2020年04月 アーカイブ

下書き。

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 アクリルガッシュのテスト用にまずはイラストボートに着色しようと思っています。そのための下書き(鉛筆画)です。イラストボードはいつも使っているクレセントボード中目310番。今回、新しく挑戦しようと思っているテクはアクリルガッシュの色を合わせる手法です。いつもなら白い陶器のパレットを使うのですが、アクリル系の絵具は乾燥がとても速いのです。で、アクリル絵具で立体作品の着色をしているアメリカ人のプロのYT動画を観たら、英語はあまりよくり理解できませんでしたが、少し深めのトレイに繊維しっかりめの白色の紙(マックのナプキンなど)に水を浸して、その上に絵具を出して調合していました。これは今まで経験のなかったテクの発見。確かにアクリル絵具は乾燥すると耐水性なので上塗りができる反面、乾燥は速く色をじっくり合わせることが難しい。焦って何回も微妙な色を重ねていた経験があるので、このアメリカ人の手法に挑戦してみようと思っています。色合わせなんて知っているようで、まだまだいろいろなノウハウやテクニックがあるんです。

ウチの花達。

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 「ステイ・ホーム週間」、ウチの玄関に咲いた花の美しさを発見しました。

なんと!魔女的な!?

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 原作は読んでいないので微妙なニュアンスは分からないが、こんな怪奇な演技もやっちゃうんですね!ただ、本編の物語はあまり頭に入ってきませんでした。映画「ドクタースリープ」、少し残念。確かに僕の中では「グリーンマイル」あたりから小説の中に潜む、恐怖の怪物のパワーが消えている。キング自身もそのことについてはいろいろな雑誌で言及しているし、あの「ペットセマタリー」あたりの狂気を最近の作品では感じなくなってしまった。いや、それで恐怖のレベルは充分なのかもしれないし、多くの原作が映画化されているわけだから、消えたわけじゃないのだけれど、初期の作品から全て読んでいるファンとしては、どうしてもどうしてもそういう流れ(老い)を感じてしまう。などとなんだかとっても偉そうなことを言っていますが、それほどに過去の作品は一ページ一ページをめくるのが楽しみだったのです。だから、映画「ドクタースリープ」は最初からレベッカ・ファーガソンだけを楽しみにしていたのでとても満足しています。冒頭のシーンからラストまで、この映画はレベッカさんのPVのような仕上がりでした。今回は腕が2本だったので安心しました。

サリーの勇姿。

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 もう、この勇姿は観れないのかな…、ちょっと寂しい。

陰影・明暗の大切さ。

 以前にも仕事で立体作品やクラフトを制作していた時、うっすらとなんとなく実感していたことでしたが、最近、フィギュアを製作するつくり手のYT動画を観て気がついたことがあります。

 それは「部屋が薄暗い」のです。

 ま、立体作品をつくるためにはほんとにいろいろな道具が必要なんです。非常に根気の必要な細かい作業で、しかも、完成度を高めるためには想像以上の時間が必要だとのこと。つくり手の皆様の根気というか徹底的に造形作業を極めるという作業の実態を動画で観ていると、立体作品が何故ここまで心を動かすのか分かります。

 あるつくり手の方が動画の中で言っておられた言葉がとても印象的でした。

 「造形物に魂を込める」という姿勢です。

 そう考えると、信仰を集めてきた仏像や彫像にも同じことが言えます。木であれ石であれ金属であれ3Dプリンターであれ、必ず造形物・立体作品にはつくり手の魂が実装されているのです。

 少し話しは逸れて、映像制作においても同様に「光と影」の関係性は優れた映像を制作する上でとても重要な捉え方になります。人物であれ風景であれ造形物であれ、光があたっているから見えるのです。以前、映像制作に取り組むにあたり、ある映像制作のプロフェッショナルの方から、比較的暗い状況で人物を撮影する際、明るい光があっている部分と暗い影の部分の暗い部分、このディテールがどこまで撮影できるかが勝負だと。だから、私はカメラを選ぶ時にダーク部分のディテールをどこまでしっかり撮影できるかという機能性でカメラを選んでいるとのことでした。

