BOOK Information アーカイブ

中動態の世界。

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 さて、この本の中には何が潜むのだろう。手元に来るのがとても楽しみです。

目のつけどころ。

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 「目のつけどころ ものの考え方」という書籍を買った。

 明日にはアマゾンから届くだろう。「世界のエリートが実践している」というフレーズに惹かれ、アマゾンのレビューをチェックし、ネットでも書籍の評判をチェックして確認しました。この書籍との出会いは新聞広告だったが、それをきっかけにネットでチェックし、購入を決断するというパターンでした。ネットがなかた時代ならテレビや新聞や雑誌で得た情報を記憶していて、お店で確認し決断するという手順と比較すると、現代は圧倒的に広く情報を得られる状況になっている。しかし、これが書籍ならば、書店で確認するまでもなく、レビュー程度の情報で決断できるが、「デザインの仕事」を発注しようと考えている人がデザイン会社やつくり手の情報をネットでリサーチしても、充分な決断材料は入手しにくい。当然、WEBサイトにはスキのない饒舌な言葉がちりばめられているし、その言葉を100%信用したとしても、まだ発注に至るには情報のディテールが足りない。では、足りないディテールをどうして補足し足りる状態にできるかが発信側の試行錯誤の部分である。ネットの情報の表層だけを比較しても、本質や真意や実感に辿りつくには、もう少し深く情報にリアリティーが必要なのだ。ただ、購入(発注)を決断する前段階として、お問い合わせやお見積依頼のアクションを起こしていただくにも、工夫が必要だし、提供できる情報はあますところなく誠実に発信しなければならない。ただ、それも限界がある。

 さて、「目のつけどろ」とは?の部分をこの書籍で実感し、自社(アクト)の情報発信の優良で効果的な工夫点を得られることを期待している。

 今、ヨーロッパの洞窟を探検し、洞窟の壁に描かれた太古のサイン(記号)を探索し、データベースを制作している方の教授の書籍を読んでいるが、500近い洞窟のサインを精査すると、32種類の記号に分類できるらしい。描いた人の真意がその壁のサインに込められていて、暗く狭い洞窟でそのサインを目視した時の心の震えは例えようもなく深く大きいと著者は書いている。

 そんなサイン、ひとつでもいいからこの時代に残せるなら残したい。

武士道。

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 かの、イナゾウニトベ氏である。「武士道」が現代思想にどのように作用しているのか?非常に興味があります。

仕事の未来。

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 どうも最近日増しに「AI」という言葉を目に耳にする機会が増えた。

 今更なのだが、すでに子どもの頃に「アトム」や「009」がいて、それらは人間のカタチをしたアンドロイドだった。人間が描く未来像の中に確実に存在するだろうAI。衝撃的な映画「2001年宇宙の旅」を観たのが大学生の頃。私たちは常にAIを予見しながら、期待しながら、警戒しながら生きてきたというわけです。それが、近い将来(2050年)には現実になる。映画「エクス・マキナ」のラストシーンでAIが人間の姿で雑踏に紛れていく姿はとても印象的でした。ブレードランナーでもロイの最後の言葉が示すように、人間が生み出す最終で最高で最悪の創造物は、私たちをどこに連れていってくれるのでしょう?

 恐らくAIが生み出す完璧なシステムの中で政治は制御できるはず。そうなれば、選挙に一喜一憂することなく、政治家の貧素なゴシップも生まれなくなり、当然、その業務はAIが完璧に遂行するだろう。すでにそのテンプレートはあるだろうが、仕事を奪われる危機感から抑制し遅延させている人も存在しているのだろう。推測だけで曖昧なことは言えないが、それら混沌とした捻じれやノイズが払拭された時、人間の仕事はどこまで精査されるのだろう?そんな好奇心から入手した一冊です。

誤解学

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 ずっとずっと、この書籍の新聞広告を切り取り、仕事場に貼っていました。いつか入手したいなと。

 でも、タイミングが合わず、ほぼ1年ほどそのままでした。

 ふと、「誤解かぁ~」とスイッチが入りアマゾンで購入。

 すると、「欲しかったお話」がぎゅっと詰まっていました。

 とても嬉しい、素敵な著者との出会いです。

 本も人も出会いのタイミングは一期一会です。

最古の文字!?

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 本日、新聞記事でこの書籍のことを知る。迷わず、カートイン!!

菜根譚。

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 とても興味深い書籍です。早速、アマゾンでカートイン!

進化とは?

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 人間にとって「進化」という変化がどのような作用を及ぼすのか?必然か偶然か地球上に君臨してしまったゆえの永遠の苦悩である。「権利」と「責任」の狭間で揺れ動いてきた人間の歴史とあと数十年で起こりうるだろう進化予測。心に響く下りが多く、本文が赤いラインだらけになってしまったので、また、しばらくしたら改めて読み返したい一冊です。

「Born liars」

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 どうしてもこの本が読みたくなったので、アマゾンで買いました。

 イアン・レズリー著「BORN LIARS」です。

甲野さんの言葉。

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 何か不思議な力に引き寄せられるように甲野さんの書籍を入手した。ネットで検索し、決め手になった言葉はいくつかあれど、言葉としてはさほど新鮮さはなかった。もっと刺激的な言葉は他に氾濫しているわけだから。そもそも古武術という分野に興味があったのは確かだが、だからと言って武術家の書籍を読みたいとは日頃からあまり考えていないし、武術家となればテクニック中心の書籍という印象・先入観があるので、今更、古武術の奥義を極めようなどとも考えるはずがない。だが、甲野善紀さんの言葉は心の、かなり中心の部分をそっと力強く握られた感覚だった。理論理屈ではなく、ある種の体感であり、言葉に対して何かを実感できるということでもないだろうが、言葉にするとそれは実感だった。

 そもそも自分はいつから頑張りはじめたのだろうか?そもそも努力しているという意識をどこで身につけたのだろう。できるだけ多く大きく深く広く、それを意識し思考し、行動の指針に置いておけば、すべてが上手くいくはずだという安易な錬金術を得てしまったのはいつだろう?ふと、甲野さんの言葉を自分自身に置き換えて俯瞰で捉えると、かなり、相当、無理やり「頑張り」や「努力」の奴隷になっていたようだ。正当な評価を得るための最適・最善のルートだと思い込んでいたようです。

 まだ、30ページほどしか読んでいないが、心が体が頭が軽くなる実感があります。

 本って、やはり、素晴らしいのだ。

ロゴデザインの現場

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 「デザイナーの制作領域の多元化はよりいっそう進んでおり、幅広い制作物に対応しつつ、「ブランディングの視点をもってトータルにデザインしていく能力」が求められています。企業やブランドだけでなく、地域、行政、教育、街づくりなどにデザインの力で参加し、貢献していく気鋭デザイナーの制作現場に密着。クライアントへのヒアリング、アイデアスケッチ、ラフ制作、プレゼンテーション、デザインの精緻化、ガイドラインの作成と、すべての工程を詳らかにすることで、デザイナーという職業の実際、そして「デザインの今」に迫ります。」~WEB内書籍紹介文より抜粋~

 確かに「多元化」は進んでいる。その実感があります。ロゴデザインの現場は実に幅広い。デザインの仕事を大きく2つに分けると、「想像的なゾーン」と「作業的なゾーン」に分かれます。これは現場で長年デザインという仕事に向き合っていないと実感できません。外から見ているとデザインの仕事は「想像的なゾーン」にフォーカスしてしまいがちで、「作業的なゾーン」を軽視する傾向にあります。地味な仕事というか単純だけれど重要な仕事を軽視して、どうも想像的で創造的な部分を一般的には煌びやかな存在として捉えがちです。

 しかも、この類の書籍で紹介されている、新進気鋭のクリエイターさん達の軌跡はとても煌びやかで羨むほどですが、実は煌びやかで想像的なゾーンの片鱗に過ぎないのです。実はもっと現場ではドロドロした試行錯誤が多発しており、成果として実現できなかった、いわば、優勝を逃した銀メダリスト達が蠢いているのです。優勝するコンテンツとは理にかなってクライアントさんからの要望が結実していますが、実はその次点以下のコンテンツも優勝の脈はあった。しかし、気分や無碍な理論で処理した結果、優勝(最終決定)しなかったのです。

 これらをイチイチまとめていては書籍として成立しませんから、商品として「ロゴデザインの現場」を広く認知させるために優勝した作品がこの書籍には盛り込まれていますが、実は、クリエイティブワークとして魅力やエネルギーにあふれていたコンテンツは準優勝だったことが多いのです。それらはつくり手の中に残留し、日の目を見ることなく消えていく作品達なのです。必然と言えば必然ですが、実は残らないモノ、残せなかったモノにこそ別ベクトル(次元)の魅力があった可能性が高いのです。

 ビックデータも同様です。残すことが技術的に可能だったモノだけが残っているに過ぎないのです。そこから生まれるビジネスや価値も当然、最大公約数に過ぎません。意外と見落としがちはゾーンなのです。

フロイト様

 2016年6月10日初版の書籍「ひとはなぜ戦争をするのか」はこの文章で滑り出す。

 1932年7月30日 ポツダム近郊、カプートにて

 フロイト様

 あなたに手紙を差し上げ、私の選んだ大切な問題について議論できるのを、たいへん嬉しく思います。国際連盟の国際知的協力機関から提案があり、誰でも好きな方を選び、いまの文明でもっとも大切と思える問いについて意見を交換できることになりました。このようなまたとない機会に恵まれ、嬉しいかぎりです。(本文より抜粋)

 本文と二つの解説(養老孟司さんの解説も含む)で全111ページの薄めの書籍ではあるが、このようなタイプの書籍を常に手元に置いておくことは、人生でとても重要なことだと思います。なぜ、巨人二人の手紙がこの時代まで残り、このような書籍になったのかについて、しっかり感覚を立てて読みたいと思います。

最大の何故?

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 特典として養老さんの解説も掲載されているそうです。楽しみな1冊です。

 人工頭脳がチェスの世界チャンピオンに勝つ時代、いつか近い未来、AIは自意識を持ち、人間に質問するんでしょうね、「ひとはなぜ戦争をするのか?」と。

 フラミンゴが言っています。「歴史をつくるのはいつの時代も勝者だ」と。ほんとにそうなんでしょうか?偉大なる二人の巨人の間にどのような言葉が交わされていたのか?非常に楽しみな一冊です。

好奇心。

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 いずれもノンフィクション。一冊はとても人間臭く、一冊はとことんデジタルチックなタイトルである。いずれもアマゾンに勧められて、「これを買っている人はこれも買っているから」という理由でチョイスしたわけではないのですが、意外にも、テーマが似ている気がしています。まだ、15%ほどしか読んでいないので、曖昧な解釈ですが、「好奇心」についての分析が2冊ともよく登場します。びっくりしたのは、引用事例部分。このタイプのノンフィクションにはよく事例が登場するのです。例えば、MITの学生達にある実験をしたとか、5~8歳の子ども3,000人を対象に行った調査によるとなど、同じ研究者が登場したり、同時期(時代)の論説だったりする。一番びっくりしたのは「マシュマロテスト」。この事例は以前にも別のノンフィクション著書で登場していたので今回で3回目だった。初めてその実験を知った時は、とても新鮮な気持ちになったが、3回目ともなると「ああ、マシュマロね」などと、ちょっと優越感さえ感じてしまいました。まだまだ、楽しいお話があと85%づつ残っているので、じっくりと堪能したいと思います。

 人工頭脳が人間の頭脳を越える特異点が2050年が2045年に前倒しになったらしい。進化の速度がさらに加速していくだろうと、書いてあった。人間の頭脳の1,000倍の世界って、囲碁やチェスの勝ち負けなど、デモンストレーションに近いのだろう。いつか、AIもAIのことを考えて本を書くのだろうか?

40000回の質問。

「子どもは40000回質問する」という本がある。
下記はアマゾンに記載されていたこの書籍の説明文である。
~アマゾンの商品ページより抜粋~

商品の説明

内容紹介

 「好奇心格差」が「経済格差」を生む! 「知ることへの意欲=好奇心」は成功や健康にまで大きな影響を及ぼす。その好奇心を突き動かしつづけるのは実は「知識」であり、知識を得るには「労力」が必要だ。また、知識のない好奇心や創造性は失速する。
 いっぽう、幼少期の環境に由来する「好奇心格差」は、深刻な経済格差に発展することが懸念される。はたして、いま私たちが自分のために、そして子どもたちのためにできることとは?人間の好奇心がいかに生まれ、育まれる、なぜ人間に好奇心が必要なのかを、多彩な例を引きつつ解明。親、教育者、そして知的意欲に溢れるビジネスマンまで必読のノンフィクション。

《目からウロコの情報が満載! 》
・ダヴィンチのToDoリストとはどんなもの?
・少しだけ知っていることか好奇心に火をつける
・大学教育を受けない代償は大きい
・好奇心格差が経済格差を悪化させる
・好奇心は加齢に寄る認知機能低下に抵抗する
・好奇心旺盛な子はそうでない子と何が違う?
・高所得層の子は低所得層の子より多く質問する
・多く質問する子は、親から多くの質問をされている
・知識は知識に引き寄せられる
・インターネットが奪う「生産的フラストレーション」
・都市のセレンディピティがイノベーションを生む
・「好奇心」や「やり抜く力」だけでは足りない。
・好奇心を保ち続けるための7つの方法とは?
内容(「BOOK」データベースより)

幼少期に子どもの問いにきちんと答えたり、
知識の在り処を教えたりする家の子は、学校でも良い成績を収め、
経済的にも成功しやすい。
逆に、優れた資質があっても知識が得られない環境の子は、
伸び悩む傾向にある。知識習得を軽視してはいけない。
目からウロコの情報も満載!好奇心+知識=真の創造性。
人生で一番大切な「知りたい心」の秘密に迫った快著。

となっています。

 当然、この本は買いますが、買うまでにこの商品説明を読んで、自分の中にある「質問力」「好奇心」「知識欲」という言葉(フレーズ)をどこまで暖められるか?と準備し、この書籍の到着を待ちたいと思っています。

生物はなぜ?

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あらゆる危機が、あらゆる勝利が、

様々な遺伝子を足したり引いたりすることで

ゲノムを変化させてきた。

まるで鉄の塊が鍛えられるように、

私たちはみな壊滅的な大厄災によって灼かれ、

時間によって冷やされてきたのである。

(本文「はじめに」より抜粋)

恐らく、ここ最近で最もブレイブワンな一冊でしょう。
楽しみです。

2日前より「ミレニアム4」を読み始めてしまったので、
しばらく、この厚さを手にとり本文を充分に推測してから、
一気に読みたいと思っています。

仕事術。

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組織にいながら自分らしく? 会社を離れて起業?
転職、リストラ、起業。人生なにがあるかわからない。
会社を辞める辞めないにかかわらず、どんなときもたとえどうなっても、
自分で人生を選べる力を身につけておくことがこれからは大事。
本書はいま第一線で活躍する8名の成功者から、この力を身につけるべく
「キャリア術」「人脈術」「企画術」「お金術」「マーケティング術」「起業術」を学ぶ本。

という説明文がアマゾンの商品ページには記載されている。

確かに人生なにがあるか、何が起こるか分からない。
一寸先は闇(予測不可能)です。
しかし、光かもしれないという予測もできるわけで、
現状が闇なら恐らく一寸先も二寸先も闇だと考えるか、
仕事術を習得して闇の可能性を消す訓練をして、
「光」に向かってGO!という切り口なのか?
という憶測を巡らせています。勿論、期待値を込めて。

恐らくこの8名は成功者なのだから、現状、「光」と共にあるのでしょう。
その皆様の経験則を練りに練りこんだ言葉で読みたいという期待があります。

しかし、このタイプの書籍を読むと、いつもいつも「隣の芝生は青い」のですが、
実際、自分の庭に芝生を植えると、管理が大変で青さを維持するのがなかなか難しい。

さて、この状況、
ボトムアップ(扁桃核)からの情動に従うか?
トップダウン(前頭前野)からの指令に従うのか?
ここ、いつも迷います。

「フォーカス」。

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 前から気になり、アマゾンで買おうと思っていたら、最寄りの書店に1冊だけ残っているのを発見し、購入しました。このタイプの書籍では、かなり大好きな著者です。

「宇宙兄弟」最新刊。

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 ただただ、やばい。

「かくれ里」白洲正子

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 「マサコシラス」は今までスルーしてきました。興味はあり、いつか何かのタイミングで出会うことになるだろう、いつかこうして書籍を手にする時が来るだろうという対象でした。しかし、そのタイミングがたまたまなかっただけでした。ようやくそのタイミングが訪れたので、まずは「かくれ里」に入っていこうと思っています。当然、意図的に「マサコシラス」についてリサーチはゼロ。イマドキ、情報などどうでもなる時代なのに、リサーチしないほど、興味があったという「天邪鬼方程式」を崩したということになります。

 ちなみに、最近、もうひとつ「天邪鬼方程式」が崩れたモノがあります。それは、「iPhone-6」。楽しみです。こういう気持ちなれた時は、いつも何かが動く時なので。

図で伝えるデザイン。

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 ひさびさにデザインの本を買った。改めて「図で伝える」というテイストの今を確認したいと思っています。必ずしも「デザイン=図」ではない部分があり、そこの部分との関係性がデザインの機能であり利点。つまり、「イメージと言葉」の関係性をつくり手がどこまでバランス良く解釈・理解・習得しているかが「デザイン力」になるわけです。まぁ、とりたててブログに書くようなことではないが、意外とこの部分が曖昧なまま「イメージ先行」や「言葉(理論)優先」になっているケースがあるので、このような完成度の高い一冊が手元にあると、都度、迷った時、探求したい時、モノゴトを掘り下げたい時にとても有効な基準になるものです。そういう捉え方でチョイスした本です。

「虫の虫」と「下町ロケット2」

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 養老さんはよくファーブルの話をその書籍の中でされることが多い。「バカ」や「自分探し」や「脳」や「解剖学」の話も楽しいが、やはり、養老さんに共感を覚えるのは「虫」です。養老さんは何故虫が好きなんですか?と出版社の担当者やメディア関連の人に質問されるらしいですが、「好きは好き。理屈などありません。」と答えているらしい。嫌いには理由があるが、好きなことに理由があるはずがないでしょうという理論、というか、そういう本質がさらに共感を覚える。誰かと何かを共有するために言語や理論が必要であり、自分の好きなことを自分ひとりで楽しむ上で、理論や理屈は必要ないということです。万象を思考の中の理論で包括しよう、収束しようとするが、そんなのできるはずはないし、道理も意味もない。自分の手が届くゾーンの中でコツコツと行動し何かを生み出すことが大切。虫や地球上の生物達がそうしているように。

 昨晩、「下町ロケット」のテレビドラマが完結した。あの話を11話にどう分解するのだろう?という心配があったが完結に半クールで終了した。なんとも原作に忠実なテンポと展開に痺れました。いかに人間の手で何かを生み出すということが素晴らしいか、いや、そんな曖昧な表現ではなく、手が生み出す価値意外に価値はないということ。素晴らしい物語、素晴らしい俳優、素晴らしいテーマ、最近希に見るテレビ番組でした。ということで、「下町ロケット2」です。物語「1」は「ロケット打ち上げ」に関連する人間ドラマでしたが、「2」は医療の現場をテーマにした物語のようです。しかし、阿部さんの演技の素晴らしさが光っていました。流れとして「2」の原作の本の中にも阿部さんが登場するわけですから、「テレビ」と「原作」の良い連鎖が成立しているわけです。

 なんで、実写映画「宇宙兄弟」の仕上がりはああなってしまったのだろう。同じロケットが登場する、宇宙への夢を語る物語なのに。

 余談ですが、昨晩、テレビで初めて映画「007」のCMを観た。一瞬だけD.クレイグが登場したので、「ミレニアム2」の映画のCMだと勘違いしてしまった。かなり、かなり期待していた続編だけに、「2」と「3」の映画化の話が流れたことでずっとモヤモヤしていたからでしょう。残念。「好き」の作用って、まずいろいろな理論・理屈を押しのけてイナズマのようにひらめくから取り扱いに注意が必要です。

4秒。

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 なるほど、その時間は4秒なのか。

グーグルでは何故?

 「グーグルの社員は何故120%のモチベーションで働くのか?」という気なるフレーズをメルマガの中で本日発見。社員数6万人の企業でありながら、社員は自らの高いモチベーションを維持し、グーグルの発展に寄与しているということ。その記事を読み進めていくと、先日購入した「ワーク・ルールズ」という書籍へ辿り着くというオチだったのですが、その本はもう読んだから、記憶している何かが、このフレーズに思わず反応してしまったのです。無意識に本能で触手が動くいそぎんちゃくのように。

 さて、モチベーションを生むことの大切さはビジネス書を読めば著者独自のアプローチがあり、非常に刺激になります。著者が実際に仕事現場で取り組んできた工夫やアイディアが思考と行動に連動し、棒立ち状態から戦闘臨戦体制に変化するわけですが、私は、棒立ち、もしくは踵体重の人とはあまり会話が弾まない。見事に弾まない。何度となく挑戦してきたが弾まない。同様にガードの固い人とも相性が悪い。言っていることはそれ相当のことなんだろうし、言葉選びも巧みなのだが、真意が分からない人がいて、つきあいにくいというか、どうでもいいかなとさえと感じてしまう。一旦、この気持ちが一定期間続くとその人に対して、モチベーションは上がらない。0になる。そのタイプと傷を舐め合っている時間が惜しいのです。その時間、見事に何も生み出しませんから。また、モチベーションをノウハウや表面的な小手先のテクニックと捉えている人も同様につきあいにくい。いろいろ思考していろいろな経験をして、結果、今、どうなの?という捉え方を私はよくしてしまうので、過去がどうであれ、キャリアがどうであれ、昔はそれで花が咲いていたかもしれないけど、今、あなたが大切に持っているその灰じゃ、枯れ木に花は咲かないよって感じ。何事も短気は損気だが、煮え切らない人は結果どこを掘ってもつまならい(つまらない金太郎飴)ことが多い。当然、行動もビジネスも共にしたくなくなります。

 などと、愚痴から入ってしまいましたが、前体重、臨戦態勢、ガードも固いしジャブも鋭い、ポーンを綺麗に整列させながら、ビショップもクイーンもナイトも盤面に効かせてくる人は、勝負が楽しい。最近、ある女性起業家さんとデザインの仕事をしたのですが、この人、初めての起業で一見、線が細いように見えたのですが、実際、仕事をしてみるとタフでクレバーな女性でした。女性特有のキメの細やかさと慎重な振る舞いと建設的な意見が見事に綾を成し、自分の狙った的に的確に進まれる。起業は初めてとお聞きしていたが、かなり、以前のキャリアの中で起業することに対する熱意、モチベーションが蓄積していたのだと想像しながら、私も全力で対応した次第です。こういう人との仕事はほんとに心地良い。

 また、今年出会ったある制作会社さんの女性デレクターさんも女性的な物腰でありながら、デザインの仕事に精通し、お忙しい時間を過ごしておられるにも関わらず、参考資料や適正な文面で指示をしてくださる。中心にあるモチベーションの質が高いのです。年下でありながらここまで適正なディレクションをできる女性を、私はあとひとり知っているが、現在はママとして人生の安定期を過ごしておられるはず。しかし、私が26歳の頃、その方は35歳のバリバリ・ディレクターだったから、いっしょに仕事した時はヒリヒリ・ピリピリがずっと続いていた。こう考えると、ゴタクを並べ、理論で押し切ろうとする傾向の男性と比較して、できる女性は真からタフで柔軟だと思う。素質・ポテンシャルと言えばそれまでですが、素養のある人に経験値が加わると最強になるのです。しかも、それが女性だときた日には、男(私)はもうお手上げなのである。

 ハチや蟻の社会では常に女王が中心で働く担当は男と決まっている。団体で行動する時のひとつの模範スタイルである。奇しくも、チェスのコマのキングとクイーンの関係で、キングがひとマスしか動けないのに比べ、クイーンの縦横無尽な動きの設定には明確な根拠があるはずです。この自然界、生物界の基本的な構造・仕組みがどこかにある以上、私(男)は無敵の盾と矛を手にして常に臨戦態勢を崩してはいけないということなのでしょう。だから、つまり、何事にも常に矛盾が生じるわけです。

 強い女性に比べ、割れやすいガラスのような男性、もっと、がんばれ!(勿論、私もふくめてがんばれ!)

 想像だが、グーグルにはそういう人が多く集まってくる、を、引き寄せる磁場が存在するのでしょうね。恐らく、それは、当然、人なのだろう。

読書の秋。

 決して多くはないが、いろいろな本を読んできました。「読書の秋」という言葉があるぐらいなので、秋は書籍に親しみやすい季節です。夏と冬の間で少し気持ちを整理したいと考えたり、新しい情報や刺激を知りたいという探究心が生まれやすい季節だからだと思います。ある著者が脳を活性化するためには、自分の好きなジャンルの書籍とまったく未知のジャンルをバランス良く読んだ方がいいと書いていたので、長年(社会人になってから)、その努力を自分なりにしてきました。仕事や趣味の世界や本質的に興味がある分野と、まったく未経験で興味がないというよりも、否定的で拒絶しているような分野を努力して均等に読んできた。興味があり好きな分野の書籍の場合、ある程度自身もその分野の知識があるため、共感できることが多く、実感できることも多いため、著者と自分の知識や実感を比較したりしながら、新しい発見や驚きが楽しい。一方、否定的な分野でも著者の考え方やテーマの捉え方が想定外だったり、知識や経験がないだけで本当はいろいろな魅力が自分との共通点があるのだと知ることも多く楽しかったりします。

 小説で言えば、好きな作家と嫌いな作家がいて、水と油のように自分の中では分かれています。若い頃、一旦、分けてしまったらこの二つの分野や絶対に交わらず、好きゾーンと嫌いゾーンをオセロの盤面のように明確に分けていた。そのひとつに「芥川賞」を受賞した作品は読まないという妙な偏食傾向があり、少しだけ作家さんの情報を調べたりするものの、作品を読むことは絶対になかった。芥川龍之介についてはほぼ読んでいるが、私は「芥川賞受賞作品」については色眼鏡を外せなかったのです。

 しかし、数年前「穴」という作品を何故か読んでみたくなり、購入して3回ほど読んだ。まず、何故、否定的だった分野の作品を読もうと思った理由もその経緯も忘れたが、唯一、記憶しているのは、書店でその書籍を発見した時のその装丁デザインが印象的だったからのように思っています。その装丁デザインが「穴」というタイトルとはどこかかけ離れている印象があり、私の中で「芥川賞」「穴」「装丁デザイン」とうい三点バランスが妙に成立した、ような記憶があります。内容や感想について何も述べるつもりはありませんが、あれから数年、毎日の思考の中や行動の中で、穴を探している自分に気がつきました。すると、「穴(作品)」の中で登場した様々なシーンが部分的に映像で頭の中に現れ、毎日の風景の中や思考の中で穴を探す感覚(タイミング)と一致するようになったのです。穴と言えば、小さい蟻の巣穴から、壮大なブラックホールまでありますし、思考の穴と言えば「忘却(など)」、行動の穴と言えば「失敗(など)」と位置づけている、ような感覚なのです。

 つまり、私はこの作者(名前は覚えていない)の心地よい穴に落ちたのです。

 読書の秋、そんな素敵な書籍との出会いを期待しています。

ルール。

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 グーグルのルールか。凄まじいのだろうか?どこまでも普遍なのだろうか?歴史的にも鉄板中の鉄板なのだろうか?本丸があるだろうが、そこにはどんな殿様が鎮座しているのだろう?楽しみな一冊です。

 最近、映画「インターステラー(DVD)」を観て欲しくなったサウンドトラック。もう、この映画、何回観たのか覚えていないが、音楽だけ切り取ったらどんな気持ちになるのだろう?どんなイメージが心に浮かぶのだろう?それが楽しみです。

養老孟司さんの著書「形を読む」。

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 養老孟司さん25歳の時の著書である。養老さんの書籍はいろいろ読んだが、このような著書があることを最近知りアマゾンで中古を購入した。若々しい文章と養老さんらしい言い回し。論理の組み立てからその豊富な知識の散りばめ方。最近、本の読み方が少し変わった。具体的には多重になった。ような気がしています。何故だろうと考えてみると、じっくり読みたくなったことと、今、読んでいる文字(文章)の裏にある著者の真意を想像する観点がより多様になったのだろうと思っています。最近の著書も必ず読んでいるため、77歳の養老さんと25歳の養老さんのお話を交互に聞くような感覚です。さて、「形を読む」というタイトル。らしく潔く難解で洗練されたタイトルです。私の人生で大切な書籍が一冊増えた瞬間です。

虫の虫か。

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 虫の嫌いな人が私のまわりには多い。

 野菜が嫌いな子どものように生命を脅かす植物の毒素に対する警戒の本能だという説があるが、虫も同位である。圧倒的な驚異よりも身近で日常的な驚異・恐怖を受け入れられないのだろう。これを養老さんは人間の「都市化」と過去に読んだ著書で表現しておられた。「自然」の対義である「都市」。頭の中で思考していることがすべてで仮想空間も含めて、イマジネーションの世界が本人を支配している状態を指している。これが情報化社会の本質構造である。特に言語による論理化についても、同様に言葉や言動に操られやすい思考派・理論派の人間は、本当の虫や植物の驚異も自然の驚異も思考で恐怖ゾーンに安易に追いやり、封じ込め、代償としての安心・安泰を手に入れている。トゲのある言葉、痺れを誘発する論理、毒を込めたひと噛み、いずれも苦手ゾーンに追いやり、安全な空想・夢想、つまり、御伽噺の世界だけの喜怒哀楽に余念がないタイプ。一方、自然、アウトドア、アウトサイドには何がある?そこには驚異と恐怖しかありませんから、思考から行動へ、そして、思考への循環を常に繰り返している人は驚異の実態を実感できている人だから、それを間際で食い止められるテクニックと知恵がある。しかし、虫が怖い、野菜が嫌い、正解がない、絆大好き、などと都市化されたシステムに酩酊している人は、寸止めテクニックがないために、いいも悪いもなく突き抜けてしまうのです。ここから先は危険だからという境界線の実態を知らないで、ギリギリまで、つまり、自分の限界点を目指すことはできません。

 「虫の虫」か、なんとも清々しく心地よいタイトルだろう。

又吉さん@火花

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 芸能人、特にお笑いさんの書籍を購入するのは2冊目。1冊目はたけしさんの書籍だったように記憶している。つまり、それほど長期間、お笑いさんの書籍は買っていなかったということになります。芥川賞は偉大な賞ですし、又吉さんの力量がどれだけ高かったとしても、純文学作品を評価する技量のない私にとって、又吉さんの書籍の中から、より「又吉さんらしさ」を掬い上げることができたらいいなぁ~という狙いです。お笑い芸人さんだから、とか、文芸業界のカンフル剤には、とか、レビューを読めば厳しい評価も多いが、それでも又吉さんは又吉さん。包み隠さず胸の内を認(したた)められたはずですから、そのフィーリングを一読書愛好家として触れたいというだけです。昨年の芥川賞の余韻がまだ心に鮮明に残っているだけに、「芥川賞を読む」という捉え方でも楽しめる一冊だと思います。地元、長浜の書店では売り切れだったので、アマゾンで購入しました。到着が楽しみです。

 余談ですが、このブログ記事が3,990本目となり、あと10本で4,000本となります。よくもつらつらと8年余り書いてきたモノです。3年ほどで飽きるかなと思いきや、いろいろな効果・効用があり、継続できたのでしょう。取り立てて4,000本ってことで、張本選手の安打数ほどの価値はありませんが、ひとつの実感として、ブログ機能を活用するテクニックは習得できたのかなと捉えています。これが、ノートやメモ帳ならどこに何を書いたのか8年前のことなど97%以上は紛失しているだろうから、ブログ機能のおかげで1本目に瞬時にアクセスできるわけです。

 いつか、又吉さんのように「火花」が出るような文章を書けるようになりたいです。

最強のふたり

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 人生には絶対的な「相方」「相棒」が必要です。それは、カミさんという存在ではなく、また、ビジネスパートナーという存在でもありません。「理解者」というとミニマムな気がしますし、「支援者」というニュアンスのような上下・優劣の関係でもなく。「相棒」という存在が強ければ強いほど、お互いを高め合うことができます。「相棒=ライバル」のような関係です。「友情」「愛情」で左右されるようなヒューリスティックな関係でもなく、自分自身の存在に対して決定的に対極にいる存在なのでしょうね。さて、開高さんは小学生の頃から知っているし著書もほとんど読んでますが、その相棒のことはよく知りません。「サントリーの社長」ってことですが、どんな方かは知りませんし、開高さんとペアになれるほどのポテンシャルがいかなものかとても興味があります。ただ、あまりプライオリティーの高い書籍ではないです。

 ということを考えながら、私の相棒は誰なんだろう?などと考えてしまいます。別に「最強」とかでなくてもいいので、「相棒」は大切にしなければなりません。SNSでお手軽に見つかる、見極められるような安易な存在ではないだけに、「相棒探し」こそが人生の最大のテーマだとも言えますし、「相棒探し」にこそ全精力・全エネルギーを費やしてもいいのだと思います。

0から1へ。

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 「ビジネスに同じ瞬間は二度とない。」正にです。

いいデザイナー。

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 「いいデザインとは何か?」をひとりで考えていると収集した情報の数だけ正解があり、到底、ひとつの結論に着地できない。着地できないことが正解だとは知っていてもです。この著者は青山学院大学経済学部を卒業し、複数社を経て、日本デザインセンターに合流されたそうです。現在はデザインとコンサルティングを基軸に多方面で活躍しておられる方である。4月23日第1版だから最新の書籍です。いつも書店に行くと、オキニイリのコーナーは徹底的にチェックしているのでこのような新鮮な書籍にノンリサーチで出会えるのは書店ならではのサプライズである。

 さて、この著者、さすがデジタルネイティブ世代の先端をロジカルに突き進んでおられる内容でした。その仕事ぶりは経済学の指標と類まれなるポテンシャルに裏付けられた確固たる成果を積み上げておられる。切れ味のいい分析はこの書籍に整理された言葉の何万倍もの実感と根拠と論理を感じさせつつも、本質・気質の魅力を失わない。なんとも魅力的な著者である。書籍だけの情報ではご本人のそれが分からないが、プロフィールの「車好き」という短いフレーズが、また、なんともいい感じである。

 私は車が好きではない。便利な道具だと捉えているが、好きではない。

 つまり、「いいデザイン」とはやはり「着地しないモノ」であるべきなんです。動き流れ続ける気流の中でいつまでも浮沈を繰り返し漂っているべきモノなんだと思います。恐らく、この著者(有馬トモユキさん)となにをどう展開させようが私自身との接点をつくる契機は限りなく0%だろうから、この書籍がこの著者との唯一の接点となるだろう。でも、書籍は、だから、書籍は、素晴らしい。

書庫。

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 仕事中、いつもよく見える場所ある書庫です。これらは古い書籍ばかりですが、書籍の背を見ているといろいろ想起されたり新しい着想が生まれます。たまに入れ替えたり、古いのひっぱり出してきて並べてみたり。

未来のつくり方

アマゾンで「未来のつくりかた」という書籍を検索するとこのような情報が掲載されている。

内容紹介

シリコンバレーで今、何が起きているか?
Google、Amazon、Facebookが目指すものとは?

そもそも、なぜアメリカは〈未来〉を語り続けるのか?
なぜ、ウェブ文明はアメリカで生まれたのか?

知っているようで知らないアメリカの不思議を解き明かす。
イノベーションの聖地からウェブ文明の根源を問う渾身の論考!

【プロローグより】

未来とは、待てば自ずからやって来るものなのか。
それとも、未来は、自らの手で引き寄せ、築くものなのか。

……イノベーションの聖地であるシリコンバレーでは、圧倒的に後者の態度が取られる……彼らは、未来は自分たちで築くものだと信じている。では、なぜ彼らはそう信じきることができるのか。本書で扱うことは、突き詰めればこのことである。

【目 次】

第1章 ムーアの予言
第2章 月を穿つ
第3章 投資するビジョナリ
第4章 大望を語る
第5章 交歓するコマース
第6章 鏡としての東海岸
幕 間 ―西から東へ―
第7章 ソーシャルの磁場
第8章 反射するバーチャル
第9章 分散社会への郷愁
第10章 探究する思考習慣
第11章 アメリカというOS
第12章 二周目の近代

ここまで。

非常に興味深い内容のように感じる。
まだ、新書なのでこの書籍に関するコメントや評価がないが、
だけに、早く読みたい、早く入手したい書籍です。

「日本の未来」「自分の未来」を構築するヒントになればありがたや。

マーフィーの法則

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 22年前に買った本。デザインの仕事の醍醐味に取り憑かれた頃、ちょうどこの法則に出会った。この曖昧なようで真理のような法則、科学のような宗教のような文学のような哲学のようなこのテイストに、今も取り憑かれている。

 「失敗する可能性のあるものは、失敗する。」か。

 何故、このテイストは古くならなのか、最近、少し分かったような気がします。

スナイパーとフリーク二人

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 クリンスト・イーストウッドの最新映画作品の原作「アメリカン・スナイパー」。ノンフィクションではなく、実話であり自伝であるというこのリアリティーに惹かれてしまった。この著者、はたして英雄なのか悪魔なのか?
 「ゼロベース思考」については今年に入って読んでいる書籍の中にも3回(3冊)ぐらいに引用されていたので、とても気になっていた。アマゾンで購入しても良かったのですが、ふらりといつも行く書店さんで発見したので購入。うん、アタリです。
 フリーク二人の捉え方は世界中で共感を得たり物議を醸し出したりと、単なる興味本位かもしれなが、23ケ国で翻訳され750万部のヒットだから読んでおく必要がある。が、自身、必要性はあまり気にしていない。23ケ国も750万部もあとから知った情報だし、私自身は何よりも「ゼロベース」というフレーズに惹かれた購入した。序文から読み始めているがフリーク(変わり者)二人の切り口は素晴らしい。ちょっと、一般的な感覚や意識からはドン引きされるような内容のようですが、そのあたりは、逆に「ドンと来い!」でBIG WELCOMEです。
 世界にはホントいろいろな人がいていろいろな価値観があり、いかに先入観や固定観念やバイアスが悪しき繭(まゆ)なのかということです。私もそう思います。

クーリエ・ジャポン5月号

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 「頭のいい人」の条件が変わったとのこと。仕事が消える時代に必要な「頭の良さ」とは?「クリエティブな人」を育てる米国の大学の授業を覗いていみた。トップランナー7人に聞く「私が考える頭のいい人」。情報に踊らされてしまう人、不要な情報を「捨てられる人」。あなたも「頭がいい人」になれる!と、なんとも刺激的なフレーズのオンパレードである。恐らく理論タイプ・記憶力タイプから臨機応用なクリエティブタイプへの進化を啓蒙しているのだろう。ただ、仮に世界が捉える頭のいい人の古い条件と新しい条件が変わったとしても古い条件でも新しい条件で頭がいいとされる人はいたはずで、まず、古い条件で新しい条件の頭のいい人が「頭がいい」と呼ばれなかった評価されなかった理由を紐解いてほしい。単純な肯定否定ではなく、何がどのようになんのために変化・進化したのかという流れをまず知りたい。古い条件の時代以前には、いったいどうだったのか?もしくは、古い条件と新しい条件は長い時代の流れの中で交互に浮沈を繰り返しそのサイクルの中で次は「新しい条件」なんだとしたら、重要なポイントは頭のいい悪いではなく、この変化にある。時間の経過と共に時代の流砂と共に変化は必然だろうから、古きを知り新しきを知ることや、捨ててはいけないモノ(変化してはいけないモノ)と、捨ててもいいモノ(変わらなければいけないモノ)の違いを明確に分析してほしい。と、そんな内容をこのマガジンには期待します。今の段階ではこの雑誌は「買い」だが、書店でチラミしてあまりにも断片的な実例の列挙だけで編集としての考察が軽ければ買わないだろう。

ある意味エキスパート。

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 アウトドアにデジタルツールを持ち込み活用している人はアウトドアのエキスパートなのか?デジタルツールのエキスパートなのか?どっちらだろう。エキスパートというのは何か得意で特異な分野に秀でている人のはず。しかし、現代ではアウトドアでデジタルツールを活用する人をエキスパートと呼んでしまうのもアリなんだ。確かに登山していて遭難したりケガをして救急の連絡は携帯電話を活用しなければならないし、GPN機能のあるスマホがあれば道に迷っても正しいルートを確認できる。しかし、どこか何かおかしい気がする。雑誌が特集で「アウトドアで役立つデジタルツールの本」などキーワードを放てば、アウトドア思考の人間もデジタルツール思考の人間も引き込め一石二鳥なので切り口としては非常に有効。しかし、モノホンのアウトドアのエキスパートとデジタルツールのパワーユーザー達は、この相反する切り口の提示に正しい反応するのだろうかという疑問が私は拭えない。そもそもこのマガジンの主旨は何なのだろう?アウトドアファンをデジタルツールの世界に引き寄せたいのか?デジタルパワーユーザーをアウトドアに誘いたいのか?いやいや、いずれも中途半端なアウトドアにもデジタルツールにも精通していないユーザー層に訴求するための切り口なのか?
 雑誌でよく「アナログvsデジタル」なんて切り口をよく見かけるが、なんで「VS」なのか?分けたいのかひっつけたいのか?とにかく混在混同させて、一旦、思考をとりあえずシャッフルさせて、やっぱ、私達の言っていることが正論でしょ!?と持っていきたいのだろうか。だとしたら、この切り口を打ち出した人達が一番のエキスパートだ。
 恐らく、この記事を書くためにどこかの山でスマホやタブレットが実際、役に立ったのだろう。「おお!これは役立つツールだ!」今回のテーマはこれでいこう!的な編集会議があったのだろう会議室で。いやいや、アウトドアなんだから、どこかの山でお互いに活用してみて、「やっぱり、アウトドアにはデジタルツールだよね」ってことになったかもしれない。いずれにしてもこの感覚は、どういう意味が適正なのか私には不明だが、ある意味エキスパートな人たちだと思います。

 どこからデジタルツールでどこからアナログツールなのかって判断に迷うところですし、感覚的に個人差もあるでしょうが、エキスパートなんだから迷ってちゃダメでしょ!?ってこと?そもそも、どこから先が「役立つ」なのか?どこまで精通していれば「エキスパート」なのか?ということの疑問のようなので、ここまでいろいろ心にひっかかってしまうと、逆に書店でこのマガジンを探してしまいそうです。

わたし

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 人間の探究心はかくも美しく貪欲で諦めることを知らない。

ジョブスのBOOK

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 今日、初めてジョブスの、もしくはジョブスについて記述してある書籍を初めて購入した。買わなかった理由はいろいろあったのだが、もう買ったのだからその理由は忘れよう。と、このように「とても気になっているが買わない本」や「とても気になっているが買わない著者の本」がある(とても多い)。実はまだ結構たくさんこのタイプの書籍があるのだが、「ジョブスの本」もそういう妙なこだわりが作用して温存してしまった(いや、解凍できなかった)本だったのだ。それを今日、購入した。アップルの歴史は知識として頭に在るし、ジョブスの業績・偉業も全て頭に入っている。だから、「ジョブスの本(ジョブスについての本)」は情報や知識としては要らないはずなのだが、その理由とは別に必要になったのだ。

 その理由、それは、この書籍の隣にある新しい「絵筆」が必要な理由と同じなのだ。

「図解 孫子 最高の戦略教科書」

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 孫子は何冊か読んだが、その時はあまり強い印象がなかった。期待値が高すぎて「意外と普通じゃん!」という印象だった。しかし、改めて、最近、気になっている。しかも、「図解」ということで、どのようなシクミになっているのだろう?と、改めて孫子に対して期待値が上がりつつある。そんな気になる1冊です。

幾何学の魅力

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今日、アマゾンから「幾何学」の書籍が到着した。なかなか刺激的で魅力的な作品の集積だ。

→ACT INFO

GEOMETRY MARKS

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「GEOMETRY MARKS~」という新書が7月上旬に発売されるらしい。早速、アマゾンで購入しました。この感じ(イメージ)、心のミットで170キロのストレートを受けたような、心の奥底から自分の一部分を抜き取られるような感覚です。「出すチカラ」とは同時に「引き寄せる力」なのだ。この判断、瞬間で決まるものだから、常にウォーミングアップが大切。その時、その瞬間を逃すとネット検索では二度とヒットさせることはできない。何故なら、心はそれほど冷めやすいからだ。

→ACT INFO

シグナルとノイズ

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 なるほね、シグナルとノイズとはそういうことなんだ。見えないビックデータが意識化される時、どのように変化が起こっているのか。それは偶然であり必然だと。

 この黄色いのはドイツ製の万年筆。これがなかなかいい。

知の逆転

 ジャレット・ダイアモンド、ノーム・チャムスキー、オリバー・サックス、マービン・ミンスキー、トム・レイトン、ジェームズ・ワトソン。それぞれの巨人達がどの「知」に対してどのような「逆転」を企んでいるのか?という狙いをサイエンスライターである吉成真由美さんがどのように引き出されたのか?への興味があるが、むしろ、すべてが2010年の4月から2011年の11月の間に語られているということが脅威でありまぎれもないリアリティーだ。静かにそのリアリティーとマテリアルが心と頭に浸透し、そして、融合することを期待したい1冊だ。書籍とはほんとに素晴らしい発明だ。

シグナル&ノイズ

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 気になる書籍だ。情報が飽和していると言われて久しいが、言語化できない不確実性と想定可能範囲内に存在するリスクを混同しなことがこれからを予見・推測するために必要なのだ。未来像は有象無象に存在し、数多のテンプレートを選択肢として適用することは現実的に難しいという大前提で、深部に向けて直感的なルートを見極めたいなら、確かにシグナル(サイン)とノイズ(リスク)を見極め、混沌の中から適正なルートを見出さなければならないはず。冬山のクラックにかける梯子のようなツールとテクニックを装備するために。

センスの磨き方。

 「センスの磨き方」という書籍がある。「あなたのセンスを磨く46の質問?」というトミタ・ジュンさんという著者の書籍だ。「一冊の本との出会いが、人生を根本から変える」というスローガンのアチーブメント出版社から出版されている。第3版とのことだから、恐らくいい感じの書籍なんだろう。事例として「見栄をはっていますか?」「自分でパンツを買っていますか?」「合コン、真剣にセッティングしていますか?」「英語の勉強をしていませんか?」という質問があり、なんとも興味深い質問である。

 まず、「見栄」についての質問の答はYESだが、この著者が「見栄」をどのように定義しているかが不明なので、「そのニュアンスならNOかな・・・」ともなりかねない質問だが、世間一般的に想定できる「見栄」でいいなら答はYESだ。見栄と一言に言ってもいろいろなニュアンスがあるし、ケースバイケースでもあるので、何に対してどの程度の虚栄からがこの著者の言う「見栄」なのかを知りたいという興味がある質問だ。しかし、見栄をはっていない人ってこの世の中にいるだろうか?

 「自分のパンツ」については、独身の時は自分で買っていたが、現在は結婚しているのでカミさんが勝っているが答。そこで、「自分のパンツ」がセンスとどう関係しているのだろう?と考えさせるトラップなのだろうが、それは「パンツ」でよかったのかな?

 「合コン」についても独身ではないので、参加していないし、セッティングということは幹事をしているか?という質問なのだろうか。だとしたら、私は合コンをセットアップする機会には恵まれなかったので、この質問は分からない。現在49歳で、合コンのセッティングをしていたとしたら、それはそれで、センスがあるのだろうか?

 「英語」については勉強はしていない。ただ、映画を観る時は日本語字幕を消して英語で観ているし、好きな小説は原作を読む時がある。とは言え、英語力が充分にあるわけではない。英語力については、TOEICで何点とれるか?というあれが分かりやすいモノサシなのだろうが、無謀にも英語留学した時、N.Y.の大学でTOEICのテストを受けたが、400点ぐらいだった。あの頃から特に勉強はしていないので、恐らく、英語力は下がっているだろう。英語力が下がっているからと言っても外人に対するアレルギーは全くない。上海の空港で強面の空港の職員がいたが、普通に英語で出口を聞いた。英語の勉強をしていたらセンスがあり、していなかったらセンスがないのだろうか?

