28%

 「平均的な読者は1ページの単語総数のうち28%しか読んでおらず、文章にすると、2~3行程度にとどまる。それでは、伝えたいストーリーが伝わらない。内容が素晴らしいだけでは不十分で、内容を確実に伝達するためには、視覚化することが重要だ」とあるコラムで述べている。

 その理由は次の通りで。「本来、脳は視覚処理に優れており、画像の内容を瞬時に理解できる能力を持っているが、Web上は、圧倒的に文字情報が多く、脳が疲れてしまう。そのため脳は処理が楽で理解しやすい画像を文字よりも好む傾向がある。また、視覚による情報伝達は、自己の経験として取り込みやすく、そのストーリーを人に伝えやすい」。視覚による伝達の重要性をそう解説している。とのことだ。

 勿論、文章の種類やテーマが異なれば、読む文字数の割合は増減するだろうが、どこまで内容を理解する必要があるのか、また、文章の裏に流れている情景や背景なども同時に視覚化して情報としての文脈を読み取っている人とそうでない人とでも読む文章量は変化するだろう。確かに写真や絵や図表化することで文章では表現できないゾーンが伝わるという効果・利点はあるだろう。

 では、何かひとつのテーマや目的を誰かに伝えたい場合、文字が良いのか絵(画像)が良いのか?という判断についても様々なケースが想定できるため、安易に結論は出せない。文字で伝えなければならない情報と絵で伝えなければならない情報を適正に分けたり組み合わせたりして読者(相手)が受け取りやすくすることがどんなケースにも必要なのだ。デザインの仕事は特にこの判断力が求められる。依頼者は文字で伝えたい要望があり、いかに文字で心地良く伝えてほしいかをデザインしてもらいたいのに、その意図を疎かにしてテンプレートに当てはめたような紙面(画面)をつくれば当然ご要望の成果として実現しないし、文字で伝えようとして試行錯誤した末、やはり、絵や画像を補足しながら、バランスの良い紙面づくりを期待されている場合は、まず、つくり手が文章を理解しインスピレーションとイマジネーションを起動し絵を生み出さなければならない。本の装丁の仕事をする度にいつもこの手順に戸惑う。戸惑うというよりもこの手順こそが装丁デザインの真骨頂なのだから、むしろ、つくり手の能力やテクニックや素養を存分に発揮できる最高の機会だと僕は考えている。

 世の中のニーズが仕組みやシステム優先で利便性とはこうあるべきだという通念が一般化し普遍化しても、最終的に独自性や差別化を放棄して、利便性だけでデザインを解釈・解決しようとすれば、成果は偏った状態・状況に陥る。「こうしてほしい」が明確であれば、自分で対応するだろうし、現代はそれがとても取り組みやすくなっている。本心は誰でも自分でコンテンツを成果を生み出したいのだ。専用ソフトもWEBサーバも安価になりプラットフォームさえ確保すれば制作環境は自由自在だ。しかし、最後の「ヒトテマ」「ヒトクフウ」が完成度を決定しテンプレートの違和感を払拭するのだ。必要最小限の仕組みで満足できる場合も増えてきて、ディテールやこだわりが利便性に封印されやすい時代だからこそ、人間臭いSOMETHINGを成果に実装させたいといつも考えている。