき、必ず、そこに「争い」を描かなければならないのは普遍の法則なのだろうか?「進化」は必ず「争い」の後に生まれている。その争いが大きければ大きいほど進化の伸び代に比例する。進歩や成長するためには必ず何か大きな代償が必要で、代償なしには進歩や成長は得られないという普遍の法則。そこには必ずドラマが生まれる。相反し、争いも憎しみも悲哀も悲劇もない世界を描こうとすると、その世界観は必ず「徹底的な管理者社会」となってしまう。強大な力により管理・支配された世界からは悲劇が生まれない変わりに、人間的なドラマも共感できる物語も生まれない。歴史上の巨人、AとFがこの部分にメスを入れているが、結局、巨人とて人間なのである。自分自身を切り刻むことは避けたいと思っていたのだろう。むしろ、それが人間の本質でいいわけなのだから。