2016年07月 アーカイブ

プラスエイチ・ワークスさん

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 昨日、取材と撮影に同行させていただいた守山を営業活動拠点にされているプラスエイチ・ワークスのご両名。私は滋賀県に来て22年が経ちましたが、なかなか諸手を上げ素晴らしいと思える、魅力的なクリエイターさんに出会う機会はありませんでした。私の目が節穴なだけで優秀な人もおられたのでしょうが、個人的な感覚として、諸手を上げて、心の底から魅力的なクリエイターさんだ!という印象の人はなかったように記憶しています。県内、大手の印刷会社様などで、「らしい」人はいましたし、新聞などメディアに取り上げられた「天狗さん」などもおられましたが。

 しかし、このご両名、まだまだお若い、これからバリバリと営業展開されていく感じがお二人から溢れ出ていました。私も52歳、そろそろ息切れがしてきたような感覚もありますが、このような若い有能で魅力的なクリエイターさんの存在を意識し、ムチを入れていきたいと痛感しました。

 柔らかい人当たりに対して、揺るがない都市での不動の経験値。武士に例えるなら脇のしまったスキのない構え、安易に踏み込めば、一瞬で一刀両断に切り捨てられそうな佇まいです。これからも滋賀守山を拠点に良い仕事をご両名のスピード感で展開していかれることでしょう。このような存在はホントに刺激的です。とても良い出会いでした。

 引き続き、よろしくお願いいたします。Hさん、Kさん。

 暑い中、精力的な取材と撮影、本当にお疲れ様でした。

ポイント。

 何事も、仕事でも生活の場面でも、「コツさえつかめば・・・」という状況があります。

 特にデザインの仕事でも、テクニック的に多くのアプローチや表現方法を習得・収集しているより、案件に合わせてポイントを見分ける眼力があれば、成果が生まれやすいという状況がよくあります。長年の経験値や収集し過ぎた情報が逆に負荷となり枷となり成果を生み出しにくくしているということが多いのです。その場合、過去の失敗事例の検証やなんとなく違和感のある手法をやめ、一旦、基本に立ち返ることで想定以上の成果が生まれます。

 例えば、パンフレットのデザイン。特に表紙は内容をしっかり表現しながら、魅力をより印象的に表現しなければなりません。理論・理屈ではおおむねどのような文字情報とイメージを組み合わせれば、内容にそったより魅力的な表紙デザインの完成形は見えているのですが、実際、グラフィックソフトでつくりはじめると完成形どおり、設計どおりにつくっているつもりが、どこかしっくりこない。タイトル文字のサイズなのか?フォントのタイプなのか?その位置なのか?内容を表現するために描いたイラストのモチーフやタッチが当初の想定になっているはずが、全体的な表紙デザインとマッチしない。さて、どこに原因があるのか客観的に冷静に捉えようとするが、もう、分からない。という状況です。モニターでデザインを制作しているため、しっくりこない時のポイント(コツ)として一回プリントアウトして、成果物の原寸で目視する。そして、そのプリントアウトをホワイトボードなどに貼り、しばらく眺めると、その違和感の原因を限定することができます。つくっている最中は見方が偏り、全体的な文字情報とイメージの組み合わせ方がニュートラルに捉えられないのです。ホワイトボートに貼ったプリントアウトをそのままにして、一回、別のことをしてから、改めて眺めると違和感の原因に気がつくのです。「ああ、イラストの顔の表情だった」とか、「タイトルの文字の位置とサイズだったのか」などなど。

 こんなポイント(コツ)のお話。長年、デザインの仕事をしてきましたら、その歳月(ほぼ30年間)だけあります。そのポイントの中には基本的ないろいろな多くのケースに適用できるポイント(コツ)もあれば、ある特定の限られた案件にのみ適用できるポイントもあります。いわば、デザインの仕事におけるテクニックや能力とはこの「ポイント」の数で実現率・達成率が変わるので、基礎的な形や色、そして、言語的なルールなどをしっかり知識として準備できれば、あとはポイント(コツ)をノウハウとしていくつ持っているかに尽きると思います。

 時代が変わり、デザインの仕事として求められる要望も多種多様になりますから、当然、基礎的なポイントを常にブラッシュアップして変化させる取り組みも必要。過去の事例で良かったことが、現在取り組んでいる案件に良い作用があるとは限らない世界なのです。だから、理論・理屈を多くかかえ、知識や経験値が豊富であることはとても重要ですが、それはモノゴトの一面に過ぎないという意識が大切なのです。杓子定規にセオリーどおりに仕事を進めて、違和感や物足りなさが感じられなくなった時、実は、クリエイターとしては危険信号なのです。

 仕事のポイントは常に変化しているのですから。

専用バック。

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 こちらが「ファントム3」用のキャリーケースです。明日、到着予定です。

フライト練習が大切。

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 ここでしっかりフライトテクを磨きたいと思います。とても素敵な練習場所でした。

上空30m。

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 上空30mあたりからの自撮り。これで2台目への確証と実感を得られました。次はどこで飛ばそうかな?

