健康コラム アーカイブ

快食快眠快便。

 健康で体力がある人は快眠なのだそうだ。不眠症とは無縁でどこでも数分あれば寝ることができる人。健康とは具体的にそういうことなのだと私は捉えている。

 火のないところに煙は立たないというが、不倫や浮気を繰り返している芸能人さん達は心のどこかで「本能のまま」「自由気ままに心を開放して」「後先考えず自分の道を突き進む」自分を演出している節がある。当然、それらは事実だろうし、事実かもしれない情報があればマスコミは飯の種だから群がる。これも本能と本能のバトル。いずれも当事者ではないので分からないことだが、火種がなければ煙は出ないし、煙が出てしまうことを承知の上で火種をつくっている、つまり、浮世を流す上で自分の存在や自分の心に正直になるならないは別として、それらは結果「狼煙」なのである。美談よりも猥談には媚薬効果があり、それを知った瞬間「ああ、あんなに有名な人なのに馬鹿なことをしたもんだ!」とか、「地位や名声がありながらそれを捨てるようなことをして!なさけない!」などと感覚的に感じられるメリットがある。「テレビや映画で活躍しているとはいえ、あの人もただの男なんだ」という普遍の安堵感を得られるのだ。だから、このタイプの情報は売れ続け価値が低下しないのだろう。いつの時代も。人が求めている以上、事実であれ虚構であれ狼煙はどこかで上がっている。

 バランスの良い栄養を取り、十分に睡眠をすれば必ず健康的な便が出る。このループを理論過多になり過ぎて乱され考えるよりも先に、手を動かそう、足を動かそう、身体を動かそう。私はいつもそんなことに留意しながら自分の健康を管理・維持している。

 ~の考えはガチで休むに似ているのだ。そして、~とハサミは使いようなのです。

 「動く、つくる、考える」の順番が私は好きです。

集中力と反射神経

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 反射神経の測定結果です。単純なプログラムなのでしょうが、意外と楽しい。

 ゾンビが出てきたりビームを乱発するゲームには興味がないが、このようなシンプルなWEBプログラムはつくってみたいですね。とても参考になるサイトコンテンツです。

 →テストサイトはこちらです。

17秒フラット。

 この1本のために3日前から朝の散歩と軽いランニングで準備したが、結果は17秒フラット。

 元陸上部の娘に計測してもらったから正真正銘の17秒フラット。

 これが52歳ガチの17秒フラット。

 二人でコースにトンボをかけて計測終了。
 
 これで2016年が終わりました。

昨日の伊吹山。

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 昨日の夕焼けに赤く染まる伊吹山です。久しく登っていない。雪が溶けたら。

蚊が一匹。

 今週、木曜日の夕方頃から、左目の中に一匹の蚊が現れた。

 目を酷使している仕事だから、さらに、51歳という年齢を考慮すれば、このテの症状は仕方ないのかなと落ち込んだ。しかし、これまでこのテの目のトラブルは皆無だったので、とにかくこの蚊が仕事中に気になる。モニターの上を縦横無尽に飛び回る。何をするにも左目を開けている以上、上下左右、視線に合わせて飛び回る蚊野郎。

 念のため大事をとり、本日眼科さんに行って検査してもらったところ、やはり、老化による「飛蚊症」だと先生に診断された。結論はこの蚊を撃退する方法はないということ。薬も治療も不可。「そうか」と二度目の消沈。しかし、先生に明確に診断されたら、素人が何も対処できるはずもなく、1ヶ月後の再検査だけを予約して帰ってきました。

 この蚊を撃退する殺虫剤がほしい。

 眼科さんでは眼孔(瞳孔)を開くために目薬をされたので、今、左目だけでこのモニター画面を見ると、真っ白に見えてしまいます。よってこのブログは右目だけで書いているのですが、唯一、安心したことは、裸眼検査。眼科の裸眼検査は初めてなので、裸眼視力と眼圧を入念に検査してもらいました。

 眼科の裸眼(視力)検査では、前の人達の検査を見ているとどうやら「視力1.5」以上は計測していないらしい。それ以上は「よく見える」「正常」という結果になるのでしょう。でも、最近、私は老眼もあるし、毎日、目は酷使している仕事だから、裸眼視力も低下していたら、と心配していました。しかし、結果、1.5のCマークがクリアに見えましたので、検査してくださった先生も、「裸眼は問題ないですね。」と言ってくださり一安心でした。視力検査コーナーを終えて診察室横の椅子に座って待っているとき、さっき検査で見ていたボードとの距離は2倍以上あったのですが、さっき見た一番小さいCマークが見えましたから、裸眼はどうやら、以前のまま「ケニア人レベル」のようです。

 問題はこの一匹の蚊野郎です。

手首。

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 いやいや、しかし、年齢も50歳を超えるといろいろな部位にガタがきます。腰に老眼に50肩にと連続で畳み掛けるように不具合が押し寄せてきます。腰と首のヘルニアもなんとか克服し、老眼も老眼鏡で対応し、50肩も優秀なインストラクターの方のアドバイスで完全復活した。最近ではようや自宅のトレーニングルームで懸垂もできるようになり一安心していたら、10月になり気温の低下と共にどうも左手の手首がおかしい。普通に仕事をしたり釣りをしたりしている状態では問題ないのですが、ちょっとひねったり無理なねじりを入れると「ピリっと」痛い。手首のストレッチは欠かしていないのですぐに気がついたが、とりたてて何か無理な動作をした記憶はない。腰痛なら仕事中の姿勢が悪いことや、バス釣りで手こぎのボートを5時間漕ぎ続けていることなどが明らかに原因だったし、50肩はボルダリングのトレーニングでホールドに片手でぶら下がったり、片手で懸垂をしていたことが原因でしたので、それをやめれば完治に向かうことができた。しかし、左手首?何故だろう?と考えてみると、どうやら仕事中のキーボードの使い方に無理な状態があることに気がついた。

 ボートや懸垂のような激しくディープな動きではないが毎日仕事中に行っている動作なので、年齢と共に鍛えているはずの部位だが、老化とも相まって無理をしている部位に負担が集中していた。それが私の場合、毎日のパソコンワークの左手の使い方だったようです。

 仕事を迅速に行うために、元々レフティーの私は文字入力以外は左手がキーボード、右手はマウスというポジションで仕事をしている。デザイン制作用の専用ソフト(イラレやフォトショップなど)の場合、特にショートカットやテンキー入力はほぼ左手。マウスはポインターの移動ぐらいにしか使わず、クリックする程度。作業中、マウスを離してしまうよりも、キーボードの操作は左手で行った方が作業効率がいいからなのです。しかし、ショートカットキーの基点である「Ctrlキー」を左手の小指で押しながら、他のキーを押す。また、右側の「Ctrlキー」を左手の親指で押しながら、他のキーを押す。数分の作業なら負荷などないのですが、これを3~4時間連続で行うと、さすがに左手のねじれと負担は大きい。という結論です。当然、作業を加速させたいときはこの不自然な左手の動作が延々と続くわけですから、毎日こんな作業をしていれば少しづつ腱が伸びちゃった!ということなのでしょう。

 で、このサポーターの購入となりました。無理な使い方はいたしかたなしとして、できるだけ、痛い部分を意識しながら、リラックスできる作用もあるようなので、痛みが伴わないポジションと動きで作業の流れを安定させようと思っています。

 どうも、若い頃(なんて言いながら、はるか30年以上も前の話)のイメージ(心意気)が身体に染み付き、ちょっとぐらい無理をしても平気な我が身という過剰な意識があるようで、確実に身体は老化・劣化・鈍化しているのだから、その状態で最高のパフォーマンスを出すのがテクニックというもの。「奥義」とまではいかないが、身体機能が低下していくことをしっかり意識下に置いて、その状態・状況で最大・最高の工夫や対応をしたいと思っています。

 昨日テレビで観た映画で主人公の師匠と呼ばれている方がこんな言葉を言っておられた。

 「春は桜、夏は星、秋は月、冬は雪。それらを見ながら美味しい酒が飲めなければ、心に迷いがあるからなのだ。」と。なるほど、奥義とはそのあたりの感覚からやって来るモノなのですね。

 「誰かを想う慢心より、己の傷心の存在を受け入れろ。」とも言っていた。誰かに何かを伝えたいという心の在り方は、己の意識や存在価値を確立させなければ絵空事で終わるということ。確かに「お前がそれを言うな!」というケース・状況はよくあることです。自身もそうなっている可能性は非常に高く、自身の傷心を麻痺させるために慢心に意識を委ねる傾向、確かにありますね。

 昨晩から読み始めた書籍の冒頭に、自分が吐き捨てたガムが街路樹にあたり跳ね返って進行方向に転がりそれを自身で踏む、という滑稽な男の話が書かれていた。自業自得の仕組みである。「衝動」がいかに良くない結果を自身に引き寄せ、冷静な「心」がいかに自身にとって有効かという仕組み。この手首もそれが露呈した結果なのでしょう。

17秒65。

 陸上部の娘に近くの競上技場まで一緒に来てもらい100mのタイムを計測してもらった。特に毎日、ランニングをしているわけでもなく、ただ、腰痛にならない程度の健康管理(運動)しかしていない状態で、ちょっと無理をすれば100mぐらい走れないわけではないが、というレベルで一回自分の100mのタイムを知りたくなったからです。競技場のレーン以外でアップらしきことをして、何本かスタート練習らしきことを繰り返して2本走った。1本目は100mの感じを想い出すために70%程度で走った。すでに太ももがフワフワしてきた。50mあたりまでそれなりに加速する感覚があったが、あとは足のどの部分にも力が入らない。「ああ、やっぱ、ちゃんと走り込んでからだな。」と思いつつ、いよいよ計測。ゴールで娘にストップウォッチをセットしてもらう。目視でスタートをお願いして自分のタイミングでスタート。30m、50m、もう足が別人の足のようで、70mあたりでフワフワしてきてそのままゴール。タイムは17秒65でした。

 ある47歳の男性が市民総体の100mに出場された時の記事をインターネットで発見した。、その方は12秒89で決勝の5位だった。世の中にはすごい47歳がいるものです。その方曰く、「17秒は少し運動しろ、16秒は頑張れ、15秒は普通、14秒台なら早い方です。」とコメントされていた。何も、今から滋賀県の大会に出場するつもりはないが、17秒65は悔しい、悔しすぎる。

 また別のブログ記事で、40歳の身長170cm、体重72kgの人が100mをある大会で走られ、15秒台でしたというコメントを掲載されていた。私は51歳だが、身長は170cmで体重が62kgですから、なんとか!?目標タイム(その他いろいろな人のコメントとデータを総合して)として14秒台を設定しました。ヘルニアで通院したり、ぎっくり腰を何回も繰り返しているため、無茶な練習もできないが、せめて、あと3秒をなんとか縮めたい。これから秋になり走りやすい季節になるので、冬までになんとか14秒台を出したいと思っています。

 長距離、マラソンは性分に合わないし、長距離走はヘルニアの再発の可能性が高くなるのでできない。だから、51歳なりにトレーニングを工夫して100mで14秒台を今年中に出したいと思っています。

 数十年ぶりにスタートラインに両手を置いたが、とても心地の良い場所でした。

禁煙10日目。

 今日で人生2回目の禁煙10日目。意外と普通に禁煙できているのが不思議な感覚です。もっと、イライラしたり、軽い禁断症状が出てしまったりするのかと思いきや、10日前に禁煙した時にタバコは10本ほど残っていたそのままの状態で普通に仕事机の脇に置いてある。それを見ても別に手は伸びないのが不思議です。意外なことがいっぱいの禁煙です。今のところ、富士山を降りてくるまで禁煙する予定ですが、この調子なら辞められるかもしれない。でもこの「辞められるかもしれない」という微妙なニュアンスが自身の中で好ましくなく、タバコを吸うことを悪いことだとはまったく捉えていないので、禁煙ができるわけで、なにがどうなってもタバコを吸わない人になるつもりはない。ということでこの人生2回目の禁煙にはそれ相当の訳があるため、それを達成できれば、あとはそのまま素直に喫煙を辞めるのか、大好きな長年親しんだタバコだから復活させるのかを考え決めたいと思っています。富士山下山後の5号目か2合目までその結論はお預けです。というぐらいの楽しい禁煙なのです。さて、こんな私、意思が強いのか弱いのか?

猛暑。

 台風11号がやってくるようですが、梅雨は明けたのか?昨日、全国で820名が熱中症を訴え病院に搬送されたそうです。熱中症が原因で亡くなられた方も3名と新聞に出ていた。確かにかなり暑い。夜も熱帯夜だから水分補給と室温を調整しなければ脱水症状が悪化して命の危険もあるそうです。こまめな水分補給が熱中症を回避する最善策。食欲の減退が体力低下のサインの一つらしいですから、水分と食事をしっかり通常通りに摂取してこの夏を乗り切りたいものです。

 しかし、820名ってよく1日でカウントして調べ確認して公開できたものですね。これは単純に捉えて、多いのか普通なのか少ないのか?という疑問が浮かぶが、新聞で820名!って書いているってことは「こんなに多いのです!」というニュアンスがあるわけで、実際、どのようにリサーチしてどこまでのレベルが搬送の対象かについては記載されていないわけですから、ただ「熱中症で820名搬送」という文字にどこまで反応するべきかは実は曖昧だったりします。しかし、通念、新聞という大前提でわざわざ特筆して「820名搬送!」って書くぐらいだだから、820名は相当多いんだなだぁ~と思ってくださいというニュアンスになっているのでしょう。「猛暑」と「820名熱中症で搬送」の関係性を思考の中で繋げて、ニュース記事(情報)として成立していると理解させられているということ。これは新聞の記事であるという大前提だから情報の鮮度や数値の信ぴょう性が確保できるわけで、SNSにはまだその大前提がない。どこの誰がわからないけど、「このラーメンは絶品です!」という写真と文面に信ぴょう性を持たせることが、今後のIoTの取り組むべき課題なんでしょうね。イメージと言葉の組み合わせ方って難しいです。

 健康について書き始めたつもりがただの独り言になってしまいました。文章力って「理」と「情」を組み合わせて、独自の配分で自由自在に変化します。これは、私がまだまだ文章力を分かっていないから、理解力も分析力も表現力も足りていないのでしょう。もし、「新聞の大前提」がなければ、「820名熱中症で搬送」も書き手のさじ加減で自中自在に変化するわけですから。

 シリコンバレーのエンジニアはブログやSNSの中に含まれるキーワードをピックアップしてデータ化して、エンドユーザーのタイプを分類し新しいアルゴリズムの開発に活用しているらしいが、この記事の中から私という属性を特定する適正なキーワードなんだろう?

 今日も暑くなりそうなので、搬送されないように注意して頑張りましょう!

垂直飛び

 年齢と共に「健康の数値」が気になる。健康診断などで検査される血圧や脈拍や血液の成分なども気になるし、視力や聴力も気になる。当然、肺のレントゲンなども。ここ数年、健康診断に行っていなかったが、まぁ、この年齢になれば3年に一回ぐらいはと思ってエントリーしました。前夜から胃の中を空にしたり、消化器系の動きを抑制する注射を検査の当日打たれるので、逆にテンションが下がるが、これも正確な健康の数値を得るための必然。気持ち的にも個々の部位的にも現在不安要素はないが、当日、まな板の上に乗れば51歳なりの現実的な数値に直面することになるだろう。
 一方、運動能力(身体能力)の点では、地元で一般応募可能な陸上記録会があり、この秋に100mにエントリーしようと思っていますが、今のところまったく走れていないので少なくとも1ヶ月前あたりから走りこまねばと思っています。目標は13.9秒。また、握力計もデジタルのモノを持っているので、気まぐれに計測しています。握力って手の筋肉の強さの数値なのですが、握力が低下することで、その他の筋肉も低下している可能性があるらしく、身体全体の筋肉力の低下を示す目安だそうです。現在、右が58kg、左が45kgなのですが、これは51歳の平均よりも10kgづつ高いレベル。また、握力の強さは手先の器用さや上半身の俊敏性にも関係が深いので低下しないように現在の数値をキープしたいと思っています。
 そして、最近、ふと気になったのが「垂直飛び」。全国平均一覧表を確認すると、最高は17~20歳ぐらいで平均値が60cm。私は高校3年生の時、両足を故障していたが75cmだった。現在、51歳。全国平均は43.47cmですが、私は58cmでした。つまり、平均よりも15cm上のあたりをキープできていれば、自身の安心適正ゾーンかなと思っています。健康診断も100mも実際ガチで計測しようとすれば、専門機器や準備が大変ですが、握力や垂直飛びぐらいは簡単にどこでも計測できるので、自分の健康の数値を確認するにはお手ごろでお手軽なチェック項目だと思います。ちなみに、垂直飛び(全国平均)の最高年齢は17歳の61.09cmなので、あと3cmで17歳レベルかと思うとなんとか62cm超えを狙いたくなる健康オタクなおっさんでした。
 いやいや、こんな奴(私)に限ってコロリと逝ってしまうもので、それはそれで仕方ない。

健康は大切。

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 結局、どんな分野の仕事であれ己の身体が資本です。心も身体も健康でなければ狙いどおりの成果は得られないし、知識もテクニックも獲得できない。脚力の衰えは身体の老化となり、連動して、心も老化する。そうならないためにも、14秒を切るためにも、このシューズが最強のツールとなる。

五十肩

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 まさか、50歳になって、いきなりこのタイプの洗礼を受けるとは・・・。どうも3月ぐらいから右肩が調子悪かった。懸垂したり壁のボルダーにぶら下がったりしていたから、少し肩の腱を痛めた程度だろうと思っていたが、右肩を下にして寝ると痛かったり、とっさに右手をひっこめたりすると軽く激痛が走る。あれ?これは、いわゆる五十肩か?と。まさか、そんなことになるとは想定外だった。身体の老化は誰にも止められないということ。ならば、一日も早い復活を願い漢方薬に頼ることにした。これで復活してほしい。まぁ、バス釣りにも山登りにもゴルフにも五十肩は関係なさそうだし、やんわり挙げればまだ右手は上がるので、さほど重傷でもないと自己分析している。ただ、右手一本でボルダーにぶら下げがるのだけはやめておこう。早め早めの対応で五十肩を払拭したい。

連日の猛暑。

 連日の猛暑が続いている。今年は特に強烈なようです。いろいろな場所でのきなみ記録ラッシュ。電力の問題やらセシウムの問題やらいろいろある中でさらに状況を沸騰させるかのように太陽が照りつけている。水分と塩分の補給を怠れば身体の変調をまねき高齢の方や子どもなどは要注意。

 しかし、私はすこぶる調子がいい。逆に暑くなるとクーラーとの戦いが始まる。確かに暑い外から帰ってきてクーラーがかかっている部屋に入るとほっとするのだが、長時間はキツイ。クーラーのかかっている部屋での仕事は1時間が限界である。外へ車で出る時は車の中はサウナ状態だが、クーラーは入れない。窓を全開にするだけ。汗は出るがその方が健康にいい。

 何事も自分の性分に合った取り組みをしなければ極端に生産効率が下がってしまうので、体調の管理はそれに直結することだから、デリケートにマイペースに貪欲になる。気持ち的にも「暑い暑い」を連発しないように心がけています。暑いのに「暑い」ってベタだし・・・。

 

老眼。

 近くの文字が読みにくいのって辛い。もう仕事で老眼鏡が手放せなくなってしまった。手元がボケると集中力も低下するし、眼鏡をかけるとボケは解消できるが、長時間はきつい。なんとも苦しい状況ですね。この仕事をしている以上、目は生命線だから神経質に対応してきたつもりでも、老化には勝てない仕組み。視力はいまだに2.0あるのに、近くの文字が読みにくい。なおさらかもしれないが、特に携帯電話やスマホの画面は見ずらいし目が疲れる。

 やっぱり、紙の上に印刷された黒インクがいいなぁ~。物理的にというか生物学的に適正な伝達保存形態は効率や表現のバリエーションを考えると、紙にインクの組み合わせがベストマッチなのかもしれません。現代の進化としての画面の明るさは視力の寿命と引き換えにしている利便性のような気がします。

