2017年10月 アーカイブ

ブレードランナー2049

 28日土曜日、「ブレードランナー2049」を観てきました。

 僕が最初に「ブレードランナー」を観たのはかれこれ30年前、池袋の単館レイトショーだった。上司に連れられての初「ブレードランナー」だった。その衝撃の日からひとりでその映画館に3回通った。正直、映画に対する捉え方が大きく変わった。何がどう変わったのか?この部分、なかなか言葉にできない。すでに、世界中の多くのファンがそれについて多くの言葉を残し、いずれも共感した上で、僕には僕の「ブレードランナー観」があったからだ。この気持ち、未だに適正な言葉にすることはできないままだ。そして、「ブレードランナー2049」。「30年間」という時間の経過は大きな区切りでなのである。この映画製作に関わった多くのクリエイターにとっても、この映画を愛する多くのファンにとっても、「30年間」は大きな意味があり区切りだったのだ。僕の場合、それは23歳から53歳までの時間経過に過ぎないが、それと同じ時間がこの映画を愛するすべてのヒト達にも同時に流れていたということ。それが、映画館で「ブレードランナー2049」を観たことで完全にシンクロしたのだ。まず、その歓喜が優先してしまい、正直、まだ、映画本体に気持ちが入れていない状態である。あと、2回は映画館に通えば、映画の本質が少しだけ頭に体に心に入ってくるような気がする。

 公開日2日目、小さい劇場だったが、観客は僕を入れて6名。恐らく、同じことをそれぞれの個性で観点で捉えていたのだろう。

 そして、映画「メッセージ」からの「ブレードランナー2049」。なんとも贅沢なバトンである。

本日公開。

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 本日、映画「ブレードランナー2049」が公開。朝からソワソワしてしまいます。

騎士団長殺し

 「騎士団長殺し」を昨晩、読み終えた。

 個人的に曖昧だが明確なある理由があり「1Q84」はスルーしている。だから、「ノルウェイの森」以来となる村上春樹作品である。書籍を購入したわけではなく、ある方からお借りして読んだ。ある方から「主人公がスギノさんにどことなく…」という、なんとも意味深な言葉を頂き、触発・刺激され、村上作品に意を決しダイブした。しかし、私自身は村上春樹さんの作品がとても苦手なジャンルで、読んでいる状態では誠実な気持ちなのだが、読後感がなんともよろしくない。いろいろなこの書籍に対する評価や批評を読むと、「読み手次第」という評価が多い。元より書籍というは著者・作者の意図よりも読み手のイマジネーションで価値が決まるとも言えなくないので、その評価はある意味では正しい。恐らく、主人公が画家でなければ、そして、誰かから勧められなければ、村上春樹さんの作品を読むことはないので、新鮮な気持ちで読んだ。

 さて、やはり、読後感はよろしくあらない。

 しばらく、この感覚を整理してみようと思っています。

「B.R.2049」明日公開。

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 映画「ブレードランナー2049」が明日公開です。

 心の準備はできているものの、ソワソワしてしまいます。

DVD「ARRIVAL」

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 当然、賛否両論はあるものの、僕のこの映画に対する評価は「あらゆる映画作品の中で1番だ」である。まだ、わずか1回しか観ていないので軽率な評価かもしれないが、見終わってからずっと激しい動悸が続いた。今も同じソワソワしている。確かにSF映画として、テーマである「言語」の捉え方に対して、各分野の然るべき専門家達からは厳しい評価を得たらしいが、創っていない人間はなんでも言える。僕の動悸が激しくなったのは、僭越ながらこの映画を「創った人」に同期したいと、少しでも同じ観点でこの作品を捉えたい、全身全霊で共鳴したいと願ったからだ。何をどう想定し期待しようが僕がこのような映画作品を創れる機会はないだろう。しかし、この映画に興味を持ちDVDを買い観てしまった以上、例えその確率が限りなく0%に近いとしても、0%ではないと信じたい一人の映画ファンの憂いである。

 確かに映画「CONTACT」はこの映画と比較するに値するし、今、思い起こしても「CONTACT」のあらゆるシーンが頭の中に浮かぶ。また、来週公開される同監督の「ブレードランナー2049」の源泉である「ブレードランナー」も、引いては「2001年宇宙の旅」にしても、この映画と比較してしまうのが当然だが、それでもそれでも「ARRIVAL」は勝る。

 むしろ、「勝る」「劣る」などと比較することすら意味がないと感じている。

 念のため、原作を入手しようと思います。DVDを観るまでひかえていた原作だけに、改めて原作を神妙に辿ってみようと思います。言わば「解答事例集」のような感覚で。

 「ブレードランナー」という映画はある意味「境界線(ボーダーライン)」で、決定的に観るヒトを二分してる。向こう側にはブレードランナーを分からないヒトがいて、こちら側には無くてはならないヒトがいる。優劣や正誤や好みという比較ではない。中庸なゾーンとしてこちらとあちらが存在しているのだ。そして、その議論は理論や理屈ではどうすることもできない程の決定的な存在としての境界線なのだ。映画「ARRIVAL」を観て、改めて、僕は安堵している。今後、この映画がひとつの大きなボーダーラインになることだろう。

 正に、何かを二つに切り裂く「ブレード」のように。

これ何だろう?

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 映画「メッセージ」のワンシーン。これ何だろう?

 DVDの到着が楽しみです。

40歳以上男性限定!?

 日本での公開に先駆けアメリカで「ブレードランナー2049」が公開されたが、興業成績はパッとしなかったらしい。

 また、日本での公開が10月末に迫っているが、恐らく「40歳以上の男性」限定になるだろうとネットで予想されている。僕もその通りだと思います。

 むしろ、この映画に反応する20歳代・30歳代がこの日本にいたとしたらそれは本物だ。何がどう本物なのか?残念ながらそれを言葉にすることはできない。「ブレードランナー」を感じることができない人間に言葉で共感を求めようなど言語道断。この映画、必ず映画館に行くが、どんよりした40歳以上の男性が静かに固唾を飲んで上映を待っている空気が想像できる。

 製作者は175億もかけたそうだが、恐らく、前の作品同様に35年かけて回収するつもりだろう。これが正しい映画のつくり方なのかもしれない。

Is it real intention?

 最近、テレビで政治家の声がうるさい。

 実しやかな弁を奮っているが、言葉が頭に入ってこない。

 あのポジションだと、どうしても理論理屈を先行させなければならないのだろう。もっと、感覚的に等身大の人間を出せば楽なのに、って、それはできない相談。因果な仕事です。早く、人工頭脳にそのポジションを託して、もっと生産的で建設的で人間らしい仕事をしたら、言葉の角が取れ、真意に向き合い清澄になれるのに。

鳩。

 本日、長浜南小学校様の50周年記念モニュメントの除幕式の映像撮影をさせていただいた。生徒達が中庭に集まり、恙無く除幕式が進行する。いよいよモニュメントの上にかけられたシートを子ども達が外したタイミングでクラッカーが鳴り、鳩が飛び立った。なかなか、いろいろな式典に仕事で行きましたが、鳩を飛ばせるという演出は初めて。それが実際どんな感じなのかと期待していたが、いやいや、なかなか、鳩はいい。恐らく、鳩達は自分の住処に帰るだけなのだが、除幕式の演出として鳩はこれほどに効果的なのかと圧倒された。一瞬の出来事なのだが、とても素晴らしい演出でした。

 映画でもココイチのシーンで、鳥を飛ばせるのに監督がこだわるのがなんとなく理解できた。あれはいいものだ。