最初の細胞分裂。

 興味・向学のひとつとしてアートやデザイン、小説やソフトウエアの専門書以外の本を読むことが多い。それは、東京で書籍の装丁デザインを始めた頃から習慣になった。元々、本が好きだったので、いろいろな小説は読んだし、特に地図帳や図鑑が好きだったことで新しいジャンルの情報を得ることで、なんとなく学校の勉強よりも教養が付いたような気分になれたから。時間があればランダムに図書館や書店で本を漁るということが習慣・趣向となった下地があったのだろう。特定の出版社さんの装丁デザインとなれば、法律の書籍や介護などがテーマとなるし、特定のクライアント様の印刷物となればテーマは教育や建築や生命保険や観光などになる。当然、何事も無知な状況だからデザイン制作に取り組むためには「予備知識レベル」の知識・情報を頭に入れなければならない。結果、装丁デザインを決めていただく担当者様はその分野のプロだから、専門的な見方をされる。いくらこちらが「デザイン優先」でご提案し押し切ろうとしても、専門書や特定のテーマの書籍ではデザインの方向性が簡単にNGになることも多かった。通念・常識的なデザインのルールが当てはまらない場合もあり、その状況で選択はそれ以上の提案を止める、つまり仕事を断るか、新しい視点や観点を受け入れクライアントが要望される方向性でデザインをブラッシュアップするかの選択になる。ま、仕事を断ることはしないしできないので、担当者の言葉をしっかりヒアリングしてデザインを再構築する。そして、ご要望に添ったデザインを仕上げ、成果物を納品するという手順になります。この捉え方は装丁デザインに限ったことではなく、その後、あらゆる印刷物やWEBサイトや映像・動画制作にも適用できる姿勢になった。私はデザインの仕事を始めた、比較的早い段階でこの状況・場面・局面に遭遇できたことでデザイン制作において思考スイッチを切り替えるという大切な経験を得られ、切り替えた後のブラッシュアップ・チューニングの手順を経験することができた。

 では、この資質はどこの段階で自分の中に最初に芽生えたのか?素人で無知で無経験な男が小さな進化を獲得・実感する瞬間である。ひとつひとつの技術や経験値に必ず出発点があるように、一回目の細胞分裂はどのタイミングだったのだろうと考えることが多い。あの本の著者の言葉か?あの先生のあの師匠の言葉か?それとも日常生活の中の些細な出来事だったのか?と。もし、そのタイミングを逸していたら僕は専門家の意見を受け入れることや飲み込むことが出来ずに、引いてはデザインの仕事を続けることができなかったかもしれないと感じています。すべては1本のルートにあったという感覚です。

 デザインの仕事で言えば、それは22歳の時、芸大を卒業後、東京のイラストレーションの専門学校に通いながら四谷のデザイン事務所でアルバイトを始めた頃、その師匠に言われた言葉だろう。一日の仕事が終わり、ワイン好きの師匠がボトルを持ってきて「飲みますか?」と言われグラスを受け取った。そして、師匠が何気におっしゃった言葉。このタイミングで僕の中の「デザインの仕事」に対する決意というか、最初の覚悟が固まった。それはこんな言葉だった。今でこそいろいな解釈はできるが、その時の僕にしてみれば金の言葉になった。

 「僕達は美しいゴミをつくっているんですよね」と。