新説・明治維新。

 「新説・明治維新」という書籍がある。以前、日経新聞にも書籍の広告があり、少し気になっている。具体的に書かれている内容がではない、何故、このタイミングでこのタイプが浮上してきたのか?という疑問である。まかりとおっていた事実・常識が何かの理由でほころび、明治維新の真実が封印から解けたのか?いや、新しい何かこの時代にマッチした狙い・意図が具体化・具現化したのか?好奇心の振動が止まらない。恐らく、書籍の内容を確認したところで、現在知られている内容の軸は同じだろう。ただ、光の当て方を誰かが意図的に変えているか、完全なるフィクションか?という推測である。

 仮に歴史を紐解くほとんどの史実がほぼ誰かの脚色だったにせよ、私達がそれを確認する術はない。術がないことが大前提なら何をどう歴史だと脚色し、言い切ってもいい、良かったはずだ。

 何故、今、「新説・明治維新」なのか?とても気になります。

「カッコイイ」から生まれるビジネス。

 もしも、私のような頭の毛が薄い人が、私のように頭の毛が薄いことを気にしなくなったら、カツラや植毛ビジネスは成立しない。

 もしも、私のように服装に無頓着で、一年中同じ服を着て何も感じない人が増えたら、ファッション業界は成立しない。

 もしも、私のように明確な目的がなければデジタルツールを買わない、非生産的なオンライン無料ゲームや可もなく不可もないアプリに一喜一憂しない人が増えれば、デジタルツール市場は消滅するだろう。

 つまり、「カッコイイ」や「イケている」という感覚はいつの時代も大きなビジネスを生み出しているのです。そもそも、デザインの仕事を始める以前にデザインの仕事に対して興味やあこがれがなかったので、いわゆる一般的な「カッコイイ」や「イケている」ことに羅針が反応しない。今となってしまえば、何をどうしようが、最先端のファッションをいつも気にして、最新ツールに敏感になることはできないが、逆にその感覚を逆手にとって楽しい作品が作れないだろうか、そんな野郎なりのアンチでディスなコンテンツが生み出せないだろうかなどと考えています。

 だから、政治家には極端なハゲやデブやチビがいないのだろう(かなり教唆的な捉え方です)。彼ら彼女達は、政治家として、政治家らしいルックスだから、人の心を動かせるのだろう。何事も単純明快さが一番有効で最高の戦略なのである。同じ言葉を連呼できる人、笑顔の素敵な人、社会性に富み言葉巧みに、何事にも相対的に思考し行動できる人。このような人はほんとに「カッコイイ」と思います。だから、市場が反応しやすいのです。

 けっこうな「ひがみ」「妄想」「ネガティブ思考」全開全力のブログでした。

 でも、わざわざ、ブログにこうして書き出すと、スッキリする効用もありやめられません。

GO-PRO用ヘッドバンド。

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 GO-PROというマッチ箱サイズの高性能カメラがある。

 このバンドは頭部、額のあたりにそのカメラを固定するためのギアである。これにカメラを搭載して何を撮影するのか?登山かゴルフかボルダリングか、まぁ、いろいろ想定できるが、まずは手頃なところでバス釣りだろう。動画撮影も可能なカメラなのでバッテリーの続く限り釣り場で頭につけて撮影しようと思っています。釣りの映像を撮影して、それが楽しい映像なのかどうかは分からない。バス釣りに興味のない人が延々と水面の映像を見て楽しいと感じるはずもないがのだが、延々と水面を見ている釣り人には確固たる理由があり、例えその時間が5時間で、ルアーで魚を釣り上げる時間が1分だったとしても、釣り人というのはその1分さえあればいいのである。恐らくこの気持ちを共有できるのは釣り人同士だけだから、さらに面白い。これは理解するしないの問題ではなく、釣り人同士なら確実に容易に共有できる感覚なのだ。その感覚・実感を持ち得ない人にどんな言葉で説明しようが、どんな刺激的な写真や動画をたくさん見せようが意味がなく効果は期待できない。しかし、それは単にバス釣りだけのお話ではない。良い仕事を共有したければ、共に延々と同じ水面を見る必要があるのです。

