テレビを観ながら。

 最近ふと、テレビを観ながら感じたことがある。それはニュース情報以外のテレビで放映しているコンテンツについて。

 例えば、「面白映像オムニバス番組」。ユーチューブの影響なのかハプニング映像や動物達の愛らしい映像が中心で、事故や災害の映像も含め盛りだくさん映像を集めている。しかし、一見、それぞれの映像は楽しいし、たくみなコメントで愉快なひとときは過ごせるが、そもそも何故この映像を自分が観ているのかが分からなくなる。確かに観ている時は楽しいが、それだけ。特に映像から番組をつくっているつくり手の意図が汲み取れるわけでもなく、教訓も英知もない。非常に表面的な視覚刺激だけがあり、ちょっと心がフワッとするだけ。見終わった後、1時間がとても無駄だったような気持ちになる。

 また、イマドキの「グルメ番組」。到底、行けそうにない高級レストランや料亭の映像情報とワンパターンの評価。漁港や農村でとれたて素材を頬張り想定内のリアクション。芸能人や料理人が登場して各々のテクニック自慢を見せられる状況。味覚は映像では伝わらないから、個々のポテンシャルとボキャブラリーで「美味しい」を弄りまわし番組が成立している。特になんとかソムリエという立場の人のコメントは説得力がない。表現力や言葉選びがテレビでは伝わりにくいのだ。僕が料理を食べている傍らで同じことを言われたら、心が震えるのだろうが、不特定多数に対していくら美辞麗句やお決まりの決め台詞を放っても、テレビの向こうには届かない。というか僕には届かない。

 あとは、「お笑い系全般」。最近、ネタ番組が減り、時勢ネタを多くの芸人や知識人がコメントしリアクションする番組づくりが主流のようですが、芸人のフリートークは固定化され想定内のコメントからはみ出ない。かつては、はみ出しを意識し売りにしていた有吉さんや坂上さんや梅沢さんでさえ、スタイルが確立されると、見事にはみ出さない。これがテレビ番組の強力な法則なのだ。

 むしろ、これらの枠からはみ出しているヒトは言えば、「みやぞん」さんぐらいだろう。みやぞんさんは天然を売りにしているが、テレビという枠をその天然さと類まれなる本能で反照させている。一見、正直者に見えるが、私には爪を隠したオオカミに見える。

 もっと、テレビにはオオカミが登場してもいいはずだと思うんです。セオリーやタブーをひと掻きで切り裂くような爪をもったラプトルでもいい。そんなことをテレビに期待しています。ネットの裏側で流れいるような未熟で狡猾で貧弱な情報は潔く無視していいと思います。