2016年11月 アーカイブ

ガラガラ山という天空ゾーン。

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 今日は早朝より福井のキャンプ場へ現地打ち合わせと視察に行ってきました。現在、フルリニューアル中で来春プレオープン予定です。工事も着々と進行し、この日本海ビューはここのキャンプ場ならではのオンリーワンな眺望。この日本海の水平線に沈む夕日を早く見たいです。

 福井インターから車で約30分と意外とアクセスが良い場所なので、結構、パワーユーザーが集まりそうな匂いがプンプンです。当然、日本海の海の幸はマスト。基本キャンプ場ですが、ひとつ大きな仕掛けもありますので、そこがホンマルになるでしょう。

ひろのりカップVOL.01

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 恐るべしイバナイコメンバー。この連中があつまれば、イバナイコは根こそぎですね。

 とことん青天井に熱く、限りなくマキシマムな、ある意味、プロさえ凌駕するレベルが集う、素敵な大会でした。しかし、3匹で5,400gなんて!!!

 参加賞がきゃべつというガチな感じも最高!ひろのりさん、来シーズンもよろしくです。

パンチのある写真。

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 なかなかパンチの効いた写真(著作権フリー)を入手しました。なんかの仕事で使えそうです。

彦根城バス発見!

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 以前、近江鉄道様と彦根市役所様からのご依頼で「彦根城バス」の外装をデザインした。昨日、彦根市内を走っているバスを発見。彦根駅前の営業所様に伺い経緯を説明し、写真撮影をさせていただきました。

ワニの絵。

 昨日、お客様のところで意外な流れから一枚の「ワニの絵」を頂いた。

 そして、突然の「ワニの絵を描いてください。」というご依頼。

 ここだけの出来事を絵心のない人が捉えると、いや、絵心のない人に「描いてください。」という注文は発生しないから、私に絵心があった、あると感じていただけたから、そういう展開になったと捉えている。まず、これが最初の嬉しい流れ。

 お仕事の打ち合わせやご提案・確認作業にお客様のところに行くことは多いが、まず、「ワニの絵」をお客様からいただくことはない。まして、私が「ワニの絵」を描くこともない。この一見、不思議なやりとりの中に私は無類の感激・感動を感じる。「絵を描けるって素敵ですね」とか「絵心のある人はいつも見ている世界が一般の人と違うんですよね」とか、言われる場合が多いが、いきなり「ワニの絵」をいただくことはそう経験できることではないし、勿論、絵を描けることでデザインの仕事に有利に作用する場面は多いが、一人の「絵を描く人」としてというか、「絵が好きな人」として、「絵」を通じて、何か、気持ちや趣味趣向が交差するのはとても心地良い。これが二つ目の嬉しい流れ。

 最近、「絵を描く能力って具体的に何だろう?」というテーマついて時間があれば考えている。

 なかなか答は出てこないし、整理も当然できていない。しかし、情報が飽和している、つまり、文字情報が飛び交っている現代、絵によるコミュニケーションの不動の価値がより際立つ傾向が強いように感じます。絵とデザインの関係は意外と密接で、密接だったからこそ、こうして仕事として生業にできたという経緯もある。

 仕事の場面で名刺を渡す時、新しい出会いに必ず名刺を差し出しているが、ちょっとお時間をくださいとお願いし、相手の「似顔絵」を名刺の裏に描いて渡したら、かなり印象的な出来事なるだろう。似顔絵なんて1分もあれば描けるのだから。海外の人ならば喜ぶかもしれながい、日本人は基本、いや、表面的に「まじめ」だから、ドン引きされるかもしれないが、そういう名刺作戦もアリかもしれない。これが三つ目の嬉しい流れ。

 一枚の「ワニの絵」でこんな荒唐無稽な着想が生まれた。

 これも一枚の絵のチカラ。

デジタルツールの利点。

 改めてデジタルツールの利点は圧倒的な効率と正確性で複製することだ。

 ひとつのオブジェクトを簡単に複製できることが利点なのです。

 東京でデザインの仕事を始め、2年後初めてMACに出会った。英語版のイラストレーターを覚えながら、なにかとてつもない道具を使っている興奮と期待があった。覚えている最中やそれを少しづつ活用でき始めた頃はデザインの仕事のノウハウも平行して習得時期でもあり、この興奮と期待がどんどん大きくなった。そして、仕事を幅を広げるためいろいろなデジタルソフトに挑戦し探求してきたが、ふとこれらの経験を思い返すと、デジタルツールはただオブジェクトを複製しているだけなんだと気づく。最近のお話である。

