2019年07月 アーカイブ

ブリーチバイパス。

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 このテイストは「銀残し」と呼ばれる、フィルムカメラ時代から使用されてきた表現手法で、色あせたような色合いと極端な高コントラストが特徴。独特の乾いた感じの風合いが表現でき、ハリウッド映画などが好んで使用する表現手法です。英語では「ブリーチバイパス(Bleach bypass)」と呼ばれています。

 実際、アドビで購入したイメージ写真をフォトショップで開き、まず、トーンカーブでかなり極端なコントラストに変更し、彩度もかなり落とします。あとは、トーンカーブや色調補正で色相を「イエロー系」に寄せています。

 私のカメラテクニックは完全無欠の「独学現場仕込み」なので、基本的な知識はありません。ただ、この仕事を始めた23歳の頃から、お世話になったデザインスタジオ様が比較的少人数小規模だったので、いろいろな仕事をさせていただく機会があり、その時にマミヤの67で商品撮影の基本を習得してから、独学で35mを購入して様々な仕事で写真撮影に取り組んできました。東京でも大阪でも滋賀でも写真撮影をプロのカメラマンさんに発注する際、商品写真でも施設撮影でもモデル撮影でも常にそばで撮影風景を見て、ディレクションしながらカメラマンさんのテクニックを盗んだというちょっとずるい姿勢で習得しました。映像撮影も同じで、仕事の度にカメラマンさんにネホリハホリ聞きながら、自分でもカメラを購入して知識と技術を習得しました。写真撮影の基礎知識としては「F値」「ISO」「S.S.」のマニュアル設定とカメラの機能性、そして、カメラの画像受信部分のスペックの特徴さえ理解していれば、あとは現場のインスピレーションだと思っていますし、写真は撮影後、そのまま使うことは絶対しません。フォトショップで徹底的に調整を繰り返して、印刷したりWEBサイトで使ったり、放送用(映像はA.E.とPR)に加工するので、この一連の流れがあるからこそ、カメラ(写真と映像)はできるだけ直感的に使うよう強く意識しています。ま、偉そうなことを言っていますが、当然、何回も何回も何回も流した冷や汗の賜物であることは、クリエイターの皆様ならご理解・ご共感いただけると思います。

画像がねえぞ!

 ふと、今、気が付いたこと。最近、僕のブログには写真や画像がねえぞ!

 次はちゃんとオリジナルの画像を用意しようと思っています。

「企画書」無料作成サービス。

 只今、「企画書」を無料作成するサービスをアクトで展開したいと計画中です。

 ただ、ひとことで「企画書」と言っても多種多様ですから、まずは「販売促進戦略」「新規ブランド戦略」「企業の知名度向上戦略」「イベント集客力アップ戦略」などなど、世の中には様々なタイプの企画書が存在します。例えば検索エンジンで「企画書」で検索すると、いろいろな企画書のテンプレートがヒットするし、実益を生む企画書づくりや営業販売力アップという狙いの雛形が多くヒットする。しかし、当然、そのテンプレートや雛形が自社のテーマや戦略に適応するケースは少なく、独自の根拠や実際の解析データや企画書の核である「アイディア」や「工夫点」を盛り込む必要がある。その結果、フラッグ(目標)を立てることができて、良質な企画書として成立するわけです。つまり、理論と理屈でテンプレートどおりの「企画書らしき紙の束」では価値がないということ。とは言え、数十ページもの量的な情報が必要だというわけではなく、むしろ、簡潔に完結させるほど企画書の品質は高くなる。では、このような実際に「使える企画書」はどのような手順でつくればいいか?

 実は長年、僕はデザインの仕事をしてきましたが、最初にクライアント様から「お問合せ」や「ご相談」を頂き、最初に構想したり制作するモノは企画書づくりが出発点なのです。実際にシート化することもありますが、口頭やメールにて文章のみで綴るレベルもありますし、具体的に戦略プランについて現状分析や展開事例、タイムスケジュール、具体的な表現案(デザイン案)、そして、見積書をセットで提出する場合もあります。これらのケースはほぼほぼ、お仕事を発注していただける条件で、取り組む場合が多いのですが、相談されて企画書を制作し提出したが検討後、案件として無くなったというケースも勿論多いのです。

 しかし、冷静に考えてみると、僕がある企業のデザイン案件を発注する側の担当者なら、ホームページなどを一通りチェックして、デザイン会社をリサーチしてメールか電話で相談した後、そのデザイン会社からお見積り書だけ提出されて「契約(発注)」するかとなれば疑問です。ホームページで仕事の実例を拝見した上で相談し、こちらからの条件や要望を伝え、制作費などの金額面だけをクリアしたら、さて発注するだろうか?というシンプルな疑問です。何回かお仕事をお願いしている制作会社でも、新しい案件や新しい企画になれば、過去の実績はリセットされるのですから、当然、制作会社として以前と同じレベルや品質の仕事では足りませんから、時代性や新しい表現テクニックを盛り込むことを意識したり、前回よりも今回は何か新しい提案ができなかと試行錯誤して好機を伺っているわけです。だから、新しいご相談を受けてこそ、その成果や新しいテクニックなどのご提案を盛り込める機会、それが「企画書」づくりだと思っています。

