類は友を呼ぶ!?

 「類は友を呼ぶ」という言葉がある。

 考え方や趣味趣向が似ている人は共感しやすく、集まる傾向が強い。

 当然、言葉には多面性があり、良い意味では技量や思考に優れている人達が集まり、切磋琢磨することで新しいイノベーションが生まれたり、革新的なビジネスモデルを生む集団になる。良くない意味では、烏合化し誹謗中傷やゴシップ的な的を得ていない議論に終始する傾向が強くなり、烏合の外に対して過剰な警戒心や敵対心が生まれる。協調することは必ずしも有益で意義のあることではないのです。集団や組織の中でライバルを見つけ自己を高めようとする考えと、人の揚げ足やウィークポイントにフォーカスし他人の評価を貶めようと考える人とでは、当然、成果や本人の活性度合いが極端に変化する。

 分かりやすい事例として「SNS」がある。当然、開発者の狙いは生産的なネットワークをつくるためだったのだろうが、多面性が悪しき結果を生むこともあるようです。組織や集団って「企業」「国」「地球」「人類」などなど枠を広げていくといろいろな規模があり、当然、ある人は生産的にある人は破壊的に捉えているので、その関係性が「良い友」なのか、「悪い友」なのかは自然の理に委ねるしかない。SNSも最終的には本人次第なのだが、必ず関わる以上、多面的な捉え方をする必要がある。だから、素性も知らない、お互いポテンシャルも十分に分かりあっていない相手をそれが仕組みだ常識だと思い込み「友達」だと軽率に認定するわけにはいかない。そんな軽率な意思決定から有益なネットワークが生まれるはずがないのだ。

 昨晩、「海外視察」だという大義名分の元、ヨーロッパを旅する6名の地方議員集団がテレビに登場していたが、990万円という視察費用(税金)をドブに捨てていた。ご本人達は議員であるという属性に完全に依存し、大義名分を傘に着て、テレビ人間が直接問い正したが、ただ、その場を取り繕うしか術がなくともて痛々しく目に余る映像だった。いや、必ずしも議員・政治家がすべてこの「類」だとは思いたくないが、たまたま、この6名は公的な資金を私欲のために浪費するしか、己の存在価値を示す術がなかったのだろう。

 だからと言って、孤立し単独行動が気高く意義があるとは思わないし、小汚い野良犬で終わるのか、孤高の一匹狼で生きるのか、やはり、本人次第なのである。

 そういう捉え方で言えば、昨晩から読み始めた村上春樹氏の新作は、ねっとりと感覚に絡みつく。このテイストは意図・意識せずとも村上氏の得意技なのだろし、本質的に人間の中にある「同類を引き寄せたい衝動」を巧みに利用しているのだろうと捉えると、物語に不思議な共感が生まれ登場人物に感情移入させられてしまう。非常に「上手い!」としか言葉が思い浮かばない。恐らく、ドライな気質の人が読めばこの文体はカリフォルニアの空ように爽快感を生み、ディープで粘度の高い人が読めばコスタリカの密林のように息苦しくなるのだ。作用と反作用を見事に利用している、数少ない日本が世界に誇れる書き手さんなのだろう。