トロボー君。

 私は高校時代は硬式野球一色だった。1年生の春から3年生の夏まで高校野球が生活の中心だった。しかし、良い想い出は少ない。

 練習でも試合でもココイチの大切な場面で、まったく良い結果を出せないプレイヤーだったからだ。健康管理術もトレーニング術も過剰過ぎてケガを引き寄せてしまい、なんともみじめな経験の連続だった。そんな状態だから、いつしかメンタル面もとことんネガティブになっていった。しかし、根が頑固だったため退部せずに3年間続けることができた。それを諦めない強靭な精神力と捉えるのか、ただ惰性で可もなく不可もなく流す持続性・持久性だと捉えるのかは判断しかねるが、結果、取り立てて成果もなく、当然、良い思い出が少ない。

 そんなチキンな野郎だったから監督からはトロい(鈍感な)坊主ということで「トロボー君」と呼ばれていた。心底、悔しいかったが現実はその名前の通りトロい坊主だったので受け入れるしかなかった。

 社会に出てからもこの高校時代の記憶が、思考するにも行動するにもこのネガティブさが軸になることが多く、いろいろな場面で作用している実感がある。仕事で失敗した時や想定外のトラブルに遭遇した場面で私の中の「トロボー君」が状況判断をしようとするのだ。「どうしよう?どうしょう?」と萎縮し、テンパってしまう情けないトロボー君なのである。

 しかし、仕事が上手く行き始めた頃、一時期このトロボー君が現れなくなった時期があった。何をやっても上手くいくし、思考や行動もしっかり連動し、当然、成果も想定以上だった。「ああ、これでトロボー君は消え、何事にもポジティブに取り組めるぞ」と思い上がった状態だった。すると、その自信からか私は見る見る口が悪くなり、行動が自己中心的になっていった。それでも仕事が優先だからこれでいいと考え、誠実さや慎重さや謙虚さを欠き、欺瞞と自惚れで相手の気持ちが分からなくなり自論や自分のスタイルに固執していった。結果、そんな小さな自負など、狭い会社組織の井戸の中でケロケロ鳴いていた蛙だったのだ。

 都会のデザイン制作会社を離れ自営スタイルで独自の営業展開を始めると、また、いつのまにかトロボー君がオドオドした自信なさげな表情で私の中に現れた。今では彼と仲良くやっているし、傲慢になることも人を傷つけるような言葉選びも、トロボー君がマネージメントしてくれているような気がしています。

 トロボー君の合言葉は「fight or flight?」。時には戦わないことも大切なのです。