「下町ロケット」タッチのシチュエーション。

 こういう時期だからかもれいないが、テレビでは危機的な状況に陥っても復活を目指して諦めず、仕事に立ち向かう経営者を描き、諦めないことや挑戦し続けることの大切さを熱く実例に沿って脚本を入れ物語化してくる。どんな成功事例にも必ず「苦節」という時期があり、成功まで辿り着くにはそれ相当の探求心や研究心が必要であると同時に、向かい風に対して耐える精神的な強さや同じ成功を目指す仲間同士の絆が大切だと説いている。

 また、有名タレントの苦節時代の話からの輝かしい経歴や実績までの流れはただの視聴者として観ている分には冷静に見ることができるものの、じゃあ、この物語のような状況に自分がなった場合、自分はどんな思考でどんな行動をとるのだろうと飛躍していつもテレビコンテンツ(物語)を意外と真剣に楽しんでいる。ま、実際はテレビで描く「苦節」より苦しかったのだが。

 映画「12モンキース」についても同じで、
「ウイルスが世界中に蔓延して人口の90%が死滅した世界」を映画として、ただ気楽に楽しんでいられた状況は大きく変化し、「事実は小説より~」状態になった今、僕はこれからの時代をブルース・ウイルスのようにタフに生きることができるのだうか?などと妄想しています。

 そこで危機的状況から復活話の鉄板「下町ロケット」タッチの物語には5種類の人間が登場しているように感じた。それは、

危機的な状況に陥る経営者(社長)タイプ、
その経営者を支えるタイプ、
その経営者を徹底的に否定するタイプ、
状況を冷静に理論的に判断しようとするタイプ、
そして、圧倒的な財力で圧力をかけてくる大企業。

 このシチュエーションならば大抵の人達は経営者タイプに感情移入する場合が多いだろうし、それは設定的に主人公だから当然のこと。物語が展開していく上で、どうせ、成功するだろうという予測が立つので、そのポジションに感情移入しておけば、最後はハッピーエンドで心地良くなれると誰もが推測するだろう。でも、僕は物語が始まり、気がつくと「経営者を徹底的に否定するタイプ」の人に感情移入していることが非常に多い。明確な理由は未だ分からないが、直感的に本能的なポジティブ人間ではなく、根の部分がとことんネガティブ人間のようだ。仮になんらかの経営者との利害関係や大企業との相関性の中で自分のポジションが攻撃されると風見鶏のようにカメレオンのように変化するタイプで、一番深い根の部分はかなりネガティブなんだといつも変なテンションで観ている。

 さて、実際、現実に同じシチュエーションになったらどうなるのだろうと心配し警戒していたが、ほぼ、今はほぼそういう状況だ。自分の中のネガティブな思考が塊になってカチンと氷結・圧縮されて、ゴルフボール大に固まりコロンと口から出てきそうな状況だ。

 しかし、その塊が実はこの状況を乗り越えるためのアイディアだったり、ノウハウだったりテクニックだったり知恵だったりするのではないだろうかと考えたりもする。結局、そういう状況になって自分の中から何かを生み出さない限り小手先テクニックでの作品づくりでは、例え、オーソリティーから高い評価を得ようが、最後の最後で僕自身(この僕は)は納得できないはず。ほんと、他人の評価(言葉)って実際、ガチで多様過ぎて、迷うことが多い。