 と、この例題でイメージを膨らませてもこの書籍のストライクゾーンは見えてこない。つまり、買いましょうということだろう。自己評価として私は「センスのない人間」だという劣等感があるので、こういうタイプの人間はこの本を買う、最も理想的なターゲットなのだろう。

六法。

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 はしがきには、「この「ポケット六法」は、持ち運びに便利な大きさで法律学の学習や日常の仕事に必要な法令を収めた小型六法として、既存の「六法全書」に加え、昭和54年版から刊行されたものである。携帯の便と必要かつ十分な法令の収録という二つの要請を両立させるために、古くから六法と称されてきた憲法・民法・刑法・商法・民事訴訟法・刑事訴訟法の各法及びその附属法令とその他の法分野における重要な法令とを厳選して収めることが、創刊以来の編集の基本方針である。年々制定される法令が増加するのに伴い、収録法令全体の見直しを常時行い、持ち運びの便利さを維持しながら収録法令の充実を図るための努力を続けている。」(本書より抜粋)と書かれている。

 今から法律の専門家になるつもりはないが、とにかく、全部読みたくなった。恐らく頭に残るのは数%程度だろうが、それでも読破してみようと。すると、法律の種類の一覧ページには、デザインの仕事によく登場する法律名称も多くあることを発見した。デザインを構想したり仕事として成立させるために直接法律は関係ないとは言え、どこかで連動していることも多いだろうと感じた。さすがに「六法全書」を買うまでではないだろうということで、この「ポケット六法」に着地した。でも、なかなかの質量です。

 読み始めるとなかなか整理された文章で、私自身としては文体的に嫌いではない。それに最新版ということで、最新の法律も記載されている。法律も日々進化しているんだ。

1日も早く起業したい人が・・・。

 「1日も早く起業したい人が、やっておくべきこと・知っておくべきこと」なんとも意味深い書籍のタイトルです。もう最近の書籍のタイトルってモリモリしています。当然、広告には「自分でも起業しようとしている時期だったので大いに刺激を受けた。タイトル通り、起業する上で必要な情報がつまっていた。」と36歳の男性のコメントが金魚の糞のように付いている。もう、最近の広告の鉄板スタイルだ。さらに、「起業して3年以上続く人とダメな人の習慣」などと、3年サイクルでバッサリ切ってしまう手法も36歳の男性あたりをとことん刺激するのだろう。「18年会社に勤めた典型的サラリーマンが起業後、多くの起業家を成功に導けた理由」などという書籍のタイトルもやはりモリモリである。このあたりはもうモリモリ過ぎて「起業」のことが関係なくなってしまいそうだ。そもそも「起業」するということは、やっておくべきこととか、知っておくべきこととか、続くとかダメだとかなどは関係ないはずだ。「絶対にやるぞ!」とか「絶対に続けるぞ!」と気合いと明確な戦略があって「起業」が成立するべきなのだから、迷っている段階で恐らく起業は無理な事に気がつくべきだ。いや、気がついた方が幸福かもしれない。できないのに3年あまりでクローズしてしまうようなポテンシャルでは何をやっても同じ。つまり、起業家とは生まれつき起業家なのである。

書籍ってやっぱいいですね。

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 この書籍の存在感がある限り書籍は書籍で在り続けるだろう。

「デザインは、呼吸する。」と。

 「デザインは、時代を呼吸する。「今」のではなく、「次」の時代を。それはアートであり、ライフであり、時代を先取りするストラテジーであり、未来の見取り図そのものであるかもしれない。時代の歩幅は大きいが、「次」の予感は、この年鑑の中にある。今年のADCは「読む年鑑」です!「ADC展」作品のほか、約8500点の応募があった2013年度審査会にて、ADC会員の厳しい眼によって選ばれたおよそ1000点の秀作が掲載されます。各界の筆者による社会・デザインの潮流に対する評論とADC会員による受賞作品や広告デザイン、表現についての発言をまとめた、別綴じの冊子が付きます!」という書籍のご案内メルマガが到着した。「呼吸する。」とはなかなか練り込んだフレーズだ。日本を代表するデザインが集結した書籍であり、デザインの指標ともなる一冊だからこそ、このフレーズが成立する。

 デザインはアートでありライフでありストラテジー(戦略)であり未来予想図であると。確かに間違いない分析だが、私はその先にまだ大きな結論があると考えている。日本のデザイン業界の最高峰でもあるデザイン年鑑をどう捉えてどう思うか?なのだが、「呼吸」だけではデザインの価値を文章化できていないと捉えている。言葉遊びとしてではなく、真理に対してどこに立つかの問題。「何故、呼吸しているのか?」を見極めないと最高峰の図鑑もただの美しいゴミになるのだから。

「1万円起業」という書籍

 書籍「1万円起業」のレビューページより抜粋。

「『私、起業を始めたんです』――
普通のサラリーマンが、二枚目の名刺を差し出してそう挨拶する。
本書が示すのは、そんな未来だ。
ワクワクしない訳がない! 」
安藤美冬さん(マイクロ起業家、コラムニスト)

「『起業か、残るか』そんなことは、
稼いでから決めればいい。 ちょっとしたアイデアを、
食えるビジネスに育てる方法が満載」
藤井孝一さん(『週末起業』著者)

「アイデアをビジネスに変えるのは、
あなたが考えているより簡単だ。
どのアイデアに時間を割く価値があるかを
選ぶのはあなたの役目だが、あとはこの本が助けてくれる。
毎朝、次のステップに向かう意志を与えてくれるだろう」
トニー・シェイ(ザッポスCEO、『顧客が熱狂するネット靴店 ザッポス伝説』著者)

「まさに一石二鳥の本。
夢に向かってスタートを切るための起爆剤であり、
スタートを切ってからは頼れるロードマップとなる。
この本を読んでもビジネスが始められなかったら、
もう一度読み直す必要がある」
ダニエル・ピンク(『ハイ・コンセプト』『モチベーション3.0』著者)

 なるほどなるほど、つまりイマドキの書籍だということか。当然反響はある。あるだろうなぁ、このコンセプトの書籍で実際に実例が豊富なら「夢」が「現実」になるかもしれないという期待値が上がる。実際、私もこの書籍を新聞の広告で知ってから、かなり気になっている。たかが書籍一冊でこの期待値は原作が素晴らしいのだろうし、それを翻訳しようとチョイスした人の感覚も素敵だ。起業は人生の一大事ではない!と言ってしまう文化というか慣習というか人生感覚がまず素敵だし、大量生産時代を大企業が独占していた時代からいい感じでのほころびの波が到来しているということ。

 現実問題、ビジネスモデル化するためには、いくつかのチェックシートをクリアしなければならないだろうし、成功事例としても枯れ木に咲いた桜ではないだろうから、どこまでのディテールの内容なのかはとても興味がありますね。1万円で起業してどこまで数字を伸ばせるのか?失敗してもmax1万円ならでいいのか?ガチのノウハウなのか?興味が尽きない一冊ですね。

大切なこと。

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 「ブランド化」という言葉はもう死語かもしれないが、それでもこの言葉は永遠に不滅だ。私はいつも、「いわゆる高級ブランド」が嫌いだ嫌いだと言っているが、実は「過剰に高級」であることに価値を感じていないから。だが、実はそうではない。ブランドとはそういうモノではないからだ。

 例えば「日本のモノづくり」というフレーズはとことんまで絞り込まれているがもう一滴も絞り出せないほど乾燥している。モノが乾燥してミイラ化しているのではなく、そこを掘っても小判は出ないということを知らなかっただけ。存在しない価値にベールをかけて、ただ期待させられていただけかもしれない。でも、孤立した集落にある日、「ブランド」という大きな桃が流れきた。流れてくる時代になったからだ。桃太郎は鬼を退治できると同時に鬼の存在を村人に知らしめた。桃は食べるモノだが、時に桃太郎が出てきて鬼を退治するということもする。桃は美味しいフルーツだが桃太郎を出せることもできる。サンタも天使も悪魔もどこにいる?それは人の心の中に生きている。誰も知っていることが実は桃がなければ気がつかないことが多い。

 大切なこととは、桃は食べたら美味しいということと、たまに桃太郎が出て来るかもしれないということを常に心に置いておくということ。

老人と海。

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 以前に何回か読んだ一冊ではあるが、今日、改めて「老人と海」を買った。さて、何冊目だろう。以前、何度か書庫にあった一冊だが、引っ越しの度にどこかに行っているからである。今現在、書庫にはない一冊。だから、しかし、改めて「老人と海」なのだ。人間が書籍を選ぶというよりも書籍が人間を選ぶようなタイプの一冊だ。

なんとも愛らしいキャラです。

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 なんとも愛らしいキャラが、こうもヘビーなテーマをユーモアあふれる物語にしてしまうのですね。薄くてチープな本なのに、この存在感。うん、秀逸です。今、あるタイミングで、自分自身のデザインの仕事の価値について毎日かなりの時間格闘していますが、このようなタッチのこのようなフィーリングの絵本はこの火にいい油です。結局、エネルギーの少ない創り手では生まれるデザインも貧デザインになります。ただ、世の中的には実は「貧デザイン」も「富裕デザイン」も求めら得ていますし、私がこの書籍を買ったベクトルとは異なるベクトルで価値判断のジャッジが縦横無尽に交錯しているのもリアル。でも、やはり、根本的にエネルギーは必要なんですね。デザインとエネルギーの関係性はまだ明確にまとまっていませんが、ここがひとつの格闘するステージ。しかし、デザインの仕事の多面さを繋ぐには「ハブ」も「接着剤」も「ケミカル・リアクション」も必要。「自殺」と「うさぎ」のケミカル・リアクションに負けぬよう、しっかり化学式を書き出したい。

植物のあっぱれな生き方。

 「成長できる環境が整うまで、タネの姿で何百年も耐える。」「よりよい花粉を運んでもらえるように、色や香りの魅力を磨いて熱心な婚活を展開。」「近親婚を避けるため、同じ株の花粉は受粉しない。」と植物の生き方は見事。どんな逆境でも生き延びる逞しさ、子孫を残すための智恵を効率的に進化させている植物。狭い場所ではあえて大きく成長するのをやめて、どうしても受粉できなければ自分で自分の子どもをつくる。厳しい環境を生き延びるための変幻自在のたくましさ、子孫を残すための工夫、そして潔い最期まで、知れば知るほど、励まされ勇気が出て来てくる、植物のみごとな一生。

 と、この書籍の広告にはライティングされている。なるほどなるほど、あっぱれあっぱれ。

 で、人間は?

 言葉や言語を得たばかりに、定住の仕組みを手に入れたばかりにあたりから、地球全体が人間の無法地帯になったとかならなかったとか。その仕組みをもう逆再生することはできない。つまり、行くところまで行くというのが、只今の状況なんだろう。

 「初めに声ありき・・・」、確かにそうかもしれない。

137億年の物語。

 今、この物語はチンギス・ハンからの中世ヨーロッパ時代へ、日本では古事記や日本書記のあたりである。42ある項目もようやく33項目目。何故これを読んでいるのか?それは、あるアウトプットをするための「復習」の意味もあった。人間の歴史、137億年の中で地球上では何が起こったのか?そして、何が起こらなかったのか?をサクっと復習したかったから。あと少しあと少し。

名人伝@中島敦

 珠玉の名作揃いらしい。何故、今、ピックアップなのか・・・、それを知りたい。

人の魅力。

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 人の魅力を正確に計測するモノサシはない。だからこそ魅力のある人を人は自分の中にあるモノサシで測る(この表現は適正ではないが、)というか捉えながら、その理由やどの魅力的な人には何が備わっていて、自分には何が足りないと試行錯誤しているのだろう。この書籍もただのタレント本ならば全く興味はないのですが、そういう編集意図を感じたので購入。探せばどこかにあるのだろうが、長浜の最寄りの書店では発見できなかったのでアマゾンにて。

 「綾瀬はるか」ブランドについて、ご本人は最初この芸名がピンと来ていなかったとか。会議や仕事現場でナチュラルな彼女はこの名前で誰かが呼んでいていも、なかなか、返事をするのに時間がかかったそうである。芸名というのがブランドになる時、彼女本人との距離感が意外とあるんだなと。

 しかし、とらえどころが・・・という魅力の実態とは何なのだろう?確かに不思議な存在である。不思議で片付けてはいけないのだが、時として不思議なモノは不思議のままがいい。

議論の花。

 「これまでに身のまわりで「議論の花」が咲くのを見たことや経験したことがありますか。」というはじめに~ではじまる書籍を本日購入した。齊藤孝さんの「頭が良くなる議論の技術(講談社現代新書780円(税別))」という書籍です。

 内訳は序章が「ネットと議論 ネットの可能性」。第一章が「議論とは何だろう」。第二章が「議論のジャンル」。第三章が「議論の技術 基本は西洋流」。第四章が「新しい日本の議論」。第五章が「根本的な議論をしてみないか」となっている。これはすべて「効率的で生産的な議論進行」に向けて論じられているのだろうと想像していますし、齊藤先生の「頭が良くなる」とは学校のテストで満点をとるための、高学歴だっつ~だけで何かが消えてしまうような「頭」のお話ではないだろうと期待しています。

 特にネットにおけるコミュニケーションの重要性が問われてるが、「コミュニケーション」って具体的に何を指しているか?だからどのようにすればどうなるのかぐらいは検索すればどこかのコンサルティングの先生が視覚化して論じているだろう。しかし、潤滑な手法を取り入れても双方がポンコツならば、足してもかけてもポンコツなコミュニケーションに帰着するだろう。

 そうではなく、議論なのだから、「かみ合う」感じとお互いがその議論で「覚醒」する感じがあってはじめてコミュニケーションに価値が生まれる。その議論で関係が終わるとしてもそれは意義のある始まりかもしれないのだから。

 議論の花か・・・、最近、咲いたのはいつだったっけ?

あずかりや!?

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 これおもろそうですね・・・。なんとなくピクンと来てしまった。100円で預かるんだ・・・。

その空気か。

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 なるほどなるほど、その空気ですね。その空気、とても大切です。あれが蔓延すると息が苦しくなりますからね。特に時間の感覚。時は金なり、パットイズマネー、ヒデキ君残念!

成功に奇策なし!

 という書籍がある。ちょっとかなりチェックです。13のルールとかっていうテイはあまり好きじゃないが、自分が書籍を・・・となるとそうも言っていられない。チェックチェック。いいものは貪欲にマネばねば。ネアンデルタールの民のように。さてさて、御年84歳は何をどう語っているのだろう?

 で、もうひとつ。「英語だけできる残念な人」という書籍も気になっている。「バカほど英語に依存する。」と言い切っています。ほぉ~、これもなかなか喰いつかせる技を持ってらっしゃる。チェックです。

デザインとは?

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 「何故?」とても大きなテーマでこれを読む読者はこの対談から何を感じたのだろう?専門的な書籍であることは勿論のこと、このご両名の対談がこの書籍が何を意味するのか?「デザイン」とは何なのかを考えている読者は多いだろうし、「デザイン」と「ビジネス」の関係性やアートや文化に至るまで「デザイン」を切り口に語る分野は多様だろうし多面的だろう。大それたことは何もできないが、「何故?」と聞かれたら私はどのような答を用意することができるのだろう。それが誰かなら?それが不特定多数なら?それが異文化の人達なら?

どうせね・・・。

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 この2冊、かなりストライク。

眠る人、本を読む人。

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 左が中谷先生の2004年9月初版の書籍で中古。右が福岡先生の2012年12月の書籍です。いつもの感じでこれと言って目的もなく書店や中古屋さんをぶらぶらしていて購入した2冊。書店には新しい書籍が溢れているし、中古屋さんには中古屋さんで誰かが読んだ書籍が溢れている。よくよく考えると、書籍の数って凄い。それぞれに一冊一冊関わってきた人にドラマがあり想いがこの中に閉じ込められているんだ。そう考えてると書店に行くといつも圧倒される。恐らく興味の対象外の書籍などは自分自身の一生の中で全くスルーしてるわけで、私が興味を持っている書籍など書籍全体の0.001%以下だろう。それでも毎日誰かが何かの目的で書籍を構想し企画し編集し作成して書店には書籍が溢れているのだからホントにドラマチックである。

 インターネット時代、モニターの中に溢れている情報。電子書籍などもあるし、WEBページ、映像コンテンツ、ゲームコンテンツ、マルチメディアコンテンツ、その他いろいろがサーバの中にある。それでさえ相当の物語だし、そこから切り取られる書籍もあるだろうし、書籍からのWEBという展開もあるだろう。これら全てのアウトプットにはそれに関わった人間の英知とエネルギーが込められてる。ならば、それを主査選択してインプットする個人にはどのような選択能力があればいいのか?が問われる時代。ビジネス、学問、趣味・・・と人間の属性はこのアウトプットとインプットの関係性で規定できるとも言えるのではないだろうか。これらの情報から孤立することは簡単だし、これらの情報を個として活用して自分自身のアウトプットに変換する能力こそがこれからの人間の仕事になるのだろう。

 まぁ、そんなことをふわふわと考えながら本日、書店でゲットした2冊ですから、相関的にそういう気持ちでページをめくろうと思います。そういう意味においてこの2冊はそういう意味・価値があると思います。手にしたが購入しなかった書籍もあるわけで、何故か、今日はこの2冊だったのであるのだから・・・と。

あなたの人生を変える睡眠の法則。

 という書籍が少し気になっている。3つのことを心掛ければOKと。確かに、人間の根幹なる3つの欲望の一つですからね。3つのことだけって?さすがに書籍を購入しないと教えてくれないようだが、「朝起きが辛くなくなる。日中の眠気がなくなる。寝つきがよくなる。ぐっすり眠れる。疲れがとれる。美肌になり太らなくなる。頭がスッキリし、やる気が湧いて仕事がはかどる。」らしいが、「美肌」はどうでもいいとして、全部、今日現在、これらのことで悩んだことはないので、どうやら大丈夫なようです。

 で、さらに人生を変えたければ、何をどうすればいいのだろう・・・?まぁ、この書籍は必要ないとしても、他の2つの欲望を改めて熟考してみよう。

 うん、私は人生を変えたいのか?いやいや、このままがいいでしょう???いやいや、スルーしてしまったが、睡眠の法則を知らないと「人生」がどう変わらないのだろう?そこから紐解きはしていないだろうな・・・?でも、そこは「睡眠の法則」なのだろう。あまり曲解過ぎると眠れなくなるので捻じれ加減はこの辺がちょうどいいのですよね。

昨日まで。

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 ダウンロードでデバイスに落してくる情報を書籍だと勘違いしたくない。というよりも、なぜ、人間は書籍に親しむのかという感覚を安易なデジタルデータに代用させているのかという疑問の方がリアリティーのある捉え方かもしれませんが、こうして、送られたというリアル、しっかりデザインされた書籍というスタイル、送る時に上下が反対になって梱包されてきたテイサイ。これで気持ちのベクトルが書籍に向かうが私自身の書籍に対する心地良さ。

 で、昨日まで~、この書籍は手元になかったのですから・・・というリアルにこそ価値がある。スイッチを入れて表示されるテキストがいくら豊富で巧みでも読むに値するリアリティーに欠けるというもの。読書とは何か?を改めて最近考える機会があり、目から鱗が何枚も落ちた。読書とはどこまで行っても読書なのである。タブレット片手に2次元の信号に心は震えない。肯定も否定もしないし、肯定する否定するか?レベル・クラスの僅差な代物でもないし・・・。

昨日までの世界(上・下)

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 これは手元に置いておきたい2冊ですね。ではいつ買うか?今でしょ!

QUICK DRAW

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 早速、買ってしまった。なんかとてもいい感じだぞ・・・。

化学変化は起こせるか?

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 大地を揺るがせるような噴火を起こせるか?風景を白く染める天変のチカラ。仮想空間に潜むわずかな真理を見極められるか?今、手の中にあるわずかなコマでチェックメイトできるのか?セオリーの方程式を覆しても自分だけの化学変化を起こせるのか?

反教育論~猿の思考から超猿の思考へ~

 「なぜ思考できない人間が増えるのか?「貧しい教育」「子どものため」という言葉で子どもの成長をじゃまする大人たち。注目の精神科医が現代の子育て・教育常識に強烈なダメ出し!」という「反教育論」という書籍がある。「よい子ほどダメになる!」というテーマは非常にインパクトがある。この場合の「よい子」とはどんな存在なのか?「貧しい教育」とは具体的に何を指してどうすればいいのか?教育現場の人間ではないから、「教育」については学校機関に任せるしか・・・が恐らくこのような社会構造にした一番大きな原因だろう。決して世の中の教育者を否定ているわけではなく、頑張ってほしいが、何をどう具体的に頑張ってほしいかは見えていません(見る立場ではないのだろう・・・)。こんなことを思ってしまう段階で無責任極まりないピアレンツのひとりなのかもしれない。子どもの成長はこうあるべきというシステムがあれば、そのシステムにそってカリキュラムを実動するのが教育現場のプロだという気持ちが不完全なのだろう。

 以前、一瞬でも美術の教師になることを大学時代にイメージしたことのある人間だから、自分自身と教育現場の距離感を推量した経験からの意見ですが、どういうタイプというか素養を持っている人が教師であるべきなんだろう・・・と考えてしまいます。時代が変わり、変容と均衡の時代に教育はどうあるべきか。非常に大きなテーマだが、韓国やインドやシンガポールは試行錯誤しながら結果を出している。その結果というか成果が正解か否かは誰にも分からないとして、全ての教育の理想が幸福に向かっていることを願う。

 そこで、「反教育論」・・・と、一体どういう書籍だろう?この書籍本体で世の中の何がどう変化を及ぼすか分からないが常に正解を求めず、安易なシステムに依存せず、大きな変化も小さな変化も柔軟に受け止め、飽和する情報の中から自分に有効なヒントを見極め、吸収し消化しエネルギーに変換さえできれば、あとは、モラルの形成のレシピが肝心。誰がレシピで何がレシピなのか?きっと、こちらも正解はないだろうから、「小さい期待」と「小さい感謝」をひとつひとつ蓄積することが最適な有効な捉え方なんじゃないかと思います。

中国人の気質か・・・。

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 「中国と一口に言ってもとてつもなく広い。東北地方から海南島まで、沿海部から青海省、チベットまで、住んでる民族もちがえば、文化もちがう。顔がちがう、食物がちがう。「反日デモ」で大騒ぎする報道の向こう側で、どんな人が住み、どんな暮らしがあるのか。住んでいる地域別に人びとの気質を体験的に説いた、面白い中国人論。」と。確かに、ちょっとあるコンテンツ用に上海と蘇州をリサーチしてきたが、まだ全然感覚的に人間像が掴めない。日本で中国を読み物にする場合、どうしても、過去のことが著者の主観で捻じ曲げられているような印象を受ける文脈が多い。しかし、情報を介して中国人像を捉えようとするれば、書籍やネットから以外にあとはそこで暮らすしかない。それは難しいから、誰かが再編集した情報を頼りにするしか仕方ない。その情報からディテールからイメージを再構築しなければならないのですね。確かに広く31省というのは多様である。それぞれの気質などよくこの著者はリサーチしたものである。逆に日本人の気質を分類したらどうなるのだろう。地域別とか世代別とか、まぁ、中国ほどの多様性はないだろうが、そこそこ分類できそう。

 で、中国人の気質がどれぐらい日本人のライフスタイルと異なるのか?という視点でリサーチし始めたが、これは恐らく不可能だろう。だって、日本人のライフスタイルが分からない。何を平均値とするべきかなどまったく何をどう捉えれば・・・状態。なのに、中国人気質との比較など絶対に無理。だから、入手できる情報をひとつひとつ丁寧に自分なりに集めて構築するしかない。これが、どんな色になりどんなフォルムになるか、それこそ、神のみぞ。意外と創造(クリエイティブ)って最後の最後でそういうところありますね。こっちを振り向いてくれない後ろ姿美人みたいに。

 まぁ、このあたりの詳細は、今書き下ろしている自分の書籍用に温存しておこう・・・。

青い像!?

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 「思考を変えれば、一瞬で幸せになれる。 満足したり、幸福を感じたりするのは、頭の中の状態に左右される。あなたが何を考えるのかということが、健康や人生の充足感に決定的な影響を与えるのだ。
本書であなたを“思考の世界"へと誘うのは、ドイツでマインド・リーダーとして活躍するトルステン・ハーフェナーと、医師で健康のエキスパートであるミヒャエル・シュピッツバートだ。 医学博士による思考についての医学的な考察とマインド・リーダーの体験を組み合わせながら、思考を自由にするためのトリックやメソッドを紹介する。 シリーズ50万部突破『心を上手に透視する方法』の著者による、待望の最新刊。」という書籍。

 「思考の世界」とは?一足飛びにプロメテウスに乗って異星を訪ねるか、万象からのサインをひとつひとつ紐解くか、現存するブレインとビックデータからその答を導くか。いろいろアプローチがあるだろうが、ここまで捻じれた絡みあった思考の世界を誰かが紐解くということは恐らく不可能だろう。もっともっと高いところで最高の高さから俯瞰しなければその全体像を見ることはできないだろうし、マントルぎりぎりの深度までマリアナの深度まで深く潜ればDNAに書きこまれた思考の世界のスイッチが自動で起動するかもしれないですね。1Gで進化した生物だから、結論は常に1Gなのだろうと思います。地球の中心で愛を叫ぶなら364万気圧で5500℃で生命を維持する必要がある。

 さて、「青い像」とは?

ずる。

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 「『予想どおりに不合理』著者最新作 ◎ばれる確率が低くなっても、ごまかしは増えない? ◎共同で仕事をすると、不正が増える? ◎偽ブランドを身につけると、ずるしやすくなる? たいていの人は、不正をするのは一握りの極悪人だけで、自分は正直者だと思っている。しかし本当は、だれもがちょっとした「ずる」をしたり、嘘をついたりする。そしてその小さなごまかしが大きな不正につながることも。だったら、そのしくみを解明して、不正を減らす方法を探すべきなのでは? この難問に行動経済学研究の第一人者ダン・アリエリー教授がとりくんで、不正にまつわる一見意外なさまざまな事実を見出した。たとえば、創造性の高い人ほどずるしやすいし、不正請求は書類の署名の位置を変えるだけで減らすことができるのだ。」という紹介文がアマゾンには掲載されている。

 創造力の高い人ほとずる賢いとは!?なんとも素敵な切り口だろう。素敵と言ってしまうと語弊があるだろうが、この視点を行動経済学的にどう分析・洞察するのだろう?なかなかそういう意味で素敵な書籍だと思います。

 そもそも「不正」ってどのレベルまで不正か?ある人の不正がある人には正だったり、ある国の不正はある国では正だということは世の中誰でも知っている。全て白と黒の人間に分けようというルールでもできた日には、もしかして、地球上の人類がいなくなるかも・・・?そんな極端なことはないだろうが、清廉潔白抗菌人間はいない。いないから「不正」も存在し続ける。と、想像しながら、ずるい仮説が頭に浮かぶ。

 つまり、自分のモラルや規範をしっかりもっている人ほど、世の中の慣習がルールや社会の方程式に限界を感じて「ずる」をするのだろうか?「ずる」の本質はある国では白でもある国では黒ってことになるだろうから、混色することがなければどうなる・・・っても、どうにもならないから「ずる」なんだろう。

 ということでここまで気になれば、アマゾンでtakeするしかない。

 厳格厳重品行方正頑強無敵のシステムでさえ、セキュリティー上の情報漏れは80%以上が「人為的」なのだから・・・。根を掘り葉を掘れば100%は人為的かもしれない。すると、いかにシステムのセキュリティーが優秀か知ることになるわけですが、それを開発したのも人為だしと、どこまでも「ずるい」分析は止まらない。あっ!そうかそうか!ということは、僕はずるい人間なんだ!ということか???

「プロメテウス」と「日本のデザイン」

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 最寄りの書店にDVDがなかったので映画のノベライズと、原さんの「日本のデザイン」です。結果、「プロメテウス」はアマゾンで注文したので明日到着予定。この1本は今後普遍の金字塔になるだろう。映画を観た夜は動悸が激しくて1時間ほど眠れない眠れない。普通3分で寝る人間を眠らせないこのクオリティー。それほどの一本でした。

 で、原さんの書籍は結構読んでいるのですが、この方、デザインも最高ならこうしたロジックも秀逸というなんとも戦略的なクリエイター。恐らく今日本で原さんの上は事実上いないだろうと思っている。まぁ、比較するものではないとしても、原さんの存在感は飛び抜けているはず。とは言え、原さんのコンテンツが好きかと言えばそれは別次元。にしても、秀逸な書籍であることは間違いない。

 つまり、デザインという「美意識」が日本人の「美意識」とどう相関しているんだ!というアプローチから始まりさすがさすがの正にの縦板に水。少し前、ある小説(スウェーデン)で「人間のモラル」について考えさせられることがあったが、さて、「モラル」と「美意識」の関係について、自分はどのような見解を持っているのだろうと内側へダイブしてみたくなる一冊でした。

 しかし、「プロメテウス」はガチでバヤイ。

「「Amazon輸出」入門」が到着!

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 昨日、この書籍が到着した。内容はまだ確認中ですが、2013年1月1日初版で、1月20日が第2版だから、かなり旬な内容だと判断できるだろう。さて、中盤まで読んだが、なかなか唸る内容でした。何事も移り変わりの激しい世の中ですが、確実に世界は小さくなり市場は多様化していると言わざるを得ない。まぁ、キャッチの部分で、「毎月100万円」とは売り言葉としても、なかなかの具体例が痺れます。ほんとこの世の中、知らないことが多すぎる。鱗はいったい何枚用意すればいいのだろう?

 さて、具体例をひとつづつこのブログに紹介することはできないとして、一番、震えた文章があったので、それを抜粋します。このニュアンスは痺れましたね。要はそういうこと、すべてはそのアプローチで完結し継続していくが本流だということを凝縮したフレーズでした。ここに気がつかず、いつまでも一攫千金を夢見て、その幻想に心を奪われ大河に散っていくよりも、自分の刀が届く範囲をしっかり守りましょう!想像力は自由でいいが、想像しているよりも天守閣は遠く、想像しているよりも天守閣は近いということ。つまり、遠いと近いの感覚に「自分のモノサシ」を適用するのはいいが、そのモノサシ、自分が思っている以上に世界では通用しないってこと。意外とそのポンコツさ加減を認めた上で、ロデムのように自由自在に太刀を固めて間合いを吟味しましょうね!というフレーズですね。

 それは、「愚者は「俺がやれば儲かる」と考える。賢者は「誰がやっても儲かる」ビジネスをする。」である。ほぉ~、真理ですね。何日天下を獲れるか分からん戦いにひとつ命をかけるより、もっと、その命、意義のあることに身になることに生産的なことに使いましょうと…言われているようだ。絶対に人は「たったひとつの命を捨てて、生まれ変わった不死身の身体」になれないのである。

輸出入門!!

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 ちょっと、かなり、相当、気になる一冊ですね。買おう。

素敵なママだこと。

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 素敵な女性はずっと素敵なんだろう。昨年も素敵な女性との出会いがあった。男性の草食化など適当なメディアコントロールもあながち・・・かもしれない。オスの本能がどうのこうのとセクシャルコンテンツに一喜一憂することも大切かもしれないが、その向こうにその裏側にある女性へのリスペクトを男はもっと意識下するべきだ。「男が強い」と擦り込まれる時代は終わった。というかそんな時代は実は始まっていなかったが正解。「女性が社会に出る時代だから」などといつまで男尊女卑的なことを平然と言葉にするのはナンセンス。弱い生物の断末魔にしか聞こえない。結婚が理想的なシステムだとは思わないが、郷に入っては郷のシステムがある。誰かが創ったシステムなのかもしれないが、それが人間の歴史。否定しても肯定しても自分なりのモラルがあればそれでいいじゃん!

 カエラママの素敵さはどこから降り注ぐのか不明なのはたぶんオスの鈍感さが少なからず起因しているはず。だからこそ、オスがオスであり続ける理由なのだと今日現在の結論でいい。

 お茶を濁す意味でおかまの発言がメディアをフラット化させているが、それも、また、裏のシステムで言えば、オスの心理が機能・作用している。もっと深い部分で女性と男性を捉えてお互いがリスペクトすることで本来のシステムがフル稼働するのだろう。相互の座標を捻じ曲げるような不器用さも時としてありかもしれないが、真理からは遠い。

 リスベットとミカエルのように永遠に女性と男性は引き合うはず。しかし、第4部と第5部はもう読めないのか・・・。それが辛いですよラーソンさん。辛い。

わかりあえないこと。

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 なるほどなるほどなるほの一冊。アマゾンで買うほどでもないので書店で見つけたら買うクラスの書籍だったのですが、書店で発見したので買いました。確かに10連発の凄まじいアプローチである。そうだよなぁ~!ってことの連発で素敵過ぎる文脈。何故に対する正解などないはずの万象に答が用意されていることだけに向かうベクトルの無意味さとでもいうのか、言語非言語でさえメンドクサイという感じ。確かに存在する「わかりあえないこと」を先送りすることなくなんとかしましょうよ!という著者の人間力が素晴らしい。その魅力がここまで文章になっているとこれまた書籍の価値を改めて・・・みたいな。このタイプというかこの属性の切り口は下手すると全てを包括してしまうぐらいの度量・器量があるから、警戒すれば青天井だし、深みにはまれば泥の底なし沼状態。しかし、それぐらふわふわした浮遊感で実はいいんだ・・・と安心させてもらえる一冊ですね。

 学校で行われているコミュニケーション能力活性化の諸行さえおままごとに思えるからたかが書籍、されど書籍なのである。そもそも正解のない方程式に無理やり答を用意するダブルバインド。これがどうやら最大のキーワードのようですね。確かに!

 しかし、カレイの突き出しと、あれは「こはだ」と「しめサバ」だっただろうか・・・、美味かった!!!

10分あれば・・・。

 メディアファクトリー新書から出ている書籍ですが、まぁ、自分自身が書店が好きだから・・・という理由もありこのアプローチの書籍に魅かれていることは間違いないのですが、それでも、なかなかの書籍のような気がします。あえて・・・というか、何周も回っていると結局ここに辿り着くみたいなこと。

 「10分あれば書店に行きなさい」という教育学者 斉藤学著の書籍なのですが、まず、「本屋さんはこんなにいい。」という下り。「本は、著者の膨大な情報と精神力が注ぎ込まれた「刺激物」である。それらが揃う「書店」は、人類の知的エネルギーが集積された刺激的な空間だ。」とある。これは誰も曲解する余地はないだろう。特に「精神力」が注がれているのが書籍であり、タブレット&PC経由の情報に精神力が注ぎ込まれていないとは言わないが、「著者の精神的エネルギー」を具現化できているのは書籍という在り方が最も適正な気がします。

 「書店で本を選ぶときは、1冊せいぜい1~2分で判断する。10冊ならば脳は10~20分間フル回転するから、かなりの集中力トレーニングが自然と実践できてしまう。」と、この部分もなかなかいい。確かいに1冊を判断するのに2分は短いが、その間、一冊の書籍を分析する時、かなりの集中力でチェックしていることは実感できるはず。目的を持って行っている場合、その目的にどの書籍がマッチしているかを判断する時、かなりのエネルギーを使っている。特にソフトウエアのテキスト本などは、仕事にダイレクトに繋がっているわけで、知らない技術や目的のコンテンツを作るための技術などは、ネットでリサーチできる場合も多いが、意外と(慣れかもしれないが・・・)書籍の方が的を得ている場合が多いし、短時間に欲しい情報を獲得したい場合は書籍が有利なような気がします。

 「「新書」は全ジャンルを扱うから、新書コーナーを見るだけでも有益な情報を仕入れられる。印象的な書名の本は内容を把握しておくと、仕事相手からも一目置かれる。」なるほどなるほど、それはある。これについてはネットの方が早いと捉えてしまいがちだが、早いことは早いが、ネットの情報はまとまっていないことが多い。早い情報のディテールが浅いと逆に整理するのに迷うことが多い。

 「旬の人をチェックするために、雑誌のコーナーでいろいろな雑誌のインタビュー記事をチェックする。心に残った発言を雑誌に織り交ぜれば・・・」という旬をリアルに体感できるのも書店の特長。

 「ビジネス書のコーナーには、自分の欠点に気づかせてくれる本が多い。しかも本は読者を叱責しないし、人前で恥をかかせることもしない。優れた「師」を探せる。」と。確かに、ネットのコミュニケーションには一見、主観的な純粋なストレートなコミュニケーションができているようだが、実は、とてもメンドクサイ会話や摩訶不思議なルールやフェイクが多いのも事実。これらにモチベーションを浪費するよりも、一冊の書籍と向かうことで集中力が高まるとも言える。

 「書店で本を買ったら、近くの喫茶店ですぐに読み始めよう。読みたい欲求が最強なのは購入した直後だから、ざっと目を通すとお蔵入りにならない。」確かに、いつでもどこでも閲覧できる電子ブックのスタイルは逆にテンションが維持できない。書籍を読みたいというTPOがあって脳のモードが切り替わるわけだから、それに適正な存在感は書籍の他にない。

 学生の頃から時間があれば・・・というか、何か考え事をする時やもやもやしている時も目的がない時も書店にいることが多い。落ち着くということでもないし、刺激が豊富だということでもないが、なんとなく書籍や雑誌の表紙を見ているだけで頭と心がいい状態になるような気がします。今まで体験したことのない趣味や競技の類も、ネットで映像や写真を見ることも多いが、著者が整理したその手の書籍の文脈には確かに情熱がありますよね。

梅田の紀伊国屋書店にて。

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 いろいろ気になる書籍は、さすが、梅田の紀伊国屋書店、豊富過ぎて嬉しくなります。しかし、テンションは上げずにこの2冊かな・・・と。右は12月6日初版の最新書籍。長浜へ帰る新快速の中で読めてしまいましたが、なかなかの「日本人分析」に本文中の2箇所で迂闊にも涙が出てしまった。ちょっと疲れていたのだろうか・・・、いやいや、それに相当する内容だったのだろう。このリアルをしっかり受け止めて感じる人が増えていけば日本もなんとかなるだろう的なとても質量のある書籍でした。

 で、左は言わずと知れたクリス・アンダーソンの書籍。いずれ「ロングテール」や「フリー」は読むつもりでチェックしているが、せっかく梅田まで来ているのだから最新から購入してみました。これも数ページ目を通しましたが、なかなかの「未来像」でしたね。楽しみ楽しみ。

 これら2冊を読むといかに「日本人」が世界でポンコツ扱いを受けているかが読み取れる。しかし、個性的な文化や慣習を武器にすれば的な考察が、やはり、著者も日本人、温かい心意気を感じてしまいました。しかし、他の文化圏ではそうはいかないリアルに対してさぁさぁ、どうする日本人!みたいなテンションなのでしょう。ITが国境を取り払ってしまった以上、もう、殻に閉じこもっていることは美学ではない。動き考えるなら先送りせずに「今」なんだろう。

NY1980

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 ちょっとカッコイイタイトルだったもので・・・。

話す技術と聞く技術。

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 「全米70万部突破! ハーバード流交渉術の開発者が贈る究極技法『ハーバード流交渉術』で知られるハーバード・ネゴシエーション・プロジェクトの大ベストセラー作品がついに日本に登場です! アメリカでは1999年に刊行され、すでに70万部以上を売り上げたロング&ベストセラーです。今回はその刊行10周年を記念した第2版をベースに翻訳。トラブルを起こさないメールの書き方など最新事情をアップデートしました。序文は『ハーバード流交渉術』の著者ロジャー・フィッシャーが執筆しています。」

 「なぜ私たちは会話で失敗してしまうのか?私たちの日常には、「難しい会話」が溢れています。◎部下に解雇を通知する◎悪い人事評価のフィードバックをする◎見積書以上に費用が膨らむことをクライアントに説明する◎上司からの仕事の依頼を断る◎長年連れ添った恋人に別れ話を切り出す◎義理の親と育児の方針について話をする◎浮気をした配偶者との関係を修復する◎学校生活で問題を抱えた子供との話し合い……など」

 「なぜこれらの会話は「失敗」してしまうのでしょうか?ハーバード・ネゴシエーション・プロジェクトはその理由を探るべく数多の会話例を研究。すべての会話の根底にある1つの構造を発見しました。その研究から、私たちが会話で失敗するたった「3つ」の理由をお教えします。」

 「キーワードは、「思い込み」「感情」「自尊心」本書では、以下の3つの理由をどう克服するか、1冊かけて伝授します。◎何があったかをめぐる会話 何があったのか、どうあるべきかという点をめぐる意見の不一致。だれが正しく、だれが責められるべきで、だれが謝るべきなのか……という点についての議論。「私の認識が正しい」という主張のぶつけ合いになる。◎感情をめぐる会話 感情にまつわる問いかけを発し、それに答えようとするとき。自分の感じ方については正しくて、相手の感情は間違っているのか? 多くの人は「理性的に話そう」という誤りを犯し、むしろ感情的になってしまう。◎アイデンティティをめぐる会話 いまの会話は、自分にとって、自己イメージにとって、自尊心にとって、いかなる影響を及ぼすのか? この会話をこのまま進めると、自分が無能だと認める事になるのか? 誰かとの会話の最中に「私はどう思われているのか」という内なる会話が始まる。そして自尊心を守ろうと、身構えてしまう。これらの対立型の会話を乗り越え、より生産的な人間関係を築く方法をお教えします!」とまぁ、話すこと聞くことがこれほど実は大変なことだと意識下に置く、置かなければいけないのか?ということがこの書籍の存在価値でしょうね。そもそも、言語や慣習によってこれらの諸事情は千変万化ですから、ひとくくりで「3つの理由」としてしまうのはこの書籍の編集者の意図だろう。

 さて、どうするかこの書籍。チェックはしたが、英語圏での技術を翻訳されているわけだから若干のニュアンスが異なるはず。英語圏ではそうかもしれないが・・・みたいなことが序盤で連発するような構成だったらちょっと残念だし、ハーバードブランドだけで買う理由には弱いような気もする。そもそも、話す儀技術と聞く技術というテイで論理の基準を失えば文脈が破綻するのは当然。そこに先入観や自尊心などが組み合わされてくるとさらに複雑なバックラッシュになるだろう。

 話す機会や聞く機会ってのはそもそも「教えます」ということが難しいし、理想的な技術が例え記述されていたとしても、そのケースは結構稀だったりするとリアリティーに欠ける。より高い「話す技術」「聞く技術」は会得したいとは思っているが、さりとてそのベクトルとこの書籍の内容はシンクロするだろうか・・・と感じてしまった。しばらく保留かな・・・。

僕たちは知恵を身につけるべきだと思う

 「12歳で渡米し、UCバークレー、ハーバード、ケンブリッジ、コロンビア、東大、経営者・・・と歩んできた著者がたどり着いた答え。」というフレーズが紹介する森田正康さん著の書籍「僕たちは知恵を身につけるべきだと思う(1,659円(税込))」ということなんですが、さて現代の「知恵」をどう分析されているのだろうか?

 「上に行けばいくほど、知識は役に立たない」とのこと。便宜上の「上」がふわっとしているが、ここを明確に指摘して欲しい気もするがそれは書籍を買って・・・ということだろう。しかし、上に行く人、上を向いている人に知識が役に立たないという論法にはいったいどんなリアルが含有されているのだう。

 「目先の結果よりも、人との関係を続けることの方が重要」とは、目先の結果以外に何を求めようと言っているのだろう?目先の結果させ出せない人が人との関係性との重要性のバランスを整えられるはすがない。人との関係を続けることに重要性を見い出せなかったから目先の結果に右往左往しているのです。どこかに適正なターニングポイントがあれば・・・だが、人との関係をどう続けるかのディテールありきだから・・・とねじ曲がった解釈をしてしまいがちであり、この疑念を解消する論証はこの書籍にはあるのかな?

 「アイディア力とは、他と違うことを思いつく能力ではない」と。ここも非常に興味深いが、結局、場に出せる手持ちのカード枚数は決まっているのがゲームのルール。有効なカードを多く集めることが知識が豊富だという論法ならば、それは、アイディアというベクトルから離れていくだろう。他と違うことを明確にしなければ、それを能力でないと聞いたところで、分からないことが分からない状態ではないだろうか。仮にこの書籍をその状態の人が読み、「ああ、他と違うことに目線を配ろう」としても、なかなか、目線は自由であればあるほど、簡単にそのラインをエリアを変えることが難しい。いつでも変えることができますよという人ほど、その角度は狭いことが多い。逆に、一点集中型の人の方が、別のアングルへの新鮮さ加減が高いから、アイディアに昇格させる能力があるように思う。だから、この部分をしっかりと説明していただかなければ、切り口はこれでいいとしても、お茶を濁す程度の論理になります。猜疑・仮説でこの著者のなんたるかを分解はできないが、このフレーズをすでにチョイスしている段階で、期待もするが、疑心も多い。

 「過去に頼って生きているといずれ社会と対応できなくなる」というフレーズには、さすが、このキャリアの予感がする。また、このフレーズにおいても「過去」のディテール情報が欲しいのですが、それでも、絶対的な相対的な「過去」に対して「頼らないで」というメッセージはあらゆる方程式にシンクロしていること。で、「知恵」こそがこれからの時代を・・・と展開させている書籍だとしたら、緩い仮説・過程・空想・妄想でなく質量のある言葉がチョイスされているとしたら、この書籍はGOODだろう。

 が、さて、どうかな?東京のイキのいい出版社が「発売1ヶ月で2万部突破!」としたところで、このキャリアの著者だろうが、イキのいい出版社だろうが、読者は選べない時代。

 このキャリアで何を「知恵」としているのか?そこののびしろだけ、ちょっと興味あり。書店で並んでいたら、チラミチェック対象書籍ではありますね。いきなりオンラインで購入はない。

この3冊。

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 左から「舟を編む:三浦しをんさん著」この書籍の価値は現代でもバツグンなのですが、本当はあと10年20年50年後にその真価を発揮するのだろうと思います。

 中央はいわゆるホーガンの「星を継ぐもの」のコミック版。こんなコミックがあるんだ!的な逸品です。中身は勿論、good。あと2冊あるのでこれもチェック。

 で、右が「ゲノム切り口の人間論」。こう書くとなんか野暮いがいやいや、これは100年モノですね。このサイエンスライターさんの書籍は初めて買ったが、なかなか芳醇芳醇。数行で酩酊しそうでしたね。

マット・リドレー著、まずはこれから。

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 まずはこれからかな・・・。

ミレニアムと私。

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 恐らくこれに手を出す人は「ミレニアム1・2・3」各上下を読んだ人だろうから、一体、日本国内には何人いるんだろう?ハルキムラカミが文学ノーベル賞を逃したらしいが、まぁ、そんなことはどうでもいい。ラーソンを1ミリでも近くに感じたいので・・・ということで購入。

わかりあえないことから。

 平田オリザという人の「わかりあえないことから コミュニケーション能力とは何か」という書籍があるらしい。「「子どもの気持ちが分からない」「近頃の若手社員は、何を考えているのかわからない。」それらは何が問題で、どうすればいいのか。コミュニケーションの本質を問い直す。」と。わかりあえないと感じる瞬間ってやっぱアドレナリンが出るし、ドキっとする瞬間です。わかりあえたと思っていても、こちらが妥協して歩み寄っている場合もあるし、どこか駆け引きように感じられると、寂しい気持ちになる場合もあると・・・、だから、これだという正解はないだろうが、わかりあえないことから考えようという視点はなんとなく興味ありますね。

 なにより、「オリザ」というカタカナの名前がカッコイイ。

新しい市場のつくりかた。

 明日のための「余談の多い」経営学 新しい市場のつくりかた 三宅秀道著 ¥2,100 という書籍がある。発売5日で重版というからかなり現代のニーズにストライクなんだろう。「ヒト・モノ・カネがなくてもヒットを生み出すヒントが凝縮」「技術神話をぶっ壊せ!文化を開発せよ!」「ストーリーとして競争戦略に比肩する、一気に読める面白さ!」というフレーズがいずれもとても気になる。さらに、「この本は要注意だ。一見軽そうに見えて論理は重厚。類書がありそうでない。イノベーションの王道を行かんとの志を持つ人々に本書を勧める」と東大の教授も言っているほど。何はどうであれ、ここまで書かせているということは50%盛っていると想定しても相当期待値は高い。

 そんなテンションの高い質量の重い語彙で紹介されているのに、寸評の中に50歳の経営コンサルタントがこう言っている。これだけはちょっと採用失敗だったかもしれない。まぁ、ここらへんになるとコピーライターの匙加減ひとつだから信憑性については「お任せ」するとしても、技術神話をぶち壊す!と言っているのだから、これはない。

 それは、「こらからの日本企業の取るべき道のひとつが提言されている。」とのこと。「これからの日本」か・・・。違う意味で次の文明開化の音とは何だろう?

棒術。

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 何故?棒術の書籍をこのタイミングで購入したのかについてはいろいろな理由があるのですが、武術については全般的に広く浅くではあるが興味がある。何故、武術に興味があるのかについては、決して「強くなりたいから」という理由ではないし、今更、武術・体術を会得して全身傷だらけになって新境地にダイブしたいなどと迷走している時間はない。しかし、武術の歴史やその技術的な論理や精神的なアプローチについては、なんとなく、あくまでも、なんとなく突っ込みたい人間なのだろう。特にいろいろな武術が存在するようだし、中国武術をルーツにするマーシャルアーツ全般以外にも、地球上にはいろいろな武術の歴史がある。日本はどちらかと言えば、お家芸的な部分で武術が盛んな国のように捉えている。しかし、他の国のそれを全て掌握しているわけではないから、短絡的に「お家芸」視できているだけ、もしくは、他の「お家芸」を知らないだけなのであることは充分否めない。つまり、この地球上で戦うにせよ、護身にせよ、様々な体術が開発されある場面では重要人物を保護するため、ある場面では競技会としてその技を競う手法に活用され、そして、ある場面では、個人的な目的で使用されているはずである。古典から最新の体術まで人は自らの四肢と感覚で武具と呼ばれる木や鉄などの素材で製造された武器を使い使用している。最終的兵器がプロトニウム239だとしても、全てはある人間がある目的のために製造した武器なのである。

 さて、そんな武器の歴史は言わば人類の歴史そのものだとも言える・・・という側面で、単純な武器と高度に進化した武器。武器の性能が勝負を決定するというテイでのお話ではなく、同等の武器をお互いに持った術者が対峙する時、どのような武器がスマート(武器を表現するのには適正な言葉のチョイスでないかもしれないが・・・)なのだろうと一旦考えた。基本は中国やモンゴルあたりのアジア圏がルーツでとなると、体術の他に一番イメージしたのが木の武器だった。より体術の割合が多く、絵になる武器。それは直感的に「棒術」だった。いろいろリサーチすれば、その歴史はかなり古い。そして、様々な経路があり現代に至っているようである。この書籍は日本の術者の著書ですが、その歴史はやはり中国であり、さらに言うとやはりの部分でアフリカにルーツをもっているようです。

 なんの背景も脈略もなく直感で「棒術がカッコイイ」と決め打ち(悪い癖)してしまったから、このファーストインスピレーションにこだわって最後までキャラ創りに取り組みたいと思っているのですが、それでも、この武器に無理があるならばリセットするのはこのリサーチの段階だと思っています。が、やはり、この書籍の冒頭の部分を読んで、これで「アタリ」だったと思っています。

 さてさて、「棒術」とは何か?これを読んでイメージが固まったら、やはり、そのモノを手元に持っていたい派なので、棒術専用の「六尺棒」を購入しようと思っています。なかなか、楽しそうで絵になる、しかも、奥が深い体術・武具のようです。

毒になるテクノロジー。

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 「20秒おきにスマホを触ってしまう――。テクノロジーに毒される、脳と心。インターネット、スマートフォン、SNS、メール、ゲームが脳を狂わせ、心の病を引き起こす?フェイスブックで増長する自己愛、覗き見趣味、マルチタスクと躁うつの関係、スマートフォン中毒、幻想振動、セクスティング、感情染・・・・・・アメリカ766人への大規模調査で明らかになった、ソーシャルメディア、スマートフォン、マルチタスクなどのテクノロジー/メディアが脳や心に与える影響。

あなたも、こんなことありませんか?

◎電車に乗ったら、まずスマホ。むしろそうじゃない人がいるのか?
◎早く家に帰ってネットサーフィンがしたい。Youtubeが見たい。頭の中はそればかり
◎テレビを見ていると強迫観念的に湧いてくる。やせたいやせたいやせたいやせたい・・・・・・
◎ゲームやスマホに支配されている感じがある。いうならばiPhone中毒、iPhone奴隷
◎「いいね! 」がほしくて必死にネタ探ししている。

 テクノロジー/メディアの進化は止まらない、だからこそ知っておいてほしいことが本書にあります。専門家による危険度チェックと対処策つき。」ということですが、オモロそうな本があるある。

 なるほどなるほど、良薬口に苦し・・・と。逆にね・・・。

 追伸、しょうゆはコップに3センチほどの量を飲むと高熱が出るし、塩もおおさじいっぱいなら軽く体調不良になりひどい時は呼吸困難になる。頭痛などの錠剤も処方を誤れば命を脅かす。つまり、何事も適量がいいということ。便利な最新技術、楽しいオンラインシステムもいいけど、適度にやってこそ、というか、効果的に使うことが軸であるべき。そもそもSNSの中に何があるのか?ビジネスの核心に触れるような情報をSNSに書き込むわけがないし、それをほのめかすような戦略的な文章力があればそれでいいが、そんな人はSNSなどに決して依存はしない。これがあらゆるモノゴトの分岐点である。さてさて、美味しいおしょうゆの使い方をしていますか?年齢と共に醤油や塩加減がうす口になるわけですから、若いうちは肉派でも魚派になり、濃い味からうす味になる。これは、人間の個体が学習している証。ならば、このiPhoneブームは完全に若手向けの商品である。若手が敏感だということではなく、ただただ刺激を求めているだけ。で、その次にきんぎょの糞が連なるという仕組み。アップルもなかなか痺れる戦略を展開するものですねぇ。流石と言えば流石。毒と薬は紙一重。

大企業は20代でやめなさい!