 老眼のおっさんの心のつぶやきでした。

美しい人は動いている。

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 キレイな人は動いている。動いているから美しく、美しいから動くのであり、醜いから動かないのか、動かないから醜いのかなどとは決して言わないが、動いていない人はその身体を見れば一目瞭然。見た目や売れ筋のアイテムや不思議な技術で形骸的な美しさや精神的な美しさを手に入れても実はその美しさは醜さとback to backである。文武両道とはよく言ったもので、ホントにクレバーな人は身体も心もシャープな状態を維持させている人だと思いますね。だから、放っているいろいろなモノが光るのでしょう。実は単純な仕組みなんですね。

アンチエイジング。

 テレビに57歳の医者が登場していた。その若々しい風貌と自信に満ちた先生のライフスタイルとアンチエイジングの秘訣とは?みたいな企画。でも、よくあるビタミンとかサプリでどうのこうのという秘訣でもなく、高価な機材や設備を使った健康法でもなく、まして、精神世界へ一緒にダイブしましょう的なアプローチでもない。ごくごくシンプルで言わば普通の普通過ぎる健康法。これでテレビ的にOKなのかと心配されるようなポイントの列挙だったが、私はとことんまで納得できて共感できました。

 まず、午後10時に寝て朝3時に起きること。起きたら水のシャワーを浴びて自宅で仕事を開始。日の出のタイミングでベランダに出て朝日を浴びる。しばし瞑想。午前7時、自分の病院まで徒歩で出勤。ポイントは早歩き。午後7時まで仕事をみっちりするが、朝食も昼食もとらない。で、夕食は栄養バランス重視の普通の食事。で、10時にはご就寝と。ただこれだけで心臓病も内蔵疾患も治りご自身30歳代の時よりも若く見える始末。確かに30代のころは暴飲暴食で不健康極まりなかったとのこと。これら全ての健康法は具体的に科学的にどのような効果があるのかについては、全て自分自身の身体から細胞分裂・再生に必要な分泌が効果的に出るかららしい。正に理にかなっているということ。

 ここまで極端ではないが、私も平均的には午前6時前には目が覚めるし、午後11時には寝ている。食事はしっかり3回摂っているが適正な量である。さすがに水のシャワーは嫌だが、ウォーキングは適当にやっている。で、お陰さまでなのである。

 しかし、世の中、猫も杓子もアンチエイジングだが、アンチ、アンチって結局、老化を促進するようなことをしてただけじゃないのか。それを普通の生活して若々しいとはテレビのデレクターもポンコツONポンコツ。ただ、基準がメタボなジャンク野郎が平均だと仮定するから、そこにのびしろを感じてしまうが、そもそも・・・を考えれば、体内脂肪も血圧・血糖値も悪玉ストレスも痛風も腰痛も鬱も結局、基本的な不健康を促進してきた結果。それをやめて規則正しい生活をすることをいまさら特別扱いって・・・みたいな。でもまぁ、そこが世の中のGLならそれでもいいが。

 ただ、風貌は若々しいが中身がポンコツという箸にも棒にも毒にも薬にも・・・タイプ野郎だけには一定以上の距離を置きたいものです。

DHA

 「知力のための栄養素」と・・・。オメガ脂肪酸(ドコサヘキサエンサン酸)という薬があるらしい。まぁ、よくあるサプリメント感覚のひとつなんだろうが、180粒で6,300円は高いのか適正なのか?

 で、「知力のための栄養素」という下りがどうも気になる。最近、記憶力が・・・とか、いつも探しものをしている人は・・・とか、頭の回転が最近・・・という方にぜひ!というアプローチですが、ほんとにこの成分は人間のブレインを活性化させるのか?恐らく、使用上の注意や成分を読んだところでその相関性は医学的に化学的に理解することはできないだろうが、それにしても、このふわふわとした根拠にどれだけの人が6,300円を払うのだろう。これを服用するば、記憶力が良くなるのなら安いものだが、恐らくそのテイではないだろう。このタイプの商品の広告原稿は非常にデリケート。表現ひとつで墓穴を掘ることになるのだから、読めば読むほど使用上の注意や効能の原稿は摩訶不思議な世界でいざなってくれる。まぁ、マジックと言えばマジックだし、それありきでもいいからなんとなく、頭が活性化されるなら、6,300円ぐらいは安いものだ。例え気休めだとしても・・・ぐらいの感覚がマーケットリサーチのスキルだろう。

 で、昨晩、「今でしょ!」の林修氏がテレビ番組に登場しておられた。東大卒業である有名塾のエリート講師というスタンスから、このフレーズで時の人になりつつある。結構、破天荒な人のようですが、軸はしっかりしているから、発言のひとつひとつが重い。基本頭のいい人だけに、そのポテンシャルと努力の掘り方は中途半端ではない。さすがメデァイを席巻する人だけのことはある。

 番組の終わりで会場にいる新東大合格者達にこう言った。「君たちが東大を合格するまでにやってきたことは、これからやることに何の役にもなりません。だから、そんな錆びた古い刀は捨てて、新しい自分を磨いて勝てる知識とスキルを身につけてください。あなた達がこれからの日本を創っていくのですから・・・」的なメッセージでした。なるほどなるほど、「錆びた刀」というフレーズで心が震えた。

 「知力」とは何のために必要かを会得している人の言葉は重い。比較して「知力のための栄養素」がどれほどのエレメントか知らないが、それで知力が高まったとして、その箱に何を入れるかは自分でチョイスしなければいけないのですね。それはをいつするのか?今でしょ!でいいのかな。

からだの芯をつくる食事。

 「からだの芯をつくるのは、これといってかわりばえしないふだんの食事なのだ。」というテイストの「世のなか 食のなか」という書籍がある。「日本全国津々浦々訪ねて歩く、ドキュメンタリスト・瀬戸山玄さんの見た、いつもの食卓に真剣に取り組む、17人の職人の記録。手間ひまかけてこしらえた、熱く、おいしい食のドキュメンタリーです。」というフレーズから何を読みとるか。確かに食は大切。健康=食みたいなことだから、毎日の食べ物が体を作っているという意識になるとその重要度の高さが推量できる。メタボリックというのは形骸的な事を指すようだが、いやいや、実は行動心理学にも深く関係しているような気がします。すべてはチェーンのような。

 そこで、「からだの芯」という語感がなんとも心地良かったからこの記事に目が止まったのですが、「からだの芯」とはどこのことだろう?恐らく食の職人17人のレシピとモチベーションが綴り記されている書籍だろうから、明確に「からだの芯」はこれです的な論説はないだろうが、改めてこれをサインに「からだの芯」についてつらつらと考えてみた。

 「からだの芯」という語感から具体的に臓器は「脳」「心臓」「胃腸」と絞り込む方法と、「心」「魂」「感性」という感傷的に絞り込む方法があるが、どれを指してもどこか「芯」という感覚はない。もしかすると「背骨」というニュアンスが一番近いかもしれないし、体全体全てを指しているようにも感じる。身体のどの部分が芯でどの部分が芯でないと明確に区切ることはできないような。

 さて、そこで、なぜ「芯」が大切なのかということについてはどうだろう?どんな芯があればいいのだろう?細くてシャープな芯?太くて頑強な芯?繊細で微細な芯?大らかで度量の大きな芯?これらがからだの中に存在すると仮定して、素敵な芯があれば、何がどうなり、何をどうするために「これといってかわりばえしないふだんの食事」が大切なのか・・・という仕組み。

 現代の「死因」についての書籍を読んだ時、人間の歴史はある側面で生産性の進化だという部分と、実は、代謝と複製を経て朽ちる時の朽ち方の歴史だとも言えるというアプローチの書籍だった。人間以外の生物は皆土に還るのに、人間だけ最小限の炭素になり、陶器に入り一定期間石の下に入るというこのシステム。これは文化・文明・慣習なのだが、これは本当に進化か?と。身体の疾患での死因は現代になってからその比率が増しているだけであり、それまでの人類の歴史の中で実際に存在していたらしい。ただ、それ以上に戦争や感染症などの死因が割合として多かったためにそれらがフォーカスされることはなかったという考察。すると、長寿のためにどれだけ食の趣に精通したとしても、現代社会の構造がこうなってしまったからには、もっと、科学的に医学的に何かシステムを根底からシフトしなければ、「からだの芯」もままならないのではないだろうか。

 「心の健康」とはなんだろう?うん、これもなんかいい原稿になりそうです。

80歳で20歳!?

 冒険家の三浦雄一郎さんが生涯3度目のエベレストへの挑戦をされる。お歳、なんと、80歳!そのポテンシャルは凄まじい。大学病院での出発前のメディカルチェックで骨盤密度は20代だったそうである。なんだそりゃ!80歳って、えっと、何歳のことだったっけ?エベレストですよあのエベレスト。80歳で挑戦するってのは、何がどうなればそうなるのか!80歳だから万全ではないとはいえ、エベレストにアタックできる、いや、アタックしようとする80歳は、言わば、日本の誇りである。

 さて、日本の「高齢化問題」を語る時、常に「介護」がワンセットだが、それありきってのはいかなものか?逆に海外に誇れるような「高齢化社会」にはならないのだろうか。「政治や企業の高齢化」がもっともっと核心の部分で、ハジケている生粋なハネ方をするような歳をとりたいものです。それでこそ長寿の意義がある。

 その人にとって、その時がどんな世の中だったか知らないが、若い時の不摂生を年金で帳尻をトントンにするような生き方はちょっと嫌だな。最後の最後までゴリゴリと自分の足で歩き続けて、最後の最後で、大切な血管がプツンと切れるようなエンディングがいいなぁ~。

的を射止める感覚。

 不健康なことで言えば、陸上の練習の時に右足を折れるほどの捻挫をしたので寒くなると右足首はズキズキ痛む。同様に野球と陸上の練習でオーバーワークで右足の太ももの上部の筋肉が硬化している。骨盤の上と頸椎の下にヘルニアがあるので、気圧が変化すると、割れるように頭が痛くなる。そのヘルニアの影響で、右足の上部と左手の外側の皮膚の感覚はひじのように鈍い。と、48年も生きているとどこかに小さい大きい爆弾を抱えている。だから、健康には非常に敏感になっているのです。

 富士山(3年連続)に登るようになり、少しクライミング・ボルダリング的なことをやり始めてから、筋肉的にはいい感じを維持できているし、体脂肪率も10%前後を推移している。でも、いつ、体の中の爆弾が爆発するかを意識し過ぎて、毎日毎晩のストレッチやマッサージや筋トレをやめることができない。これは身体的にはいいことなのか?無駄なおっさんお気休めなのか?まぁ、人間に与えら得た3つの欲求さえ適正に処理していれば、あとは、適当に元気が一番。

 で、気持ちというかメンタル部分での健康はどうか?自分自身では何事にも瞬発力は自信があり、好きなことは集中力があると自負(勝手に・・・)しているが、それを誰かと比較する場面は意外と少ない。だから、他流試合(ゴルフやバストーナメントなど)に参加して、体調とメンタルの相関性を試す。好きな仕事をしているからこの仕事が心的疲労(悪いストレス)になるこはないが、逆に、良いストレスも長年の仕事や人生の慢性化した部分で排除・削除していなろうかと思った。つまり、年齢と共にいろいろなことが「そこそこモード」になり、上手く失敗を回避する器用さだけを手にいれて、その安全地帯で踏ん反り返ってはいないかと・・・。もっと、いろいろな未知の連中といろいろな世代の連中と勝負をしたいと思った。しかし、現実問題、現在のロッククライミングの技術でどこかの大会に出場するレベルではないし(まだ、断崖から落ちたくはない。)、100m短距離走は?とエントリーしようとしたが、30代の体育の先生や100m完走目的のご老体とスタートラインに並ぶのも非現実的に辛いと思えた。まぁ、ゴルフやバスフィッシング大会などは楽しいからやる感じだし・・・。と考えると、自分は最近やはり、安全地帯で何も挑戦していないなと感じた。

 団体競技、個人競技はやってきたものの、武道はやってない。ただ、今からボクシングや空手をやって、ボロボロになるのはちょっとやめたい。そう考えると、ふと、「的を射とめる競技」をやりたいと思った。うん?「的を射とめる競技?」ってなんだ?「弓道」「アーチェリー」「射撃」どれも、ちょっとダイブするにはガチの競技であることをネットの情報で知る。それに道具が高い。高っ!となった。

 そんな日々が過ぎ、ふと、「エアーライフル大会」というサイトを発見した。18歳以上なら、運転免許証のコピーを送れば購入できるエアーライフルがあり、その大会もいろいろあるらしいと。なんだかレアな世界かなと思ったが、まぁ、そう大袈裟な大会でもなさげだし、「公式」というテイもそこそこ感があった。ならば、中途半端なエアーライフルではなく、ハイエンドなモデルにしようと。で、数ヶ月リサーチにリサーチを繰り返した。BB弾も最高の品質をチョイスした。それが、明日到着する。

 「高価なおもちゃ」と言えばそれまでですが、日本国内で購入できる最高級の精密射撃ができるエアーライフルです。明日の一発目が楽しみです。気温・湿度・風力・湿度から銃のバレルのチューニングとホップアップの微調整で相当の精度を楽しめる、日本国内のASP大会でも常勝のハイエンドモデルらしい。あとは腕を磨き今年中に大阪か名古屋の大会で勝ちたいと考えている。

なるほどこれが原型か・・・。

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 なるほどなるほど、これが原型なのか。

美味しいコーヒーの飲み方。

 「美味しいコーヒーの飲み方」か・・・。わざわざテレビで紹介するようなネタかな?この豆の特長?ドリップする温度?方法?カップは?なんのこっちゃのテイをいかにもモードで言われても、そのコーヒーが美味しい蘊蓄は美味しくない。いわゆる、こういう啓蒙が昔ならテレビから落ちてくれば、「御代官様、はは~っ」っつて崇めて奉っていたが、もうそんな時代ではないぞ。誰のどんな美味しい飲み方よりも、世の中のコーヒーが好きな人達はそれぞれに自分スタイルの美味しいコーヒーを知っている。つまり、情報の流れ方がそういうことになっているのに気が付かず、スマートな入れ方でドリップしている人、あまりカッコ良くないですね。これは一事が万事で、音楽もそう、仕事もそう、生き方もそうなっている。それが「自律性」の部分だろう。だから、私の美味しいコーヒーとあなたの美味しいコーヒーの間にメディアや専門家が介入してほしくないということ。その空気を読まずに高い原価の豆をスタイリッシュなミルを使って、この方法が美味しいですはもう成立しないような気がする。

 例えば、仕事がそう。報酬(給料)を目的にやらされている仕事に価値を感じることはない。そこに何か自分自身の自律性が介入しなければ、刑務所の作業の方が生産的である。そこに仮にノルマ的なことを組織で決定しそれを報酬と比較して正確に推し量る物差しはない。在るとすればその会社のトップの誠に勝手な物差しを会社に属している段階で渡されているはずだからそれで計測して自分の尺度と比較しながら与えられた時間の有効性の中で右往左往試行錯誤する。これが働くということ。自分がそのシステムに組み込まれたくないという何かしらのモチベーションを持っている人はそこをテイクオフ。日本の製造業が・・・とか、日本の教育が・・・経済が・・・とロジックで捉えることは簡単だが、その根幹に在るモチベーションの本質を見誤るとスパイラルはどこまでも底なしの下降を始める。何故か?それが代謝と複製を使命づけられた生物の能力・性能・本質なのである。それを知っている歴代の王達はタスクを報酬に置き換えて価値感を共有させたがその寿命は想定以上に短く、平和を求めれば求めるほど、その均衡は崩れることを知っている。

 美味しいコーヒーからかなり離脱してしまったが、私の場合、記憶にある美味しいコーヒーベスト3は、恐らくこんな感じ。第3位は大学の頃、自転車で南河内郡から実家(福井県高浜町)まで帰った夏の日、最後の峠に向かう前に立ち寄った喫茶店のアイスコーヒー。第2位は年頭に登った伊吹山で頂いたホットコーヒー。第1位は仕事場で仕事をしながらタバコを吸いながら頭がフル回転している時に飲む日々のコーヒー。吉野家のオリジナルカップがまたその美味しさを強力にバックアップしてくれる。

 仕事も美味しいコーヒーも結局、TPOが重要であり、TPOって結局、自分自信の自律性の上に積み上げてきたからそれが美味いのである。と同時に美味しくない時間を過ごしがちな人は逆にそれをエンジョイしているのだろう。「嫌い嫌いも好きの内」的な感じであり、リスクやジレンマやノイズこそがリアリティーだと感じられる能力を持っている耐久力のある人なのだろう。

 今、ある書籍のカバーデザインを構想中なのですが、これが、保育関連の書籍のブックカバーです。そのテーマはとても素晴らしく「いい子とはどんな子か?」という大きなテーマ。ルールやしつけを守れない子どもは悪い子かいい子か?教育の根幹の部分ですね。頭のいい子と悪い子を勉強というモノサシで判断してきたこの国が実は地殻の活断層の上だったみたいなことにならぬよう、地熱を有効なエネルギーに変換したいものです。そもそも勉強って何のため?と次の論点が移行しそうですが、それは、また、いつかいい考察かサインかキリクチが思いついたら書きます。

仙腸関節か・・・。

 いわゆる腰痛というのは素人知識で背骨の軟骨が正しくない姿勢で変形したり、背筋や腹筋のバランスが運動不足や老化で減退することで起こるのだと認識していた。腰痛や筋肉痛の歴史は中学生の頃に遡り、陸上、野球で過酷なトレーニングをしたことで筋肉や腱を痛めていたと認識していたが、どうやら、それはただの結果であり、根本には「仙腸関節」が深く関係しているとのことをある書籍で知った。

 なるほどなるほど、健康に対する一つの疑問が少し解決したような気分になっています。それは、骨盤の中にある間接の歪みから起こるいろいろな身体の部位への悪影響が結果、腰痛になっているとのこと。そんなこと、針治療の先生にも、整形外科の先生からも説明を受けてこなかったし、疲れが溜まると何故か腰痛になり、マッサージをすれば痛みは抑えられるレベルの知識の人間にしてみれば、そこが原因だったのか!と目から鱗状態である。

 ならば、あの両足に刺した針は何だった?あの強制器具での牽引は何だったのか?となる。確かに、ヘルニアで苦しんだ40歳~42歳の間、針も牽引もしなかった。それは、軟骨が出ているということをMR検査で知ったから。その時の問診では、針治療や牽引器具での治療は逆に患部にいい影響を与えないと教えてもらったからだ。で、どうしたら腰痛にならないのか?と質問すると、普段の適度な運動と食生活の改善だと言われた。痛みがあれば鎮痛剤も服用したが、胃壁が荒れるだけだった。結果、現在、腰痛となんとかうまくつきあっていられるのは、毎日のトレーニングが効果を上げていると捉えているが、それでも、仙腸関節の問題を根本的に解決したことにはなっていないだろう。しかし、毎日やっている縄跳びやストレッチの中で、体幹トレーニング。肩や腹筋・背筋の他に股関節の柔軟さを上げるトレーニングをしている。寝ころんで股関節を最大に回すというストレッチなのですが、これは、自分自身、短距離走をやっていた時から股関節が弱かった。どのように鍛えるのかも知らず、ただただ、走っていたことだけで、仙腸関節は悪い状態のままだったのだろう。

 それが、富士山登山でも同じ症状が出たことで、股関節を回すトレーニングを取り入れたことで、もしかして仙腸関節が改善され、現在の健康状態に繋がったのかもしれない。これは、仙腸関節を鍛えようという意識ではなく、自分は股関節が弱いのでストレッチのつもりでやっていたこと。それに、体幹のトレーニングにもなるんだとテレビで知ったから取り入れたトレーニングだった。まぁ、なんでもやってみるものです。

 改めて、仙腸関節の存在を知って、それを意識することで、さらに腰痛を遠くに追いやりたいものです。身体が健康だと確かに心が軽い。心が軽いと脳も活性化するという仕組みなんだろう。いやいや、何歳になっても知らないことばかりでビックリします。

