バス釣り。

 年々、バス釣りに行く回数が減っている。

 当然、釣果は回数に比例し、減少している。と、当時にグッドサイズも釣れない。回数が減っているのはバス釣りに対するモチベーションが低下しているのではなく、単純にその機会がつくれないのだ。と、回数が減ったことを言い訳にしているのです。モチベーションが低下していないと言いながら、グッドサイズが釣れていないということは、つまり、ヘタクソになっているのだ。恐らく魚は昔も今も変わりなく水の中にいるのに、私が手にする魚の数やサイズが以前より低下しているのだから、技術や道具うんぬんではなく、トータル的にヘタクソ・ポンコツになっているのです。自然相手のバス釣りだからここは言い訳が通用しない。

 では、以前と比べて回数が減ったこと以外にどんな理由が考えられるのか?減ったということだけでも、気持ちが入っていない証拠でもあるし、当然、気持ちが入っていないということはテクニックに連動している。だから、結果、釣れないのである。大会に出ているとその自己分析は痛烈に感じるし、優勝している人達は、普通にとてつもないサイズのバスを同じ時間内に釣ってくる。ひとりで釣りをしているとこの比較は出来ないが、定期的に大会に出ているとこの違いが歴然なのである。もう、大会で優勝するしないのレベルではなく、上位の人たち、先頭集団ゾーンが見えるか見えないかのゾーンなのである。このようにクラスが一旦下がってしまうと、戦うというモードが停止して、参加していて楽しいというゾーンにスイッチが切り替わる。いや、切り替えざるを得ない状況に陥る。

 これは危険信号なのだ。このスイッチの切り替え、バス釣りのお話だけではなく、仕事やライフワークにも見事に適用される。自分がどのゾーン(クラス)にいるのか、特に仕事をしていると分からなくなる。その基準が非常に曖昧になってしまい、「これではいかん!」「こんな失敗ばかりしていてはダメだ!」の繰り返しで、全く上のゾーンにはい上がれなくなるのです。52歳、そんな現実を突きつけられた一年でした。

 「なんで、この状況でそんな失敗をするのか?」「一生懸命、集中してモチベーションを上げているつもりなのだが、見事に空回りする」「いやいや、そこを忘れるか!!」という「何で何で?」のスパライルなのである。

 これを総じて「老化」と呼ぶのかもしれないが、まだまだ、上のレベル・上のクラスから振り落とされぬようにあがかねばならない。

 今年は結果、一本も40アップが釣れなかった。これは非常に辛い現実です。