エンハンスメント。

 「エンハンスメント」。そもそもの意味は「改良すること。また、増大、増進、強化」、「天然石が本来もつ性質を最大限に引き出すため、加熱処理などを行なって、宝石としての価値を高める工程」なのだが、人体の増強というテーマでもこの言葉が注目されているらしい。それは、人工臓器や感覚の低下を人工的に補強することで身体機能を飛躍的に伸ばすことなのだそうです。あまり、聞きなれない言葉ではあるが、確かに技術の進歩が人間の生命に及ぼす作用や益は想像以上に大きく覚醒している現実もあるのだ。

 老化や事故による身体の損傷、癌などの不徳の事態を進歩した技術力で回避できたのなら、生命本来の寿命の上限を飛躍的に超える可能性が高いのだ。当然、人間としての尊厳や自然の摂理に対する感情との兼ね合いがあるだろうが、それでも本能が生命の延長を求めたのならヒトは最新テクノロジーでその生命を制御するだろう。ただ、そこまでして個体の生命を延長し倫理や哲学的な判断はどうなる?という疑問が残る。仮に私がそうしたいと願った場合、費用の問題もあるだろうし、生命に対する捉え方は個体それぞれだろうからYESとNOに別れる複雑な問題である。そこまでコストを賭けた延命に意義があるのかないのかという疑念の前に、そんな費用は用意できないだろうし、故に「NO」という結論が予想される。もし、個人資産に余裕があるのならこの老眼だけはなんとかしたいと考えるかもしれないし、人工心臓を埋め込んでまで枯れたゴーヤのような自分の四肢を見るのは辛い。まだ53歳だから「自分の死」を先送りにできるのだろうが、もう53歳だからと自問自答すると、「エンハンスメントかぁ~」と神妙な気持ちになってしまう。

 倫理や哲学、理論や理屈って頭の中で粘土のようにいろいろな形になってしまうから、答は出さないのが大前提だし、だから、覚悟も決意も必要ない無限ループの世界である。ただその現実に反して衰えていく肉体をなんとか増強したいという願い・理想については、バベルの塔の住民だけ語れる戯言、得られる特権であり、いつまでもその空想の世界で戯れていてもらいたいと思います。

 故郷は遠くにありて想うもの、理想とは理想でありつづけるからこそ価値がある。と思うのです。何もすべてを実現するだけが人間の英知ではないような。生命は有限であることをエンジョイできるヒトでありたいと思います。