人気のYouTuberさん達は

 最近、人気のユーチューバーさん達がテレビに登場する機会が多い。そんな皆様とすでにテレビで登場している人気の著名人・有名人とは何が違うのだろうと考えてみた。これらのユーチューバの皆様は独自のYTチャンネルをつくり、自分で企画を構想して映像を撮影し編集し公開したからテレビに登場するような人気が生まれた。もし、こうしたいああしたいと考えているだけじゃ独自のユーチューブチャンネルも生まれず、ビジネスとしても成立せず、広く多くの認知も生まれなかった。しかし、それはテレビの世界でも同じで、現在、有名になってタレントとか俳優とかアナウンサーとして最前線の仕事をしている人達も「たまたま」「偶然」ではないのだ。そうなるに値する何か「知識」「技能」「経験値」があったのだ。ということは、例えば小学生の将来の夢が、将来なりたい仕事が「ユーチューバー」だったとしても、野球選手や飛行機のパイロットや女優や大企業の社長だったとしても、アプローチは同じことになる。そもそも、「知識」「技能」「経験値」などの特別なポテンシャルがあり、誠実に確実に努力を重ねた人に、何かしらの「幸運」が連鎖し、好機が巡り本人がそれをモノにした結果のひとつが「人気」という「成果」なのだ。ただ、この皆様は何かを始めた頃から「人気」が欲しかったわけではなく、それはあくまでも結果なのだ。そんな皆様がそうでない皆様(自分も含む)と何が違うのだろうか?諦めず努力さえすれば「そんな皆様」と「そうでない皆様」の間の境界腺を越えられるのだろうか?努力が足りない、幸運が足りない、ポテンシャルが足りないなどと、自己弁護している暇があれば、きっと、たぶん、何かをつくるらねばならないのだ。

 ただ、この「ねばらならい」という意識も厄介で、「ねばらならい」でつくったモノに世の中の不特定多数の方が反応はしてくれない。見事に反応してくれはしない。心の底からこみ上げてくる衝動のようなエネルギーに正対し素直に純粋に何かを生み出してこそ、なのだろう。うん、邪念からは何も生まれないのだ。毎日、いろいろなYouTuberさん達のチャンネルを観ながら、そんなことを感じています。勿論、テレビで活躍している皆様も基本姿勢は同じなんだろうけれどYouTuberさん達は独特独自の世界観を感じます。一方、テレビの映像にはどこか「仕込み感」を感じてしまいます。恐らく、それは微妙な違いであり、とても小さな違いなんだろうけれど、実は、とても重要な根本的な違いなのではないだろうかと。