 「東大卒業後、三井不動産を30歳で飛び出し、不動産業界に新たなビジネスモデルを確立した起業家が語る、自分の能力で稼ぐ力の身に付け方「大企業は20代でやめなさい」大企業からベンチャーへの逆ステップアップ論 君は安易に進むべき道を決めていないか?大企業にいることが最高のキャリアプランではない。名刺(肩書き)がなくても仕事ができる自身はありますか? このまま大企業に残りたい場合 誰がやっても同じ成果が出るような仕組みになっている プロジェクトの規模は大きいが、任せられる仕事の幅は狭い 対外的な仕事では自分の力が1割、名刺の力が9割 出世で重要なのは、仕事の成果よりも社内営業 実際にマネジメント経験を積めるのは限られた人だけ 一方、20代でベンチャー企業に転職した場合 自分のアイディアからビジネスが生まれ、その成果を実感できる 規模は小さいが業務の幅が広く、その分だけ力が身に付く 自分の力で組織をつくり、人を動かし、自己存在感が得られる 会社の仕組みづくりから参加でき、経営者としての視点も獲得できる 20代からマネジメント経験が積め、自身の市場価値も向上する」という大谷義武著の書籍がある。

 まぁ、「大企業」などとは無縁の私は上記のキーフレーズは全て大前提である。ただ、ベンチャー企業である必要もないし、「20代で大企業をやめなさい!」なら「独立しないさい!」ぐらいでちょうどいいとは思うが、ここはこの書籍の編集者が企画段階で保険を捻じ込んだのだろう。ま、そんなことはどうでもいいことであり、「自分の力が1割、名刺の力が9割」というのは悲しい。ただ、現代、そうそう名刺の力で仕事が回る時代でもないのだから、そこが目減りしたらたまったものじゃない。

 さて、「やめなさい!」ということはチュートリアル通りにこの書籍のターゲットは大企業にまずは入社できている状態が大前提。で、そこでポテンシャルはあるのだから、名刺で金看板の下で仕事をするよりも、自分の本当の達成感やリアルで社会と対峙してくださいというメッセージだろう。この著者がいかほどか不明だが、新しいビジネスモデル、新しいビジネスモデルと魔法の術式のように唱えても、決して、「新しい」にはならないということも第一歩の敷石の下にしのばせておく必要がある。ここの幻想を無意味に覚醒し過ぎると、覚醒し過ぎた触手が自分の首に巻きつくので。結局、迷っている人や停滞気味、失速気味の人達って、自分で自分の首を絞めていることが多いんじゃないかな。特に精神的に・・・とか仕事が辛くて・・・というつぶやきを正論化したい弱い・・・というか、モノゴトを曲解している人は、ここが緩い。非常に緩い。いくらチタニウムのボルトとナットで組み上げようとしてもそれが緩んでいたら、マジンガーZは絶対に動かないし戦えない。

 で、大企業にも高学歴にも高バックアップもない私はどう考えるか。恐らくこの書籍のこの著者とは根本の部分で気が合わないだろう。まぁ、どこかでこの著者とFACE TO FACEに意見交換する場はないだろうから、気楽にバッサリできるのですが、恐らく、この書籍自体がこの著者にとってのプロモートツールであるはずだから、たてまえは「共有」したいだろうが、ほんねは「得ありき」のはず。そこを黙殺してこの著者の文脈を掘る判断はしない。この人はこの人、私は私。「羨望」「嫉妬」は大罪!?だから、こうしてブログにして記録するが記憶することはしない。

ワーク・シフトが届いた。

 「孤独と貧困から自由になる働き方の未来図〈2025〉」と。著者リンダ・グラットンはロンドンビシネススクールの教授。経営組織論の世界的権威で、英タイムス紙の選ぶ「世界トップビジネス思想家15人」のひとり。ファイナンシャルタイムズでは「今後10年まで未来に最もインパクトを与えるビジネス理論家」と賞され、英エコノミスト誌の「仕事の未来を予測する識者トップ200人」に名を連ねる。組織におけるイノベーションを促進するホットスポッツムーブメントの創始者。「Hot Spots」「Glow」「living Strategy」など7冊の著作は、計20ヶ国語以上に翻訳されている。人事、組織活性化のエキスパートとして欧米、アジアのグローバル企業に対してアドバイスを行う。現在、シンガポール政府のヒューマンキャピタルアドバイザりーボードメンバー。」と。まぁ、この経歴は書籍が到着して表3で確認した程度だが、この書籍「かなり」の価値がありそうです。この電子ブック時代に¥2,000のハードカバーで手元に置きたい書籍ってかなり限らてくるし、この書籍を電子ブックで読む自分自身はイメージできない。紙というディテールで書籍というテイでこそ、この中の活字が反芻できるというもの。

 書店に行けば数多のビジネス書が百花繚乱ではあるが、長浜の書店をチェックしたが、この書籍はどこにも積んでなかった。2012年8月5日が初版で、この手元の書籍が9月15日の第5版と。なぜ、この街にはこの書籍がないのか?もう先をこされてたのか、入って来るルートがないのか?後者が現実だったらちょっと寂しいな・・・。

 でも、こうして、出版されて1ヶ月以内に手元にあるってことで頭に刻むために細かく分析したい一冊ですね。

WORK SHIFT

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 寸評にはこう書いてある。「下流民か、自由民か。地球規模で人生は二極分化する* 2025年、私たちはどんなふうに働いているだろうか?ロンドン・ビジネススクールを中心とした、「働き方コンソーシアム」による、世界規模の研究が生々しく描き出す2025年のに働く人の日常。「漫然と迎える未来」には孤独で貧困な人生が待ち受け、「主体的に築く未来」には自由で創造的な人生がある。どちらの人生になるかは、〈ワーク・シフト〉できるか否かにかかっている。

 働き方が変わる!〈5つのトレンド〉 ◎テクノロジーの発展 ◎グローバル化 ◎人口構成の変化と長寿化 ◎個人、家族、社会の変化 ◎エネルギーと環境問題

 働き方を変える! 〈3つのシフト〉 ◎ゼネラリスト→連続スペシャリスト ◎孤独な競争→みんなでイノベーション ◎金儲けと消費→価値ある経験

 食えるだけの仕事」から意味を感じる仕事へ、忙しいだけの仕事から価値ある経験としての仕事へ、勝つための仕事からともに生きるための仕事へ。覚悟を持って選べば、未来は変えられる。 」という書籍が満を持して登場した感じ。

 さらに、別のサイトの紹介文を読むと、「<第1のシフト>は、1つの企業内でしか通用しない知識ではなく、高度な専門技能を磨き、ほかの多くの人たちから自分を差別化すること。<第2のシフト>は、自分で意識して人的ネットワークを作り上げること。難しい課題に一緒に取り組む盟友や、イノベーションの源泉となるバラエティに富んだ大人数のネットワーク、そして日々の生活をともにし、ストレスを和らげる「自己再生コミュニティ」を積極的に作ること。<第3のシフト>は、大量消費主義を脱却し、モノより経験に価値を据えて価値観の転換をはかること。このシフトがうまくいけば、人は自らが主体的に選んだキャリアで、100歳近くまで充実した人生を送れます。でも、うまくいかなければ、孤独に追い込まれたり、新たな貧困層として世界から取り残されてしまいます。」よと・・・。

 どうやらキーワードは「差別化」と「人的ネットワーク」と「価値感の転換」なのである。

 うんうん、この本はかなりビンゴですね。つまり、動かず、創らず、考えていない人は失速するということ。さらに、動いているだけ、創っているだけ、考えているだけでも失速するから危機感は相当です。しかし、ワークシフトと言わず「パラいダムシフト」して、変容を受け入れる覚悟のある人、というよりも、自然にエンジョイしながら、ある側面でシリアスにある別の側面ではオプティミズムにバランスよく取り組める頭と身体があればあとはいい意味で「たまたま」がなんとかしてくれるということかな。

 まだ、書籍を入手していないので、なんとも言えないが、今、受験勉強をしている人、今、どこかの企業の内定取得の手に汗をかいている人、一旦、社会に出たがイマイチしっくりきていない人、長年務めた会社のほころびばかり見えているが身動きできない人、もうすぐ定年だけど自分が何者か不明な人、あらゆる人に均等に「ワークシフト」の津波は押し寄せてくるだろうと言いたいのかな?まぁ、いい。シフトチェンジを意識するほど安定した仕事はしていないし、シフトありきの仕事だからどうにでもできるだろう・・・という人間に対してはこの書籍、さてさて、「あり」か「なし」か。「なし」でもいいから「買い」だろう・・・。「シフト」って、そんなに力む必要もない。そもそも全てがシフトしながらフォルムを維持しているのだから。それがDANであれ、黄金比率であれ、法典であれ、必然も偶然も受け入れよう的なオチならこの書籍はかなりイケてるだろう。

 さてと、いつどのタイミングで購入するかが実は一番楽しみです。

ミレニアム第3部作!

 「さて、この映画の原作となるのが、スティーグ・ラーソン著『ミレニアム』三部作。なので映画も三部作全てを映画化する予定らしいです。しかもその三部作全てで主役のミカエル・ブルムクヴィストをダニエル・クレイグが演じる契約が既に結ばれているのだとか。という事は現段階ではルーニー・マーラやデヴィッド・フィンチャー監督の続投は正式には決まっていないのかな。まあ、連続モノでも監督を交代しながら作るのは、よくある事。でもリスベット・サランデル役でアカデミーにまでノミネートされたルーニー・マーラも、こうなっては絶対に外せないキャストになりますよね。よほどギャラが高額に跳ね上がらない限りは、制作サイドは続投を願うはず。しかしどうだろう、ルーニー・マーラはデヴィッド・フィンチャー監督が抜擢した感もあるし(彼が監督した映画『ソーシャルネットワーク』に出演していた)、監督が代わると離れてしまう危険性もあるかな。いや、きっと大丈夫でしょう、彼女はきっとこの役を手放さない筈。」という嬉しいブログ記事を発見。その真実はどう転ぶかは未知数としてもこれは嬉しいぞ。

 絶対に、この3人で第3部まで走ってほしいものです。

あなたの腰痛が治りにくい本当の理由。

 「科学的根拠に基づく最前線の治療と予防 あなたの腰痛が治りにくい本当の理由」という紺野愼一著の書籍がある。整形外科医であり医学博士である方の書籍。「名医が明かす腰痛の真実!」「あなたの腰痛がなぜ治らないのか、どうすれば治るのかがはっきりわかる本」「腰痛の治療法は100種類以上。しかし、その大部分に科学的根拠がない。腰痛に関する正しい知識を持ち、信頼できる医療者から科学的根拠に基づく適切な治療を受ければ、あなたの腰痛は必ず改善に向かう!」と言い切っている。また、「腰痛の85%は重篤な病気ではない。椎間板ヘルニアの90%は治療しなくても自然に治る。骨や筋肉、椎間板などの異常が腰痛の原因とは限らない。体の問題に心理的な要因が加わると腰痛がおきやすくなる」という気になるフレーズがこの書籍の広告文には記載されている。なかなかここまで言い切っている文脈は心地いい。

 で、科学的根拠についてですが、科学的根拠のメリットは明確であり判明している事実と実績だけを組み上げているだろうから安心感がある。占いとか気功だとかパワーなんとかに心を動かされてメンタル的に活性化することは心で生きている人間だから時に有効であるとは思うが、心と体の相関性をそんなにゆるい言葉や哲学や論理でリンクするとは考えにくい。しかし、世の中「信じる者が救われていると誤解」は慣習として文化としてもしくはビジネスとして成立しているから、そこを掘り起こすつもりはないし、自分自身の精神的な活性化が身体と深い相関性があることもなんとなく理解しているつもりだから、ここの全否定はナンセンス。だからこそ、「科学的根拠」という哲学に人は安心感を覚えるのかもしれないと思っています。

 さて、「椎間板ヘルニア」が頸椎と骨盤の上にある診断された私にしてみれば、この「90%は自然に治る」という文脈はリアリティーが高く重い言葉である。実際、40歳頃から2~3年、ヘルニアにかなり時間と労力を浪費した。飲み薬、漢方、注射、日々のケア。首のヘルニアは左手を痺れさせ、骨盤の上のヘルニアは左足を痺れさせた。ほとんど毎日杖をつき、階段もひと苦労。寝る時もどの体制でも腰が痛い。朝起きる時、目が覚めてから15分ぐらいは起き上がれない。こんな2~3年間は確かに精神的に辛かった。しかし、体育会系の私は野球や陸上の練習でいろいろな部位のケガや故障に見舞われてきた。おっさんになってもまたか・・・と辛い状態もあったが、最初は簡単なストレッチから懸垂とねじらないタテの体幹のトレーニングを始めた。歩くことさえ腰のヘルニアには負担になるから、ジョギングもできない。腰と首に負担のないように、腹と背筋、両手と両足の筋肉をインナーから鍛える方法をネットや書籍で調べまくった。そして、毎日、コツコツと実践していた。結果、3年連続富士山にアタックできたし、懸垂の効果で、ロッククライミングやボルダリングを少しかじれるようになった。しかも、41歳の時に「ゴゴルフ禁止令」が出されたが、なんとか以前の90台でスコアはまとまっている。楽しい釣りもできるし、勿論、仕事に対しても持久力と集中力がおっさんレベルではあるが、維持できている。

 そこで、この書籍が目に止まったということ。そういえば、ヘルニアは治ったのか?基本的に楽観的な考え方の判明、びびりの私は自分自身がこの90%だとは考えない。10%のひとりだと考えているので、今までと同じく日々のトレーニングをするだろう。ただ、自分自身が実践してきた考えとこの著者が言う、科学的根拠の相関性には興味がある。どうしようかな?ちょっとチェックな一冊ですね。

 ヘルニア、完全に治っていたらいいのになぁ・・・。

お二人とも・・・。

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 あまり詳しくをチェックしていなかったので、著者の説明文ではじめて「ハーモニー」の著者 伊藤計劃さんは他界されていたことを知る。2009年没と。ラーソンももうこの世にはおられないと・・・。どうして、こうチェックしている書籍に限り著者がすでに他界しているのか。最近気になる書籍で購入した書籍が4連続このパターン。それも最近。何か引き寄せられるように渾身の遺作を手にしているということか。どことなく法則があるようで怖い、というか、いいチョイスができているような気がしている。

 結果かもしれないが、それほど作品に人生をかけた・・・ということになるのだろう。才気あふれる人が人生の渾身の仕事をこの世に残すって、あこがれますね。残ったからありきではなく、絶対に、渾身加減はこれらの作品の中にガッツリ練り込まれているんだ。そんな書籍が手の中にあるというこの至福な感じはネットのテキストデータには含有できないリアリティー。これは紙だから成立する世界。iPadやスマホでスティーグの作品は絶対に読みたくないから。

 さて、「ハーモニー」からのリスベットの復活と。この秋はちょっと楽しくなりそうである。

常識からはみ出す生き方。

 場所にも、時間にも、常識にも、とらわれない生き方とは?というテーマの書籍がある。講談社から出ている「常識からはみ出す生き方 ノマドワーカーが贈る「仕事と人生のルール」。クリス・ギレボー著 定価1,470円。広告にはこれだけの情報しかないから、逆に刺激的である。あとはイマジネーションを膨らませて捉えてみると、さて、この著者が定義している「常識」とはどのような設定だろう?とまずこれが最初のアプローチとなる。必要のない常識と必要な常識に分かれるはずだから、現代の常識がどのように規定されその部分に対する洞察や分析が著者自らの経験から紐解かれていると推察するのが正規のアプローチルートだろう。で、その著書を書籍として講談社が出版している事実がこの価値観にひとつ大きなリアリティーを与えている。それがこの書籍の価値の部分でもあるわけで、あとは、興味を持った人がこの内容について自分自身の価値観をどこまでリフレクトできるかでこの著書に対する価値が浮沈する。その対価としての1,470円が安か高いかはポテンシャル次第。これが書籍の価値の縮図。

 で、このアプローチは常識的か否か?何も核心の部分で非常識な人は書籍などにしないはずですし、講談社も非常識極まりない人の書籍を出版しようとはしないだろう。つまり、その範囲というかレンジの中での「常識論」がどこまで突っ込んでいるかがこの書籍を購入するかしないかの分岐点だろう。

 常識スレスレ、非常識スレスレをステルスするならば、その高度を正確に維持するための計器が必要であり、それ相当のスキルが必要なはず。読み手のポテンシャルを選ぶこのミサイル、さてさて、どこに何発着弾するのだろう。1,470円でちょっとたくましい生き方ができた気になれるならこの代価は適正ですね。

火と戯れる女。

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 ここでこれ。楽しみ楽しみ。で、ついでに宇宙兄弟第9巻。こちらも楽しみ楽しみ。

たかが英語!

 「僕は確信した。これはかつて日本で行われたことのない実験になる。英語公用化で日本は復活する。楽天2年間の実験で確信した成功のマニフェスト。TOEIC750点ないと部長にしません。会議や議事録はすべて英語。約1年半で会社員のTOEICの平均点は161点アップ。スコアのベスト5部署、ワースト5部署を発表。英語で仕事ができれば、必ず日本は浮上する。英語習得には1000時間の仮説・・・ほか」と続くこの書籍「たかが英語!」となっている。三木谷社長のこの取り組みは実に芯を喰った取り組みだと思う。なぜ楽天は社内公用語を英語に変えたのか。その理由をひことで言えば、世界企業は英語を話すからだ。僕は、これからの日本企業は世界企業にならない限り生き残れないし、逆に、日本企業が世界企業への脱皮に成功すれば、日本はもう一度、繁栄できると考えている。日本の復活、繁栄のため、楽天の試みが役に立つと、僕は信じている。と言い切っている。素晴らしい、本当に素晴らしい。

 たかが英語、されど英語なのである。

 これの取り組みを政治の空間や原発関連の企業さんで取り入れれば、もっと、いろいろなことが明確にクリアになるような気がする。つまり、ボトルネックが実は「日本語」だったという暴論に帰着することだけは結果的に避けたいが、どうも、真髄はそこにあるような気がする。この不思議な不思議なコミュニケーション形態は恐らく文化や歴史が礎となった社会規範やモラル的なエレメントが言語として再構築・アウトプットされる時に発生する歪んだ信号なのだろう。論理的が論理的でなくなり、文章化することが逆に芯を外してしまうような言語として発達・進化してきたことが、実は劣化であり退化だったと三木谷氏は言いたいのではないだろうか。

 この書籍はチェックだし、楽天で働いている人達がある意味、羨ましい限りである。先を走る時、身体で感じる風の心地良さみたいなものを苦しさと同時に楽天の社員さんはリアルに感じておられるのでしょうね。日本の復活がなされるか否かは別段どうでもいいが、この時期にこの書籍を世に送り出せる三木谷氏はさすが一歩も二歩も、もしかすると、百歩ぐらい先を快走しておられるのだろう。

 うんうん、素敵な書籍ですね。

社会派ちきりんの世界を歩いて考えよう!

 「社会派ちきりんの世界を歩いて考えよう!」という書籍がある。世界がつながってしまった!というフレーズが特に気になった。自分のアタマで考えるってどういうことか、この本を読めばわかります!とのこと。まぁ、この本はそうなんだろうけど、自分のアタマで仮に考えていない人には恐らくこの「自分のアタマで考えるってどういうことか・・・」は分からないはず。つまり、分からないことが分からない人はたぶんこのメッセージが響かない。かくいう私も「この時計が男のマストアイテム!」と言われても見えていないのでなんのことやら?ですし、お洒落なおやじはこう着る!と言われても、お洒落ではないと自負しているので、なんのことやら。まぁ、それと同じですね。自分のアタマで考えるってことが仮にもこうだという定義のある人は響く言葉でしょうが、でないと、このキャッチでは難しい。

 で、世界を歩くということは、そうそう一般的に経験できるものじゃない。世界を歩くことの感覚をこの書籍から読みとろうとしても世界をさほど歩いていない人間がたかだか1,365円を出したくらいでそれらが見えるとはオコガマシイ。しかし、そこは書籍なんだから、何かのサインだとしたら、この本が人生に意味を及ぼすとか及ぼさないとか・・・。早速、書店でチェック!

映像業界最前線2012

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 「日本の映像業界の最前線が一冊で分かる書籍「映像作家100人 2012 JAPANESE MOTION GRAPHIC CREATORS 2012」のリリースを記念して、オーディオビジュアルイベント「REPUBLIC vol.9」が開催される。5月19日(土)、Dayイベントを渋谷のWOMBにて、Nightイベントを同じく渋谷のWWWで同日開催する。豪華出演者は、Nujabes「Spritual State」Special Band Set- Spritual State Ensemble(Uyama Hiroto×haruka nakamura)With 大月壮、evala×クワクボリョウタ(VJ)、コトリンゴ×常橋岳志、agraph×Saqoosha(VJ)、Numb、d.v.d、Typingmonkeys、sim×qubibi(VJ)、環ROY×TUCKER、やけのはら×最後の手段(VJ)、tomad With渋家×exonemo(VJ)、Kz a.k.a RE:NDZ(liveTune)×GraphersRock(VJ)、Hiroaki OBA、1980円、TAKCOM(VJ)、櫻井響(SAKURAI KYO)、cokiyu×大橋史(VJ)、DUB-Russell×谷口暁彦(VJ)、tickles(MOTION± / madagascar)、TELESCOPEら。続々追加されているので、公式サイトでご確認を!」やっぱ、これからは映像の時代なんだろうなぁ・・・。

やりきる技術。

 最高のパフォーマンスを生み出す仕事の基本。それが「やりきる技術」だということだが、えっ!やりきっていなかったのか!?ということと、実のところ「やりきる」というニュアンスは「技術」ではない。逆に「やりきる技術」っていうタイトルが緩い以上に、何故やりきっていないのか?を反証しなければ、やりきるというニュアンスは正確に実感できないし理解もできないだろう。

 そして、「最高のパフォーマンス」と簡単に文字にしてしまっているが、ポテンシャルはさて置いて、いきなり「最高のパフォーマンス」は本末転倒である。蟻が自分の身体のサイズの何倍もある昆虫を運ぶことは最高のパフォーマンスではないし、鮭が生まれた川に戻ってくるような途方もない本能も最高のパフォーマンスではない。当然のパフォーマンスであり生きるために備わった術である。では、最高というモノサシは何のためにあるのか?自己満足か?社会規範への提唱か?自己分析へのアプローチか?それを思考することで今この時のリアリティーにアンカーを打ちたいのならば、最高でも最低でもどちらでもいいこと。この書籍を読んで仕事の能率が各段に上がったとか、仕事の優先順位が間違っていたと気がついたとか、本書は業務の見直しにも役に立つとかって、えらい微弱な走り方をしているものである。雛が巣から初めて飛び立つ瞬間、それは、生きるための最初の最高のパフォーマンスである。それを人に置き換えるならば、頭でやりきる技術を分析するよりも、今やっていることを今もっている技術で完成させることが大切。すると完成した成果物を俯瞰で捉えることもできるし、次の案件が見えてくる。すると別にやりきらなくともいいんじゃない!?という視点も正解だと思えてくるのでは。やりきるとかやりきらないとか非常にメンドクサイ。

フリーで働く!と決めたら読む本。

 中山マコト著のこの書籍はどこかこの時代にマッチしているようで、実は、本来・・・の部分。1ヶ月で年収分を稼ぐプロフェッショナルフリーランスを目指せ!自由を求め独立起業した人がよく陥る「自由を失う」という失敗をしない方法を達人が伝授。そして、成功するフリーランスノ8つの掟として、「差別化はするな!先鋭化せよ!」「仕事はもらわない」「仕事を選ぶ」「コンパクトに生きる」「お客様を徹底して選ぶ」「柱になるクライアントをつくらない」「長期契約はするな!」「ガイドラインを徹底する」などなど。

 さて、この「フリー」という定義はただ単に「雇われたくない人生」へのダイブに過ぎない。ある年齢の頃はこの響きに魅力を感じることもいいだろうが、「雇われている」という意識のどこかに拘束されているとか制限され制約の中で仕事をしているとう意識をもっている人は絶対にフリーになるべきではない。まして、起業することは諦めた方がいいだろう。「雇われている」という意識を持っている段階ですでに会社への依存度が100%なのである。で、フリーランスで成功という方法論だが、何をもって成功とするかが明確に設定して事に着手しようとするパターンが一般的で、その感覚に対してこの書籍がどうマッチするかでこの書籍のニーズが設定できるのだろうが、その時点でそのスピード感ならば、フリーランスは諦めるべきですね。フリーランスで自分なりの成功の指針を持っているいる人は恐らくこの書籍に反応していないが正解。だから、本当に必要な書籍は「フリーで働く!と決めたら読む本」ではなく、「雇われて働く!と決めたら読む本」が実は必要なのである。意識の裏側が見えている人でなければ、自立は難しいだろうし、最初の失敗に出くわした時の回避方法はこの書籍には書いていないはず。

白熱日本史教室@北川智子

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 「少壮の日本人女性研究者が、ハーバード大学で日本史を大人気講座に変貌させた。歴史の授業に映画作りや「タイムトラベル」などの斬新な手法を導入。著者の熱に感化され、学生たちはいつしか「レディ・サムライ」の世界にのめり込んでいく。「日本史は書き換えられなければならない」という強い使命感のもと東部の有名大学に乗り込み、「思い出に残る教授」賞にも選ばれた著者が記す「若き歴史学者のアメリカ」。」と。29歳でハーバード大学の「日本史」の教壇に立ち、映画作りまで駆使した斬新な講義「レディ・サムライ」「KYOTO」を構築し、目指すのは「大きな物語」としての日本史と。熱い講義を展開しているこの才女は何者???それが「ハーバード白熱日本史教室」という書籍らしい。

 日本史には興味がないが、どのような手法と戦略にフォーカスしているのかという部分がとても気になる。テーマがテーマだけにハーバードの興味の対象に成りえたのか、手法自体が芯を喰っていたのか?ちょっと気になる一冊ですね。

美しい所作。

 「所作を磨くと、心も体も人生も輝く。まず、姿勢、言葉、朝の時間を整えて。禅が教えてくれる美しい人をつくる所作の基本」という書籍がある。無駄を無くして丁寧に生きる知恵70というテイ。例えば、「美しい所作がよい縁をもたらす理由」「多くのものは簡単になればなるほど美しい」「そもそもの人の美しさとはなんだろう?」「便利や効率ばかり追うと、美しさが隠れることに」「なぜ美しさと禅が関係あるのか?」「日常のすべての動作をおろそかにすれば、心は乱れる」「姿勢を整えると、仕事も健康もいいことだらけ」「正しい立ち方・座り方 目線も大切なポイント」「腹式呼吸が楽にできる姿勢がいい姿勢」「呼吸は正直なあなたの心を示している」「正しい呼吸はまず、吐ききる」「二人が同じ実力であれば、呼吸が整っているほうが勝つ」「手の所在は心のあらわれ」「行動の折り目は、心の折り目」「所作を整えるよりも、心を整えるほうが難しい」などなど、所作をこのように細かく分解している技術は流石に美しい。

 社会規範にこれを置きかえると、所作の真価が反映されるだろうから、人間性の部分と社会性の部分の谷の部分をスムーズに交流させるためにも、美しさを意識することは大切。しかし、角のない、つるつるの人間もどうか?創造的な人ほど「美しい嘘」をつくという言葉があるが、この場合、社会規範に反証すると「嘘」が「誠」に代用されるという化学反応もある。美しく美しくと教えて斯うばかりに、美しくない所作だから・・・というモノサシも相対的なバランス感覚を崩しているようにも感じます。

 世の中、意外と美しくないダーティーなハリーが活躍しているという側面もあるだろううし。

人が成長しない会社の断末魔!?

 「人が成長しない会社の断末魔セミナー あなたの会社にいるのはどんなジンザイ?」という書籍があるそうです。つまり、会社にとって財産となる人を「人財」と呼び、指示されたことしかしない材料のような人を「人材」と呼び、やりがいを見つけられず能力を発揮していない人を「人在」と呼び、勤続年数は長いが、このところめっきり活躍していない人を「人済」と呼び、ミス・ロス・クレームを多発させ周囲に悪影響を与える人を「人罪」と呼ぶらしい。このセミナーの参加料金は¥2,000だそうです。さてさて、いろいろなジンザイが集まって会社組織を作っているということなんですね。

 ただ、会社ありきのこの人材セミナー、世の中まで視野を広げると本当のジンザイの真価とは何だろう。この時代はいったいどんなジンザイを求めているのだろうか?会社の経営者目線で言えば、勿論、「人財」が欲しいところだろうが、えてしてこのタイプの人は自分のビジョンを持っているパターンだし、会社に対いてどこまでその能力を注ぐタイプかと考えると、会社に対しての財産か否かという問題もあるから、経営者目線では頭が痛いところだろう。に比較して上記の「人材」の方が結局、優等生という部分に入ってくるような気がするし、発揮できない人、めっきり活躍していない人、悪影響を与える人達も、結局組織の中ではそれなりの存在意義もあるといえばあるし、全てが指示されたことだけを的確にこなす人ばかりの集団でも会社の魅力はどうか???

 で、第1人称でこのことを考察すると、断末魔まではいかないまでも、小さいサイクルで断末魔は必要かなと。断末魔も出てこないほどエネルギーが枯渇したらもう経済がどうの生産活動がどうのとは言っていられない。会社としてのエネルギーが何を指すのかはそれぞれの企業のベクトルで差異はあるものの、どこかの部分で摩擦や誤差やひずみや小さな傷をしながらも、再生させ、指針や志を失わないルーティーンを会得していれば、創造的な活動は維持できるような気がします。

 ただ、このテイのセミナー、¥2,000を持ち寄ってお互いの傷を確認するだけなら、自分のベクトルに必要な書籍に変えた方がいいかも・・・。しかし、藁をもすがりたい人の絶対数を¥2,000で乗算すると、ひとつのビジネスモデルとして成立するのだろう。この場合の成立するだろうという日本の空気が一番の根本の部分で緩いとも言える。つまり、デフォルトの値が低いのである。

ヒツジで終わる習慣、ライオンに変わる決断

 「人生には2通りのコースしかない。どちらを選ぶかはあなた次第! ヒツジはいつも根拠は?と口にるす。しかし、ライオンはいつも「とりあえず」やってみる。ヒツジは辛いとすぐ群れる。しかし、ライオンは辛いと読書する。ヒツジはもらうために必死に生きる。しかし、ライオンは与えるために必死に生きる。」という論法。誰しもヒツジで終わりたくない・・・、ライオンに変わりたい・・・ありきの大前提がさてどうか?人生を2通りのコースだと枠を設定するのは、人間の性(サガ!?)それとも業なのか?思考を常に2通りに分割してYESとNOで価値判断をしたり、正義と悪で評価したり、メリットかデメリットかでジャッジしたいるするのは恐らく人間の脳幹の仕業だろう。何も一事が万事、2通りのコースありきではないし、とにかくやってみるヒツジもいるだろうし、群れるライオンもいるだろう。ヒツジのこと、ライオンのことをもっと知るべきだし、まして、人間を動物に例えながら、実は、その後ろに八百万の神を設定している天体の論理を精神世界に代用しているだけ。それは実に実しやかではあるが、さて、質感はあるのか?引用や比喩でシンボルにされているヒツジとライオンはいい迷惑。

 別に、「とりあえず根拠は?」でいいじゃん。

重力とは?

 「重力とは何か アインシュタインから超弦理論へ、宇宙の謎に迫る」という大栗博司著の書籍がある。カリフォルニア工科大学 カブリ冠教授 東京大学カブリIPMU主任研究員という肩書きが何を意味するところかは不明ですが、ことさら「重力」についてはとても興味があるため、この広告に喰いついてみた。「宇宙」を支配する力の正体とは?とか、この世界の根本原理とは?という部分にはあまり興味はないが、重力についてはとても興味がある。

 宇宙の理解に最も大切な力・重力。「弱い」「消せる」など不思議な性質があり、その働きはまだ完全にわかっていない。重力理論に革命を起こしたアインシュタインの相対論から、ホーキングの功績、宇宙は10次元だと考える超弦理論まで、壮大な世界を数式なしで一気に解説。「やさしくても本格的」な画期的な入門書と、広告文はこの書籍を紹介している。

 地球の歴史と人類の歴史。そこには永遠に答の見つからない「何故?」が存在している。人間が絶滅するまでにこの無数に存在する「何故?」に対する答がいくつ知覚できることだろう。カリフォルニア工科大学がなんぼのものかは知らないし、このタイミングで「重力」について語ろうとした著者の意図、それを影で支えている編集者と出版社の戦略は何?知への探究心だけなら、ただ単に機が熟しただけなのか。このテーマでこれまでに書かれた来た著書や研究書もあるだろうに、何故、新聞を介してこの書籍を存在を知ることになったかという捉え方。これは何のサインなのか?それが頭をもたげた以上、その答は書籍を手元に置くことでしか解決の第一歩はない。しかし、このサインをこのままスルーさせることもできるし、忘れることもできるはず。しかし、何故か「重力」が気になっていたと言う部分と呼応するようなこの書籍の存在という情報。

 「最近、物忘れが激しくって!」という人は忘れているのではなく、ただ「覚えていないだけ。」という著者の書籍を読んだが、覚えていないことを忘れたと認識するのは何故?無意識と意識の谷で一体何が起こっているのか?う~ん、考えれば考えるほど、気になる一冊。

 このアプローチはネット内や電子データで読みたいくない分野のコンテンツですね。

音、音、音。

 という書籍がある。坂本龍一、渡辺香津美、村治佳織、アラン・パーソンズほか世界の名称たちが「音」の魅力に迫る!聴覚の仕組み、音響設計、サウンドデザイン、録音と再生の歴史まで 人を感動させる「音」のすべてを徹底解剖!という¥1,575の書籍である。

 確かに、音、音楽、サウンドとは何か?それを創造するということはどういう価値があるのか?一見、それは、ごくごく自然の中にいると無意識に受けている信号。意識か無意識かで音の捉え方や覚醒のベクトルが異なる不思議。昔、大学の頃、「サウンドオブサイレンス」とく楽曲について一晩中語っておられた先輩がいたが、その時はなんのこっちゃ!?だったが、音とは意識すればするほど不思議な存在である。なぜ、5つの感覚の中に聴覚があるのか?聴覚があるから言語が発達したのだろうが、まだまだ、その発達の度合いや進化の過程としては途上だという人も多い。研究が進み、人間の聴覚と音の関係が紐解かれれば人間はどこに辿りつけるのだろう?

 「音」のすべてを徹底解剖!ってどのさじ加減、とても興味がありますね。

書店ガール

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 「釣りガール」「山ガール」からの「書店ガール」と。他にもいろいろ「ガール」のテイはあろうが、またまた、これもこの路線でちょっとヒットしているパターンのようですね。確かに「ガール」というニュアンスは「熱意」とか「人間らしさ」とか「信頼感・好感度」みたいなことをニュアンスとして伝えるに便利なフレーズなのかもしれない。電子書籍vsみたいなことが世の中的に氾濫・蔓延しているところへダイブ!みたいな路線でしょうね。あっ!そうそう「歴女」的なフレーズもあったし「戦国ガール」みたいなフレーズもあったがいわばこれらはひとつのパータン的な戦法。なぜ、この場合「ボーイ」や「男子」が採用されないのか?男子のイメージには「高感度」や「繊細さ」や「動機付け」などを連想されない何か慣習的な背景があるのだろうか?市場に受けたから連携・共鳴させるはこの業界のテッパンだろうから、この「書店ガール」も論法的には正解なのだろう。

 で、「男社会に風穴を開ける、爽快お仕事小説。」というキャッチフレーズも男子サイドからも納得してしまうほど何かが蔓延している「ありき社会」の大前提があるのだろう。紙の本が並んでいるリアリティーと、本は本屋で売っているのが一番素敵だものと、ガールに言わせている。つまり、ガール目線での価値感を持っていないと男社会は無味乾燥ですよとまでもいかないが、それに近い切り口なのだろう。

 私も確かに書店で本を買うという行為は何かのリアリティーを同時に購入している感覚があるし、宅急便でケースに梱包された書籍が会社に到着して・・・というテイよりも、書店の袋に入って持って帰ってくるというリアリティーが書籍の価値・真価のような気もする。まして、紙の書籍と電子の書籍の違いとは???などと深く考察しても仕方なしと感じているので、電子の書籍を読む気にはなれない。タブレットのスマホの中にある文字を認識して「本」だとは思えない。というか正確にはあれは本ではない。どれだけ映像や音声が連動しても「書籍」ではない。読者はあくまでも「書籍」を読みたいのであって、文字を情報として目で追いただいだけではないということをデバイスを創っている人は理解しなければ・・・って、これも、無味乾燥なアメリカ文化だから致し方なし。シェアやリサイクルも概念的にはいいが、質量と触感のある書籍が私は読みたいのである。ページをめくるスピードで文字を追うスタイルを止めて、タッチパネルのスクロールでは文章と文章の間のイメージが風景が著者の狙いとビジョンが抜け落ちるから。

怖くて動けなくなる理由。

 「「やっぱり 怖くて動けない」がなくなる本」という書籍ある。石原加受子さんという著者が書かれている。その紹介文には「恐れ、不安、焦りに振り回されない 自分中心心理学」という説明文がある。怖くて動けなくなるということが、絶対恐怖ではなく、心理的な恐怖のことかと知った瞬間に、この書籍に対する興味が湧いてきた。世の中にはどうしても一歩が踏み出せない人がいる・・・と、誰でもそうじゃないでしょうかね。自信がなく、我慢する、諦める、決心できないって、普通のことだと思いますし、これって、実は悪いことではなく、人間の心理として正常な反応のような。「もう、怖くない!思い通りの人生に変わる!」って広告には書いてあるし、「今度こそ、我慢したくない。諦めたくない。」「本当は誰だって怖いと感じている」「きつい人間関係も、こちらの出方しだい」などと処方箋の入口のような意味合いのことが書いてあるが、逆、それぞれ個人がそれぞれに自分の思い通りの人生を突き進む世界ってかなり危険信号。言わば、ネットの世界はそれを仮想で実現できるから人間がとりこにされている。虜ならいいが、ネット世界の奴隷に成り下がっていくとしたら危険危険。

 だから、「思い通りにならない」ことを「怖い」などと考えぬこと。そんな風に捉えてしまうと、またまた、デジタル仮想空間の温床へ逃げ込むための正解に化けてしまいますね。クラウドなど実は崇拝するに値するわけではなく、ただ使えばいいだけ。スマホやタブレットのアプリもよくよく分析・洞察していると便利に見えて、普通のことをアルゴリズム化しているだけ。決して、崇拝するような代物でもないし、便利ということでもない。

 で、本当の怖くて動けなくなる時って、頭で考えたり情報として処理する前に、本当に足が身体が止まりますからね。まだまだ気持ち的にも時間的にも体力的にも余裕があるんですよね、「理由」を考えられるってことは。

Unity3.1.4解禁!

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 ってほど大げさなことでもないのですが、意外と意外、これはかなり大ごとかもしませんね。この書籍の発行にあたっての経緯や背景がまたgood! 本来ゲームメーカーの内部資料として英語版を翻訳したところからがきっかけのようです。だから、当然、本体のエンジンは英語版。おおっ!久々の英語版のソフトへのダイブか!ととてもウキウキワクワクドキドキしています。

 書籍にはDVDも付いていてサンプルデータも充実している。さらに著者のミシェル・メナードさんというの女性がなんとも魅力的なんですね。「もしあなたがその仕事を楽しめていないのなら、楽しいモノなど創れませんよ」と言っている。まさにである。

 しかし、その反面で「書籍を読んだり構想を練ったり設計図をしたり会議をしただけで、仕事を完成させた気になっている人がほとんど。特に会議を繰り返して結論が出た段階で気持ちがゆるむ人が多いです。」と。「ホントの仕事とは自分で考えて、動いて、創って、例え、予定していたモノに仕上がらなくとも、完成させるということが何よりも大切。」それを見たら自然と次に創りたいモノが見えてくると。なかなかいい見解ですね。

 そして、書籍を出版するということについてもこんな手記が添えられている。「ウイストン・チャーチルはこう言いました。本を書くということは冒険である。初めのうち、それはおもちゃであり娯楽である。次第にそれは愛人となり、支配者となり、暴君となる。しまいには泣く泣く自分自身の奴隷となりながら、その怪物を倒し、公衆へ投げ捨てることになる。」と。へぇ~モノヅクリの真価を見事に文章化しているしている。

 で、注意する点は二つ。「楽しむこと」「完成させること」。そして、もうひとつあるとしたら、創っている自分自身を上手くつきあうこと・・・かな。

つながりすぎた世界。

 「つながりすぎた世界」という書籍がる。インターネットが広げる「思考感染」にどう立ち向かうのか!?というテイ。ネット時代の黎明期から知るシリコンバレーの重鎮が示す処方箋ということ。これは面白そうな書籍ですね。

 確かに、「繋がる」のは人間の本能だからいいとして、それが満腹中枢を刺激してここまで感染していると仮定すると、いいも悪いも二の次になってはいないですか?という疑問だろう。繋がるのはいいとして、繋がり過ぎているという感覚は何がどうなのか?ちょっと、立ち止まりそのあたりを再確認してもいいんじゃないだろうか、ということだろう。

 過ぎたるは~にならぬよう、適正な「繋がり」の距離感を測りたいものです。

「もし、パソコン~なったら」という書籍。

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 なかなか、アイディアのある書籍ですね。これで全95ページで¥1,260はちょっと高いが、それでも、これは「買い」だった。ということは、深く考え過ぎてWEBサイトを創るために情報を収集して組織で会議して検討に検討を重ねひねくりまわした結論を正解と誤解して公開した後、結局、検討した面子のポテンシャルの低さからWEBサイトが活性しない。これがよくあるパターン。地頭の地肩の強い人はまず創る。そして、トライ&エラーで正解を引き寄せる。探究心と好奇心を持ってWEBサイトをツールとして活用して結果を出す。これが正解。っていう意味で、「恐らくこんなことが書いてあるだろう。」という印象で手に取り、「やっぱこのような内容になるか・・・。」と確認が完了しても、この書籍は「買い」なのである。これが、感覚の判断。¥1,260でこの内容か・・・などと判断し始めていい本にである試しがない。いやいや、検討は大切だよ、もっともっと慎重にしなきゃ!とよく人に言われるし、いい加減な判断や中途半端な報告や提案をしてご迷惑ばかりかけているが、でも、結局、想定内の大正解でも、状況が変化することを知っていれば、とりあえず反射優先で7~80%の答で先に進んだ方がいいと考えている。

 想定ばかりしていると悪いことしか浮かんでこないタイプなので、迷いをふっ切るために、行動ありきで答に近づきたいと思っています。

 この著者曰く、「人生3回目の革命が起こっている」らしい、それは、農業革命、産業革命、そして、情報革命。そうかそうかそう捉えると不確実なノンバーバルな時代だ。実際、25年以上パソコンは使っているが、「パソコンは苦手」である。できれば、アナログなツールで仕事をしていたい派ですが、それも革命なんだから仕方なし。そこは諦めてただ道具として使ったらいいだけ。「スギさんはパソコンやソフトが好きですもんねぇ~」と何の脈略のないことを言われても、へへへといなせるのは、好きでないから。まぁ、言えば、パソコンなど便利なノートのようなものであり、車など便利な靴レベル。「ええっ!そんなことも知らないの?」とか「なんでワックスしないの?」とか言われるが、ノートはノートだし、泥が付くのが靴なんだから仕方ない。

 ただ、「利益を出すホームページ」には理由がある。そこがこの書籍の真価であり、自分自身の呼応しなければいけないポテンシャルの部分でしょうね。という意味で¥1,260は適正かな・・・。

「舟を編む@三浦しをん」出た出た!

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 出た出た、しおんさんの新作。これは「買い」だろう。

10年後に食えない仕事!?

 「10年後に食える仕事食えない仕事」という書籍がある。グローバル化で職の72%は価値を失う!ってこの警告どうでしょう?あのエリート職業は消え、生き残るのは泥臭い仕事?賃金が下がり続ける仕事とは???なるほどなるほど、これが現在の日本のリアルでしょうね。年収の格差についていろいろなモノサシがあるが、もっとリアルな話がこの書籍の中には展開されているだろう。しかし、72%ってえらいリアルな物理定数である。今、考えられる10年後も食える仕事の28%って何よ?ということですが、まぁ、パレートの法則をトレスしながら、20%と80%にしなかったの著者はなかなかイケる。

 で、「食える」という表現、「グローバル化」という表現をどのように連結させているかについても、ひとつ、紐解きたい一冊ですね。確かにこの10年でいろいろな変化が起きるでしょうし、10年前から現在を洞察・分析しても相当な変化があるわけですから、この変容が今後、落ち着くとは考えにくいし、この変容に振り切られるか変容を逆にかき混ぜるかで立ち位置が変わるんでしょうね。

 さてさて、10年後、誰が食えて誰が食えないのか。10年後は57歳か、食えない人間にはできるだけなりたくないものです。

セルフ・モチベーションのススメ。

 「やる気をコントロールできる人が、成功する。」「1日3分で人生が変わる」という書籍。小笹芳央さんというリンクアンドモチベーションの代表の著書がある。「これまで凝り固まった「自分」をほぐす」「捨てるべき固定観念と習慣と決別する」「変化に向けて心と体を温める」「隅々まで鍛え上げる」「新たなな自分創りを継続する」と叫んでいる。どれもこれも間違ってはないなが、すでに、多くの人達がこれは実践していることだろうし、多かれ少なかれなんとかしたいと日々試行錯誤しているんじゃないだろうか。書籍というテイだからたぶんこうなるんだろうが、言語化する時の臨界点を明確にする必要がある。どうしても言語化する可視化するということで、次から次へ市場に登場する電子機器を売ろう売ろうとさせるベクトルはまあ経済の活性に繋がる仕組みだからいいとしても、言語化の論化の限界点をしっかり掌握しなければ、大前提が狂っていることにフォーカスし忘れると、結果、一周回ってこのような書籍を買うはめになるのである。と、恐らくこの書籍は買わないのでこうなっちゃうのですが、この言語化された書籍という情報物には大きな前提があり、なお且つ、さほどアフターフォローはない。たかだか840円の書籍にそんな大義名分を求めてはいけない。だから、正確には840円分の何かが得られればそれでALL RIGNTという前提を840円で売っているが書籍の価値を落としているのである。

 で、SNSなどのネットコミュニケーションも同じ。別に誰がどこで何を食べて何を考えているなど興味はない。なのに、それらを言語化するだけで「情報発信」しているという勘違いが現在のネットの中で発生している核融合だろう。で、放射能は漏れているのか漏れていないのかということでは、確実に漏れているということ。まぁ、個人情報が漏れたことでチェルノブイリにはならないし、福島にもならないが、実は、この価値観、人畜無害なだけに、このウイルスは強力である。それに気がついている人は恐らくSNSから距離を置いているはず。これはウイルスに感染した人が情報に魂を委ねてただ安眠したいという価値を秘めたシステムだからなのである。

 まぁ、これは、パラノイアないつもの暴論ですが、こんな非言語的なことを考えて、自分自身のモチベーションが上がればそれはそれでいいかなと・・・。いつか「ミレニアム」のようなメディアを創りたいとも考えているが、それはそれとして。ここはストックホルムではないですし・・・。

ミレニアム1(上下)。

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 う~ん、やっぱ、我慢できずにTAKE IT. DVDのレンタル待ちってこともフィンチャーだから我慢する価値はあるのだけれど・・・う~ん、やっぱ、これは買ってしまうでしょう。ということで、読み始めてしまいました。

 本体のお話はしませんが、この著者「スティーグ・ラーソン」は「ミレニアム1・2・3」全6巻が処女作であり遺作だというこれまた強烈な存在感とリアリティーがある。どれだけドラマチックかというと、1954年スウェーデン北部に生まれ、スウェーデン通信でグラフィックデザイナーとして20年間働き、英国の反ファシズムの雑誌「サーチライト」に長く寄稿する。1995年、人道主義的な政治雑誌「EXPO」を創刊し、やがて編集長を務めた。一日に60本もタバコを吸うヘビースモーカーで、仕事中毒でもあったと。パートナーである女性の協力を得て2002年から「ミレニアムシリーズ」の執筆に取りかかり、2004年に三部作の出版契約を結ぶ。2005年、第一部「ドラゴン・タトゥーの女」が発売されるや、たちまちベストセラーの第一位になり、三部作合計で破格の部数を記録。社会現象を巻き起こした。しかし、筆者のラーソンはその大成功を見ることなく、2004年11月、心筋梗塞で死去。享年50歳と・・・。

 痺れる、なんと、痺れる人生だ。結構、いろいろな小説や書籍を読んでいると、47歳・48歳あたりから執筆活動をして50歳までに書籍を発行する人が多い。しかも、トビキリの作品を世の中に送り出すケースが多い。やはり、ものを書くということは、20代や30代ではまだまだなのだろう。文章がうまい、知識がある、財力がある、サポーターがいるってことで多くの書籍が世の中に出ているが、それでは時代を動かせないということ。やはり、人間の人生で47歳48歳あたりが、ガツンと決める年齢なのかもしれないぞ!そんなことを考えてしまうほど、痺れた。そういえば人気作家の東野圭吾さんも最初の執筆活動は47歳だったはず。人間、ある意味、ここにピークを持ってくるのが適正なのかもしれないですね。

 キングのような、フォーサイスのような、クライトンのような、セーガンのような、そして、高野和明さんのような作品を世の中に出したいものだ。

 で、タバコは死ぬまで止めません…って結論。

待望の文庫化「銃・病原菌・鉄」!

 1万3000年にわたる人類史の謎ってことで書籍のタイトルが「銃・病原菌・鉄(上・下)」ってことですが、ジャレド・ダイアモンドって何者???書店文庫ランキング1位登場で、発売1ヶ月で25万部突破!ってこと。現在の世界に広がる富とパワーの「地域格差」を生み出したものとは何か?文系・理系の枠を超えて最新の研究成果を縦横無尽に駆使して、世界史の壮大な謎に挑んだ知的興奮の書ってことですね。ここまで知って結論は出ました。

 で、この書籍は、うん、買いだな・・・と。

バイブルバイブル。

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 あるお仕事の資料として最新を入手した。何歳になってもこれは全てのバイブルバイブル。何がこの中にあるって、全てある。なんだろう、この絵を見ているだけでドキドキするのは。なんだろう、こうして手元にあるだけで自分の中のスイッチが入る感じ。

これもどうやらアタリらしい。

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 これもどうやらアタリのようです。ひさびさだな、アクタガワは・・・。

「道化師の蝶」という非線形科学。

 まだまだ何も詳細は掌握していない。ただ、「非線形科学」という切り口が気になっている。これを検索すると「非線形科学(ひせんけいかがく、英: Nonlinear Science)とは、非線形的な現象についての科学である。旧来の、もっぱら線形代数だけで説明できる現象を対象とする科学を「線形科学」と呼ぶことができるが、そのような「線形科学」と区別して、「非線形科学」と呼ばれる。」となっているが、さすがのウィキペディアでもこの程度。そして、「フリンジ・サイエンス」という言葉には、「非主流科学」「疑似科学」などと訳されているらしく、研究者は科学だと主張するも、科学として認められていないものをさすとのこと。さてさて、「科学」とはいったい何?からはじまり、このテイの存在とはどこへ向かうための推進力たるのか?カオスが叫ばれ、生物の多様性が叫ばれ、すべてをバタフライエフェクトで処理しようとする線形思考に対する対極にあるもの。いや、この際、「対極」という示唆も適正ではないだろう。さてそんな世界を芥川賞というクラスで何がどう展開しているのか?それは確かに確かめたい気持ちがある。どうやら、「共食い」と比べて審査が大きく二分されたらしいが、ならば、読みたいのは「道化師の蝶」だろうみたいな。さて、現在「ジェノサイド」が残りページ10%程度になってきた。非常に楽しみながら併読しているので、ここまで来てしまった・・・もう少し楽しみたかったのに・・・ここで一旦止めようかな・・・とか考えてしまうほど面白い。あと10%。どんなオチなのか?いろいろ想像を巡らせている。実は小説はここが一番面白い。想像できる文脈を想像以下のレベルでトレスするのか、いやいや、想像以上のクラスを体験できるか?これが一番楽しいひととき。

 で、「イール」は600ページが「上・中・下」とあったので相当楽しめたが、「ジェノサイド」はもっと文章があってもよかったかもしれない。あ~あ、あと10%か。ちょっと待とうかな、今晩読み切ってしまおうかな・・・という感じですね。次は「道化師の蝶」かな・・・。

 しかし、「フリンジ」の原作はないのかな?もしご存知の方がおられたら情報をくださいませ。

クリエイティブ・クラスの世紀とは?

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 その表紙にある「産業革命に匹敵する大変化」に引き込まれた感じ。目次から気になるコンテンツからあとがきからじっくりチラミ!?して購入した一冊。ちょっと前の書籍ですが、なかなか、時代の切り方が巧みですね。まぁ、このテイの書籍ででっかくなった頭でそれが知識になっているのか知恵になっているのか?はたまた形式知になっているのか暗黙知になているのか?は実感はないが、実感のない無意識の領域でもし何かのタイミングでこの書籍の中に存在するフィルターや価値観が化学変化を起こして新鮮な何かが生まれればそれでいいかなというアプローチです。

 で、たかがクリエイティビティ、されどクリエイティビティ、しかも・・・、だからクリエイティビティなんでしょうね。でもねとかそれでもとか考えずにあくまでも「だから」。

絵のない絵本@アンデルセン

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 なんと初版が1953年10月5日。そこから重版でこれが第72版と。いやはやである。で、アンデルセンの物語感に言葉のチョイスに文脈の構成にその全ての世界観を楽しんでいる一冊です。へぇ~という新鮮な驚きがあります。小難しい書籍ばかり読む傾向にあるので、たまにはライトに感覚的にと思って買った一冊がその体裁に反して想定外にDEEPだったりします。だから、書籍は面白い。だから、書店に出向くの楽しい。ネットやタブレットデバイスではこの感動はないない絶対にない。

「あなたの中の異常心理」について。

 異常心理の危険度チェックということでこのようなQがある。それは、「完璧にこだわり、白黒つけたがる。人の顔色に敏感で、見捨てられないかと不安だ。愛する人を自分のものと思ってします。親子関係がぎくしゃくしたり、親に過度に支配されている。依存しやすく、感情のコントロールができない。」など。さて、この質問にどのように対峙すればいいか。まぁ、これは新聞の紙面でのライティングですから、どこか広告としてフォーカスしている文脈ではあれど、このチェックリストに5つともチェックを入れてしまうような人っているものなのだろうか?それともこれは広告の手法としてちょっと切り口のエッジをたてているだけ?