 そのことが立体作品をつくる皆様の部屋が薄暗いことと一致して、改めてつくり手の仕事場というのは様々な理由や知恵が取り込まれているんだと実感しました。実際、粘土素材で造形物を制作している際、日中でも部屋の明度を下げて、直接手元にスポットライトを当てるのではなく、少し角度をつけて手元を照らし、制作中の造形物にコツコツと手を入れています。

 また、同じ捉え方でイラストレーションを描く際も、光と影の関係を改めて意識するようになりました。鉛筆で陰影をおこす場合でも、捉え方は同じなんですね。

娘からの誕生日プレゼント。

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 嬉しい嬉しい娘からの誕生日プレゼント。こんな素敵なプレゼントをもらえるなら56歳になるのも悪くないだろう!(ペコパ風)

デザイン会社の販売促進。

 デザイン会社は日頃、企業(お客様)の販売促進を業務として取り組んでいるものの、自社のための販売促進手段というのは意外と曖昧だ。よくあるホームページのパターンは営業品目を並べたり、どのようなタイプ・カテゴリーのデザインが得意かなどを訴求し実例を紹介している。また、オフィシャルなデザイン協会などの会員であることやアワード関連の受賞経歴などを紹介して自社のデザイン力を訴求する。そして、よくある質問などでは具体的なデザイン制作行程上のユーザーからの質問に対する答えを文字やデザインサンプルでまとめる。これが一般的な販売促進の手段だ。

 以前、仕事がかなり忙しかった時、ある仕事案件を知り合いのグラフィックデザイナーやWEBデザイナーに外注しようとした経験がある。結果、デザインの外注はせずに技術的な業務を細分化して、デザイン制作というよりもオペレーティングの行程を助けてもらった。その経緯も、最初はお客様から頂いたご要望と私からのデザインコンセプトを追加して発注依頼を行ったのですが、最初に上がってきたデザインを拝見して、かなり、お伝えした要望からデザインのポイントがずれていて、当然、完成度も期待以下だった。これではクライアント様にデザイン提案としても第一回目の校正としても提出できないと判断し、一旦、発注要件を電話で確認し、結構具体的に説明をしたのですが、その後、仕上がってきたデザインも想定しているデザインではなかった。

 忙しい状態だったので、充分に説明(コンタクト)できていなかったという反省点もあるのですが、改めてデザイン制作を他者に依頼するのは難しいと痛感した。同制作会社内で日頃からチームでデザインを制作業務に携わっている、部下のデザイナーに対面で説明してもなかなかポイントを伝えられなかったぐらいだから、仕事案件毎に外注デザイナーさんに仕事を依頼することは、なかなかの工夫とテクニックと粘りとボキャブラリーが必要で、当然、しっかり伝えるためにも集中力と誠実な姿勢が必要なのだと実感した。

 で、結局、仕事を細分化してデザイン制作は私が担当し、その材料づくりや最終的なDTPのオペレーティングのみを外注させていただいた。だから、企業の広報担当者様であれ、デザインやホームページに日頃から興味を持っておられる方であれ、いざデザイン制作を他社に依頼(発注)するという手順は相当の覚悟と準備と熱意が必要なんだと捉えている。だから、ご相談を電話やFAXやメールで頂く初めての方に対しては、できるだけ、フラットで平易なコミュニケーションを徹底的に心がけている。しかしながら、ある程度の理解ができ、お互いにコミュニケーションを重ねていくと、無意識に専門的な言葉で強引に説明しようとしたり、相手の意図をスルーしてこちらの考え方ばかりを言葉にしてしまう傾向が強くなってしまう。

 むしろ、何回もお仕事を頂いている方だからこそ、丁寧で誠実なコミュニケーションをキープしなければならないのだが、うっかり失念することもしばしば。日々、反省の毎日である。だから、デザイン会社が自社の販売促進・営業活動に取り組むためには、まず、このデザインの仕事案件を相談する、依頼する、発注する人の立場に立った販売促進戦略でなければ、相手の状況を全然考えていない、「一方通行言いっぱなし」パターンに陥るのだ。