 正式にはアクトのホームページで詳細をまとめていますので、ぜひ、「意外」で「奇抜」で「破天荒」なご相談やお問合せをお待ちしています。「ひやかし」「無茶振り」「一か八か」大歓迎です。ぜひ、いろいろな人と一太刀交えたいと思っています。

動画広告メリット。

 動画広告にはいろいろなメリットがあります。

「静止画より印象的で分かりやすい!」

 人は動くものに反応します。動く映像は静止画よりも視界に入りやすく、何よりも「まず見てもらう」という広告の第一目的をクリアしやすい手法です。一般的に「文章を読むのは苦手」という方はやはり想像以上に多く、「動画を見るのが苦手」という方は少ない。イラストレーションや3DCGを活用して、分かりにくい商品や細かい機能性も視覚的イメージで説明することで、文章を読むよりも短い時間で多くの情報が伝えることができます。

「実際のイメージを伝えられる!」

 写真(画像)や文章では表わせないような「雰囲気」「リアルさ」を表現でき購買意欲がわきやすいという利点があります。特にWEBサイトで重要なのは「どう商品をイメージさせ、メリットを伝えるか」です。写真や文章よりも、動く動画のほうがインパクトがあり、商品の魅力や特徴を直感的に伝えることができます。

「興味のない人にも見てもらいやすい!」

 知らない商品の場合、興味がない人に対して印刷物などをしっかり見てもらうのはとても難しいですが、映像なら興味をひく、音楽や映像効果などの要素を入れることが可能です。また、言葉がわからなくても情報を伝えられるという利点があります。60秒間の動画を文字情報に換算すると約150万文字分の情報伝達効果があると言われています。そのため静止画よりもたくさんの情報を盛り込むことができます。また、海外の人に対して言葉を使わなくても動画で表現することで特徴や魅力をダイレクトに伝えることができます。

 しかし、その反面、動画の質に訴求力が左右されるという傾向が強い。動画の品質が良いほど効果は高いのですが、動画が人に与える影響が大きいということは、マイナスイメージを持たれた場合、その影響も強く残ります。動画制作のテクニックも重要ですし、一度、閲覧してしまうと第一印象として長く残るので、その後、良くない第一印象を払拭するのはとても困難なのです。さらに、効果的で良質な動画制作には、それなりの費用がかかる場合もあります。

 動画映像時代、良質な動画は広告(伝達手法)非常に効果的ですが、企画主旨や撮影技術・編集技術が一定レベルをクリアしていないと、逆効果になる諸刃の刃なのです。実際、企画したり撮影したり編集したりしていても、グラフィックデザインやWEBデザインの制作手順と比較した場合、やはり、映像制作には基本的なセオリーや撮影技術・撮影機材が必要ですし、編集テクニックもベーシックな知識と合わせて、伝えたい意図や狙いをどのように効果的な表現で伝えるべきかという選択肢が多く、感覚的にベストな表現を絞り込むためには、やはり、良質なセンス(感覚)と豊富な経験値が必要不可欠だと思います。

「本」とは?

「「本」とは何か?」で検索したら、下記のような言葉が掲載されたホームページがヒットした。サンマーク出版様の常務取締役編集長、高橋朋宏様が自社のホームページに掲載しておられた、同社の社長、植木宣隆様が日頃から語り続けてこられた言葉だ。その一部を敬意を込めて抜粋させていただきます。

「本気」で生きている人。
「本質」を追究する人。
「本物」と呼ばれる人。
「本当」のことを知っている人。
「本業」を究めている人。
「本来」あるべきことを語れる人。
「本」とは、そのような人が書くものではないか。そういう気がしてならないのです。

ここまです。

 この言葉を読んだ瞬間、まるで草原で落ち武者達に囲まれ、四方八方から槍で一気に突き抜かれた感覚だった。僕は胸と腹から突き出た槍の先を握り締め、命尽きるまでのわずかな時間を口から血を吐きながら消えかけている自分の生命を実感するしかない。もう傷みすら感じない無痛状態。その場に倒れ伏すこともできない、さりとて、抗うこもとできない。そんな感覚でこの言葉を何回も何回も読み返しました。

 さぁ、僕の手にはどんな槍がある?

