映画「ブレインゲーム」

mov_190324.jpg

 もう、ヤバイなぁ~。「羊たちの沈黙」の存在がこういうカタチ・アプローチで揺るぐとは思ってもいませんでした。あの映画はもう不動の金字塔でした。A.ホプキンスもその後、いろいろな映画でその存在感を堪能させていただいたが、「羊~」はある意味頂点でした。しかし、この邦題「ブレインゲーム」、原題「SOLACE」はその同位、もしくは凌駕しています。それはどの部分なのか?映画の内容や質感をこのブログで書くことはできませんが、むしろ、「羊~」のアドバンテージはJ.フォスターだけだったのかもしれないと思っています。恐らく、今後、折に振れて何回も観ることになる映画作品です。こういう作品が数年に一作品出会うことができる。言い換えればこういう作品に出会えなくなったり、そういう作品を観たときにこの気持ちになれなったらいろいろな意味で終わりかもしれないとさえ感じています。映画に対する人間の捉え方は千差万別ですから、何が良い、どこが良い、と、「何が?」「どうして?」「何故?」などの理屈を繰り返してしまいがち。でも、それはそれで互いの見方をぶつけあってもその先に何か未曾有の金脈があるわけではない。徹底的な規律や古典に対するテンプレートを厳格に厳守したところで、私はその部分があまり心地よくないと感じてる。それは自分勝手な自論でただのマスタベーションだと言われたとしても、厳粛な規律がリミッターになってしまってはいけない。絶対にいけない。歴史上の偉人・巨人はそれを制御して偉業を達成したと数多の著書には書かれているかもしれないが、どんなに小さく偏狭で陳腐で平凡な想像力だとしても、差し出された餌よりも自分で狩った兎が美味いに決まっている。