 とは言え、「自社だけの良質なデザイン」を買いたいと考えている方に対して、言葉とデザインサンプルなどの画像、映像や動画、音声などの手段の中から、何を選択するべきなのか非常に悩ましい。当然、美辞麗句ではないだろうし、奇想天外荒唐無稽な斬新さでもない。
「誠実・丁寧・慎重」みたいなどこかの社長室に掲げてある筆文字の社訓では本末転倒でドンビキだ。

 「良質なデザイン」って結果、言葉や理論ではないのでつくり手としての魅力を感覚的に伝えなければならいのだと思います。

 そんなこんなで23歳からデザインの仕事を始め、本日で56歳になってしまった。33年この仕事に取り組んできましたが、未だにこの程度のことしか見えていないのだ。いやいやデザインワークって奥が深過ぎる。

ピザ。

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 石粉粘土をコネコネ、サンディングとルーターによる削り出しを経て成形は完成。ここにジェッソで下地を整え乾燥後、着色作業となります。焼きたてホクホクの美味しそうなピザになぁ~れ!

プロのスキル。

 どんな仕事にもレベルがあり、「プロのレベル」というゾーンがある。それは高さとか領域で意識され、そのレベルの知識や技術があればその能力で飯が食えるというわけ。それは「やる気」とか「努力」だけでは身につかない能力のようです。

 具体的に特定はできないがここまでが素人で、ここからがプロレベルみたいな境界腺があるように思います。

 で、デザインワークのお話ではないのですが、
「あぁ、この人、プロフェッショナルだなぁ~!」と感じた人がいた。

 それはあるメーカーのサポート担当者さんで、その会社からパソコンとプリンターとソフトウエアとフォントを購入したので、リサーチから導入までのサポートを導入の担当者だった私はいろいろなテクニカルサポートを受けていました。

 具体的にはMACとグラフィックソフト、レーザープリンター、そして、フォント関連のセットアップです。なんせ、初めての導入でしたから、私も東京時代に一連の流れは経験していたものの、本格的なDTP環境を制作会社に導入するのは初めての経験で責任も大きく苦労しました。特にソフトウエアのインストールから実際のDTP作業を開始できるまでは専門家ではなく基礎知識も少なかったので、そこはテクニカルサポートの方に頼るしかありませんでした。

 そこで、そのサポートの方の知識の豊富さにプロフェッショナルさに感激しました。相手は電話でこちらの不具合の状況を説明しているだけなのに、画面の転換手順や推奨設定方法、トラブル・不具合に対するアドバイスが完璧な上、過去に同じような状況の場合、こんなトラブルの回避方法やこんな状況になってしまったら、こんな方法もありましたね、という、もう、そこまで想定してシュミレーションしてサポートできるのか!という感動です。

 電話の向こうのお客様の状況や心情までもしっかり理解して、次から次へと出てくる知識の引き出し。ああ、これこそがプロフェッショナルレベルだと痛感・実感したのです。

 その経験から、デザイン案件のご相談を電話で承る場合でも、状況に対する解決策は勿論の事、その状況から様々な連想をしながら、電話でさえもとことんご相談にのれるようにといろいろな知識や日頃からテクニックの追究・探求を意識するようになりました。

 これ、正にこの厳しい状況でのテレワーク(リモートワーク)で取り組むプロのスキル意識(真髄・真骨頂)だと思うんです。

絵を描く手順。

「絵(イラスト)の上手い人は、特殊な能力(才能)を持った人間なんじゃないだろうか?」

「イラストを描いて作品を販売したいと思い立ち、専門学校に通った。
しかし、イマイチ上達しなかった、自分の納得いく作品が描けていない」
というご相談を聞く機会が過去にありました。

「デッサンレベルでは模写は出来るようになったけど、オリジナルのイラストが描けるようにはならなかった」と。また、絵画教室の先生に描き方について説明を聞いたのだけれど、曖昧などこか釈然としない解答しか得られなかった。解剖学、パース、色彩など一通り知識を勉強したけど、それでも上手くいかなかったらしい。

 恐らくですが「絵の上手い人は描く前に頭の中に絵の完成形があり、そのイメージを紙に転写して、ただそれをなぞるだけで絵が描けてしまうのでは?」とかなり深い分析をしておられる方もおられました。