 また、本文コピーとして「誰もが心にとらわれや不可解な衝動を抱えている。そして正常と異常の差は紙一重でしかない。本書はそんな現代人の心の闇を解き明かす。完璧主義、依存、頑固、コンプレックスが強いといった身近な性向にも、異常心理に陥る落とし穴が。ストレス社会をうまく乗り切るための、現代人必読の異常心理入門。840円@幻冬舎」である。さてさて、この処方箋は薬か毒かみたいな。

 そもそも、正常な「心理」とはどこを基準点にすればいいのか?という考察が未設定のまま、いきなり、愛する人を自分のものだと思うことが異常心理だという仮説から入らされると、全てが異常だというテイにならないだろうか。逆に人間の正常な心理とはという部分をしっかりと古今東西の基準を確立させて、現代の闇を語るべきかなと。

 ナイフで腕を切りました。これは傷口が深いから5針縫う必要がありますと診断されて麻酔から縫合に至る間、人間はこの傷のことを考える。何故腕を切ってしまったのか?このままだと出血が止まらないし縫合しなければ傷口の治癒が遅れるばかりか、化膿する可能性が高くなる。だから、殺菌と化膿を止める薬を施術してもらいながら、自己治癒力を待つ。例えばこれがナイフの傷口に関する一般的な捉え方。では、腕を人間の心理に置き換えるとどうか?予期せぬ言葉を浴びせられ心に傷がついた。このままこの傷を放置しておけばこの傷が別の正常な心理に悪い影響を及ぼして正しい心理状態を維持できなくなり、日常生活やモラルや規範を維持できなくなる可能性がある。だから、カウンセラーに相談してこの傷について分析・洞察・治療をお願いする。そのプロが書いた著書がこれだから、その数多のノウハウがこの書籍にはちりばめられているはずだという推定。

 ここまでは恐らく誰でも多かれ少なかれ思い至る場所。でも、世の中に氾濫している「正常」と「異常」について、まして、心理的な意味でこうだからこうだとか、こうならばこうすればいいという処方箋はケースバイケースだから簡単に容易に成立しにくいような気がする。完璧にこだわり、白黒つけること。人の顔色に敏感で見捨てられないかと不安になり、愛する人を独占したいと思い、親子間のぎくしゃくな、時に支配(愛されている)されているという誤解も、依存したり、感情のコントロールが不安定になること、これらはすべて人間の心の特長・特質である。確かに紙一重という部分で人は生きているが、これは正常、これは異常と分けなくても心は大丈夫なような気がします。専門家ではないので、何の根拠もありませんが、人の心はそんなに弱くないような気がします。これは現代人の異常な心理なのかな?

お金に依存しない生き方。

 「草むらの中で、食用油の缶を積み上げて作ったかまどを前に、髭面のいかめしい男が半裸の状態で座っている。これはどうみたってベストセラーになるような本の表紙ではない。」という記事がある。この書籍のタイトルは「ぼくはお金を使わずに生きることにした」というマーク・ボイルという男が著者である。彼が提唱している「フリーエコノミー」という言葉があるのですが、彼がWEBサイトで立ち上げたフリーエコノミー・コミュニティーは160カ国3万5千人に及ぶらしい。フリーエコノミーということで自由主義経済になぞらえると「自由経済」になりそうだが、そうではないらしい。彼が言うところの「フリー」とは「ただ」「無銭」のことであり、自由は自由でもお金という価値からの解放なのだそうだ。「カネなし経済」の意義を、自らにそして世界に向かって実証すべく、ボイルは2年半お金を一切使わずに暮らしたそうである。この書籍はその最初の1年の経験を克明に綴った貴重な記録。通常、経済とは自然界から受ける恩恵を共同で管理運営していく方法であり、自然とコミュニティーあっての経済だとライターは言っている。しかし、現代人のほとんどが、経済と言えばお金のことで、マネー経済こそがこの世で唯一の選択肢であるかのように思い込んでいると警鐘している。その惨憺たる結果が今日々目の前で繰り広げられている。当事者とし我々が「お金病」に病んでいるのか否か?さてさて「お金」とは薬か毒か?みたいなこと。

 価値と価値の交換の代用としての「お金」がそれだけで価値を生みそれが価値の基準に鎮座する世界を果たして経済世界と呼べるのだろうか?みたいなアプローチでしょうね。基本的な物々交換こそが実はネット社会をより効果的に潤滑に活用する軸のように思えた。無料ゲームでポイント溜めて割引してもらう場合のこの「割引の価値」ってどこに還元されている?宝くじの資金は国の経済に活用されているって具体的に介護用の自動車や事業に流れているが、欲が金になり金が価値になり、価値が欲になる。どこにもリアルの介入する余地がなくった。ネット社会でさらにそのテイが頑強になる。不思議な不思議なバリア。もう、マジンガーZはプールから出ることができない。

すばらしい人間部品産業。

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 あったあった、これこれ。一体この中に何が潜んでいるのやら。楽しみ楽しみ。

最終兵器の夢。

 H.ブルース・フランクリン著「最終兵器の夢」という書籍があるらしい。その紹介文は慶応大学の教授が書かれた文章でこう記載されている。「アメリカ文学とテクノロジーの関わりに鋭利な洞察を与えた名著がついに邦訳成った。著者は19世紀アメリカ・ロマン派文学、とりわけハーマン・メルヴィルの研究とともに19世紀アメリカの先駆的SFをずらりと集めた名アンソロジー「未来完了」編纂でも広く知られている。ゆえに本編初版が1988年に刊行されて間もない91年に来日し都内の各大学で講演したときには、彼の興味がカート・ヴォガットらのポストモダン小説やヴェトナム戦争小説にまで拡がっていたに瞠目した。しかし、どんな対象を選んでも、その方法論にはたえずアメリカ分化史の奥底から政治的無意識をあぶり出し、最も先鋭は同時代批評を行おうとする反骨精神がひそむ。本編の視点は「ウォーズ・スターズ」がSF映画「スター・ウォーズ」とともに1983年の米ソ冷戦末期、ロナルド・レーガン第40代アメリカ合衆国大統領が発表したSDI(戦略防衛構想)、すなわち敵国の戦略ミサイルの発射直後に宇宙空間から撃ち落とすという通称「スター・ウォーズ計画」の双方をかけているのを見れば、あまりにも明確だろう。それがたんなる洒落に終わらないのは、著者がSDIの起源を18世紀末から欧米で活躍する天才的軍事発明家ロバート・フルトンに求め、その思想が以後のSF的想像力に連綿と受け継がれていくのを克明に辿っているからである。いっさいの敵を撲滅する超兵器の発明こそはいっさいの戦争を終結させ、この地上に永遠の平和をもたらすであろうという、あまりにも逆説的な夢。かくして彼の開発した戦闘用潜水艦ノーチラス号はSFの父のひとりヴェルヌの代表作「海底2万マイル」(1870年)で急成長し、ウェルズからハインラインへおよぶ一見荒唐無稽な物語で一杯のSF史は現実の最終兵器技術史と分かち難くかみ合いつつ進展していく。本書が抄訳なのは残念だが、2008年度の改訂増補版を活かした章からは、著者の長年の理論が9.11同時多発テロ以降ますます意義を増していることが、実感されるはずである。」としている。

 今、「ジェノサイド」を60%程読んだ段階で、アメリカという国の描き方が本当にどこを始点にしているのだろうと感じながらページを進めている。その一つのルーツにこのような思想があるとしたら、海外のSF作品をより深く知るためにはより楽しく読むためにはこのテイの書籍を手元に置いておく必要があるのかなとチェックをしている一冊です。

 で、逆説的なって、本当に人間の脳は相対性が好きなんだな・・・。

例え顰蹙(ひんしゅく)を買っても・・・か。

 「20代で群れから抜け出すために 顰蹙を買っても口にしておきたい100の言葉(千田琢哉著)」という書籍がある。「上司を飛び越えて仕事が成功して、こう説教されたら。」というケースで、上司にこう問い詰められたら・・・「どうしてひと言オレに相談しなかったんだ?」と。そこでただ一言、「遅くなるからです。」と。勇気を出して、心の叫びを口にしていこう!的なノリの言葉が100個か。

 この広告にはこうも書かれている。「成功者たちの共通点 人生を変えたきっかけは、うっかり口が滑った瞬間だった。 口を滑らせない能力を身につけ粗相なく生きたとしてもその先に待ち受けているのは気が遠くなるほどの長蛇の列。だったら早めに口を滑らせて脱線して、自分でレールを創ってしまえばいい。」とある。まさに!災いの元と警戒している内に自分の言葉を失うってこと。

 ある世界の機関が全世界の中学生を対象に自分の国を誇れるか?という質問をした。アメリカ、ヨーロッパ諸国、中国の中学生は50%以上が自国を「誇れる」と答えたが、日本人は20%だったらしい。そうでしょうね。「誇れる」の基準がさてどこであれ、その詳細が不明なテイであれ、「誇る」は「誇る」である。そこがどんなディテールであれ誇れない80%はたぶん長蛇の列を選択しているのだろう。

 確かに上司に恵まれるという確率と脱線して自分のルートを創造して恵まれる確率を比較してもそののびしろは明確だろう。なぜ、年上に、なぜ、経験者に、過敏なリスペクトをしなければいけないのか?まずそれが疑問であるし、同意できなポテンシャルの顎の下に入ってもアッパーを打ちこむ捻じ込む勇気がなければ同じこと。脱線が正解。御大のリーチが届かないエリアでステップを繰り返しているうちにそんな相手は持久力を失うだろう。ある意味、顰蹙を買うことで空気を読んでいる結果になる場合って意外に多いんじゃないかな。若い頃は自分で金を出して顰蹙を買えってこと。そう思うと自分自身そこにかなり授業料を払ったような記憶が蘇る。

 で、長蛇の列はどこ?って感じなのでしょうね。確かに並ぶのは好きではない。この書籍ちょっとチェックかもしれないぞ。

折れない折れない・・・。

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 45万部とはこれまた素晴らしい書籍。そこまで売れるのかそこまでニーズがあるのかって感じですが、あえてチラミしたらなかなか。思わず買ってしまった一冊。折れる折れないでいうと確かに確かにっていうテッパンが散りばめられてる。インデックスをチェックした段階ですが、かなりかなりテッパン中のテッパンを列挙している。逆にこの著者に興味が湧くっていう流れの一冊ですね。

 しかし、話は変わりますが、最近、親友から頂いた書籍を読む時間を作っている。あまりというか人から進められた書籍を読む機会は極端に少ない。視野が狭くジャンルも狭い最近の傾向を打破するべくこういう機会を設定して頂き私も渾身の3冊プラス1を送った。しかし、いずれも1ページ目からキツイ。自分でセレクト・チョイスしなかった書籍がこれほどキツイとは想定以上。ただこのキツさも鍛錬であると捉え視野を広げるための訓練と捉え2ページをめくったがさらにキツイ。う~ん、ちょっと、また読み始めるタイミングを見計らろうと思っています。逆にこれほどキツイ書籍をチョイスしてくるあんたはエライ!私にこの書籍をチョイスするあたりの破天荒さが実は自分自信に欠けているとい想定してなんとか3ページ目を開こうとしたが、手が止まる。う~ん、キツイぜ!かなり好き嫌いの激しい自分がまさに浮き彫りになる感じ。裸で滝に打たれるよりキツイ。

 比較的、折れない心を持っている私の心が折れそうだった・・・。逆にスゴイのか!?

動的平衡2

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 ということで「2」である。「1」から「2」へこれほど期待している書籍はそうそうめぐり合うことは稀有である。類まれなるこの書籍のこの展開。この出会いはかなり凄まじい。1から2にかけてここまで埋蔵物の真価のルートが明確でその埋蔵量たるや想定以上である。今でも「1」に記述されていたことがあらゆる日常の場面でフラッシュバックするし、自分自身の思考のルートに淀みがなくなったことが、福岡ハカセが言っておられた「淀み」とも「渦」ともシンクロしている感覚がいやはや・・・である。原論は海外のようですが、なになに福岡ハカセの切り口は秀逸至極。養老さんが「馬鹿の壁」で構築した城壁を一気に飛び越えた感覚。いずれも生物学的なアプローチとミクロな分析がベースになり、しかも、世界の研究論文から歴史のルーツにまでその軸はかなり太い。この軸、モノホンだと直感で感じます。

 「デカルトの罪」か・・・。なるほどね。

営業マンは「お願い」するな!

 サンマーク出版からの一冊。加賀田晃さんという著者である。そのタイトルが「営業マンは「お願い」するな!」ということ。「のべ800社を越える、3万人以上の営業マンに伝授した「買ってもらう」から「売ってあげる」営業マンに変身する方法!」ということである。「契約率99%の「営業の神様」が伝授する、営業の真髄。」ってことだからその広告文に列挙された30個のお品書きについてひとつひとつ考察したい。

1.営業マンの運命を分けるのは「考え方」である。
>まぁ、このあたりは当然でしょうし、「考え方」も十人十色ですし、可もなく不可もない導入ですね。

2.何も売らずに帰ることこそ無礼千万と思え
>なかなか、こうは考えにくいですね。そもそも「無礼千万」ってどこが軸足?

3.お客に納得してもらう必要はない
>営業マンだって、1周回ってお客だった過程があるわけで、やはり、必要はあるでしょう。

4.売れない営業マンほど商品説明が長い
>それは結果論ですね。何を指して「商品説明」としているかについても一概にこうは言及しにくいんじゃないかと思いますが・・・。

5.インターフォンは壊れていると思いなさい
>で、インターフォンで何をするのか?

6.買うことを前提に、二者択一で誘導せよ
>まず、買うこと前提にって、無礼千万ではないのか?

7.アプローチで絶対に断らせないトーク術
>この書籍は買わないので、この件はお蔵入り。

8.人はみな”重要感”に飢えている
>というより、価値感の共有でしょうね。

9.見るもの、聞くもの、ふれるもの、すべて利用すべし
>当然。

10.人間の「服従快感」を刺激して抵抗力をなくせ
>人間の深層心理における意識と無意識のお話!?それとも交換神経と副交感神経のお話!?心になる8つ門と7つの煩悩と5つの感覚を「服従」というテイで刺激するとは?それって、結果、抵抗力をなくしている人にってことは、砂漠で水に飢えている人に水筒を渡すみたいな・・・!?それは正確には服従快感かな?これも迷宮入り。

11.ほめるよりも「質問」しなさい
>確かに。

12.手相・人相でお客との距離を一気に縮める
>できる営業マンっていろいろ才能が必要なんですね。

13.お客に”喜びと恐怖”を与えるトーク術
>これも迷宮入り。アメムチ理論のようですね。

14.プラスとマイナスでストーリーをつくる
>イケてる営業マンは物語も作るんだ!?

15.必要性を話すまでカタログは出さない
>なるほど。

16.事実ではなく「意味」を説明せよ
>一旦、紹介してくださいってことですね。

17.「いかがでしょう?」とは絶対に言うな!
>確かに!でも、人間と人間のコミュニケーションですからたまにはいいと思いますが。

18.クロージングは「加賀田式」の最終兵器
>迷宮入りアイテム。

19.「興奮が足りなかった」100%の神話のストップ
>???

20.いまでも覚えている「完全無欠」の抵抗
>コロシアムで戦ったのだろうか?

21.サービス品はここぞの場面で使え
>この「ここぞ」が一番難しいのですよね。

22.イエス・パッド方式で話すと一気に抵抗力を切り崩せる
>???

23.商品のマイナスは伝えるべきか否か
>TPOでいいのではないでしょうか?

24.「失礼ですが」と一言添えるだけで、お客の反応は180度変わる
>そうかな?

25.相手を意のままにあやつる極意とは?
>そんなのは思いこみですね。逆に操られているのでは?

26.人間は自分がいちばん大事、しかもものごとには順番がある
>その真理は口外しない方がいいのではないかな。一番何が大事かなんて最も基本の基本。

27.「当然意識」を会得した者がスーパースターになれる
>誰しもスーパースターになりたいのかな?

28.品よく、さりげなく断定すれば相手は「暗示」にかかる
>これも先入観ですね。これらのことはたぶんイタチに聞けばいいだろう。

29.あきらめるのは、あきらめないと決めていないから
>でしょうね。

30.モノを売るのはすべて相手の幸福のため
>なかなか、これは言えそうで言えませんね。これを言ったことで逆に多くのリスクが存在しますが、それも踏まえてあらゆる先手を打っているなら、何手も先を読めているなら、それはそれで正解でしょう。しかし、世の中の価値観は想定外ばかり。そこに対して「すべての相手」と言ってしまうと、墓穴を掘ることになるかもしれませんね。策士は策に溺れてホントの策を知るみたいな。

 この書籍は買いませんが、ちょっと、ツッコミたくなった一冊でした。

「欲望を生み出す社会」について。

 スーザン・ストラッサー著の「欲望を生み出す社会」という書籍の説明について。「米国でどのように大衆消費社会が生成、発展してきたかを丹念な史実の収集を基に解説する。従来のこうした研究は第2次世界大戦の1945年からの高度成長を基点とするケースが多いが、本書は1880年頃から1920年代までの生産・消費活動が大衆消費社会を生み出したと指摘する。この時代に日用品のP&G、加工食品ハインツ、カミソリのジレットなどが大量生産体制の基礎を築き、商標、ブランドを押し出して生活者の中へ浸透していった。それまで市場に出回っていない商品であるために広告・宣伝によって消費者に理解させる必要があった。大量消費をさせるため、商品を使い続けるよう消費者を啓蒙する面もあった。簡便さ、先進性などが消費者に評価させると新製品による習慣化が始まり、ライフスタイルが変わる。大手流通事業による多店舗化、今のネット通販につながるカタログ通販などの販路が誕生したのもこの時期だった。欲望は時代や社会的な文脈によって変わり続ける。今では人々はもやは消費するだけでは満足せず、地球環境に配慮した商品を受け入れていることで明らかだ。私的であるはずの消費が公的な意味合いを持つようになってきた。政治がそのことの気付き、欲望に対応できる政策を立案する新たな議論の場を設けるべきだとの著者の訴えは今も有効だ。」この文脈のポイントは「消費するだけでは満足せず、」の部分だろう。流通やメディアの仕組みが変容する理由はそこにあると共に、モノゴトが変容する場合、人間はそこにどうしても背景や意味や意義を設定しようとするが、そもそも進化の過程でこれらは完全に後付け。変容のプロセスでそれは同期しているよりも少し遅いタイミングで訪れる。それに対して、いくら議論・協議してもそのスピードが世の中の流れに同期はしにくいから、後手後手になる仕組み。ひとつ結論が出た段階で、モノゴトの座標はすでに2歩も3歩も前に変容しているみたいな。これが実は「欲望」の仕組みなので、この書籍が1880年代からの「それ」をどう分析してどう考察して、さらにどこまでの予見をしているかに興味がある。しかし、どれだけリアルな史実を収集してもそれらは絶対的に2歩3歩前のことになるから、あとは、この著者のイマジネーションと仮説力が勝負。

 で、そもそも「欲望を生み出す社会」としているのならば、まず、「社会」をしっかりと定義・規定しなければいけないあたりと伝えたい部分の、全体的な書籍としてのバランスはいかに???まぁ、書店でこの書籍を発見するタイミングがあれば、チラミする程度の自己ランキングですね。

「1分間英語勉強法」の仕組み。

 「1分間で英語がマスターできた!」「ベストセラー100万部突破!」「本当に頭がよくなる1分間英語勉強法」という書籍があるらしい。まずこのテイの書籍は買わないが、広告の文脈としての体験者の声、続々!ということで多くの文字が列挙されている。それは「潜在意識から切り替えて英語を学ぶこの方法は最強・最速です!!」「何をやればいいかが明確にわかるため、迷いなくすぐにできる」「一連の流れで、どんなふうに英語を勉強すればいいかがわかりました」「これなら誰でも、すぐに取りかかることができますね」「もっと早く、大学受験のときに知っておきたかったですね」「これなら私も、今度のTOEICに自信をもって臨めます」「最初は半信半疑でしたが、英語の勉強に関する疑問がすべて解決しました」「現在、大学受験中ですが、英熟語がとても大事だということがわかりました」「成績を上げるための行動指針までが示されていて、とてもわかりやすい!」「順番がいかに重要であるか。この方法は、今後も役に立ちそうです」「徹底して時間を短縮する考え方がすばらしい!」「英語に対する苦手意識がなくりました」「学んだことを行動に移して、夢をかなえます」「まずは今月から3ヶ月やってみます!」「勉強法を学ぶと、頭の中が整理されますね」「英語に対する見方が変わりました」「他の勉強にも応用できる内容ですね」「最短で合格できる、英語の勉強法です」「この考え方を仕事にも応用していきたいです」「試験当日に役立つことばかりで、モチベーションが上がりました」「この方法なら最強だ!と素直に感じました」「TOEIC受験を控えて焦っていましたが、これを機に勉強を始めます」「勉強するときに、自分がいかに無駄なことをしていたかを知りました」「同時に4色の蛍光ペンも一緒に手に入れておくことをオススメします!」「何度も挫折した英語を、また学ぶきっかけになりました」「成功までの戦略やステップが、すべて詰まった勝てる英語勉強法です」「最初は困惑しましたが、すごく論理的なので納得しました」「時間の無駄が多い自分の生活習慣にも、参考になることがたくさんありました」「常識だと思っていた勉強法が、すべて間違いだと知りました」「正しい方法で勉強すれば、私にもできると、希望が持てました」「細かい工夫がちりばめられていることに感謝!」「他の勉強にも、十分応用できる内容でした」「学生のときにマスターしていれば、英語が好きなれたと思います」「ちょっと不安でしたが、実際には誰にでもマスターできる方法ですね」「もう一度、学生時代からやり直してみたくなる、わくわくする勉強法でした」「受験生だけでなく、社会人の英語学習にもとても役立つ方法ですね」「限られた時間の中で結果を出すための英語勉強法!」「目からウロコの内容に感動しました」「英語に挫折した私ですが、もう一度やり直せます」とコピーライターの人お疲れ様でしたという感じ。

 で、一番、得したのは「4色の蛍光ペンのメーカーさん」だろう。

 そもそ、「英語」と「勉強」の相関性に着目している段階でNG。決して100万人を敵にしたいわけではないが、1分間は長いようで短し、短いようで長い。そもそも「本当に頭がよくなる」ということに対して自分なりの仮説や定義がなければ、ただの「鵜呑み」という錯覚。さてさて、¥1,470がアユなのか否か。

 ただ、適度なバイアスやリミッターやステレオタイプな感じを楽しみたいなら、そして、それを勉強法だと誤認識したいならこのテイはとても有効だろう。そもそも勉強法について自分のスタイルを確立している人やその勉強法で人生を切り開いて来た人ならここでこのタイプのつまみ食いはしないはず。(意地でもしないはず。)逆にこれが100万部も売れているリアルが実は一番驚愕かもしれません。「英語」ってしておけば誰でも喰いつくだろう・・・みたいなことがまず緩い。なんでこのテイの書籍で「理科」や「国語」ではないのだろう。「1分間理科勉強法」とか「1分間図工勉強法」とかの方がオモロイはず。

 皆さん、自分のタイミングで「I LOVE YOU.」を言いたいのだろう・・・。

「ジェノサイド」という挑戦。

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 で、2冊目はこれ。ずっとずっとチェックしていたが、なんとなく決め手ではなかった。確かにこの挑戦は気になっていたし、そこまで言うなら買いましょうか・・・とならなかっただけのへそまがりが、何故、購入したかのかとなると、その理由は明確ではないのが正直な部分。ただただ昨日は気分でということだけになる。そこまでチェックしていたのに買わずに保留していたのに・・・。かれこれこの作品は、半年以上知ってから放置していたが、別段、機が熟したわけでもないし、お金が余っていたわけでもない。でも、なんとなく新年になり気分が「読みたいなぁー」になったというか。でも、この気分が書籍を読む時にとても大切でもある。

 例えば、ジョブスの書籍はボロボロ出ているが絶対に読むつもりはないし、ベストセラーってことでも、よほどテイストとタイミングが合わないと買わない。この天の邪鬼ユーザーが「ジェノサイド」を購入した理由をは実は定かではなかった。でも、それは、1ページだけ読んでなんとなく決め手の入口が見えたような気がした。しかし、あの「パラサイトイブ」でさえ最後の最後では広げたふろしきでキレイにオチを包むことができなかったし、「容疑者Xの・・・」にしても後味はと言えば、決して上質だったとは言い難い。だから、最後の1行までこの一冊もいい意味の緊張感を持って読み進めたいですね。

今年の1冊目「動的平衡」。

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 書店でチラミしている段階では知らなかったのですが、購入して、スペックを読んでいたら、過去にこの著者の方の書籍を何冊か読んでいました。全くそういうテイで買ったつもりではなかったので、ちょっとビックリ。つーか、結局いろいろ読んでいるつもりでもいくつかのパターンの中で書籍をチョイスしているのかなと変な気分。小説以外はあまり同じ著者の書籍を入手することが少ないので、この前読んだ書籍の感じとちょっと比較しながら今回のテーマ「動的平衡」を解読しています。これもまた書籍の楽しい読み方のひとつかなと。

 で、「動的平衡」について、ざっとどんな感じなのかピンと来る人来ない人が在ると思いますが、私はこの書籍を手に取るまでこの「動的平衡」という語彙は知りませんでした。だから、著者のことは覚えていない、書籍のタイトル「動的平衡」についても予備知識はない状態で、手にして、目次を読んで購入といういつものパターン。で、15%程読んだ段階で、これはなかなか新年から縁起のいい一冊という確証を得ています。間違いのない2012年の1冊目ということでした。だから、ワンパターンも悪くないかなと。

スティーブ・ジョブズとアップルのDNA

 『スティーブ・ジョブズとアップルのDNA』~Think different.なぜ彼らは成功したのか?~という書籍が出たらしい。「テクノロジーライターであり、私設アップルエバンジェリストでもある大谷和利氏による著書です。スティーブ・ジョブズの突然の訃報から3カ月が経とうとしていますが、未だに世界に影響を与えた革新者への追悼&賞賛は止みません。常識に"No"と言い続けた不世出の天才ジョブズと、時価総額"No.1"にまで登りつめたアップル。なぜ彼らは成功したのでしょうか? 本書はその核心(DNA)を、日本でもっともアップルを知り尽くす大谷氏が40の視点から解き明かします。副題の「Think different.」とは、アップルに復帰したジョブズがアップルの基本的価値」と信念を示すために制作した1997年のアップルのコーポレート・スローガンのことです。常識にとらわれず、何かを成し遂げた世界の偉人たちが広告に使われ、今となってはジョブズもその一人として讃えられています。ジョブズやアップルはまさに「Think different.」を地でいくものでしたが、私たちが彼らから学ぶことができるのは「Think different.=人と違う考え方をする」ということではなく、「考えて、考え抜いたとき、世界(常識)が違って見えてくる」ということです。本書を読み、ジョブズの言葉やアップルのビジネス基準を紐解き、私たちの人生や仕事の本質をつかみとってほしいと思います。」という紹介文のメルマガが到着した。

 確かに「Think different.」は鮮明過ぎる。違う世界が見えるという感覚を否定でも肯定でもなくサラリと実現しているDNAについては本能の部分と体系化された理論の側面があるだろうが、でも、ジョブスはそのシンボルとして長く伝承されていくでしょう。しかし、「人生や仕事の本質」という部分で言うならば、世の中の構造は想定外の連続であり多様な層にさらに多次元のベクトルが実際にガチで存在しているはず。一枚一枚スキャンするには人生は短いし、組織化させるにも時間とコストで非効率のドアを叩くところからが本丸なところでしょう。ひとつひとつを紡ぐにしてもやはり時間は短い。ビジョンだけを立ち上げ高みを投げかけ他界したジョブスが逆に最適なタイミングだったようにさえ思う。虫瞰的に捉えれば手繰寄せるロープからの吟味がリアルなところ。高く舞い上がろうにも意外なところに付着しているウエイトに気が付かず時間を浪費しているヒーローも多いはず。

 アップルのDNAとは?ジョブスの遺産とは?次世代への進化のチケットは?分子活動は今後も加速に加速しながら突き進むだろう。振り落とされぬように・・・ではなく、円盤の一番安定している部分を見つけることがそれに一番近道なのかもしれない。概念で終わることなく、リアルにリアルに叩かれながらパンチを貰いながら前に出ていく気持ちを失わず、みたいなことなのかもしれない。しかし、年齢を重ねるごとにけっこう細かいボディーブローを頂いているし、血も結構流しているはず。最後のラウンドまでリングに立っていたいが、頭と身体と心の老化は止められない。だから、DNAを語りたくなのかもしれない。

 アップルか・・・、1周回って、久々にMACを買ってみようかな・・・。

人生は無意味ってことで。

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 デンマークの女性作家のフィクションの翻訳本です。人生が「無意味」か否か!?大きなテーマですが、まぁ、そこはさらりと右から左へ流し、何か芯が見えればいいかな・・・と。

ズルい仕事術とな・・・。

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 勝間さんの新しい書籍である。そのタイトルは「ズルい仕事術」ときた。いいラインを出してくるなぁーという感じですね。まさにという部分とへぇーという部分がなんともズルい(ウマイ!)。「この本は、限られた時間と能力から最大限の付加価値を社会にもたらしたいと考える人のためのものです。「まじめ」な人は、なぜかそれを「ズルい」といいます。」と括っている。うんうん、ここが恐らく一番リアルで先っちょの切り口になるでしょうね。これは早速書店でチェックでしょう。

 なにをどう言われようが「ズル賢い」は論理的に「賢い」でいいだろうし、「まじめな人」って勝間さんがどこだと言っているかは未確認としても、まぁ、特筆するような芯は喰っていないだろうから、「そこそこ」レベルを指して「まじめ」としているはず。ああだのこうだの言う前に自分は「まじめ」だと思っている人がこの書籍を読んでどうなるか?私自身はどこをどう切り取っても「ズルい」属性だろうから、「まじめな人」は実は苦手。でも、私が苦手な人も恐らく「クソまじめな奴!」とか逆に「能天気な奴!」と賛否両論だろうから、つかみどころ感のある人よりも、いつまでも何歳になっても「あいつは一体何者?」感を漂わせていただいとは思っています。これが結果ズルいのかもしれない。

 で、そのあたりをこの書籍でチェックしたいかなと・・・。

アフガンの男。

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 ひさびさのフレデリック・フォーサイスである。ぶらりと書店に行くとまだ読んでいなかったフォーサイスの小説を発見。アルカイダのお話。チラミすれば平成22年の書籍。比較的新しいということになりますね。いつものことながらのエンタメ系であることは間違いなし。世界情勢と言われてもニュースやインターネットで知ることができることがその全容であり、実際の実際、リアルのリアルで、現地ではどんなことが起こっているのかなど知る術はないが、フォーサイスの視点で少しでも世界の構造を感じることができれば、それはこの書籍に出会った意義のひとつ。自分自身の中のイマジネーションの世界がこの一冊でどう変容するかは未知数としてもフォーサイスの作品には「ジャッカルの日」からずっと魅かれているので、何故?とか、どうして?とか、だから?など考えずに、しばしこの中の描写に心を奪われてみる時間もまた楽しいひとときなのです。

武器としての決断思考。

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 「武器としての決断思考」という書籍。自分の人生は自分で決める!という極当たり前のテンションが下手をこくと依存だらけの緩い設定になっている場合がある。これは一重に人間の弱さの部分に他ならないがこれがとても心地いいことも人間は知っている。だから、なかなか、「自分の人生を自分で決めてますよ!」というテイにはなりにくい。そんな傲慢な考え方では社会性に欠けて、それで、全ての調和が整うならそれはそれで幸福じゃん!みたいな立ち位置になってしまうこともある。それが、この書籍の言うところの「武器としての決断思考」なのかどうか?が楽しみである。

 なんでもかんでも自分で決断することがベストではない。だから、人間社会は難しく人間社会は素敵なのである。さてさてこの著者はそのあたりについてはどう洞察しているのだろう?東大や京大の学生に対して頭の中だけでの授業・講義用の思考パターンをより刺激的に喰いつかせ方ありきでの文脈だとしたら、それは、机上の論理上の思考に終始するだろう。リアルがない。社会はもっと複雑だからそれも想定できていればいいが、書籍にするために、あるテイストのある一部分をチョイスしなければならないことはいたしかたなしとしても、さて、どこまでこの著者に共感できるだろうか?というちょっとトライ&エラー狙いで買ってみた書籍です。

愛煙家通信というマガジン。

 初めて「愛煙家通信」というマガジンがあることを新聞広告で知った。そ・そ・そんなアプローチが今この時代にありなんだとビックリ。何やら喫煙文化研究所というところの編集らしいぞ。スペシャルインタビュー企画で「人権侵害に等しい愛煙者への過剰な敵視 吸っている人間は犯罪者か 北方謙三(作家)」みたいなテイから、「受動喫煙より野菜不足の方が危険だ。肺癌の主原因はタバコにありに、科学的根拠はない!」という科学ジャーナリストの企画。そして、「美しい分煙社会の作り方」や、世の中の知識人・博学人を集めての喫煙談義。さらに、「煙草は私の6本目の指」などなど。確かに喫煙者は肩身の狭い重いを強いられている。

 でも、そんなに悪いことをしているわけではないので、こんな風に一生懸命にならなくてもいいのではないだろうか。喫煙者VS喫煙反対派っていう抗争をどうしてもどうしてもやりたいならすればいいが、別に反対派の意見もごもっともだし、自分自身は喫煙者だが、風邪をひいて喉が痛い時などは、近くでタバコを吸われるとイライラする。しかし、風邪が治って吸うタバコはまた各段に上手い。つまり、このような人間を無責任だと言いたいのなら、言えばいいが、その言葉は球種を変えて返球しますよ・・・というテイだろう。投げたら投げ返すのが人間社会の常だから・・・。

気にしない反射力。

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 今日もぶらりと書店へ。なんとなく気になったフレーズでこの2冊を買いました。「反射力」というチカラとはどんなものか?知識も経験も実績も結局ココイチで効力はないと考えている人間だから、こういうアプローチの書籍を買ってしまうのか、いやいや、反射力には自信があるのだから、さらにこの書籍を読めばその力が研鑽されるのか、いや、ただ、擦り切れるだけなのか。というタッチでまず一冊。

 で、さらに「気にしない技術」ということで、こんな時代だから頑張って頑張ってもその勤労感ってエゴみたいな部分がある。誰のために頑張るのかっていう部分でそれが明確でなければ、そりゃ頑張れないでしょうみたいなジレンマというか葛藤がある人が手にするのかな?と手にしてしまいました。チラミの段階では「前向きなのはとかくいいことだ。ポジティブシンキングの絶対化は、いつしか、前向きでなければいけない。という強迫観念になった。すべてにおいて頑張らなければならない~私たち。明るく人づきあいができなければ人格的に否定され、ツイッターや就活、婚活ブームに乗らなければ無能とみなされる。周囲の同調圧力に耐えかねて鬱になったり、やる気を失くしてしまう人が増えたのも当たり前。心が悲鳴をあげている。自分をだますのはもうよそう。世間や職場にふりまわされず、平凡な日常に幸せを感じるコツ」と内容紹介にある。努力家が報われない時代になったのか、努力のやり方が問われているのか、努力とは別の価値観が増加しているのか、まぁ、そんなこともさて置き、「気にしない気にしない」と自分のスピード感を確かめて何事も腹八分目で行きましょう!ということだろう。うんうん、全く同感ですね。

若者はなぜ「就職」できなくなったのか?

 日本図書センターから出ている児美川考一郎著の書籍「若者はなぜ「就職」できなくなったのか?」。副題が「生き抜くために知っておくべきこと」となっている。キャッチコピー的には「就職できないには理由がある!」「なんで、こんな大切なことを誰も教えてくれなかったのか!」というなぞなぞ。

 反響としては「就職できない子どもを責めていた自分が恥ずかしくなった。」「こうすれば就職できる!といった内容ではないが、もっと早くこの本を読んでいれば、就職活動の考え方が変わっていた。」「これから社会に出ていく若者たちが、ここまで厳しい状況に置かれているとはじめて知った。」「この本に書かれている現実は若者だけの現実じゃない。多くの人々が読むべき一冊。」となぞなぞ感を煽っている。素直に煽られれば、現代の若者が抱える問題や社会が抱える構造上の問題、引いては経済との相関性みたいことがこの著者の視点で紐解かれていると洞察して間違いないだろう。しかし、「生き抜くために知っておくこと」とは何だろう?現状問題無く生きているのに・・・。つまり、就職と生きているということの関係性にメスを入れているということになる。では、メスを入れるんだから悪腫瘍があると分析していることになる。ここで否定モードになるのか肯定モードになるかで腫瘍の存在感が一変する。つまり、癌細胞も同じで、癌細胞がDNAの変異か進化か退化かで発生するが、ある人は人類の敵と言い、ある人は死の世界への予約チケットだと言う。どちらにどれだけ足を突っ込むかはさて置き、人間の心はある側面とある側面で真実を捉えようとする。二つの目があるから遠近感や立体視ができるように、知覚するために人間は誰しも一定のルートでターゲットをロックオンする。しかし、脳はもっと自由で、ロックオンしたつもりがされている場合が多々あるとの論文がある。つまり鏡効果であり、リフレクションである。寺尾のアルバムのタイトルではない。

 で、「就職」というバクっとしたターゲットに対して、この著者がどうリサーチ、分析、洞察して文脈を整えているかがこの本の意義・価値だろう。「こうすれば就職できる!」などという発想というか着眼点がそもそも間違っているのだから、至極当然のことをこの著者は言っているだけかもしれない。しかし、世が世だけにそれが「反響続々!」というリアクションになっているだけ。だから、本が売れると売れる本の相関関係が整っていると言える。

 さて、この「若者はなぜ「就職」できなくなったのか?」というなぞなぞ(お題)に対する、解答はどんなテイだろう?例えばこんな感じかな?「心の底から就職したいと思っていないから。」

 で、バカリズムさんだったら?「いつか日本は沈没するから」ぐらいになるのかな?

 で、で、ジュニアさんだったら「人類はいつか滅びるから」となり、小木さんだったら「若者は就職という文字の意味を理解できなくなったから」という感じになるでしょうか。

「下町ロケット」なかなか。

 「下町ロケット」は半分ぐらい読めました。なかなか、経営者としての視点で読んでいると身体の真ん中あたりが熱くなる感覚がありますし、研究者と経営の葛藤・ジレンマの部分や、研究者としての高みを目指すプライドの部分は、クエイエーターとして脳にビンビンと刺激が伝わってくる感じ。これ以上、物語について野暮なことは言えませんが、なかなかのものです。

 ただ、序盤戦と中盤戦までは構成力でなんとかなんとか持っていくのですが、あとの、締めくくりが日本の小説は緩くなる。最後にドカーンとひねったり、重く深く気高く余韻を残したり、もしくは、次に何か新しい物語が始まるのか???ってぐらい、種を植える感じとかが、日本の小説にはない。たぶん、そういうフォーマットで小説家が小説を捉えている文化というか慣習があるのだろう。素晴らしい映画は素晴らしい映画ファンが育て、素晴らしい音楽家や素晴らしいオーディエンスが育てると言います。たぶん、小説や文筆家が携帯小説やオンライン小説にふわふわしているから、ファンの設定もふわふわしてしまって、芥川や直木の審査員もふわふわに同期しているような悪循環かなと思います。

 でも、現在50%ですが、なかなか、いい感じです。

「下町ロケット」を入手。

 ある方から小説「下町ロケット」を入手して昨晩から読み始めています。購入したいとは考えていたのですが、優先順位的に「下町ロケット」は上位ではなかったので保留状態でした。借りれるとは思っていなかったのでちょっと嬉しいサプライズでした。早速、毎晩読んでいるいろいろな書籍の最後の方で少しだけ読み始めたという状態。新聞広告でもかなりいいという評価が書かれていたので、読みたいランクは上がっていた。だけに、この入手は嬉しいタイミングでした。

 で、まだ、入口の部分ですので、なんとも言えませんが、かなりいい感じですね。最近、別のルートでこの著者 池井戸潤氏の読書に対する、小説に対するこだわりやスタイルを読めたことも、なんとなくタイミングだったのかなぁと感じています。小説の内容についてはここで書くことはできませんが、テーマが「ロケット」や「宇宙」だけに、自分自身としてビンゴなので、一気に読めそうな予感です。

 すでに、33万部の大ヒットだそうで、これだけ指示を得ている小説ですから、相当のドキドキ感が盛り込んであると期待しつつ1ページ1ページという感じですね。

 ただ、ひとつ心配なのは、科学的なアプローチが海外の小説と比べると日本の作品は感情や歴史に依存してしまう傾向があり、さらに、登場人物の心の葛藤や物語の芯に対しての洞察表現が比較的緩い場合がある。もっと、そこは突き詰めてほしい的な余韻が過去に何度あった。現在、ヒットメーカーの日本の小説家の作品もひととおり読むが、それでも、文体の構成や物語の流れや登場人物の設定はクリアしているのですが、ディテールが弱い。歴代の芥川や直木はほとんど読んでいるが、やはり、同じ印象。もう少しリサーチできるでしょう?という部分と、もう少し、深く登場人物の心象を綴って欲しいという部分で消化不良が残る場合が多い。「直木賞」だから期待はしているが、でも・・・という理由で購入に至っていなかっただけに、期待はしているが、危惧も5%ほどある。

 で、そいういう意味で楽しく読みたいと考えている「下町ロケット」なのでした。

「上から目線」の構造。

 「根拠はないが自身満々 あの人は何様なのか。」というキャッチコピーで「上から目線の構造」という書籍がちょっと気になっている。榎本博明というこの著者のことは知らないし、別段、エンジンでリサーチするつもりもないが、書店で発見したらちょっとチェックするだろう一冊ですね。

 「上司の注意に逆ギレする。」「お客様に説教する。」「駅や飲食店で威張り散らす。」「取引先の前で先輩面する。」「他人のミスを必要以上に誇張する。」などなど。いるいるって感じ。大人と若者、双方の視点を交え心理学的な見地からのメカニズムの分析という主旨のこの書籍。なかなかオモシロイアプローチである。まぁ、さほど悪意もなく本人には気がつていないテイで、日本人に欠落している唯一関西人だけに与えられたユーモアと会話のリズムがベースになっているような気がするし、「上から目線」って多分ご本人的には自覚の外。逆に言いたいのは「下から目線」の人が何故「下から」なのか?ってこと。結局、上とか下とか言っている人は自分を無理苦理「下」と仮定して述べているような印象がある。別にそんなにへりくだらなくともコミュニケーションはできるだろうに、何かどこか自信がないことを露呈しないように「下から目線」のポジションをキープしている。だから、「上から目線」が気になるような気がする。コミュニケーションの構図にそもそも「上」とか「下」とか感じる心理状態が注視すべき点のような。

 「上から~」の人って悪意とか策略とか別段なく、ただ、楽しく生産的にコミュニケーションをとりたいだけであり、主張するから主張してよというメッセージが込められているように感じている。

 ちょっと、ベクトルがズレているかもしれないが、世の中には比較的、比較的であるが「美人」と「美人でない人」がいる。これは現実である。で、比較的でありかなり主観が入っているので、このブログを炎上させてほしくないのですが、「美人は上目線が多い。」そして、「美人でない人は控えめが多い。」ように感じる。これはいろいろ複合的な要素が連動しているから一概にルックスで判断はできないが、自分のルックスや経歴やIQに自信が在る人は比較的「上から目線」傾向にある。しかし、それは、よくよく、冷静に分析・洞察すると、かなり無理・相当をしていることが分かる。つまり、全てはリフレクションなのである。その空気の中で反響している空気感や目線・意図のキャッチボールが、実は、「上から目線」の人の方が慎重で警戒心が強く、なお且つ、機知とボキャブラに富んでいる。つまり、ポテンシャルが高く日頃の努力と研鑽の賜物なのである。に比べ、「下から目線」の人や、「~でない人」はどうか?これらを怠っている人が多い。そんな人に限って「私は本もたくさん読んでいるし、ユーモアもあります!免許や資格もこんなに持っているんです!」と主張する。間違いなく、言えることは本をたくさん読んでいる人は自分で「本をたくさん読んでいる。」とは言わないし、本当にユーモアのある人は自分で「私はユーモアがあります。」とも言わない。それに、免許とか資格が最後の最後で仕事の現場でどう役に立つと思っているのか?資格も免許も便宜上の器に過ぎない。つまり全てはそういうこと。

 世の中「上から目線」と「下から目線」のバランスで調和がある。だから、上でも下でもいいので楽しいコミュニケーションをしていけばいいんじゃないかな、って、こんなコメントも実は上から目線・・・!?

サイバー・クライム

 ジョセフ・メン著「サイバー・クライム」¥2,415。ロシア・中国を拠点に国際化する凶悪なネット犯罪者たちの全貌に迫ったノンフィクション。今後我々に襲いかかる「サイバーの攻撃」の正体とは。という切り口の書籍。この価格だからまずもって相当の情報量だろうし、サイバーモノだけれど、オンラインの情報とは一線を画して編集してあるはず。電子書籍も出ているかもしれないが、サイバーな人達の思考とアンサイバーなテロリズムとの違いが分析してあったり、宗教的な要素、つまり、人間の倫理観やイデオロギーの部分での考察と連鎖していたら面白そうだと思う。また、実際の犯罪の仕組みやアプローチについて記述できる限界点があるものの、どこまでそのリミッターを下げているかもとても興味がある一冊ですね。現代における世界情勢を踏まえた上での「危険度」の指標も書籍に編集する段階でスリムになっているだろうが、それでも、「サイバー・クライム」としているだけにそのディテールとリアリティーは期待したい一冊ですね。本屋で見かけたらチラミしたい一冊です。

まじめの罠。

 日本の社会を覆う「まじめ教」に毒されていませんか?「究極の優等生」として悩んできた著者(勝間和代氏)が渾身の力を込めて綴る、いまの日本に必要な「脱・まじめ」の作法ということでタイトルが「まじめの罠」となっている。¥777だから、勝間さんのファンにしてみればお買い得だろう。トシさんの「まじめかっ!」というツッコミフレーズがどこからともなく飛んできそうな感じ。

 さてさてこの時代のこの国の「まじめ観」って具体的にはどうなんだろう。世界比較で「勤勉」が素晴らしい素晴らしいでそれをプライドだと勘違いしてここまで来ている人間に「まじめ」は「罠」ですよ、トラップですよ、fakeですよ、今のこの摩訶不思議な混沌としたカオスの時代だから、その罠に注意して道を歩きましょうと言っているのだろ。それは、決して、悪くないが、そこでさえ、そこかしこに「まじめ」が漂っているような気がするのが、けっきょく、脱出していないじゃん!みたいなことになっていたら、逆にそこは読み終えて「まじめかっ!」っツッコめるってモノ。

 しかし、人間の本質・資質はなかなか「脱!」できないですからね。逆にまじめでない人達の「罠」に対してあまり「まじめ」な人は免疫がない。「罠」が「罠」だと知覚できないぐらい、まじめ中毒になりまじめ麻痺になっていたとしたら、この一冊だけではリハビリは難しいぞ。ガッツリ社会のシステムと日本の慣習に浸りきっている神経でさえ、それだから、比較的、まだ、柔らかい学生の皆さまだったらどうなる?いまだに「まじめが一番」とだけ信じてモノゴトに対峙しているとしたら、免疫どころの騒ぎではない。まじめな先生が教えているからまじめな人間に成長するなんて幻想は捨てて、最初から自分を「脱!ありき」で構築する方がのびしろも期待できますし、その場その場での臨機応変力がつき、打たれ強い人間になるはず。

 確かにこれは表面的な表面を手でトレスするだけは入手できない経験値と技術力である。一回、金槌でノミを握りしめて頑強な大きな自然石に向かってこそ、自分の創りたい形が見えてくる。石の小さい破片が目に入らぬようゴーグルもするだろうし、石彫刻用のトンカチはマウスよりも思いですからね。マウスを動かして「石を掘ることは難しい。」と言葉知る以上に、金槌のストロークは意味がある。だからか、ボルダリングが好きだし、ロッククライミングに心を奪われている。

 海外ではデジタル機器中毒(インターネット中毒)を克服するために、日本の「そろばん」を導入しているらしい。これは、結果、そろばんのスキルを高めるためではなく、自分の目的対して集中力を養うために取り組まれているらしい。集中力を高めるためにはハイテクよりもローテクが効果的だということ。まさに、「ハイテクVSローテク」の時代であり、2者が戦う構図ではなく、この天秤のバランスが大切としているのだろう。何事も事の始まりがローテクから入り、今でも、ハイテクにガッチリのめり込めない自分は、まず、ゲームがNGだし、無料アプリとか大嫌い。だから、アプリをダウンロードしてコレクトしている人は引く。あったら使うけどってなかったら必須ではないという代物を何万何十万集めて何になるか?ということ。ならば、重い金槌で石にひとのみひとのみ入れて形を創っている方が好き。って、まじめかっ!?

