スキルはどこへ?

 スマホの便利さの基準は「多くのヒトが使っているから」である。「ガラケーをまだ使っているんですか?」と言われ続けても僕はスマホに切り変えるつもりはなかった。ただ、更新のタイミングでガラケーの選択肢がなかったため、渋々、スマホユーザーになった僕。しかし、この端末は大きい、画面は見にくい、誤動作やOSの不具合や更新プログラムの多さが気になって仕方ない。何をどう考えても僕は「便利さ」は感じない。欲しいのはもっとツールとして「美しい電話」である。電話機能とテキストメール受信機能があればそれ以上は必要ない。みんな使っている機能だからと言って必ずしも「便利」ではないのだ。わざわざそんなことは取り立てる必要もないようなことだから、誰も言葉にはしないが、実はスマホが普及すればするほど開発会社が潤う仕組みになっている。各種アプリの製作意図は個人情報を集めること。個人情報といっても氏名や住所や電話番号ではない、個人の趣向性や行動パターンなどである。それを今の段階ではどこかの誰かが求めてるだけだが、どこかの誰かがその狙いさえシステム化・プログラム化してしまったら、CPUが独自で情報を回収するのだろう。目に見えないケーブルプラグが頚椎のあたりの穴に差し込まれ、私達はメインサーバに情報を提供するだけのセンサー野郎になってしまうのだろう。「美白」「抗菌」「抜け毛」「環境保全」「グローバル化」「北朝鮮」「解散」などなど。一回、このケーブルを抜き、本来の五感情報を意識して鈍っている感覚をスキルを高めたいものです。