何故、SNSなのか?

 学校や職場で人間関係に悩む人は多い。確かに自分も含めて人間は地球上の生物の中でも飛びぬけてややこしい生き物である。しかし、これほどに地球上、生存区域内で繁栄した理由のひとつにこの「ややこしさ」が作用しているという論述をある書籍で読んだ。確かに客観的に捉えるとそうなるのだろう。
 
 具体的に人間関係とは何か?「利害」「血縁」「因果」「肉体」と様々な関係があるが、いずれもなんらかの上下関係がある。どちらかが優位でどちらかが劣勢という関係である。しかし、すべての人間が「貧富」「人種」「能力」などの格差を取り払いフラット(公平)な関係が理想であり、その状態が「平和」だと遠い過去から叫ばれている。人類皆平等の精神である。しかし、生きている以上、どうしても「差別化」する癖の強い人間は、なんらかの差異を無理矢理適用して他人との差異を設定する。それが「ややこしさ」の原因である。

 それをSNSは見事に無くした。仮想空間では世界はひとつなのである。SF映画のプロットような世界が実際現実に今に在るのだ。無味無臭の仮想世界でフラットな関係に魅了されないはずがないのである。ただ、仮想空間と現実世界を連動させた瞬間、様々ないざこざ・トラブル・ハプニングが生じ、またまた、「ややこしさ」に巻き込まれる。できることなら一生、デジタル仮想空間で不死不老でいたいと心から願うヒトは多いのだろう。実際。だから、SNSの世界の虜になるのだ。

 だだ、人間の五感は間違いなくフラストレーションを溜めているし、無意識のうちにストレスを感じている。理論理屈で安心安全の仮想空間、フラットな関係性に魂を委ねられるといいのだが、本能は脳幹は延髄はそうは捉えてはいない。あれ、今まで入力されてきた信号が来なくなり、自律神経に送るパルスの強さも少なくなったぞ。栄養はいつも通り摂取されているから身体機能は以前と同じのようだが、どうも最近、エンジンのトルクが上がらない。うん?何故だろう?と感じているかもしれない。原因は五感を封じた故の軽い麻痺であり中毒なのだ。

 だが、これがすこぶる心地良いとなってしまうと、もう、元には戻れない。リセットも再起動もできない。コンセントを抜くしかないのだ。せめて、このスイッチを手放さぬよう、多少のストレスは栄養剤だと捉えて適度に摂取しておきたいと僕は考えている。老化防止にも効果があるだろうし。