その気

この気なんの気 気になる気
名前も知らない 気ですから
名前も知らない気になるでしょう

この気なんの気 気になる気
見たこともない 気ですから
見たこともない花が咲くでしょう

しかし、その気は名前が付けられ見事な花を咲かせている。
その気とは「ネットの中の表現者」である。

そもそも表現者とは孤高の思考と秀逸なセンス・テクニックで
その存在感を示すしか手立てがなかった。
しかし、ネットの中に存在する多くの人が「表現者」になる術を得たのだ。

それれはそれは見事な花である。

表現者になることに躊躇していた人達だからこそ、
その中にある想いは地下に眠るプロトニウムよりも強く偉大である。
ネットデバイスが与えた「その気」は仮想空間で開放され百花繚乱。

ゆえに、悲劇も喜劇も多い。

表現者のツールが刀なら間合いを見極める能力が必要だったのだが、
このツール、一瞬で数光年先の惑星さえも滅ぼしかねない。
たかだか半島の微力な国でさえその気になってしまい、
世界の驚異という称号を得てしまうのだ。

その気さえあれば、誰でも大きな木になり美しい花を咲かすことができるのだ。
仮想空間の中で。

ただ、木には根があり、花が結実することを忘れてはいけない。
根には水が必要であり、実は次の芽になるのだ。
残念なことに、仮想空間の中に水はなく、「次」もない。
そのことを黙認させるだけの刺激が仕組みの中にあるからこそ
「その気」になれるのだ。

電気は地球上からは絶対になくならないという大前提がシャットダウンした時、
再起動スイッチをもっていれば、次の花を咲かすことができるだろうが、
花を咲かすためのテクニックを電子に頼るのは表現ではないような、
そんな気がする。