北中PTAチームお疲れ様でした。

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 年にこういう機会がありバレーボールの試合に参加させてもらことがある。「メンバー不足につき」のメールを頂き参加させていただきました。惜しくも!?決勝にいませんでしたが、まぁ、ホストであるPTAチームがガチになるわけにもいかないという複雑な立ち位置で結果は微妙な僅差で決勝進出を逃した・・・という結果all right。いやいや、PTAチームの皆様お疲れ様でした。しかし、スポーツは何をしてもいいものですね。身体を動かし、声を出してチームでゲームに参加しているというのは、何よりも楽しいですね。日頃の鍛錬の賜物なのか特にどこかを捻ることも打撲することもなく2試合3セット6ゲーム、楽しいひとときでした。皆様、お疲れ様でした。

ゆっくり。

 「ゆっくり生きれば、遠くまでいける」という順天堂大学医学部教授 小林弘幸著の書籍がある。人間の身体の健康は微妙なバランスの上で成立しているから「ゆっくり」というスピード感が具体的にどのようなリズムなのか「とにかく遅く」でも「適正なスピード」でも微妙にニュアンスが異なるから、この著で紐解かれているリズムには興味があります。

 「ガムをかむと理想的な自律神経バランスに。」「水は意識して飲むと効果が違う。」「食事の目的は、腸に刺激を与えるため。」「空を見上げるだけで、体は瞬時に変わる。」「一ヶ所だけ片付けると副交感神経がアップ。」「悩みは形にするだけで自律神経が違う。」「怒りは急激に交換神経を上げるので要注意。」などなどである。一見、どれかは試しているようなことばかりで、具体的な構造や機能や背景は理解していないものの、なんとなく気分転換になったりしたこともいくつかあるから、それがどうして?なのかを知るためにもこの書籍は「買い」かもしれない。

 「能率・効率・生産性主義の世界」=「迅速さ」のように考えてしまいがちだし、時には感情を表に出して自分自身を鼓舞することも大切だと思っているが、それはどうやら「ゆっくり」ベースがよりらしい。

 テニスの錦織君は大きな試合になればなるほど「冷静さ」を意識するらしい。試合中に汗をふく動作で「焦り」や「落胆」をリセットすると。私自身、一番心が落ち着くのは水面を見ている時である。決して、泳ぎたいとは思わない(泳げない)が、水面の動きや太陽の反射、色、臭い、風がそこにあるから、それらのディテールを見ているとなんとなくリズムがリセットできる感覚。逆にココイチで集中したい時は、水の中に手を入れてその臭いをかぐ。水温や水の湿りを五感で感じるとどこか神経系が落ち着き集中したいベクトルにフォーカスできる感覚がある。ローカルバストーナメントで、さぁ、今から5時間勝負だと言う時も必ず水に手を入れて手を濡らし、その臭いをかいでいた。水に臭いはあるのかないのかではなく、「水」というスイッチが神経を整えてくれる感覚。恐らく、風でも土でも汗でも血でもエレメントはなんでもいいのだろうが、水はかなりのトリガーになる。

 琵琶湖の風景を見ているとリズムが「ゆっくりモード」に調整される。ただただ、どんどんスピードをダウンさせればいいというニュアンスではないから、どこまで気持ちやベクトルやモチベーションをスローダウンさせるか試行錯誤が必要ですが、ここかな?というレンジが見えてくるとこれ、癖になりますね。

断食。

 何故かふと土曜日は「断食」をしてみようと思った。理由はいろいろあるが、ただ、どうなるか?どんな気分になるだろうか?と思った。さすがに平日はキツイだろうし、日曜日もキツイ。だから、土曜日というだけ。一時、昼飯を抜いて一日2食にしていた時があったが、体調的に気分的に調子はよかったのだが、1ヶ月ほど続けていたらヘルペスが出てきた。これは疲労も若干あったらしいが、薬屋の専門家にひとこ「栄養不足ですね。」と言われた。それから一日2食は辞めていた。先生いわく、身体からの警告信号だと思ってくださいとのことだった。つまり、体調的に気分的に快調だと思っていても、やはり、昼飯は必要だったということ。別段、ダイエットなどと考えたわけではないのですが、なんとなく、健康になれるかな・・・という程度の思いつきだった。

 で、もう、あのヘルペスは嫌だから、1日ぐらいだったら大丈夫だろう・・・という考えでの「断食」。最近はいろいろな企業のセミナーや精神修行プログラムにこの「断食」が取り入れられているらしいという情報も少なからず影響している。実際、そう考えてみると、1日何も食べなかったという記憶はほとんどない。奥歯が虫歯になって、顎の骨の中に化膿した膿が溜まって口が数ミリしか開けることができなかったという経験があるが、それでも、その数ミリの間からポッキーを食べていた。だから、固形物を何も食べていないという経験は初だ。定期健診健康診断でさえ、夕食を食べて午後8時頃からの絶食だから、1日断食とは違う。

 ということで、朝飯と昼飯を今抜いている状態ですが、昼すぎぐらいからお腹は鳴りだしたが午後3時ぐらいから落ち着いた感じ。で、今も仕事中ですが、結構、空腹は気にならない。このまま夕食を抜いて練れば「一日断食」が完了するが、意外と辛さはない。結構、これはいいかも。

 朝も昼も飯を喰うという意識をなくしたら、朝の7時からぶっとうしで仕事に集中できている。ほぼ10時間ずっとパソコンの前。この調子だとあと5~6時間は行けそうですね。明日の朝飯はことのほか美味いだろうな・・・。まぁ、こんなことも健康だからできることかな・・・と。

美容と健康というテーマ。

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 動いていない人よりも動いている人がカッコイイと思う。さらに、動くならゆったりよりも素早い方がカッコイイ。さらに、素早いなら自己完結よりも対峙して何かのチャンネルで秀逸な方がカッコイイ。ではどのジャンルでどのチャンネルがカッコイイと感じるか?は個々に個性があっていいと思います。で、武術と言えば、中国という安直な発想から、その歴史や歴戦のマスターをネットでリサーチしているのですが、意外とネットの中の情報は野暮い。あまりこの「カッコイイ」というスマートなニュアンスとは程遠く、どちらかと言えば、頭で考え過ぎて「私は強い。」「私は一番です。」「彼は彼女こそがマスターだ。」的な情報のディテールが多い。これでどのよに強い強かったは理解できるが、印象としてニュアンスとして「強い」が伝わってこない。さらに、「カッコイイ強さ」となると、皆無である。これは、ネットで検索しているから結果、ディテールが希薄になっているのだろうか。テレビがネットに勝ったの負けたのというテーマが氾濫しているが、デバイスの情報のディテールの味気なさをリアリティーの臨界点だと誤解しないように、常に情報のニュアンスやディテールやマテリアルを分析しながらインプットとアウトプットをしたいものです。

 で、「強い女性が美しい」のか「女性だから強いことが美しい」となるのか「美しいから強さがひきたつ」のかなどと論法をいろいろ組み替えてみるが、なかなかこのループは掴みどころがなく、帰着点が見つからないが正しい。と同時に、ネットの情報であれ、SNSの口コミネタであれ、リアル井戸端会議のTIPSであれ、自分の中にある情報を他に伝える場合、素がいいのか?脚色が必要か?という判断はどんな分野のビジネスにおける販売促進にも見られる側面である。世の中の女性は「美」に対する代価は惜しまないというテッパンのセオリーがあったとしても、「美」を追求している生物は選択肢も多いだろうし、見極める視力も眼力も高いはず。そこへ情報を投入する場合は下手な脚色よりも素がいい場合もある。これがベタな話、「美」以外のカテゴリーでも同じ。料理を訴求する、家を訴求する、サービスを訴求する時にその商品の特長をどのように伝えるかで伝わりののびしろが大きく異なる。この「素と脚色」の部分で言うと「脚色」の部分が「デザイン」となるから、これらのことをしっかり理解して「素(素材・魅力・ポテンシャル)」を「脚色(調理・加工・クリエイト)」しなければ、「食えない一品」になるのでしょうね。美味しい魅力的な料理をするためには、やはり、「美味しい料理」を自分のモノサシ(味覚)でより多く得ている必要がある。

 で、その先に「強い」の方程式があるように思います。

55歳、100m、12.6秒、全国3位。

 恐らく、根本的にマラソン(長距離)が好きではない。つまり、早くないからだけなのだが、それに呼応して長時間苦しいのが嫌い。登山なら何時間でも歩くのにマラソンも同じでしょう・・・と言われるが、私の中では違う。なんというかみんなでスタートラインに揃ってスタート合図で出発してみんなでひとつの流れになってゴール!みたいな一体感が嫌い。恐らく、昨今のマラソンブームの本丸はここにあるという説がある。なんとなくうなずけるような気がする。なんか嫌なのである。だから、マラソンの大会に出たいとは思わない。だって、絶対に確実に間違いなく1番にはなれないのだから。自分が絶対に優勝できる可能性が0%なのに一緒にスタートしてみんなでゴールというひとときに価値を感じない。マラソンブームは全国的に盛り上がっているのでこんなことを書いたらブログが炎上しそうだが、まぁ、いい。しかし、ぶっちゃけると長距離を走れる人の健康管理やその運動能力を心の底からリスペクトしているからの天の邪鬼論なだけなのです。自分の首と腰の椎間板ヘルニアは恐らくマラソンなどしたらこのヘルニア爆弾が爆発するだろう。

 で、ヘルニアに優しい体感と筋肉で疲労度の少ない競技しか自分自身はできないのである。そこで、あれやこれやとやっているのですが、ある時、年齢もそこそこの方がこんなことを言っておられた。「55歳で、100mを12.6で走れたら全国で第3位に入れるよ・・・」と。この数値はさてどこまで凄いのか?現在、私が48歳。陸上経験のあるオリンピックに出たような人だったら、いったい、48歳でどれぐらいのタイムを出すのだろう?恐らくそういう人が55歳になり50歳以上という枠の中でエントリーされて、はじき出したタイムが12.6秒なのだろう。これで全国3位だということは、優勝するには12.3か・・・。

 古い話だが、私が足を故障する前の中学3年生の時、非公式ではあるが、ただの校内の記録会で11.7秒だった。その頃の肉体を復活させることなど神様に100回お願いしても神様は恐らくドン引きだろうが、ネットで調べると40歳代の全国の大会の平均タイムは12秒台後半だった。でも、50歳になってもし13秒台で走れたら、滋賀県ぐらいだったら入賞できるかもしれないのかと浅はかな私は考える。

 最近、昔の太ももの故障箇所もなんともないし、登山すると股関節が痛むがしっかり走り込んで身体を作ればもしかして、いけるんじゃないか・・・とまたまた無謀なことを考え始めている。まぁ、それほど現在の体調がいいことも起因しているが、このまま身体をしっかり作り走り込めばここに手が届く?かも・・・、届かないかな・・・?

 しかし、現段階でそれなりに調整したら今何秒なんだろう???どっかの大会にエントリーしてみるか!?

生真面目の落とし穴。

 心の健康法というテイで。私自身、まじめな人間だとは思っているが、さりとてとことんまでまじめな人間でありたいとは考えていない。これはどの段階からそうなったかというと、高校時代の部活あたりから。いわゆる高校野球の練習は半端ではない。早朝から深夜まで平気で練習をする。一般の高校生が電車で通学している時間よりも早くグランドに付いて朝練習。授業を受けてからライトの中、もしくは体育館で練習練習。普通、軍隊でもなければこんな経験はまずないだろう。他のスポーツの自由な練習風景を羨ましい気持ちで見ていた記憶があるが、さて、そのような状況になった場合、生真面目な人間はとことんまでやる。ケガをするまでダウンするまで病院に行くまで。これがエンド。しかし、上手くこなす人間はどこかずるい。一生懸命汗を流していますっていうテイで実は80%ぐらいのテンションを維持する。のこり20%は他のことを考えているし、自分自身の体力や気力の限界には行かない。これは中学生の頃の陸上の練習でとことんまで行ってしまった反省を踏まえている。なにも県大会や国体に出場できるような選手ではないのに、自分の限界を目指す必要はなかったが限界地点まで行くことが多々あった。結果、両足はどうにもならなくなり、大会に温情で出場させていただき、惨憺たる結果。涙が出るという騒ぎレベルではない。想定内のなさけなさmaxで、「一生懸命とことんのとんまで練習したのに、なんでこんなことになるんだ・・・」と出口が見つからない閉塞感に見舞われた。それで学習して「とことんモード」は簡単に出さないようになった。そこには「生真面目の落とし穴」があることを知ったからである。

 そして、仕事ではこの「とことんモード」はどう機能するか?緊張と緩和のバランスこそが継続性のある能力であり、注視することと俯瞰で捉えるパラレルな見方で臨むようになる。しかし、デザインの仕事を始めた新宿の頃の2~3年は完全に「とことんモード」全開だった。すると、いつしか、自分の状況を俯瞰で見ていたことで確実にいろいろな能力を会得している自分が見えた。すると、突き進むだけが能力ではないことを知る。これが「チャンネル5」の真理である。

 生真面目で素直で純粋な人は意外と「限界点」が低い。それを知っているから自分の限界点を常に模索して探究して時間を浪費する。時にはやみくもに突き進む基礎体力が必要だが、それで絶対に走り続けることはできない。「つぶれる」までやる真理の裏には「自分は努力していますポーズ」が介在している。それが自分自身で判断つかなくなると軸足を失う。自分はどういう人間なのかが見えているようで見えていない。すると、必然的に結果が伴わない。モノゴトは陰と陽。光と影なのである。

 余談になるが、過去の戦争の歴史で日本人の戦い方はまさにこれだったそうだ。国のために自分の命を投げ出す覚悟を簡単にしてしまうポテンシャルの低さ。これを海外の戦争相手はとても警戒したそうである。生真面目な愛国心とは実は慣習だったのだ。そして、皆がそのテイだから疑問視はしない、できないが常。だから、片道の燃料で爆弾といっしょにテイクオフするのである。これは武勇伝としては美しいが真理としては見苦しい。

 人生にも仕事にも生命にもゴールはない。「死」はゴールではないし、ビジネスの成功も失敗もゴールではない。そもそも、人生のゴールを設定しましょう的な書籍は見苦しい。あなたのゴール設定はあなたのモノ。それを詳しく紐解いてはいるが、真理は恐らく対極にある。本を出したことをゴールです。年商が何億ってことがゴールですとテキストにしただけで小さいゴールの定義のパッケージ。職を失ってもアイデンティティは失わないと思いたいが、この両者、実はかなりの密度で相関性が高い。これも実は生真面目の落とし穴。だから、ふまじめに適当に何事も置きにいきましょう!と言っているのではなく、適正な自分らしい軸足と社会規範とモラルに順応した能力がなければ、有意義な人生が成立できないのでは?という危機感のお話。さりとて、私自身はどうか?この方程式を生真面目に実践しているのですか?となるとそうではない。だけど、肝に銘じているのは「チャンネル5」。ずっとここに固定ているわけではなく、いつでも誰よりも早くチャンネルmaxの10にできる、そして、いつでもリセット可能なチャンネル0に瞬時に切り替えられる「チャンネル5」でありたいと願っている。

 そのために、絶対に貪欲さとずる賢さは失わない。真面目な人はそれを「悪いこと」と捉えて自分の立場を誇示・固執するが、それは不器用・器用で言えば、不器用になる。しかし、器用な人間は奢りを纏ってしまいがち。時には不器用な方が有利な接点を獲得するチャンスが多いこともある。だから、そのサインを誰よりも早く見つけるためにも、チャンネルは5である必要がある。と、言い切ってしまうこと自体、落とし穴かもしれないが・・・。例え地中に埋められても、煙草のケースで土をかきながら地表を目指せばいいじゃん!サリーのように。

暑中お見舞い。

 連日の猛暑、日本各地で「観測史上」という語彙が目につく。ほとんど体温にすれば微熱程度の気温ってどうよ。昨日は熱中症で200名近い人が病院に行かれたそうである。だから、この数十倍の人が暑さで体調を崩しているということになりそう。水分と塩分をしっかり摂取して身体をクールダウンしましょう的なアドバイスがニュースになるぐらい。いやいやガチで暑い夏です。しかし、節電モードはまだまだ有効でクーラーの設定温度や家電を使用しない暑さ対策がいろいろ注目されているようです。

 意外に身近なモノをちょっと工夫するだけで・・・とか、昔ながらのアイテムが適正に暑さを回避して体調を管理してくれるベターなアイテムになることなど、何も最先端の家電や電気製品を使用せずともこの酷暑さえしのぐことはできるのである。関西電力の3ヶ月の赤字が何百億あるのか知らないが、なんでもかんでも電気ありきではないということ。電力会社は文化や経済と密接な関連性や相関性があるのだから、もう、それなしに現代の暮らしは成立しない。今更、退化して質素な暮らしを・・・などとリバースはできないが現実。ネットやクラウドもしかりでもうあるチップスを便利で有益だと知覚してしまった人間はそれを簡単に手放す勇気がないということ。固執なのか依存なのか?

 また、ボランティアという思考にも実は中毒性が潜む。この魔法の言葉に弱い人達は自分自身がボランティア活動をしている。つまり、無償で何か自分の能力を社会に対して提供していることに泥酔している。これはとても気持ちのいいことのようだから中毒になるのだろう。ふと我に還って「なんで私、こんな一円一銭にもならないことを苦労して時間を捻出して取り組んでいるんだ!」となってももう遅い。そこから気持ちを切り替えてこの取り組みへの自分自身のモチベーションをシフトチェンジすることもリセットすることもできない。これがいわゆる「ボランティアのマジック」。ただただ、社会に対して自分自身に対しての「中途半端な大義名分」のために自分の時間を浪費する。つまり、ボランティアには大切な判断を誤らせ、自分自信の実は大切なモノやコトを削っていることでリアリティーを感じるドラッグなのである。共同活動、共有意識について「清く、正しく、美しく。」大好き日本人はこれのとりこ。気がつけば、無償奉仕の意義と履き違えホントの生産活動・創造活動ができなくなるのである。無償で拘束力のない団体は依存を義務を簡単に履き違える。見事に履き違えている事が逆に正論だと権利のように捉えてジレンマに陥り不協和音を創造性と勘違いしどこでも誰でもできることをいかにも独自の活動のように捉えているが、それは、視野や情報量が微弱なだけ。視野を広めれば、ちょっと冷静に捉えれば、そんな無駄なことは続かないと知るべき。いややい、無能な人ほど、自分自身の中にモチベーションを持たない人ほどこのマジックに依存してしまうんですね。怖い怖い。

 いやいや、暑い日が続きますので、心も身体も適正に健康にいたいもの。失っても補えるモノはいいが、失っても補えないモノもあるので、ここらへんを適正にジャッジしていきたいですね。「これはちょっとどこかおかしい?」と感じたら、一旦、クールダウンするべきですね、何事も。暑い暑い。

「肩が凝る」について。

 アメリカ人には「肩が凝る」という感覚はないらしい。これは日本人だけの感覚だという。そうかそうか「肩が凝る」ということを意識するから、肩が凝るのか・・・。頭の毛が薄いのも、口臭が臭いのも、二重瞼が美しく見えるのも、巨乳系がフォーカスされるのも、意識させてそこのビジネスモデルを捻じ込みたいからか。っつーよりも、メディアコントロールで捻じ込みやすい国民性なんだろう。

 卵から生まれて間もないアヒルは最初に見た動く存在を母親だと認識するというインプリンティングの極みだろう。右向け右が心地いいのは、言わば、ちょっと危険信号なのかも。しかし、信じる者は救われる的なテイで言えば、信じている以上に何があるんだ!と開き直り系の思考パターンには意外と捻じ込む余地はないように感じる。ということはそれほどまでに強固なインプリンティングの仕組みを文化や歴史や慣習としているこのベーシック(基盤)な価値観が実は恐ろしいかも。しかし、一旦、そっち側に入ればそれほど心地いい空間はないのだから、へそまがり根性な天の邪鬼にならず、隣の芝生でバーベキューに参加すればいいだけ。青いぞ青いぞといつまでも指をくわえて見ているのも限界がありますしね。誰でも彼でも阿弥陀浄土に行きたいわけですし。

 しかし、灯台の元は意外と暗く、光陰矢のごとし、光のスピードで知覚できないぐらい点滅が繰り返されれば、人間の目はそれを光と判断するわけだから、シリアルにもパラレルにも捉えるのは自由でいいかなと・・・。

 で、こんな考え「肩が凝るよ!」という人はそっち側、「それはそれで肩が凝るよね!」という人は、たぶん、こっち側なんだろう。

自律神経系反射。

 人の言語には本当に信憑性がない。それを信頼するに至るまでのプロセスが必要だからである。それを確保するための唯一の方法がコミュニケーションの密度である。だから、WEBサイトの中のテキスト情報にリアリティーがないのである。それを情報時代だから、最新のツールだからと、鵜呑みにして信憑性を得たふりを蓄積すると、実はの部分で真価を見失う。人は言語からの情報の7%しか信頼していないという研究発表があったらしいが、あとの93%は何を持って情報としているのか?