アウトルックの新規アカウント設定。

 ほぼ、1ヶ月間、「アウトルック2016」に新規アカウントが追加できずに悩んでいました。とにかく、悩んでいても仕方ないので、何回も新規アカウント設定画面の流れを確認して、ネットでも「OUTLOOK2016 新規アカウント設定不可」「SSLサーバー」などで検索した解決策を実行してみても一切接続はできませんでした。なんでこれほどに新規メールアカウントの設定がややこしいのか?そこで、設定手順を説明されているプロの皆様の分析やアドバイスを読むと、アウトルックはマイクロソフトの商品だから初期設定手順が一般的なメールサーバ向けに設定されていて、独自のレンタルサーバへのアカウント設定(手入力)が充分に想定されていないとのこと。確かに私が今でも使っているLIVEMAILと比較して極端に設定手順が変わっています。しかし、これにも理由があって、簡単にメールアカウントが設定できてしまうことで、誤送信や暗号化手法が徹底されないなどのトラブルが発生するからだそうです。

 しかし、一般ユーザーがパソコンを買って、アウトルックを購入したら、自分が使っていたメールアカウントを設定したいはず。ま、それほど、手動で設定するようなメールアドレスを持っている人が全体の割合として少ないということだと思います。

 結果、無事、新規アカウントを設定できてメールは開通したのですが、最大のポイントは2つ。ソフト(アウトルック)を起動してから新規アカウントはつくらない。送信・受信サーバはSSLが飛んでいる先を記述するということでした。他、通常の新規アカウント設定とは異なるややこしい設定手順はあるのですが、それはこの2つのポイントにだけ注意すればほぼ設定完了まで行けます。

 ようやく、この1ヶ月間のモヤモヤがすっきりしました。この状況、想定以上に高い壁でした。

シリーズ展開力。

 いくらインパクトのあるデザインが制作できたとしても単発勝負では継続性に欠ける。事業の営業展開や販売促進力の継続性を高める意識がないと訴求力は低下したり、ムラが発生したりして情報を受け取る側に対しての伝達力が低下する。例えば、毎月発行する定期的なニュースコンテンツや不定期だが集客を目的で企画・開催するイベントやセミナーなどの企画も同様である。このシリーズ展開力は1本目の企画力や構想力を2本目に効果的に連動・継続させなければならない。この作業にはメンタル的な粘りと新しいアイディアや工夫を着想するエネルギーが常に必要である。いくら優れた企画やデザイン表現を1回だけ生み出せても、その内容や表現が回を重ねる毎に進化していくことが理想である。どんなに優れたデザインでも時間の経過と共に人間は飽きてしまうのだ。しかしながら、次から次へと新しいアイディアの着想や定期的に鮮度の高い情報を収集し続けることは結構なエネルギーと独創力・観察力・分析力などが必要である。

 僕はほぼ3年間、毎週、第3号から第100号のオンライン上の定期発行物の制作をした経験があるのですが、これはなかなかタフな案件でした(とてもやりがいのある素晴らしい案件でした)。それは毎週、クライアントの担当者様から送られてくるテキスト原稿からグラフィックなイラスト素材や正確なグラフを制作して仕上げるデジタルニュースコンテンツでした。1週間サイクルで次から次へと新しいアイディアを出しながら、クライアント様からの情報に対する表現手法や文章表現の適正化をする作業はかなりタフだった。途中で体力的にもアイディア出しの点でも何度か苦しい状況が続き、仕事を放棄してしまいそうな状況になりましたが、粘りに粘り、この案件を最終号まで無事コンプリートでき、クライアント様から「お疲れ様でした。長年、ありがとうございました」と言っていただけたことでその苦労が一瞬で消えました。デザインの仕事はデザインを制作して代価を頂くというシンプルな仕事であり、必ずクライアント様が存在しています。ご要望に対する充分な対応ができずにクレームや注意ばかりを受けているケースがほとんどですが、こうして、仕事が完結・完了した後の御礼の言葉ほど嬉しいことはありません。これはデザインの仕事に取り組む上で最大のモチベーションになります。

 「シリーズ展開力」の具体的な思考術やテクニックについては、また、改めてこのブログや僕のYOUTUBEチャンネルで紹介していきたいと思っています。シリーズ展開力を鍛えるために大切なポイント(コツ)は3つ。制作上のマルチな「基礎テクニック」と常にアイディアを「探求する姿勢」、そして、どんな仕事にも通用する能力だと思いますが、コツコツと老刑事サマセットのように「諦めず徹底的に粘ること」だと思います。いずれも地味な作業ですが、デザインの仕事には必要な素養・技能だと思います。

デザインバリエーション。

 確かにチラシを制作する際、ネットで検索すればたくさんのテンプレート(aiデータ)がダウンロードできます。これらのテンプレートはプロのデザイナーも活用しているでしょうし、デザイン案に困った時などは僕も何回も助けられています。また、「チラシデザイン」で検索すればいろいろなテーマのデザイン事例画像がたくさんヒットするのでアイディア出しの際はとても助かっています。以前ならば、街角で集めてきたチラシやデザイン年鑑などを見ながらラフデザインを考えていたのが、ブラウザで検索して気に入ったチラシデザインをプリントアウトして、それを見ながらアイディアを頂戴するわけです。だから、ネット環境とイラストレーター(ソフト)があればチラシデザインは比較的簡単に誰でも制作可能。

