仕事は楽しいか?

 現在、日本の中心の部分で働き方を開拓しようといろいろな理論理屈をひねり出しているような印象がある。

 「仕事は楽しいか?」と国民に聞き、無理矢理、「楽しいです」と言わせようとする理論理屈だ。

 よく、僕は「仕事は楽しいですか?」という内容の質問されることがあり、中でも「スギノさんは仕事が楽しいですよね?」と言われることが多い。そういう雰囲気が言動や振る舞いに出てしまっているのだろう。それは天真爛漫に楽しいですという感じではなく、必死に少し血相を変え気味で取り組んでいる様が相手に伝わって、そう感じて頂けているのだろう。それはとても嬉しいことで、その姿勢でこれからも仕事を続けていこうと考えているし、むしろ、そういう感じ以外で仕事ができないとも言える。これは何よりも幸福なことで、仕事が苦しいと感じている人にはどうしても理解できないようだ。僕の場合、これがデザインの仕事だからと限っていないところがまた、そういうタッチの人にしてみれば信じがたいことであり、「仕事って稼ぐため以外に何の目的があるの?」と言われた日には、僕はその人に何も返答ができないことに最近、気がついた。だって、この違いは理屈では解消・解決しないし、そういう人の感覚が僕は分からないのだ。

 例えば、日曜日に仕事をすることが信じられない方にしてみれば、「そんなに稼いでどうするのか?」という捉え方になるだろうし、遅くまで仕事をしていれば「好きな仕事ができて羨ましいですね」と嫌味チックな語感さえ混じるケースもある。僕はとにかく「自分の仕事」に対して客観的に俯瞰で捉えることができない。つまり、365日、僕と仕事の間には余計な雑念や通念が介在しないのだ。結果、これで生計を立てているわけだが、生計を立てるために仕事をしていると、自分と仕事の間に隙間ができてノイズが入る。これが最高に気持ち悪い。だから、手が届かないゾーンに対して仕事を求めない。公募展などに作品を応募して自分の実力を試したい、公認・検定・権威・属性を手に入れて仕事をより安定させたい、不動の完全ビジネスモデルに組み込まれ確固たる立場で仕事をしたい、などとは考えない。いや、考えてはいるが、絶対に実行はしないと決めているのだ。なぜなら、僕の場合、そんなノイズが仕事の邪魔になるのだ。

 仕事が楽しくない人は、ちょっとずつこのノイズを減らすと楽になると思います。