 いい絵(映像)が撮影できたら、釣れた釣れないは別として、その絵をブログにアップしようと思っています。

甲野さんの言葉。

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 何か不思議な力に引き寄せられるように甲野さんの書籍を入手した。ネットで検索し、決め手になった言葉はいくつかあれど、言葉としてはさほど新鮮さはなかった。もっと刺激的な言葉は他に氾濫しているわけだから。そもそも古武術という分野に興味があったのは確かだが、だからと言って武術家の書籍を読みたいとは日頃からあまり考えていないし、武術家となればテクニック中心の書籍という印象・先入観があるので、今更、古武術の奥義を極めようなどとも考えるはずがない。だが、甲野善紀さんの言葉は心の、かなり中心の部分をそっと力強く握られた感覚だった。理論理屈ではなく、ある種の体感であり、言葉に対して何かを実感できるということでもないだろうが、言葉にするとそれは実感だった。

 そもそも自分はいつから頑張りはじめたのだろうか?そもそも努力しているという意識をどこで身につけたのだろう。できるだけ多く大きく深く広く、それを意識し思考し、行動の指針に置いておけば、すべてが上手くいくはずだという安易な錬金術を得てしまったのはいつだろう?ふと、甲野さんの言葉を自分自身に置き換えて俯瞰で捉えると、かなり、相当、無理やり「頑張り」や「努力」の奴隷になっていたようだ。正当な評価を得るための最適・最善のルートだと思い込んでいたようです。

 まだ、30ページほどしか読んでいないが、心が体が頭が軽くなる実感があります。

 本って、やはり、素晴らしいのだ。

トップガイド

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 最近、バスロッドをショップで物色しているのですが、とにかくトップガイドが小さい。これは、バスのバイトに対する感度を上げるためという開発理由で進化しているらしい。確かに一見、ガイドを小さくすることでラインから伝わってくるバスのバイトの感度が高まるように思える。どのメーカーもこのコンセプトの流れが主流でロッドを開発・製造するものだから、どのロッドもトップガイドを含め、他のガイドが小さい。「小さい=感度が良い」というセオリーである。

 しかし、私はまず小さいガイドのバスロッドが好きではない。

 だから、小さいガイドが使いづらく、とても違和感がある。まったく納得できない。当然、メーカーの開発者はそれぞれプロの監修を受け、何匹も何匹もブラックバスを釣って結論を出しているはずだから、私程度の素人アングラーが「小さいガイドは使いづらい」と感じても、世の中的には「あなたのテクニックが狭く、経験値が少ないから、感度の良さを感じることができないでしょう。」となる。それは頭では理解しているが、好きではない(嫌い)のである。

 この違和感を自分なりに分析していくと、ナイロンラインよりフロロラインの方が圧倒的に感度は高い。それは実感しているし、もうナイロンラインはこの15年ほど使っていない。これは納得。そうこうしているうちにロッドのガイドが小さくなり、あまり、ロッドを買い足す習慣がない私はショップに行ってもロッドを物色するケースが少ない。しかし、新しいフィールドで新しい釣りのパターンを得ると、当然、新しいルアーや新しいタックルが必要になる。そのタイミングでしかタックルを追加しないのも、研究心や貪欲さが低いということになるのだが、基本、あまり無駄遣いをしくない。タックルをたくさん集めてコレクションして楽しいという人ではないので、新しいタックルを購入するサイクルが非常に、一般と比較して長いのである。

 すると、ロッドの感度についてひとつの疑問が生まれる。バスのバイトを感じるためにメーカーは試行錯誤していると言うが、相手はあのブラックバスである。一年を通して釣りをしていると、確かに小さいバイトに気づかず釣果を逃しているケースはあるだろう。しかし、相手はあの猛禽類のようなブラックバスである。例え10センチのサイズでも「ブルブル」っと小刻みのバイトがあるし、ビックサイズのタフなコンディションであれ、ラインのテンションをしっかり張ってさえおけば、小さいバイトでもスローな反応でも感じ取ることができる。さらに、風や雨以外のケースならば、ラインのテンションとラインが水面から出ているあたりを注視していれば、ラインの動きでバスのバイトは判断できる。このことと、相反して、スピニングで5時間程度ルアーをキャストし続けるとラインがよれてくる。これはスピニングリールの構造上仕方ないのだが、新しく巻き替え大会に望んでも、後半はラインがよれ、キャストの精度が低下する上、ゆるめた状態で巻き上げていると糸ヨレがお祭り騒ぎになる。ヨレたラインが途中で絡まりガイドにつまるのである。この状態がけっこう頻繁に発生するので、ガイドが小さいとこの糸ヨレ問題に対してお手上げなのである。このケースではスプールを交換しています。