 それは、「自律神経系反射」らしい。これについて詳しくこのブログで書き綴る気はないが、「人を外見だけで判断してはダメですよ。」という教育を受けてきた人間は「外見以外の判断材料だけで人を判断するようになる。」という仮説がなんともリアル。その代表ツールがインターネットだから始末が悪い。もっともっと、「自律神経系の反射」を判断する五感を鍛えてくださいね・・・という話。言語コミュニケーションの臨界点は想定以上に低いのである。

福島、60メートル室内日本新!!

 着々と仕上がっている福島千里さん。頼もしい頼もしい。トルコで開催された世界大会で準決勝に進まれた。今季初戦の福島千里さん、しかし、日本国内の室内レコードを0.11秒更新したってこと。う~ん、快調ですね。全体の記録でも9番目の記録。五輪イヤーの実践での好発進にも、福島選手はマイペースに受け止めているらしい。これが世界レベルの選手のリアルかもしれない。しかし、やはり、期待してしまいますね。もし、福島さんが五輪の100mの決勝のスタートラインに立ったとしたら・・・。それは、ソフトボールの金よりも、なでしこの優勝よりも、荒川さんの金よりも、私は快挙だと思っている。その雄姿を観れることだけで陸上短距離を仮にも少しかじった人間にしてみれば、震えが止まらないだろう。他の競技に比べ、短距離は勝負が10数秒。たったその時間のために、とてつもない努力と練習を重ねてあのスタートラインに立つ感じ。ただ早いではない、その向こうにあるモノ。

 世の中、マラソンブームが百花繚乱でこれはとてもいいことなんですが、マラソンに対して私の琴線は震えない。42キロ走れと言われても全くそのような気持ちはない。しかし、体調を整えて何かの記録会の100mにエントリーをと考えると震えてくる。そこが本質であり資質だから仕方なし。温かくなったら、娘と一緒に50mから仕上げていこうと思っている。反応時間は恐らくひどいものだろうが、一本でも筋肉があの感覚を覚えているとしたら、ぜひ、100mに挑戦してみたいと無茶苦茶なゴールを設定している47歳ってどうよ?

「空腹」が人を健康に・・・と。

 それは一理はあるだろう。そんな書籍が発行されるような時代なのかな・・・と。まずこれが第一印象だった。確かに1日2食の時もあるが別段空腹で仕事が手につかなってことはないし、逆に晩飯が美味いという効果もある。ただ、冬場は身体にエネルギーが必要なわけで大食いはしないが、適正な栄養は適正に摂取したいというのが私の健康スタイル。昨年の夏から秋にかけてほとんど1日2食を通していたが、結果、夏の終わり頃にちょっと意地を張り喰わなかったら上唇にヘルペスが発症した。皮膚科に行くと、「うん、これはヘルペスですね。栄養をしっかりとって静養してください。」と言われる始末。でも、できることなら1日2食がベストコンディションだと思っている。しかし、この書籍の著者は1日1食で20歳若返る!と言っている。まぁ、実際、1日1食で20歳若返っていると誤解している人の物理定数がいかほどか?実際、何を測定して20歳若返ったのか?などと重箱の隅を突いてっていうテイでこのタイプの書籍を購入するつもりはないので、へぇ、60歳が40歳になったんだとしたら、それは、それで「おめでとう!」でいい。

 お腹が「グーッ」と鳴ると体内の細胞が活性化すると言っているが、細胞はいつでも活性化している。そんなことで今更意識下に置かなくとも四六時中死ぬまで人間の細胞は活性化しているんだから、とりたてて「グーッ」に注視する必要はなし。で、食べ過ぎやコーヒーやタバコについて身体に対して非健康要因であることは感覚として理解しているが、人間の本能は本当に必要としないものを欲することはない。唯一、人間がここまで地球上で繁殖したのは、人間の満腹中枢が緩いからだという仮説がある。満腹のリミッターが緩く、機会があれば脳は体内に栄養を貯め込もうとする生物らしい。他の生物に肥満が少ないのはしっかり栄養の摂取量を制限させるリミッターがあるから。人間だけが暴飲暴食をしてもそれをグルメという定義で処理して子孫を繁栄させてきたのだろう。そのあたりをこの著者がどう捉えて、「人の健康」について考えをまとめているか知りたい気持ちもなくはない。

 で、この書籍のニーズについてはどうか?編集者はアンチを狙ったのだろうが、日本人にこのアプローチを読ませるタイミングは今だ!と感じたのだろう。それはある意味正解だろうし、「ダイエット」の語感に依存しながら、ダイエットとリバウンドを楽しみながら「生」を謳歌するのもこれまた人生。でもでも、「空腹」について言えば、身体と心についても言及していて欲しい。本当に健康に繋がるのは消化器系の空腹ではなく、心の精神の魂の「空腹」こそが健康に深く連動していると思うからである。

 今日も元気でタバコが美味いの真理は意外と正解に近いような・・・。

どうやら12秒台のようです。

 ふと、どこかの陸上記録会に出てみたくなった。まぁ、クライミング・ボルダリングのトレーニングや富士山登山のトレーニングが功を奏して体調がいいことがその理由です。高校1年の時のベストが12秒だったから、そんなに飛びぬけて早い記録ではない。しかも、現在47歳であり48歳になろうとしているこの身体でどこまでのタイムが出せるのか?ネットで調べると、40代でもその標準タイムは12秒台だとのこと。まぁ、そんな上位の記録を意識する必要もないが、できれば高校時代のベストに近づきたいと無謀な計画を練っている。登山のトレーニングやクライミングのトレーニングを始める前は、50mでさえ脚がもつれる始末。しかし、今の体調ならば100mは全力で行けそうな気がしている。

 正式な記録会となるとちゃんと準備をしてなさけない記録は出せない。だから、少しづつ100mの記録会に出れるようなところまで仕上げてみようと考えている。まずは記録云々よりも、全力で100mを駆け抜ける身体にしなければいけない。記録はその後。そうかそうか40歳代でも12秒台が平均タイムなのか・・・。

ゴールデンバットな気分。

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 2011年、輪をかけて喫煙者の肩身が狭くなっている。実際にテレビや書籍でも「禁煙モード」を書店で見かけたりテレビのネタになっているが、禁煙したいならそっと一人で禁煙すればいいじゃん!どんだけ「私は禁煙しています感」を誇示したいのか。って、自分も何かのタイミングで「禁煙します!」みたいなことになったら「禁煙3ヶ月目」を自慢するのかもしれないが、逆にそういう世の中の空気ってどうよ!?人間、そういうテイに弱いから意味のないこだわりなのでしょうが、身体が健康なうちは禁煙は絶対にしない。

BOX!

 亀田三兄弟はいろいろな意味で注目を受け続けて来たが、昨晩の3試合は素晴らしい展開でした。改めてボクシングという競技のリアルさがこの仮想現実時代にリアリティーを鼓舞させくれるようなテレビからの映像の迫力だった。世界陸上もそうですし、女子バレーもそうですし、プロスポーツだから勝つことが使命ではあるのでしょうが、「勝ち」も「負け」も含めて勝負に挑むことであり、結果、「いい試合だった。」とか「頑張った。」とか「勝者を讃えましょう。」的なことは第三者がコメントするようなことではなく、お互いに拳と拳を合わせたモノ同士の心の中にあればいいこと。リングにも立ったことのない、フィールドに立ったこともなさげな人がサラリと言えるセリフではないような印象を受けた。だから、テレビプログラムにするにあたりプロデューサーは演出だとか構成だとかいろいろ考えて、アナのセリフ構成を考えていることだろうし、MCはMCで自らのポテンシャルで精一杯コメントを絞り出しているんだろうけど、適正でないボキャブラリーは控えてほしいといつもプロ競技を観ていて感じる。蛇足が多い。実際、歴代チャンピオンやその世界の顔と言われている人達が現役の後輩達にエールを送る。技術的なことや試合運びの流れなどについてコメントされていることは聴いていてテンションが上がるが、MCはもっと黙っているべき。司会者がプロ競技に口を挟まないほうがベター。

 で、ダイキ君の試合。1Rからチャンプのジャブは的確にダイキ君の顔面をヒット。鼻血が出る。しかし、その後中盤戦まで足を止めて頭を合わせての激しい打ち合い。明らかにタフげなチャンプのパンチは巧みでパワフル。しかし、ダイキ君は前に出る。飛び込んでパンチを受けながら、チャンプのボディにブローを入れる。しかし、判定は3対0で敗北。しかし、最後の最後、勝者を見つめるダイキ君の目は敗者のそれではなかった。「なんならまだラウンドを続けようか!」「競技上のルールだから仕方ないけど、これで決着がついたとは思ってへんで!」と言っているような目だった。あれだけのチャンプのパンチを顔面に受け続け、的確にボディーに受けての、さらに、前にでるダイキ君。いやはやこの3兄弟はなんなんだい。

 さて、その熱戦の合間に流れるカプコムのCM。エグザの二人がハリボテの鎧を着て「伝説」だとか「騎士の魂」とか「本当の勝負」とか言っているぞ。カッコワル!

 いい勝負を観てなんか心が健康に元気になったような気がする。だから、どんな時も「BOX!」でいい。

 ダイキ君、YOUR GONNA BE FINE.

親子ドッジボール大会

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 昨日は中学校で親子フォーラムのお手伝い。1学年の先生の皆様といっしょに「学年対抗ドッチボール大会」を開催しました。ご父兄のチームも子ども達のチームと真剣モードの対戦風景です。

 私はこの事業の司会進行ということで楽しく元気な子ども達と元気!?なご父兄の皆様の応援と撮影係でした。今年度は広報部長という役も頂いているので開会式の司会して広報用の写真撮影して閉会式の司会と楽しいひとときでした。元気があればなんでもできますね。

ワイン電車へ。

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 近江鉄道さんの企画電車で美味しいワインとお弁当を頂きました。ヒトミワイナリーさんのオススメワインが4点登場しました。スパークリングからにごり白ワイン、そして、甘口と辛口の赤と4種を頂きました。ワインには全く精通していないので、最初に頂いた白のスパークリングが美味しかったという記憶が一番鮮明でした。あとは、赤を2種と白を1種、うーん、なんの蘊蓄でも出てこない。と電車に揺られながら、いろいろ考えていたら、気持ちが良くなってしまって、まぁ、いいか!状態で楽しいひとときでした。ほんとにほんとにお酒に対する趣向の深さがない。お腹が膨れて気持ちがふわふわしたらそれでいいかな・・・という程度の人間でも、このワイン電車とても楽しかったです。

福島千里さんのアメンボ走法。

 福島千里さんのあの世界陸上での雄姿はそう簡単に忘れることができない。彼女を育てたスポーツクラブのコーチの書籍にはこう書かれている。「福島千里選手の最大の武器は「脚のスイングスピードの早さ」。脚の回転数が早く、上下運動も少なく音もたてずにスーッっと進む走りは、まさにアメンボ走法ともいえる。この脚のスイングスピードにこそ、圧倒的な筋パワーをもつ黒人選手を相手に、日本人が互角に戦うための活路があるのかもしれない。」と。また、その著者の言葉の中に、「私がこういったユニークな練習方法をいくつも考え出せたのは、「陸上の練習とはこういうものだ」といった固定観念を持たず、常に、「何かいい方法はないか」を、シンプルに考え続けてきた40年ともいえる。本書は、私のそういった40年間の挑戦の記録である。日本人がいままでに見たことのない「最速の世界」とはどういうものかだろうか。そのほんの一瞬の世界にこれまで私は懸けてきた。そしていま、福島の登場とともに、この「最速の世界」の扉に日本人の手が届きつつあると感じている。圧倒的な筋力に勝る黒人選手たちを相手にした場合、日本人が同じようにパワーで勝負しても歯がたたないのが現実だ。だから、これまで世界のトップから、大きく水をあけられていたのだろう。しかし、日本人には日本人の戦い方があるのではないだろうか。それを体現しつつあるのが福島だと思うのだ。陸上の短距離種目、それも100mは民族の可能性への挑戦でもある。私たち日本人はどこまで速くなることができるのだろうか。その限界への挑戦が100mなのだろう。私はいま、その可能性を福島に見ている。その最終目標は、五輪での決勝進出だ。いつの日か日本人が、五輪100mのファイナリストになる日がくるだろう。決勝のスタートラインに立つ8人の中に、黒人選手にまじって、一人だけ日本人が立っている。(ただ書籍をコピーしているだけですが、何回読んでもこのあたりでどうしてもどうしても涙が出てくる。khuz)そんなシーンを思い浮かべるだけでワクワクしてこないだろうか。そんな夢に懸けた私のこれまでの取り組みを、本書では初めて明かした。選手たちの能力を引き出すための指導法や、多くのスプリンターを育てたさまざまな中村流の練習方法とともに、陸上競技短距離種目の奥深い世界が少しでもみなさんに伝われば幸いだ。北海道ハイテクAC監督 中村宏之」とこの書籍の序文は締めくくっている。

 今更この歳で100m競争に対する熱意について自分に置き換えることは不可能ですが、この監督が取り組んでこられた努力のお話やそれを受けてスタートラインに立った福島千里選手の思いや能力は知れば知るほど身体の真ん中が熱くなる。いろいろなスポーツをやってきたが、私自信は100m走が一番好きである。大した記録もないし本格的に陸上の指導など受けたこともない中途半端な短距離走経験者ですが、どのスポーツ・競技よりも「100m走」に心を奪われている。もし、機会があるなら、90歳で、エントリーしてあの直線を走れればゴールで倒れてそのまま他界しても本望である。

 もし、福島選手が五輪で決勝のスタートラインに立ったら日本人のどの金メダルよりも価値があると思っている。それは、つまり、他の競技性にケチをつける気持ちはないのですが、何よりも、どんな競技よりも、100m走というのはガチだからである。

漆原さんスッゲ!

 だって、オリンピックに出場した選手とか、筋肉自慢を売りにしているダンサーとかパフォーマーとかそれも日本から海外に至るそれぞれの分野のキレキレの人達が厳選されて厳選されて100名集まっているわけでしょう。その中で3つのステージを公平に競うってことで、これ以上の企画と設定ってないですよね。中には特殊部隊とか体操や海外の特殊な訓練を受けてきた人もいるでしょう。ということはつまり「SASUKE」はいろいろな意味でエベレスト級(最高峰)だということになりますね。まぁ、競技の内容がかなり特殊ではありますが、それでも、これらの筋肉エリートの皆様が毎日訓練に訓練を重ねてトライして第1ステージから第3ステージに絞られていくリアルはテレビを観ていて自分自身の手や足がピクピク動いてしまいますし、クリアしたらクリアしてテレビの前で拍手拍手となる。最近、テレビ番組が仰天映像とお笑いタレントのポテンシャル比べになっているので、このタイプの面白い感じはもう世界陸上レベル&オリンピックレベルですって!

 で、昨晩は第27回大会だったのですが、これまでの完全制覇者は3名。この少なさ。で、唯一の2回目の完全制覇を狙った漆原さんが見事40秒で20mのロープを登り切った!うーん、爽快。しかし、漆原さんSASUKEに登場する筋肉アスリート達がその(スポーツ系)分野でエキスパートなのに対して、靴屋さんの店員さんだとのこと。何もこのSASUKEの頂点に立つためには恵まれた設備やトレーナーは必要ないということ。ガチの一人旅なんですね。でも、靴屋さんの店員さんが40秒で20mのロープを登れる!?登るんですね、それがSASUKEなんですね。

ヘルペスとは?

 今日、ヘルペスを診断してもらいに皮膚科に行ってきました。先生は私のくちびるを見るやいなや瞬殺で、「これはヘルペスですね。どうしてもこの季節は疲れがたまってヘルペスにが出てくるんですね。唇の周りにはヘスペスウイルスというのをそもそも人間は持っていて、体力的な疲労や精神的なストレスで吹き出物になって現れて化膿するんですね。飲み薬を出しておきますから、朝と夜の2回、必ず食後に薬を飲んでください。今日は朝の分として帰ったらすぐにひとつぶ飲んでください。ちょっと強い薬ですから、胃が荒れるかもしれませんので、水を少し多めにお願いします。はい、ではね、ヘルペス、今言いましたように身体の疲れが原因ですから、薬で化膿が進行しないように止めまして、あとは、充分な睡眠と充分に栄養をとっていただき静養してくださいね。自分では感じていないかもしれませんが、あなたの身体は疲れている、はい、身体がそうサインを出していますと考えていただいて、お仕事大変だとは思いますが、充分に休んでください。よろしくお願いします。ヘルペスが初めてとのことですから、薬はすぐに効いてくると思います。でも、ヘルペスは完全に治癒するまでに長い方で1週間ぐらいかかる場合もありますが、初めての方で軽度の場合は3日間程度で治る場合もあります。でもね、うん、残った薬は捨てないで冷蔵庫などに冷やして保管しておいてください。一回、ヘルペスが出てしまうと、ちょっと疲労が貯まっただけでヘルペスが出る場合もあります。その時は、うん?ちょっと、くちびるのあたりがおかしな?と感じたらすぐに薬を飲んでください。すぐに治ると思いますよ。」うん、完璧である。

 これで、素直にお薬を飲んで休みましょう・・・となる。お医者さんて凄い凄い。

ヘルペス!?

 地元の大型の薬屋さんに行くとこの今くちびるの上に出来ているモノは「ヘルペス」っていう症状らしい。季節の変わり目に身体的な疲れや仕事でのストレスがたまってくるとこうして唇が荒れて吹き出物が発生するらしい。よく、口の中に発生するブツブツも「疲労」だとか「ストレス」だとかが原因だったような記憶がある。この歳になるまで自分が「ヘルペス」になるとは思ってもみないし、若い頃にも同じようなことがあり忘れているだけかもれないが、この夏も暑かったことや仕事の事で頭では処理できていても心で処理できていないことがいわゆる「ストレス」として蓄積してくちびるに症状として現れているとかいないとか。その大型の薬屋さんの担当医のおばさんにそう診断されて帰ってきた。

 睡眠と充分な栄養をとってください。通常1週間ほどで治りますし、これ以上ひどくなる場合は、かかりつけの病院で診断してもらってから、塗り薬を処方してもらってくださいとのこと。うん!?塗り薬!?疲労が蓄積して精神的なストレスが貯まって身体に発症したヘルペスは塗り薬で治るのか?意外とヘルペスってシンプル。ただ、疲労にしてもストレスにしても根が浅いことを願っている。

 47歳ともなると、いろいろいたるところにガタが来るってことかな。「もう、お前さんも充分におっさん全開なんだから、無理せずにそこそこでぼちぼちでやれよ!」ってことかな。そういうサインが身体から出たってことは事実・現実なので、これを素直に受け止めて「休むことも仕事」としますか。それも一理ぐらいはあるかもしれないし・・・。

世界陸上終わっちゃった。

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 初日から結構観て楽しんでしまいました世界陸上。話題の選手も勿論素敵なんですが、自分自身、陸上競技が大好き。シンプルでいい。早いか遅いかで、みんなメダルの為とか国の為とか応援してくれる関係者の為とか言うが、最後の最後で「もっと楽しく」という至高性が原動力のように思います。世界トップレベルの運動能力や精神力を最高値にまで覚醒し研ぎ澄ました刃と刃みたいな身体のバトルは、ただ、その映像を観ているだけで美しい。そして、何よりも刺激的である。それに、チームプレイがあまり好きではない私は野球とかサッカーとかよりも陸上の一本勝負が大好き。まぁ、野球は野球で置いておいて。

 で、ボルト。100のフライング、200の金、そして、400リレーのジャマイカチームのひとり旅。強烈でしたね。ただただ、早いってカッコイイ。

 そして、日本人選手も要所要所であと一歩、あと0コンマ数秒で決勝ってことで、世界の壁はぶ厚いのですが、それでも、あと一歩のところまでとどくかとどかないかみたいな距離のように思いましたが、これは、日本人のファン心理かもしれません。現実は、もっともっと高く遠いのかもしれません。

 で、で、そんな世界の壁の中で、Mr.室伏のあの存在感ってなんだ!すごいやん!

