ラビーム白浜にて。

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 確かにゴルフのモチベーションはスコアで決まる。内容が悪くともスコアが良ければ気分がいいし、ショットが良くてもスコアがまとまらなければ楽しくない。確かに以前はそうだった。しかし、たまたま数年前、「87」というスコアが出た。とことんまで練習をして臨んだわけでもなく、ある種の開眼の末、というわけでもなかった。実際のところ、たまたまだった。このスコアが出たあといろいろ考えたり感じたことがあり、結果、諦めと達成感が入り混じった感覚で、「ああ、もう、ゴルフでスコアを気にするのはやめよう。」という結論に達した。あと5打スコアを減らすために何をどうするという思考がとても無意味に思えた。思い返せば28歳ぐらいから始めたゴルフ。ほぼ25年近く経過したが、常に「スコア」だけを気にしていた。それはそれで楽しく、ゴルフという競技としての真骨頂の部分だから、適正な捉え方だったと思っているが、もっと別の「ゴルフの楽しみ方」があるかもしれないと気づいた。つまり、87というスコアが私の限界点だという白い旗と、その白い旗を一旦、山頂きに刺し、別の山に登ろうと気持ちを切り替えたような気分だった。その「別の楽しさ山」を探す方がオモロイゾと。

 その気持ちになって、何回かゴルフをしているが、これまで固執していたセオリーや常識をいっぱい捨てた。「練習の重要性」や「フォームの注意点」や「メンタルの工夫点」などなど、ゴルフをするってこれらのセオリーのクラブをバックに詰め込めるだけ詰めて、セオリーとルールの重い水の中で息を止め潜水しているような気分だったのが、一気に水面に浮上し太陽の光を見ながら水面でゆったり手足を動かし浮いている状態の方が楽しいという実感に変わった(私は泳げないので想像です。)。

 ゴルフをするには時間を作らなければならないし、一定の費用が必要です。それに見合うだけのなどと、ドケチな感覚でゴルフという趣味を捉えると、スコアを気にして、誰に勝ったや負けた、クラブの薀蓄、フォームや戦略の薀蓄を背負い、重い荷重こそがゴルフの実感だった私は、これらを捨てて最近はティーグランドに立っています。当然、ミスショットもありますし、ベストスコアを更新するような事態にはなりそうにありませんが、ただ、「とことん楽しい」のです。

 この日は前日の夜11時頃、長浜を車で出発し和歌山まで行き、1時間程度の車中での仮眠を経てラウンドだったので、クタクタのヘトヘトでしたが、「楽しい」のです。当然、この青い服の人とラウンドすることが和歌山に行った最大の目的ですし、この人が和歌山に存在しなければ、こんな「弾丸ゴルフツアー」は絶対にやらない。ゴルフを通じてこの青い服の人とのラウンドと、その前後の時間を共有するために和歌山に行ったのです。ただ、その必須条件として共有するためのメインアイテムは「ゴルフ」でなければならなかったのです。だから、故に、「とことんゴルフが楽しい」のです。

 そのまま夕食を食べて、長浜に帰りました。途中、SAで仮眠をとりながら、家についたのは午前2時でしたが、頭と心がまったく疲れていない、むしろ元気になったぐらいなので、一晩寝れば復活しました。

 スコアカードはバックのどこかに入っていますが全部で何打だったか知りません。こんなゴルフもあるんですね。

 ああ、楽しかった。