ゲーム感覚で楽しもう!

 よく「ゲーム感覚で楽しもう!」というフレーズを見る。

 つまり、それは正確には「ゲーム」ではないのだ。

 チェスや釣り大会や100m競技ならば楽しめる。しかし、電源を切れば真っ暗になる画面の中の擬似体験に楽しさはない。唯一、PCにあるチェスゲームはこてんぱんに負けるので楽しいが、他の数多のゲームについて楽しいと感じた記憶がない。これは非常に不幸な人間の独り言なのだが、「楽しい」という感覚を誤解してはいけないと思う。

 例えばビジネスはゲームなのか?株で稼いでいる人はほんとにエンジョイしているのか?以前、ある組織に属している時、50万円の資本で株を動かしてくださいという課題を頂き、1年ほど「株」についていろいろ取り組んだ経験がある。結果、数万円の損益が出て、「株」とはそういうモノなんだという記憶だけが残ったが、決して、楽しいとは言いがたい義務のような経験だった。

 そもそもゲームではないモノを「ゲーム感覚で楽しむ」という仕組みに心が反応できていないことになるのだが、それは観点を変えれば、どんなことでも「ゲーム感覚」で楽しめるような素養やポテンシャルがないとつまらない人生になりますよ!という警告なのかもしれない。しかし、僕は「ゲーム感覚」が分からない。恐らく「マトリックス」や「レディオプレイヤー」の観すぎなんだろうけれど。

 ただ、「マトリックス」や「レディオプレイヤー」のようなコンセプトの映画をつくるのは楽しいと思う。とは言え、誰かを楽しませたいから映画をつくるというスタンスには違和感があり、自分が楽しんでつくれることが最優先で、成果や結果や実績や評価はその次のステージでスポットライトをあてればいいのかなと捉えている。キューブリックやフィンチャーがもし、興業成績や製作側の要望を元に用意された予算の中で「何か楽しいモノ」をつくって欲しいと依頼されていたら「シャイニング」や「ファイトクラブ」は生まれていなかったような気がする。話が極端に大きくなり過ぎたが、楽しいのはあくまでも「ゲーム」であって、「ゲーム感覚」に置き換えるのは楽しくないという結論の独り言でした。人生も商売も同じなんだと捉えています。