カラフルな街。

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 なんの特徴もない街だったが住人が自宅にいろいろな色を自由に塗った。すると、たったそれだけの演出工夫でその街には観光客が訪れるようになったらしい。

 街灯もライトアップしたサインもない街があった。夜になると完全な闇が訪れる。住人達はこのまま廃れていく街を見かね「世界で一番星が美しく見える街」というPRを展開した。すると、満点の星空を観るために観光客が集まった。

 どこにである温泉街があった。都市圏からそこそこ離れた温泉街。温泉が出る以外に特筆するような魅力はなかった。しかし、住人が広告代理店に街おこしを依頼し美しい温泉街の広告を展開した。その広告展開が成功し何もない温泉街にたくさんの観光客が訪れるようになった。

 認定され注目され観光客が訪れると産業が活性化し具体的な新しい販売促進計画が生まれる。決して本質的に機能的に優位に立てる条件でなくとも、工夫次第で人の心が引き寄せられるのだ。その成功事例が情報となり二番手三番手が現れると人の興味や好奇心は分散され均衡しフラットになる。あとは持久戦だ。

 廃れるよりも人が集まりビジネスが活性化することで産業が生まれ雇用が生まれ街の価値が一見高まったような気になるが、本質は同じで演出(外観)だけが変化していたのだ。

 デザインの仕事はこの演出の部分を担っていて、本質を変化させることはできない。どう見せるか、どう伝えるか、どう解釈してもらうかについて取り組む仕事だ。ではカラフルな街も星が美しい街も片田舎の温泉街も演出を変え、人の注目を集め街は活性化したが、これで成功なのか?正解なのか?過剰なおもてなし精神が海外の人には敬遠される場合もあるらしく、一方的にな好意が嫌気として受け取られるケースも増えているらしい。

 このカラフルな街の写真を見ていると、そんなちょっと思惑が捻れている印象を受ける。表面的な文化を創出したものの、根づかないハリボテ文化は短命に終わる可能性が高い。文化(文章化・言語化・理論化)される前あったはずの「地の利」を感覚で捉えておかないと、いつかペンキ(装飾や演出)が剥がれた時、本質が以前より劣化せぬようその部分だけは死守しなければならない。