 そんな世の中になっちまったんですが、よく相談を受けるのは「デザインバリエーションがつくれない」というご相談です。1案目は制作できるのですが、2案目がつくれないというご相談です。確かにオーナーがご自身でデザイン制作をされる場合は最終決定を自分ですればいいだけなのですが、担当者様が社内会議や最終決定権のある方に決めてもらう場合、どうしてもデザインバリエーションを制作する状況が多いようです。実際、私もチラシのデザインの制作依頼を受けると2~3案を制作させていただくケースがあります。それは、1案だけでは決めかねてしまう状況が非常に多いのです。この相談が非常に多く、仮に言葉でデザインの考え方や具体的な表現手法をお伝えしても、オリジナルデータを制作するという作業のハードルが高くなると感じておられます。テンプレートからA案を制作することはできたが、B案がどうしても出てこないという状況です。1案目はサンプルデザインやテンプレートに少しだけ手を入れれば仕上がりますが、同じクオリティーで別案を制作するとなるといろいろなコツやポイントが必要なのです。基本的な考え方やアイディアなど観点を変えなければなりませんし、デザインに盛り込むパーツ素材も同じでは別案になりません。色やフォントや画面のレイアウトだけを変えただけではただの展開案になってしまうのです。経験と技術が必要な作業なのですが、それはなかなか口頭でお伝えできない。テクニックとしても文章や言葉では伝えられないのです。また、デザイン制作のテクニック本もたくさん出版されているのですが、目的やテーマにマッチしたテクニック本も意外と少ないのです。これは実際に長年、自分自身もそういう都合の良い本を探し続けてきたのでよく分かる現実なのです。

 じゃあ、そういう本を僕がつくれればニーズがあり売れるのかもしれませんが、それはそれで大変だろうと思います。そんな都合の良い、便利で価値の高い本があれば、まず、僕が買いたいぐらいですからね(汗)。

東京藝大。

 「入試倍率は東大の3倍!卒業後は行方不明者多数?やはり彼らは只者ではなかった。全14学科を完全制覇!非公式「完全ガイド」誕生。謎に満ちた「芸術界の東大」に潜入した前人未到、抱腹絶倒の探検記」というテーマの「最後の秘境 東京藝大~天才たちのカオスな日常~」という著書がある。新聞広告面には「え?卒業生の半分は行方不明」「怒涛の19万部(累計)」というなんともインパクトの強いフレーズが目白押し。その東京藝大へこの著者、二宮敦人さんは「探求」というアプローチでその奇想天外さを一冊の書籍にされたのだろう。

 この書籍についてアマゾンページのレビューを読むと、行方不明!?のひとりが結構冷静にコメントしていたり、卒業生の妻を見る目が少し変化しましたなど、とてつもなく興味が沸くコメントがある。しかし、このタイプの本を買って読んでしまうと、傾向として落とし穴に落ちる。テーマが芸術だけに、一度は自分自身も入学を検討した大学だけに、穴の深さが想定以上に深い可能性が高い。しかも、卒業して少しずつ判明してきたことなのだけれど、「大阪芸術大学」も結構、一般的には「秘境」だと捉えられているのだ。在学している時は気が付かなかった世間の「色眼鏡」が確かに存在することも多少は実感としてあるので、その感覚が東の日本の最高峰(秘境)「東京藝大」ともなれば、それはそれはそれ相当の「秘境」なんだろうと推測しています。

 その存在を「秘境」に例えたこの著者の感覚が素晴らしい!

 僕も「西の秘境」のお話を本にしてみようかな。ヘビーな本になりそう。

仕事の報酬は仕事。

 なかなかメルマガも捨てたもんじゃない。「投資と資産運用のお話」「コンプレックスの話」「極端なゴシップ系」「テクニックいろいろ上達編」などなど、確かに興味を引き寄せる工夫はされている。でも、興味はわかない。書いている人は何か意図があってやっていることだから、それはそれで良い。ただ受け取っている側がどうのこうの言う筋合いはない。しかし、稀に心に刺さるメルマガが届く。それは必ず簡潔な文章で書き手の気持ちや姿勢がビシビシ感じられるフレーズだ。ま、この感覚も「感じられるような」なのだから、受取側の自由。でも、芯を食っているボールはフェンスを越えていく。

 本日、朝イチの特大ホームラン。「仕事の報酬は仕事」。

優秀なIT人材とは?