プロフェッショナル・セールスマン

 プレジデント社から出ている書籍「プロフェッショナル・セールスマン」というタイトルで¥1,500なり。「伝説の営業」と呼ばれた男の壮絶顧客志向。例えば「お宅の前に50円玉が落ちていたのでお届に参りました!」とか「運転手さん東京まで十万円で乗せてくださいませんか」とか「プロである以上、手ぶらで帰ってきてはいけない」とか「人間には限界がある。でも、それは意外と高い所にあるんだよ」jなどなど。なかなな、秀逸な言葉が出てくる出てくる。確かに「気合いや根性には再現性がありません」「お得だと言われたら負けだよ」「俺はマンホールの上は歩かない」などなどと徹底したポリシーを感じることは感じる。だけど、やはり、言葉にした段階で文章にした段階で側面にしか光があたらない。これはたぶんこの著者も想定内。だけどあえて書籍にしたみたいな心意気が素敵。そこの光があたるなら、影の部分でさらに覚醒していきますよ的な自身がなければこの側面は切り取れない。そういう意味で、この言葉は光っている。最後の最後で言葉ではなく心が勝負だとこの書が締めくくられていたとしても、いやいやセールスマンってのは水ものだから、最後の最後はあなた自身のポテンシャルですと逆に突き放すのか、もしくは、丸く丸く¥1,500なりのまとめで締めくくるのか興味はあるが、この程度では、現在購入したい書籍ベスト10には入ってこない。また、成績不振のサラリーマンの気持ちを文面で高揚させる手法が折り込まれているだろうから、それが言わばこの書籍の効用だろうが、さて、それが¥1,500かとなる面もあるかなと本能が反応している。アマゾンで購入することはないだろうから、書店でぶらぶらしていてその時、今以上のテンションで気分が良ければ買うかもしれないな・・・程度ですね。

 で、☆の数で言えばたぶん、0個かな。これが根本的な判断ミスでないことを祈るだけ。でも、こが意外と☆が0個な場合が多いから、中途半端な人間になってしまうのか。信じる者は救われるといいながら、信じても信じなくとも救われないと思っているから、救われないのか。ただ、セールスマンのプロフェッショナルになりたいとは思っていない節があるからか。

スペンド・シフト。

 「米国において、2007年末に始まる大不況によって、この2年間に13兆ドル相当の富が奪われた。米国の純資産の15%、年間GDP(国内総生産)にも匹敵する。しかも、ガソリンを始め資源価格は乱高下しており、自分の生活を守り切れない米国民が激増した。本書は、この暗い時代の米国の消費・生活変容の姿を「スペンド・シフト(消費支出変容)」という現象を通して描いている。ただ、案に相違して、この書籍の副題「希望をもたらす消費」が示唆するように、どこを開いても笑顔が溢れ、心弾ませるエピソードが詰まっている。たとえばデトロイト。1950年に180万人いた人口が今では90万人を割っている。しかも、4人に1人が失業するという衰退都市。それでも、その地に留まり、新たにレストランを開業する人がいて、それに親身になって協力する同業者たちがいる。米国10の州や都市を訪ねて、それぞれにおいてこれまでとは違った生活スタイルやビジネスモデルが育つ姿を紹介している。紹介する地域も多様ならビジネスも多様である。大学文化センター、都市農業、再生可能エネルギー、図書館、書店、リサイクル、住宅メーカー、地域通貨、カーシェア、そして、まだ名もないビジネス。今、米国においてあらためて見直されている「人と人との交流」。そこに呼びこまれる「ソーシャル・メディア」。その結果、生まれる「消費支出変容」がこの書籍の骨格である。話の内容は小企業に留まらない。大企業においても顧客との関係において同種の動きが生まれていることが報告されている。」と新聞広告は紹介している。

 まさに、この潮流は日本の現在の状態に酷似している。国力が日本の方が低いだけに、個人よりも組織やマスに依存していきた国民性だけに、その状況は国全体がデトロイト状態だろう。しかし、「スペンド・シフト」をいいカタチで飲み込み、その本質からこぼれるわずかな栄養分だけでもエネルギー源になるのではないだろうか。この書籍の存在を知り、ひとつふたつ考えてみるが、そこに確かに「暗い印象」はない。そもそも、無表情で何を考えているか分からない国民性なんだから、そろそろ正直に「実は何も考えていませんでした。」と言ってしまって、そこから起動した方がいいのではないか?まぁ、総理になったばかりだからそんなふわふわもしていられないでしょうし、目の前の大きな問題もあるわけですが、そもそも、大きな潮流が変容していることを、世の中と同じスピードでその高学歴な頭で思考と行動をシンクロさせて欲しいものです。思考より行動が先行してしまうタイプの人は大きな失敗もするが、学ぶことも多いと思いますね。

 で、戦争(敗戦)は言わば日本の一番大きな「失敗」だったことはしょうがない。原発の問題もいつまでも設計図ばかり確かめてないで、壊れたんだから正面から直すのか捨てるのかを決めてください。そんな簡単な問題ではないと言うでしょうが、そんなに難しい問題でもない。大切なは「今」。

 なぜなら、モノゴトは時間の経過と共に常に変容しているのだから。

45歳から・・・?

 「45歳からの会社人生に不安を感じたら読む本」ってかなりストレートなタイトル。「給料が高い人、出世が早い人ほど要注意!」とあり、あなたな何を準備しておくべきか?とこの書籍の広告は問う。スペシャリストを目指してはいけない。ビジネススキルより人格を磨け。相手に8割しゃべられ、自分の言葉はシンプルに。1日2時間の勉強で司法試験に合格する方法。人脈は広げるよりメンテナンスが大事。年収3割アップ程度で天職するな。などなど、この著者である植田統氏は書き出している。いろいろな仮説が頭をよぎるがなぜ「45歳」だったのか。現在の日本の経済や産業の現状を捉えてこの数値に設定された感じがあるが、これも出版社の編集者とこの著者の感覚から規定されている部分だろう。何も不安を感じたから読む本ですと言われても、その不安要素がガチでシンクロするとは思えないし、そんなことも世の中にはあるもんだと張りつめていた心が優しくなれるのならこの書籍の価値はあるのでしょうね。

 そして、このタイトルにするすことで、40歳の方と50歳の方では捉え方が違うだろうし、不安って何だよ?みたいなことを明確にするためにも何かの糸口になればそれは有益な¥1,470だということになる。情報の価値が問われている。貨幣価値に置き換えるとき、それは、個人の素養や考え方で変異する。だから、面白い。「会社人生に不安」ということは、サラリーマン対象のようなニュアンスではあるが、そもそも、「会社人生」って何だ?とも感じる。

 「成功するキャリア30の秘訣」というサブタイトルもちょっと質量が軽い。何も100人が100人とも自分の人生に「成功」を求めているか?となるし、それを「ありき」で人生を過ごしてきたからの「不安」でしょう!?みたいな構図もある。給料の高い低い、出世のスピードの早い遅いって何が基準なのかというお話を抜きにして、根本的な不安の解決には至らないでしょうに・・・とツッコンでしまった一冊でした。

ウェブPR力ってこと。

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 これこれ、これからはここがいろいろな意味で軸足になってくるでしょうね。もうやるのかやらないのかという話ではない。やらないのなら終わり、やっているけど終わるかもしれない、やるならガチでやれ!という世界でしょう。やるとかやらないとかじゃなくて、やっているありきで何が降りてくるかが勝負。やらないのは土俵に登らないってこと。フィールドに立たないってこと。リングに上るのが怖いならお金を払って観客席でどうぞの世界。そもそも、尻込みする時点でTKOでしょうね。

 まぁ、そうガツガツいかなくともって考えてしまう自分自身のリミッターが最後の最後で命取りだぐらいのテイでちょうどいい。四の五の言っている人、あなたの大切な大切な一と二と三はまだ有効ですか?もう、世の中、六とか七の世界ですよって感じじゃないかな。

WEBデザイナー白書2011.

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 ここ数年、絶対にこの月は買っているWEBの専門誌。何と言っても「WEBデザイナー白書2011」という記事が面白く有効である。

 中でもリアルだったのは、あなたはWEBデザインの仕事を始めて何年目?という質問。なんと10年以上という人達が25%もいた。かれこれ、私自身も10年状は携わっているからこの25%に入ることになる。で、正確には1997年のWEBサイトの書籍をガチで読んでいたので、恐らく、14年前頃からこの仕事を始めていることになる。そう考えると結構長い。10年以下の人が75%なわけだから期間だけは長いということになる。そして、年齢のアンケートがあり、46歳から50歳の比率は3%、これはトホホ・・・である。そうかそうか若い世代のビジネスなんだと、ちょっとがっくりである。もう、いろいろな意味でこの世界では古株の中の古株になってきてしまっているぞ。でも、まだまだ、引退するつもりは毛頭ない。まだまだ、こだわりねばり捻じ込み続けていく所存です。

日本人の9割に英語はいらないとな・・・。

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 元マイクロソフトの社長が緊急提言!ってことで、なんと「日本人の9割に英語はいらない」と言い切ってしまいました。その上、「英語業界のカモになるな!」ということ。なるほどなるほど、確かにそうですね。なんとなくその意図するところは分かる分かる。「頭の悪い人ほど英語を勉強する。」「楽天とユニクロに惑わされるな。」「英語ができても仕事ができるわけではない。」「インターナショナルスクールを出て成功した人はいない。」「早期英語教育は無意味である。」などなど、素敵なフレーズが盛り沢山な書籍のようですね。まぁまぁ、ここまで言い切らなくとも、もっと、このようなポテンシャルな著者なら小出しにすればいいところ、一気に放出みたいなことかな。いやいや、元マイクロソフトの社長さんだから、この程度はジャブかもれいないぞ。「頭の悪い人。」って例えばどんな人だろう。まぁ、IQ100以下はそっと放置するとして、仮に、高学歴で資産家の御曹司という場合と、学齢は特になし一般家庭に育ち雑草のような場合とでは、簡単に比較はできないが、御曹司でバカ、雑草タイプでクレバー、ということになると、ここに「英語力」をアレンジして人を評価する基準値にモノ申す・・・みたいな事かな。

 ご自身のご経歴を全面に出しながらのこの切り口。よほど、編集者に操られた感満載なのか、そもそも、この著者のモチベーションなのか?ちょっとかなり相当気になる書籍ですね。

 で、「英語勉強している暇があれば本を読め!」とのこと。うーん、9割に入っていないことを祈るばかり。

インバスケット思考とは?

 WAVE出版というところから出ている現在大反響!たちまち7万部突破!的な書籍がこれ。「究極の判断力を身につける インバスケット思考」という書籍。価格的には¥1,575(税込)なり。著者は株式会社インバスケット研究所の島原隆志さんという方。その広告文には、「アメリカ空軍から生まれた最強のトレーニングツール インバスケットとは、多くの未処理案件をおこなうビジネスゲームのことです。」とあり、ポイントとしては「自分のリアルな仕事力が測定できる。」「仕事パフォーマンスがアップする!」「多くの一流企業の昇格試験で続々採用!」と紐解かれている。そして、「降りかかるさまざまな20の案件を、60分で片付けられるか?」みたいな投げかけあり、「あたなたもう体験しましたか?今、ビジネスマンにもっとも注目される、最強の問題解決トレーニング!」とまで言い切っている始末。しかし、どれをとっても確証のない仮説への入口。

 まず、何故、なんでもかんでも「アメリカ空軍」ありきなのか?そこで生まれたことが何故「最強」へシンクロするのか?そんなに安易ではないでしょう?でも、日本人のウィークポイント「アメリカ空軍」から文脈を始めるあたりかなり意欲的なアートデレクターと編集者がマリオネットを楽しんでいる。で、「ビジネス」と「ゲーム」をさらりと組み合わせてしまう始末。ここはこの広告のライターさんの真骨頂なんだろうな。実際、このライターがこの書籍を読み、インバスケット思考でこの広告のライティングという案件を処理した結果がこの文脈みたいなことだとしたら、ちょっと、この思考は偏っている。仮説が仮説を生み過ぎてどこを中心に回転しているか不明になるようなことはないのか、この、インバスケット研究所!?みたいな。

 で、まだ、WEBサイト関連はリサーチしていないが、おそらく、この骨子に鰭がたくさんついてるだけの情報だろう。この書籍のホンマルをネットレベルで明かすはずはない。そんなへまをするような人間がマネージメントしているようでは、インバスケット思考はたいしたことはない・・・となる。さてさて、書籍を書店で手にした時、どんなインスピレーションがあるか期待しながら、まぁ、4段目の引き出しぐらいに入れておこうと思っている書籍ですね。

 どんな案件かは不明ですが、60分もあれば20個程度の案件処理できるでしょう・・・。

独学の精神か・・・。

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 この本のタイトルを始めて見た時に思ったことは、今更ながらさて私は義務教育と高等教育と大学教育の過程で何を学んだのだろう?で、社会に出てから言わば何事も独学というかいろいろな諸先輩方や師匠によって今がある。さらに、会社を設立してからは、いろいろな仲間に支えられてなんとかなんとか今のバランス感がある。この間「独学」というフィーリングはさほど意識していなかったし、多くの失敗をしてきたからこそなんとなくこの世界で生きる術を得られてきたような感じ。これを「独学」というには誠に僭越であり恐縮でもある。しかし、「独学の精神」とはいったい何をこの著者は指して「独学」と規定しているのか?これらがこのタイトルを見て感じたことですね。

 意外とミニマムなのか?それともグローバルなのか?はたまたストライクゾーン的には広いのか狭いのか?ビジネス書なのか啓蒙書なのかノウハウ本なのか?まだ、この写真を見ただけなのでこの程度のリサーチしかできていない状態での洞察・分析はこの程度ですね。

 しばらく、この気持ちを純化させて、「欲しいなぁ~」と想い出すのか?スカァーンと忘れるのか?まぁ、そいういう意味でブログに書いたことは書いたので、セカンドインスピレーションを待ちたい一冊ですね。

MBAのコミュニケーション編か・・・。

 「いかに考え、いかに伝えるか?」ということですが、MBAを取得したある友人は確かにその国で国家の保安システムの仕事を引き受けているシステム会社のトップで頑張っている。何がなんでも会社を経営しているから有効打が打てるとは限らないし、組織や企業に属さずとも職人技でグイグイ行く人もいるのだから、何事も経営術ありきではないが、やはり、多くに受け入れられているMBAだから気になっていると言えば気になる。が、ただ、それほど深く入るようなことはしてこなかった。コミュニケーション編ということで編集されたこの書籍だから、現代のビジネス現場のニーズに沿った部分を厳選して紹介しているとしたら・・・の部分でちょっと気になる一冊ですね。

 「人を理解から共感へと導き、モチベーションを高め、スキルアップを促し、WIN-WINを構築するためのコミュニケーション術とは?論理思考を対人的な営みに応用し、ビジネスで重要な5つのシーン「伝達」「説得」「交渉」「コーチング」「会議」の構造を明らかにしながら、効果的なコミュニケーションを実現するための思考法、ツール、メソッドを伝授する」という。現実はこんなに全てが全て割り切れる整数ではないにしても、このアプローチがビジネス上のコミュニケーションを潤滑にするひとつの手法なら一度知恵として得ておきたいかなと思っております。

 たしかに、「いかに考えるか?」という部分はとてもひっかかりますよね。

 「論理」などひとことふたことで語れるような代物ではないが、時間を費やしただけののびしろがあるにはあるのだろうが、何も現代を生きるために必要なことは「論理」だけではない。いくら餅をキレイに描けても餅を食べるには餅米が大切であり、稲のお話から土のお話から育てる餅を創る料理するを経て初めて「美味しい餅」になる。「ほぉー、これは美味しそうな餅の絵だ。」というのと「うん!美味しい!このしょうゆ味がたまらん!」とは異物。

リトル・ピープルの時代。

 宇野常寛(うのつねひろ)という方の書籍で幻冬舎から出てい¥2,200の書籍。この書籍の紹介文・広告文にはこう書かれている。「おそらく2011年がどのような年であったかを記憶する歴史的な書物となるであろう。虚構と現実、内在と超越、複数と単数。著者は現代哲学とも交錯する諸問題を「正義なき時代に正義を描かざるを得ないその商業的要請に正面から応えたがゆえに、この新しい世界を深く、鋭く描き出すことに成功した。」平成仮面ライダーシリーズに見出す。もはやそこでは敵と味方、正義と悪の区別をつけることが困難になる。中略、われわれの外部に超越的に屹立する唯一の巨大な悪ではなく、内部に内在的に拡散する複数の卑小は悪を見つめ、われわれ一人一人がその小さな悪であることを認めること。だからこそ「ここではないどこか」へ救いを求めてはならない。あくまでも「いま、ここ」に立ち、内部にどこまでも潜り、唯一のものを多重化し、悪の意味を変えてしまわなければならない。さまざまな人々との関係によって発現する自分の中の複数の「私」を行肯定し、「虚構」としての想像力を縦横無尽に用い、単一の仮想現実を、現実と虚構が混在する複数の「拡張現実」へと押し広げ、「日常と非日常の境界」が曖昧に融解していこうとするこの現在の危機を生き抜かなければならない。中略、確かにそこには「貨幣と情報のネットワーク」が生み出した異形の可能性が満ちていた。しかし同時に、人をおそろしく幼稚で陳腐なものに退行させる兆しも芽生えていたと感じられもした。勿論、著者もその両義性について意識的であったろう。ただそれを無条件に称揚するだけでは許されないはずだ。」と締めくくっている。

 で、ただ、それを「虚構」として追いかけるのではなく、どこか「現実」サイドから見つめていきたいとも思う。まぁ、実際、この書籍を読んでもそこについて詳細を確認しても自分自身の想いの視点は変わらないだろう。しかし、非常に気になる一冊ではあるが、書籍よりもこの書評がテク的に上手い場合もあるから注意が必要でもある。

精神科医の裏技!?

 東洋経済新報社というところから出ている「精神科医 隠された真実 なぜ心の病を治せないのか」という内科医・精神科医である斉尾武郎とう著書がある。¥1,365である。その広告文には「名医の裏技処方、病をこじららす心理療法、いつまでも投薬し続ける医師。あなたの病が治らない理由がここにある!」と言っている。これをお医者さんが言っているわけですから、さてさて、目的は何だろう?ただただ、たまたま、そう言いたかっただけ?これは何に対して自分を映しているのか?医者としてもうこの著者は成功したのだからちょっとつまみ食いをしたいからか?それとも苦し紛れの編集者の無茶ぶりか?いずれにしても、この著者の狙いが不明。だけに、興味が湧く。

 お陰さまで、ヘルペスはもう小さくなり、腫れていた部位は乾燥しはじめてかさぶたになりつつある。確かに先生がおっしゃる通り2~3日で完治しそうである。もし、この上記の著者のような考え方の先生だったら、5日分の薬を渡すが完全に治癒しない緩い薬を渡してまた来院ってことはたやすい。でも、この程度のヘルペスでは早くサクッと完治させておけばいい的な対応で適正値で診断してくださったのだろうか。いずれにしても、この件で、疲れが蓄積して唇のあたりがモワモワし始めたらサインだということを学んだし。皮膚科など初めて行ったが治療が¥1,000、薬が10で¥2,000という情報と経験を得られた。ここには「裏技!?」は存在しないと思いたい。

 しかし、なんでも両刃ですから、儲けたい医者はこの裏技を使っているのだろうな・・・。人間だもの仕方ないか・・・。

 日本禁煙協会がタバコの定価の適正値が¥1,000だと言っている。ねぇねぇ、あなた達の母体から配布されているバイブルが一冊¥100,000だったら買いますか?信じているから救われたいですよね。うん、タバコも同じです。結局、あなた達も裏技の糸が2~3本見えますよね。上でほくそ笑むド・フラミンゴ・・・みたいな。

神保町、源喜堂さん。

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 東京にいた頃は資料探しやぶらりと神保町に来た時には必ず立ち寄っていたお店。東京を離れて仕事で東京に来た時も時間があれば必ず立ち寄っている場所ですね。勿論、その秀逸な書籍のストックをチェックすることが主たる目的ではあるのですが、この場所で気になる一冊を手に取りいろいろ眺めているだけでその頃の気持ちというかモチベーションが蘇る。その時が高く、今が低いということではなく、人間の中身があの頃とどれだけ変異したのか退化したのか覚醒したのかバリが効くようになったのか、硬くなったのか丸くなったのか、そんなことを確かめる場所とでもいいましょうか。ポケットに100万円ほどあれば、欲しい書籍を段ボールに詰めて長浜に送ってもらうのですが、わざわざ、東京のこの場所に来て一冊も買わないっつーのもこの場所の活用術ですね。結局、そういう場所をどれだけ持っているかで、そういういい人とどれだけつきあっているかで、人間のIDってモデリングできるような気がします。まぁ、そんなことを何の脈略もなく考えることができる場所っていう意味でも大切な場所です。

AUTB Vol.02

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 ということで、「荒川アンダーザブリッジ」の第2巻。なんともつかみどころがない世界観がアタリですね。イマドキのお話とでもいいましょうか、シュールな電波系とでも言うのでしょうか。不思議系は不思議系としても世界観とキャラの絡みはさすがとびぬける要素を感じますね。このままこのようなテンションでどこまで物語を引っ張っていくのかが、とても楽しみ。いまどき「金星人」って・・・。いやいや、もしかして、金星人がこの物語の柱かもしれないし、このままこのテイで話をひっぱれたらそれはそれでいいじゃん!みたいな。とにかく新鮮ですね。

紗綾(SAYA)という小説。

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 リシャール・コラス(Richard Collasse)という、シャネル株式会社日本法人代表取締役社長が書いた小説らしい。1953年フランス生まれで、社長業の傍らで小説の執筆を行い、フランスで発表された『SAYA』は「みんなのための文化図書館賞」という権威ある賞を受賞。本作は『SAYA』を本人が日本語で執筆しなおした作品だそうですが、この背景を聞いただけでは、ちょっと・・・ボケているし、到底、面白いはずがないと考えるべきである。モチーフもどこかたらいまわし的なワンパターン。しかし、どこか、何故か気になる。一周か二周回って逆に読んでみたいみたいな。学生の頃、川端康成や夏目漱石の一冊目を読んだ時のような感覚になれぬものかと少し期待している。無理かなぁー。

スマート・プライシング。

 朝日新聞出版から出ている「スマート・プライシング」という書籍の広告文です。ジャグモハン・ラジューとZ.ジョン・チャンの共著です。

 グローバル化が進み、多くの消費財の価格下落が顕著になる中で、同じような商品にもかかわらず価格競争とは一線を画し、書い手から圧倒的な支持を得る消費財が存在する。ネットを活用して本来ならば有料で提供すべき商品やサービスが無料で手に入ることもある。価格設定はコストに利潤を乗せて決めたり、「神の見えざる手」によって導かれたりする、と経営学や経済学では教えられてきたが、本書を読めば価格についての新しい世界観が存在し、消費の今を捉えてることがわかる。例えば、レストランで食べた料理の代金を、食べた本人が決めて支払う。払わなくても店側は文句を言わない。音楽家が新作をネットで配信した場合も、ダウンロード代は聞き手が勝手に値付けする。食い逃げ、ただ聞きが横行しそうなものだが、「価値を見つけ、払ってもよい」と考える消費者によって事業が存続している。見物する側が大道芸人へお代を決めるように、買い手主導の値決めの手法は今に始まったものではない。知的財産に支えられ、物的コストを伴わない商品やサービスが急拡大している現代社会では改めて現実的な価格設定方法になりつつあると指摘している。売り手は値引きを避けようとするものだが、あえて段階的に値引きの時期を来店客に明示する売り方も紹介。値下げをしたら売り切りてしまって手に入れることができない不安心理を巧み突くという戦略である。豊富な事例を読み進めるうちに、売り手としての新しい戦術が浮かんできそうな気にさせてくれる。逆に買い手の側から読むと、自分の消費行動がどれにマッチしているかも教えてくれる。売れないと嘆く前にやるべきことがありそうだ。と広告文は締めくくっている。ほぉーそうかそうか、この書籍はチェックである。

「Sunny」という作品。

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 大洋さんの新作である。まぁ、いいわ。

ネットショップの最新ノウハウ。

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 只今、お客様からお借りしているネットショップの開店・運営に関する書籍と資料のDVD2枚です。で、その裏がA.E.をアニメーション作成に活用しましょう的なノウハウ&TIPS本です。

 まず、MAKESHOPについてはおそらく5~6年前に一度チェックしてリサーチしている。その段階からどの程度ブラッシュアップして最近のネットショップに対してどの程度覚醒しているかがとても楽しみだった。一度リサーチしたことでも、5年経てば別のサービスになっている。それほど、ネットショップの現実は活性率が高いはず。機能面でもカスタマイズの面でも相当細かい機能が追加されていました。ただ、基本的な構造はASPなので少しづつのVer-UPの過程でより便利なツールに進化していました。それに伴い大きな変化は「運営面」のノウハウが大きく覚醒している点である。オンランショップという展開が市民権を得てからこの書籍に書いていある通り、「参入コストが低いことがメリット=参入者が多いことがデメリット」とある。つまり、結果、独自性を追求し商品力を高め運営戦略を活性化しなければ、失速・消失しますよ・・・がキモなのである。それが、さらに加速しているイメージですね。

 つまり、機能や構造やシステムによる差別化は無理!ってぐらいに開き直り、「やるなら今しかねぇ~!」とダイブしとにかく頭で考えず身体で覚えましょう、五感で感じましょう、でないと、この畑の農作物はすぐに枯れるというお話。スプリンクラーで水をやっていては花は咲かないみたいな。基本的なテッパンアプローチではありますが、素敵な言葉がいくつもこの書籍とDVDにはちりばめられていましたね。

 「お店はあなた自身」ネットショップにはあなた自身の人となりが表れます。コンテンツ、ページデザイン、画像のチョイス、商品説明のテクスト、サービスのディテール、梱包のスタイル、メールの文体などなど、すべてはあなたの人柄が出てきます。その自覚を忘れてネットショップは成立しないのです。

 「実店舗との差別化」ネットショップでも実店舗と同様に、あらゆるものが扱われています。食品や家電や不動産や車や携帯電話の着信音などなど。その中でも売れている商品には共通点があります。「実店舗では買いづらいモノ」「実店舗では売っていないモノ」「実店舗よりも効率的に探せて買えるモノ」「実店舗より安いモノ」などがその特徴である。が、あまり、もう、この「実店舗」を意識する時代も変化していくだろう。逆にネットショップであらゆるものが買えるようになると、実店舗でなければ買えないモノが注目されるのでは・・・みたいな。

 と、実際に着想・構想してネットショップを作成・起動する前にある程度このことを理解しておくことが、スムーズな導入になりますよということ。で、やるなら今~のように、早く公開することも大切だとよく言われています。そして、「ネットショップだめだぁ~!」となった場合はもっと簡単。次の構想をすればいいだけ。できれば、着想と構想を3年周期で繰り返すと世の中のベクトルとシンクロしやすいですよという意見も聞いたことはある。

 今も昔も、桃と栗はやはり3年で実を付けるのである。で、桃と栗を育てながら8年の柿を目指しましょう!みたいことなのでしょう。農業とネットビジネスはどこか酷似している。

 「A.E. for アニメーション」はその「実店舗ではなかなか売っていないモノ」なのです。

「反射力」という書籍。

 ここをゴールに設定しましょう!とか、この方程式で考えましょう!系の書籍はあまり読まない。それはそれであなたのゴールだから方程式だからと考えてしまう。これは狭い了見の考え方であり自分で自分の可能性を見切っている悪い考え方なのかもしれないですが、ここに反応がなかなかできない。ただただ文字を追うことは何度もトライしているのですが、結果、現状、残るものが少ないというか。

 ならばどのようなタッチがグイグイ来るのか?となると、このようなアプローチの書籍ですね。「反射力」って瞬発力というか考え方のスピードのお話なんだろうと想定できます。じっくり考えてじっくり知識として蓄えましょうという、いわば、学校教育のみんな一緒に整然とという訓練を受けてきた私達はこのアプローチこそが正論で正攻法だと頭に叩き込まれ身体にしみ込んでいる。みんな全員で100点満点を目指しましょう的な教育では200点をたたき出す人材が創出されないみたいな。出る杭は打たれるから優秀などんぐりでいよう・・・みたいな思考パターン。これは、組織や団体の総合力が高まる仕組みに置いてその組織員である人材の育成には非常に有効に機能するはず、しかし、教育の本質はそこではないぞという国は意外と多いことに大学を卒業してから結構出会う。あれあれ?今まで教育の現場で学んだとしていることはいったい何だったんだという意識が芽生えると全てが多面的に見えてしまい、もしや、反意的な思考でモノゴトを捉えることが正解に近いのか?思い込んでいることが実は自分が目指している世界観と少し違うのかな???と疑問が疑問を生む。これがモヤモヤしている状態で結果どれだけ興味のある分野にダイブしても得るものが少ないパターン。

 話がまた逸れたが、では、「反射力」とする力は何か?この広告文には「ゆっくり考えても、正解にはたどり着かない。」「早く失敗してうまくいく人の習慣」「アクションスターではなく、リアクションスターになる。まず、くだらない企画を3つ出す。すぐ動けば、余計なことは考えずにすむ。」という論法が一部紐解かれている。この言葉にはとても興味・魅力を感じ心が動く自分がいる。つまり、この著者はできる人の定義を「能力や機能」ではなく「応用力や技能」だと言っているように感じる。これも、主観の捉え方。非常に偏っていることは否めないが、上記の流れの通り、何が正攻法で方程式かは自分以外のベクトルは分からない。知りたいという気持ちも勿論あるのですが、多面的に総合的になかなか頭では分かっているつもりでも心が動かない現実。これを安易に「自分らしい」とすることは危険ですが、できないことはできない。興味があれば一回トライして失敗して会得すればそれが技能だろう・・・みたいな気持ちをこの書籍はとても刺激してくれるような印象ですね。

 人は二つの側面があるらしい、優れたパフォーマーなのか優れたメンテナンスなのかというモノサシ。できれば共存していてほしいが、それは考え方や能力で分岐するのだろう。人を引き付けるパフォーマンスで存在価値を社会に示すのか、優れたメンテナンス能力で組織を取りまとめるのかで、のびしろが大きく異なる・・・みたいな。

 「早く失敗してノウハウを蓄積する人」になりたいと思う側面で、それしかできない人の苦悩も共存しているのかなという危惧。慎重な人間になりたいとは常に願っているが、どうやら脳の筋肉の色は「白」のようです。

人生はすべて「逆」を行け。

 ダイヤモンド社から出ている書籍のタイトルです。「常識に逆らえばすべてがうまく回りだす。人生は全て逆を行け。川北義則著」です。「そろそろ、世の中の「当たり前」から飛び出してみる。」「失敗は悪いことだと思うことこそが、そもそも間違いなのだ。」「仕事でいつも全力投球する人は、肝心な仕事を任されることはない。」「孤独死の可能性は誰にだってある。むしろ前向きに受け入れてみない。」「出世競争は出遅れたほうこそが、有利、と心得よ。」「お金で買える幸せはどんどん買って、人生を愉しもう。」となかなかの立ち位置からの発言がならべられてる。しかし、このフレーズでこの書籍が良書と判断するのは難しい。すでに、この著者は「常識」とか「当たり前」を過敏に意識し過ぎている。また、万象に対してなかなか「逆」という価値観は、どちらかというと日本文化が「YES OR NO文化」に対して憧れている感覚が内在しているし、対極とか二極とか推し量ってる段階では、絶対に支点は見えない。

 いやいや、これはキャッチフレーズだから、本体にはたぶん遅くらその振幅のディテールが書いてあるだろうと、このテイで人に食い下がっても何もありません・・・みたいな事と同じで、このキーワードに対してこう考えてしまうことには私の中で何かしらの理由があるはずだから、同じ文脈を読んだとしても、同じことを繰り返すことになるだろうと思います。これが人間が持っている非常に優れた能力・感覚・スキルである「直感」という力である。

 知識のタテ糸とヨコ糸を紡ぎ過ぎた文明こそが何かを「包む」と捉えながら、何かを「遮断」していると思う。逆の逆は同じ場所ではないのである。気になるがこの書籍は書店で発見してもたぶんスルーだろう。もう、そんな気分ではないのである。たぶん、世の中のニーズのディテールも同じじゃないかな。

夏への扉。

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 たぶん最初に読んだのは20代の頃。これを知ったのはあるSF小説のランキングがまとめられている書籍でした。その中でこの小説が第1位だったことで興味が湧き、合わせて、ハインラインを知る。そこからハインラインの作品は全て読んだはず。その中でもこの「夏への扉」は好きな作品です。かれこれ、これで4冊目ぐらい。今回もひさびさに読みたくなり購入。以前に購入した3冊はどこへ行ったのか?たぶん、良過ぎて誰かに進呈しているのだろう。で、4冊目ということ。最初に読んだのは夏ではなかった記憶があるが、それでもGOODだった。夏休みだから読書というアプローチは今の時代はどうなんだろう?ゲーム・スマホ・タブレット=「楽しい・便利・最新」って、これは誰かがそうしたくてそうなっている側面も多分にあるはず。実はデジタル機器に皆さんじんわりと疲れているのかもしれない。RPG的なプログラムの中で用意されたシチュエイションと3D画像の疑似リアルに疲れているのかもしれない。とはいえ、経済が覚醒する以上、こられは必要不可欠らしいが、いやいや、意外にそうでもないのかもしれない。ハゲ・シワ・体臭ビジネスに医学的・科学的な根拠を見出せなくなった多様なニーズが光の箱に気持ちを奪われている内に、もう、見えている人達は「夏への扉」の向こうに行っているとか行っていないとか?

下町ロケット。

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 どうやら、受賞発表後、チェックして保留している間に25万部のヒットになっているらしい。そうかそうか、やっぱいいのか。恐らく今の日本国内の情勢やスイッチの入り方に対して素直な正々堂々とした物語が展開されているのだろう。分かりやすく宇宙工学のことよりも、人間ドラマ的なこともあり、直木賞の選考委員もそのあたりの国内の「空気」を読んだ結果がこの25万部なんだろう。とにかく、出版社はどうしてもリアル書籍を売りたいからあらゆる手を尽くしてくるだろうし・・・。にしても、この物語は読みたいと思っています。ただ、天の邪鬼なので今読みたいかというとそうでもない。でも、どこかで読みたい一冊ですね。どうやらドラマにもなるようですが、これは、ちょっと、期待せずに。

日本を脱出する本か・・・。

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 日本の政治がどうのこうの、原発&放射能問題がどうのこうの、温暖化がエネルギー問題がエコが不景気がと、うだうだうだうだ言っているうちに、当の国民がいなくなったら、政治家さんたち、企業家さんたちどうしますか?国民が不在になったらあなたたちの儲けしろがなくなりますね。自分たちの戦略で自分たちを養う構図になりますね。これを逆本末転倒とでも言うでしょうか、蛇頭蛇尾とでもいうのでしょうか!?このような書籍が出ている段階ですでに相当のニーズと実績があると判断するべきであり、この書籍に書かれていることは、まさに、リアルタイムの鮮度の高いレアな情報です。この書籍は2011年8月4日初版の書籍ですからね。もう、日本国内から本当のつぶやきは聞こえてこなくなるかもしれないですね・・・。怖い怖い。

FBI美術捜査官という書籍。

 FBIは1万3千人もの捜査官を擁しているのに、この美術犯罪チームには12人。しかも非常勤とこの書籍には紹介されているそうである。その捜査官ロバート・ウィットマンの約20年にわたる美術品盗難、盗掘、詐欺などの捜査を濃密に描いたノンフィクションがこの書籍だそうです。盗難被害にあったフェルメール、レンブラント、ピカソ、マネ、ノーマン・ロックウェルといった傑作が次々に登場し、それを奪還するべく潜入捜査にあたったウィットマンたちチームの活躍はリアリティーあふれるエンターテイメントだと紹介されている。美術品の価値について世界と日本の違いはどうなのだろう?とこの紹介文は閉じているが、価値があるからこそ盗難の対象になり、裏ルートを介して大きな犯罪として成立してしまう土壌が世界にはあるということ。一方日本の美術作品はほんとにどうなんだろう?世界的に価値があるのかないのかなど、裏ルートの相場など知る由もないし、表の相場さえも不明極まりない。盗もうとした犯罪者には美術品の価値を判断する能力があり、大きなリスクを覚悟で法を犯しマネーを転がしているのだろう。美術品の貨幣価値についてという分野や美術家・芸術家が何故貧乏なのか的な書籍や画家のドラマチックな人生を読むにつけ、魅力的な人生だが、さて、自分はそこへ踏み込めるのか?と若い頃からずっとどこかで考えてきたような気がする。芸術はお金ではないから、貧乏をしても自分の絵を描くことの至高に純粋な魅力を感じながらも、「それで飯が食えるのか?それで家族が養えるのか?」という頭の中の声とのパラドックス。実際、なかなか、「絵で飯を食う」レベルは現実的にはなしとしてしまってきた。どこかで、チャンスがあればなどとも虎視眈々さは失っていないつもりでも、そちらののびしろが確約できない状態で、現在のスタイルを廃棄することはできない。

 で、ある意味、この捜査官の対象になるような犯人諸子はもしかして、芸術家崩れ!?どこかで絵画や芸術品の価値を見極めながら、芸術とは対極にいるようにFAKEをかけながら、実は、自分自身も芸術の道に・・・みたいな犯人像を勝手に想像してしまう。

 という感じで、面白いアプローチな書籍ですね。物語は常に捜査官目線で進行するのだろうが、その中に芸術の価値についてどのような切り口があるのか?芸術品をお金に変換する瞬間、それは、100%ビジネスとして犯人は割り切るのかどこかで芸術へのリスペクトを引きずるのか・・・?みたいな楽しみ方ができそうな予感がしますね。

日本を脱出する本。

 ダイヤモンド社から「日本を脱出する本」というのが出ている。あまりこの著者の方は存じ上げないが、なかなか極端な切り口かなと思いきや、いやいやそうでもないような気がしてくる微妙なニュアンス。そうかそうか、出版社として書籍を売るためにこういうニーズを設定してこの角度から書籍を企画して出してくるのか!みたいな意味と価値でやりよる。短期の海外移住から永住までを案内しているらしく、知識がゼロでもこの1冊で海外生活ができるということらしい。この書籍からの抜粋を読めば、「円高は日本脱出の絶好のチャンス」「旅行の延長で3ヶ月だけ海外移住する」「海外で働きながら生活する」「子どもの安全・教育のために日本脱出」「老後は何もしないでゆっくり暮らす」などとある。また、「放射能汚染、国家破産、増税、リストラ、いじめ・・・。日本に居づらくなったら、海外へ行くいう選択肢もある。」と言いきっている。確かに、さて、今のこの国の未来に何を描けるか?未来を描く安定志向のこの国の人々でさえ、どう考えても未来は暗いぞ。文化・経済・教育・産業と何かにつけて「復興」「再生」と活字の上ではモチベーションが高いみたいだが、実際、国民は冷静にこの事態を分析しているだろう。すると、この「脱出」という選択肢は決して妄想・幻想ではない。かなりのレベルでリアリティーのある選択肢のように思いますね。

 苦しい時だからこの国に残ってみんなでひとつになり頑張ろう!と言うのは簡単であるが、なかなか、厳しい現実はある。やる気のない人、私利私欲モードで軸のぶれている人、環境問題もエネルギー問題も特に関係なく危機感の薄い人が脱出するなら、少しは精査されるだろうが、実際はその逆だろう。日本の頭脳と言われている人達は全て海外の企業や大学の研究室で成果を上げている。つまり、ずっと叫ばれている空洞化がいよいよラストスパートということだろう。で、出て行く人は比較的、見えている人であり、できる人達なのである。この国に固執しているのでもなく、この国を愛しているのでもない、この国に依存している人が残っている構図が否めない。愛国心と依存心を混同しないことである。

 で、10年後、日本はどうなっているだろう?それを思い描くとゾッとする。そもそも、政治や行政の人間が無能であることはいいとして、本来、才能と志を持っている若者がその能力を発揮できる社会なのかという軸でこれからの10年間を捉えるべきである。社会構造が私有から共有へ移行せざるをえないのは獲りあうモノが絶対的に少ないからである。世界的に見ても失業率は低い方だろうが、それでも、個体としての能力ののびしろは現在の情報に網羅・列挙されている物理定数だけで安易に判断はできない。

 さて、この書籍の中のリアリティーはどんな感じだろうか。とても、気になる一冊ですね。

19.99ドル!

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 これが19.99ドルか・・・、これは娘の子どもにもその子どもにも伝えたい一冊ですな。完全無欠の保存版という本でしょうね。これが、電子書籍でってなるかならないかで言うなら絶対にNO!

アンダー・ザ・ドーム@キング

 出た出た出てしまった。ひさびさのキングである。またもや独特の条件と状況が設定されているみたいである。小説もあまり予備知識を入れないのがベターなので、小さい広告でこの新刊のことを知りましたが、まだ、ネットでは検索していない。書店で発見したらチェックしたいと思っております。近年、キングは長編タイプから短編タイプといろいろなスタイルの新刊を出してこられた、本人いわく、長編は出版社の希望であり自分としてはあまりのり気ではなかっとかつぶやいているが、さてそれもfakeかもしれいないし・・・。まぁ、キングが素直に何かを世界の読者にコメントとして打ち明けるというようなことはされないだろうし、してほしくもないが、こうして、新しい切り口の新作が出てくることはとても嬉しいことである。

 上下で¥2,900が2冊か、う~ん、大物である。

すべての仕事を紙1枚に・・・。

 アマゾンで第1位という著書「すべての仕事を紙1枚にまとめてしまう整理術」がクロスメディア・パブリッシングから¥1,449で出ている。著者は高橋政史という方。「いらないものを思いっきり捨て、シンプルに整理する力を磨くと~」みたいなことであり、「これでダメならあきらめてください!」とある。頭の中のモヤモヤと、机の上のごちゃごちゃを、一気にスッキリさせる7つのスキルが身につくらしい。まぁ、この著者の背景がこの書籍を読むまで知覚できないから、これらの言葉の信憑性がどこまで伸びるかは未定としても、この場合「すべての仕事」とはいったい何を指しているのだろうか?1枚の紙にまとめることが整理術だとは理解できるが、仕事の目的はそもそも整理ではない。それはひとつのプロセスですし、言わば、仕事にゴールはないのから、いずれも仮設定の仮設定で「工夫が足りない!」と相対的に言いたいのだろうか。しかし、その道のエキスパートなら工夫をしてきたからエキスパートとして成立中なわけで、この書籍が4万分突破したということはいったいどれぐらいのリアリティーがあるのだろうと考えてしまう。

 アマゾンで第1位はいいが、アマゾンでベストセラーになる「仕事術」ってかなりフラットで軟化しているスキルのお話の可能性があるぞ。まして、受け入れられやすいシステムだから、相対が絶対かとなるとおそらく相対のはず(そもそもメデァイのテイで絶対ではない。)。この7つのスキルとやらに取り組んでも少なくとも4万部の購入者はそれを情報として知っていることになり、その50%が正直にこの7つのスキル獲得にトライしたとして、その満足度は相対的に¥1,447の価値があるのかないのか?というよりも、それが¥1,447の価値なのかな?となる。つまり、この著者や出版元の狙いは啓蒙するために啓蒙しているのである。そして、「これでダメならあきらめてください!」と広告面にライティングしてしまう広告デレクターの直下のライターの狙いは意外と薄いように思える。

 さて、「すべての仕事」の部分であるが、おそらく、「ひとまず便宜上「すべて」と想定できる仕事」が正しい。整理術だから、さすがにまとめないでくださいとは言えないだろうが、「紙1枚」という変数を定義することで視覚化して具現化しましょうということだろう。有効なインプットとアウトプットを繰り返すことで、思考の流れを潤滑にして能率と効率と品質を上げましょうということだろう。

 「紙1枚」も、メモ用紙なのかノート1ページなのか大判模造紙なのかロール紙なのか規定されていないから、このアプローチも鵜呑みにはできない。世の中、効率効率と時間を短縮することばかりに注視しているが、短縮することがイコール効率だとは思えないし、本や新聞の読み方が変わった!などと読者の声をチョイスしてピックアップしているが、どう変わったのかが問題で、整理できたが、スリム化し思考をダイエットしたつもりが大切な筋肉や脂肪も落としてダイエット成功みたいなノリでは本末転倒。思考の瞬発力や持久力を高めるためには紙1枚にまとめることはほんとに有効か?2~3枚ぐらい必要なんじゃないの?それにちょっとぐらいモヤモヤがある方が脳細胞は活性化し続けるんじゃなの?と、生産的にあくまでも生産的な意味でツッコみたい書籍でした。まず、買わないが・・・(なんや、買わんのかい!?)。

生物学的文明論。

 新潮新書の書籍。本川達雄(動物生理学者)さんの書籍である。そのタイトルが「生物学的文明論」とある。ベストセラー「ゾウの時間 ネズミの時間」の著者である。この著書から20年を経て、ココイチで現代を生物学的視点で捉えているのだろう。目からウロコの現代分析なんだろう。「ヒトと人間がズレている!?」とのこと。さてさて、どんな物語(論理・分析・洞察・仮説・定理)が展開されているんだろうか、楽しみ楽しみです。

刑務所図書館の人びと。

 柏書房から出ている¥2,500の書籍「刑務所図書館の人びと 金原瑞人・野沢佳織訳 アヴィ・スタインバーグ著」。著者はエルサレム生まれの米国育ちとのこと。ハーバード大学を卒業するもやりたいことが見つからずボストンの刑務所司書の職に応募してしまったことがこの書籍の始まり、とのこと。なんと不思議な経歴の著者だろう。でも、素敵です。元来、気弱な彼を待っていたのは、ギャングや銃器密輸人やサイコキラーたちだったらしい。なんとも事実は小説より~なんとかである。実際、図書館で本を読む受刑者はひとにぎり。そこは討論と喧嘩の場であり、秘密の手紙が行き来している。その彼が女因クラスを受け持つことになり、そこで書かれるエッセイのすばらしさも記述されている。そして、図書の間にはさんでやりとりをする文書「凧(カイト)」という存在。「ソール・ベローばりのラブレター」あり、「神のお告げ」ありの秀逸な文脈の宝庫。これらをアーカイブすることが司書の仕事の裏バージョン。なんと、稀有な経験から紐解かれた文書なのだ!という印象ですね。

 強制収容所における人間性の「壊疽」を止めるためにも文学が必要だと書いた、アウシュビッツから生還した「これが人間か」を書いたプリーモ・レーヴィー。本書は人が人であるための言葉と機知に満ちているということ。情報過多の中、その本質を見極められない現代において、制限・制約された空間でこそ言葉に接する意味や価値があるとこの著書には言っているような気がする。飽和した権利の中、知識が壊疽を起こしているのは実は刑務所の外の人間かもしれないぞ。この情報時代の一番先を走っている走者の後姿は決して見えないが、本当にこのルートでいいのか、このまま世間一般のスピードで走り続ける意味と、ちょっと、道草をしてうさぎ的でもいいから、木の陰でいろいろな言葉をじっくり追い、たまには昼寝してみることの方が、実は、いい感じなのではないだろうか。「うさぎと亀」の真理をいつまでも鵜呑みにしていると、本当のうさぎの気持ちも、亀の気持ちも、美談の側面しか見えない。さてさて、時にはのろまで堅実な亀のように、時には快活でううかりやのウサギのようにでいいのではないだろうか。今の時代、作用と反作用の相互性こそが様々なベクトルに効果的なのでは・・・。

憂鬱でなければ、仕事じゃない。

 講談社から出ている書籍らしい。タイトルは「憂鬱でなければ、仕事じゃない。」と。幻冬舎の社長とサイバーエージェンの社長の共著らしい。なかなか、いまどきな書籍みたいである。「とてつもないビジネスマンのバイブルが誕生した!」となっている。二人の社長が交錯した瞬間の化学反応だ!みたいなテイである。この広告文から気になるフレーズをいくつか紹介します。う~ん、おそくらく、この本を書店で発見したら買うな・・・。でも、アマゾンでは買わないな・・・。

 「何が大切で何が無駄か?あななの臓腑をえぐる35の言葉」価値観の問題に注視しているのだろう。大切なもの、無駄なものをこの二人に決めてもらいたいわけではないが、「あなたの臓腑をえぐる」とまで書いちゃったのだから、よほど鋭利な言葉があるのだろと想像させるテクはさすが出版社の社長であり、講談社である。さて、35の便宜性が予定調和か物理定数か?ってことで気になりますね。

 人としての基本としての言葉。「小さなことにくよくよしろよ」と。そんなこと講談社の書籍に言われなくとも日常茶飯事ですって感じ。あなたのくよくよと私のくよくよをお互い電子顕微鏡で見た時、その形状の美しさと醜さ、不連続な運動パターン、未知の元素があるかないのか、そんなことで勝負できたら楽しいですね。

 人の心を掴むとしての言葉。「切らして渡せなかった名刺は速達で送れ」って、私は高校3年生の頃から、自分の名刺を切らしたことがない。名刺を切らしたことは1日もありません。N.Y.にも富士山にも山奥のダムでバス釣りをしていた時でも自分の名刺は持っています。

 成功への動機付けとしての言葉。「スポーツは、仕事のシャドーボクシングである。」まぁ、それはなんとなく理解できますね。ただ、仕事とスポーツをシャドーボクシングに例えるのはえぐり過ぎでしょう?!みたいな論理ですね。ただ、よりすぐりの論証を寄せ集めているだろうから、ここは別段、シャドーボクシングでいいと思いますが、運動音痴=仕事音痴っていう構図は何も身体能力のそれを直接指しているわけじゃなく、部活やスポーツをしてきた人間の健康管理だとか自分の身体や精神力の部分を自分で活性化させる術や日々の積み重ねの鍛錬みたいなところと微妙にシンクロしているんでしょうね。うんうんって感じ。所謂、タテのコミュニケーション能力について洞察してることが想定されますね。

 最後に、「ワインは、働く男の「血」である。」ともあるが、そこは「知」でいいんじゃない。

 で、やはり、ここまで気になってしまうと、買うな・・・たぶん。

ふしぎなキリスト教。

 まぁ、神についてどう考えるかって人間の永遠のテーマでありテーゼでしょうが、このような書籍が生まれる、そして、それが世の中に流通するってことを考えると、「キリスト教」ありきとなる。これについて否定も肯定もしないし、人間最後の最後で信じる者が救われるという概念はとても人間らしいからそれはそれでいいんじゃないと思います。ただ、既成事実としてこのような書籍が生まれる経緯を人類学上といういう類のアプローチで行う時、その両極かその振幅の中に存在する議論のテイストは、キリスト教が普及する以前のどこかのタイミングで発症したこと。それをまず紐解かなければ、ふしぎかどうかも規定できないだろう。仮説に仮説を重ねても…みたいな感じ。

 でも、世界で一番発行部数の多い書籍が「聖書」だから、「THE BOOK」っていうぐらいの存在感を今更なんともしがたいわけで、それはそれとして、自分自身がどう考えるかという鏡のように捉えることが一番大切で正確なアプローチではないかと思います。否定や肯定について生産的な議論はできないわけですし・・・。信じているモノが何かをいったいどんな方法や道具で共有すればいいのか?人間の心はそんなに簡単で単純ではないでしょうし。まぁ、「ふしぎ~」としておく方が人間的かなと。

 で、茂木さんが推薦分を書いている。脳科学の分野から一体「キリスト教」に対してどんな洞察をされるのだろう?それは窒素や水素に対して何を思うか・・・に近いアプローチになりそうですしね。

 その起源から近代社会への影響まですべての疑問に答える最強の入門書ってことですが、別に入門するテイはさて置き、すべての疑問の出所と信憑性がまずどう確保されているかを知るだけでも、この書籍、なんとなく興味が湧いてきます。

廃墟の写真か・・・。

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 なんとなく切なく、なんとなくドラマチック、そして、なんとなく異国感が漂うこの写真集。そうかそうか、このタイプでもちゃんと図書館に所蔵されているのか・・・。ちょっと、感動です。

 しかし、このカメラの人、よくもまぁこの視点でいろいろ動いておられること。それがまず感動。日本各地に点在するこの時間が止まった空間な感じはなんでしょう。悲劇なのか芸術なのか?って感じ。書店でチラミはしていただけに図書館で借りられるって紙一重で「買い」ではなかったのでso-good!

 でも、日本人って出版文化が発達してきた国民だから、書籍は買って読むということが軸にあるらしい。でも、現在では中古本やシェアが主流だし、電子書籍なのふわふわしたコンテンツもあるし、そのあたりのニーズは多様になった。でも、学生の頃は時間があれば図書館にいたので、働き出してから自分のfavoriteなbooksを買う特権を与えられた感じはすごく大人な感覚だったような記憶がある。しかし、買うだけが能じゃない、借りて読む文化のアメリカに習うのもいいかもしれないぞ。だって、アメリカ人は「読書」を消費と捉えている。じゃあ、日本人は生粋のコレクターか!?浮世を離れた所蔵家がどこかカッコイイみたいな空気が旧態依然からありますよね。じゃあじゃあ、「家は借りて住め、本は買って読め!」って誰の言葉だ?

えっ、ボクがやるんですか?