福島千里さん、凄い!

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 やはり、世界陸上が始まると観てしまう。だって、陸上はシンプル。ルールや技術面はもちろん世界最高だから素晴らしいのはあたりまえとして、それよりも、無駄のない鍛え上げた身体のフォルムやその動きを観ているだけでいい刺激が溢れている。福島千里さんが79年ぶりに準決勝にコマを進められた。凄いことである。世界で活躍する日本の女性が目立つが男はどうした?

1番キャッチャーで3試合。

 昨日は自治会の恒例のソフトボール大会。朝7時20分に集合。もうその段階で、グランドの土はカラカラで最近ろくに雨も降っていないので、ちょっと走れば砂煙状態。水を捲くわけでもなく、そのままの状態でソフトボール大会が始まった。十里町のチームは第2試合だったので、私は最初の1時間は塁審でスタート。その段階ですでに汗が全身から噴き出してくる。グランドには7時前に到着して役員の皆さまが準備しているのを見ながら準備体操とグランドを2周程走っていたからである。しかし、私の身体の中のどこかには、野球(ソフトボール)スイッチが身体のどこかに埋め込まれているのだろ、「プレイボール!」という主審の声で、身体の疲労感がなくなり、気持ちというか集中力が臨戦モードになる。これは、不思議。野球(ソフトボール)は小学4年生から硬式の高校3年生までやってきたから、試合がスタートすると、スイッチが入るのだ。さすがに身体はその頃の10%もイメージどおりに動かないが・・・。

 で、午前9時から十里町チームの試合。私は1番バッターでポジションがキャッチャー。昨年はレフトで死に欠けたがキャッチャーはずっと動いていなければいけないので、それはそれで厳しいポジション。キャッチャーの元気がなくなると、ピッチャーにその影響が出て、それが内野・外野と伝導する。8人のプレイヤーを守り時間の間ずっとひとりで見ているのもキャッチャー。だから、ピッチャーに対して1球1球声をかける、フライやゴロが飛んだら内野に声をかける、ランナーがいれば適正な塁にボールを投げる声をかける、そして、その他も試合の流れを切らないように全員に大きな声を出して試合を盛り上げるのもキャッチャーの仕事。だから、疲れる。でも、楽しいポジション。そして、1番バッターは試合開始の第1番目の打者。初めて敵のチームと対する打者である。だから、絶対に三振とかフォアボールはない。ちょっとぐらいのボールコースでも打ちにいく積極性が必要不可欠。それが、試合の流れを大きく作るからである。私は常にどんなボールでも1球目はスイングする。それぐらいの勢いがなければ1番バッターの意味がない。ストライクでもボールでもヒットにするぐらいのタイプでなければ、他の打者に沈滞ムードが伝導してしまうからである。で、当然、1球目の山なりのボールに喰らいついて左中間にヒット。

 で、1試合目も2試合目も大量リードでコマを進めたが、3試合前、相手側のベンチに現れたのは全員ユニフォームの「本気チーム」。う~ん、これは親善ソフトボール大会だったはずが、一変、グラウンドの空気が変わる。もう、こうなると最初から威圧されている感じ。どうみても全員20代と30代じゃないの!?ってぐらいの完成されたチームが相手。これに勝てば準決勝なのに・・・。試合が始まる。十里チームは先行を選び、私が最初の打者。相手のピッチャーもどこか苦笑いの余裕モード。ふわりふわりと明らかに打ってくださいよ、完璧な守備でウチは絶対に守りますからぁ~というタイプ。親善ソフトだから早いボールは禁止なのでここだけはどんなチームでもしょうがなく条件は平等。にしても、どこか余裕のピッチャー。そして、後ろで元気なキャッチャー。さらに元気なベンチの応援団みたいな相手チームとの試合が始まった。しかし、今年の十里町チームはちょっと違う。とにかく、そんなピッチャーに翻弄されずに、叩きつけるバッティングで適打を重ね相手のエラーを誘い最終回の段階で10対7で十里チームのリード。

 最終回の打順は私から。もう、あと1点でも2点でも獲っておきたいところ。当然1球目から打ちにいく。渾身で振り切ったボールは鉄壁の守りをしてきたサードの頭の30cmぐらい右横を抜けレフト線を抜けていく。サードはグラブを顔の前に上げただけの反応だった。なんとも爽快な一打だった。その打球はレフトも追いつけずランニングホームランコース。もうすでに3試合目、足はセカンドベースを回ったあたりでへろへろ。でも、なんとかホームイン。その次の瞬間、レフトからダイレクトにボールがキャッチャーミットへズバン!あと、数秒遅かったらアウト!?なんとも、本気なチームなのである。で、1点を加えて11対7で、最終回の相手の攻撃。さすが打線がここでも爆発して、4点を入れられる。でも、そこで踏ん張ってなんとかなんとか引き分け。ゲームセット!!!(あのホームランがなければサヨナラゲーム・・・。)

 で、大会ルールで、9人9人でじゃんけん勝負。じゃんけんの順は打順と同じ。皆さんから緊張の視線が注がれる。結果、私は勝ち、2番の方も勝ち。2勝!が、しかし、ここで、十里チームの勝利の女神はいなくなった。3番から7番まで連続で負けて、なんとも惜しい惜し過ぎる3回戦の敗北だったのです。う~ん、楽しかった楽しかった!

 しかし、最後のサード線への1本は爽快でしたね。あんな動きをしていたサードが一歩も動けずグローブを顔の高さに上げるだけだった感じ。顔の前にグローブを上げた瞬間、ボールはもう頭の後ろみたいな。

 へとへとのへとでしたが、楽しい3試合でした。人間、スイッチが入ると信じられない底力を持っているものなのですね。このホームランはいろんな意味でいい感じでした。もうちょっと前段階からの走り込みが必要でした。反省・・・。

頭に汗をかくこと。

 確かに身体の健康のバイオリズムがある。それは、一日の周期でも四季の周期でも一年の周期でもあるのですが、大きく10~12年でサイクルがあるように思います。つまり、10代から40代にかけてそれぞれ身体が少しづつ変化しているような感じです。まぁ、10代の頃など風邪をひいたら病院に行く、ケガをしたら治療するレベルで、自分での健康管理意識などないに等しい。そして20代は一人暮らしの中でとてつもない食生活とこの仕事ならではのどこまでも不規則なリズム。もう、今考えると無茶苦茶に近い前人未到の生活サイクルでした。たぶん、それは若さでなんとか乗り切れたのだろうが、今同じことをしたらたぶん根本的な問題が発生して仕事などできないだろう。ってぐらい無理ができた。そして、30代はそれに少しづつ気づきはじめ少しづつサイクルを安定させようと努力していたような気がします。20代のペースで仕事をして「たぶんいけるだろう・・・」が「ああ、やっぱ無理だった」みたいなことの繰り返し。まだまだいけるからもうそろそろなんとかせんと仕事に支障をきたすぞ・・・みたいな。で、40代になった瞬間、ドカン!と40年間のおつりが返ってきた。見事に返ってきた。

 首、腰、体力、精神力、何をとってもボトムだった。ヘルニアのヘルニアたる所以を自分の身体でほぼ2年間、これでもかってぐらいに刻印させられた。何をどうやってもおかしい日々。これは実際辛かった。まともに運動ができない、1年中杖をついて仕事先に行く。夜は倒れるように崩れる。そんな中、留意したことはお風呂に15~20分入ること。夜遅くまで仕事はしないこと。朝飯はしっかり食べること。そして、できることでいいから時間を作って小さい運動でいいので自分の身体にマッチした無理のない継続性のある運動をすること。これを毎日続けることでなんとか43才頃から歯車がかみ合ってきた。すると、それまで、手汗や足汗が多かったのが、背中や腹に汗をかくようになり、最近ではこの暑さも影響しているが、頭に汗をかくようになった。不思議とボトムな時は手足だけしか汗が出ない。まぁ、その程度の運動しかできていなかったに他ならないが、それでも、一日、びっしり外回りで汗をかき充分に水分を補給して、どこでも昼寝を10~15分する。これで、昨年の夏も別段普通に乗り切れた。今年もどうやら節電節電で厳し夏になりそうですが、ちょっと、散歩したり軽いスクワットや懸垂や縄跳びをすると頭から背中から腹から手足まで均一に汗が噴き出す。これはとても嬉しいことだ。人間、暑い時は暑さへの正しく身体が反応することが一番の健康状態。だから、節電節電でクーラーは28度とか言っていますが、別に扇風機さえあればクーラーは必要ない。仕事場でも同じ、軽く40度を超えてくるが、扇風機で仕事はできる。ただ、パソコン君が熱を持たないようにだけは注意しながら。ので、一番気温があがる1~3時はパソコンのために部屋を28~30度にしています。健康についてこれほど神経質になったのもいわゆる「痛い目」に会ってきたから。やっぱ、人間、健康が何よりも一番の宝物ですね。

 昨晩、ある番組で100歳のおじちゃんが憧れのプロ野球選手に会えて、直立不動で歳で言えば半分以下の若造を前にして、目に涙を浮かべて「100歳まで生きてるといいこともあります!」と感激していた。これこれこれ!思わず、目頭が熱くなる。人生ってこれですよこれ!地位とか名誉とか肩書きとかどんな団体に属してどれだけ資本があるかなんてクソです。そんな属性のどこに価値がある?このおじいちゃんは人間の人生の最高の理想形だと思った。いつも笑顔でそのプロ野球選手からユニフォームを貰って子どものような笑顔だった。うん、絶対、こんな100歳になるぞ!!!

癒しのメカニズム。

 その愛犬が飼い主を癒すという。そもそもその飼い主はちょっと自閉ぎみであまり他人とのコミュニケーションが苦手。技術職で仕事はできるがどうも対人関係で悩み結果職場からリタイアしたそうです。考えれば考えるほど気持ちが沈み社会との関わりがおっくうになっていったそうです。このパターン的にはよくあるあるのテレビの設定ですが、ほんとにそんな人(ケース)をわざわざテレビの事例でチョイスするほど一般的なのか?まぁ、一般的なテーマではテレビの視聴率に繋がらないから一般的ベースの特異な設定だろうが、どこまでリアリティーがあるのか疑わしい。その疑わしさをベースにショートストリーが展開される。

 その男性の妻がそんなだんなをふびんに思い犬を飼う。これが介護犬でありセラピー犬だというお話。ほんまかいな?の連続であり、ツッコミどころ満載な流れなのですが、それでも、テレビに注視している以上、これは結果引きつけられたということになってしまうのかも?も含めて最後までこのショートストーリーを観ていた(しまった)。もしも、クリームの上田さんならどんなツッコミだろうか?その視点がどんどん物語の核心になればなるほど覚醒される。そして、そのセラピー犬は飼い主の心臓発作を予知し飼い主は命を救われる。で、そんな折、今度はそのセラピー犬の癌が判明する。飼い主は自分の命の恩人を、恩犬を癌から救うために優秀な獣医を探して癌は摘出・克服される。さぁ、どや!ドラマチックやろ!というオチ。で、エピローグでそのセラピー犬は別の病気で他界する。この老夫婦に見守られて・・・という物語。なんじゃそれ!

 さて、この物語のどの部分が癒しなのか?斜めからしか見ていないから、ツッコむ部分しか覚えていないが、もし、これが自分の愛犬だったらどうなのか?結果、癒されたというリアリティーは感じるのだろうか?「癒す」という言葉ももうパターン化している昨今、それでも、人は癒されたいということだから、このテイが今もあの手この手でテッパン的に繰り返されているのだろう。癒しについてどう向き合うかが分からない上、癒しに対して自分自身がどの立ち位置なのかも不明。癒されたというリアリィーもあまり実感としてない人間だからかもしれないが、どうも、このメカニズムはある特定の人に対してのみ有効で、普通はというか、多角的にモノゴトを捉えるタイプの人間には無効のような気がする。つまり、癒すことができる人しか癒されているという実感を得られないような。作用と反作用の関係で、具体的に不明だが「癒す」という感覚を論理でも洞察でも座標化するでもなく「在る」と捉えられる人だけの不思議な感覚・共通言語とでも言うのか。

 それは、実は道徳のようなもので、慣習でも法律でも学問でもない、偏在する感覚。そして、誰にでも比較的浸透率の高い不思議なキーワードのような気がします。実際、ナイフで指を切る。血が出る。傷が癒されるという語彙からさらにdeepに踏み込んだ概念のマトリックス。そこでは、犬が人を癒しているのである。さて、人は犬を癒せるのか?

100mか・・・。

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 この歳になってもまだドキドキします。100mのスタートライン。苦しい練習を経て勝負がたったの10数秒。でも、ここれが100m。この感じは中学生の頃からとても好きでした。野球についてはセンスが皆無だったのであまり部活は楽しくなかったが、100mは大好きでした。あのスタートラインの緊張感、飛び出す感じ、ゴールを目指してただ走るという感じが一番性に合っていた。やはり、瞬発力タイプと持久力タイプで分けるなら、自分は完全に瞬発力タイプの人間なのだと思います。このスタート地点を見ているだけでワクワクしてきます。そうそう、90歳で100mを走っていたおじいちゃんがいたなぁ~、とても素敵です。できればああなりたいものです。

マイルドセブンONE発見。

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 約1ヶ月ぶりにコンビニでマイルドセブンONEのボックス・ショートを発見。買い占める気持ちは無かったのですが、「2箱ください。」と言うと「おひとり様1個となっております。」とのこと。そうか・・・と1個を頂きました。当たり前に買っていたこの銘柄が商品棚に発見した時、なんとなく、今日本の価値が精査されているんだなぁ~と感じた。たばこの健康に対するリスクは理解しているつもりでも、辞められない理由はいろいろあれど、今、自分の身体の中に癌が発見されていない以上、タバコは好きだから吸いたい。これが純粋な止められない理由。危険性があるから癌の発症率が高いからとこれを止める気持ちにはなれない心情です。逆にあと肺がんで余命が1年だと告げられたら、それはそれで辞めないかもしれないし・・・。なんでしょうこの「タバコ」っていう存在。

 BTW, アップルとアドビのFLASH戦争が終結しそうです。そして、この戦争で勝利したのはアップルでもアドビでもない。実は、スマホユーザーだった。みたいな記事を読んだ。これはどういうことなのか?iPadやiPhoneから離脱したFLASHテクノロジーが言わば孤立していく構図なのか?その理由は「微弱性」。プログラムとしての微弱性を回避するためにアップルはFLASHの技術を切り離したと聞くが、さてさて、真意はどうなのか?アップルぐらいの技術力ならなんとでもなるだろうに。でも、そこはスルーなんだ。プログラムとしてWEBツールとして環境が整えば整うほど適応できない技術・・・なのか。ならば、逆にFLASHを極めてやろうと思っている。リスクだけを捉えて表現力を別の技術に代用してもそのルートで進化してきたツールをリスクだけで簡単に見切っていいのか?ここがクリエイタースピリッツの天秤に委ねられるパワーバランスのような気がする。

 では、そもそもリスクと見なす価値判断の軸はどこにある?正誤?損得?好き嫌い?この3大ジャッジの基準は多様であるが、もし、確率や論理でジャッジしているなら、いつか、確率や論理だけでモノゴトが成立しないことを知るだろう。つまり、ニーズは数多の個の中に存在している。これらを確率や割合や論理で括ると必ずこぼれるミルクがある。こぼれたミルクはトレイには絶対に戻らない。リスクだけに注視して美味しいミルクがこぼれるのスルーする人達。そんな人達の中に優れたクリエイターは少ないような気がする。

 危険な放射線の覆水は盆に返らない。リスクの想定についてまたまた会議・協議が始まった。今一度、「SHIP」を考えてみたい。リーダーシップ、フレンドシップ、リレーションシップ。不完全で微弱なのは実はそこかもしれないぞ。タレントの皆さんたち、簡単に「つながろう!」などと言葉にしないほうがいいだろう。「つながるリスク」が日本人の大敵だったはず。そんな歴史を経て現在に至っているわけですから、そりゃ、本質的に政治家も企業家もSHIPが足りない足りない。

 だから、マイルドセブンONEと同じ。何事もひとり一個にすればいい。

 それをリスクと捉えるか、のびしろ(期待値)と捉えるかで振幅が180度変異する。

ハラリを、パシッと。

 歳と共に年々いろいろなところが鈍くなる。数年前に腰と首のヘルニアが最悪状態になり、杖生活を余議なくされていた。その時は立っていることが辛い。仰向けに寝ることも長時間は辛い。ましてや、急な動きなど・・・。という状態でした。その原因はいろいろ複合的であり、その症状も手足への痺れや皮膚感覚の軽い麻痺などかなりひどい状態だった。しかし、治療方法はないという診断を下され、途方に暮れていたがそれでも仕事はしなければいけない。どうにかして日常生活に支障のないところまで復活しようと、毎日毎晩軽いストレッチから長時間の風呂での半身浴。ストレッチや軽い腰に負担のない運動を日課にした。そして、なんとか復活して3年である。普通にチョップ君と散歩したり、時にはチョップ君に合わせて軽く走ったり。これはもう夢のような状態である。

 そんな腰痛生活の副産物と言えば、足と腰が全然不安定だから、何をするにも両手で支えながら動作をする。すると、両手の筋力や握力は毎日のことだからかなり強くなり、身体を支える時でもできるだけ腰に負担をかけないレベルで両腕がそれを担った。おまけに腰を伸ばすために階段の踊り場でぶら下がることを続けていたらさらに両腕と握力が鍛えられた。調子にのって懸垂を繰り返しているうちに腰も首も足腰も強くなった。これが非常に大きな副産物でした。最悪の時は走るなどとてもできなかったが、今では100mぐらいは全力で走れる状態。

 すると、それまで仕事中に、紙が何かのタイミングでハラリと床に落ちたり、コロコロとデスクから何かモノが落ちそうになったりする瞬間に、手が反射して紙やボールペンなどをつかめるようになっていることに気がついた。つまり、腰や首が痛い時はそんなことでさえ、できていなかったということ。ハラリと落ちそうになる紙をパシッと掴める反射神経が戻ってきたことこれは意外と嬉しい瞬間でした。

 まぁ、何事も心技体なので、ビシネスチャンスもハラリとなりそうな時でも、パシッと掴める心と頭に復活しているといいなぁ~と思います。必然的に反射神経、筋力、持久力も毎日のトレーニングで一定レベルを維持できている。疲れない身体、太らない身体、俊敏に反応できる身体があれば、心も技も同期するのかな・・・と思います。何事もふわふわした情勢ですし、ハラリを、パシッと掴めるよう、トレーニングトレーニング。

4D VISIONという概念。

 人間は日々重力と戦っている。作用と反作用が常に筋肉や骨に加重をかけている。立つという基本的な状態でさえ、微妙なバランスを自立神経と三半規管で調整しながら3Dをコントロールしていると言える。この状態からさらにもうひとつの力点を設定することでより重力や自重に対して安定度が確立するという考えの概念が4D VISIONである。3点の安定度はあらゆるスポーツ力学や工業製品などで実証されていることであり、この力点をさらに同フレームで追加した4点ピラミッドであれば、必然的にその安定度はゆるぎないものになる。この理論は素晴らしい。よって、まゆつばなピラミッドなんとか~にはあまり俗っぽいから反応はできないが、三角形を4面組み合わせたこのピラミッド形状による安定構造を人間の足に組み込む商品ならば、頭も心も安定するだろう。身体が安定するのだから必然である。

 一方、ロッククライミング・ボルダリングの世界はこの自重に対して、四肢で支えるから4点となる。Gに対して身体のポジションと4点の壁との接地面をセンスよくバランスよく確保して登るというこの単純なアクションでさえ、3点の安定は欠かせない。Gに対して右手と右足でポイントに乗っている状態でさえ、自重とGのバランスをこの2点で決めていることになる。この2次元的な思考パターンに、壁は常に3Dである。傾斜があったり、ポイントでは、4点で上を向いてポイントにしがみ付く貼り付き状態の体制もありで、こうなると身体の筋力や柔軟性や両手の握力、そして、こられの筋持久力が壁に岩にホールドするための能力となり、垂直な壁をただポイントを決めて登るアクションから数倍に負荷が増加する。

