大人のジャズ!?

 「大人のジャズ」という新聞の広告フレーズに少し違和感を感じた。

 ジャズはジャズだが、何故「大人」なのか?確かに「子ども」がジャズを聴いているというイメージは浮かばない。しかし、「大人のジャズ」と言い切ってしまっていいのだろうか?

 大人の定義が20歳以上で社会人として~みたいなことを言い出したとしたら、一見、腑に落ちる感覚はあるが、次の瞬間、大人だけどジャズを聴いたり演奏したりする心ってどちからと言えば「童心」のような気がした。子どもの心を持った20歳以上の人間は世間一般的に「大人」だから、どんなタイプの大人がジャスを嗜むのかはそこそこイメージできる。しかし、崇高なジャズに出会わなかった大人に対して、「大人なんだから、ジャズぐらいは嗜まないと…」という姿勢に違和感を感じただけかもしれないし、僕はジャズは好きだが音楽のジャンルの中で「スペシャル」ではない。このような中途半端な大人もたくさんいて、だから、そういう人の心をいい意味でさかなでるには「大人のジャズ」というフレーズがベターなんだろう。と、このライターは判断したのだ。

 さて、「大人」と「子ども」について、常識的な定義ができていれば、この程度の違和感で話は終わるのだが、世の中には「大人のような子ども」がいたり、「子どものような大人」が実際、多く存在している。別に悪役に薬をもられて小学生になったコナン君のことではないが、「大人びた子ども」や「子どもじみた大人」がこの世の中にはけっこう存在していると僕は捉えているので、単に「大人だから」「子どもだから」という常識は何か絶対的な評価や数的な分析をする時には有効かもしれないが、こと「ジャズの魅力」を訴求したいのなら、「大人」から始めるのではなく、もっと、「ジャズ」の相対的(個人的)な印象や楽曲の魅力・歴史についてアプローチした方がいいのかなと感じました。