 優秀な人材を確保するために、重要なポイントが3つあるらしい。新聞やメルマガで良く目にする「IT人材」について具体的にどんな能力や技能を持った「人材」のことで、優秀なIT人材は何を求めているのか?を知りたくなり、いろいろなネット情報をリサーチしてみました。ある人材派遣会社のホームページでは、下記のようにまとめておられました。
↓ここから

1.ミッションやビジョンを明確にする
 自身の会社では、どのような事業を展開しているのか、またどれだけ社会に貢献している会社なのか、ミッションを明確に示すことが重要になります。それと同じくらい重要な要素としてビジョンがあります。どこへ向かっているのか、何をしていくのか、このビジョンが明確であればあるほど、企業を選ぶ側は判断がしやすくなります。明確に表されていることで、この会社は自分が求めている企業か、そうではないかの判断が付けやすく、同じ考え方をした優秀な人材を逃すことがなくなります。

2.魅力的な会社文化のアピール
 IT業界は、他の業界から見ると少し変わった文化があると思われています。フレックスタイム制やリモートワークなど働き方に関することから、単純に自身の技術力などで見てもらえる評価制度などが挙げられます。これは、年功序列が根強く残っている多くの日本企業の中では珍しいことです。他業種からの転職希望者などには、この点をアピールするだけでも魅力的に感じるかもしれません。また、アメリカのGoogleやFacebookと言った企業では、社員が気持ち良く働けるようにと設備にとても力を入れています。そこまでの規模で再現することは難しいと思いますが、自社独自の文化や整備などといったものがあると、それも魅力となります。

3.仕事以外の達成感をアピールする
 仕事以外にも事業で得た利益を他のことへ活用していたり、貢献していることがあればアピールするべきです。例えば、事業から上がった利益を利用して、慈善活動などに活用するなど、そのような環境があるだけでも違いが出てきます。分業が進んでいるIT業界では、普段の業務だけでは達成感を感じることができない可能性があります。そのため、業務以外での達成感をもたせてあげることも企業の重要な役目になります。

↑ここまです。
 なるほど、技能や能力と意識は比例するのですね。優秀なIT人材は徹底的に理想も現実も自分のモノにしたい、つまり自己評価が高いんです。でも、僕は自己評価がとても低く、こんな大層なビジョンをあまり考えません。ま、上記のロジックでは「優秀な人材」ではないということになりますが、それもあまり気にしていません。これは角が立ってしまうと困るのですが、社会の通念や常識に対して絶対的な高評価よりも、ある特定の相手に対して相対的で良質な評価が欲しいといつも考えています。社会的な評価が50点でも、ある特定の相手から及第点を頂きたいと常に考えて仕事をしてきました。だから、誰もが評価する「優秀な人材」になれなかったし、「優秀」とは無縁の雑多で偏狭な知識や技能や経験ばかり獲得してしまったようです。だから、「IT人材」という言葉が気になったのだと思います。

デール・カーネギーさん。

 数年ぶりにデール・カーネギーの著書「道は開ける」を読んでいる。1948年初版の著書だが、僕は第27版を20代の頃に買っていつも手元に置いている。ずっと、置きっ放し、つまり、書庫の一番目立つ場所に置いていたのだが、最近、改めて読んでいる。もう、何回読んだか忘れたほど。ページの片隅が折られ、赤色のボールペンや鉛筆で引かれたラインを文中に発見しながら読んでいる。執筆の師匠から「良書は何回も読め!」というアドバイスを数年前に頂き、素直に実行しているのだ。さて、「道は開けたのか?」そんな自問さえ心地良く感じてしまう文章が淀みなく続く良書である。

TV番組「近江のタマテバコ」映像#002

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 テレビ番組「近江のタマテバコ」映像#002が完成しました。撮影にご協力いただいた皆様、本当にありがとうございました。現状はモックアップ(試作)段階なので、まだまだ、チューニングが必要です。採用されればとても嬉しいことですが、何より、企画から台本づくり、画面デザインパーツの制作から映像編集や録音作業などをすべて自作し、こうして完成することができたこと、大きな成果だと思っています。これも一重に撮影やロケにご協力いただいた皆様のお陰でございます。実際の映像は2分間です。近日中にYOUTUBEのマイチャンネルにアップロードします。

 ほんと、映像づくりは企画テーマからそれぞれの映像素材のプランを整理して、実際撮影して録音して編集という長い行程です。また、BGMの選定なども独自でいろいろ試作はしているものの、完成度が上がらず既存の音源ソースを整音ソフトで調整するレベル。それはそれでとても楽しい作業なのですが、オリジナル楽曲制作は今後の大きなテーマです。企画・構想段階ではイメージはとてつもなく広がるのですが、現実問題、基本的な映像制作のテッパンも意識しなければならず、そして、手持ちのテクニックや専門知識もまだまだ。必ずしも斬新さとか奇抜さだけでは「伝わる映像」にはなりにくい。ま、今後、その部分もいろいろなタイプ・テイストの映像を制作しながら、試行錯誤していきたいと思っています。