 「部下に教えたい社会人のものの言い方100」がサブタイトルの「えっ、ボクがやるんですか?」という書籍がある。なかなかいい視点であるし、これを買うターゲットはかなりこの部分で心労が絶えない人達なんだろう。素っ頓狂なNGワード連発の新人類がこうも社会の構造を意味なく多様にしているのかとという嘆きが聞こえきそうな書籍である。仕事を上手く流す、効率を上げ商品の品質を高めるためにも、jこのタイプの新人類をなんとか処理して更生させ社会人として立派なパーツにしなければ管理職の人自身のポジションも危ないぞ!的な警告の書なんでしょうね。

 例えばNGワードとはこんな感じ。「課長だって間違ったじゃないですか!」「この会社を選んだのは休日数が多いからです。」「それ、命令ですか?」「手が空いたときでいいって言ったじゃないですか!」「ボク、そういうことできないんです。」「そんなこと、先に言ってくださいよ」「だって、言われたとおりにややったんですよ」「時間かかりますよ」「次の指示を待っていました」「なんでその謝罪をボクがするんですか?」などなど。少なくともこの事例の中には女性がいないことがおぼろげに理解できる。つまり、めんどくさい奴というのは比較的男性の場合が多いということなのだろう。そして、比較的、いろいろな面で紙一重の野郎が多い。確かに自分自身の経験で会社に属していた頃、いろいろな連中と仕事をしなければいけないからいろいろな連中と連動するために苦労をしたような記憶もなくはないが、完全直結の自分のペースを崩さない私は、あまり、このタイプのコミュニケーションで苦労した記憶がない。やっぱ、職場のコミュニケーションって作用と反作用だから、こうなっちゃう原因は上司にもあるはず。何もメンドクサイ野郎だって白い状態からはさすがにこのようなタレナガシはしないだろう。なんとかしたいなら、実は、部下の言い方を注意する前に自分の物腰を再チェックする必要もあるんじゃないかなと思います。

 って、もし、仮に私がまだ会社組織のある部署の責任者だとして、そこの部下が私の指示に対してこのようなリアクションをした場合、どのようなことになるのだろう。そのコメント事例はあまりも恐ろしくてここに書き綴ることなどできないが、私は組織にいたころは若さもあったのだろうが、オブラートを持ち合わせていないタイプの人間だったし、それが、どこかクリエイターだと勘違いしていた。だから、切るか切られるかみたいな職場が理想だと思っていたので、よくバッサリ切られたし、まぁ、その日の気分で無意味にに無作為に刀を振り回していた。そんなことをしても生産的な時間は築けないことをようやく20代の後半頃に気づき言葉はできるだけ温存するようにしているし、考えをすぐ口にせず反芻することをその経験から学んだような気がします。まだまだ、未熟そのものですが・・・。

 で、例えばこんな感じ。「えっ、ボクがやるんですか?」「はい、やるんです!」「それは聞いていなかったですが・・・」「言いました。」「でも、もっと詳細を言っていただかないと・・・」「どこまで言えば良かったですか?」「どこから始めるかとか、予め注意する点とか、何故、私がそれをやらなければいけないのかについての理由などですね。」「では、そもそも、お前は何故そこでその質問をしているのですか?」「ええっ!」「何のために、私はお前のその質問に答えていると思いますか?」「それは、仕事だから」「それが答です。仕事だからお前がやるんです。いやいや、理解する必要などないですよ。言葉どおりです。でも、できないなら言ってくださいね。別の方にお願いしますから」「できるかできないかではできますが・・・」「では、何故この仕事をお前が・・・の部分で理解できませんか?」「はい」「では、逆に質問です。何故この疑問に対して私がお前に説明をしなければいけないと思いますか?」「それは会社の組織として・・・」「それが社会だということは理解しているようですね。」「一応、大学を出ていますから」「大学を出ても出なくても社会は理解できるでしょうけれど、お前の理解力のベースが大学で養われたとして、そのベースありきで、ボクがやるんですか?と聞いたのですか?」「・・・」「やってください。お願いします。」となる。このテイが実際あったことなのか否かは言及できませんが・・・。

滝川クリステル著「恋する理由」。

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 まぁ、タレント本の類かとタカをくくりながらも、どこか気になる。タレントのエッセイほどふわふわしたものはなく、たぶん、幽霊が世の中のタレントのイメージを適当に感覚的に編集したのがタレント本だろうし、それについてニーズがあるのだから否定も肯定もしないが、ただ、ただ、気なる存在のエッセイとなるとちょっと好奇心が湧いてしまう。この好奇心が一旦、頭も擡げると始末が悪い。いつまでも覚えている。覚えなくてはいけないことなど瞬殺で忘れるくせに、一旦、頭や心がキャッチした信号はどうも残留パルスが強いのか共鳴係数が高いのか残る。

 さて、滝川クリステルさんのことはテレビやCMに出ているキレイな才女としうイメージでしかなく、別段特筆するような発言でも存在感でもない。が、ダブルアイデンティティということやそのどこか自然体でいながら、言葉にできない知的な大きなsomethingを発散している美人であるとは捉えている。仕事でbeautifulなモデルさんやタレントさんを観てきたが、たぶん滝川さんをマジカで見たり話したりするような機会があれば、相当のチャクラを発散していることだろう。

 で、講談社から「恋する理由」というタイトルで書籍が出ているらしい・・・。「ドレス一枚と愛ひとつ。結婚しても、子どもがいても、いくつになってもオンナであることを忘れないフランス女性。お金を使わなくても心は豊か。彼女たちが教えてくれる、シンプルスタイル。」って、たぶん、どこかのライター作品だろうし、とくに掘り下げるライティングではないが、ただ、「フランス」という文化は気になるぞ気になるぞ。

 それに講談社だし、しっかり編集しているだろうし・・・、忘れなければ買うかもしれない。

ずっとやりたかったこと・・・。

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 で、その梅田行脚の流れの中で紀伊国屋書店で買った書籍。2時間あらゆるコーナーをチェックしていると、買いたいリストがあっという間に30冊を超えてしまったので、じっくり本日の予算を考慮して、この1冊に絞り込みました。最近の傾向として、翻訳本に興味が湧く傾向があり、日本人が著者の書籍よりも海外の著者の翻訳本がいい感じ。画集やソフトやデザインやWEBや心理学や生物学や天文学や洋書や登山の専門誌などキリがないので、この一冊に絞り込んだというわけ。いやいや絞りに絞り込んだだけにかなりの良書でした。満~足、満~足(by シロ)。

疑問解決!185。

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 株式会社翔泳社さんから2011年3月10日出版されている書籍「WEB DESIGN FORIM~10人のプロが教える原則と経験則」、¥1,890(税込)なり。ほぼ毎日通う地元の書店サンミュージックさんのデザイン・WEB・パソコンのコーナーで昨日発見した書籍。新しい書籍が入ったらピンと来るほどチェックしているので、この書籍は即決で購入。これが書店の情報のディテール。書店に行くと気になる書籍、無視していい書籍に大きく分かれるが、書籍の買い方としては大きく3つに分けることができる。

 今回のように書店で発見して即決購入のパターン。これは、日頃気にしていることと書籍の内容やタイミングがマッチした場合、何があってもそれは購入している。過去にこれは即決レベルの書籍だったにも関わらず、ちょっと考えてしまって、次の日に書店に行った際、それがすでに書棚な無かった場合のプラスマイナスの振幅は意外と大きい。アマゾンで購入すればいいじゃんってことですが、それは書籍を手に入れるということだけに注視すればそれだけのお話なのですが、この即決購入パターンはそれ以外のSOMETHINGがある。

 つまり、書籍を発見して即決ってことはそれをずっと望んでいた気持ちがあるってことで、それに書籍の内容や価格がマッチするというこのタイミングが、その書籍の内容に対峙する場合のテンションやモチベーションに連動しているのである。また、日を改めようということは、どこかモチベーションが濁っているというこであり、そのことが好奇心の軸をぶれさせる。それが知識として頭にインプットする際の障害になる場合がある。気持ちひとつの問題ではあるが、即決購入パターンは自分自身が求めているニーズが今目の前にあるということ。それに対して決断をできない何かがモチベーションに対して、引いては自分自身に対してとても重要な何かである場合が多いのである。

 そして、次のレベルは「検討案件パターン」。ニーズもあった。内容もそこそこ。価格帯もそこそこ。しかし、購入は一時検討しようと考える書籍。これが、実は一番多い。多過ぎてその全てを覚えていない。できるだけメモをしてチェックしたリストを残しているが、あらゆるジャンルの書籍に近い数を検討しているし、雑誌広告から新聞広告から友人・知人からの紹介、いろいろなネットの仲間からのオススメ書籍などなど。検討案件は一旦メモや切り抜きでSAVEするが、そのメモを紛失したりして忘れている場合が多い。しかし、書店に行き、その書棚に来たときに、ふっと思い出す書籍があり、再度チェックとなる。この場合、そのリストから購入する書籍の確率は30~40%程度ですが、それでも、チェックしてメモしてチェックしてメモして日々書籍リストは貯まっているので、それでも相当の数となる。

 3つ目の購入パターンは非常に重要なパターンです。それは、まったくノーチェックでぶらりと書店に出向き出会える1冊である。まったくのノーリサーチでその書籍を買う予定などしていないし、そんな分野の書籍に自分自身が興味などなかったはずなのに、ふと手にした書籍から自分自身のイマジネーションや探究心や好奇心に火がつくパターン。これは意外と大きな火になる場合が多い。目的がありリサーチをして書籍をチラミして購入する書籍とこの青天の霹靂のような一期イチエイ的な1冊との出会いはある意味対極の選択モード。しかし、この買い方のは「アタリ」が多い。まぁ、この「アタリ」という基準も自分自身のさじ加減ひとつですから、一般的にはどうだか不明ですが・・・。

 そして、上記の3つのパターンと同じぐらいに重要なことが、「ハズレ」もたまには読む必要があるということである。明らかに嫌いな作家、スルーしたいテーマ、タイミング的にもジャンル的にもテンション的にも明らかに明らかにこの一冊は私の琴線に触れないだろう一冊でも1年に1冊程度は買って読むようにしている。しかし、大抵のことは我慢強く粘るし、楽天的な神経の私でも、この「ハズレ」の書籍を読むことが唯一のストレス。しかし、読む・・・みたいな訓練として専門書でもノンフィクションでもフィクションでも雑誌でも隅々まで読む。結果、のびしろが1%もないことだけが確認できるわけですが、それでも、ああ、やはり、このジャッジではのびしろが0%なんだと確認することも非常に重要な書籍選びのポイントなんです。これは一定期間必ず行っている裸身で滝壺に立ち冷たい水を受けるような気分。

 で、この書籍についてブログを書こうと思って書き出したが、なにやら、「私の書店での本の選び方」になってしまった。また、近々、このブログでこの書籍のオイシイ部分を抜粋させていただきます。まぁ、間違いなく¥1,890以上の価値があるでしょう。「好奇心」って私の場合、一番お金のカケシロなのです。

ワンピース62巻!5月2日か・・・。

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 そうかそうか、出るぞ出るぞ状態なんですね。楽しみ楽しみ。そうかそうか・・・。あれはどうなるのだろう?それはどうなるのだろう?新キャラは登場するのだろうか?その他のキャラはどう関係してくるんだろう?例の奴は?海軍もしばらく落ち着くのか?もう、この時期が一番ウキウキしてしまいます。47歳のおっさんがこのテイでいいのだろうか?いやいや、これでいいに決まってる!!!

他人をほめる人、けなす人。

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 草思社文庫から出ている125万部突破の大ベストセラー。著者はフランチェスコ・アルベローニという1929年生まれ。イタリアの著名な社会学者で、ミラノ現代語大学社会学教授。哲学、宗教、文学にも造詣が深く、イタリアきってのモラリストとして知られている。人間の本性にかかわる問題についての犀利(さいり)な発言は現代人の心性に強く訴え、著者のほとんどが各国に紹介されている。おもな著書に「恋愛論」、「エロティシズム」、「友情論」、「借りのある人、貸しのある人」などがあるそうです。

 少し抜粋すると「楽観的な人、悲観的な人」というチャプターがあるのですが、その中の一文。「オプティミスト(楽観主義者)はまた、困難をもより容易に乗り越えることができる。それは彼のスタンスが新たな解決にいっそう開かれているからであり、不利は条件を有利な条件にすみやかに転換できるからである。ペシミスト(悲観主義者)はまず困難を目ざとく見てとるが、それに怯え、すくんでしまう。情況を転換するにはちょっとファンタジーがあれば足りる場合が多いのに。」としている。まさにである。

 間違いなく、自分自身は「オプティミスト(楽観主義)」なので、よく他人にストレスを与えることが多いそうだが最後の最後で気にしていない。助言も多く頂くがこれもあまり心に響くことはない。ただ、そんな心の構造だが、自分が心からリスペクトしたある分野の達人やエキスパートには心を完全に奪われることが多い。これはつまり「自分勝手」なだけと批判されることになるのですが、それでもそれでも、楽観主義者は平気なのである。

 もうひとつ、「習慣を変えない人」というチャプターより抜粋。「自分のなかの一部を捨て去り、別の展望をもって世界を見ることができなければ、肉体的にも精神的にも老いていく。」としている。まさに同感である。この場合の「習慣」とは日常生活のディテールということではなく、精神的な意味での慣習の部分だろうし文化や歴史に対する依存度というか距離感の問題だろう。何も習慣を破壊して新しいリセット感を得ようとする振幅ではなく、固執することで視野が限定されると言いたいのだろう。うんうん、まさにである。

 この著書、これらのチャプターが50以上あり、¥650+消費税である。これは売れるは・・・。

誤解する英語か・・・。

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 誤解か・・・、何故これほど誤解をするのか?その誤解の根底にあるものを知りたいなぁ~と買った書籍です。そこに実は日本人の考え方の思考パターンが潜むような気がして。

元素がわかる。

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 なんでこの歳になって「元素」なのか?自分でも不明ですが、どうしても気になって買ってしまった。この類の書籍が氾濫しているので、都度、何故?が先行しつつもこればかりは「好奇心」としか言いようがなし。原子、陽子、電子、中性子、水素、ヘリウム、リチウム・・・。ナノの世界を知ればしるほど、マクロを分解できる。元素の歴史を知れば知るほど人間の好奇心の素晴らしさを知ることができる。過去の偉大な研究者とシンクロできるなどとは一切考えてはいなが、好奇心のベクトルが同じなら微量でもそれを楽しいと感じたい。何の得になるのか???この疑問はさて置き、興味があるから知りたいというだけ。だってだって、たかが元素、されど・・・ですし。

羊~です。

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 何回この映画を観たことだろう、そして、何回トマスハリスの原作を読んだことだろう。N.Y.に滞在していた時にビデオショップで外国版(VHS)も買ったし、勿論、DVDもある。そして、この英語版の原作本である。どんだけひとつの原作に飲み込まれてんねん!という感じですが。たぶん、この物語は過去に読んだ、出会った物語の中全てでBEST5に入る作品である。何がBEST1かについては気分で変動するために言及・限定はできない域のお話の中でも、映画との連動を考えるとBEST1かもしれない。

 ふと、あるレクターのセリフがどうしても気になり、書庫からひっぱりだして確認したってわけ。いやぁ~こんな小説書きてぇ~なぁ~!ちくしょう!!!

FLASH プロの現場の仕事術。

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 アウトラインは理解しているつもりでも、やはり、最新のソフトにはFALSHを愛するデベロッパーの魂が息づいている。それは、開発者が感じ取った市場のニーズがこれでもかと反映されているのだろう。そのリアルを知るためにも、新しいバージョンの書籍が出れば買う、新しいアプローチの書籍を発見したら買うのループ。ここを惜しむと大変なことになる。この世界、ほんとに一瞬で取り残されるから・・・。でも、ガッツリ取り組める時間もないので、必要な部分を集中して広い読みになる傾向がある。当然、新しい技術やスクリプトは一回では絶対に頭に入らない。そして、残らない。だから、いつでも手の届くところに置いておく必要のある情報。気軽にどこでもふと気になったらページをめくれる書籍以上の存在はない。ネットを探せばどこかにあるのだろうけれど、そこに辿りつく時間がかったるいというか、その時間がモチベーションやコンセントレーションを下げるのである。間違いなくネットの検索中は余計な情報も画面にチラチラするので集中力が殺がれる。情報が豊富なのはいいことだし、いつもいつも紙一重でネットの情報には助けられているが、さて、自分の欲しい情報だけを一番いいカタチで引っ張り出したい時、ネットはめんどい。というか遠い感覚がある。だから、絶対に何かを会得したいなら、確実に自分の中に入れたいのなら、書籍を擦り切れるまで読み、メモを書き込み、付箋を貼り、角を折るに限る。これが紙というメデァイの最大のポテンシャル。

 で、いまさらアップルさんにそっぽを向けられたFLASHの書籍を読んでどうすの?的な感じもあるのですが、こればかりは世の中的にテンションが上がらず旬なツールでなくとも「好き」だから仕方ない。便利便利って便利基準で何でも選ぶことは大切な視点かもしれないですが、便利じゃないモノ、ちょっとクセのあるモノ、ややこいが憎めないモノってやっぱ愛してしまいますね。スマートなデバイスでイケてるタッチには遠くなりつつあるけれど・・・、やっぱり「好き」こそが・・・の始まり。

 Don't think, feeeeeeeeeeeel...なのである。

深海のYrrを読んで。

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 この小説は上・中・下ですべてが600ページ近いボリュームでした。しかし、その中に書かれている物語は秀逸そのもの。ドイツのマイケル・クライトンと称されることはとても理解できた。あと数冊この作家さんの書籍が存在しているらしいので早速2作品目をチェックしている。しかし、なんとも、素晴らしい物語。「人間とは?」という疑問に対する答えなど・・・と暴論を期待せざるをえないとタカを括りかけていたところにこの小説との出会いである。いやいや、人間も捨てたもんじゃないなぁ~とそう思える小説でした。そのリサーチ力はもう科学の専門書のそれに同位している。神も登場するしフロイトも登場するしアインシュタインも登場する。じゃあどうこれをまとめているの???となるが、それが、この約1800ページに集約されている、そういう小説でした。3.11前に購入して読み始め、物語が進行していく過程で3.11になった。そこから、津波・地震・放射能・海洋汚染・世界の思惑と戦略・・・どれもこれも現実に起こっていることとリアルにシンクロして、地震の予報を気にしながら読む「深海のYrr」はリアル過ぎました。ある意味、最高のタイミングでこの小説を読むことができたのかもしれないと思っております。

 「すべてはひとつ・・・」。うん、すべてはひとつなんですね。

 2012の原作も映画も読んで観ている上での「深海のYrr」ってのは最高の「盛り」でした。

詳しくはこちら。http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4150411700/hatena-hamazou-22/

アップルとアマゾンとホーキング。

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 すでに仮想現実の世界や論理の世界では大きな波動が押し寄せて来ていた。それは命を奪うような波動では決してないが、個人としての存在感や企業としてのリアリティーを孤立させる大きなチカラを持っている。「別にインターネットなど活用しなくとも仕事はできる。」と思いたいだろうし、それでも成立する部分は確かにありなのですが、闇雲にアップルもアマゾンも猛進しているわけではない。市場が求めているニーズのひとつの答がこれなのであるから。それを、また、新刊であるこのホーキングがどう洞察・分析しているのか。この2冊の相関性は遠いように思えるが、実は、ニアミス感もある。

 で、それが、どう自分自身やアクトの業務スタイルと関係するかなどについても、やはり、リサーチしておくべきことだと思っての入手なのである。よくよく読み進めて、「ちょっと遠かったなぁ~」で終わればそれはそれで自分自身のポテンシャルであるし、そこで、何かオモロイ論証が得られれば、何か、「らしい」波動が創れるように感じます。

 書籍という梯子を登れば見える景色が違ってくるというAC広告のあれは、なかなか、的を得ているように思います。見えていることと会得・体得していることは違うし、知覚していても行動と連動するとも違う。しかし、見えていなければ何も始まらないが人間社会の常。視野と思考のディプスの振幅はあればあるほどいいはず。まぁ、ホーキングレベルとシンクロできるなどとは思わないが、その片隅にあるSOMETHINGぐらいは拾えるかもしれないですし・・・。

錯覚の科学。

 「錯覚にはいろいろな種類がある。まずは、物理的錯覚(蜃気楼やドップラー効果)、知覚的錯覚(だまし絵や錯視)、認知的錯覚(不注意や感違い)に分けられる。本書で言う錯覚は認知的錯覚である。注意、記憶、推論、自己認識などの錯覚が具体例や文献とともにわかりやすく解説されている。認知的錯覚は、その誤った見方・捉え方を訂正して正しく認識し直すことが可能だる。ところが、人間にはその訂正能力を過大に見積もる「錯覚」もある。それにもっと気を配ろうと著者たちは言う。例えば、原題になっている「見えないゴリラ」は心理学や神経科学の研究者の間では有名な面白デモで、バスケットボールのパスをしている中をゴリラの着ぐるみが胸を叩いて目立つように横切るという動画があるが、パスを数えている観察者の約半数はゴリラに気がつかなかった。注意の資源は有限だということだ。しかし、「そんな目立つものは簡単に気づくはずだ」と多くの人は考える。これが「錯覚」だ。たとえば、クルマの運転中の携帯電話の使用はハンズフリーの機種でも注意が不足して危険なのだが、多く人はそうは思わない。著者たちは「モーツァルト効果」をやり玉に挙げる。「モーツァルトの音楽を聴くと頭がよくなる」という迷信のことだ。この迷信の発生源は科学誌「ネイチャー」に1993年に掲載された論文であるという。モーツァルトを聴く被験者群、リラグゼーションのテープを聴く群、同時間黙って座っている群に事後テストしたら、モーツァルトを聴いた群の「抽象的推理能力」得点が他よりも高かったというのだ。心理学としてはずいぶん甘い実験計画である。どうダメなのかは本書を読んで頂くとして、この迷信は科学的な批判を浴びても沈静化するばかりか、何のデータもないのに「モーツァルトをこどもに聴かせるとよい」という方向に化けていく。その他、能トレやサブリミナルに言われているような効果はないなど、エセ科学への批判は容赦ない。直観的な思考の危うさも指摘する。もっとも、本書は啓蒙書ではなく、大人向きの楽しい科学本である。翻訳も素晴らしい。」とある記事に記載されていた。全文抜粋しました。

 批判することは簡単であるが、批判するためには軸がいる。それは、歴史や文化や経済も含めた慣習というか生活レベルの臭いのようなもの。その中に存在する軸が多面的に意識されていないとこの洞察や分析は散漫になるだろう。もとより、現在の日本、景気が低迷していた上に、この度の東日本大震災の影響と福島原発の歴史的な大事故でこの臭いがそれこそ濁っている。まさに、錯覚が生まれる混沌とした状態の極みである。「祈り」をベースにこの混沌とした情勢の隙間にトラップが仕掛けられる可能性がある。投資家達の錯覚、国家間の錯覚、個体と個体間に生じる数多の錯覚をどう制御するのかこそが、今、世界規模で問われているような気がする。正解はない。信じるものが救われるという暴論にも共感はできない。科学という軸が全ての正解を導き出せるとも思わないが、ひとつの有効なアプローチであることはリアルである。多くの尊い命を代償にfakeよりに心が傾かぬよう軸足を鍛えたい。祈るとは失ったものへの尊厳を軸に今ある命をその先へ繋げること。例えそれが錯覚でもいいから、掴み抱き温かい大切なモノを守ること。

ホーキングが語る。

 「ホーキング、宇宙と人間を語る~なぜ、宇宙は存在しているのでしょうか?なぜ、私たちは存在しているのでしょうか?私たちはいったい何者なのでしょうか?私たちと宇宙を支配する究極の理論とは何なのでしょう? 世界的ベストセラー「ホーキング、宇宙を語る」「ホーキング、未来を語る」に続く、9年ぶりの最新理論。」¥1,890。そうか、第3段が出たのか。

 これは、絶対に買わねばならない。しかし、上記の2冊はスルーした。「宇宙」にも「未来」にも興味があまりないからである。正確にはそれを分かった・知った・感じたところで、無に等しいと感じるから。しかし、その概念や概要はリサーチした。が、原文は読んでいない。でも、ホーキングが「人間」を語るなら、その書籍は絶対に読みたいと思っています。

武術「奥義」の科学@吉福康郎著

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 健康おたくの私が必ず気にするのが呼吸法。呼吸が乱れると全てが乱れる。しかし、いつも沈着冷静には人間いられるはずがない。だから、呼吸で荒ぶる鼓動を鎮める。呼吸で鎮静化した身体を高揚させてテンションを上げる、みたいなことに興味がある。その向こうに本当の健康があると感じるからである。心を整えるのも実は身体であり呼吸法などの体技のはず。だから、このテイの書籍が気になる気になる。でも、何か不徳の事態にも身体が反応できるように頭でまず理解しておくことも必要。むやみに喧嘩などするはずもないが、危険な場面で最大限自らの安全を守るための体技は少しぐらい頭にあっても損はしないはず。身体の構造や骨・腱・筋肉の仕組みを理解しておけば、山でクマに出くわしてももしかしたら、退治できる・・・できないできない。でも、まぁ、悪意のないチンピラ程度に絡らまれた場合、歩けなくするぐらいは適正な処置かもしれないし、自己防衛程度のスキルは日頃から意識しておくぐらいがちょっと凛として生きているって感じが・・・。

 もしもの場面、この本の知識で回避できるとしたら¥860は適正な保険代かもしれないですし・・・。

競争と公平感@大竹文雄著

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 これこれ、やっと発見。アマゾン経由かなぁ~と思っていたらちゃんとしっかり書店さんは仕入れてくれていました。素晴らしいです。ずっと気になっていた書籍だけに書店にふらりのタイミングで発見できるとこれまた書籍との一期一会を感じてしまいます。日本人はなぜ競争が嫌いなのか?たぶん、それは競争相手に恵まれてこなかった歴史があるからでしょう。昔から国取り合戦に一喜一憂して同種同志で利権を争い血を流してきた歴史を実は心のどこかで恥じているのでしょう。だから、美化された戦国時代や明治維新のハリボテに一喜一憂できるという仕組み。まぁ、そんなことはたぶん書いていないだろうが、それでも、資本主義において市場競争に対してこうも拒否反応を起こすのか?何のアレルギーなのか?で、今後はどうなるの?どうしたいの?あたりの考察が読めれば¥780はお値打ちでしょうね。

少しのお金で優雅に生きる方法@吉村葉子著

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 まぁ、このタイトルだけならこの本は「買い」ではないのですが、この著者をちょっとチラミしたら、パリを拠点にライターとしてフランスに20年間滞在とある。お金に対する価値観がどの程度どうなのか?日本の感覚と比較した場合の「優雅」に対する価値観みたいなことで発見があればと、その部分ののびしろを期待値として購入しました。女性ならではの繊細なヨーロッパ仕込みのライフスタイルをちょっとでも感じられたら¥571は安い!

MEBIUS@ARZACH

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 キノさんからの太鼓判。さてさて、この中に何が潜むのか???

デジタルアートマスター4

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 うん、京都の駅前でチラミ。かなり気になるぞ。まだまだ、この図版の中のイメージが頭に残っているぞ。うんうん、買っちゃうかもしれないぞ・・・。

深海のYrr(イール)はガチでヤバい。

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 まだ上の100ページあたりですが、かなりこの小説やばいですね。何がやばいかについてはまだ読んでいない方も多いでしょうから割愛するとして、その設定や論拠するところ、テーマや登場人物の細かい描写に至るまで全てが科学的でありすべてが抒情的である。これはかなりやばい。こんな小説はそうないだろう。早く読みたいような早く読みたくないような・・・。ひさび~ですねこれは。

 ということで、フランス版ラピュタのポスターの前で。

破壊する創造者@フランク・ライアン著

 原題は「ヴァイロリューション」。ウイルスとエヴォリューションの造語。生物の進化について、各生物の遺伝子DNAの総体はゲノムの変化を基礎としている。多くのウイルスは、言わばDNAからなる紐であり、一部分が千切れて宿主生物のゲノムに取り込まれたり、逆に遺伝子をウイルスが拾い、他種の生物のゲノムに移したりする。ウイルスは細胞に対して友好ではなく、細胞に侵入しその代謝や成長に干渉し不都合を押しつける。しかし、研究の結果、必ずしも友好的でないウイルスだけでないことが判明されたらしい。つまり、壊しながら創るという能力を結果ウイルスは行っているという洞察である。117個の元素とDNAのスパイラル。まさに地球の神秘である。これこそが「進化」の実態だと視点をこの著者なりの研究や実例で考察された書籍なのだろう。うん、なかなか面白そうである。DNAのお話は専門ではないしても人間なら普通に興味を抱くジャンルだろうしその取り組みの最前線を知ることが日常生活に何の影響があるか?となればそれまでですし、元素の存在をどう知覚したところで、論文にするつもりもないが、「気になる」「気にならない」で言えば気になる。全ては元素なのだから。それを繋ぎ合わせ方というか進化はそのプロセスであり、それは今現在で完結してるわけではない。進行形なのである。それだけを知っていれば、この著者の考察に興味を抱くに十分な理由のような気がします。

 たぶん、ここら辺の書店にはないだろうから、アマゾン経由でゲットしたい書籍ですね。

教育と平等。

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 何をもって「平等」か?教育の大義を知ることが平等を考察するのにこれほどガチでピュアだったとは・・・そんなチラミで買ってしまった書籍です。うんうん、質量もたっぷりいい書籍です。

「言葉と脳と心」か・・・。

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 言葉と脳と心の関係を失語症の権威が独特の視点で語っておられます。言語中枢の機能のある部位について素晴らしい研究結果と治療の現場のリアルがひも解かれている感じ。では、なぜ、この本が気になって購入したか・・・について、実は、言葉と脳と心の関係について必然か偶然かこの書籍に引き寄せられたような気持ち。まぁ、こうして、手の中にある以上出会いは必然でも偶然でもいい。書籍は全ページを読まずともそこに存在しているだけでその存在感からの刺激がある。これは電子書籍には決してまねできない効力である。本は読まずとも本の部分。そして、何回読んでも違う発見があるのも本の魅力。つまり、本を読むってことは高性能のスキャナが画像をスキャンしてデータ化するそれとはまったく違うってこと。人間の五感と脳がどれだけ「生きている」かってことを意識することためにも、書籍という存在は効力を発揮していると言える。

水は答えを知っているんですね。

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 世界31ヶ国で話題のロングセラー。うん、この視点この取り組みこの答えこそが・・・みたいな書籍ですね。しかし、水って正直なんですね。人間も・・・。

洋菓子店コアンドル。

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 ちょっといい感じの映画の原作本小説。まぁ、入手したのは勿論、蒼井優ちゃんが出ているから。読む気になったもの蒼井優ちゃんが出ている映画の原作だから。これは、外せないかなという感じです。例の時代劇はちょっとスルーしてしまいましたが、これはチェックですね。

感情は出そうよ・・・。

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 いつも行く書店で目新しい書籍を発見。「感情を出したほうが好かれる」という加藤諦三さんという著者の本。う~ん、なかなかビンゴでしたね。あなたの弱点を隠すな!と副題にあるのですが、ぶらりと立ち寄った書籍でこのタイミングの出会いは書店ならではのリアル。この出会いがあるからリアルブックは楽しいのです。電子書籍にはないひとつの醍醐味ですね。

 で、内容に興味ある方はぜひ購入していただきたいのですが、少しだけ入りの部分を紹介すると、こんなフレーズがある。「人は弱点を隠そうとしない人を好きになる。」この真理は意外に新しい。書籍のキーフレーズは海外の最新の研究書籍からひも解かれているので間違いない論拠。世の中にはノーと言っても好かれる人がいて、イエスと言っても嫌われる人がいる・・・か、なかなかの書籍でした。

 と、読み終えて、いつ頃の出版だろう?と確認すれば、なんと2011年2月10日初版となっている。なるほどなるほど未来からの贈り物なのである。これもリアルブックのガチな魅力です。

「競争と公平感」とは?

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 日本経済新聞2010年エコノミストが選ぶ経済図書ベスト10の第3位で、週刊ダイヤモンドの2010年ベスト経済書第1位と。なかなかのおひれ付きではあるが、サブタイトルの「市場経済の本当のメリット」の部分がとても気になる。大竹文雄さんという著者はまだリサーチしていないのでどのようなお人柄なのか不明としても、なんとなく気になりますね。

 こんな質問が列挙されているのですが、「なぜ日本人は競争が嫌いなのか?」「運やコネは勤勉さよりも大事か?」「競争が好きか嫌いかは何で決まるのか?」「競争のメリットとは何だろう?」「男と女、競争が好きなのはどちら?」「格差の感じ方に差が出るのはなぜ?」「私たちが公平だと感じるのはどんな時か?」などなど、気になるフレーズが散りばめられている。なかなかいい感じである。

 あまり、経済のどうのこうのなど気にはならないが、「それじゃ経済人として失格でしょう!?」と過去に何度も言われているわけではありますが、それでも、上記のフレーズは気になる。

 特に「競争のメリット」の部分が一番気になりますね。「競争社会」と漠然と捉えている部分にいくつかメスが入れば悪い腫瘍も摘出できるかもしれないですし・・・。

「木暮荘物語」@三浦しをん

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 恐らく最新だろう。まだまだしをんさんの本は出ているのに何故我慢できない?何故新刊に手を出すのか?それはこれを入手するタイミングが今日だと思ったから・・・。書籍ってそんな存在ですよね。書籍ってそんな買い方でいいんですよね・・・。

人類が消えた世界か・・・。

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 ずっと気になっていてチェックしていた書籍。ハードカバーの時から気になっていてようやく文庫になっていた。そこからもずっとチェックしていたのですが、これまた、なんのタイミングかは分かりませんが、本日購入。ゆっくり楽しみたいですね。人類がいなくなる~とどういう理由かは分かりませんが、仮に~の部分でさてさて地球はどうなっていくのだろう?他の生物達はどうなるのだろう?うんうん、イメージが膨張する感じです。これも「待ち甲斐」みたいなこともちょっと期待して。

みんなの見積り大研究!

 「Web Designing」2月号の特集記事である。これは毎号とはいかないが気入った特集記事や技術的なお話で新しいことが取り上げられていたら買うようにしている専門書(マガジン)である。とにかくWEBデザインの世界は新しい技術がインターネット環境に連動して次から次へ新しい取り組みがされるので、全てを会得するとこはできないものの、全体的な流れや気になる技術やソフトについてはこうして頭にだけはSAVEする必要があります。中には海外の素敵な取り組みのWEBサイトがフォーカスされていて、実際の仕事のヒントやサインになることもあり、とてもいい雑誌だと思います。

 で、この号の中に「Webサイトの提案と見積りに関する現状を徹底調査 みんなの見積り大研究」という記事があったのでこの中に記述しているいくつかのポイントと実際自分自身が自社で取り組んでいるビジネススタイルの相違点などを少し。ちょっとビジネスモードのブログになります。

 まず、WEBサイト案件のお見積書を作成する際には3つのポイントがると書かれている。それは「成果」。つまり、クライアントさんがWEBサイトにどのような成果を求めているかを反映させる必要があると。そして、次が「物価基準」です。これは世間一般の物価基準値だけではなく、この業界の基準値も意識しなければいけないということ。物価が変動し上がる下がるを知らないければ、あさっての金額を算出してしまうことになるということ。そして、3つ目が「自分」だとのこと。「技術力」「デザイン力」「デレクション力」など制作に必要な力はどの程度?というわけである。この3つのポイントが崩れると、クライアントさんに迷惑をかけるばかりか自社の存続にさえ影響を及ぼしますよというお話でした。うんうん、確かにである。私は比較的若い(27歳ぐらい)頃からデザインやプレテ資料を作成することから、クライアントさんとの接点を得ることや、チームとして動く場合、イラストレーターさんやコピーライターさん、カメラマンさんと連携をして仕事をやらせていただく立場を頂いていたので、様々な案件ごとに金額の設定とデレクションの綾で苦労させていただけた。これが結果、今の自分を支えていることは確信があるが、ひとことでこれらのことは語れない。ただ、テーマや資料を頂きデザインを作成するなら、パソコンとイラレとフォトショップがあればできるが、企画して見積りをしてプレゼンをして、進行を管理して、印刷現場やサーバ会社と連携をとり、チーム内のスタッフの管理やデザインのクオリティーを一定以上に維持するのは、確かに20代の若造にはきつい仕事だった。しかし、楽しくもあったことも事実。組織の中でもデザインビジネスを展開しているという実感がありとても有意義でした。

 それが、時代を経て、WEBサイトの仕事になったとしても同じシンパシーで行けるという確証がある。そして、少なからず自負もある。決して黄金律などないが、もしあるとすれば、「何事もタフに突き詰め諦めない。」ということかもしれない。だから、見積りも同じであり、この雑誌に書かれていた全国のWEBサイトの現場、特に「ご提案とお見積り」の記事はとても利ある文脈でした。

 ちなみに、こんなWEBサイト、あなたならいくらで引き受ける?という事例がありました。それはこんな設定でした。「東京都内、新宿から15分の駅前に位置す美容室の新規開店。地元の駅前の新規店だから、人気を長く継続した仕組みがほしい。そして、地元にも根付いたお店を展開したい。サイトプランはトップページからリンクページへ約6ページ。スタッフが更新する公式ブログCMSも必須。特にギャラリーコーナーページは充実させたい。予約システムは不要。モバイルは必須。制作期間は約1ケ月。」とある。さぁ!いくらだ!となる。この雑誌の中に算出された見積りの数値はそれこそピンキリで、¥150,000~¥1,600,000となっている。それぞれに言い分はしっかりしているが、上記のポイントで言えばさてさてどこが適正値なのだろう?クライアントさんの予算枠もあるだろうし、相場ってものもある。私なら、概算ですが、サーバやドメインの管理を入れても30~40ぐらいだろう。これで、公開後の細かいメンテやサポートもできるはず。ただ、更新作業はボリュームによって別途となるだろう。ただ、デザインを整えて作って終わりがWEBサイトではないので、この部分、クライアントさんがどう評価してくださるかがポイントだと思っております。サーバを管理させていただく以上、長いおつきあいができないと本末転倒である。ただ、弊社の場合、印刷物や広告などのグラフィックデザインも展開しているし、時にはCM映像だけとか展示会用のDVDプレイヤー用コンテンツだけとかも展開しているので、WEBサイトだけをやって終わりというスタイルではない部分で、グラフィックコンテンツとの連動を加味して金額を算出しているという部分もアピールポイントであり競争能力かもしれない。WEB屋さんは結構DTPを見下している傾向・ニュアンスがあるが、WEBもDTPもそれぞれ奥は確実に間違いなく深いです。

 逆に、新人さんやミニマムなSOHOオフィスの方は案件を稼ぐために「希望価格での安売り」をされる。今の時代、これでは絶対に成立しない。これで瞬間風速は上がったとしても、ミニマムな予算でミニマムな展開をしながら、世の中一般の「成果」をのびしろとして期待はできない。これはかなりここまでWEBサイトが氾濫してくればいい意味でも悪い意味でも2極化していると言える。さて、確固たる提案力と技術力とデザイン力とデレクション力を駆使してガチで取り組めるのか、安易に安価なアプローチでクライアントさんからの希望をクリエイトできずに、そこでクリエイター生命を断たれるのか?デザインの現場もつまり激化しているのである。

 うんうん、なかなか、この大研究ネタ面白かった面白かった。

三浦しをん「私が語りはじめた彼は」。

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 うん、三浦しをんさん5冊目の感想は、「間違いない。」である。どう間違いないか、間違いなく小説である。小説家に期待することはひとつ、世界観も含めた分脈も含めたセンスと技術と人間性で酔わせてほしいということ。何万部売れていようがそれは関係なく、山積みにしてある小説にまぁ~間違いが多いこと。にしても「三浦しをん」さんは圧巻である。ゴシップありきの小説や何かのオマージュありきの小説は分かる。フレームをどこかから借りてきて(借りることは決して悪くないし、法典をひも解きたいわけではないので・・・)、そこに著者の経験値やリサーチ能力をベースに独自の組み立て方がされている。と同時に一文字一文字にワンフレーズワンフレーズ毎に粋な視点が散りばめられてる感じ。言わば珠玉なことの例えに相当するのですが、いい。私が読み始めたしおんさんの5冊目。ひさびさ(10年ぶり)に読み終えた直後だが、もう一回読もうと思っています。たぶん、恐らく新しい発見があるはずだろうし、心が動いたフレーズフレーズにまた反応できるかもしれないと思うと、連続2回目の期待値が膨らむ。ほんとにこんな小説は稀である。

 芥川賞も直木賞も発表されたのでチェックしに書店に行かねばならないが、まずは、これをもう一回。

今昔奇怪録@朱雀門出著。

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 ある方からのオススメの一冊。さっそく入手しました。このジャンルは全くスルーしてきましたので、ある意味楽しみです。ホラーと言えばの部分で、私の王様は「スティーブン・キング」なので、どうしても、ホラー系となるとキングと比較してしまうだろうと思っておりますが、それはまだ未知数の部分として、自分自身がリサーチして入手した小説ではないので、どれだけののびしろがこの文脈の中に存在するかが楽しみです。非科学的な部分はあまり自分的には芯を喰っていないので、どこまで琴線に触れるのかがとても楽しみです。まったくの筆おろし状態なので、さてさて、どんな振幅があるのでしょう。

 「恐怖」とはその地域の慣習や歴史などの思念的な部分が背景にあったり、宗教的な要因が深く関連している。そこに登場する人物にどこまで感情移入できて、情景描写や物語のディーテルがどこまで軸足としてぶれていないか、根拠のない論理に恐怖を覚えるのか?仮説上の文脈構成に冷たいディーテルを感じられるのか?うん、楽しみな一冊です。

しをんのしおりを知る。

 書店で三浦しをんさんの「しをんのしおり」という書籍を発見。あぁ~こんなの出てたんだと即入手して読み始めています。なかなかですね。やっぱ三浦しをんさんという作家は好きであると確認できる。4作品ほど小説を読ませていただいた段階でまだ小説も残っているし、エッセイなどもあるらしいことを知った。これは、昨今の日本の作家さんでは珍しいことである。いつも、書評のくだりで判断して書店で購入して残念!というパターンにそろそろ懲りていたので、最近の作家さんで2作目を買うというこはまずありえなかった。そんなつまらないことで時間を使うなら専門書か仕事関連の書籍を買う方が~みたいなことになっていたからである。私の好きな海外の小説家は30名ほどおられるのですが、すでに、新刊がでる可能性が非常に薄く、出た時は即購入して読んでいるものの、あとが続かないのが現実。ひとつひとつ丁寧にチラミしてチェック・リサーチするがどうもはずれな感じがするために書棚に戻す。有名な作家でも上記の30名に入っていないとちょっと躊躇してしまう。で、意を決してもほとんどが残念な結果になる。映画の原作も精力的に読むがそれでも映画の方が良かったやん!ということがほとんど。

 そんな流れを完全に三浦しをんさんは切り替えていただけた。小説としての質感や構成や空間の描写が素晴らしいこと以上に人間を愛しておられるひとつひとつの言葉が読んでいて心地いいと文章にすればたかがこの程度であるが、少なくとも出版社が売ろうとしている小説作品とは異なるモノ。逆に出版社のオススメ作品はひれが多すぎる。その割りに翼が小さく飛べない小説作品が多い。まぁ、出てくる小説全てを網羅している訳でもそれぞれの大手出版社にネットワークがあるわけでもないので、感覚的な暴論に近い見解ではあるが、書籍が売れない原因のひとつに出版社の誤解が少なくとも影響を及ぼしていることは否めないと思います。物理定数で決して書籍の質量は推量できない。それは、人を推し量ることと同じであり、小説は著者であり、著者とは小説であるからである。出版社には高学歴の方が多いらしいが、高すぎてきっと腰が曲がらないのだろう。もっと、頭のストレッチをするべきだろう~とたぶん、三浦しをんさんも思っているのではないだろうか~というニュアンスが「しをんのしおり」の中に感じられた。錯覚かもしれないが素敵な錯覚を得られる文章って、それはそれで素敵だと思う。

格闘する者に○(マル)@三浦しをん

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 うん、良書でしたね。今、書店に行くとチマチマしたゴシップ優先の小説が多い。メディアありきの小説にはどうも反応できない。仮に仮に良書だったとしても(まずそういう奇跡はない。)、入口が間違っているから読み終えた後の余韻などまずない。まして、1ページ読めばその著者の文体など明確である。まして、チャプターを見ればさらに明らか。だから、小説は書店でチラミが必須。

 で、三浦しをんさんのデビューである「格闘する者に○(マル)」は現在氾濫しているゴシップ小説群と比べて、その存在感は明らかに異なるモノ。間違いなく良書である。すでに、三浦しをんさんの作品はこれで4冊目。これは全く珍しいことであり、かなりミラクル。いわゆる現在の日本の作家の中でベストセラーを獲得しているゴシップ小説と比較してということですが、これらの小説は必ず序盤戦から「たるみ」が始まりこれはトラップかと期待するが、最後まで「たるみ」が続く。で、最後にその「たるみ」がプツリと切れて終わり。これで何を感じろというのだろうか。著者は悪くない、たぶん、編集者と出版社に原因があるからだろう。例の「KAGEROU」は100万円を頂いて読んでくださいというテイでも読まない。たぶん、あれは書籍というテイの拷問に近いと想定している。いいはずがないというか・・・。何がどう好転しようが意外が意外で終わらずかならず失速感と共に後悔が押し寄せてくるだろうから。それも時代性だと我慢することも耐久性がつくのかもしれないが、貴重な時間を心のトレーニングに浪費するつもりはない。だから、そう判断している。

 夏目漱石の臭いがする三浦しをんさんの作品、あと数冊あるらしい。これはタイミングをみて読みたいと思っていますね。

世界で一番美しい「元素図鑑」。

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 こんな図鑑があるのか・・・、子どもの頃は時間があればいろいろなカテゴリーの図鑑を見ていた記憶が蘇ってくる。図鑑こそイマジネーションを掻き立てる素材である。しかも、「元素」である。これはちょっと高価な書籍ですが、ぼぉ~と見るのに手元に置いておきたい一冊かな。

 これが、さて、電子書籍のテイで携帯デバイスで見るって感じとなると、さて・・・?たぶん、そんなのを片手にイマジネーションは広がらんだろうなぁ~。それが電子書籍コンテンツの最後のボトルネック。人間がこれに慣れる時間までさて開発者達は待てるのだろうか。

アレックスと私

 2007年9月、アレックスという名の天才ヨウム(オウムの一種)が31歳の若さで亡くなった。「鳥は思考して話す」という驚愕の事実を証明して・・・。と広告文に記載されている。ちょっとドリキとする広告だった。これは心が引き寄せられていく。「奇跡のノンフィクション」この言葉にどうも弱い。

クジラの島の少女。

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 ちょっと読み始めましたが、なかなか、ニュージーランドの人気作家の文章は面白い。このタイプはたぶん日本の書籍にはないだろう。翻訳でニュアンスが変わっているのを差し引いても面白い書籍である。やはり、海外の方のオススメ書籍はひと味もふた味もみ味も違う。何が違うか、文化や慣習が違うからではかたずけられない何かがあるんだなぁ~。

 戦国時代とか江戸時代とかもうお腹いっぱいです。でも、まだ掘り下げるのか・・・みたいな。ほんとに金脈・鉱脈を探すが好きな国民性である。そのテイのイマジネーションは豊富なのに海外の文化はサングラスを手放せないって感じ。そこを掘ってもたぶん何もないだろうに・・・ってことを言うとよくカミさんに怒られる。自分の国の歴史に興味を持って何が悪いの!と。いやいや、ほんとに歴史の芯を喰えるなら興味はありますが、戦国時代の数多の史実にどなんの確証があろうか。たぶん99%はフィクションですよ。平安・鎌倉なんてことになればもっと顕著でしょうし、一旦、全てをリセットした国なんだから、そのラインの向こうに興味があるのはこれまた日本人のさじ加減ひとつでしょう。だから、日本の歴史に興味がないのではなく、それらを一周トレスした上で海外の歴史や国民性や文化や芸術や人物に興味があると言っているのに、それでも、日本の歴史をリスペクトする日本人。

 で、空の意思はこう言っている「総和こそが本意である。」と。

「歌うクジラ」の中には何がある?

 さて、「歌うクジラ」の中には何がある?こちらの村上さんはほとんどの作品を読んでいる。なんで同じ村上なのにこれほど違う。まぁ、時代を引っ張る作家さんですから、テイストが違うのは当然。でも、もうひとりはなんであんなにメンドクサイ。

「クジラの島の少女」か・・・。

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 ある方のレビューで知った作品。映画も2004年に発表されているらしい。その原作がこちら。う~ん、何もその詳細は知らないが、とてもとても気になる。これはまず原作を入手したい。タイトルと原作の表紙デザインと映画のDVDのパッケージしか情報がないが、どうも、これはよさげである。

 こんな作品と偶然に出会えるのも、インターネットの魅力かもしれない。ただただ、向こうから来る情報を精査することにはあまり興味がない。送り手のテンションが軽いから。そして、それを進めるリアリティーがない。「買ってほしいから勧めてるんでしょ?」が絶対に0にはならない。よりも、信頼できる人が一度拝見されて、「とてもよかったです。」というコメントが素敵。そこにはデジタルコミュニケーションの真髄があるように感じます。ただ、会ったことも話したこともない方の「とてもよかったです。」には決してシンクロできないが、何回か情報交換をしていろいろパーソナルな話題で盛り上がった方であればその信頼度は高い。例えそれが長浜市内であれ、関西圏であれ、関東圏であれ、他府県であれ、NYであれ、ロンドンでも。

 にしても、スパムメールのフレンドリーな文脈にはあきれるを通り越して至高である。「私のこと覚えてる?」って、知らんわ!誰か知らんが、クジラの島でサメに食われてください。

「日本語 語感の辞典」到着!

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 ちょっとまえがきを読んだが、う~ん、この書籍(辞典)は正解。欲しい感じがどうやら120%詰まっていそうです。昔から辞書を読むことも好きだったので、ちらちらと読み進めてみたい。やはり、英語英語って言われてますが、英語の前にやはり日本人なんだから日本語でしょう・・・。そこから他の言語に翻訳すればいいだけですから。英語が話せても質量が無かったり基本的なコミュニケーションができなければ無意味ですし。と、まぁ、こんなことを考えている人間としてはいつも手元に置いておきたいホンマルの一冊ですね。

EAT,PRAY,LOVE.

