カラス退散

 車で走っていると、苦しい看板を見かけることが多い。

 苦しい看板とはちょっと意図と文章(伝え方)、狙いと表現がずれている看板である。

 その看板には「カラス退散」と書かれていた。恐らく状況はカラスの被害に遭っているからなんとかしなければならない。しかし、やってくるカラスを次々に銃で撃ち殺すわけにもいかず、水をかけたり音で脅したりしておられたのでしょう。それでも、効果がなくカラスがやってきてゴミをつついたり建物に糞を撒き散らす。この状況をなんとかするため建物のある敷地内に、しかも国道に向けて「カラス退散」という看板を設置されたのだ。しかし、さて、この看板の効果は?結果、どうなったのだろう?看板の効果はあったのだろうか?
 よくカラスがとまる柱にたくさんの針を敷くとか、捕獲するためにトリモチを敷いておくのなら、「カラス退散」というニュアンスではないし、丁寧に言えば「お願いです。カラスさん達、どうか退散してください!」とでもここの家主さんは言いたかったのだろうか?そもそも、「カラス退散」という看板をつくろと着想した時点ですでに実は「なんでやねん!」状態なのだが、それでも家主さんは苦肉の策として「カラス退散」という看板を設置されたのだ。

 結果、カラスは文字が読めないわけですし、わざわざ看板用の支柱を敷地内に立てて、5枚(5文字文)の看板を設置したわけだから、どうかどうか、この看板の上にカラスが来ないようにと願うばかり。

 「カラス退散」、不思議な看板である。