大義名分。

 以前、長浜のガラス文化のシンボルとしてガラス作品のコンペがあった。経緯はあまり熟知していないが、結果、駅前のホテルの入口付近に最優秀作品が建造された。ガラス文化のシンボルという大義名分がその場所に鎮座していた。個人的に作品として特筆することはないまま、駅前通りを通る度にこれがシンボルなのかと考える。この毎日、目に触れるということがシンボルの役割でもあるのだから、形が存在しない大義名分よりも遥かに価値はある。

 しかし、駅前に新しいビジネスモールが建造されこの夏オープンした。この開設に伴い周辺の道路も広く整備された。その一連の流れなのか、ホテルの駅前にあったシンボルがいつの間にか無くなっていた。なるほど、もっとシンボルのあるべき場所に移転されたのだと感じた。例えば、新しいモールの中の広場とか、どこか長浜のガラス文化のシンボルとして適正な場所にこれを機に移転したのだと。

 昨日、娘を長浜駅まで迎えに行く。駅前のロータリーはタクシーや送迎の車で混雑するので、裏手にある、モールの裏口付近、コンビニの駐車場に停車して新快速の到着を待つ。少し雨でも降ったのだろうか夜中の10時過ぎ、その付近はひんやりと心地よい空気が漂っていた。人の通りもまばら。そのコンビニから道路に歩いて行くと、ふと、左手のテナントビルとコンビニの間の空き地にシンボルを発見。目立つ場所と言えば目立っていたが、どう見ても長浜のガラス文化のシンボルの場所としては似つかわしくない、コンビニとテナントビルの隙間に移動されていた。さて、この状況をどう捉えたものか?ホテル前から移転して裏手の空き地にあるシンボル。大義名分の捉え方は十人十色としても、ちょっと寂しい気持ちになりました。