ワニの絵。

 昨日、お客様のところで意外な流れから一枚の「ワニの絵」を頂いた。

 そして、突然の「ワニの絵を描いてください。」というご依頼。

 ここだけの出来事を絵心のない人が捉えると、いや、絵心のない人に「描いてください。」という注文は発生しないから、私に絵心があった、あると感じていただけたから、そういう展開になったと捉えている。まず、これが最初の嬉しい流れ。

 お仕事の打ち合わせやご提案・確認作業にお客様のところに行くことは多いが、まず、「ワニの絵」をお客様からいただくことはない。まして、私が「ワニの絵」を描くこともない。この一見、不思議なやりとりの中に私は無類の感激・感動を感じる。「絵を描けるって素敵ですね」とか「絵心のある人はいつも見ている世界が一般の人と違うんですよね」とか、言われる場合が多いが、いきなり「ワニの絵」をいただくことはそう経験できることではないし、勿論、絵を描けることでデザインの仕事に有利に作用する場面は多いが、一人の「絵を描く人」としてというか、「絵が好きな人」として、「絵」を通じて、何か、気持ちや趣味趣向が交差するのはとても心地良い。これが二つ目の嬉しい流れ。

 最近、「絵を描く能力って具体的に何だろう?」というテーマついて時間があれば考えている。

 なかなか答は出てこないし、整理も当然できていない。しかし、情報が飽和している、つまり、文字情報が飛び交っている現代、絵によるコミュニケーションの不動の価値がより際立つ傾向が強いように感じます。絵とデザインの関係は意外と密接で、密接だったからこそ、こうして仕事として生業にできたという経緯もある。

 仕事の場面で名刺を渡す時、新しい出会いに必ず名刺を差し出しているが、ちょっとお時間をくださいとお願いし、相手の「似顔絵」を名刺の裏に描いて渡したら、かなり印象的な出来事なるだろう。似顔絵なんて1分もあれば描けるのだから。海外の人ならば喜ぶかもしれながい、日本人は基本、いや、表面的に「まじめ」だから、ドン引きされるかもしれないが、そういう名刺作戦もアリかもしれない。これが三つ目の嬉しい流れ。

 一枚の「ワニの絵」でこんな荒唐無稽な着想が生まれた。

 これも一枚の絵のチカラ。