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 映画で知った原作本「食べて、祈って、恋をして」。J.ロバーツが主演しているってことも魅力の一つとして、やはり、NY発で800万部突破の世界的なベストセラーとなるとチェックしたくなりますね。それに40以上の言語で翻訳されているらしい。さてさて、楽しみ楽しみ。小説は「告白」以来となります。

日本語 語感の辞典。

 日本語 語感の辞典という書籍を買った。もうすぐ到着する。これは楽しみ。WEBサイトや電子メールでのコミュニケーションにおいてどうも「語感」がになる。最近のいろいろな情報交換時に起こるいいこと悪いことはすべて3つのゴカンに包括されるような気がする。ひとつがこの「語感」そして二つ目が「五感」であり、三つ目が「互換」。この3つのゴカンが情報交換の際に注意しなければいけないポイントのように思います。印刷物ならあまり気にすることのなかった、広告やメディアの場合は相手がマスだっただけにそういうテイでという先入観や固定観念に助けられていた部分がダイレクトの情報交換においては相手のパーソナリティーを判断する必要があると言われている。つまり、印刷物に施術するコピーライトやメデァイに発信する場合のライティングとは違ったディテールをテクストに適用しなければいけないと思います。これが難しい。ひとつの語彙にさえ多様な受け取り方が発生する。これをしっかりと踏んでおくためにもこういう書籍「辞典」が開発されたのだと思います。辞典は昔から読み物だと思っているので、ぼぉ~と書籍のように読むのも楽しい。ちょっとテイストの違う書籍です。楽しみ楽しみ。

日本語「語感の辞典」中村明著

 「楽しく読んで日本語力UP!」語感とは「語感が強い詩人」というように「言葉に対する感覚」の意味もありますが、本辞典では、言葉の微妙な意味合い・イメージ・雰囲気など「言葉のもつ感じ」を対象としています。「この語感の違い(=ニュアンス)が言葉の使い方を左右します。」とのこと。中村明さんという著者の方もするどい視点でするどい書籍を開発されたものです。言葉の表現を使い分けるためにニュアンスを表現し分けるためのバイブルになりそう・・・ととても気になっている書籍ですね。

 そもそも英語と日本語はニュアンスの部分でかなり異なる。それは文化や慣習が違うからということで納得しているが、その部分を細かく分解して体系化するのは至難の技だろうなぁ~と思っていた。音楽や絵画表現は言わばこのニュアンスの集大成であるから、それを言葉にする、例えばある音楽作品や絵画作品について批評したり感想を述べたり考察をひも解いたりする場合に必要になってくるのは言葉の表現であり。ボキャブラリーが豊富で組み立て方のスキルが高ければそのニュアンスが正確に伝わるのか・・・となれば、決してそうではないように感じていた。評論家というプロのコメントを読んでみてもあさっての方向に走り出している場合、いわばトンチンカンなことになる。これは正しく評論されていないということではく、語感のチャンネルが異なるからだと思う。すると語感のチャンネルというかスイッチングが異なるだけで同じことを言おうとしていてもベクトルがずれる、摩擦が生じる、誤解を招くなどいろいろな現象が起こってしまうことを回避するためにこのようなテイの辞典が創造されたのだろうか?いや、そうではないだろう。もっと、深い部分で「日本語」の文法の歴史や現代の価値観がベースに時代性がある部分と、感覚として五感からインプットされたSOMETHINGが一旦、脳にSAVEされ、それが、アウトプットされる時に何かがそれを誇張し歪曲させ、時に沈静化させ、時に高揚を促すというこが日々到るところで起こっているために、その蓄積として遍在するスタイルが言わば日本語。そこへデジタルテキストという厄介なアウトプット手法が発生したものだから、それをインプットする時にこのようなニュアンス系の体系化されたテキストが必要だったということだろう。そいういう意味でこの辞典はぜひ手元に置いて置きたい気もするが、ただ、この著者である中村明という方の主観も大きな変数であるから、この部分についてもただ鵜呑みにはできないだろう。

 そもそも、絵画的な表現と文字表現の違いについてはそれこそ義務教育の早い段階で修錬を始める。そして、多くのチュートリアルを経て人はこの「語感」をコミュニケーションの礎に置く。いや、置いていあるはずである。しかし、教育のレベルや知識・知恵レベルの高低やその細かいディテールの差異が引いてはその方のボキャブラリーを構成しているわだから、やはり、そこは心技体、中と外は一体であるからいい部分と良くない部分があるだろう。「口は災いの元」ではないが、言葉が捩じれたまま伝達されると決して本体に同じニュアンスで返ってくることはなく、野球のボールを投げたつもりがフリスビーが返ってくると「なんでやんねん!」となり、一生懸命相手が「愛」を投げてくれているのに、キャッチする能力の関係でそれが「哀」に変わる場合もある。言葉は本当に難しい。

 音楽についてもアーティストの方が頭や心で描いた歌詞の世界が必ずしも100%聞き手に届くとは限らない。明らかに「遊び過ぎ」のミュージックビジネスには辟易するが、それでも、そこにニーズがあるなら、ビジネスとして成立してしまう悲劇は誰にも止められない。仮にそれを何かのチカラで止めたとしても、耳から入って心に蓄積される感情やニュアンスはもう修正が不可能である。ただ、こんな悲劇ばかりが実際現実的に起こっているわけではなく、その逆もある。ピュアであろうが難解であろうが、何かを伝えようとするときそれが言葉やニュアンスを介してしっかり受け止められる場合も多く、その違いは勿論、発信者と受信者の相対性の中で起こる化学反応なのですが、このシナプスの結合であるまさに化学反応をどうアウトプットに変換するかがやはり本丸なのである。そのデバイスが言わば人間本体であり、脳が秒単位で行っているお仕事のディテール。さて、この部分をどこまで覚醒できるかが、言わば言わば「生きるためのモノサシの縮図」とも言えなくない。地位や名声や家柄や資産で人を判断するなとDef techは言うがそこにも必ず、「語感の妙」が存在する。それありきではないとそういう方は言うかもしれないがそれも含めてIN & OUTであるから仕方ない。

 とは言え、絵画やデザインの世界では「赤は赤」であり、「苦しいは苦しい」であり、「うるさいはうるさい」である。基準さえあればこのような誤解や捩れに困る悩む苦しむことはないと言うが、人は非常に厄介であり、「誤解」も「捩れ」も「歪曲」も時に楽しいと感じる思考回路を持っている。さて、たぶん、恐らく私も持っているだろうこの強力な「変換機」はこの辞典をどう捉えるのだろう?

本は、これから。

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 「本は、これから」という書籍。本日書店で平積みになっていたのを発見して、思わず、今、頭の中にあるいろいろなこととシンクロしてしまったのでビビっと衝動的にレジへ。まぁ、こんな買い方をした時って恐らくアタリ。本に関わる37人の熱い愛情が感じられるのかな・・・と思い、買ってしまいました。

 書籍について否定的な部分も肯定的な部分も入り乱れながら時代のスパイラルは回転し続けるように思うので、あえて、電子ブックとの相対性を見切る視点も必要だと考えている。これもたまたまなのですが、昨晩、いっぱいさせていただいた東京在住の写真家の方とも、「書籍」についての熱い議論をさせていただけたことも、この書籍に手が伸びた理由になるかもしれませんね。いったい、「書籍」とは何なのでしょう?そして、インターネットとは、デジタルコンテンツとは、いろいろな疑問が常に頭にある感覚。答はたぶんないだろうから、このままこのまま何事も進行形でいかねば・・・という感じですね。

 つまり、何事も「これから」なのである。

怒らないこと・・・か。

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 著書「くじけないこと」の同著者の「怒らないこと」「怒らないこと2」という書籍があります。それぞれに二人の精神科医さがコメントを広告に寄せているのですが、ひとりは「「自我はない」この言葉にドキリとした。そして、人として、精神科医として考える旅がはじまった。」と言い、もうひとりは「1ページ1ページに目を開かされた。言葉のもつ力、論理性の高さ、驚くべき著作。」とある。まぁ、ものは言い様ではあるが、ドキリも論理性の高さも確固たるモノサシなど存在しなから、このお二人のさじ加減ひとつ。精神科医さんという肩書きはさて置き、お二人が何者かも知らない状況で活字だけを読んで特にテンションはあがりませんが、「くじけないこと」という書籍が気になっていただけに、次は「怒らない」か・・・と。なる。この現代においてくじけずに怒らずにいることはイコール何者なのか?というQUESTIONである。

 という意味でなんとなくこの著者「アルホムッレ・スマナサーラさん」はチェックかもしれない。

くじけないこと。

 「くじけないこと(アルボムッレ・スマナサーラ:角川SSC新書:819円)」。精神的にちょっとしたことで「くじける人」が増えています。現代社会を生き抜く知恵をブッダの教えをもとに伝えています。という広告文で紹介されている書籍ですが、う~ん、誰でも毎日へこみながら生きています的なテイで、何をどうブッダの教えてと連動させているのか?たぶん、スリランカの人だろうから、視点や根本が違うだろう。その部分だけでもこの書籍は819円の価値があるだろう。しかし、スリランカの仏教のリアルをどう噛み砕き日本のへこむタイプの人に教えとして伝えているのだろう?という側面も気になる。そもそもへこむといはその社会ありきだから、ありきということは多かれ少なかれ何かの指針があるはず。それをベースにへこんでいるとしたら根本のお話と根本のお話の間に摩擦は発生しないのだろうか。軸足をどちらにということで選択肢を提示されたとして、結局、居心地のいい場所を選ぶことが最大限へこみを回避すると慣習に刷り込まれている人だとしたら、この紐解きは拒絶されるかもしれない。それでも、こう考えればくじけませんよと言ってくれる言葉の質量があるならそれもひとつの価値であり意義だろう。

 別にくじけてもいいじゃん!みたいなひらきなおりも時にはくじけるを回避する結果になるだろうし、くじけるを正面で受け止めて傷が増えるより、いなせるならいなしたいですし・・・。

面白い本、面白くない本。

 奥さんが、ふと、「この本は面白くなったわ・・・、最後まで読んだのに・・・。」と呟いていた。小説なら10ページほど読めばその作者・著者の雰囲気がこの冒頭に込められてるのだから、そのテイストというかフィーリングが判断できたはず。それを我慢して全部読むのもこれも忍耐力のお話。「そんな、途中で面白くなくなったら読むのをやめて別の本を読んだらええのに・・・」と言ったが、「我慢して読んだ。」のだと。う~ん、これが私にはできない。絶対にできない。気合を入れてリサーチして高い書籍を買うが読み始めるとどうも期待していたベクトルではなく、入口の部分がまどろこしい。で、目次をひも解き興味のありそうな部分をつまむがそれでもおかしい。あげくにあとがきを読むがどうもずれている。ああ・・・結果、ずれていたのか・・・と中断。別の書籍に移行する。が、しばらく数年を経て、ふと、気になっていて読み始めるとこれがまた以前の違和感がなく、すらすらと頭に響く。こんなことがあるから、頭からストップすることはしないつもりでも、つもりでも、明らかに判断ミスの小説や書籍は存在する。それらは、私にとって「面白くない本」なのである。が、それを別の方の読書感想をネットや直接読まれた方から聞いたり読んだりするとまた別の感想というか視点を持っておられ、確かに、そのアプローチなら面白くなるのかも・・・と思う。つまり、同じ書籍でも「面白い」と「面白くない」を感じるのはその人自身の問題なのかなとも思うわけです。

 だから、何万部と購入される書籍や世の中の電子書籍のムーブメントなどは波及・訴求されている大きな流れというのは最大公約数のお話なのかなと。つまり、書籍が主体的に「面白い」ではなく、相対的に「面白い」内容を書籍であれ電子書籍であれ、そのテイに整えればビジネス的にアリなのである。この方程式は本来の「面白い」との間にどれだけ深い谷があるのだろうかと思うのです。創刊しては消失していくマガジンも同じ。

 で、つまり、100人中、この本は面白くないと99人が判断しても、自分ひとりが「面白い」なら、その本は私にとって「面白い」であり、99人が「面白い」と判断しても、それはそれ、私自身の「面白い」の基準が異なればそれは面白くないとなる。だから、何か自分で書籍を作りたいなぁ~と考えた時に99人の「面白い」は絶対に書きだせないので、まずは自分にとっての「面白い」を書きだす必要があるのかなと思います。このあたり間違っていますでしょうか、キノさん?

まほろ駅前多田便利軒@三浦しおん

 人から「これは絶対に読んでくださいよぉ~!」と本を勧められることは多い。しかし、あまり人に「絶対読んでください。」ということはしない。これはつまり自分自身に対する裏返しであり、結果、これまでどのようなタイプの方にどのようなカテゴの書籍を勧められた場合にそれを読み、このパターンでこのTPOで書籍を勧められると必ず比較的にこういうオチになり、残念な読後感にしんしんと浸る結果になるという不思議な方程式があるので、あまり、人からのおすすめ書籍を借りて読んだり、さらに、改めて購入して読むということは少ない。最低限の頻度であり確率なのである。決して、他人の価値感を頭ごなしに否定しているわけでもないし、「本当にこれはいいですよ」のテンションがしっかりと伝わるタイプの人であり、言葉にその書籍の重さが少しでも感じられたら、素直に読むし、書籍の進め方の言葉の中に素敵なサインを感じたらそれは有効なサインとして素直に読んできた。この連鎖も言わば、人間関係の発展形として捉えると、人を信じるが書籍を信じるになり、そのテイで読むという過程で、心に新しい芽生えるモノがある。これを大切にしながら、読むのと、懐疑しながら文字を追うのでは明らかかに行間の広がりが異なり、登場人物や場面や物語の機微への心の反応が整いもするし乱れもしうる。

 で、「まほろ駅前多田便利軒」は、娘に勧められた。「おおっ、また、友人に勧めらて読んでるんだな・・・。」という印象でその書籍を手にする。本文以外の文脈をたどる。うんうん、なかなかいい。それに三浦しおんさんはこれで2冊目となるが、この方の文章はとても魅力的なスタイル感を感じたので、興味のレベルが上がる。そして、そのまま、1行目へ。

 確かにGOOD。三浦しおんさんであることの安心感とそのポイントポイントにちりばめられた比喩表現がもう三浦ワールド。さりげないひとことにしばし目と心が止まる。最近、勢いや設定や特異性だけで物語を進めがちな書籍や、A液とB液をビーカーに注ぎ白い煙と共に市場に出された書籍などの類は、もう、匂いがダメ。作者の人となりが文章に読み取れて小説の中の世界観が、読者の頭に移住すると思っているので、私の中でそういう意味で「三浦しおん」さんは大切な日本の作家さんの一人です。逆に東野さんや宮部さんや百瀬さんなどは設計図がチラチラするのであまり好きではない。どちらかというと蜘蛛の巣のような仕組みの文脈に惹かれますね。いいですよ「まほろ駅前多田便利軒」。

Water Land

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 「ウォーターランド (新潮クレスト・ブックス) 単行本 グレアム・スウィフト(著)真野泰(翻訳)」のどれかのキーワードでアマゾンか何かでヒットするでしょう。

 最近、ちょっと、書店で立ち止まってしまった書籍です。まぁ、長浜の書店なのでそう大きくもないし、あらゆる(まぁ、この部分もあらゆるとは語弊がある。かなり限られた・・・が正確な表現かもしれない。)カテゴがワンフロアに整理されているので(といっても、読みたいカテゴは非常に少ないし、新しく設置してほしいジャンルやカテゴを書店の仕入の方にお願いしてもたぶんニーズがないから却下だろう。)さほど、ぶらぶらしてても何か一冊に引きつけられることはそうないのですが、この一冊はスルーできなかった。何故だろう?まぁ、感覚的な理由だろう。

 So, これがiPad的な電子ブックには絶対に演出できないディテールだろうし、開発者も販売元もここを完全にスルーしているのをどうデジタルコンテンツで演出できるか分析・洞察しているが、今のところこの人間の最も感覚的で直観的な能力に訴求する機能はあのデバイスには存在しない。単一なハードケースの中に基盤を埋め込み「どうです!これが新時代の便利のカタチです!」って直線的な装いを装飾しようが、人間の頭や感覚は正確にそれらを感知しています。直観に訴えるといいながら、まったく逆のことをしているから始末が悪い、が、これも「一回、まわってワン!」みたいなもので(どんなもの?)、犬的には飼い主となくてはならないコミュニケーション。で、しばらく、「喰いつき」から「飽き」の間をしのげるだろう。

 話が完全に逸脱したが、そういう意味でこの書籍の存在感はどこか引きつけられた。デバイスの液晶画面がいくら3Dを駆使しようが、大の大人の足を止めさせるパワーないだろう。臭い系が大好きなハエさんはそのテイの嗅覚があるようですから、iPadの回りをブンブンと飛べばいい。うんこが土になりそこから何か新しい芽が出たらそれに私は水をやってあげたいかなという感じ。

 どうやら、この物語、かなりガチのようです。このタグイの物語は書籍を読みながら、自分の物語に反映できそう?もしくは、文章と文章、行と行の間に存在するディテールを楽しめそうな気が匂いがプンプンしてきます。だから、私もこの書籍の回りをブンブンと飛んでしまったという仕組み。

金と芸術。

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 ある方のオススメでアマゾンで購入。たぶん、このあたりの書店にはない書籍だから。ちょっとインデックスを読んだが・・・しかし、こんな書籍だとは。う~ん、ちょっとかなり重そうだぞ。まぁ、¥3,400ということで分厚く実際重いのですが、中身もいやいや。で、まったく私の中では初モノなのですが、ハンス・アビングさんってどんな人?何故、ここまで言及できるのか?いやいや言及しているわけではなさげ。しかし、このテーマでこのインデックスですから、この中にはいったい何があるのだろうか?少しずつ少しずつ楽しみながら拝読していこう。そもそもの部分、まず、「ある方」というのは私にとってどういう方なのかという部分ですが、一言「信頼できる男」。その彼からのオススメ書。「は~い!了解です!」と軽く購入したくなかった。いつもPCの見えるところにある方からのメモを貼っておき、自分の中で気持ちが整理できて純化したら買おうと思っていた。ら、かれこれ数ヶ月経ってしまったが、この数ヶ月は非常に意味がある。この意味は誰にも理解できない意味ですが、意味があったのです。そして、ようやく手元にこの一冊が到着。期が熟したなどという言葉で表現できないぐらいの「純化」をさせました。

 で、すぐ読み込むのか・・・、しばらく、導入だけで置くのか・・・。素敵な素敵な良書の読み方としてはヒット&ウェイだと思っているので、これもそのテイで楽しもうと思っております。いわゆる秋の読書の時期がやってきました。テーマも「金と芸術」です。このマッチングが純化させた価値と捉えております。

BUZZ(バズ)革命。

 モノが売れない時代はクチコミ(BUZZ)で売れ!とのことです。ビジネスの勝者は「BUZZをつかんだ者」であるそうです。いわゆるクチコミという奴はいったい何だろう?人から人へ、口伝えでというテイでしょうけれど、それが、ITのデバイス各種でソシャルに展開することもクチコミと捉え、携帯電話やPCを通じたC2Cのコミュニケーションを指しているのでしょう。もう、B2Bという言葉すら最近は耳にしなくなったようですが、でも、ビジネスの勝者=クチコミの達人ならば、企業というくくりはどこへ?もう、企業とか組織とか政府とかっていう単位でモノゴトが動かない。何かがゴロリと動く時、それはもう会議室で起こらないという結論に達するような気がします。そもそも、会議室で何が起こっているか?起こってきたかを振り替えればその答えと現状の現象は理解できそうですね。

 議長が会議を始め、会議の参加者がそれを聞く、意見のための意見に無駄な時間が費やされ、時間が来ましたってことで、会議の経過がそのまま会議の結論になる。たいていその結論は緩いから次回に持ち越され、それを次までに整えて整えて・・・。これは何?つまり、どこでも行われてきた会議のスタイル。責任感のない言葉が会議の時間の中で飛び交うがそれはポテンシャルを震え立たせる言葉ではない。会議が終わり、「・・・ってありえないよねぇ~」とか「・・・あの意見聞いた?あれで時代がどうのこうのって言うよねぇ~もっと空気を読めっつ~の!」と本質のコミュニケーションが展開される。これがたぶんBUZZなんだろう。

 では、会社の会議の目的は?予定調和であり組織の潤滑油でありフィッシュボーンでシリアルな時間の経過体験である。そこから新しい意識が生まれないのは、そもそも、人が集まりひとつの答えを導き出そうとするアクションこそに人間の思考パターンに沿わない何かがあるのだろう。昔お世話になった会社でよく飛び交っていたBUZZネタがある。それは、「会議の多い会社は潰れる。」だった。なるほどなるほどそれはあながち・・・。

最近のお気に入り3冊。

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 右から「クラヴマガ入門~イスラエル軍式護身術~イミ・スデ・オー+エヤル・ヤニロブ(共著)」¥1,800を中古で¥3,000でオンラインで購入。和訳されている唯一の公式入門書。なんでこんな本を・・・ということですが、なんとなく興味がありまして・・・。
 中央は言わずと知れた「小池龍之介さんの考えない練習」¥1,300なり。大反響につき12万部突破ということで、ずっと、新聞広告の頃から気になっていて、なんとなくタイミングかなと思い購入。まだ100ページ前後ですが、ゆったりまったりとひと文字ひと文字楽しめる書籍です。このリアリティーは絶対にiPadやキンドル関係では無理だなぁ~。
 で、一番左が「P.F.ドラッカーのマネジメント(エッセンシャル版)基本と原則」¥2,000なり。これはもうマネジメントのテッパン中のテッパンですから、マネジメントに携わる方ならどこかでインプットしていることのまぁ、バイブルのような書籍ですね。

 例えこの3冊がiPadで半額で読めたとしても、まず、読まねぇ~!って感じです。本を読むって文字を頭に入れるだけじゃないですからね。情報のディテールや編集者の意志が研ぎ澄まされて研ぎ澄まされて本というテイになっていることがまずファースト。その次にその質感というかマテリアルが五感に何か文字情報以外のことを伝えようとするチカラがある。これは、いわば、著者や編集者やデザイナーや印刷・製本に関わった熱意や想いがカタチになっているのです。で、ページをめくるとそこにはひとつの世界が広がっていく。文字を読み解きながら光と影の挟間で著者の声を聞く。そして、聞きながらの自分の五感とイマジネーションが文脈にリンクしシンクロする。これが本のリアリティー。デバイスはデバイスでしかない。ツールからひと皮むけた時、デバイスのリアリティーが五感を刺激するのでしょうね。

 アイコンをタップして広がる世界はまだまだ質的にも量的にも小さい小さい。

本は読まずとも本である。

 まず、e-bookというジャンルがある。これは電子書籍元年ということで、いわゆるデジタルデバイスで閲覧できる仮想の書籍である。「電子ブック」「電子カタログ」「電子パンフレット」などで検索すると、かなりのこれに伴う情報がヒットしている。つまり、本や印刷物が全てデジタルコンテンツに置き換わるかもしれないというムーブメントのパーツを分解していくとその実態の一部がこの存在なのである。これは、とてもとても興味がある。iPadはまだ入手していないが、それは、まだ明確な利用方法が自分の中で限定できていないからであり、限定できていない存在にたとえ¥48,800でも出費はしたくないと考えている。いやいや、そうではないですよ、こういう時代だから買ってから入手してからそれは考えればいいじゃんという人は買っているだろうが、そんな乱暴なことはできればしたくない。¥48,800あれば、どれだけ欲しい書籍が買えることか、どれだけ仕事に使えるソフトウエアが買えることか、どれだけ楽しいドキドキを入手することができることだろうかと考えるからである。それよりも、それが利用価値があると感じたらそれは手元に置くだろう。まぁ、そんなに急がなくとも次から次からこれらは市場にあふれているわけだから、今はしっかり傘をさしてそれらの雨音に耳をすましたいと考えております。

 で、電子ブックのそれにともなう規格の争奪戦がいたるところで起こっている。いわゆる利権の争奪戦である。従来の書籍や雑誌を制作していた場所では膨大なデータとノウハウとチャンネルがあるわけで、結果、どうあがいてもそこが考え方をシフトして手を組めば市場から見たその分野は結局同じの構図に見えるようにも思えるし、いやいや、どれだけアーカイブしてるコンテンツがあろうが、それらは過去の遺物。これからのデジタルコンテンツ時代は殿様も武士も農民も同じステージでつばぜり合いができますって切り口で啓蒙されても、やはり、地の利や財の利は間違いなく存在する。これを切り崩すには蟻のように小さい穴をたくさん開ける必要がありそうです。手持ちのツールが家臣なのか刀なのか鍬や鋤なのか・・・という問題である。ただ、デジタル世界はボーダーレス。ひとりひとりは微力でも七人の侍ならなんとかしてくれるだろう。

 ただ、デジタルブックにはとてつもない期待をしているしいずれそれを手持ちのネタで一冊作りたいと考えていますが、本はそのサイズの用紙が一定枚数、多くの人の知を集めて企画され編集されて、そして、丁寧な技で印刷され製本された成果物である。その存在感を光の中の疑似コンテンツに置き換えるのに人間がどれだけ慣れるのだろうか?という疑問と、古今東西、これほど飽き性の人類に永年親しまれてきた本という存在を、人は簡単に手放すのだろうか???と思っております。

 だって、本はその中身を読まずとも本であるから。

聡明な女は、裸も美しい。

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 幻冬舎から草刈民代さんの写真集が出ている。続々重版だとのこと。「完璧な彫刻」と評されたオールヌードを含む決意の写真集。とあるが、バレリーナの写真集か・・・ちょっと気になります。引退を決意された時、バレエ文化のために自分にできることはといういことで写真集を決意されたそうです。何か大きなモノを背負っている人の根性はどこまで至高であり、それを実現してしまうエネルギーに満ちていますね。

頭脳(あたま)の散歩か・・・。

 ポプラ社から外山さんの書籍が10月初旬に発売されるというお知らせ。緊急出版という文字の真意は何だろう?それほど今の時代に向けて訴求しなければいけないテーマなのか?「デジタル教科書はいらない。」という仮題まで意味深である。活字を読む、書くことの大切さとは?一億総デジタル化時代への警鐘。政治と教育のプロフェッショナルが語り合う「未来への対談」という切り口だそうである。たぶん、書店で発見したら外山さんの書籍なので買っているだろうが、今、8月、なのに、10月初旬の発売予定の書籍をここまで広告するってことは、つまり、その時期にいろいろな警鐘が必要な動きが国内で想定されているってことでしょう。だから、緊急出版なんでしょうね。

 で、デジタル教科書の是非についてこれから明確になってくるでしょうけれど、まぁ、何ごとにも便利には便利の裏があるわけですし、不便には不便の表もありますから、一概にデジタル教科書の導入を否定することもできぬまま、それなりに馴染むまで・・・的なゆるい感じでいいのかもしれない、と、思うのは大人だけであり、そんなことに対する疑問やアレルギーがない学生の皆様にとってみれば、最新の機器は効能もそれなりだろうから使ってみたいだろうし、無碍にデジタルだからNOでは言葉が軽い。だから、その場面になった時、自分なりの答を持っておきたい人がこのテイの書籍をひとつの見解として情報として購入されるのだと思います。

 携帯電話もパソコンもデジタル教科書も無かった学生時代だったけれど、とってもとっても楽しかったんですけど・・・。ほんとに必要なのかいな???

マネジメントの役割。

 これはドラッカーの書籍からの抜粋です。「マネジメントには、自らの組織をして社会に貢献させるうえで三つの役割がある。それら三つの役割は、異質ではあるが同じように重要である。1.自らの組織に特有の使命を果たす。マネジメントは、組織に特有の使命、すなわちそれぞれの目的を果たすために存在する。2.仕事を通じて働く人たちを生かす。現代社会においては、組織こそ、一人ひとりの人間にとって、生計の糧、社会的な地位、コミュニティとの絆を手にし、自己実現を図る手段である。当然、働く人を生かすことが重要な意味を持つ。3.自らが社会に与える影響を処理するとともに、社会の問題について貢献する。マネジメントには、自らの組織が社会に与える影響を処理するとともに、社会の問題の解決に貢献する役割がある。」とある。が、これらは非常に抽象的でどこかの資料でけっこう読んだことのあるフレーズ群である。だから、マネジメントを改めて深く掘る気になれなかったのだろう。結局、それを抜きにして現代社会は成立しないことは周知であり、この理論が確立するまでにすでにそのパーツパーツは存在していたはず。それを体系的にまとめただけで、創造的な価値があるとは感じることができなかったからである。マリオネットならマリオネットでいいじゃん!地位も名声もないんだから、自由にそんな体系的なことは気にせず与えられた糧をワンバイワンで取り組めば、原因と結果のスパイラルは時間軸の上で「楽しさ」や「意義」や「ID」に変換されるだろ・・・という思いで今日に至っている感がある。

 が、なぜ、ここでマネジメントが気になりだしたのだろうか?この自分自身への問いが一番質量がある。何故だろう?まだ、それは分らない。たぶん、この書籍を1冊読んだ程度では、ただの、on your mark.だろう。

 創造的思考が新しいニーズを具現化し新しい時間軸にシンクロしていくと予見している文脈もあるが、もしかしたら、このフレーズがいまモヤモヤしている部分なのかもしれない。

P.F.ドラッカーという存在。

 友人にもよく指摘されるのですが、私の視野は狭い。気楽な友人とのお酒の席でも大抵のことは否定から入る。世の中のこと、仕事のこと、アートのこと、デザインのこと、ライフワークのことなどなど、気楽なお酒の席でもそのほとんどを肯定することはしないのですが、「お前は視野が狭い。」と言われると、ううう・・となりつつ、肯定してしまいます。それを言われる友人もいろいろいるのでケースバイケースであり、それぞれのTPOも勿論多様なのですが。

 で、イワユル「マネジメント」という分野があり、自分自身の仕事と近いようで遠い存在でした。気になっているがガチで興味を持つのはまだ先先・・・とスルーしていたのですが、最近、なんとなく気になりはじめています。そもそも、マレーシアの友人がその道でビジネスに活用していることを知り、それを知ったというレベルなのですが、仕事の進め方や組織における・・・みたいな部分は常に亜流我流自己流であり、もしかするとセオリーもモラルもチュートリアルの経験値もびっくりするぐらい低いのかもしれません。でも、この仕事はそんなことよりも・・・的な開き直りでスペシャル現場主義で現場で数々の血を流してきた次第。で、得た知恵が全てみたいな意味で視野が狭いと。

 でも、このP.F.ドラッカーだけはなんか気になるのです。何が良書かまだまだリサーチ中ですが、いい書籍があれば誰かご教授くださいませ。

幸せの新しいものさし!?

 一足先に次の豊かさを見つけた11人。こんな生き方があったのか!会社、住まい、時間・・・価値観を変えることで新しい幸福を手にした11人の事例を紹介。明日のビジネスに活かせるヒント付き。定価¥1,600という書籍は高いのか安いのか?出版元が博報堂大学(幸せのものさし編集部)ってことですが、さてさて、この書籍は買いか否か。

 いくつか気になるフレーズがこの小さい広告の面にちりばめられてはいるが、「博報堂」って部分が気になる。情報の質量というかディテールが上からだったら嫌だし、逆にあさってのベクトルでもつまらない。また、フラットに共鳴できるかって視点になると、どうも、「博報堂」がボトルネック。読んだら読んだでそこそこなんだろうけれど・・・。

 つまり、いつもこの感覚が自分のものさしだってことを意識化に置くとすれば、たまには的なアプローチでこれは読んでもいいかな?いやいや直観を信じて11人の成功事例を聞いたところで・・・ってことでスルーなのか。この判断は日常のいたるところで大きく小さく起きている事象。消費者目線で言えばこれを作用と反作用的に制御してこそライフスタイルにビジネスモデルに適用できるのだろう。ひとつのキーワード、ひとつのフレーズ、ひとつのサイン。これらが飽和充満蔓延している世界で何に軸足を置くか・・・である。まぁ、ここまで気になっているんだから、書店で見つけたらINDEXぐらいはチェックしょう~っと!

売り方は類人猿が知っている。

 久々に糸井さんのコピーから始まる広告を見た。うん、やっぱいい。それはこう始まっている。「この本が売れないのは、ほんとうにおもしろいからである。」と。それは、「売り方は類人猿が知っている。ルディー和子:著」という書籍の広告である。なぜモノを買うのか、買わないのか・・・。動物の「本能」から人間の「感情」を考える。となっている。おもしろそうである。

ぶれない人に・・・。

 ぶれない人になりたいか?なりたくないか?という思いが頭に浮かぶ。これは「ぶれない人:小宮一慶著」を見た時の思い浮かんだこと。人はなぜ金がからむとぶれるのか?としている。そして、どうすれば「ぶれない人」になれるのか?という疑問を投げ、「政治家や経営者など、自分の信念を持ち、それを貫くべき人々が、目先の利益にとらわれ、簡単にぶれている。だが、著者の長いコンサルタント経験からみると、信念を貫く人ほど長期的には成功を収める、と言える。人気コンサルタントが本音で語る成功論。」という777円の書籍である。

 まず、「ぶれている人」をなぜ金と関係づける?「信念」ってそう簡単に持ち続けることができるのか?それは本当に「信念」でいいのか?目先の利益を追いかけることはぶれているということなのか?著者の長いコンサルティングの経験ってもたぶん50年以上ではないだろう?どの程度の経験なのかを知らないままその経験からみられても・・・?それに長期的に信念を貫いている人が収めた成功って本当にぶれなかったからなのか?そもそも「本音」という言葉自体が怪しい。言葉、特に日本語は辞書どおりには解釈されていない慣習が日本には存在するし、定義どおりに教科書どおりのステレオタイプが権威だとか公認だとかスタンダードとされているが、もう、そんな画一的な価値観は誰も靡かないし、そもそも、この書籍は著者にとって「信念をつらぬいた結果」なのか否か?という視点もあったりする。

 で、人間だから心で生きているんだから、ぶれてもいいんじゃないと思う。たまにはセルフコントーロールできな「ぶれ」をエンジョイするのも人の特権だし、ぶれてないぞ!と思いたいだろうが、信念も借りモノなら貫き方も借りモノになるより、ちょっとぐらいの「ぶれ方のコツ」を持っている方が人生楽しいのではないだろうか。HOPEは追えば逃げて行き、それを得る準備ができている人に向かって降りてくるような気がします。2:8でぶれてる方が楽しいと思う。

文豪はみんな、うつ!?

 という書籍があるらしい。漱石、有島、芥川、島清、賢治、中也、藤村、太宰、谷崎、川端・・・みな、苦悩そのものを作品にしたが、うち7人が重症の精神疾患、4人が自殺。原因は何か?精神科医によるスキャンダラスな作家論という書籍がある。ただ、現代医学で当時の作家をどう鑑定・診断するのか?もう、全て故人である。作品から推察・洞察・分析するならただの評論だろうし、このディテールを精神的にどう分解するのだろう?まぁ、このテイの書籍を買うことはないが、もし、作品がただのトラップでありフェイクならどうする?皆さんは心身ともに堅強・健康で作家としての作品を着想する段階で表現した文脈がたまたま現代精神医学では「うつ」だとしたら、病んでいるのはこの著者だという仮説もたてられる。現代が病んでいるか病んでいなかは別に興味はないが、その時代その時代に健全と病みの振幅はあるはず。つまり、この作家が代表作を生んだ時代背景と現代の精神社会とのひずみがこの書籍の中に吐き出されているだけのような気がします。なんでもかんでも「うつ」で片付けるイージーな感じもちょっとメンドクサイ。

エンディングの研究。

 あまりこのテイの書籍には興味を受けないタイプなのですが、何故か気分的にこのタイトルに少し反応してしまった。「エンデイングの研究」って!この書籍のリードはこうなっている。「エンディング」とは、「死」のことである。しかし本書のタイトイルは、死そのものの研究を意味していない。「死ぬまでに為し終えておくことの研究」と言えばわかりやすいだろう。残された年月に何を為すべきか。それが本書の主旨である。」となっている。協力団体として健生エンディング研究会という団体名称があるので、ちょっとこれはまずなんだろう?となるが、もし、このテイの書籍に想定以上の深い文化や慣習の歴史に対する精神的な物理的な洞察があるとすれば、この書籍は読んでみたいと思った。

 が、たぶん、恐らく、直感的には15%以上の確率は期待していない。が、そんな書籍でも意外とのびしろがあるケースもなくはない。が、現状の感覚が15%なら入手して手元に置きたいと思う気持ちには遠い。ただ、「エンディング」という人生の切り方がアプローチがとても思いきっていて興味を受けた。きな臭い自叙伝でなければいいのだが、それを確かめるモチベーションも15%以上ではない。ただ、ちょっと気になるキーワードでした。

苫米地英人さんの本。

 天体観測などの天体望遠鏡で月の表面がけっこうリアルに見える程度の奴。それで夜に月を見ていたら月にも生物がいて同じような望遠鏡で地球を見ている。で、ちょうど、月の生物と目があったような感覚ですね。苫米地英人さんの本を初めて読んだが異次元(ふわふわした表現ですが・・・)に誘われるような感覚でとても新鮮というかとてもシンクロできた。たった900円の書籍にこの質量はお値打ち。

 つまり、神が脳を創ったと信じている人にとってみれば、脳が神を創ったというアプローチは本末転倒ですが、いやいや、本末転倒でさえ幻想でいいのか・・・と思える。決して結論めいたことは一切なし。ただ、リアルとビジョンが凄い。ただ凄い。

 日本も確かにキューバに習わなければたぶん「つじつま」が合わなくなるだろうな・・・。

奇しくも1984年3月12日初版。

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 著者アルベルト・マングェル&ジアンニ・グアダルーピの「世界文学にみる架空地名大辞典」の冒頭にはこうある。監訳者前口上としての高橋康也さんの言葉である。「もうひとつの、旅への誘い。十七世紀イギリスのすぐれた詩人アンドルー・マーヴェルに、静かな庭の中で瞑想する喜びを歌った次のような詩句がある。・・・より劣った快楽をあとにして、精神はやがてみずからの至福に閉じこもる。精神こそは大海であり、その底には地上の一切がおのれの類似物を見い出す。~中略~ のみならず精神は、それを超えて別種の海を、はるかに異なる世界を、創り出す。」と書かれている。

 1984か・・・。

 仕掛け的にはどうやら整理できている上での挑戦のようにも感じるし、実験的なアプローチ感も否めない。成功している失敗しているはそれを手にして3冊読めばいいいのですが、まだ、気持ちがどうしても温まらない。何故だろう?何回も書店に行き、その3冊を手にするのだが・・・。

 NOとTOPOSでユートピア。存在しない場所という意味が造語だというTIPSはさて置き、仮想空間を駆使する現代のビジネスシーンにどこか系統的なパターンが見えたり見えなかったり・・・。

カラクリと捉えると。

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 市場はこれで活性化したアップルの復活劇をしばし注目してはいるが、まだまだ、それを「カラクリ」と呼ぶなら次のカラクリも次の次のカラクリもあるだろう。当面、気持ちはそれに奪われているとしても新しい活用術が芯を喰っているか否かについてレスポンスの速度と共に必要な本当の活用術の相対性を吟味しなさいよとこの書籍は言っているような気がする。テレビでこれでマジックをしている人やオペ中にこれの画面をピッチしている医者を見ても、ああ、これはカラクリの匂いがするなぁ~レベル。

 カラクリとするならば、この商品が世界に日本国内にどのようなターゲットに浸透するかの設計図があるはず。それぞれのビジネスのカテゴリーでどの程度か知らないがそれは仕上がり実行されているはず。その設計図の目標・ゴールはどこなのだろう?が気になる。ないかもしれないし・・・。

 もうすでにこれに関するマガジンや書籍やで活用術をかなり知識として入れているつもりですし、実際、本店(銀座)でそれに触ってきたし、持っておられる方のご厚意で少しだけ触らせていただいた。大きさや重さやインターフェイスを分析するにつけ、さすがの存在感である。まったく新しいアプローチであることはかなり芯を喰っている。入手することは比較的簡単なようですが、問題は、入手するタイミングである。なんでもかんでも鵜呑みは嫌なので、納得して買いたい気持ちが強い。別になくても仕事にはなんの影響もないという部分と、これがあることでこんなにメリットがあると仮設が自分の中でリアリティーになった時が手に入れるタイミングだと思っている。所詮は道具、CMの言っていることは鵜呑みにできない。「Ver1.0は買うな!」という暗黙のルールもあることだし。まぁ、近いいずれ・・・でいいかなと。

真クリエイティブ体質。

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 PHP、元博報堂制作部長、真クリエイティブ体質、高橋宣行著、本体価格¥1,000、観察・洞察で磨く発想力。買うきっかけはたぶん「元博報堂」だったのかもしれない。自分の五感を信じていますか?的な態の手書き文字にも魅かれたのかもしれない。まだ、数ページ、しかし、現場主義の匂いがしました。嗅覚が反応したのかなと読み進めると確かな匂いがある言の葉が並ぶ。いい書籍はいいタイミングがある。無味無臭の書籍には興味がない分、悪臭でも芳香でも匂いは大切。

小説「告白」がちょいヤバイ・・・。

 まずは小説にて「告白」をチェック。なかなかヤバかったですね。とてもいい作家さんでした。「ボトルネック」とは比較になりませんでした。ただ、それぞれの登場人物が「告白」というスタイルで一人称で綴る量が想定以上に多かったのが、とても、新鮮でありながら、ちょっと適量以上に長いような。高校という舞台に日本の小説らしからぬ挑戦的な表現への入口感が垣間見られそれがドキドキしかけたのですが、当の本人はさほどサイコってはいない。どこかに理由や背景があったりする。もっと、学校のシステムや相対的な葛藤のモノサシが捩じれていたら・・・と思うと総合点的には82点でした。

 しかし、日本のこの態の小説にこれまであまり自己評価的に点数を付けてみようかなという印象がなかったのですから、この82点はかなり(手前勝手な)の数値です。0点以下、もしくは、途中で読むのを辞める。極端な小説は人に勧められて迷った末、読み始めて、10行でNGだったのもありました。ので、小説「告白」はちょいヤバイ・・・という感想でした。約3時間で読んでしまったことがちょっと残念。3~5回ぐらいに分けて毎晩少しづつ読んだ方が楽しかったかもしれない。

 さて、同ジャンルで言えばいろいろ日本の小説もチェックしているモノがありますが、さて、さて、「1Q84」はどうなんだろう?やはり、まずは、書店で1ページほどチェックしてこよう。

 映画「告白」も楽しみです。たか子さんの演技のクオリティーはかなり高い評価だそうです。確かに、森口役ならベストマッチかもしれない。新境地なのだろうか・・・?

グーグルド@ケン・オーレッタ著

 電子図書館構想や中国での検閲問題など、ネット分野での話題にことかかないグーグル。検索、電子メール、動画共有などなど、情報サービスは我々の生活に欠かせない存在になった。一方で新聞や放送などの既存メディアにとっては非常に手ごわいライバルだということになっている。「邪悪になるな」とはグーグルの創業以来のポリシーらしいが、最近では批判的な視線が向けられている。電子図書館やデジタル地図上の街頭写真サービスなどに対してだろう。ネット時代のメディアの姿を直視するためにこの書籍は意義は大きそうである。

 小さい火は人に幸福を齎すが、大きすぎる火は不幸を呼び込む。かの有名な風の谷の民の言葉である。まさにである。腐った海が毒素を浄化するとは潮流の側面だとしても、薬と毒の違いは本来人間のさじ加減ひとつ。薬なのか毒なのかを見極める視点こそがグーグルを邪悪にも正義にも替える。メリットとデメリットの相関こそがマテリアルだと言える。結局、そこそこ便利なら正義でとてつもなく驚異的な便利なら邪悪となる構図に人間の性を感じずにはいられない。どこまでも合理的な一個体の脳の中で新しいメディアがどう機能しどう次へシナプスをつなげていくのだろう。メガネをはずしてよくみれば、3Dもただのずれた2枚の画像。それのどこにリアリティーがあるのか?

チャンスは?ピンチとは?

 またまた、気になる書籍がありました。そのタイトルは「チャンスをつかむ人、ピンチをつかむ人」です。人生の「選択」に間違いはない。と言っておられるこの著者松田公太さん。タリーズコーヒージャパンの創業者らしい。広告面にはこうある。達成感あふれる毎日を送るための「人生のヒント」が満載!と。その一部は◎「まず、やってみる」ことで状況は一変する◎ライバルが強力だとチャンスは大きくなる◎目的がないことに悩む必要はない◎「誰かのために」と思えるか◎反対意見が出ないときほどピンチに変わる◎「軸からぶれないこと」が一番強い◎勝ちパターンを忘れよ◎他人と自分を比較するほど不幸になる◎失敗したらルールを決めよ◎悪評の人がチャンスを運んでくることが意外に多い◎難易度が高い状況には必ずチャンスが隠れている◎成功体験が失敗をまねきやすいのはなぜか◎目先の条件に流されてはいけない◎最悪な状況を乗り越えたところまでイメージすれば、恐いものはない!と列挙されている。

 つまり、チャレンジとは何かということであり、この著者にとって過去の経験がチャンスとピンチに明確に分かれている事実が一見、この列挙の中に隠れているように思わせ、そして、ユーザーがこの書籍を購入して熟読してこれはチャンスだ、これはピンチだと色分けをしたような気になりたい、という価値がこの書籍の価値の中に潜んでいる。が、もう、それらは、チャンスでもピンチでもなく、この著者の言葉の中にある、ただの遍在する過去の記憶に過ぎないということに気がつくだろう。気がつけばいいほうであり、焼き直し、コピーキャット、ステレオタイプ的にこれらを「発想・着想」だとは思わない方がいいだろう。

 結果、チャンスもピンチも個体次第。ノウハウは数多、しかし、真理はひとつ。これが鉄則だろうと思いますね。

残念、ボトルネック。

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 書店の何々ナンバーワン!って一番目に留まる場所にたくさん置いてあったので、気まぐれに買ってしまった小説「ボトルネック」。チラミしたところ、何何賞だとか、角川文庫の何何賞だとか、いろいろ書いてったので興味が湧いた。普通ならこの態の小説は絶対に読まないのですが、いつもいつも自分のカテゴリーだけではダメだと思い、別の意味で思い切って買った。直観的にはもうダメモト。でも、そんな印象でも過去にはアタリもあったことも事実。わずかな期待を感じながら読み始めた・・・。

 が、予感は見事に的中。まったく面白くない。非常に残念な展開、残念な描写、残念な文脈。乱暴すぎる設定に乱暴すぎる人格描写。たぶん、オチに向かう最中も期待度は0。が、見事にそのままのエンディングに驚いた。よくよくあとがきを読めばこの作家さんは若くしてデビューしていくつかスマッシュヒットを出した後、アマの頃から温めていた原作がこれだとのこと。プロになって、視野も広がり技術も高めらてココイチで書き下ろされたらしい。が、まったく、質量がない。

 もし、皆様が書店に行かれて一番目に留まる場所にこの書籍が並んでいたとしても、一回、検討してください。何がボトルネックってこの書籍が一番のボトルネックでしたね。

脳と神の関係。

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 ゆったりとまったりとひと文字ひと文字味わいたい感じの本ですね。さぁさぁ、アタリorハズレ!?

呼吸の本@加藤俊朗

 詩人の谷川俊太郎さんがもっとも信頼する呼吸の先生・加藤俊朗さんと一緒に本を作りました。具体的な呼吸法から、宇宙とつながる世界観まで、詩人が質問し、呼吸の先生が応じます。という文脈が広告紙面には添えられている。詩人と呼吸の関係についてどこまで何が展開されているのか気になります。「呼吸法=運動」という捉え方をしてきた感じが強いので、「呼吸法=精神面」「呼吸法=世界観」という切り口が詩人という独自の視点で「呼吸の先生」が思うこと考えていることを考察されるのだろう。

 呼吸法を軸にお二人の世界観がどう展開されるのか非常に興味が湧く。デジタル文化はどうも人間の五感に訴えるというアプローチをたてまえに本音の部分で左脳的ロジックで押し切ろうとしている感覚が否めない。理解させようさせようとするがそれを本能のどこかで否定・拒絶する人間がいるように思います。しかし、マスに影響されやすい協調を合理と誤認させる仕組みが氾濫しているために、理解したを感じたと捉え会得できたように感じてしまうそれ。でも、身体や頭には何も入っていないから、新しいツールが出たらそれに簡単に移行できてしまう。このタイプの人間を市場に育てておいた方が発信側としては便利なわけである。海流を力強く泳ぐ天然のハマチとある一定の区域の中で育つ養殖のハマチの違い。餌は定期的に与えられるから身体は大きくなるが本能は退化する。

 この呼吸法でこれらをしっかりと分析できるような視点が得られれば呼吸も「されど、たがか。」である。

デジタル&アナログ。

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 双方のアプローチがひとつのルーティーンになればデベロッパーの意図はくみ取れるのだろうか。デザインノートの今回のテーマは非常に面白い。編集者の方たちの意図するところがとてもよく理解できる。この中にカンプライターという言葉が登場するのですが、これはもう死語だと思っていた。20年以上前この仕事につきたいと考えた時に、自分にできることとデザイン業界との接点が「デッサン力・描画力」しかないだろうと判断していたからである。絵を描くことは自信があったが、その他のデザイン力ということはまったく経験値として欠落していたからである。

 クライアント様やデレクターの意図するイメージをイラスト表現であれ写真表現であれ、カンプに落とし込みプレゼンテーションに適用するというあれ。たぶん、DTPの潮流が始まって以来、この言葉は死語になったと思っていた。が、このマガジンの中のクリエイターの皆様のコメントには「手描き」ということの意義や価値が今も脈々と流れていると語っている。そうだったのか・・・という実感である。PCとソフトウエアで作るカンプのクオリティーは高くて当然、しかし、企画やクリエイターのアイディアやセンスなど体温や皮膚感覚の部分が注入できないジレンマが確かに存在するということ。で、手描きのアプローチを割愛してダイレクトでソフトウエアで思考する若い世代のデザインに何か物足りなさを感じ、そのひとつがエネルギーが定着していないことに気がつくとしている。まさに!である。

 一方、ジョブスの意向は非常に明確である。M.S.との摩擦もあるだろうが、アップルは今の時代、何をすべきかロジックではなく、皮膚感覚で感じとっているようです。結果がズバリ「iPad」なのだと言及している。¥48,800のあのデバイスが今後どのような場面でそれぞれのビジネスシーンで情報革命を展開・浸透・波及させるのか・・・。もう、このうねりは止まらないだろう。

 情報の本質や人間が五感で感じる何かは普遍であるとして、仕組みを何故変えなければいけないのかという理由に注視するよりも、変わっていく仕組みをどう自分のモノにするかを考えるベクトルも必要だということだろう。食糧が地上になくなり海中に食糧を求めダイブしたイグアナのように、いつか誰もが海中にある藻をついばむことが普通になるのだろう。指の間にヒレが出現し海流に流されぬよう指の爪が大きくなったように人もそう変化しなければいけない時代なのかもしれない。それを安直に進化と呼ぶのは簡単ですが、進化の順番は誰か個人の思考から生まれその個人が決めたことでもある場合と歴史の潮流の中で必然であると捉える説、そして、他にも数多の理由づけがあるだろう。しかし、最も大切なことは「今」が自分自身にとってどんな状況なのかを頭と身体で学習し対応する必要があるということ。デジタルやアナログというアプローチの差異はこの場合、2・3次的な存在なのかもしれない。

COURRiER新装刊。

 アップルが世界を変えるらしい。そして、ビジネス記事がさらに加速するらしい。明日の世界が知りたい人のための「情報源」。らしい。アップルについては「1977年の創業以来、革命的な製品を数多く世に送り出してきたアップル。5月28日に発売されるiPadは、どんな未来を日本にもたらすのか?」ということですが、どんな未来ってアップルに未来を握らている感じはしていませんが、電子ブックがいかなものかというニュアンスもありますし、あまり、あおられるととパワーユーザーはそっぽを向きますよね。相対的な意味で。自由だったアップルはどこえ・・・という提言もあり、この新装刊はチェック!!

衝動買い「粘菌~その驚くべき知性」。

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 これは予備知識なしでぶらりと書店で本日衝動買いした一冊。「粘菌」ってなんやねんという状態ですが、これでひとつ「粘菌」が自分自身のボキャブラリーになるだろう。出会いは偶然であっても人はそれを必然と考える。この積み重ねがDNAであるならば、単細胞生物である粘菌がどのような知性を持ちどのようなビジネスモデルに繁殖の触手を伸ばしてきたかをこの書籍で知ることは逆本末転倒。意外とこの直観は「大吉」を呼ぶのでちょっと期待しています。

CS4の2冊。

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 まぁまぁ、このテイの本は各3~4時間が想定内。気になる部分には赤線を入れて、重要なポイントにはしっかりと折りを入れて2冊をチェック完了。うんうん、確かに、いろいろなことが動いている実感を得ています。たぶんこの2冊を知識・経験知0状態で読破するこはできないでしょうし、文字を追うなら猿でもできますが、実際のソフトを活用するテイで言えばこのチェック方法が一番有効です。つまり、書籍について最近、どうも、0知識の方対象「R-0」指定の書籍が多いように思います。特にミリオンになるような書籍は義務教育の教科書より読みやすく質量が少ない、語弊がありますが、万象を重ねていない書籍が多い。どれとどれとはこの場で指定・限定することはできませんが、読みやすい=売れ筋路線という構図が蔓延している。電子ブックに危機感があるとはいえ、そこまで書籍の価値を下げては、紙に活字が印刷して製本してあるだけの物体は書籍とは言いませんし、著者がどんなにアドベンチャーを展開したいかはまた別のベクトルとしても、それでいいのビックネームさんということにはならないのだろうか?

