アウトプット不足。

 「日本の大人はアウトプットが不足している!」という本がある。

 「書くアウトプットがいちばんラク!」知識と情報を血肉にする最強の書き方SNS発信術。
 書ければ必ずお金になる!「テーマと文字数」は制限があればあるほどいい。簡単に誰でも分かるように書け。媒体を意識して、読みやすくせよ。接続詞は書き手も読み手も助ける。文章を売ろうとするな、文章で売れ!SNSで発信しないのは、存在しないのと同じ。などという一見、魅力的なフレーズが書籍広告面にはちりばめられている。

 そして、「インプット時代はもう終わりだ。大衆を脱出したけれりゃ、情報を吐き出せ!」とこの書籍広告は締めくくっている。

 確かに言いたいことはビシビシ伝わってくるから、悪い書籍ではないのだろう。結果、「4刷出来!」がその証拠だ。

 確かに、「日本の大人」が海外の大人と比較してアウトプットが上手くないのかなとは感じるし、ネット時代だからこそ一般大衆が情報発信ツールを手にしたわけだから、SNSで認知度を高めて一般大衆から共感され信頼されれば、それ相当の代価を得られる時代であることは理解している。この著者はその代表選手のような存在なのだろう、までは簡単に推測できる。SNSで情報を吐き出すだけで代価が得られるのなら、僕も積極的に吐き出したい。だから、文章力を高めて「吐き出し方」を習得してくださいというメッセージがこの書籍には込められていて、その具体的なノウハウが豊富に盛り込まれているのだろう。この書籍が800円(税別)だから、SNSで情報を吐き出して、800円ぐらいの代価を得ることは難しくないだろう。

 しかし、積極的に吐き出すにも「吐き出すモノ」が必要だ。確かに日本の大人は地道にモノ静かに謙虚に誠実にいろいろな経験値やテクニックをインプットしてきた。それらは会社組織やある特定の属性の中でしっかり機能していたから、とりたててアウトプットする必要がなかったのだ。つまり、そういう仕組みが充分に機能していたからアウトプットしなくとも代価が得られたのだ。

 インプットした情報を「お金」に変換するために書き出すという作業が有効なのは、なんとなく個人的に理解できる。何も書き出していないのに、警戒し過ぎて好機を逃すぐらいなら、ちょっと冒険をするべきなのだ。一般大衆に揶揄されたり酷評を受けることになったとしても、SNSなら致命的な状況にはならないだろう。ただ、今までがほんとうに「インプット時代」だったのか?という違和感がある。

 ない袖は振れないし、食わねど高楊枝という美学も放棄することは難しく、そんなプライドもブランドの格子も捻じ曲げて、自分の意図のまま突き進もうとするぐらいの覚悟と決意が必要な時代なんだという危機感はビシビシ感じられる広告文面でした。