 ならば、細いラインを使う。ベイトタックルに持ちかえるなどで解決するではないかという一般論だが、私はキャストしルアーが着水した直後の水中のフォールが、バスを誘発させるのに最も重要だと捉えているので、着水直後にラインにテンションを一切つくりたくない。ベイトリールでもテクニックのある人はラインを少し送りフリーフォールさせているが、それでも物理的に着水時の一瞬、ラインにテンションがかかり、ルアーは自然な、そもそもルアーの持っているポテンションを発揮しない姿勢になり、水中からルアーを見た場合、不自然な動きをしているはずなのである。この違和感はキャストし着水した後、ラインが極力フリーになるスピニングが最適なのである。

 さらに、相手は水中の魚である。人間様が理論理屈で考えているような反応をするはずがない。常にどんな状況でも「バッファ」が必要なのである。「余裕」「緩急」「ふところ」「遊び」の部分である。ルアーのアクションひとつにしても、アクションの大きなアピール系のルアーを私はあまり好まず、できるだけ自然界の生物の動きや存在感を演出することにこだわっている。それを人工物であるルアーというツールを使って、ブラックバスを騙し、フックを口にかけるのがバスフィッシングなので、リアクション系やバスの攻撃性は優先しないのである。何故か?ルアーに反応する確率が低いからである。

 これらの理由で、ガイドの比較的大きめのワンピーススピニングロッドを探しているのですが、これが、なかなか発見できない。どこかの中古ショップかリサイクルショップの片隅を物色するしか方法がないのである。この「セオリー」への違和感が釣果につながることを信じて。

 この違和感を生む好奇心の部分は自分自身の本質の部分ですが、当然、バス釣り以外、デザインの仕事にも作用していることでしょう。それを顕在化し意識するためにも、そして、この好奇心ゆえの違和感が成果を生むためにも、「大き目のガイドのスピニングロッド」を探すことがとても重要なのです。とても、限りなく個人的で自分勝手な「釣バカ論」でした。

「村上海賊の娘」

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 以前から気になっていた物語。新聞広告のイラストの構図(アングルやポーズ)が気になり切り抜いて保存していました。

 フォルムは模写して、タッチやアレンジを自分のイメージで変えている。

 最近、「白墨汁」などいう画材があることを知り、その不透明度も確認したかったので、墨汁とGぺんで描き、トリパブでとめて、白墨汁で修正してみた。けっこう、乾燥するとしっかり白が効いてる。良い感じ良い感じ。

 明日あたり、コミックス第1巻がアマゾンから届く。新品はどこも在庫がなく、中古品ではあるが、とても楽しみ。

136点

 娘が漢字検定2級を受けてきた。

 自身、漢字力にはまったく自信がない。学校の頃も漢字テストにはまったく興味がなかったから、当然、テストの点数は悪い。漢字をたくさん記憶することに興味がなかったのだ。言葉をたくさん知っていることと、漢字をたくさん知っていることを比較した場合、言葉をたくさん知っていいる方が実用的だと感じたからだろう。それは今も同じ。しかし、何かメモをとる時、打ち合わせ中にお客様の前でメモをする時など、比較的簡単な漢字が出てこないはなんともはずかしい。が、言葉で補足すればいいと根本、考えているので非常にタチが悪い。

 漢字検定2級のテストとは1時間のテストで、1点と2点の問題があり、200点満点で140点で合格という設定である。どんなものかと、さっそく挑戦してみた。結構、真剣にである。

 いきなり「さみしい」で躓く。ああ、「寂しい」が出てこないのか、これは、かなりヤバイなと感じながら、テストの問題に答えていく。

 結果、136点。不合格である。

 ネットで漢字検定2級のレベルについて調べてみると、大学生の合格率が25%だそうである。そうかそうか、あと4点。いつも、私は合格点にちょうどこれくらい足りないのである。

アイディア

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 いつか、何かの種を植えようと窓際に放置していた植木鉢。土が死なないように定期的に肥料も水をやっている。すると、土の中に種か根が紛れ残っていたのか、小さい草の芽が出てきた。意外なタイミングに意外な芽。

 この芽、想定外の状況で生まれる「良いアイディア」にとても似ている。

必需品。

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 とにかく、物忘れが激しい。考えていること、必要な物の置き場所、マストなこと、とにかく、忘れる。作業行程もしかり、連絡事項もしかり。老化だから仕方ないと開き直るには不利なケースが多い。