 いずれは大作に挑みたいです。

その気にさせてくれる本。

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 その気にさせてくれる本は多いが、実際、「その気」が確かな成果や評価を生み出すまでにはしっかり消化して技術や能力に変換しなければならない。その手引きをしてくれる本は極端に少ない。いろいろな専門書をたくさん読んできたが数冊である。そういう本をつくりたいものです。

solace(ソラシエ)。

 映画「ブレインゲーム」の原題は「solace」である。直訳すると「慰め」「癒し」となる。DVDをレンタルして2回、購入してから4回観た感想なのですが、「ブレインゲーム」という邦題がしっくりきません。やはり、原題の「solace」がしっくりくる感覚です。

 ではなぜ、日本でこの映画を認知させるために、DVDを販売するために、タイトルを「ブレインゲーム」に変更したのか?恐らく「solace」では映画を劇場で観たいという方やDVDを購入したいという方に訴求できないと誰かが判断された結果なのでしょう。物語のタッチやテイストから判断し、分かりやすさの点では「ブレインゲーム」はありだとは思いますが、この映画を観た方には少なからず違和感があったのではないだろうかと思っています。「ブレイン」という言葉は「頭脳」ですから、「solace」と比較するとインパクトも強いでしょうし、理解されやすさの点でも有利です。でも、英語圏以外のエリアでは恐らく「ブレインゲーム」ではなく、「solace」で訴求・販売されているケースが多いはず。原題と邦題の印象に対する違和感は言語の違いや文化の違いに関連しているのでしょうけれど、もう少し、原題を変換する時に映画のテイストや構成を意識して、ある側面だけを重視してタイトルをつけるのは、少し安易じゃないのかなと感じました。逆にレンタルコーナーで「solace」というタイトルで、DVDのジャケットデザインを観ただけで興味が沸いたのだろうか?と考えると、「ブレインゲーム」は良いタイトルだと思いますが、観終わってから違和感が残りモヤモヤしてしまい、自分自身の感覚に何か欠陥があるのかなとさえ感じてしまいました。

 どんな作品でもタイトルを付ける作業ってとても難しいです。

ピンタレスト。

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 この画像は「ピンタレスト」というサイトで発見したイラスト画像。結構、本格的で良質な画像が揃っているので、アカウントをつくり、たまに閲覧しています。

 インターネットページにコンテンツを掲載する場合、「視覚」と「聴覚」のみで勝負しなければなりません。例えばデザイナーがココイチのロゴマークを制作してSNSで発信しても、そのロゴマークの品質を評価する基準がクライアントであったり、その分野ゾーンだけに絞り込まれ、一般ユーザーにしてみれば、「で?」となる確率が高い。一方、一般ユーザーを意識し過ぎて「風景」や「料理」を掲載しても、心を引き寄せる「引力」が強いのかとなれば疑問です。このゾーン設定やユーザーを意識して何か画像なり音源を発信するのであれば、そういう観点で、意味でコンテンツが「良質」である必要があります。このゾーンが一番難しいのですが、結果、そのゾーンはつくり手が備えているセンスやテクニック、また、情報の鮮度の高さや数奇なタイミングなどで良質さを上げることができます。「平凡」から「非凡」への変換は結果、つくり手のポテンシャルに深く関連しているというシクミです。

 では、その割合を考えてみると、中学・高校で絵が上手かった奴が必ず一人か二人いたはずです。また、理由はよく分からないが人気者で目立つ存在の奴がいたはず。その存在の割合いは恐らくそのままこの社会構造にも当てはまり、当然、その割合は世界にも当てはまる。仮に1学年が300人だったとして絵が上手い奴が一人か二人、人気者が一人という割合がずっと維持されているはずなんです。多少のムラはあるでしょうが。その割合を意識すると、世の中の「非凡」なタイプの割合もだいたい想定できます。

 また、これは僕がよく感じることなのですが、「非凡」は「より非凡」に引かれ、「平凡」は「より平凡」に引き寄せれられる傾向が強く、仮に「非凡」を「こちら側」として、「平凡」を「あちら側」としてみると、見事に互いの溝(谷)は年齢を重ねる毎に深くなるのです。僕はずっと絵を描いてきた人間なのですが、自分ではこの「非凡」「平凡」が適正に分析できませんし、自己評価も曖昧です。それは絵の世界での公募展や数多のアワードに作品を出していないから。出したところで「平凡」な評価になるからと諦めているの節もありますが、本質的に絵を描く人って公募展のために絵を描いたり、グランプリ目的で絵は描いていない。それはあくまでも結果だから、気にせず出せばいいだけだと助言をよくいただくのですが、その「だけ」さえ納得できないのです。この余計な自意識を抑制してもっと素直に作品を描くことができたら評価を得る機会やチャンスも増えるのでしょうが、そこへは踏み込めないのです。この意固地で頑固な性質をセルフコントロールして作品をつくり、仮に高い評価を得たところでそれは本意ではないような気がするのです。悩ましさと潔さを共存させなければならないという大きな課題なのです。

