紅に染まる。

 「紅に染まったこの俺を慰める奴はもういない。」

 高畑充希ちゃんが熱唱しているCMがとても気になった。完全にCMとしては成功事例だ。

 ところで、「紅に染まったこの俺を慰める奴はもういない。」について少し考えてみたい。ロックバンドの歌詞だから深堀りしても核心に触れることはできないだろうし、その領域は歌詞をつくったヒトのみが巡遊闊歩できるゾーンだから、外部の一般ユーザーはKEEP OUT.

 だが、時代背景から推測するとまず「紅に染まる」ということは夕陽で照らされているのか?それとも何か業火の前に立ちすくんでいるのか?もしくは「血」?どういう状況かは分からないがとにかくこの「俺」は紅に染まっている。歌詞の語感からどう考えても平穏な状況ではないし、緊急事態であることは推測できる上、座り込んでいる態勢でもワナワナと打ち震えているわけでもなく、茫然自失状態で仁王立ちのようだ。そして、深深と胸中にこみ上げてくる「誰も慰めてくれない」という実感。つまり、この「俺」は孤立しているのだ。以前なら誰かが同じ状況、紅に染まった状況では慰めてくれたのだが、何かしらの理由でもう助けてくれるヒトも手を差し伸べてくれるヒトも消え、慰めてさえくれない状況なのだ。

 では、この状態を「俺」は悲観しているのだろうか?それとも孤高の存在となり高揚しているのか?という分析である。もし、前者なら歌詞にまでして誰かに伝えようとは考えないのではないだろうから、紅に染まった状況で、孤立したこの「俺」は、世界で唯一無二の存在になったことに対してとてつもなく高揚しているような印象を受けた。

 普通に生きていたらなかなかこんな状況にはならないが、この「俺」はよほどの世界に住んでいるのだろう。そして、そしてである。その歌詞を真摯に受け止めその高揚感を共有しているファンがいる。このシンクロはとても美しい。崇拝なのか尊厳なのか心頭なのか分からないが、「紅に染まったこの俺を慰める奴はもういない!」と聴いて何かしらの共感を抱けるヒトのイマジネーションは「美しい」としか表現ができない。アートゾーンのお話だ。そんなことをCMを観ながら感じてしまった。

 ちなみに僕の場合、「わかってもらえるさ いつかそんな日になる ぼくら何もまちがっていない もうすぐなんだ!」という歌詞に初めて出会った瞬間から、いつも心の一部分が振動していて、今でもその振動は止まっていない。つまり、これも歌詞の裏にあるアートゾーンのパワーなのだ。