2017年02月 アーカイブ

映画「ローガン」

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 またまた、ローガンで映画がつくられた。いろいろなX-MENあれど、何故、ローガン(ウルバリン)なのか?ただ無敵だから、不死だからという設定がその理由ではないような気がします。勿論、ヒュー・ジャックマンだからという理由も大きいだろうが、それ以外に何かもっと大きな、私たちが気づかないような理由があり、つくり手はそれを知っているのです。悔しいかな一般ユーザーにはそれが分からない。分からないから観たくなるのだろうし、その理由が分かってしまえば、面白くなくなるのかもしれない。複雑な心境です。だから、とにかく観なければ始まらないのです。それが好奇心を刺激する芯の部分なのだろう。

年間スケジュール決定!

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 7パームスさんの2017シーズン大会予定日が確定しました。全部参戦したいが、無理だろうなぁ~。一戦一戦、一匹一匹、丁寧に頑張ろう。

マニュアルが小さい!

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 360度全方向、視野角240度というカメラが到着。データのスペックは4K動画まで撮影可能。こんなゴルフボールのようなコンパクトなサイズでこの高機能。VRコンテンツも簡単に撮影できるんです。

 しかし、本体がコンパクトなのは機能的で利点だが、それに合わせてマニュアルも小さくする必要はないと思います。なんでこんなマニュアルが小さい!ただでさえ老眼で細かい文字が読めないのに、マニュアルのサイズまで小さいと気持ちが萎えます。若い頃ならば、パンフレットやポスターのデザインをする際、文字は小さい方がカッコイイと考え配置する文字を小さくする傾向が強かった。しかし、年齢と共に・・・なのです。Time flies...

武士道。

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 かの、イナゾウニトベ氏である。「武士道」が現代思想にどのように作用しているのか?非常に興味があります。

「ワンオク」ライブヘ。

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 今週土曜日、25日は大阪へ「ワンオク」のライブに行きます。横浜、大阪、なぎさ園に続き、4回目のライブになるのですが、次から次へと繰り出す新アルバム毎のツアーなので、今回も今まで以上に期待しています。以前(横浜)は私のような50歳を超えたファンも会場にチラホラ見かけることができましたが、前回のなぎさ園では、圧倒的に若者が多かった。今後、ワンオクの人気が世界規模になるにつれ、若者のファン層はさらに拡大するでしょう。しかし、ワンオクのライブには、いまのところ年齢制限はないので!?、若者と同じようなテンションで飛び跳ねたいと思っています。楽しみ楽しみ。

70%、4年、18回。

 あるスポーツメーカーが3,000人の一般ゴルファーを対象にアンケートした結果、その中の70%の人はまだ100を切れていない。そして、100を切った人は平均4年かかり、ラウンド数では平均18回が必要だったとのこと。

 このデータは「ゴルフ」という趣味・スポーツの難しさや楽しみ方を明確に表す数値データなのです。

 さて、私のゴルフ友達・ゴルフ仲間で言えば、もっと100を切っている人の割合は多いような印象を受けるが、世の中的には70%の人がまだ100以上のスコアでラウンドしているのですね。

 ゴルフの本・ゴルフの雑誌・テクニックやメンタル系の情報サイトなどなど、いろいろな方がよりゴルフを楽しむために、ベストスコアを出すためにとあらゆる練習方法やレベルアップのポイントを記事として発信しておられるにも関わらず、「100を切り」を実現されたのは30%なのです。

 メルマガでも「100を切るために」「90を切るために」などと様々なテクニックの工夫や練習方法が情報として届くが、それを実践し実感しコースで目標を達成できる割合が30%なのです。

 70%の人と30%の人の決定的な違いって何なのでしょう?非常に興味深いです。

ゴジラの正解。

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 想像上の生物だから正解はないのですが、このゴジラは好きではない。

 身体の赤い部分が嫌い。皮膚のゴツゴツのパターンが嫌い。手の角度が生物的にありえないので嫌い。首が細くて嫌い。背びれの形状がいかにも作りました!的なので嫌い。頭のサイズや目の造りもアンバランスで嫌い。動きもどうせ人が動かしている感満載だろうから嫌い。

 正解のない創造物だけに、個人的な好みで真価を判断してはいけないが、このゴジラは歴代のゴジラ、そして、ハリウッド版のゴジラと比較しても、完成度が低いように感じた。

 子どもの頃、尻尾を抱えて飛ぶゴジラ、ヘドラの目玉をつかみ出し、両手が骨になって佇むゴジラ、キングギドラに放射能を浴びせるゴジラ。そんなゴジラ世代だけに、このゴジラは好きになれない。

 ハリウッド版のゴジラが背びれを海面から出しながら泳いでいるシーンのドキドキする感じ、恐らく、映画「シンゴジラ」にはないのだろう。映画を観ていなから分かりませんが、このゴジラが画面に登場した瞬間に気持ちが沈むだろうから映画は観ないでしょう。それに、ゴジラが安易に軽率にCMのキャラみたいな扱いになも、とても寂しいです。