 さて、どうしたものか。とにかく、一番目につく場所にそれを置き、必要事項はメモすること。これしかない。恐らく、パソコンやデジタルデバイスが便利過ぎて、データを確認したら致命的な問題にはならないだろうと安穏とし、重要度や優先順位をも軽視してしまっている傾向である。

 だから、行動パターンの中でも、一番、目に付く場所に整然と並べておくこと。引き出しに仕舞いこんだり、ファイルや封筒に入れた段階で忘れると想定しておく。ポケットに入れたことさえ忘れるのだらか、もう、目につく場所に並べておくしか仕方ない。

 レクターが言っていた。最初の欲動は強い、しかも、それは毎日目に映っている情景の中にあると。トマス・ハリス恐るべし。

12

 ふと、考えた。

 時間・1年・1ダース・十二音・十二支・十二星座・十二宮・十二使徒・オリュンポス12神・十二単・十二神将・冠位十二階・十二因縁・十二直・方位・十二天・十二処・英米の陪審・十二表法員・十二進法、そして、十二指腸。すべて12である。これは何かある?きっとある、必ず根拠があるはずだ。例え、言葉にならなくとも文献として成立していないくとも、誰しも心の中に「12」を重んじる、何か理由があるはずだ。安易に「本能だから、本質だから。」などと軽視してはならない何か。

 ひさびさに「12モンキーズ」を観よう。

宇宙最強。

 最近、特にメルマガやWEBサイトで「宇宙最強」という言葉が目につく。

 もう、商品を訴求する方法として「世界一」では足りないのだ。

 確かに「宇宙最強」という言葉は諸刃だが、強いニュアンスがあるゆえに根拠が弱い。しかし、そこまでのリスクを承知で言葉を選ばなければならないほど、比較合戦が熾烈だという証である。もし、その商品が本当に宇宙最強ならば、人類意外の誰かが存在しているということが大前提になり、人類では査定・判断・分析できないくらい最強なのだという曖昧さも、どこかメルヘンチックでファンタジックな夢物語のようで許容してしまう。言葉遊びが過ぎていると言えばそれまでですが、宇宙最強と言えば「宇宙最強」なのだから、言い切った人の勇気を讃えるしかない。

 当然、宇宙には「金」以上に価値のある金属(鉱物)が存在するだろうから、それをメダルにすれば、金メダルも少し陰ることになる。だが、私は、とりえあえず「金」がいい。

「うずまき」テスト。

 あるテレビ番組で「うずまきを描いてください。」という心理テストがあった。

 どんなうずまきを描くかで「金持ちになれるかが分かる」というテストである。

 テレビ番組のネタだからあまり真剣に捉えず、家族といっしょにどんな「うずまき」を描くか言い合った。娘とカミさんは中心から「うずまき」を描き、次第に時計回りで大きく描くらしく、私は逆に「うずまき」の外側から時計回りに中心にむかって描いた。

 結果、お金持ちになれるタイプは「うずまき」を中心から外側へ描くタイプで、このタイプは、モノゴトの全体像をイメージしてから、中心から外側へ思考が向かうため、大きなビジネス展開に向いているらしく、その結果、お金持ちになれるという結論だった。「うずまき」を中心から描くタイプは思考力が柔軟で、思考の中心点からいろいろなアイディアや着想が生まれ、ビジネスにおいてもいろいろな大きな可能性が生まれるタイプであるという分析結果だった。なるほどと納得しつつも、外側からうずまきを描いた私は、どこか「お前は小さい人間だ」、「あまり冒険をしないつまらない堅実派」だと言われた気がして、少し反意をもよおした。
 
 いやいや、「ビジネス」というのは着想やアイディも大切だが、全体像と自分の器をしっかり掌握し、危険ゾーンを避けながら、安定した運営展開をしていくことが大切で、短く激しく無碍に拡充することだけがビジネスのポイントではない。着想や思考が広がらない人よりもアイディアが豊富で探究心のある人の方がビジネスにおける成功率が高いとは言い切れない。まして、モノゴトを捉える時は、大きく広げていく思考パターンよりも、深く掘り下げて中心点を探求する思考パターンの方が重要だから、この心理テストの結果、50%は納得いかない、などと言い出すと、娘とカミさんは、「ああ、また、いつものへ理屈を言い出した。はい、はい。」と軽快にいなされてしまった。ポツンとオヤジひとり、見事に自論が空を切った。

 そして、やはり、うずまきを外側から描くタイプは「小さい人間なんだ」と実感した。

 「うずまきテスト」ひとつ、恐るべし。