 確かに細かい手順を整理すると、結果、そういうことなのかもしれないが、技術的な上手い下手については一旦棚に上げ、そもそも絵を描くという手順は「描く技術」だけの問題ではないのです。

 どんなレベル・テーマの絵を描くかが決まっていない状態で、描き出すことはできない。ただ、しっかり考えてから全ての手順を一呼吸置きながら段階的に描くという手順というわけではなく、手を動かしながら頭の中のイメージを自由に変更する感覚が強く、この感覚は「絵を描くぞ」とスイッチを入れてから発生するわけではなく、常日頃からそういう見方をしていたり、そういう思考状態が多いのです。

 「see」ではなく、「look & watch」の状態です。

 曖昧にならぬようにその手順を説明すると、

 「見る」→「考える(イメージする)」→「描く」の3段階なのです。

 ただ、この手順が分断されずに一連の流れの中で進み、時々、描き始めても「見る」「考える」ことを繰り返している。当然、人間だから先入観や固定観念が作用するし、単に間違って解釈することもあるので、都度、修正しながら描く。一旦、描き出したらその絵を冷静に「見る」という作業も発生する。習作として描くのならここまでの手順を納得が行くまで繰り返せば、完成度は上がるだろう。

 しかし、これが仕事として誰か(企業)から発注されたイラストレーションの仕事となると、呑気な単純な手順では仕事が成立しない。クライアントさんからのいろいろな要望がこの手順を悉く変えてしまうからだ。当然、クオリティーを下げることはできないし、要望を達成した上で、できればそれ以上の何か工夫を追加したいと欲も生まれる。「これでいいかな?」と思っていても、クライアントさんが「この部分は違う」となれば、絶対に対応しなければならないし、要望のポイントがズレている場合はプロとして指摘しなければ信頼関係は築けない。

 プロの描き手ともなれば、そこまでの対応をしなければならないので、そこそこの決意でそこそこのテクニックで仕事としてのイラストは成立しないのだ。で、改めて絵を描く手順とは、基本に戻り「見る→イメージする→描く」の手順をしっかり機能させてコツコツと描くしかないのです。

 よく評論家や審査員的な立場の人が「この筆のタッチには迷いがないですな」などと言っている場面をテレビなどで観るが、それは絵を描いたことのない人の言葉。絵を描く以上、あなた達の想像もできないレベルの「迷い」に見舞われて、モヤモヤしながらも描き手さん達は筆をペンを動かしているのですから。つまり、曖昧な結論になりますが、絵を描くって「迷い」と仲良くなる(調教する)ことなのかもしれません。そりゃ、自分の思い通りにライオンが火の輪を潜ったらグレイテストショーの気分です。

つくり手の心得#001

 一言で「つくり手」と言ってもこの世の中にはいろいろな仕事がある。

 パテシエや料理人さんもつくり手だし、建築物や家具や伝統工芸品などの職人さんもつくり手。精密機械や電子機器の製造業務も経営コンサルティングや教育現場の方も人づくりという観点ではつくり手である。勿論、農業に従事しておられる方も野菜や果物をつくっているつくり手さんである。また、アーティストさんも独自の世界観で作品をつくってビジネスを展開している。絵画や彫刻、小説や映画や舞台などもすべてつくり手である。

 これらの皆様に共通していることは商品(作品)を創造していること。

 自身の感覚と技術と知識で創造した作品が誰かに評価され、評価に見合った代価を得ることで生計をたてている人がプロのつくり手である。その皆様はプロとして代価を得るまでにいろいろな方法で誰かに評価していただくための感覚と技術と知識を取得してプロになっている。先天的な才能や後天的な努力や鍛錬が自分の中に蓄積しプロとして成立するのです。

 例えば、デザインの仕事場合、プロとして制作会社で仕事案件に取り組む前の準備段階として専門の技術や知識を学校で学び習得するケースが多く、いきなり独学でグラフィックデザインを仕事として取り組むのは難しい。当然、制作会社に採用され雇用契約できるまでにはいろいろな壁を乗り越えなければならない。ただ、学生時代にいくら優秀で与えられた課題に対して高い評価を得ていても、制作会社に勤務して同じ高い評価を得ることは別次元だし、むしろ、学生時代に優良でなくとも、現場でポテンシャルを発揮して成果を生み出し伸びていく人も多い。