 まだ、見えていないが、恐らくどこかに僕の「騎士団長」がいるのかもしれません。

運指練習。

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 僕の楽器経験はギターとベースだけです。パソコンのDAWをする時はMIDIキーボードを使い単音を入力していますが、何もキーボード(鍵盤)である必要はなく、パソコンのキーボードの方が早くて確実なのですが、楽曲をつくっています的な感覚を味わいたくてMIDIキーボードを使っています(カタチから!?)。とは言え、ギターも毎日弾いてるわけではなく、気分次第で覚えているフレーズを弾いたり、手元にある楽譜を観て気分転換に弾いている程度。でも、1ヶ月ほど前にギター音源を使ったシンプルで個性的なBGMの映画を観てから、その映画のサウンドトラックを入手してオリジナルのBGMをつくりたいと思い立ち、そこからレスポールの運指練習をコツコツ始めています。リードはしばらく弾いていなかったのでスケールは忘れているし、指はポーズ人形のように動かない。また、動かないと動かないで指の力が入り、関節が開かない。開かないとそれぞれのフレットのベスポジをタッチできないので、音が鳴らなかったり、微妙にビビリが入る。ビビリは弦高を調整しなければならないのですが、できるだけ下げて弾きたいので、タッチをより正確にしてライトに的確なピッキングを目指しているのです。などと頭でいろいろ考えていても、実際、運指練習をしていなければ指は思い通りに動いてくれません。プロではないので1日8時間ギターを弾くわけにもいかず、でも、ちゃんと指が動かなければ何も始まらないのです。

 絵を描く時の「筆」や漫画を描く時の「ペン」も同様で、どんなに頭で手順を理解していて、斬新な完成形がイメージできていても、筆でもペンでも自由に動かなければ、絵は描けません。スーパーリアリズム絵画を目指すってわけではなく、ラフな着色やペンの細かいタッチ一本にしても、手がイメージ通りに動かないと線やタッチが死ぬんです。つまり、成果は期待できません。ギターも同じ。

 仕事でも趣味でも何か道具(ツール)を使う時って、ほぼ、使うのは手なんです。優れた情報や見本を「探す力」や「分析する」観る力があっても、その情報やイメージソースを頭の中で自由に想像して組み合わせたり設計する「イマジネーション」が秀逸でも、実際にそのイメージを形にしたり用紙に記録するテクニック(技術)、つまり、手が自由自在に動かせないと成果は尻すぼみ。でも、イメージ通りにストレスなく手が動く状態を意図的につくるって難しいというかとても大変なんです。手の動きって意識しなければすぐに鈍くなるのです。パソコンのキーボートなど1日触れなければ、最初の10分はミスタッチの連続でイライラしてしまいますし、ペン画なども下絵が仕上がって、本番のペンを入れる前は15分ほど、いつもの手順でいろいろなウォーミングアップ(ストローク練習)をしてから仕上げのペン入れをします。

 ギターの運指練習も(ほぼ毎日30分程度)3週間が過ぎて、なんとか6弦の往復がスムーズになってきました。まだ、演奏を披露することはできませんが、いずれ、近いうちにYTチャンネルで披露できるようにと頑張っています。ギターは左手が勝負だと思いきや、実は右手のピッキングも重要なんです。と、ま、風呂敷を広げるのはこれぐらいにして運指練習をコツコツ続けていきたいと思っています。運指練習が仕上がったら、YTで知ったジャズの鉄板フレーズを何回も何回も練習して、DAW作業に挑戦しようと思っています。コツコツ積み重ねた先にしか存在しない「ENJOY」があるものなんです。つまり、頭で理解できていて情報を知っていればつくれるコンテンツって、誰もでもつくれるわけです。この「コツコツ」を経てこそ見えてくる実感できるゾーンがあるので、「目」と「頭」と「手」がしっかり連動してコンテンツがオートマチックに生まれる。これが最高の状態なのです。音楽場合は「耳」ですが。

電子タバコ。

 日曜日、長浜市内の建設機材や住宅設備の総合展示会に伺った。あいにくの雨天にも関わらず、会場は多くの関係者で熱気を帯びていた。業者関連の参加者が多いと聞いて会場に足を運んだのですが、2階のお食事休憩コーナーには多くの家族層がポテトや焼きソバなどの軽食を食べて設置された約50席は満杯だった。40社以上の業者様がそれぞれ順路にブースを構えて、いろいろな商談が展開されていた。僕が伺った少し前には「まぐろの解体ショー実演」があったらしく、担当者のお話ではその時は2階会場は凄まじい人だったらしい。確かに「まぐろの解体ショー」も実演を観てみたいという気持ちはあったが、会場の写真や映像を撮影することが目的だったのでそのタイミングはずらした。一通り1階と2階の会場を撮影後、2階の隅に設置された「喫煙コーナー」で休憩しようと丸い椅子に座った瞬間、JTの営業マンの方が近づいてこられ「電子タバコ」のサンプルを勧められた。

