発信するべき良質な情報。

 SNSやインターネット技術を活用した仕組みはどんどん便利に進化している。確かに何か発信しておけば何か反応はある。発信数を増やせば増やすだけ反応は比例するため、とにかくなんでも発信していれば良質な反応があるだろう、と考えるのは正しい。しかし、情報量が多いだけであったり、「なんとか映え」だけの目的で発信された情報には感覚的な価値はあるだろうが、質量(実利)がない場合が多い。「良質な情報」とはまず慎重に構想し、丁寧に組み立てられた意図が明確であることが条件だと僕は感じている。

 例えば、YTで「ドローンの設定方法」という検索ワードでヒットする説明映像を観ると、確かに丁寧な説明映像が多くある。とても有益だし必要な情報がふんだんに盛り込まれているので、制作者の方への感謝が絶えない。が、個人で発信しておられる情報だから、情報にムラがあったり、未確認情報や曖昧な情報もあり気になってしまう。個人レベルだから致し方ないと割り切り、欲しい情報だけを入手させていただければ充分なのだが、説明が不十分だと「不安」になったり「不審感」をどうしても抱いてしまう。一回、この違和感を感じてしまうと、正しいと思って観て聞いていたことも「あれ、このヒト大丈夫かな?」などと信頼感が低下するのだ。

 一方、メーカーが用意しているアプリのアカデミー映像コンテンツはその点、ほぼ完璧である。細かい詳細情報からおさえるべき手順や知識を「立て板に水」の如く、スムーズに教えてくれる。当然、説明映像のタイミングやポイントのピックアップなども完璧で、完成度が高く情報収集という目的以外にもその説明映像として見入ってしまう程の完成度。メーカーがコストをかけて制作している説明映像と個人が独自で制作している説明映像とでは比較するのは野暮だが、観てる人は同じ状況なので、結果、同じ情報発信なのに、一方では不審感を抱き、一方では企業への信頼感が増すということになってしまうので、やはり、発信するべき情報は徹底的に研磨・推敲・チューニングしなければならないのです。だから、やっぱり、SNSの情報って良質なモノが少ないな、という印象になります。

 ま、だから普及したのだから、やりたいヒトがやりたいだけやればいいだけであり、受け手が適正に選択すればいいだけですから、これがインターネット技術のメリットとデメリットなのです。

 だから、無視されたり不審感を生まぬよう、しっかり発信する情報を吟味していきたいと思っています。