 ただ、つくり手としての素養は専門学校での実技実習の前段階として、いくつか特定の分野に進学する決意や覚悟を決める機会が必要だ。それは何か学校時代で絵画や書道などの作品で高い評価を受けたとか、専門家から高い評価を得て進路を決意したというケースもあるだろう。単に絵を描くこと、立体作品をつくること、自己表現について特定の高揚感や達成感を得たから将来の仕事として選択したという流れではなく、どこかの段階で他人から高い評価を得るというプロセスがなければ、直感的にプロのつくり手として一人前になろうという感情は生まれない。しかし、つくり手になるためには具体的な専門的な知識や技術や経験値を習得する前段階でどうしてもクリアしておかなければならない局面がいくつかあるようだ。僕の場合、それはかなり幼い頃で些細な出来事だったが、その些細な出来事がなければ、デザインの仕事以外の仕事を選択していた可能性が高い。

 それは「他人から否定された場合の免疫力」である。

 例え些細な高評価であれ、その評価以外は無視か否定的な評価が多い。特に子どもの頃ならば、同級の友人全員から称賛されることはない。一生懸命描いた写生画に対して無反応だったり、技術的に足らない部分のみを激しく指摘されて落ち込むという局面の方が多いからだ。
でも、つくり手になる人というはある意味、視野が狭く、多くの否定を無視して唯一の高い評価で自分自身を評価できるという能力に長けている。根拠のない勘違い野郎の極みである(僕の場合)。自分の匙加減ひとつで勝手に高揚興奮し、次の作品をつくれるタイプである。その他のタイプは一言でも否定的な言葉で低い評価をされてつくる気持ちや衝動を自分自身の中で閉じてしまう。大人になって振り返ると、ただの子どもレベルの否定的な評価を一生背負うことになるのだ。

 この部分、理論理屈が介入する余地はなく、無邪気で些細な瞬間に一生分の決意をしてしまうのだ。逆接的に考えると、一言でも高い評価の言葉をその瞬間に獲得できていたら、別の人生があったかもしれないのだ。

 そんなお話をこのブログで「つくり手の心得」というテーマタイトルで少しずつ綴っていきたいと思っています。ま、このブログで書いてきたことの多くは「つくり手」としてのこだわりやメンタル術・テクニックがテーマだったのでどこかでリンクしているとは思っています。

インターネット発信術#001

 「リモートワーク」というキーワードが注目されている。実際、従来の仕事をリモートワークに切り替えている割合は都市圏でも17%程度らしい。仕事内容でリモート化できる仕事もあれば、そうではない仕事もあるからだろうし、リモートワークに取組める条件として、ネット環境や仕事用のソフトウエアが必要なことと合わせて、リモートでも仕事が完結できる技能や知識が必要になってくる。

 以前ならばリモートワークはただのひとつのワークスタイルであり、WEBデザイナーやビデオグラファーなどのクリエイターがカフェや自宅でスタイリッシュに仕事をすることがリモートワークと捉えられていたような記憶がある。元々、投資事業や経営コンサルタント業務や
生涯教育などの分野でもインターネットを活用したシステムが活用されてニーズもあったが、現在のリモートワークは状況的に必要に迫られた上でのお話なので、会社の方針としてリモートワークを強いられている状況は恐らくいろいろな戸惑いが多いことだろう。

 日頃から会社で対面でコミュニケーションをしている状況が一変し電話やメールやビデオチャットなどで遠隔で仕事に取り組むというのは違和感があるだろう。

 インターネットコンテンツについても同様で、従来の営業業務や営業活動を実動からリモート(インターネット)に置き換えようとする場合も、取り組み方の姿勢や意識を少し変更する必要がある。すでに認知のある企業や商品をカタログ販売、折込チラシ販売、店頭販売から、ECサイトに切り替え、リモートで企業情報や商品情報を訴求するならまだ手法を変更するだけだから、認知度を獲得することへの苦労は少ない。しかし、開業・起業する、独立して自営個人事業主として事業を展開するとなれば認知度もネットワークもほぼない状態。この状態で適正な良質な認知度を獲得するにはしっかり戦略を練る必要がある。潤沢な予算があれば、営業マンを雇用し、同時にインターネットへの情報発信を充実させることができるが、どれぐらいのコストをかけてどれぐらの長期的な計画にするのか?をある程度想定しておかないと、時間とコストを浪費することになりかねない。