バスサイン。

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 デザインしたバス用のカラー出力が仕上がってきました。これをバスに貼り込みます。

リレーマラソン大会

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 日曜日は大津の皇子山陸上競技場でリレーマラソン大会の写真撮影に行ってきました。朝から雨。けっこうな雨だったのですが、受付している参加者の皆様は笑顔。ゴールの制限時間は4時間でしたが、優勝チームは2時間30分ほどでゴールされました。後半に少し雨は小降りになりましたが、終始雨のリレーマラソン大会でした。コースのいろいろな場所での撮影は疲れましたが、ランナーの皆様を4時間撮影し続けました。

 この写真はトップのチームが、そろそろいよいよゴールというタイミングの一枚です。

360度カメラ。

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 本日、これを買った。さて、どんなコンテンツをつくろうか?

 かなり期待しているぞ!チビボール君。

仕事の未来。

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 どうも最近日増しに「AI」という言葉を目に耳にする機会が増えた。

 今更なのだが、すでに子どもの頃に「アトム」や「009」がいて、それらは人間のカタチをしたアンドロイドだった。人間が描く未来像の中に確実に存在するだろうAI。衝撃的な映画「2001年宇宙の旅」を観たのが大学生の頃。私たちは常にAIを予見しながら、期待しながら、警戒しながら生きてきたというわけです。それが、近い将来(2050年)には現実になる。映画「エクス・マキナ」のラストシーンでAIが人間の姿で雑踏に紛れていく姿はとても印象的でした。ブレードランナーでもロイの最後の言葉が示すように、人間が生み出す最終で最高で最悪の創造物は、私たちをどこに連れていってくれるのでしょう?

 恐らくAIが生み出す完璧なシステムの中で政治は制御できるはず。そうなれば、選挙に一喜一憂することなく、政治家の貧素なゴシップも生まれなくなり、当然、その業務はAIが完璧に遂行するだろう。すでにそのテンプレートはあるだろうが、仕事を奪われる危機感から抑制し遅延させている人も存在しているのだろう。推測だけで曖昧なことは言えないが、それら混沌とした捻じれやノイズが払拭された時、人間の仕事はどこまで精査されるのだろう?そんな好奇心から入手した一冊です。

鉄鉱石。

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 以前、新宿で買った鉄鉱石の原石。採掘現場でこれを初めて発見した人はさぞかし驚いたことだろう。いきなり地中にこんなに美しいキューブを発見したのだから。自然の力、人知を超えた未知の領域です。金もダイヤもプラチナも原油もすべて人間が価値を感じる物質には、不動・普遍の存在感と科学的な根拠があるのですね。

 仕事場のいつも見える場所に置いていますが、誠に美しいです。

 本来、創造的な仕事はこのゾーン・領域を目指すルート上にあると思います。

 若い頃、デザイン会社の上司に「とにかく美しいデザインをたくさん見ること」とアドバイスを頂いた。その頃は、デザイン年鑑やアワード関連の優秀作品ばかりを物色し、「美しい」と感じていたが、それらの背景には、自然が生み出す形状やフォルムや仕組みがあったのです。若い頃は表面的な美しさのみに心を奪われ、その真意や真価まで見通す眼力がなかったようです。とは言え、それが見えた感覚があったとしても、そのテイストや存在感をバリューとしてデザインの仕事にどう結びつけるのかとなれば、さらに暗雲が漂うのですが、とにかく、前に進むしか方法はないのです。

初志貫徹。

 中学に入学し、初日、教室に入ると、黒板の上に「初志貫徹」という文字が貼ってあった。担任は野球部の監督さんでもある社会の先生だった。23年前、アクトの設立に参加した時、その言葉を筆で和紙に認め自分の部屋に貼った。

 長年、仕事をしていると、ずる賢くなってしまう。テクニックだとかノウハウだとか自分に都合の良い解釈で思考も行動もパターン化させる。言い訳ばかり上手くなり、何か挑戦をするにも、たくさんの言い訳を用意してから、動き出す始末。ただただ、失敗が怖いのだ。自分の能力が足りないことも、言い訳の対象になり、「老化だから仕方ないな」などと自分に嘘をつく。そんなのは仕事のテクニックでも人生の技でもない。

 「あきらめる」という言葉は本来「明らかに見る」という意味があるらしい。思考や行動を放棄したり停止したりする意味での誤用が多い言葉らしい。あきらめるのが怖いのだ。

 今更、「挑戦」だの「探求」だのと言ったところで限界点は見えていると自分の無力さを慰めるのか、何回も何回も原点に立ち返り、殻を破り老体に鞭を入れ、「目的」を再確認するのか。

 50歳を超えると、「初志貫徹」の言葉が妙に骨身に沁みる。

 恐らく、先生も同じ気持ちで教壇に立っておられたのだろう。