 しかし、このトライワークでもしっかり4つの視点の概念を抑えていれば、身体がGに足してい平行であれ、直角であれ、どこに力を集中すればいいかが必然的に体感できるはず。うんうん、人間はGと戦い、Gと戯れているんですね。血流が地球の磁場にどのような影響を受け、1気圧が大気の混流で変化することが、体内気圧とのバランスで心臓に血管にどう影響を及ぼすか・・・、う~ん、生物のバランスはまさに神秘である。それが健康を意識する究極のホームワークのような気がします。

カフェインとニコチン。

 喫煙は、あなたにとって心筋梗塞の危険性を高めます。疫学的な推計によると、喫煙者は心筋梗塞により死亡する危険性が非喫煙者に比べて約1.7倍高くなります。とタバコのパッケージには記載されている。1.7倍をどう受け止めるのか?心筋梗塞をどこまでリアルに受け止めるのか?確かにタバコを止められない理由に依存している部分が多いことは認めた上で、ニコチンとタールが身体に及ぼす影響は何だろう?嗜好品だと割り切って吸い続けてきたが、嗜好品で健康を害する危険性が1.7倍あること。恐らく危険性のベクトルは心筋梗塞だけではないはず。肺がんもあれば、他の悪腫瘍の因子を覚醒させる効果もあるのだろう。健康を犠牲にして嗜好を求めているわけですが、それほど自分にとって嗜好が大切なのか・・・?まぁ、このような疑問は吸い始めた時から心の中で大きく小さくジレンマとしてあるわけですが、こうしてここまで健康で入れることといいことに、このジレンマを押し殺しているだけなのだろう。それがもしかしたら「健康」の本質かもしれないとまで開き直っています。

 つまり、「健康」とは?の部分。グルメのメタボも飲酒の糖尿病も精神薄弱の悪いストレスも現代社会生活における根本的な運動不足もいわば「健康」から逸れている。しかし、すべてが1.7倍の因子を含んでいるとは限らない。タバコのパッケージに記載さているこの文字が本当は何を意味するのだろう?と考えると実はこの文脈の裏筋を通すと「1.7倍の競争率を勝ち抜き健康を手に入れた人だけが楽しめる嗜好品です。」となるような気がする。これも喫煙者のエゴだろうが・・・。

 で、カフェインはどうか?コーヒーに含有されるカフェインは毒性が高い。つまり、毒素も元素である。人間の身体も元素である。元素と元素の相性の問題であるから、摂取量さえ適正であれば、良薬口に苦しなのである。あの醤油でさえコップに1cm程度をイッキに飲めば高熱で死ぬ。食塩でさえ、大量に摂取すれば、内蔵は機能停止する。つまり、ニコチンもカフェインもようは元素。過ぎたるは及ばざるでもないが、何事もひとつ。地球上に存在する設計図どおりにことを進めていれば適正値は維持できるのでしょうね。元素、分子と元素、電子に中間子、非常に興味深いわけです。

手の内を明かす・・・か。

 人間の身体は水の詰まった風船のようなもの。それが、地球の重力や磁力の中で骨と筋肉で日々の活動を行っている。生物の進化がそれであるように、あらゆる元素のこの生命体は水分や大気中やDNAの中に記述された設計図でその一生を支配されている。それが人間という生物体である。他の動物も同じ。進化の過程で然るべき分岐を行い自然界の構図の中でその生命を維持している。そのベースにあるのは地球上の気温や湿度や様々なエネルギー源との折り合いの中で生命を維持している。五感を通じて得られる情報は意識化に置きやすいために、いわゆる人間的な生活を送る上で目に見えて明確に影響を受けているように考えられている。意識の中の世界である。しかし、交感神経と副交感神経があるように、例え心が「もう生きたくない。」と思っても何も行動しなければ生命は維持される。食物を身体に入れながら栄養を摂取し続ける以上、生命は維持される設計になっている。そんな水の詰まった風船の中身が影響受けるモノは意識化に置かれているモノだけではない。それは「気」で片づけられないほどたくさんの影響を受けている。無意識に筋肉が受けている重力からの負荷や血流が受けている大きな地球という磁石からの磁気・磁場。地面が振動することで聴覚が感じられないほどの振動やパルス。人間が開発した技術としての電波層。人工物に流れる電気やこまくでは意識できない音波。そして、太陽光の中に含まれる紫外線や赤外線などの宇宙線。これらが微妙な水の風船に影響を与え、微妙なバランスで生命は保たれている。

 そのことを踏まえて上で、「手の内を明かす・・・」という言葉ある。これは、真意を言葉にすることの意味だが、何故こう呼ぶのか?様々な影響を受ける水の風船。その対象は水(血液)である。血流こそが脳という臓器を維持するための生命線であることは周知として、血流が変われば脳への信号が変化し、そして、脳からの信号が変化する。そして、それが部位の筋肉に伝達されて行動や思考になる。つまり、地球という大きな磁場に対してその磁場と血流を簡単に転換できるのが「手の平を上に向ける。」という行為なのである。脳への信号の変化がかならずしも「明かす」にはならないが、水の風船の血流を簡単に変化させることは、手の平を上に向けるだけで意外と簡単に実現できるのである。だから、昔の人はこれを持って「手の内を明かす。」と言ったとか言わなかったとか・・・。

コラーゲンで得た「若さ」。

 人は老いて死ぬ運命にある。しかし、明らかに不自然な「若さ」を整形手術やコラーゲンで得た人は本当に「若い」のか?見た目につやがありすべすべの肌が本当に「若さ」の基準なのか?仮にそれらを施術していることや服用していることを知らずその方に会い、年齢よりもどこか若い感じがすると感じられるのだろうか?広告やテレビに出てくるグラマーでつやつやの女性達はそれでいったい何が手に入ったのだろう?「若さ」にもいろいろな基準があるし、実際、年齢的に若い女性の魅力が30・40・50歳になり肌がくすみ身体のハリがなくって容姿が変貌したとして、それは自然の摂理である。しかし、世の女性の皆さまはなんとかして「老い」を止めたい、もしくは、若い頃に戻りたいと願う。このニーズで巨万の富を得た企業の人達は、やっぱり至誠が天に通じたと達成感に浸ることができるのだろうか。結局、絶対に手に入ることなどない「若さ」を付け刃な技術と元素でとりつくろい、そのひとときに短い達成感を感じているだけのような気がしますが、これが、ビューティービジネスの本丸だから仕方ないのか。

 男だからこの気持ちは永遠に理解できないだろうが、私は年齢と比較して頭の毛が薄い。30歳頃から薄くなりかけて35歳ぐらいには明らかに薄くなってきたので、そこから気にするのが邪魔臭くなって丸坊主(3mm)にしている。でも、薄くないところが伸びてくると「あ~あ、薄くなってるなぁ~。」と思うが、それ以上は何も感じなくなってしまった。しかるにかつらや育毛剤のCMを観るたびに、ここにニーズがあるんだなぁ~と思うが、それにコストをかけることはない。おまけに半分以上(残っている毛髪)の白髪である。大人のルールとして黒色かブラウンに染めたらとも言われるが、それも、メンドクサイ。つまり、メンドクサイ人はこれらのビジネスの蚊帳の外なのである。薄くなりかけた30代の頃は、育毛剤や頭皮にいいシャンプーなどを買っていたが、それも飽きた。結局、そういう人間だから、そうなったのかとも考えてみたこともあるが、それもたまたま。DNAにそう記述されていたタイプの人間だから仕方ないと思っています。

 でも、「若さ」って実際、どうあることなんだろう?肉体的なことだけじゃないと思うのですが。どうでしょう?これもやはりないものの自暴自棄なのだろうか。まぁ、仕事ができて、ゴルフができて、山に登れる身体とそれに見合った技と心があればいいかなと思っております。それでそれが今のところ一番「健康」な状態かなと・・・。

握力アップ!

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 いいものを発見!これはいい。こういうギアには「硬度」というレベルがあり、以前に買ったばね式のモノやゴルフボール大のシリコン系は高度が10以下。で、バネ式は握り切るとそこで負荷が上がらないので、握力アップにはならない。何事も作用と反作用なので、硬度が大きい方がいいが、このシリコン系は自分の握力をMAXにできる上、それぞれ5本の指に負荷がかかる。これがいい。さらに硬度でいうと数値が15なので硬さも上のランク。サイズも手にぴったりなので非常に優れモノだと思います。これをMAX握り緩めるを10回ほど繰り返して、握り込んだ状態で10秒を数セットするともう上腕の内側がピクピクし始める。外よりも内側がパンパンになる。これを毎日運転中などにやっていれば、延べにして1時間ぐらいはグニュグニュしていることになり、かなりというか、昔(高校生)の頃の握力を目指したい。あの頃の記憶では右が65、左が62ほどあったのでこれなら、たぶん、指のホールディングで自重を支えられるのではと考えています。しかし、握力は握り込むので指だけのホールディングでは100%力が入らないので左右均等に握力としては70近く必要なのでは・・・と感じています。まぁ、指は仕事道具なので間接などを傷めない程度にグニュグニュしようと思っております。

GOLDENBAT¥200!

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 コンビニで発見した「ゴールデンバット」。ほとんどのたばこが値上げして¥410になったのに、このたばこは¥200をキープしている。美味しいたばこであり好きなたばこなのですが、さすがに1.1mgはキツイ。キツイのになんで買うのか?毎日はキツイのでたまにこの香りを楽しみたいかな・・・と購入しました。

 世の中、喫煙者に対して真っ向からアゲンストが吹いている。高い球を打ち出せばティーグラウンドより後ろにボールが戻ってきそうなアゲンスト。低い弾道で距離を諦め方向性を重視してカップを目指そう。なんのこっちゃ。この風が止むことはないだろうし、フォローの風が吹くこともないだろう。しかし、何事もルールを守って楽しむならそう避難されることでもないだろうに。

いよいよ老眼鏡。

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 いよいよメガネ時代に入りました。もう、近くの画面も近くの書類も近くの書籍も見えねぇ見えねぇ。こんなことで我慢するよりもやっぱ老眼鏡が必要!と昨日買いました。一通りの視力検査をしてもらったのですが、通常の距離なら問題なく1.5以上あるのに、近くになるとボケる。お店の方に言われたのですが、これは46歳ともなると仕方ない「老化」の部分。早い人は30歳代からやってくる症状だから仕方ないですね、とのこと。お客様の心理状況を把握した素敵な心温かい対応である。まぁ、おっしゃっておられることに1ミリも間違いはないだろうから、私も心から納得してこの1本をチョイスしました。度合的にはいくつか老眼のレベルがあるそうですが、一番軽いレンズです。

 で、早速こちらで書籍を読んだのですが、まぁ、クリアがMAXです。若い頃、書籍を読んでいたスピードで文字を追っていける感じ。しかも、クリアに文字が入ってくるので比例して頭の中にもクリアに入ってくる感覚。う~ん、視力って情報の入口としては非常に重要な部位なのですね。あまりにも書籍の文字がクリアなので文字の色が黒い。細かいルビなどもクリアだから、もう、2行同時に読める感覚。思い切って老眼鏡を購入して結果良かった良かったということ。

 我慢して意地を張って無理をせず、46歳なりの手法を素直にチョイスして結果all rightということ。これで、頭の中も活性化してくださるといいのですが。

初雪!?

 北海道では初雪らしい。10月に初雪は珍しいらしい。とは言え11月は平年より暖かいらしいし、12月平年並みらしい。今年の冬、長浜地方の雪が心配です。少なくなってきているとは言え、今年は猛暑だったので冬には雪が多いかもしれない。気温が下がるといろいろな身体のウィークポイントが悲鳴を上げるので、体温を上げて大怪我をしないように回避したものです。仕事をしながら毎日継続できる健康術が大切。一日一回体温を上げるような小さいトレーニングをすることで身体の活性率が下がらず弱い部位の治癒もボトムには落ちない。高いレベルの筋力や持久力は仕事には必要ないので、MAXレベルのトレーニングは必要ない。と、やはり、ここでも心技体なのである。要は身体の健康は心のため、心の健康は技のためなのである。だから、技(仕事力)を一定のレベルでキープするためには、一周回って、身体の健康がキモ。さてさて、2010年もあと2ヶ月です。頑張ろう。

やっぱ、懸垂がいいんですね。

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 いろいろクライミング関連、ボルダリング関連でWEBサイトやブログをリサーチしていると、やはり、ウエイトトレーニング系よりも、ストレッチや必要な筋肉を鍛えることが大切と書いてある。力が強くてもしなやかさがなければダメ。ウエイトトレーニングをして筋肉が増えて力が強くなっても自重が増えるだけなら結果同じ。戦う相手は「重力と自然」。マッチョな身体を誇示してもたぶんそんなの関係ねぇ!なんだろう。だから、といってトレーニング後のケアを忘れるとエライことになる。常に背骨や手足の関節には負荷がかかっているわけだから、トレーニングをしてケアをしてトレーニングをして~のループを確立しなければ、故障して終わり。

 ガチでリアルに陸上や硬式野球で「故障」のみじめさの部分でかなり痛い目にあってきているので、「腰痛」を克服するために始めたストレッチや下半身強化のスクワットのお蔭で山登りができるようになり、その延長上でクライミングやボルダリングが見えてきたことは自分の中で軸がしっかりある感じ。そのトレーニングで懸垂をすることが背骨にもよく、手や足の関節にもいいということは、とても、脈略が自分の中で一本化されている感覚です。

 いつか、どこかの岩盤にアタックする日のためには、「しなやかな筋肉」と「無駄のない絞り込んだ身体」が必要なようです。そのための腕のトレーニングとするとやはりシンプルに「懸垂」のようですね。ちなみに、懸垂の最高記録は45回で、ロープクライミングなら体育館の天井まで腕だけで5往復はできていた頃があった。ただの遠い過去の自慢話にならぬよう、今、この歳(46歳)になったとは言え、そこを自分自身の目標として頑張ろうと思っております。よく小学校にあるような登り棒でもトレーニングはできるし、よ~く、観察すれば街のいたるところに指をひっかけてぶら下がる練習をする場所は無数にありますし・・・。

99歳のスプリンター。

 いやいや、脱帽である。敬老の日ということで全国の素敵なガチでいろいろなことに頑張っておられるご老人を紹介していたが、まぁ、おどろくべき素晴らしいおじいちゃんやおばあちゃんがおられる。99歳になって100mを走り、砲丸投げをするおじいちゃん。なんともまぁ、この映像を拝見して46歳の私は何を思えばいいのやら。地域の人に見守られ、家族に見守られ、眼光鋭く100mのゴールテープを目指しているおじいちゃんの顔を見ていると、身体のどことなく力が入ってしまいます。

 健康の秘訣は「マイペース」。どうやら、自分のペースが見えること以上に何か素敵で偉大なことを成し遂げるアプローチはなさそうですね。やはり、「マイスタイル」「マイペース」でbe yourself!ということなのだろう。まったくもって、心から老に敬する一日でした。

ヘルニア物語。

 別に「ナルニア国物語」とは関係ない。ほんとにこれで苦しんだ40~42歳だった。毎日仕事先に行くにも杖をついていた数年間。今思うと凄まじい日々だった。痛み止めの薬を飲んでも胃が荒れ、注射を打っても手足が痺れ、常にどこか微熱があるような感じ。仕事が終わって気を抜けばもう100%ダウン。気持ちを振るい起して風呂に行き、ゆったり熱い湯につかる。そして、痺れている手足をマッサージ。もうこれでほぼ一日分の体力は完全になくなる。そのまま、這うようにふとんへ。でも、仰向けには寝ころべない。だから、右か左を向いてバタン。でも、寝返りで上を向いたり下を向いたりすると痛みで目が覚める。寝起きが一番辛い。もう、両手でゴイっと支えなければ身体さえ起こせない状態。ゴルフもダメ、釣りもダメ、いつもやっていたランニングもダメ。ダメダメダメのドクターストップ状態。PCの前で仕事中も1時間ずっと同じ姿勢は辛い。だから、一旦、立ち上がり腰をゆっくりと伸ばしながら、両手両足のこりをほぐす日々。

 整体も薬も注射も治療にはならない。「では、何をすればいいのですか?」と主治医に懇願すると、「適度な運動と血行を良くすることです。」ということ。ええっ!それだけ!?これは医学的な治療方法ではないじゃん!でも、これしか先生からのアドバイスはなし。ガ~ン!から約3年間。ならば、先生の言われたとおりに、毎日毎日、適度な運動を続けた。もう、維持になって毎日毎日、腰や首に負担のかからない運動を続けた。しかし、雨の降る前は一日中、頭痛が引かない。ちょっと、重いモノを持ったり、学校のPTAで2~3時間草むしりをするとその後3~5日は腰痛が激化して杖生活。これの繰り返し。

 でも、諦めずそんな日々を過ごした結果、2009年の冬頃から30代の頃の感覚に戻ってくれた。まぁ、この状態も決して100%ではなく、常にガラスの腰と首のことは頭から消えることはない。無理な運動もダメ、疲れをためるのもダメ。結果、午後10時には寝て、朝6時に起きて、ゆったり仕事を始めて無理をせず夜遅くなったとしても無理はしない。そして、ちょっと状態がよくなりかけた頃(2年前)、「富士山に登りたい。」と思った。杖をつきながら生活している人間がとても「富士山登山」など夢の夢。だけど、何か目標がないと気持ちがモヤモヤ過ぎた。結果、今年の夏、富士山の山頂に立つことができた。感慨もひとしおで、達成感に山頂で浸っていた。で、これを続けようと思った。そして、ゴルフも普通にできるようになり、一時はありえない生涯最悪の120打以上を叩いた時もあったのに、最近95が出た。嬉しいというよりも奇跡である。ドクターストップをかけられながらゴルフをして120打を叩き、スコアでも気持ちでもズタボロだったのが、今では、もしやの・・・90切りが見えている。これも、日々のライフスタイルの改善の賜物物語。

 よく、医療器具や魅力的な成分を身体に流し込み・打ち込み・刷り込み健康マニアを自負する人がいるが、そんなことしなくとも人間は健康を維持できることを自分の身体で体験・体感・会得できたこの数年間の意味・意義は大きい。できることなら、50~60~70歳になっても、富士山に登りたいし、ゴルフをやっていたいので、この心意気を持続していきたいと思う、初秋の朝のひとときでした。

 健康はホントに大切です。

運動会の季節。

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 少し涼しくなったとは言え本日もまだまだ暑かった。運動会の季節、ほんとに準備している先生方は大変だろう。しかし、これも年間行事、ほんとにお疲れ様である。父兄的には観覧席で観てるだけでPTAの役員さん以外は楽な感じで観戦・応援・撮影体制。

 しかし、運動ってどうしても自分がやるテイで捉えてしまうので、野球でもゴルフでもあまりプロの試合を観戦することはない。たまたまタイミングがあって機会があれば、観戦もしなくはないが、やはり、スポーツ競技は自分がやっていたい。でも、運動会は観ているとなんだか心の真ん中が熱くなる。まぁ、今から学生に交じって学生気分で運動会に出てたらそれはそれで危険人物だから、父兄として観覧席で応援しかないのですが、それでも、学校の運動会は心が熱くなりますね。

 たぶん、自分の時のことをどこかで想い出してシンクロさせていたり、あの頃から随分時間が経ったなぁ~などと回想回帰に胸が熱くなっているからだろう。フィールドの中で同じ体操服を来て100mを全力で走ったり、クラス全員で無我夢中に綱を引く。駆け引きなしの、フェイク・トラップ・リスクなしの全力モード。これが目の前で展開されているから心の真ん中が熱くなるのかもしれない。

 ここに心がシンクロしている内はまだまだ健康とは自分にとって何ぞやを語れる権利ありだと思っているのですが、これはXXXの冷や水に近い状態なんだろうか・・・?