 そのような状況でインターネットで伝える効果のある企業情報・商品力情報・売り手情報の個性(特長)とはどんなモノだろう。一番分かりやすく優先される判断材料は「価格」である。しかし、単に価格の比較では情報の優劣を判断できない場合、仮に同価格の二つの商品があり、それぞれに性能や品質が同じであれば、どちらをお客様(市場)は選択(購入)してくれるだろう?

 この問題について、WEBデザイナーとしてクリエイターとしての試行錯誤について少しシリーズ化してこのブログに「インターネット発信術」というテーマで綴っていこうと思っています。

ピザの質感。

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 下地の成形が終わったので石粉粘土でモデリング開始。ピザを粘土でつくるのは初めてなので、ピザの表面の質感をどのツールとテクニックで表現するのかひとつひとつ探求しながらつくっています。ここは理屈ではなく法則もセオリーもない感覚の世界なので、どのツールが正解かは分からない。分からないから、とにかくやってみるしかないのです。でもでも、楽しいです。

二つの仕事。

 雇われている立場であれば、売り上げに繋がらない仕事はしない、してはいけない。それはムダで非生産的な行為だから経営者が許すわけがない。いくら能力があり積極的な姿勢と技能があったとしても。そんなに自分勝手に好きなことをやりたいのなら、独立すればいい。多くの独立される人達は勿論、利益を自分で獲得したいという目的も強いだろうが、基本姿勢の中に自分のやり方で商売に取り組みたいという本心を最優先されて独立されているんじゃないだろうか。

 さて、雇われている立場の時、僕は社長から「売り上げにならない仕事はするな!」と怒られた。新しい仕事や知識・技術を習得するため、市場のリアクションを開拓するのは会社として応援するが、それはあくまでも「売り上げ」が目的だと、極当たり前の理屈。若い頃だったので屁理屈を並べてなんとか自分の体勢(言い草)だけは整えようと必死だったが、雇われている以上、社長の言葉が何よりも正解である。

 その時、仕事には2種類あって「売り上げになる仕事」と「売り上げにならない仕事」があることに気づいた。で、売り上げにならない仕事とは、本来、「仕事」とは呼べないかもしれないが、売り上げとは別の目的がある思考・作業・行動を指している。それは、「探求心」「研究心」「好奇心」「開拓心」「向学心」から生まれる思考や行動だ。それは個人的な満足のためだけではなく、引いては長い目で見れば会社の利益になると確信していても、経営者の理解は「生産効率」が優先となる。仕事が単純作業ならそれも正解だが、クリエティブワークというのは単純作業の側面もあるが、そうでない側面も広く大きい。しかし、先の成果が見えていない、共有できていないとその目的のための長いルートが単なる「道草」に見えてしまう。

 しかし、売り上げにならないが自分のルート(知識・技能・キャリア)を固めるためにも道草は大切だと思います。何か危機的な状況で「売り上げになる仕事」が途絶えた時、道草で拾った種が芽を出し、新しい「売り上げ」になることだってあるんだから。実際、僕の場合、何が王道でなにが道草か分からないぐらい、好奇心のままに歩いてきたが、結局、どの道を進んでもゴールはひとつのような感覚(予感)があります。

ヤバイ。

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 豆芝の子ども、カワイ過ぎて、ヤバイ。

アクリルガッシュ到着。

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 結局、着色用の画材としては海外の画材などもいろいろ比較検討したのですが、特定の色がなくなった場合のバラ売りをしていませんでした。だから、国内のメーカーにしました。で、モノはターナーの12色アクリルガッシュです。以前にも使っていた画材ですし、くせは分かっていますので、発色やサフとの相性を一応ネットのレビューで確認して購入しました。で、今回の目玉はこの中のブラック。これはとことん黒色を極めるため乾燥後の反射率を抑え新開発されたブラック。これが実際着色していく際にどの程度効果的なのかいろいろ着色テストをしながら活用していこうと思っています。画材もどんどん進化しています。

