大人の語彙力。

 本日、「大人の語彙力」という本が書店で比較的多めに平積みしてあったので気になって立ち読みした。この本がよく売れていることや、「語彙力」をテーマにした書籍が今、人気なのは知っていたが、買う気はない。ただの興味本位の立ち読みです。内容をあまり書くべきではないので、詳細は書きませんが、二つだけ知らない語彙があった。「これ日常で使う常識的なレベルかな?」という二つの語彙の意味や使い方を確認したが、あまりピンとこなかった。特に文学小説などで登場する特異な語彙もありましたが、それらの文学小説は好きな小説で、その小説家の作品はほぼ読んでいるので、書籍の解説文ほど明確には説明できないが、ニュアンスやほぼほぼの意味は間違っていなかった。特にビジネス用の語彙でいわゆる「ヨコモジ」表現。プライオリティーやフェーズなどもひとつの括りとして紹介されていたが、この「ヨコモジ」コーナーにチョイスしてあった語彙は見事に100%知っていた。というか、常日頃から「お前は何を言っているの?」「なんだって!」と不審感を与えてしまうほどにヨコモジを多用してしまうので(恐らくその言葉を覚えたタイミングと実際に使ってきて重宝したタイミングが上手く融合したのです。)そのタイプのビジネス用語は得意分野なのだろう。最近はしっかり日本語で伝えたいという意識が強く、それらを極力日本語に変換しているほどだ。語彙力があれば大人だというわけではないが、確かに「大人の語彙力」はマナーやモラルのようなものなのだ。しかし、若い世代のSNS言語の方が僕は興味があり、ある言語学者は多言語の文法が無意識に組み込まれ、この傾向もひとつのグローバル化だという見解を論述していたが、確かにその可能性は高いと思う。また、感覚的な非言語中枢を刺激する目的で絵文字や極端な省略文法が生まれていたとしたら、構造的に理に叶っていることになる。つまり、言語によるコミュニケーションが確実に変化しているのだ。それらが進化か退化は分からないが、語彙がなければプロトコルは成立しないわけだから、さて、皆さん!これぐらいは理解しておいてくださいね的な主旨と狙いの本なのだろう。立ち読みだけでこんな御託を並べてないで「買え!」という著者と出版社の声が聞こえてきそうでした。立ち読みに時間制限があったらアウトだったかもしれない。書店は図書館ではないのだから、マナーとモラルは守らねば。