30分のランニング開始。

 今週、月曜日から夕食前に40~50分のランニング(ジョギング)を開始した。まだまだ、蒸し暑い感じでしたが、9月になってちょっとは夜が楽になったような気がしたのでランニングを開始した。まぁ、初日は膝も股関節も痛くなったし、最後はもうはぁはぁでトボトボと歩いていた。しかし、昨日3日目はイメージ通りに走れた。勿論、筋肉は全身痛いが実はそこが味噌。ランニングなど普通の日常生活ではないから、それを始めた翌日は絶対にどこかが痛くなる。若い時ならこの痛みは1日で完治するが、45歳を超えると2~3日かかる。だから、痛くても走る。すると、4日目ぐらいからふっと心臓も間接も筋肉も安定してくる。

 よくいる「3日坊主タイプ」は3日目にドカンといろいろな波が押し寄せて、「やぁ~めた!」となるのであって、そこをクリアすれば、日課として定着するパターンが多いと思う。ちょうど、今日はその4日目。いつも走っているコースをどれぐらいの感覚でクリアできるかが楽しみ。

 お陰さまで腰も首も安定しているし、全体的な痛みなら筋肉だろうし、部位的に痛みが1ポイントに集中するようだったら、その段階でしばらく休むが基本。この歳で若い時のような無理をしてもあまり健康という視点で効果的でないし、精神安定上もいい状態ではないので、自分のモノサシで「走って気持ちいい」「山の風景を見て気持ちいい」「バーディーパットが気持ちいい」というレベルを維持できればと思って走っています。

 まぁ、希望的観測ですが、台風も一本行ったことだし、もう熱帯夜はないだろう。

刺激の上書き。

 人間の本能はネガティブなことや悪いと判断する刺激に対して貪欲であるらしい。確かにいろいろモヤモヤしている時や失敗した時など、かなり心臓がドキドキする。本人的には失敗したりネガティブな状態で、気持ち的にはなんともモヤモヤで嫌なフィーリングなのですが、実はそれ、身体的には求めているから始末が悪いらしい。筋肉は痛い状況や辛い状況を本能的に求めているらしい。う~ん、やっかいな身体である。しかし、心は後天的に学習能力があるために、いつまでもモヤモヤしている状態や苦痛な状態を良しとしない進化・進歩を始めるからこの身体の本能を制御しようとるす。そこに、人間の試行錯誤の長~い歴史があるらしい。こんな簡単に人間の身体と心の歴史を切り取っても、「これだけ?」ってことなるのですが、いやいや、始まりはシンプルだったそうだという仮説です。

 で、その試行錯誤の代表が恐らく「宗教」であり、「偶像崇拝」なのかな・・・と。このことをあくまでも仮説レベルですが、頭に入れてこういうアプローチもあるんだ程度で心に止めておくと、今、自分自身が感じている、気持ちや心の動きの意味や意義やそのパーツパーツの連結部分が見えてくるのではないでしょうか。その場合、心の学習を怠り安易な時間つぶしに心が奪われ続けると、その学習もままならないないそうです。学校で教室で「勉強中」だけが勉強・学習ではないので、もう一度、学ぶことの本質を見極める時期に今日本は来ているとも考えられなくない。この点では、完全にヨーロッパはいろいろな手を打っているらしい。金銭的な豊さではなく、もっと、広く優しいフラットな豊さというか、古来継承されてきて、これからもずっと継承されなければならない部分での豊さというか。

 そのためにも、とりあえず安易な刺激をブロックすることで、自分のパイを一旦冷静に見つめましょうということらしい。容姿は鏡に映るけど、心や本質は何に映るの?となるそうですが、それは、「他人」だそうですね。まぁ、他人にもいろいろありますが、自分のパイがどう映るかと同じぐらいに、いろいろな人との関わりの中でその人に映った「自分」を見て確認しなさいということ。これしかないそうですね。だから、インターネットとかゲームで時間を潰していると、今の自分が見えなくなってしまって、五感も鈍るってことらしいですね。なるほどなるほど。人のライフスタイルとはどのような写輪眼を持ち、それで、何をコピーするか、そして、どんな幻術を見せられるかでカタチづくられているとも言えなくないですね。

チョップ君、顔が怖いぞ。

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 あまりもの暑さにチョップ君は会社の中に避難中。目が怖いぞ。

クラブ・マガか・・・。

 健康とはちょっと遠いかもしれないですが、「クラヴ・マガ」ってあるんですね。面白そう。さっそくネットでリサーチしたら専門書がない!でも、東京ではすでにフィットネス・ジム感覚で「クラヴ・マガ」をエクササイズに取り入れた専門スタジオがあるではないですか!そのサイトを拝見したら、なかなか、これが面白い。いわば護身術のようですが、まぁ、太極拳やヨガの一連のような取り組み方を推奨しているみたいですが、本場のマガはなかなかハードでシリアスでガチのようです。

 ネットでどのブックサービス関連を探しても、新書がないものだから、やっと見つけて「購入確定」ボタンを押そうと思って、待て待て確認と再度、書籍の内容を確認したら、英語版!!!で、ようやく、中古をアマゾンで発見して購入しました。またまた、書籍が到着したら護身術の全貌をこのブログで紹介させていただきます。

 で、なぜ、護身術かってことなのですが、まぁ、長浜の街を歩いていて、いきなりナイフをつきつけられてcome on bill !とはならないのですが、万が一、登山中に熊に遭遇した時にただ追いかけられてガブリとやられるぐらいなら、わずかながら抵抗する術があれば・・・と思い、まぁ、protect myselfってことでこれなら一矢報いることがと思って取り組んでみようかなと思っております。

 余談ですが、なんでも首をつっこんでしまう私は、少林寺拳法から空手、ボクシング、合気道とその道のエキパの友人がいて、気軽に教えてもらった薄~い経験と会得すらできていなのに小さい自負があるものですから、いざとなったらどれかで護身できると思っているのですが、さらに、この世界が認めた護身術でもう一枚薄い知識を増やしてたいと思っております。とは言え、もっと、シリアスな護身術の知識だけはあるものですから、できればそういう場面になってほしくなと思うほどのヤバイ知識はさて置き、例えば胸倉を攫まれた時、腕をZ型にねじればどれだけ腕力・筋力のある方だとしても、簡単にひじが折れますし、ボクシングの理論で言えば、たぶん、不意をつくなり向かってきた輩でだとしても、そこに当たれば間違いなく失神以上のダメージを与えることができます。これらは純粋な競技としてのスポーツでは絶対にタブーですが、タブーを知ることが競技のルールを知るということですから、危険な技も知識としては入れておかなければなりません。それがルールなのですから。

 ただ、体長2~3mの熊と山道で遭遇してどんな護身術で撃退できるか・・・となると疑問ですが、まぁ、世界最強の護身術だから熊ぐらい・・・。

79.59歳まで。

 日本の男性の平均寿命は79.59歳らしい。現在46歳ですから、まぁ、平均という意味であと33.5年という計算です。ということはもう半分は完全に終わっているということ。折り返し地点がどこだったかは不明ですが、この平均年齢はリアルである。この数値で世界一らしいですから、世界中の皆様の場合は人生がもっと短いってこと。まぁ、人生は長い短いではないが、短いより長い方がいいだろうし、ただ、長いというのも悲しいが、明石家さんま先生の有名な言葉「生きてるだけで丸儲け」の言葉どおり、あまり強欲にならず適度に貪欲に、丸儲けなんだとそこそこガツガツでちょうどいいような気がします。そのためにも身体ひとつ脳ひとつ心臓ひとつの人ですから、まずは健康に貪欲になりたいものです。

 心の健康がどうのこうのというテイのアプローチを目にしますが、心(頭)だけ先行してもバランスは崩れる。何事も身体と技との三位一体。暑い日が続きますが、水分とモチベーションをしっかり補給しながらの丸儲けといきたいところ。

クーラーは嫌い。

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 ということで仕事場の冷風機。下のケースに水を入れて循環させて冷たい風を出す構造です。冷凍庫で固めた専用の保冷剤やカチカチに凍らせたペットを入れておくとさらに冷たい風が出てきます。クーラーのあの独特の臭い匂いもないし、循環する水の音がピチャピチャとなんとも涼しげな冷風機なう。フォルムはちょっと洗練されていないし野暮な機器ですが、意外とこの感じは好きな感じで気に入っています。たしか、¥9,000ほどでした。

散歩中の3つの出会い。

 気持ちいい朝。愛犬チョップ君の散歩中に3つの出会いがありました。まず散歩で意識しているのは歩き方。山歩きからの富士山登山を計画しているので、いろいろなその手の本を読むと一様に「早く歩くことや身体を運動モードで歩くことはダメ。」と書かれている。できるだけ長時間歩くためにも、アスファルトの道ではないために小石や小枝に足首をひねらないようにとにかくゆったりと歩くこと。目線も下向きではなく少し前を向いていろいろ視界に入ってくる情報を楽しみながら歩くことでリラクッスできるとのこと。ので、いつもならセカセカと早足で歩く散歩コースも体感スピード的には2倍ぐらいの速度に落として、身体もリラックスさせて、ぼぉ~と歩いています。すると、確かに15分ぐらい歩いていると呼吸が安定してくる実感があります。ああ~なるほどこれかという発見。セカセカ競歩みたいなスタイルで歩いていた時はたぶん気持ちも固くなり五感から入ってくる情報も気持ちのゆとりもなくスルーしていたのでしょう。それが、チョップ君に合わせてちょっと長く立ち止まったりすることでいつもと同じ散歩コースなのに新しい素敵!?な出会いがいくつかありました。

 ひとつ目は、以前にも田んぼのあぜ道を歩いていた時に体長30cmぐらいのカメを水路の中の石の上に発見。しばらく見ているとこちらに気がついたのか濁った水路の中にドボン。こんな大きな亀がいるんだと思っていたのですが、そいつがふと見下ろした水路に泳いでいる(流されている!?)ように下へゆったり向かっていました。今日は水路の水がクリアだったので発見できたのですが、それでも、いつもの早足だったら発見できていなかったでしょう。しばらくその亀を見ていると(チョップは草を食べている。)水流に身を任せて流されながらもゆったりと水底にある石につかまろうとしている。右手をひっかけようと伸ばすが大きな身体だから水流に流される。また、水草のカタマリにつかまろうと踏ん張るが流される。ああ~結局こいつは泳いでいるんじゃなく流されているのか・・・と。すると、水路の壁にふらふらと流されていき、コンクリートの継ぎ目のようなところに右手の爪がひっかかったのか、その状態でばたばたし始めました。後ろ脚も水底につけて踏ん張り、どうやら、水面から上にのぼり甲羅干しでもしたいかのように左手を壁に伸ばしてそのコンクリートの壁を登ろうと、後ろ脚を水底につけて、両手をコンクリートの壁面にひっかけて登りはじめた。首をぐぃ~と伸ばして水面に顔の一部が出た瞬間、両手が水流の勢いでコンクリートから引きはがされてまたまた水流に流されていきました。おお~い、どこまでいくんやねん!

 で、いつも休憩している田んぼの真ん中にある倉庫の駐車場で朝の体操。チョップを水道の蛇口に括りつけて朝の体操を始めると、チョップ君が何やら発見。クンクンと鳴き出します。よく鼻の先を見ると直径3cmぐらいの黒いカタマリ。そのカアマリからは細い手のような足のような耳のようなモノが出ている。近くでみるとコウモリの子ども。たぶん、弱って巣から落ちてきたのらしい。生命感がなく動かない。チョップにクンクンとつつかれてあま噛みされるまま。たぶん動物の匂いがしたのでしょう。ちょっと口に入れようとした瞬間、そのコウモリが翼をのばして「キキィ~!」とひと声。そこで軽くチョップ君はパニック。直径3cmのカタマリが翼を伸ばして20cmぐらいになって鳴いたものだから一気に攻撃モードになり息が荒くなりいつもの低い無意味な攻撃態勢(どんだけビビってんねん!)。コウモリはそれが最後の元気だったのかもとの3cmのカタマリに戻りました。でも、チョップは攻撃態勢のまま一定の距離を保ちながら・・・、保ちながら・・・の、朝で腹が減ったのでしょう、ありえないぐらいのヨダレがボトボトボトボト!持参したクッキーを1個あげたらコウモリのことは忘れたようでクッキーをガツガツ食べていました。

 で、帰り道。今度は向こうからあきらかに本日散歩デビューという状態の体長25cmぐらいのヨチヨチ歩きの柴犬の子どもがお父さんと娘さんに連れらて歩いてきます。まさにヨチヨチ状態。チョップは散歩の足を止めその子どもの柴犬を凝視。またまた低い姿勢をとりはじめるものだから、「おいおい、なんでやねん!」とケツをひとけり。目の前をその柴犬が通り過ぎようとした瞬間、やっと、その子柴犬がチョップに気付き、猛烈な勢いでチョップに高音のかわいい鳴き声で挑みかかってきました。低い態勢でそれを受けるチョップ。子柴犬はおとうさんに引っ張られてスタスタと行ってしまったあとも、しばらくその態勢のチョップ。ずっと、その子を凝視状態。子ども相手に吠えなかったのは優秀だけど、もう、その低い態勢は解除してもええんちゃうの?とまたひとけり。ようやくそれで帰路についたという本日の朝の散歩紀行でした。

 言うまでもなく、家に帰ってきて美味しい缶詰の朝ご飯にかぶりつくチョップ。

山歩きのエキパの日課とは。

 山は怖い。ゲームのようにリセットはできないしクーラーのリモコンも意味がない。つまりそれが自然でありその自然を楽しむことが山を歩くということ。登山ということ。しかし、楽しさと引き換えにゲームや室内競技では身につけなくてもいいルールがいっぱい存在する。そして、実際に歩くのは自分自身だから、日々のトレーニングの積み重ねが結果、山歩きや登山の「楽しい」とイコールになる。危険を回避する能力や観察力などは経験を経て身につくもの。これが学習であり知恵である。日々のブラウジングやオンラインネットワーク上の雲の中に死ぬまで使いきれない楽しさ(アプリ)があろうがそれは、まぁ、どうでもいいこと。知識を知恵に変える。日々の習慣の中で自分自身の身体をいい状態に維持する能力について、山歩き・登山に挑戦しようということで見えてきたことです。

 で、いろいろなまず知識の部分。山歩きや登山をしているエキパの人たちは老若男女自分たちのペース(スタイル)を見つけているらしい。体力があるからといってそれを誇示するようなスタイルは危険と背中合わせであり、誰よりも早く歩けたり登れたりすることには何の意味がない。で、身体のケアという部分では、朝と寝る前のストレッチ、風呂で筋肉をほぐす習慣、ちょっとした待ち時間で身体の間接の柔軟体操をするなどなど。けがのしにくい身体づくりはここまで徹底したストレッチからとのこと。そして、筋肉や関節の力を無理なく鍛える方法として、椅子に座って片方の足を水平にして我慢、仕事中でも立っているときはつま先立ち、歩く場面ではちょっと長めを意識して歩く、エレベーターは使わない、階段ならゆっくりと1段飛ばしで登る、室内や外を出たり入ったりする時は今自分がどの程度汗をかいているのかや水分の補給はできているのかなどに気を配るなどなど。これらのことを日々の習慣でエキパの皆様は実行しているらしい。そして、何より、自分でこれらのことを取り組みながら、気づくことがあるらしい。ここからが自己学習の段階で知識が知恵になる瞬間なのだろう。

 これらのこと、全く、仕事やライフワークと同じではないか。知識が豊富な人に魅力を感じないのは、たぶん、知恵が少ないと感じる場合が多いからかもしれない。情報を記憶している人よりも、楽しい人って、知恵をたくさん持っている人のような気がするし、その方の言葉は質量がある。言葉や会話のクオリエィーというと全く僭越(モノサシが存在しない分野であるため好き勝手言っております。)ではあるが、いやいや、自分もそこを目指して「知恵力」を上げたいと思います。その向こうに山頂があるはずと信じて・・・という感じですね。やっぱ、エキパの方はどのジャンルの方でも凄い独自のスタイルを持っておられるものです。

山歩きの基礎マメ知識。

 「山歩き」「富士山登山」で検索するといろいろなサイトがヒットする。まずは、どのようなことを心がけて何を準備して知識的に必要なことは何なんだろうとリサーチしています。ほんとに山歩きの愛好家の皆様のブログや個人サイトは面白い。いろいろな山を歩いたときの手記や危うく危ない場面に出くわした時のエピソードなどは読んでいて楽しくなりますし、危ない場面では、おっと、自分だったらそんなに冷静な対応はできず、パニック状態になってしまうだろうなぁ~などと楽しくリサーチしています。個人で歩いても、山での出会いが心地いいと記されている。例え初めて出会った人同志でも同じ山を歩いているということだけで仲間意識というか共鳴できる魅力があり、複数で登る時はそれれはそれで、世代を越えて普段日常で話をしないことや自然の中では素の人間性が現れて、ああ、この人はこんなことを言う人だったのかぁ~みたいなことを、自分の妻なのに感じたり、とか。鉄則として複数チームで登る時は一番歩くのが遅い人、もしくは、体力的に強くない人のペースに合わせて皆が歩く・登るというのが暗黙のルールとしてあるらしい。なんと素敵な「山登り」。

 また、富士山などは結構ツアー化してそれぞれ登山のポイントに休憩所や売店などがあるからとはいえ、日本の最高峰、天候の変化や地殻の変動的なことで一気に命に関係するようなアクシデントになりうる山らしい。自然はやはり怖い、人間はやはりちっぽけだということ。

 そして、山に登るということは常に何においても自己責任。何かのツアーで天候が急変して冷たい風や雨に体温を持っていかれたり、ガスや気圧の変化で体調を崩し歩けなくなり命を落とすというような訃報もよくテレビや新聞で観たり読んだりするが、基本は自己責任において~となる。それも山を歩くということの厳しい現実というかルールなのでしょう。これらのことを肝に銘じてウキウキ&ピリピリな感じで準備しています。

 目標設定も自由でいいわけですから、無理をせず自分自身の体調や天候の変化、そして、いっしょに登っているメンバー・仲間と常にコミュニケーションしながら気分が悪くなったり体調がおかしくなったらすぐに中断して下山すればいい。無理をして自我を通して危険な場面に踏みこんだり、仲間との協議を中途半端にして仲間を危険にさらしたりすることは愚の骨頂。それが、現在の自分自身の状況を冷静に判断した結果だと自分に言い聞かせ、登山を辞めることも大切な勇気であり判断能力。

 う~ん、しかしながら、これら全て、人生や仕事に適用できることだなぁ~と思います。それに気がついている人もそうでない人も「山」という存在は知っているが、山登りをするということで、世代を越えてお互いの生活のベクトルを越えて共有して相互に高め合えるというこは何より素晴らしいと思います。

 が、たぶん、実際、山登りの現場に入れば、想定以上に体力や気力がなく、「ああ、山は厳しい!」ってことになるかもしれないですし・・・。

伊吹山から富士山へ。

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 まずは7月ここの頂きに立ち、8月はいよいよ待望の富士山へ。非常に小さいことを気にする私は、この写真の中の信号が赤だったことがとても気になっている。できれば青信号であってほしかったと・・・。

内山高志さんスッゲ!

 昔から野球や陸上などのスポーツには親しんできたのですが、格闘技ということで言えば、完全に観戦者であり、実際に相手に対して1対1で向かうという経験がない。どんな感覚なのかまったく実感がないのですが、テレビを観ていると、一度はそんな経験をしてみたいと思います。たぶん、この歳になり何もできないとあきらめていますし、おそらくたぶん間違いなく何がどう好転してもその経験は無理でしょう。

 だからかもしれないですが、特にボクシングの試合は昔から釘付けになる。いろいろな格闘技があるが、一番美しく激しく華麗で残酷でジャジにグレイな部分が感じられない純粋な競技だと感じるからです。パンチのコンビネーション、体躯のリズムとスピードの展開、持久力や戦闘力など、どれをとっても格闘技としては最高だと思ってテレビで試合があれば観ています。

 で、本日の内山高志チャンプの初防衛戦もガッツリ。6ラウンドのあのドカンという右フック。10cm以上の身長差でも常に自分のリズムでチャレンジャーをロープに追い込み、適打を打ち込んでいく内山チャンプ。常に試合を自分のリズムで展開して~の、重い右フック一発。もう、完璧な初防衛戦でした。スッゲ!

