私生活優先。

 第一線の芸能人さん達が生活の拠点を地方に移すという情報をよくテレビで観る。そんな情報を日頃から気にしていると、アーティストやクリエーターが都市圏を離れ、地方で自立しているという情報を意識してしまいます。一見、都市圏、特に東京は日本経済の中心であり、大きな企業の本社機能も集中しているから、デザインや広告の仕事は特に集中している。それは実際、20代の頃、東京や大阪で仕事をしていたのでなんとなく理解できる。「いい仕事」は都市圏に集中している以上、そのゾーンでデザインの仕事を習得したいと考えるのは極当然の姿勢だったと捉えている。しかし、29歳の頃、「なんか違うんじゃない!?」という違和感を感じた。そこそこ仕事ができるようになった頃だったのだろう、自分自身への欲が芽生えたのだ。もし、僕が都会で生まれて都会育ちならその違和感はなかったのだろうが、高校まで田舎(福井県)で育った人間にどうも都市圏での生活、さらに未来像を描くと自分の子どもがここで育つのは嫌だと実感したのだ。結果、いろいろあり、滋賀県長浜で株式会社アクトの設立に参加し、数年、代表取締役になったが、昨年株式会社は解散して個人事業主になった。

 20代の頃から常に「なんか違うんじゃない!?」という心の声に素直に対応してきた結果、現在に至るという状況だ。すべて自分の思考とライフスタイルをマッチさせたいと考えた末の結論であり、この姿勢は現在も進行形である。つまり、「私生活優先」だということである。

 東京のメディアの中心で活躍していた人でさえ、地方でのライフスタイルを求めているのだから、何か共通する思考が作用しているのかなと共感を覚える。決して、都市圏が悪いという是非の問題ではなく、アーティストやクリエイターとて、また、他のビジネスモデルを展開している皆様であれ、活動の最終単位は個体である自分自身である。ネットがいITが進化したから、都市圏を離れようではなく、どこか嗅覚のままに自分の新しい生活拠点を探求するのは極自然の流れのような気がします。

 東京を離れた際、よく「都落ちですね」と言われ続けてきたが、都には僕が欲しい生活が築けそうになかったのだから仕方ない。決して、「落ちた」わけじゃないし、感覚的にはむしろ「登っている」「前進している」感覚だ。モノゴトの価値を優劣や序列や高低で決める感覚は、ま、ある観点では有効だとしても、そのセオリーに自分の人生を縛られるのはナンセンスである。

 都市圏で頑張っているアーティストさんやクリエイターさんが多くおられるわけだから、その皆様を否定しているわけじゃなく、自己責任において自分の人生をどうふるまうかは自分で決めることだという、とてもシンプルな思考パターンが好きなんだろう、というだけだろう。

 コロナになり今年はほぼ休日なし。1日伊吹山に行った以外はほぼ仕事をしている。しかし、ストレスは微塵もないし、むしろ、快適そのものである。カミさんに言わせると「休み」という機能が壊れている僕は「休み」の捉え方が捻れているみたいです。よく寝るしよく食べるしタバコも上手いんだから、これが僕のベストコンディションなんだと思います。