絵を描く。

 「絵を描く」「画を描く」という言葉は企画構想を練る際に使う言葉だが、何故、企画書や提案書に「絵」が必要なのか?文章が小気味よい理論と道理と物理定数で整然と並んでいれば成立しそうなものだが。理論や道理で情報を整理することに長けている人でも、「絵を描く」という作業が苦手な人が意外と多い。白い紙(無題ドキュメント)に一文字目を書き出すのは長けているが、絵を描き出すことはなかなかハードルが高いのだ。僕はそもそも文章を書くことが好きではあるが、整然とスッキリとした文章を書けないので仕事でもお客様からの評価は低い。ダラダラと余計なことばかり書いてしまいポイントが分からない文章になる傾向が強い。ま、文章は思考がダイレクトに転写されるので、つまり、僕の思考がダラダラと混沌としているからだろう。

 一方、「絵」はすぐに次から次へとひらめく。それは、視覚情報の記憶力が標準以上あるようで、メモや資料も文字情報としては記憶することは苦手でも、絵として記憶しているので、記憶の中の画像にある文字を読むことで文字情報を引き出すという、とてもメンドクサイ構造なのだ。だから、長時間の会議も数十人の会議でも言葉はほぼ覚えていないのですが、「音」として記憶しているので、それを再生して言葉を思い出している。

 「絵」と同様に「写真」や「映像」もかなりの細かい部分を記憶しているが、それが論理的に何かのテンプレートや基本的な知識とは連動していないので、頭の中のモニターで再生しているが、状況に合わせて引き出す選択力に欠けてしまう。これは技能というよりも本質や姿勢の部分なので、整然と理論を丁寧に誠実に並べなければならない状況ではとても苦労する。

 さて、では、効果的で良質な企画書には何故「絵」が必要で、企画書を制作するためにまず、「絵」つまりイメージから入ることが大切だという方法論は文字情報・言語情報と比較してどれぐらい有効なのだろう。これはとても大きなテーマ・課題なので、簡単に答を出すことはできませんが、結局、人間がインプットする情報は五感を通って入ってくるので、中でも視覚と聴覚が80%と言われているほどだから、文字や言葉に変換する前の状態でアウトプットできる技能やテクニックが企画書の精度を高める効果的なのだろうと思っています。

 最古の人間は32文字の記号を活用して生活していたらしい。たった32文字である。現代は少し文字情報が過剰なのかもしれない。