作曲に挑戦!

 最近、何を血迷ったか「作曲」に挑戦している。ま、仕事関連で映像用のオリジナルBGMを制作するためだ。確かに海外の音楽提供サービスから有料でWAVをDLしてもいいのですが、欲しいBGMを絞り込むのに検索時間がかかる。かかり過ぎる!時間をかけてじっくり探そうという気持ちになったらなったでテンションが下がるし、急いでDLしたらしたらで、イマイチのBGMをDLしてしまう。国内の著作権フリーのBGMも同様に検索時間が惜しい。時間をかけても100%イメージにマッチしたBGMがないのだ。だから、いつもどこかで妥協している違和感がある。そこで、あるサウンドクリエイターさんが書いている書籍を最近購入して、いまさらながら「作曲」に挑戦しています。音楽は好きだが、専門家ではないし、わざわざひとつひとつの作品の歴史・ルーツを知って満足したいわけでもないので、音楽は音楽としてただ聴いて楽しければいいと考えている。しかし、これが仕事となればちょっと趣きが変わる。ある程度の理論や理屈を用意しなければならなし、デザインやイラストレーション同様に連想・着想の根拠を用意しなればならない。だから、もう、やはり、どうしても、自分でつくるしか選択肢がないという諦めの末の「作曲に挑戦!」なのだ。あまり、動機が良質ではないが、いまさらながらの「作曲」なのだ。

 学生の頃は「音楽」の授業は嫌いだったが、大学の頃、大阪市内でコピーバンドを組みライブをするようになってから、音楽に対する捉え方が少し変化した。でも、コピーが関の山だった。だから、まさかの「作曲」なのだ。自分には無縁の世界だと思っていたが「作曲」がこの書籍の著者は「できます!」と断言している。なんとも、ド・ド・ド素人には心強い。

 さて、そこで一番、目から鱗だったのは「コード」の捉え方だ。ギターを少し嗜むので、音階や音程や簡単なスケールは知識としてある。当然、コピーバンドをするためにはコードの知識とスキルが必要。しかし、僕にとって「コード」とはそこまでの存在だった。ぞれぞれのコードの構造とか音楽上の意味や価値、また、根拠や歴史的な背景まで知る必要はなかった。

 で、何が目から鱗だったかと言えば、コードにはそれぞれ感覚的な「タイプ」があり、たった12個の音が組み合わせで無限の表現を実現させているという解釈・知識・情報を得たのだ。まるで、12色の絵具を混ぜて無限の彩色をつくる、そう!音楽って絵画と似ているじゃん!という発見だった。著者はそこまで噛み砕いて説明はしていないが、僕の解釈は「音って絵具みたいだ!」という実感を得だのだ。こうなれば、しめたもの。なんとなく「作曲」に対する印象が変化し、楽しくなりそうな気がしています。「音を楽しむ」で「音楽」なんだから。