 知識としていろいろな電子タバコが出回っていて、喫煙者の方が実際に購入された製品を見る機会はあったものの、自分自身、一回も電子タバコを吸った経験はない。その営業マンの方が「どうですか?興味はありますか?」と聞かれ、「はい、あります」と返答すると、早速、いくつかサンプルを持ってこられ、「高温タイプ」と「低温タイプ」の特徴や価格を説明され、それぞれのタイプを吸ってみた。確かに説明されていた通りの匂いや吸った感覚で、これで匂いも99%なく、身体への害がないとなれば、喫煙者の皆様がこの製品を購入する理由は実感できた。そして、コストもほぼタバコと同じである。つまり、この製品は喫煙者の方がなんらかの理由でタバコを吸うことにストレスを感じている状況を少しでも緩和・払拭することが目的の製品なのだと実感できた。

 そこで、その営業マンにこの製品の購入者は「喫煙者のみですか?」と質問すると、少し残念そうな表情を浮かべ「はい、そうですね」という返信。この製品を買う方はそれまでタバコを吸った経験のない方はほぼ0なのだ。で、現在、JTさんのデータで国民の何%が喫煙者なんでしょう?と質問すると、これもなかなかの辛い表情で「現状は10%前後ですね」とのこと。以前、高度成長期には「60%」という喫煙者の割合だったようですが、それが激減して10%に落ち込んでいるとのこと。この状況で仮に電子タバコの販売台数が増えても、それは従来のタバコを吸っている人からの移行であり、絶対数は増えていない。むしろ、減少の一途なのだ。そこでその営業マンは搾り出すように「いかに、このビジネスを延命させるかが現状の課題なんです」と。なんとも厳しい状況である。いつか近い将来、日本でタバコを吸える空間は限りなく0%になるだろう。当面、僕は辞めるつもりはないのですが、世論が法律が「全面禁止」となり、JTさんも販売を停止するような状況になったら、僕はタバコを止めるんだろうか?それとも、タバコを楽しめる国へ移住するのだろうか?

 たががタバコ、されどタバコなのである。

 本当のストレスはタバコという存在が煙たいということではなく、そういう空気が本質なストレスなんだ。ストレスを軽減させる目的のタバコで、逆にストレスを増殖させていては本末転倒だが、どうやら、タバコはそういうアイテムになりつつあるのだと痛感した。

狩りガールズ。

 滋賀県甲良町に福原様という「狩りガールズ」がおられる。この存在を知ったのは滋賀銀行様に行ったときに定期発行物があり、その中の特集記事で発見した。その「狩りガールズ」さんは三姉妹。猟銃を抱え森に入り、害獣の駆除などを中心に活動しておられる。父上が滋賀県の猟友会会長様である。僕自身、以前から散弾銃やライフルに興味があり、実際、宇治市の射撃場などを観に行ったり、地元長浜で猟友会に所属しておられる方に冬山の狩猟のお話を聞いて、大人気なく興奮していた。実際に猟銃を保持するためにはとてつもない種類の申請書と実施訓練が必要であり、決して、一丁が安価なモノではない。長浜には国友鉄砲資料館という施設があり、ここには多くの火縄銃が展示されていて、長浜の祭事には関係者様が空砲を撃つ実演をされている。拳銃については映画の世界だけのお話だったが、リアルに火縄銃や猟銃を使っている人が身近にできると、もしかしたら自分でも撃つことができるのでは?という期待が沸く。でも、長浜警察署に出向き、猟銃を保管するための申請理由をそれらしく述べる機会もあったが、自分の中で銃を保管し実際に打つという行為がとても曖昧であることを自覚した。結果、猟銃を保管したり射撃に挑戦することはその後、諦めた。でも、心のどこかで「いつか」という思いがモヤモヤと燻っていた。

 そして、最近、「狩りガールズ」の存在を知る。燻っていた火種が少しずつ大きくなる感覚がある。まずは、猟友会の会長、「狩りガールズ」三姉妹の父上にお会いして、お話を聞く機会をつくりたいと考えている。その後、僕はどうするのか?については何も決めていないが、また、曖昧で奇想天外な期待値が少しずつ肥大していく感覚がある。この気持ちが決して健全ではなく、ただの興味本位であることは充分に自覚しているうえで、銃への魅力と道具として自分で一度、使って(撃って)みたいという期待値が大きくなっています。