プログラムの誤作動!?

 映画「AI崩壊」をDVDで観ました。正確には「AI崩壊」ではなく、「プログラム誤作動」である。それも人為的な誤作動。それを「崩壊」とするには無理がある。そもそも「AIが崩壊する」という捉え方に違和感がある。正確にはAIは崩壊する対象・存在ではない。

 僕が感じた話の展開案は、まず、医療プログラムが誤作動を起こして医療システムがパニックになる。ペースメーカーや延命機器が影響を受けてトラブルが発生する。しかも、近未来。ここが物語りのスタートである。主人公の家族関係を描くのは後半でいいと思う。で、開発者である主人公が海外から呼び戻され、国家の危機として総理大臣や警察機関の幹部が説明をもとめるシーン(取調べ)あたりが冒頭にあり、少しずつAIの存在が明らかにされる。つまり、AIという中核的な存在は別に存在し、なんらかのAIの意志で医療プログラムが誤動作を起こす。権力者はその状況を保身や予算確保に利用とするところはアリだが、ここの部分にあまり重い大きな罪を負わせるのは可哀想。というか、国家公務員の人間達にそんな知見はないという設定の方がリアリティーがある。つまり、AIであれ高度なプログラムであれ、政治家や公務員が精通(理解)しているはずがない、という前提・設定の方がリアルだ。

 で、犯人像はもっと根底的・本質的な悪でなければならいし、別の観点では思考的・哲学的・宗教的・科学的に賢者であったり、無類の人類愛を持った数奇な存在でなければならない。何故なら、AIがその存在とシンクロすることで、致命的なダメージを受けるほど、犯人は常識や社会通念から対極にいなければならないからだ。ただ、それを日本映画で描くことはできないだろうし、そんな物語にスポンサーが付くはずもない。医療プログラムが大儀の元、人為的に操作された「人災」だったというライトな結末をベースに家族愛や国民の平和を描く方にお金が出た結果の映画製作だったのだろうと思っています。ひさびさにほぼ6ヶ月ぶりに日本映画を観たが、なんでしょう、パイの小ささだけが際立ってしまったという率直な感想でした。