 また、予想外に話が逸れたが、このテイのテキスト本は著者の視線が色濃く出てきて一見偏っているように思えるが、所詮はどんな優れたソフトウエアも人が使う道具。ソフトの知識やTIPSが欲しい人が「オンラインでリサーチする」「人に確認する・学ぶ」「マニュアルとチュートリアルを読む」「テキスト本を確認する」らの中からどれをチョイスするかは自由ですが、私が「テキスト本」を必ずチェックするのは、ソフトの知識や最新情報も得たいと考える一方で、著者や編集者のこのソフトに対する考え方・捉え方・評価を読み取りたいから。その評価と実際のソフトウエアを使用している際の自分自身の評価がどこまでそれに追いつけるのか?それとも追い越せるのか?それとも逸脱して道草を始めるのか?が結果、一周回って「ソフトウエアを自分のモノにできるということ」になると実感している。練習問題が出来てわぁきゃあ言っている人はそれはそれでその人の大正解。この書籍のノウハウをビジネスモデル転換できる人はグイグイ展開すればいいし、これを出発点に新しいソフトウエアを開発する人はそれでもよし。

 総括的にはやはり、今後もWEBの世界は動いていくだろうという感想で、それは、世界標準に準拠することや市場のニーズを受けて非常に緻密なブラッシュアップが繰り返されているということ。WEBデザイナーとしてWEBデレクターとしてこの部分の感覚を非常に重要視しなければいけないと思っております。ひとつひとつの細かい技術は覚えればできるのがソフトウエア。そこはソフトウエアの正直な部分。しかし、そえれを使って何か新しい価値を作りましょうというアプローチに必要なのはそれらを会得した上での機能の組み合わせ方であり、市場との連動・連携・シンクロ加減であり、それを求めているお客様との共鳴であり作用と反作用である。そのためにも、定期的に新しいテキスト本のリサーチは絶対に欠かせない。

一生折れない自信の作り方。

 アチーブメント出版の話題のビジネス新書「一生折れない自信の作り方」青木仁志著、¥1,365である。アチーブメント出版というのをまずあまり聞いたことがないので、また、公式WEBでも確認しよう。「人は誰でもよくなれます。人生はどこからでもやり直せます。」ってことですが、まず、このテイの書籍は的がはずれているので買うこともないし、書店で平積みになっていてもスルー。ただ、気になるのはこの著者が「自信」をどう定義しているか?の部分。そののびしろが適正であれば、この書籍はこれで成立するだろうと思う程度。

 しかし、このテイの書籍が売れる。つまり、ニーズがあるという今の現代が非常に不透明で不思議。広告面を読めば24万人の研修実績を誇る人材育成トレーナーという経歴を著者は持っておられるみたい。24万人という物理定数、研修実績の内訳、人材育成トレーナーの経歴がどう自信と綾をなすのか?この段階までは広告を読めばファーストインスピレーションで感じられることだが、さてさて、その真意やたるや真価はいかに・・・で¥1,365を出費する気にはなれないなれない。

 そもそも、人材育成の研修で人生が変えられるわけがない。もし、万が一、変えられたとしたら、それは、研修が原因ではなく、「変わる」が必然だったに過ぎず、感覚として「変わった」と自覚できただけのお話。それが本当に相対的にも絶対的にも「変わった」のか?と確認する術はこの研修のシナリオの中だけのお話。世の中はそんなにシンプルな構造ではない。だから、結果、変ったと感じる、変ったと思えた人へのギフトが研修に費やした費用や時間と相当だったということだろう。

 以前、若い時に、友人に進められ3日間の人材育成か啓蒙のセミナーを受けた。全く興味もなく、気もち的には0テンションだったが、どうしてもという友人からの言葉だけに反応した。が、結果は明確。無駄な3日間だった。そこにいる人間を観察できたことは非常に意義が価値があったが、それにしてはコストパフォーマンスの設定がM・U・R・I、無理である。ただ、友人は満足そうだったのでそれでいいかと。う~ん、若い頃だったので時間の使い方に迷いがあったのでしょう。それが、自分の中のこのテイの象徴になっているから、まだまだ、視野が狭いのかもしれませんが、ただ、興味が0なのに、その時間には踏み込めない。絶対。

 怖いのか?何か変えられることが心配なのか?それほど自分を守りたいのか?とそれからもいろいろな場面でいろいろな方から人材育成のセミナーや啓発関係に誘われたが、答はNOである。中には気功の先生に会いましょう的なマユツバの結晶のようなお言葉もいただいたが、これについては失笑である。

 で、逆にそれらの皆様に返したい。「何故私がそれを怖いと思うのか?」「変えらるこが何故心配なのか?」「守って何が悪いのか?」と。が、この言葉は飲み込んだ。それは、コミュニケーションではなからである。石を投げて石を投げて何も生まれないからである。石を投げられたらしっかり受け取ってその言葉の言葉の重さや質やカタチやサイズを確認しなければいけないからである。そして、捨てるのかいつも手元に置いておくのかを決めればいい。と同様に、ヒトに言葉を投げる時はその逆だから、これらのことに留意しています。

 それができることが、私は唯一の「自信」だと思います。さて、この著者と文脈・論理の差異を確認することはないだろうが、私の場合「自信」とはそれ。

「デザイン思考が世界を変える」か・・・。

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 「なるほどなるほど」を期待して。情報収集が格段と便利になりました。しかし、オンラインに存在する情報量は確かにその時間やコストパフォーマンスの効率を考えると格段と・・・ですが、さてさて、その品質はいかなものか。オンラインに存在する独特のルールや規範の上で絶対的な量があるでしょうが、だから?という感覚も否めない。的確に情報を得ることにはいつの時代もそれぞれのアプローチが存在するが、そもそも、誰しも同じ情報が必要だとは限らない。その優劣は受信側の軸。ならば、入手方法が便利なり、入手先が豊富になっても、入手側が同じなら、結果、何も本質的には変わらないのではないだろうか・・・の疑問について、この著者の答を読み解ければと思っております。

 1冊の書籍との出会いも人と同じ。一期一会。書籍との出会いは著者との出会いでもあるのだから。に比べてオンラインの情報の向こうにある人の存在感の希薄さが気になる。ただの誤解や誤った先入観かもしれないし・・・。でも、そのサインも感じられるし、その兆候も現代のコミュニケーション事情やメディアの崩壊にも顕著に表れていると思います。まぁ、このことについても、何かこの中の情報に最善策が見つかれば¥1,300は美味しい。

「ボックス!」上・下。

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 やはり、気になっている小説。映画は待てない。「風強(カゼツヨ)」しかり、やっぱこの手の物語にはどこか引き付けられてしまいますね。

「音楽好きの脳」ダニエル・J・レヴィティン著

 広告の文脈より抜粋。「なぜ、人は音楽を必要とするのか?ある著名な科学者は、音楽など消えても何も困らないと言い放ったという。一方、進化論を唱えたチャールズ・ダーウィンは、音楽は私たちの情熱の一部としっかり結びつき、「クジャクの尾羽」と同様、パートナー選びに役だっていると考えた。」とある。音楽は消えても何も困らなかった科学者の末路は推して知るべしとして、さすが、ダーウィンである。そして、クジャク~とするあたりがなんとも素晴らしい。進化を諦めた著名なだけの科学者の言葉がこれほど響かない理由は真価の絶対量だろう。

 で、偏在する音楽の価値については人それぞれだろうが、目を閉じれれば誰にも闇は手に入るが、耳をふさいでも頭に鳴る音楽のチカラは自分自身の中にもう一人のパートナーを探すことにも少なからず役だっているように思います。それほど音楽はヒトにとって意義があると信じたい。

小説「パイレーツ」。

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 早過ぎる死がなんとももどかしい。故M.クライトンの小説「パイレーツ」。この中に注いだクライトンの真実が楽しみである。

龍馬脳のススメか・・・。

 しかし、茂木さんも節操がないのでは・・・?なんでもかんでものっかればいいってものじゃないでしょう。それもそういう時代だから仕方ないのか、それとも時代のニーズをキャッチするということは実は表面的にはこういうことなのかもしれない。確かに龍馬は注目しているが、実際、龍馬についてはあまり興味がないし、日本の歴史についても個人的にはあまり興味がない。だから、龍馬とか、大河ドラマのどうのこうのについては倍数のひとつ。

 で、人生が驚くほど変わる~というキャッチコピーはいかなものか。つまりこの書籍は少なくとも人生を驚くほど変えたいと思っている人に読んでほしいという構図があり、そのニーズはいったいどれぐらいが相場なのだろう?男からも女からも愛され大事を成し遂げる「龍馬的思考術」を気鋭の脳科学者がよみ解く渾身の一冊!とあるが、そんなに自由自在でいいのか?脳についてそんなに多面的に語り初めて最後はちゃんと落ちるのだろうか?別に漫才でもコントでもないからオトス必要はないだろうが、ちゃんと起承転結的に1,260円の価値があるのだろうか?会社にしがみつくな!肩書きに頼るな!って人生を驚くほど変えたいと思っている人には無理でしょう。

 個人的な見解としては、「人生など驚くほど変わるの自然。」と捉えているので、まず、このテイの書籍は買わないだろう。別に茂木さんがどうのというわけではなく。

「openPNE」という取り組み。

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 そうかそうか、こんなのがあったのか!いろいろ一生懸命リサーチしているようで、こんな素敵な情報はずっと視野の外だったとは・・・。ちょっとショックです。やはり、いつもアンテナを研磨しなければいけないですね。ちょっと安泰モードになっているうちに世の中ではいろいろなことが驚くべきスピードで突き進んでいるのですね。う~ん、かなりショックでした。「先入観」や「思い込み」のフレームって怖い。

 で、「はじめに」の部分にはこう記載されています。「OpenPNEは、SNSを実現するためのプログラムです。PHPとMysqlで動作し、オープンソース方式で開発されています。多くのレンタルサーバで動くように作られており、オープンソースなので無償で使えることから、簡単に仲間と楽しめるコミュニティ空間を作ることができます。~中略~ 普通、SNSと言えばmixiやGREEなどの大型のサイトを想像するかもしれませんが、どうしてこれだけの数のSNSがそれぞれ共存し、成長を続けているのでしょうか?本書ではまず、その理由も含めて、SNSとOpenPNEそれぞれの特徴について理解していただきます。SNSやOpenPNEの特質を十分に理解できれば、魅力的なSNSを立ち上げ、運営できるようになることはそんなに難しいことではありません。本書がその一助になれば幸いです。」となっている。

 とは言え、「簡単に~」と「難しいことではありません。」の部分についてはやはり相当の知識と企画力が必要でることは当然であり、いくら無償だとは言え、SNSに興味があり、そのテイのWEBサイトを起動したいとなった方でも100人が100人ともこのソースを活用できるにはならない。それは、なんでもそうですが、「1週間であなたもFLASHの達人!」みたいなテイの書籍と同じ。ポテンシャルを無視して1週間で何がどうなるかは、その書籍を手にした方次第なのである。これは責任・無責任の問題ではなく、情報の捉え方のお話。

 ただ、このソースの情報を現在の段階で入手できてアウトラインを理解できたことは非常に意義がありました。人もそうですが、情報も一期一会ですね。さてさて、早速、アクトのWEBサイトのリニューアルコンテンツとしてテスト設置してみます。公開後はこのブログでアナウンスさせていただきます。100人ぐらいの登録者が集まれば大成功でしょうね。頑張ろう・・・。

P.V.3D入門。

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 ざざっとですが、基本説明~機能別リファレンス~応用編と非常に展開が見える内容になっています。もう少しプログラムの構成や設置方法について詳しく記述してほしい気持ちもありますが、そこはサンプルソースを見てくださいということ。また、FLASH-CS4についての操作方法についてもほとんど記述していないので、これはかなりなレベルの方でないとムズカシイ。その上、3Dの基本概念についてもやはり基本説明だけで深くは記述されていない。これをFLASHでとなると完璧に3Dの概念やカメラワークやレンダリングのこと、ポリゴンのこと、マッピングのこと、ライティングのことなどなどを理解した上で、しかもコンパイルするまで実像が見えない状況ではかなり3Dの知識が必要だろう。世の中はやっと3D3Dと騒ぎはじめた感覚があるが、ゲームの世界ではあたりまえ、それに、専門分野ではたぶん30年以上の歴史があるはず。だから、さて、WEBでグラフィックデザインで映像でプログラムで3D技術を使うことに対してソフト的にもプラットフォーム的にも引き出し的にも用意・準備はできているが、ただ、それとFLASHの組み合わせとなると四苦八苦していたので、このようなフリーライブラリーが広く出回るのは嬉しい限りである。オモロイモノが創れそうです。

「考えない練習」か・・・。

 小池龍之介さんという著者の「考えない練習」という書籍がとても気になっています。広告面には「「イライラ」「不安」は練習でなくせます。見る、話す、聞く、触る・・・身体で感じる「五感」を活かすトレーニングで、脳に優しい生き方が身につく!」らしい。この種の書籍が売れているということは確実にイライラしたり不安な人が世の中多いということ。

 まず、「イライラ」についてですが、練習してなくせますと書かれているが、「イライラ」をなくすと人間はどうなるのだろう?「イライラ」にもいろいろなサイズがあり、いろいろなTPOがあるはず。どんな練習をするのかについてこの書籍を買ってみなければ分かりませんが、仮に練習の成果が上がり「イライラ」しなくなった=「イライラ」できなくなったら・・・?それはいったいどういう人間性になるのか?自分のこととして想像してみるが、全く想像できない。感情があり、五感から何かしらの情報を得てさらにそこから新しい感情が生まれてる。それを繰り返している以上、「イライラ」がなくなると、それははたして精神的に0な状態では?極論かもしれませんが、0の状態が果たして心に身体にいい状態なのか?適度な「イライラ」は日常生活に必要なのではないだろうか。まぁ、この著者が僧侶さんだからリアリティーがあり書籍が売れるという構図は否めませんが・・・。

 で、「不安」がなくせるともあるのですが、これまた自分に置きかえると全く想像ができません。「不安」がなくなると自分自身はどうなるのだろうか?これも宗教の概念の中のお話を世間一般の日常生活に置きかえるという作業が必要になり、煩悩=不安の源みたいな、七つの大罪と功罪みたいな、バックグラウンドがあるとして、「不安を予期する能力」「不安に対処する能力」「不安をモチベーションに変換する能力」らがあるから人生は楽しいと考えてしまうのは、俗っぽい考えなのか・・・。そして、不安と五感の相関関係についても感情を区分けすることはできないわけで、どんな練習をすれば、「なくせる。」と言い切れるのだろうか?信じないものは救われない的なまゆつばだとは考えたくないが、私的には適度な「イライラ」と「不安」は必要だと思います。
 
 だから、このテイで言うならば逆にそれらを「考える練習」でいいのでは?でも、このタイトルでは本な売れないのでしょうね・・・。

2030年のメディアとは?

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 ようするに、情報時代情報時代、IT、ITと連呼しているが、確固たるビジネスモデルはまだ存在していないというのが実のところ。そりゃそうでしょう。マスメディアが崩壊しつつあるのですから、そう簡単に次の仕組みなどできないでしょう。大きな関が崩れたわけですから、それまでた貯められていた水の量たるや・・・です。で、2030年頃にはこうなっているだろうなぁ~的な分析・洞察・考察が展開されている書籍ですね。そもそも、メディアの源泉は何だったのか?情報の本質は?いろいろ旬なキーワードが網羅されている書籍です。これがたった¥1,050(税込)ですから、「安い!」と言わざるをえません。

 が、それも、それを「価値」とする人に適用される「値打ち感」です。つまり、情報とはメディアとはそういうものですよとこの書籍のリアリティーは語っている。いい書籍です。間違いない。

「ワンピース」&「ナルト」最新刊。

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 昨日、最新刊を発見。ワンピースはすでに1億冊突破、ナルトもそろそろ1億冊が見えているらしい・・・。あと、ブリーチも凄いらしいし、ハガレンも凄いらしい、その他レアでディープないいマンガは本当にたくさんあるのですが、やはり、いろいろな厳しい(個人的な)判断評価基準をクリアしているのは今のところこの2冊だろう。よくもまぁ、ここまでのイマジネーションと構成をこのテイストとこの展開で、しかも、たぶん、尾田さんも岸本さんも楽しんでいるのだろう。多くの人たちがこの伝説に関わっておられると思いますが、軸がぶれないということ、常に新しいアイディアとキーワードを盛り込んで来ること、そして、何よりも「絵」がいい。現在、考えられるもっともホットでパワフルで質量のある間違いのない2冊でしょう。

ワンピース最新刊初版300万部!

 明日(4日)発売される「ワンピース」最新刊の初版発行部数が300万部らしい・・・。強烈である。ストロングワールドには一歩出遅れて「0巻」を手に入れることはできなかったが、いずれどこかのタイミングでアプローチしたいと思います。もし、お手元に複数ある方で1冊譲ってもいいですよという方はご一報くださいませ。

 で、エースはどうなる?白ひげはどう出る?黒ひげは?イワ様は?ドラゴンは?そして、他のルフィーの仲間たちは?もう、この最新刊の期待度たるやかつてない空前のMAXな感じ。ジャンプは買っていないので、このテンションをキープできているのですが、この数ケ月に一回訪れる波が楽しくて楽しくて。

 たぶん、長浜は5日か6日頃にコンビニで並ぶでしょうから、心の準備をしていい状態で待ちたいと考えております。

 By the way, ヘラクレスンは今何をしているのでしょう???

外山さんにハマッテ・・・。

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 「しなやかな発想、思考を実生活に生かすには、どうしたらいいのだろう。たんなる思いつきをアイディアにするには?企画、営業、レポートなど仕事や勉強、きらりと光る会話にまで、大きく影響するアイディアのポイントは?学校や会社では教えてくれないアイディアの作り方を教えます。日々の暮らしを賢く、美しく、そして面白く生きていけるように。「思考の整理学」実践編。」とこの「アイディアのレッスン(外山滋比古:著)」の裏表紙には書かれています。完全に、「思考の生理学」の流れで外山さんについて2冊目です。なかなか、このテイの書籍を買って良くっても2冊目に手を出すことはほとんどないのですが、外山さんにはかなりはまっています。どれぐらいはまっているかというと、「思考の整理学」は海外に在住のクリエイターの方2名に思わずプレゼントした始末。ひさびさに同じ本を3冊買いましたね。

 で、アイディアについて企画・デザインの仕事をしていると「まさに!」なのですが、自分なりにこのノウハウやチップスはたくさん普通の仕事をしている人より保管しているつもりでも、さて、それを自分の中に体系化できているとは言い難い。しかも、テンションの低いビジネス書から何かいいフレーズが過去に連発されたかと言えば、かなりそれも厳しい。ビジネス書って、とっても分かりやすい反面、文脈が弱いというか、一次元の内容ばかりなので、目の前の文字を信じるか信じないかというタイプの人になら、そのアプローチで正解でしょうが、文脈を反芻したり、他の事例と瞬時に比較したり、自分にもそこそこの考察があるテイで読むにはちょっと厳しい。

 過去に人に進められた小説の始まりの数行で嫌悪感がいっぱいになり、読まなかった小説の数は限りないのですが、そうなると、二度とその著者には近づかなくなる。まず、自分でそれを買うことは一生なければ、手にとって斜め読みもしない。それはあまり読書の視野的には損をしているのかもしれませんが、どんなに進められても、それらの著者には心のメモリは動きません。そんな感じで書籍を判断してしまうタイプの人でも、目的を持って購入した書籍は自分の判断力を信じて読み切りますが、なんでしょう、人にいいと進められるのが苦手なのに、人には進めるこの多重な感じ。

 でも、外山さんはいいですよ、ぜひ!!!

自分の小さな「箱」から脱出する方法!?

 「なぜ多くのアルファーブロガーから圧倒的支持を受けるのか!」「人間関係にのパターンを変えれば、うまくいく!」がキャッチコピーで、プロットとして「知っておくべきこと。自分への裏切りは、自己欺瞞へ、さらには箱へとつながっていく。箱の中にいると、業務向上に気持ちを集中することができなくなる。自分が人にどのような影響を及ぼすか、成功できるかどうかは、すべて箱の外に出ているか否かにかかっている。他の人々に抵抗するのをやめたとき、箱の外に出ることができる。」とある。この「自分の小さな箱から脱出する方法(アービンジャー・インスティチュート著)」という書籍の広告面の文脈です。なかなか、タイムリーな書籍が出るもので、「箱」がひとつのキーワードになっている。ただ、一概にに「変える」というがなかなか変える方法って難しいと感じてしまうが、実はこれがすでに箱なのかな?著者が外人だからこの脱出方法がどちらのベクトルなのかで慣習や文化との摩擦やジレンマもあるだろうし・・・とまた箱が現れる。この論理は非常に有効ですね。「受け入れるなら受け入れるな!」「受け入れないなら受け入れろ!」と言われているような気する。

 つまり、固定観念・先入観を支えている自己の礎を改造してください的な論法なんだろうと推察します。このテイの書籍は気づいた日本人達が翻訳して発信しているネタとこの書籍のように翻訳として取り組まれているテイではニュアンスが異なるので、気なる部分として大きいのはこのアプローチですね。書籍のポテンシャルはこの判断が個人の中でどう起こってどう行動化させるという動機の部分がデジタルコンテンツと明らからに品質の格差を創出すると言っているのか?書籍の意義がここにもあることを踏まえて、あえてこの情報は検索しないことの方が真理に近づけるような・・・。

 さて、「自分の箱」が小さいのか大きいのか(たぶん小さいだろう・・・)的な仮説から、箱を意識化に置けるとして、脱出できるのか?脱出するべきか?脱出でいいのか?と感じてしまっていること自体、この提言の意義とも言え、すでに、アマゾンへ入ろうとしてしまっています。合理的に考えて、「満足=沈滞」「危機感=レベルアップ」なら、このキーワードを逃したくないというのが自分自身にとっての正論になるし、正論に疑問を抱く前にこの価値を手にしてしまうというアプローチもアリかなと感じています。

 「箱」かぁ~、この場合「箱」なのかぁ~。

1992年12月号「デザインの現場」。

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 ぶらりと中古書籍屋さんでゲット。テーマに魅かれて衝動買い。しかし、これが¥105。で、中身はと言えば十分に¥1,800(税込)分の価値がありました。どうやら、この時代の海外のコミック分野の巨匠達を特集していました。この時代(今でもそうかもしれませんが・・・)、フランスではマンガのことを「バンド・デシネ」(Bande Dessinee)、もしくは略してDBと読んでいたらしい。これは「デッサンが帯のようにつながっている」という意味らしいです。ほとんどの作品がオールカラーで、絵本作家が一枚一枚丁寧に構成を構想していたらしい。これがなかなか刺激的なのです。1992年の情報に改めてドキドキしてしまいました。

 これが書籍のGREATな部分でしょうね。1992年なのに、2010年に見ているというリアリティーでドキドキ、内容のディテールにドキドキ、そして、それを今手で1ページ1ページ捲りながら見ているというドキドキ。このドキドキは絶対に携帯デジタルデバイスやWEBコンテンツには出せないクオリア。それは3Dでクリクリ動いても同じ。書籍の中身が動き出したとしても同じ。そのドキドキは絶対に技術とか手法ではないのです。一定の時を経るということがリアリティーの品質を上げているのだと思います。

 たまには、中古書籍屋にも行ってみるものです。

「ラブリー・ボーン」。

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 これは「映画を観る前に本を読んでしまうパターンの奴や!」気をつけなはれや!!!

「目立つ力」勝間和代著

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 「継続は力」「量が質を凌駕する」と。これこれ。タイトルが書店で目立ったものですから、いつもの衝動買い。が、こういうアプローチはアタリの確率が非常に高い。これは完全にアタリである。宝くじや当選モノにはからっきし弱い私ですがこの確率はかなりいつも高い(下手な鉄砲という側面もあるが・・・)。にしても、読めば読むほどモヤモヤしていることがクリアになっていく感覚は、素晴らしい書籍との出会い、一期一会に感謝しきり。だが、いい書籍の出会いって体調や心の状態とも深く関係しているし、私がいいと思っても、「これええですよ。」と進めた人が同じモードでなければ、このニュアンスは伝わらない。だから、書籍の出会いって人との出会いに似ている。いい書籍はちゃんと求めたテンションを返してくれるし、いい書籍は著者像がしっかりと明確になり、まるで、書かれている文脈と会話しているような感覚になる。できたら私もそんな書籍を発行したいと考えているので、このような書籍との出会いは本当にテンションが上がってしまいました。

 一部冒頭の導入部分を抜粋します。「これまで、私たち日本人はなるべく「目立つ」ことがないように、しないように、教育されてきました。その結果、考えていることや自分の内面を人に見せたり、あるいはこれ見よがしに自分の才能を人に示したりすることは、はしたない、あるいは露悪趣味ととらえられて、特定の職業の人を除いて、避けられてきました。あるいは、自分を見せてみたいと思っても、インターネットが普及する前は、不特定多数の人に自分の得意技を伝えること自体、コストがかかって、なかなかできないことでした。」とある。残りは書籍を購入してお読みください。

 これは「まさに!×120」である。ここから入られると弱い!ってところから話を進めておられる。流石、百戦錬磨である。が、「目立つ」ことが人間の本能であり、アイディンティテイとエゴについてフロイトが考察したことも、さて、八百万の神の国、日出る元(本)の国の民は、どうも他流試合を敬遠する。まるで、ちょんまげと刀を捨ててから・・・という論法が尽きないぐらい、「まさに!」なのである。で、それをインターネットでどうするのというお話がこの書籍のアプローチなのでしょうけれど、これは、これから楽しく読ましていただくとして、目立つ人に対する協調性が群れ組織に適する適さないで存在価値を判断しやすい、というか、出る杭の出る理由を考えずに「出る」=「みっともない・体裁が悪い」=「打たれろ!」みたいな構図にはうんざりする。それはひとことふたことの日常会話の中に潜むその人個人のキャラクターがしっかりと言の葉に浮き上がるから不思議。目が口ほどにと言うが「文の化」で文化ならば、人間の内面の質量は何で推量するべきかとなる。

 テンションが上がり過ぎているので、完全に文脈が乱れているが、それほど、この書籍の中の真理には舌を巻くだろう感がすでに49ページで漂っている。著者が想いを込めて切り取った心の言の葉が重なるこの書籍。このリアリティーは絶対にモニターの中には存在しえない質量だと思います。

 「ブログは15分で書け!」と何かの書籍に書いてあった、体裁を整えた文字に魂は宿らないのだろうか・・・。言葉のようにブログを書けばより内面が出てくるということなのだろうか・・・。ふう~。

「フリーソフト大全集」と「大事なことはすべて記録しなさい」。

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 右側は「フリーソフト大全集2010」という無料で出回っているソフト500を紹介している書籍。インターネットや動画やセキュリティーなどのカテゴリー別にほんとにたくさんのソフトがあることを知りました。いずれもWIN-XP~用のソフトなのですが、この機能で¥0ってほどの驚きの連続。WINの師匠から「WINには無料でも使えるソフトウエアが多いんですよぉ~」と教えられてその頃から意識しているのですが、確かに!それにくらべAPPLEは・・・。アドビの考え方は常にプロフェッショナルパワーユーザーを意識した展開をしていてソフトウエアが高価になるのはとても納得できるのですが、OSの仕組みで市場に枠を設定している方針は今の時代いかなものか・・・。でも、それがアイデンティティであることも現実であり、自信があるから「枠」を作れるという背景も事実。何も無料だからいい、高価だから悪いというモノサシ感ではないのですが、オープンソース+フリーウエイという潮流にぶつけるだけのコンテンツ力があるということは「強気だなぁ~」と雲の上の世界を見上げています。

 「大事なことはすべて記録しなさい」は新聞で広告をチェックして書店に並べてあったので早速ゲット。まぁ、昨今の啓発・啓蒙・スキルアップ企画かと思いきや、なかなかこれがいい切り口です。特に印象的だった「記録」という語感と、「整理しない!」「分類しない!」「ファイリングしない!」という情報に対するアプローチのバックボーンはこれが圧巻です。確かに確かにという連続です。また、別の角度で今書籍の企画を練り上げているので、そういう視点でもこの書籍の企画主旨や原稿の流れやデザイン面などいろいろな角度でとても参考になる一冊です。とくに冒頭の部分で「大事なことは私たちすべての人にとって大事なことといえる、記録すべきことがあります。それはあなた自身を記録するということです。」とある。このフレーズはなかなか重い。決して「情報」=「記録」ではないという切り口が氾濫する情報に対してモヤモヤ感を一掃してくれました。

「ソウル・コレクター」について#02。

 改めて「ソウル・コレクター」について。勿論、昨日の記述どおり物語の詳細をこのブログで記述することはひかえたいと思っているのですが、ある方の寸評どおりの部分も確かに感じたのですが、さらにそこから熟考したり自分自身の感想をいろいろな角度から検証してみると、確かに物語の盛り上がりには欠けたという印象が否めないのですが、逆にそれが実は恐ろしいのでは・・・とか、犯人像は若手だったことから個人的な理由でソウルコレクトに走るわけですが、これが、もっとサイコな犯人だったらとか、もっと、組織的な犯罪パターンになっていたらと考えるとこの物語の着眼点はかなり大きく肥大する。また、犯人がターゲットとする個人情報についてもその情報網の活用術が非常にミクロだったことと、目的が非常に個人的な収集癖の悪いパターンだったから結果被害的には非常にミニマムだったように思える。これだけの着想と物語のフレームを構築できる作者なら、他に物語の展開パターンは無数にあったのにも関わらず実はこのテイで物語を完結させてたのは「狙い」「計算」の部分で、実は続編があるのでは・・・?もしくは、別の物語が用意されていて、ライムシリーズはその伏線だったり・・・?とか考えてしまいます。だって、ここで回収されている個人情報が網羅された内容は凄まじいアーカイブ総量である。これらが実際にどこかで常にリアルタイムにどこかのサーバにアーカイブされているということが、例えフィクションであれ、何かの事象に元づいているはず。それが、登場人物だけの範囲内で物語として500ページ前後の物語として完結されているから、なんとなく消化不良な感じだっただけで、このプロットをいかようにでも広げる方法や選択肢は絶対にあったはずだから、そういう視点で言うならば、じわじわとボディブローのようにこの物語はソウルに効く話だった。そして、物語は終わったが、読み終えたあとも何か余韻というか、それ以上の爪痕を残された感覚です。

 逆に自分の中にある記憶が自分自身を作り、アウトプットされた全ての「関わり」や「ふるまい」が何かの形でデジタルデータとしてどこかに保存されていることも現実であり、厄介なのはそうでないどこにも保存されていない、アナログの軌跡こそが、今の自分を構築している。そして、未来はその変数の中でしか広がっていかないとしたら、これまでの軌跡こそが人生をカタチ創っているほとんどの要素・材料だと言えなくもないのでは・・・と考えてしまう。ってほどこの作品は素晴らしいように感じ始めています。ただの小説として読んでいる間は登場人物や物語の展開に一喜一憂していればいいが、実はこの物語は誰にでも起こりうるお話で、社会に属している以上必要不可欠なアイデンティティが破滅へのトリガーになるっていうこの設定は素晴らしい。

 ブレードランナーでルドガー・ハウワーの最後の一言が聞こえてくる感覚である。0の上に1を重ねる量子コンピューターという概念がすでに起動し始めている。AIの覚醒をテーマにした物語が今後もいろいろなカテゴリーで登場するだろう。予見するにも共鳴するにもある一定の予習が必要な感じ。

「ソウル・コレクター」について。

 あるブログでの寸評である。「事件の性質は非常に興味深く、現代のデータ社会に警鐘を鳴らしているようにも感じられる。作中の事例は極端かもしれないが、数年後に同類の犯罪が起こる可能性はあるだろう。それが予想できるだけに、データの持つ非情さと、その前では沈黙するしかない人間の無力さに軽いさむけを覚えた。このタイプの犯罪に、ライムの科学捜査で立ち向かうのはちょっと無理があるように思える。データの崇拝者VS四肢麻痺の捜査官という構図がしっくりこない。証拠分析の緊迫したシーンは印象薄で、サックスが危険にさらされるというお馴染みのパターンもマンネリ気味。もとよりレベルの高い作者なのでこのくらいではびくともしないが、テーマがライムのキャパを超えた場合はシリーズ化する必要はないのでは?面白いのは面白かったが、単発モノの方が良かったような~」となる。確かにこの方の評価にはかなりうなずけてしまう。本当に小説を心から愛しておられる感じがとても共感できるし、記述しておられることに対しても確かに確かに・・・ということばかり。

 やはり、書籍というのは素晴らしいメディアだと思う。そして、「ブログ」というツールだからこそこの共感が成立するように思えた。まったく会ったこともない人と自分が気に入っている小説や映画やアーと作品に対してブラウザで繋がり、共感をできた時の感動は、たぶん、他の様々な手法やツールでの共感のディテールとは違った、狭いニュアンスも深いニュアンスも非常に小さいストライクゾーンながら構えたところにズバーンという感覚。が、反乱している情報だから、そのズバーンもなかなか出合えないことも事実ではある。が、この場合、確率の問題ではなく、ブログっていなければ、ある目的で何かをリサーチしようとしなければ出会えなかっただろう存在が必ずこのモニターの向こうにいると感じられる共感の種類はやはりブログならではの部分。と、「ソウル・コレクター」の警笛に対して逆手な意見から入ってしまいましたが、この部分の共感はブログのリアリティーとしての「楽しい」部分でもある。

 で、「ソウル・コレクター」についての私自身の感想はほぼ同じなのですが、別の角度からひとことだけ。どうしてもどうしても「ボーン・コレクター」という映画を観てしまっているので、D.ワシントンとA.ジョリーがどのページにも表れてしまい、それが、最初はいいようにも思えるのですが、後半あたりからどうもそれがこの物語のイマジネーションを膨らませ度合のリミッターになっているように感じてしまった。「ボーン~」の映画を観て、同じく原作なら良かったのかもしれないが、「ボ~ン~」の映画の感じで「ソウル~」を読んでしまったことで犯人像をMAX膨らませてしまった。それが、結果、ちょっとだけシリスボになってしまったような気がします。もっともっと、ギリギリのところまで事件の全体像が肥大するのかと期待してしまった・・・。が、これ以上はたぶん国家間の情報戦争情報をfictionしなければいけなくなり、今回の犯人像クラスでは荷が重たかったのだろう。う~ん、期待が大きいとこれだけの大作家の作品でもこうなってしまうのか・・・。

 さぁ、気を取り直して、次は「パイレーツ」です。

大人の教養&マナー!?

 ビジネスの地力を高める「大人の教養&マナー2010」今年こそ身につけたい全19ジャンル、という日経ビジネスASSOCIE(アソシエ)という雑誌の広告の特集の記事がありました。いつもながらの新聞切り抜き情報ですが、年頭にあたり今年の目標やビジネスにおけるビジョンを設定するにあたり、何かヒントになればサインになればとチェック。大人の教養という部分で昨年、某大学の教育プロジェクトのプレゼンテーションに参加させていただいた際に、確かに新規プロジェクトに対して何かを提案する場合、備えておかなければいけないいろいろな要素が欠落していたことについてずっと反省を反芻していたのでこのような記事に反応してしまっているのかなと思っております。

 技術的な背景は誰がの部分よりも仕様とコストをしっかりと吟味すれば数値的に分析できるのですが、企画やデザイン表現については多様な価値観の中で最適値を創出しなければいけない。それが、個人的な思いつきやバックボーンが未熟な状態では絶対に伝わらない。提案の主旨は概念として共通言語化することはある程度可能ですが、コンセプトに関して言えば、伝えるためのディテールは十分に用意しなければいけない。その部分に不備がある場合は、すでに存在する既製のパッケージに劣るという反省点です。つまり、ディテールは何で組み立てるんだい!という部分。私はこう思うからこう思ってくださいが絶対に通用しないので、なぜそう思いなぜこの仕組みで遂行させるかというフレームの部分を構築したら、次の段階はそのディテールをしっかりと連動させてこそ提案として成立するということ。

 ようはその段階で身についている自分自身の能力の中に足りないモノがあったということ。これはハード面では補えない部分ですから、確実に身につけている必要がある。そのためにもビジネスにおける教養やマナー的な部分は必要なのでしょう。が、個人や会社でどの教養やマナーを会得すればいいのかの基準は氾濫しているわけで、業種毎に必要不必要があり、時間も無限ではなく、情報化時代とは言え限界はある。では「どこまで?」ということがキモになるのですが、やみくもに情報を集めてもその中に有益な情報がなければ意味がなく時間の浪費であり、ただただ、興味本位で情報を取得しても整理できていなければ、これまた意味がない。だから、情報化時代の氾濫する情報から自分自身にとって自社にとって有益な情報をチョイスする手法というか目力が必要になる。そして、それには確固たるモノサシがあるわけではない。この無限にも思えるループを上向きのベクトルに換えるのは至難の技。

 「もう無理無理!」「訳が分からないからや~めた!」では必ずベクトルは下降する。現状を維持するための情報収集でさえかなりエネルギーを消耗するのに、さらに少しづつでもいいから上に向けようとするとその何倍ものエネルギーが必要である。この危機感の持ち方こそが結果「教養&マナー」の実態のように感じています。

 身につけたい19のジャンルということで、「経営者」「サイエンス」「礼法」「接客」「ファッション」「東京の歴史」「米国」「絵画」「ジャズ」「シェークスピア」「ワイン」「バー」「中国」「司馬遼太郎」「ドラッカー」「宗教」「源氏物語」「茶道」「クラシック音楽」とあるが、あまり興味のないジャンルも多い。が、興味がないと判断したことにこそ何かヒントやサインが隠されていることも多い。特に「ワイン」「バー」「司馬遼太郎」などどうでもいいと思っている裏に新しい価値観を得られるヒントがあるかもしれないので、そう言ったクラスの情報にも敏感に触手を伸ばしたいと思っております。が、なかなか・・・。

 何よりも「大人」という部分が一番ひっかかるので、この雑誌に「大人」の定義はたぶん説明されていないだろうけれど、これからの時代に求められる「大人」の在り方なども実はビジネスのヒントになるのでしょうね。まぁ、考え過ぎるとハードルが遠く高く見えなくなるので、ハードルの設定位置と高さ設定も吟味しなければ・・・。

パイレーツ(掠奪海域)著マイケル・クライトン

 昨日書店をうろうろしていたらマイケル・クライトンの遺作を発見。説明文を読めばなんと死去されてから彼のPCの中に発見された原稿からの書籍化だったそうで、すでに映画化が決定とのこと。なんとこの事実だけですでに小説が始まっている感覚である。結果、最後の作品「NEXT」もまだ読んでおらず「恐怖の存在」どまり。しかし、「NEXT」を次にしてもこの「パイレーツ」は先に読みたい作品ですね。一番最初は「ジュラシックパーク」の原作だったのですがそれからファンになり楽しませていただいた海外で好きな作家のひとりです。昨年の11月に他界された時は本当に残念でした。もうマイケル・クライトンの作品が読めなくなると思うとかなり悲しかったです。しかし、海賊をテーマにしたこんな作品があったなどとても嬉しい出来事です。この年末年始はガッツリと買い込んだ小説を読もうと気合いを入れているのですが、その中にこの1冊も入ってきそうです。

「忘却の整理学」が出ました。

 「思考の整理学」の続編「忘却の整理学」が出版されました。これはこれはチェック。頭を働かせるには、まず忘れること。情報・知識でメタボになった頭脳を整理し、創造・思考の手助けをするのは、「忘却」なのだから・・・とこの書籍の広告のリードにある。まさにである。早速、入手の方向で。

ソウル・コレクターは買ってしまった。

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 やはり、このタイプの小説には手がのびてしまいます。

リンゴが教えてくれたこと、か・・・。

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 農業のことは全然分かりませんが、この1冊で少し山のこと土のこと作物のこと虫のこと、そして、人間のことが分かったような気がします。言葉を発しないやリンゴの木や稲にどう語りかけるのか、そして、植物の生物の声を聞くにはどうすればいいのか、そんなことを少し真剣モードになって頭に描くことができた書籍でした。しかし、まぁ、どこでも不思議な法律があるものです。あきれて、それこそ、言葉がありませんでした。そのことに気がついている生物や植物たちはずっとずっと「あきれてモノを言わない。」のではとさえと思うほど。人間の勝手な片寄った知識や判断に動物や植物たちが喋れたら全員で「なんでやねん!」とツッコまれますね。たぶん。

ピエブックさんの御計らい。

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 ピエブックさんから連絡があり、送料も返品の伝票付もありでいくつか書籍を送らせていただくのでもし気に入ったのがありましたらご購入を・・・企画で書籍が到着しました。確かに昔はよくこの類の書籍を購入していたのですが、最近はやはりネットネットで資料を探していることやあまりデザインを書籍でリサーチすることがなくなったこともありで、この手の書籍に貪欲ではなくりました。が、じっくりモノを拝見しているとさすがいろいろ企画もしっかりコンセプトもしっかりしている書籍ばかり。確かにこのクオリティーなら¥10,000以上ってのは納得。しばらく拝見して気に入ったら1冊ぐらいは頂こうかなと思っております。

◎詳しくはこちらを確認してみてください。http://www.piebooks.com/

リンゴが教えてくれたこと。

 今、書籍「リンゴが教えてくれたこと。」を読んでいます。この書籍は「『リンゴが教えてくれたこと』 木村 秋則著、日経プレミアシリーズ、850円(税別) 」です。ずっと気になっていた書籍のひとつでやはり読みたくなって買いました。無農薬でリンゴを育てるということが農業の畑を全く理解していない私にしてみればそんなに困難な取り組みではないんじゃないだろうかという浅はかさも確かめたかったし、著者である木村さんがリンゴの木に話しかけるという節の部分も意外と常道から逸しているようなニュアンスを受けとても興味がありました。ほぼ80%読んだ段階で詳細はこのブログで書くことができませんが、やはり、この書籍はアタリでした。記述されている文脈はそれほど難解でもなく常に1人称で書かれているのでとても共感を得られる部分とこれはとてもついていけないだろうなぁ~という非常識な部分がとてもバランスよくライトダウンされ、リンゴの木と会話するというニュアンスというかフィーリングの部分が伝わってきました。

 で、そう思うと、あれ?自分の仕事場にはパソコンがある資料がある書籍がある。木村さんが大地の上でリンゴの木と向き合ってこられたように自分の仕事相手はこれらの道具であり書籍である。そして、目に見えないオンライン上の機能もそれに値するわけです。身体ひとつで仕事場に来てもデザインの仕事はできません。それこそスケッチブックやメモや鉛筆や筆やボールペーンや画材がなければ絵が描けません。農業と同じくデザインの仕事も身体ひとつでは何もできないのです。木村さんはこの書籍の中で米もリンゴも人間の身体に生るわけではありません。稲に米が生り、リンゴの木にリンゴが生ると。それを人間は勘違いしてすべて自分が中心になっていると思っているが、それは大きな誤解であり。人間ができることは自然と向き合い稲やリンゴの木の成長をただサポートするだけだと。まったくです。デザインの仕事もWEBの仕事も映像の仕事も人間が道具を使ってこそ。ならば、木村さんのリンゴと同じでしょう。たぶん、他の仕事でも同じなのではないでしょうか。

 そう言えば、仕事が上手くいっている時は朝仕事場に来てパソコンに「さぁ、今日もお願いします。」的な気持ちで声には出さないがそう言っている自分がいるし、イライラしている時はフリーズしたり動作が遅いように感じて目の前の画面に悪態をつく。それでツールがどうなるわけでもないのに。明らかにPCとは消耗品です。寿命も長くて8~10年でしょうし、昨今の新機種の乱れ打ち状況では、5年以上長く使っていると「そろそろ買い替え時期かなぁ~」と錯覚してしまいます。ハードやシステムが不調な時も修理に出しながら、寿命かなとあきらめることもあります。しかし、いいパソコンの医者に出会うとと新品状態で帰ってくる。そうなるとパソコンが生き物のように思えとても愛おしく思えたりします。元気に起動音と共に仕事を始められると心臓の音のように感じます。うるさかったファンの音も生き物の心臓の鼓動だと思えば愛おしい。これは考え方的にはちょっと常道を逸しているかもしれませんが、木村さんがリンゴの木に話しかけるようなテンションで言えば、正解のように思っています。

 「終了」メニューを選んでその日の終わりに消えた画面に「お疲れさん」と声をかけることは決して間違っていないような・・・。

ソウル・コレクター

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 この広告を見て、早速、本屋でチェック。が、まだ、長浜の主な書店には入っていない様子。店員さんにも確認したのですが、まだのようでした。かなり、オモロイ予感がします。系統でいうと「ブラックサイト」のようなイメージなのかなと・・・。「サマー・ウォーズ」も仮想現実と現実のコントラストがバツグンでしたし、ネット犯罪でさえついに「千兆(ベタ)バイト」まで来たのか・・・と。

キングの真骨頂!

 「恐怖の帝王が本領を発揮、圧倒的恐怖の大作!」「孤島に暮らす男を襲う怪異。友人たちを見舞う怪死。この島には何かがいるのだ!悪しきものの棲む廃墟の館に隠された秘密とは?」まぁ、このフレームについては特に興味はなく、ただ、ただ、キングの新作が発売されたことが何よりも嬉しく、次は今年の直木賞か芥川賞を読もうと思っていたのが予定変更。新聞の広告には、キングが一番強烈でストレートだった頃の「シャイニング」や「デッド・ゾーン」の頃の香がするらしく・・・と書かれている。これはこれは読まずに何を読むというテンションになります。賛否両論だった映画「シャイニング」もただ音声をカットして観ればキューブリックの映像美は小説と充分にリンクするし、映画「デッド・ゾーン」もウォーケンの演技や設定が原作とマッチしていないとか言われつつも、その後のテレビシリーズではキングが描いた小説のテイストは十分に発酵していたと思います。何よりも小説「デッド・ゾーン」は20年以上前にワープロを購入してそれでブラインドタッチの練習にとその原作上・下を全て複製したほどの作品。書籍の一文字一文字をガチガチの指でブランド入力しながら、まるで、キングになったような気持ちだったことを思い出します。

 で、「悪霊の島」ってことで、マイケル・クライトンの「ジェラシック~」のような、フォーサイスの「アヴェンジャー」のような、テンションでじっくり文字を追いたいと思っております。やはり、巨匠の新作ってことだけでテンションが上がります。

「風が強く吹いている」はいい。

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 この物語の展開はまだ見えていないのですが、間違いなくこの作者の文脈は心地いい。どう心地いいのかについてはとてもこのブログの中で全てを伝えることは難しいのですが、やはり、風景描写と心理描写が心地いいということになります。仕事で読むソフトウエアやプログラムの本や啓発・啓蒙的な本、そして、経済やビジネス書というジャンルの本にでも、目的のための描写がありこちらは知識やノウハウを得たいと考える気持ちで心を開く感じが吸収率に大きく関係する。しかし、好きな小説を読む時のモードは純粋にその書籍の中に描かれている世界を感じられるか感じられないかで心地よさが増減する。そんなに小説を読む時の心の状態・準備はシンプル・単純でもないのですが、例えばそのモノサシでこの小説を測るとするれば、この物語はかなり数値が高い。三浦しをんさんの描く世界にかなりすでに心を持って行かれていますね。たぶんこの秋はあと数冊三浦しをんさんの作品を読むでしょう。

眠れなくなる宇宙のはなし

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 そう簡単に一般人が宇宙について見聞を広めることは難しいし、天文学に精通していたとしても何か自分自身の仕事や生活に影響があるわけでもない。ただ、宇宙に想いを巡らせることは無駄なことのように思えるのですが実はそれについて思考を巡らせることで、本体である自分のこと(思考パターンや考えのベクトルなどなど)が再確認できたりするきっかけになる場合があったりするので、宇宙についての興味は断続的ですがなくなることはないようです。

 たぶん、天文学の歴史的に人間の宇宙に対する知識はそれほど多くの歴史(情報)があるわけでもなく、今現在もあらゆる科学技術で宇宙への探究は日々広がっていて、現在も人間が知識として得ることができる宇宙とは拡大しているらしい。そのことと、古く天文学に携わってきた方たちの伝説や伝承物は今も脈々といろいろな生活のビジネスの一部としてカタチを変え構成されている現実もあり、あながち占星術なども軽く考えている私はこの書籍の中にある天文学の悠久の歴史探究で目から鱗状態ではあります。だからと言って眠れなくなることはないですが・・・。

 で、世界観が変わるきっかけとは「少し前まではこだったものがこうなった」レベルのきっかけなのですが、小さいことでも少しづつ活性化を繰り返していけば、新しいアイディアやモチベーションの元になるんじゃないかとの期待も含めてこの手の書籍を手元に置いています。

なんとなくの3冊。

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 「昆虫 驚異の微小脳」「ニッポンの評判」「健康という病(やまい)」はいつものことながら、気持ちをリラックスして心を解放して無作為に書店をぶらつき心に止まった3冊である。併読ジャンキー(中毒者)である私が仕事やフェイバリットファンモード以外の時に感覚的に何かを読みたい時に入手した3冊です。これに限らず見事に多ジャンルの本があり、途中でハズレ観に襲われ最後まで読めなかったりすることもしばしばなのですが、この時は体調が優れていたようで、この3冊それぞれに50~70%ぐらい読んでいますが、どれも、いい感じですね。

 まず、「昆虫 驚異の微小脳」については、なぜ、「昆虫」なのか今ではこの本をチョイスした判断基準が思い出せないのですが、まぁ、なんとなく、「昆虫」だったのです。最初は昆虫に対する著者のリスペクト感覚がなんともレアで良かったし、ハエやハチの本能の部分でその微細な身体の構造と学習能力についてのいろいろな分析と著者の昆虫に対する愛情がなんともいいテンションである。このまま最後をどう締めくくるのかが楽しみ。ひとつ、ファーブルについてもコメントしておられたのですが、なかなか。

 で、「ニッポンの評判」は各国に在住している日本人がその地の文化に触れて「愛する母国」がどのように評されて、お互いの文化の違いやその違いから生まれる「あたたかい話」「シリアスな話」「笑える話」の数々がちりばめられている。在住している人だからこその部分でその国民性とニッポンの不思議な繋がりや深い深い溝が見えるような気がしてとてもフラットな気持ちで読める感じがいい。たぶん、我が国を擁護するしないというよりも、どれだけフラットに自分の中にあるニッポンを形骸化できるかに尽きるように思います。でもでも、やはり、不思議な国ニッポンです。

 で、で、「健康という病(やまい)」は先入観のほどき方をニュアンスとしてフィーリングとして感じたいので選んだ一冊。そもそも健康とは何なのか?ということに対して明確な答は普遍的には存在しないと思っているのでその上でこの著者がその叡智で「健康」をどう分析しているかを知りたかったので入手した一冊です。つまり、健康とは心の健康なのか、生物としての人間の機能面・ハード面の理想形を言及するのか、引いては(かなり俯瞰しますが・・・)精神・宗教的な意味・背景での健康のロジックがあるのだろうか・・・などとそのタイトルとインデックスで感じたので入手した一冊です。

 バラバラに読んでいるのでたぶん、それぞれ3冊に対して自分の中の結論が出るのはこの3冊を読みえ終えてからしばらく時間がかかるだろなぁ~と感じている3冊です。たった3冊で、¥2,000そこそこでこれだけ思考の迷路で有意義に楽しめるモノって、たぶん、書籍以外には存在しないでしょうね。

「24人のビリー・ミリガン」と「異星の客」

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 「24人~」は多重人格という言葉をポピュラーにした問題作。この作品から世の中の不可思議な事件や精神異常を「多重」というファクターで分析・洞察するようになったような風潮を感じます。ハードカバーの頃からとても気になっていた作品なのですが、まだ読みたいタイミングではないとずっと書店に立ち寄りこの書籍を書棚に見てもスルーしていたのですが、ここに来てなんとなく読みたくなりました。「23人の~」も勿論気になっているので、これが読めたらいっきに読みたいと考えております。映画やテレビの番組で「多重人格」がモチーフになっているたびにこの書籍が頭に浮かんでいましたが、その真骨頂がこの上・下の中にあると思うとわくわくします。決して精神世界では「多重=異常」だとは定義していないので、「サイコ=異常」と同じぐらい独り歩きしてしまっている「多重人格」作品の最高峰だと思って読み始めております。

 「異星の客」は言わずと知れたR・A・ハインラインの傑作。どれも傑作だと思っておりますし、他のハインラインの作品は数冊ぐらいしか読んでいなのですが、どれも最高。しかし、この作品とはタイミングが合わなかったのかこちらもスルーしていた作品です。ミリオンセラーとか年度ベストや誰誰が選ぶ書籍ベスト10などではない、時代を超えて読み続けられるSFの古典のような作品ですね。古典などいう語彙は最適ではないのですが、古いのに新しいみたいなフィーリングでしょうか。つまり、SFのタイムトラベルモノとはそれ自体が時間軸を解析しているわけですが、この作品の舞台でもある火星という存在をその科学的な知識と巨大なイマジネーションでアウトプットされた作品。時代観が読み取れるというレベルでは読みたくない、というよりも、時代のタテ軸を一刀両断にぶった切っているってことになるのでしょう。ハインラインクラスだと読み手がどれほど自分自身のハードルを精一杯上げても、その上の上で話が突き進むので、自分自身が持っているイマジネーション力をMAXに上げたところで、その小さい世界観が数ページでぶった切られる感覚がなんともたまらない、そんな、かなり自分の中では純化させた一冊なのです。