レリーフ看板の試作品。

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 アクトで化石の発掘調査や花屋さんやピザ屋さんを始めるわけではありません。これは「レリーフ看板」の試作品です。看板ってカラー出力した平面モノが圧倒的に多く、立体的な文字(カルプ文字)までが一般的。で、お店の商品やサービスの内容をレリーフ(半立体)で表現し、社名ロゴと組み合わせるという看板サインの企画案です。まだ試作段階なので大物はつくりませんが、よりも、この「レリーフ看板」にLEDライトを埋め込んだり、フィギュア(立体作品)などを組み合わせて、印象的なインパクトのある看板がつくれないだろうかというひらめき(アイディア)なのです。

欲しいモノ。

 僕には欲しいモノが3つある。

 一つ目は漫画「無限の住人」の主人公万次さんがラストシーンで土に埋めた刀である。著者の沙村広明さんがこの物語で描き続けた様々な刀。人を殺める道具だから不謹慎な考えかもしれないが、実際にそういう道具が存在していたことやその道具がどのような物語を生んだのかを示すために沙村さんはその道具を物語で描いたのだ。人と道具の歴史について考えることを忘れないためにもどれか1本でいいから欲しい。

 二つ目は映画「羊たちの沈黙」の中でレクターが描いた「クラリスと羊」のデッサン(素描)である。ほんの数秒しか映画の中では登場していないが、原作者のトマスハリスが、監督のデミが、そして、美術担当の方が想いを示した絵だ。描いた人は誰だか知らないが、その描き手さんは映画に関係する人達の想いをとことん汲み取り描いた一枚の絵だったはず。決して、世界のオークションで売買されるような著名な画家達の高価な絵ではないが、もし、入手できるなら欲しい。

 三つ目は映画「ドラゴンタトゥーの女」のラストシーンで主人公リスベットがゴミ箱に捨てたライダージャケット。このジャケットの価値を知るには小説を読み、映画を観る必要があるが、この第一部のあとに二つの作品が続く。その後、ラーソンが他界し事実上、リスベットは消えた。だが、その3部作(6冊)の物語の中でリスベットが誰かのために用意したギフトは確かこのジャケットだけだったと記憶している。つまり、リスベットが唯一そういう気持ちになった証がこのジャケットなのだ。恐らく映画の関係者が持っているのだろう。譲っていただけるものなら譲って欲しい。

手を止めるな!

 どんなにタフでヘビーな状況でもつくり手ならば手を止めてはいけない。

 そもそも人(僕)はできることしかできない。それは、平穏な状況でもタフな状況でも同じ。

 どんな過酷な状況でも必ずメラメラとポジティブな心の中の火を燃やし続けている人がいるはず。デザインの仕事はそんな人としっかり向き合い、共に考えてつくることだ。

 手を止めれば、足を止めれば、心が停止する。タフな状況だから止めることは容易い。しかし、歯を食い縛って手を動かし続けるんだ。必ずこの状況を打破できる知識や技術や経験値を持っている人がいて、平穏な世界を復活させてくれるだろう。そう信じて、できることをやるしかない。

切り文字制作。

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 アクトの外観に貼り込む予定の看板用「切り文字」。まだ、スタイロフォームを荒削りした段階です。でも、なんでしょう、この段階で作品としてのリアリティーがすでにあります。立体作品をつくり始めて、つくづくなんですが、デジタルコンテンツってなんか重さというか存在感がありません。デジタルデータをモニターで見ているだけなんだから、当然なのですが、そういう仕事を長くしてきたからなのか、そもそも手で何かカタチになる実在する作品をつくるのが好きだったからなのか、とても楽しい。そう、ただただ楽しい。ま、手順や技術はいろいろ試行錯誤を繰り返して完成度は上げなくてはなりませんが、この気持ちが続く以上、自然とそうなるような予感がしています。何事も「好きこそ~」なんだなと。