 つまり、1を2に、2を100に圧倒的な効率と正確性で複製することはとても優秀であるが、0から1を生み出すことはしない。白紙の状態から1つ目のオブジェクトを描くためには自分の中にある引き出しから1つ目のオブジェクトを出してこなければ何もつくることができないのがデジタルツールのようです。

 最近はネットの中にふんだんにあるテンプレートや無料素材を材料として用意し、それを複製(加工・編集)すれば意外と簡単に誰にでも、デジタルツールのファンクションさえ習得していれば仕事が成立する。それも、ふんだんにある材料は非常に充実しているため、ただ複製しながら「それらしい技」さえ駆使すれば「それらしく」仕上がるのだ。デジタルツールからデザインの世界に入るとこの「それらしさ」を自分のデザインテクニックと勘違いしてしまう傾向になり、むしろ、その入り方しか習得していないため、0から1の感覚を実感しないままデザインの仕事を続けることになる。

 これはこれでイマドキの主流であるし、「それらしいデザイン」が成果として評価されているため、仕事としてビジネスとして当然成立してしまう。つくり手の中にもあまり0から1を生み出すことに対して意識せずとも、「仕事として成立していればいいじゃん」的な感覚と、「私が覚えたデザインのノウハウはこれですから」的な意識でも、とにかくその成果が売れるのだからデザインの仕事として大きな問題ではない。逆に余計な時間をかけ、無駄な労力を費やし、0から1に固執することで、何も生み出すことができないぐらいなら、1から2へ、2から100へ、サクッと仕上げた方がスマートなのである。

 さて、この感覚、正しい順回転はどちらなのだろう?デザインの仕事のテクニックやノウハウをアナログツールの時代から始めてしまったゆえに、このような感覚になっているだけであり、世の中の大きな潮流がもうその「0から1」の感覚を見切っている以上、そんな砂金を探すようなことをせず、サクッと海に出て大きな収穫を得ればいいだけなのかもしれない。

 とりたてて「0から1を」などと言ってはみたが、結局、アナログツールでもやっていたことは同じで、なかなかおいそれと0から1は生み出せていなかったはず。0.3ぐらいから始めていたはずなのである。デザインの仕事はアートではないが、デザインの仕事がそもそも差別化やテーマの価値を増殖させる作業だから、100よりも101の「1」があるのかないのかで評価が上がるとしたら、アートの感覚をデザインの仕事に適用するノウハウも無駄ではない、無駄ではなかったと、私は捉えている。

 100円ショップに並ぶあらゆる商品の中に、101の価値をデザインの力で追加できれば、素晴らしいことだと私は思うのです。

パソコンが得意。

 本日到着したメルマガに

 「パソコンが得意か不得意かで求人件数が13.1倍、年収も23万円変わる」という情報があった。

 具体的に「パソコンが得意」という部分の説明は不十分だったが、なんとなくこの時代の傾向なんだなぁ~と感じた。ひとことに「パソコンが得意」と言っても多種多様で、当然、スキルやテクニックも案件次第。ただ、求人案件を比較して13.1倍という数字は無視できない。年収が23万円という数値も格差として大きいのか小さいのか微妙な数値だが、現実的にはこの程度なのだろうと捉えた。

 さて、「パソコンが得意」になるためにはどのような知識と経験が必要なのだろう?

 私が勝手に思い描くにパソコンのスキルって、ほぼパソコンソフトの知識であって、パソコンのスキルを10段階で分けると、データの保存や文字入力がレベル1で、テクニカルな専用ソフトの応用スキルがレベル10に相当するのだと捉えています。専用ソフトともなれば、ソフトウエアの知識や活用術だけでは成果は生まれない。プログラム言語の知識やグラフィカルなセンス、パソコンを使ってより高い成果を上げるためクライアントからの要望を正確に聞き取る能力も関係しているし、さらに要望に対してエキスパートとしての提案力も必要になるだろう。ここまで習得して「パソコンが得意」となる。

