プラシーボ(PLACEBO)。

WIKIで「placebo」は、「広義には「薬」以外にも、本物の治療のように見せて実質上の治療の機序が含まれないあらゆる治療手段を指すため、厳密にはより広い意味の言葉である」となっている。この言葉を知ったのは米津さんのアルバムで野田洋次郎さんとのコラボ曲で「PLACEBO」という曲があり単に興味が沸いたのだ。この言葉(単語)は知らなかったが、なるほど、この時代の最先端を走っている二人の化学反応はこういうことなんだと、そうか、「偽薬」なんだという新しい発見です。新しい言葉を知る、覚えることは脳を活性化させる有効な手段だと先日他界した外山さんが言っていた。価値の言葉はこのように形骸化するんだ。

 一見、どうしても大量生産型の楽曲が氾濫しているように見えて(思い込み)いたが、なになに、この時代にもしっかり何かを伝えようとする意識がこのように存在するんだ。それは実は今も昔も同じで、それにいかに出会うか次第で、出会うタイミングを日常生活の感覚の中で確保できているか、担保できているか否かにかかっている。例えば楽曲を専門に評価し文章化しているライターさんや売るために切り口(聴き方)を啓蒙しようとするコピーライターさんの視点ではなく、自分の中にある昔からどのように音楽を聴いてきた接してきたかが蓄積している襞のようなモノが鼓膜にあり、そこが三半規管の中の石が3軸の動きを正確に認識するように、本当の治療薬ではない、それが例え「偽薬」だったとしても、人間を治癒するのだ。それがたまたま二人が生んだ音楽だということなのだろう。