ピザをつくっています。

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 2mm厚のスタイロフォームをルーターで削り、「ピザ」をつくっています。これは荒削りの段階です。この上にパテを塗り、石粉粘土を重ね細かいパーツ(具材)を造り込み、ルーターやデザインナイフで形状を整え、サフを吹き付ける。さらに細部をルーターで削りながら形状を整えて、着色用の下地材ジェッソ(リキテックス)を塗りアクリルガッシュで着色。着色は最初の段階はエアブラシで全体の色調やピザの焦げ目などを描き、あとはチーズとトマトソースのリアルな感じを描きます。で、「act」の切り文字を接着して、最後の仕上げがマットニス、もしくはマットメディウムを塗ります。美味しそうに仕上げるのがポイントです。これは「レリーフ看板」の試作品です。

私達の平安を祈ります。

 本日、「私達の平安を祈ります。」と異国の友人から言葉が届きました。

 まったく、同感です。

 

テレワーク・リモートワークのススメ

 現代、働き方改革関連法案の適用範囲が広がりでテレワークやリモートワークの必要性が注目されています。クラウド系の様々なツール機能を活用することで、生産性向上やペーパーレスによるコスト削減効果を生み出す戦略です。具体的にテレワークやリモートワークをどのように実現できるかについてニーズが高まっています。

 特にグラフィックデザインやWEBデザインのクリエイティブワークフローにおける、デザイン制作業務の効率化は重要です。従来のマスメディアとインターネットメディアの広告手法の使い分けや制作途中のクライアントとのコミュニケーション方法も含めて今後、テレワークやリモートワークの重要性は高まり、より精査・整備されていくでしょう。

 社内外の制作メンバーとのプロジェクトや共同作業において、円滑な情報共有やコミュニケーションもポイントです。コラボレーション体勢をサポートしながら、生産性の高いワークフローを実現してくれるクラウド型のツールを使った制作環境が益々拡大・浸透していくでしょう。

 とは言え、人と人との円滑なコミュニケーションを疎かにして高い成果(生産性)は得られません。むしろ、対面営業や密度の高い会議ではないことで情報共有や互いの認知理解を妨げる状況が生まれやすくなりますので、良質なコミュニケーションを維持するための基本的な姿勢や様々な創意工夫が成果を分けるのだと思います。

いいアイディアはいい道具から。

「いいアイディアはいい道具から」

 これは画材屋さんのキャッチコピーなんですが、とても共感してしまいました。

 この言葉、裏を返すと、いい道具やいい技術がなければどれだけいいアイディアが浮かんでも実現しないということになります。いくら大風呂敷を広げて大きなビジネスプランを考えて公言したとろで、実現率が低いプランは「絵の餅」です。また、いい設備、いい道具、いい環境が整っていても同じ。つまり、パソコンやソフト、デジタル機器も同じなんですが、使う人の技能次第なんです。ただ、技能のみに専門性が偏ると、いわゆる「職人タイプ」になってしまい、柔らかい頭が成立しなくなります。「職人=頑固者」という印象です。専門的な分野のプロフェッショナルの人達は特にこの傾向が強く、自負やプライドが高いゆえに独自の狭い世界の中で正解を出してしまう。なんとか馬鹿という存在に陥りがちです。当然、頭が固くなると柔軟な発想や奇抜な着想・ひらめきが生まれませんから、いい道具(技術)は持っていてもいいアイディアが浮かばない状況になります。これ永遠のジレンマなんですが、それでも柔らかい頭をキープするコンディションに留意しているという前提で、やはり「いい道具」はいいアイディアの実現性を高める場合が多いと思います。それはアナログツールもデジタルツールも同じで、結局、使う・活用する・応用するのは人であり、その成果を評価するのも人。良質であることの捉え方を間違えないようにしたいものです。その価値を仲介するのがインターネットだとしても結果は同じだと思います。

本日の仕事場。

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 いろいろやり始めると、たまにモノを整理しないとやっていることが整理できなくなる。ので、今朝は午前6時から仕事場の整理をしました。「机の上はお前の頭の中だ!」みたいなフレーズを聞くと、ドキリとします。正にだからです。整理整頓は頭の中も仕事場もシンクロさせないと。

フィギュアの完成度。

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 この完成度がフィギュアづくりのゴールです。