 では、私は「パソコンが得意」なのか?と自己分析してみると、実はあまり得意ではないように感じている。その理由は私の知る限り、仕事先の担当者さんや仕事仲間との情報交換の際、「ええっ!そんなことも知らないのですかスギノさん!」「それは基本中の基本ですよ!スギノさん」と言われることが非常に多い。ソフトウエアの知識もそのレベルだし、パソコン機器の物理的な知識たるや、スイッチの場所とコードの差込口ぐらいの知識はあるが、OS面での管理力やメンテナンスに関する知識は皆無である。経験上、誰でも知っているレベルの知識はあるものの、恐らくパソコン機器の知識はレベル1程度だろうと捉えています。

 よって、今から私がどこかの「求人情報」を血眼になって物色することはないにしても、こんな時代だからこそ、「パソコン以外のことが得意」で良かった良かったと、少しだけ安堵感を感じています。もし、その「以外のこと」がなければ、決してパソコンが得意ではないので、求人も少なかっただろうなぁ~と。

ネコ。

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 ふと、会社の窓から向かいのビルを見るとエアコンの室外機の下でネコが寝ていた。

 なんと、平和感全開のネコだこと。

アナログとデジタル。

 デザインの仕事で印刷物はアナログですし、WEBサイトはデジタルコンテンツです。双方のつくり方もアナログツールとデジタルツールを併用していますし、自分自身、どちらが効果的かについてはケースバイケースで臨機応変に使い分けています。

 では、成果を生み出すという視点でアナログ的なアプローチとデジタルツールの使い分けはどのように決めているかという部分ですが、この部分、未だに明確な理由・根拠はなく、アナログツールでしか表現できないモノとデジタルツールでしか表現できない、生み出せないコンテンツが混在していて、独自の曖昧な理論理屈と直感で使い分けています。

 一番やってはならないのがこの判断の場面での「思い込み」です。昔ながらの方法で職人的なつくり方をするためにはアナログ的なアプローチでとか、一般常識・セオリーではこのコンテンツはデジタルツールだから当然、専用ソフトを使うと思い込んでしまうと、新しい表現は生まれませんし、効率も手順も平凡になり想定外の伸び代もサプライズ的な鮮度の高い発見もありません。

 ある意味、「思い込み」は長年培ったノウハウやテクニックでもあるので、どうしても固執してしまう傾向はあるものの、やはり、アナログかデジタルかという判断の場面において、直感的に「組み合わせたり」「変換させたり」「見切ったり」する意識が必要なのです。

 長年、デザインの仕事に取り組んできているので、頭も心も魂も(身体も技も!?)固まっています。そして、「思い込み」だけで成果を生み出し、安易に満足してしまう自分もいます。

 では、この「思い込み」を良い感じで壊すのはどうすればいいのか?ただ、闇雲に壊し、致命的で非効率な仕事になってしまえば、本末転倒です。「思い込み」を崩し、新しい発見・探求のベクトルで進化するためには、「前を向く」「頭を上げる」「止まらない」ことを意識し行動するしかないようです。

 中国では淡々と自分の世界を築く人を「活人」とよんでいます。

 まだまだ、なんとなくの感覚ですがこのテイストが私はベストのような気がします。

 やはり、歴史のある国には多くの価値ある意義ある言葉が残っています。

 このテイスト(捉え方)、仕事に活かしたいですね。

水中写真。

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 この安定した浮遊感、水中写真ならではのステキな構図です。

菜根譚。

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 とても興味深い書籍です。早速、アマゾンでカートイン!

デジタル顕微鏡。

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 よし!これは良い。買おう。

こういうこと。

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 仕事とは本来、こういうことなのです。とても高価なハンコです。そして、良い仕事です。

 何故高価なのか?それは遺伝子情報(配列)がハンコ面に彫り込まれているから。

 何故良い仕事なのか?指紋や声紋や光彩や毛根の断面などなど、人間は地球上で唯一無二の存在。なのに、遺伝子は個体同士をつなげようとする。つなげようとする本能が分裂を生み、同族意識を生み、宗教を生み、戦争を生む。本来、唯一無二であるがゆえの孤独感から開放され、集団で思考し行動することが、本来の進化に繋がるとでも記述してあるのでだろう。当然、それは非言語で誰もどのパターンにもあてはまらないのが人間なのに。ただそこには時代を超えた解釈があるのみ。そんな人間が生み出す仕事なのだから、仕事ってこうあるべきっていう仕事ですね、これは。