 さぁ、このテンションで今夜も飛べるまでロープワーク。例えまねごとだとしても右右左左となわを飛んでいるだけで気持ちがいいものです。

年に一度の定期検診。

 明日は年に一度の健康診断。血を採られて、バリウムを飲んで・・・。そして、数週間後の健康通信簿が届く。これが以上に緊張する始末。う~ん、なんとも、毎年のことながら微妙な気持ちです。

体温を上げると健康になる。

 40歳を過ぎた頃あたりから、健康のありがたさが身にしみて、若い頃のような無茶をしなくなりました。適度な無茶は何歳になってもやっていきたいと考えているのですが、確実に疲れがなくなるのに日数が若い頃の3~5倍かかる現実とどう向き合うのかという部分で、気がつけば完全に「健康オタク」になっていた。だから、ストレッチや食べ物や今の自分の体調にマッチした適度な運動などなど、リミッターを今の自分自身の体調をしっかり掌握した上で取り組んでいます。

 で、やはり、当然ということで、健康についての書籍は増えている。健康というモードでいうなら、身体は勿論のこと、「精神的な健康」や「頭の中的な健康」や「仕事面での取り組み方の健康」などいろいろなベクトルがあり、そのテイでいろいろな書籍を読み、実現可能な部分で日々自分のペースで取り組んでいます。そんな中「体温を上げると健康になる。」という書籍を発見。即購入。細かい健康法についてどこかのトレーナーが書いたのかな・・・と思いきや、いやいや、納得納得説得力120%でした。まだ途中なので内容をしっかりと分解・分析はできていませんが、なぜ体温を上げると健康になり、低体温(35度台)だと健康を維持しにくいのかがしっかりと書かれているようです。意外なアプローチが多く、健康オタクもびっくりの視点がたくさん網羅されていました。また、実際にトライしてみてその成果をブログります。

 しかし、基本的に身体も頭も心も体温は高い方なので、逆に無駄に体温を上げぬよう注意しながら・・・。

寒い。

 桜が散り始めてるっつ~のに寒い。地球温暖化はどうなった?この冬も雪が多かったし普通に寒かったが・・・。メディアにも四季があるのか夏前になるとクールビズとかCO2削減で温暖化防止って騒ぎだすのに、秋から冬には帳尻を合わせるかのように、何か不思議なシナリオがあるかのように、裏事情のつじつまを合わせるかのように鎮静する「地球温暖化問題」。で、何なの?それって?誰かの匙加減?のせるだけのせてあとはそのまんまかい!って上田さんのツッコミが聞こえてくる。

 しかし、寒い。道路沿いの気温計は6~7度って!そりゃ野菜も育たないっつ~の。もう暖かくなるだろうって気を緩めているとまた風邪が復活してしまう。病は気からって上手いこというものです。つまり、気持ちが病んでいたらそれは病気ってこと。気持ちがダウンしていると身体も呼応するってこと。人間は心で生きているっていうけど、心=身体なんですね。40歳を超えた頃からしみじみとその言葉が重く心にのしかかってきました。40歳を超えた皆様いかがですか?

 無駄にいろいろなところに力がはいりませんか?びっくりするぐらい何かにぶつかりませんか?例えばコーヒーを入れている時なんか、瓶からインスタントコーヒーをひとさじコップに入れるだけなのに、そのコーヒーの瓶の出口あたりにスプーンがぶつかりコーヒーの粉をぶちまける。仕事机の上に入れたコーヒーに電話をしながら手を伸ばすと取っ手をつかんだつもりが少しずれて机の上がコーヒーの海。飲み終えたコーヒーカップを洗って水を切っているとシンクの淵にカップがあたって、ガチン!ってどんだけコーヒー飲んでるねん!

 う~ん、全て寒いのが悪い。冬は雪以外は嫌いだ・・・。

健康球。

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 中国の物産コーナーで見つけた健康球。これを手の中でくるくる回しながら手先の感覚を高めたり、リラックスしたり。手先と脳の関係を踏んだ中国の知恵ということだろう。確かにこの感覚は大切にしたい。アナログの仕事もデジタルの仕事も結局五感でインプットして声や手先でアウトプットしている。脳から筋肉に信号が行きながら、触感から脳に信号を送り返す。このパラレルなヒット&アウエイが結果感覚にテンションを与えながら緩めながらアクションになる。イメージしたことをリアル現実に適用させるためのプロセスはたぶんどれだけデジタルデジタルした社会が覚醒しようが同じ。

 で、健康球をいつも手元に置いています。指先と頭の信号経路に適度なテンションとリラックスをキープするために。そして、この鉄の球の中には磁石が入っているので、磁気も少しながら血流に影響があるのだろう・・・的な信じるから救われたいのテイであるが、まぁ、このフォルムもなんか「健康」への知恵のベクトルが感じられとてもオキニイリです。

体温とホルモンバランス。

 体温が高い人と低い人とでは高い人の方が病気になりにくく免疫力も高いらしい。体温が低いと癌細胞が活発に活動を始めるらしい。脳を鍛えたいなら「脳トレ」ではなく「筋トレ」が効果があるらしい。神様が与えた人間の体温は37度らしい。ホルモンのバランスが崩れる最大の原因は体温の低下らしい。他のジャンルなら例えどれだけ威厳のある著者がこれらのことを文章化してもさほど興味が湧いてはこないのですが、テーマが「健康」となると鵜呑みとは言わないまでもかなり興味のベクトルが敏感に活性化される。血圧と脈拍と体温は密接な関係があるのでしょうけれど、医学的な知識が0なので、何がどうなればどうなるなどという医学的アプローチはできない。しかし、漠然とこれらの関係を日頃から意識下に置いて「ストレッチ」や「長風呂」や「ちょっと駆け足」をしているだけで、なんとなく、数値的にはどうか不明ですが、健康な自覚を獲得できているように思います。ただ、癌細胞は気まぐれらしいから、たばこが原因で肺癌になったり、消化器官系が弱いので胃癌や大腸癌なども1年に一回の検診ではチェックしてもらっている。まぁなんとか、ここまでその危険信号はなかったものの、ある日突然癌細胞が「そろそろ起動してやろうか・・・」と活動を始めたらこの歳だったら3年はもたないだろう。そんなエンドレスな危機感がどうも「健康オタクモード」の背景にあり、上記のようなキーワードには特に反応してしまいます。

 現在、日本人は「健康という病気にかかっている。」という指摘もあるらしい。う~ん、微妙な気持ちです。

お土産の葉巻。

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 上海からのお土産の葉巻。たばこに対するアゲンストは強くなる一方でどこか不景気な日本経済の支援を喫煙者が担う結果になりつつある。まぁ、何もたばこの税金だけが・・・という部分はあるものの、海外のたばこの販売価格と比較すれば今回の値上げは国際的な標準値から言えば適正想定内ではあるが・・・「困ったときのたばこ税だのみ」という表現は否定と肯定が入り混じった微妙なニュアンスでもある。このことを喫煙者が喫煙エリアで煙を楽しみながらどう感じればいいのか、どう受け止めればいいのかという部分で複雑な気持ちです。

 「これを機会にたばこを辞めればいいのに・・・」と身体の健康を心配してくださる方の温かい言葉は嬉しいがひねくれた心が「この機会」をどう処理すればいいのかに迷っている。というか別に今回の値上げでたばこを辞めるつもりもなく、「ああ、上がるのか・・・。」程度が実のところ。

 新聞にはこれで12~15%の喫煙者がたばこから離れていくだろうという何の根拠もない希望的観測をさも的に物理定数パターンで出しているが、「だから?」という感じ。いつもそうでしょう、確率とか調査結果とか予算方針とか全部あなたたちのさじ加減ひとつでしょう?って感じです。だから辞めないとは決して言いませんが、それが美味しいと脳が感じているうちは、そして、おこずかいがそれを購入するに無理のない想定内ならたばこは辞められないですね。

 逆にニュースでたばこ税による税収の増加の数値を見ていると、不景気対策になっているならこの1本で日本の景気が少しでも補てんされるとしたら、たばこも美味しいというもの。ある側面の正論では決してない意見ではあるが、一喫煙者のただの独り言でした。

 美味しそうな葉巻をありがとう!!!

マスクはするな!か。

 今朝のテレビでマイケルムーア監督が秋葉原で街行く人々を見てひとことふたこと。「マスクはするな!バイ菌も吸い込んで免疫力をつけよう!」でした。いろいろな意味で免疫力がない感じに見えたのでしょうか。監督アキバに行かずに他の日本も見てください。昨晩観た「十津川村の橋」は圧巻でした。既製品が氾濫する日本の旅ですが、あそこにはなんか行きたくなりましたね。あれが旅の旅情ではないかと思いますね。紅葉だからわぁ~、桜だからわぁ~ってウッズの浮気相手たちかいっ!

1日2食。

 この1ヶ月間、25日ぐらいは昼食を食べていない。「貧窮に喘いでいる国の人たちの気持ちになって~」とか、「メタボ対策であと何十キロ落としてブランドモノの服を着たい~」とか、「この厳しい経済状況を乗り切るために精神を研ぎ澄ますために自らに重い試練を与えて~」とかという理由で1日2食にしているわけではない。ただ、その方が身体が頭が快適なことに気がついたからなのです。そもそものきっかけは娘たちと一緒に寝る前とかおやつをバクバク食っていたらスコンと眠れなくなり、昼食を食べると意外と3時頃に小腹がすく、すると、おやつを買って食べる、すると、晩飯がなんとなく腹7分目になり、寝る前にまた何かを食ってしまう・・・というルーティーンになりかけ、なんか、いつもいつも満腹状態で頭がぼぉ~とする感覚でした。特に健康につてい書籍を漁るわけではないのですが、ほんとにいろいろな分野の書籍をチェックするので、その中に著者が「私の健康法」などと書いているとついつい。で、人間の体で脳に血を集中させると集中力がキープできる。食事をしたあとは胃や腸に自律神経がエネルギーを向けるので頭に血が行かないだとか、人間の身体の中にある脂肪は適度に一日の生活のサイクルの中で燃焼させなければ溜まって溜まってメタボになり、血液の成分に影響し心臓や脳に負担が・・・的なことを読むと、ジムに行って2時間汗を流すこともせず、愛犬の散歩程度では、脂肪は消費・燃焼せずに、適度な空腹感を満たすために適度なモノを食べ適度な集中力で適度な仕事をするというルーティーンになる。これが、一事が万事「適度」がなんとも消化不良。で、お腹がグゥ~となる感じは実は身体の中に蓄えた脂肪を燃焼させる合図でこの状態が実は人間の身体の状態的には一番健全で健康な状態らしいのです。それを小腹がすいたと間食をすると悪い頭にさらに血が供給できず、胃や腸にばかりエネルギー(血)を集中させる結果なるとのこと。これは非常に納得がいったので、では、空腹感を楽しもうということで、昼食を抜いてみたのです。

 さらに、江戸時代は普通の生活で朝食と夕食だけだったらしい。いかに、今の日本が平和ボケ状態かが分かる。1日100円以下で暮らしている人間が全人類の40%いるらしいですやん!毛が抜けたから植毛・かつら・ホルモンなんとか、顔のしわが気になる、腕のたるみが気になる、あと10歳若返る、それはとても価値水準の高い思考なのかもしれませんが、その次に何がある?って気もしなくはないです。整形に?百万、性転換に?百万、これでこの国の経済の一部が賄われているとすればそれはそれで素晴らしい慣習・文化・経済なのでしょうが、「基本的な欲望を断つ」という価値水準の向こうにも何かsomethingがあるように思うのです。そもそも「衣食住」にこだわりが皆無な私が基本的な欲望を断ったらあと何が残る???ということも否めないのですが、いやいや、意外といろんなモノが残るんですよ。「まだ、これ残っていたの?」みたいなモノが心の片隅に。

ラジオ体操あと1日。

 夏休みのラジオ体操があと1日となりました。今年は25日から2学期が始まるのであとラジオ体操は24日で終了です。2年前から参加するようになった近くの神社でのラジオ体操がここまではまるとは想定外。でも、毎朝、6時15分に起きて10分の緩いラジオ体操は頭も活性化されてとても体調もいい感じです。雨が多い今年の夏でしたが、無事、あと1日で皆勤です。

頭の健康管理。

 健康管理と言えば一般的なニュアンスは体重とか体脂肪とか血圧とか脈拍などが管理対象で、食生活や適度な運動などやその他いろいろな療法・手法・処方があります。まぁ、45歳ともなればいろいろなところがガタガタなので、無理をしない適度な運動や食生活についてもテレビや雑誌で健康にいいと言われている食材を積極的に摂っています。それでも、ちょっと無理をしたり、ちょっと風邪ぎみだったりすると弱いところがいっきに持っていかれ、健康な状態(自覚の範疇)になるまでに、少なくとも若い頃よりは3倍の日数が必要なことも意識しています。「無理をしない」「気持ちに余裕を持つ」とは言葉にするのは簡単ですが、なかなかそれが・・・。

 で、身体はそんな感じですが、頭はどうだろうか?と考える。「頭の健康」となると、身体同様に年齢からくるいろいろな反応がやはり意識下に落ちてくる。それとどう向き合うかということが、引いては頭の健康にリンクしているし、頭が健康だってことは身体も健康ってことになり、最終的に健全な心=健全な人ということで概ね間違っていないよに思います。

 現代人の脳の活性が鈍っているということをテレビや新聞や雑誌で読むたびに何を基準に「鈍っている」と言っているのか確認するのですが、それは、ほとんどの場合限定されていないことが多い。つまり、「鈍っている」とカマをかけアバウトに仮設を設定して、「売りたい商品」がその裏に隠れている場合が多いのです。こんな商法はさておき、現代社会、特に仕事においてかなりの頻度、パソコンやインターネットを活用していることが、逆に依存になり、応用力や反応スピードやアレンジ力が低下しているらしい。確かに、テンプレート上にインターネット内のテキストを並べれば体裁は整いますから。つまり、視覚もトータルで麻痺しているということでしょう。頭の健康管理はそんな視力からという定説もあります。これからの時代、「見えている」か「見えていない」が健康の次のフェーズを左右するのでしょう。

歩くこと。

 昨日は朝から暑かった。ラジオ体操の段階でもう真っ青な空、そのまま気温は上昇して、湖岸道路の気温計は36~38度でした。これは暑い。基本的にクーラーが嫌いなので運転中も窓を全開で走っているので、足から腕から汗がタラタラ。昼飯を食って30分の昼寝で午後の仕事へ。定時!?(7時頃)に終わり飯を食ってから、チョップ君の散歩へ。夜の8時でも気温は昼間の余熱が残っているような暑さ。ほぼ40分ほど散歩して最後にちょっと走ったら・・・身体のいたるところから汗が噴き出す噴き出す。そのまま風呂へ。

 で、体重が1.5kgも減っていた。ということはこれをあと数日繰り返せば体重が50kg台に・・・はならないだろうけれど、ああ、水分を取り過ぎる傾向があるので、逆に1.5リットルの汗が出たと思うと感覚として身体がすこし軽くなった気がして熱帯夜にもかかわらずコテンでした。歩くというこは基本の基本の運動なので続けられるし工夫次第で付加も変えられるので、「愛犬散歩健康法」も今の身体の状態には非常にマッチしているような気がしています。「ラジオ体操と散歩」で十分な健康が維持できればなんと安上がりなことだろう。

梅雨が明けたようです。

 昨日は暑かった。もやもやしたり突然の豪雨という7月の雨の空ではなく、夏らしい熱い一日でした。たぶんこれで梅雨が明けたのだろうと思っていたらやはり関西は梅雨明け宣言が出た。記録上、7月の降雨量は観測史上最多だったそうである。またまたこの結果を踏まえて「温暖化対策モード」が加速するでしょう。ひとつひとつの事象に対して的確なジャッジができ然るべきプランが構想され実動・発動すれば例え結果がどうであれ「やりました感」的には満足。これが意味があるのかないのかということで立ち止まるよりも動いた方がよしと考えるタイプが=人間のようですから、何もしないより何かしなければ・・・であとは野となれ山となるである部分はそれでいいのでしょう。けれど、壊れたら直せばいいだけでは「学び」の絶対数が寂しいような気がします。

 これが、集客というベクトルになった場合、人が集まれば中身がなくとも楽しければいいじゃん的なイベントと、今後いろいろな波及や訴求の可能性を見越してレアでディープな人に対して何かのアクションをという選択肢に迫られた時に迷いに迷ってとりあえず前者へ、というパターンが比較的多い。この場合目的はたくさん人を集めるということなので目に見える利点や期間がイベント当日であるから、まずは、目標値をその瞬間に設定できるという安易さもあるのではないだろうか。しかし、継続性という点でこの取組は断続的過ぎ結果が出て目に見える達成感には彩られるがそこから先は「また来年」なのである。これがそれなりに昇華したカタチが数多の祭りごとなのでしょう。祭りを否定するわけではなく、瞬間風速を心地よさとする経験値が乏しいからこう考えてしまうのかもしれませんが、どうも、そのあたりのベクトルに心底、骨身を削る気にはなれない。梅雨が明け、祭りの季節夏。いい汗もかきたい気はするが、自分の立ち位置も気にしたい。

 で、基礎体力維持と夏バテ防止にと毎朝のラジオ体操を頑張っています。昨日と今日はたった10分の体操でうっすら汗をかいた。ささっとシャワーをあび朝食をゆっくりとって仕事開始。この状態でこの頭が何を感じて何を考えるのかと、しっかりキャッチボールしたいと思っています。

 藍ちゃん3位、残念。

自己防衛。

 北海道大雪山での事故で多くの中高年の登山者の方が亡くなられた。ツアーを企画した会社の責任問題が問われているが、同じツアーに参加された方で登山経験のある方も状況を察知しておられたそうで、寒さやエネルギーの消耗を少しでも回避するために、タオルの半分のところに大きな穴を開けてそれを上着の下に装着して体温の消耗を防いでいたとコメントしておられた。必ずしもこれが生死を分けた処置だとは言い切れないでしょうが、少なくとも状況の判断力と危機感を持っておられたことは間違いない。そして、自分にできる応急処置をしっかりと実行され厳しい状況を回避され、結果、下山された。確かにツアー会社が企画した登山かもしれないが、それに同意するということは自己責任も確実に機能しているわけで、企画や引率の方の経験不足、対応力の不備などが原因だとも言及しにくいのではないだろうか。

 やはり、自然は怖いということになるが、それでも、同年の方がしっかりと生還してこられたということは、体力差もあったでしょうけれど、現場での応用力というか、状況を判断して自分で考えて行動・処置された方とそうでない方で結果は異なったようである。日頃、どれだけ定期的に運動をして基礎体力を維持している方でも、状況が異なれば、そのような自負は逆にデメリットになる場合もある。自身過剰という程でもないにしろ、やはり、経験値にしても技術力や日頃の鍛練にしても、適度が適正ということだろう。ただ健康維持のために、重いバーベルやウエイトトレーニングは必要ないし、日常生活にハードなサーキットトレーニングも必要ない。とは言え、食生活も運動に対しても無頓着になり、どう見てもこれは厳しいという体格の方も、状況が同じであれば、そのまま不摂生を続ければいいが、どこかで、トータル的にプラスマイナスのつじつまが合ってくるように思います。

 で、自己管理というか自己防衛が最後の最後でポイントになるのでしょう。昨日、身体に生まれつきハンデを持っておられる方の運動や競技への取り組みについてスポットをあてるテレビ番組で、そこに登場してこられた方が、スポーツは他人に勝つことが目的ではなく、自分自身に勝つことが目的だと言っておられたし、ハンデあるから自分自身の心が内側に向いているといろいろなモノが詰まってくる。しかし、外側にベクトルが向いた時にはじめて自分が何をするべきか、自分は何をすることが楽しくやりがいがあるかが分かった・・・・と。社会や他人との関係だけを気にしても、自分の内側にあることだけを気にしても、いずれつじつまが合わなくなるのでしょう。外と内、オンとオフ、そんな関係性を踏まえて~の、「自己防衛・自己責任・自己管理」なんだと思いますね。

ラジオ体操開始。

 月曜日から6時15分に起きて近くの神社でラジオ体操がスタート。本日で3日目。初日はちょっと雨がチラチラだったし、昨日も雨上がりのラジオ体操だった。しかし、本日は、雲なしの気持ちいい夏の朝でした。昨日が今日みたいに晴れていたら部分日食もしっかりと観察できただろう。

 と、朝からご近所の子どもやご父兄のの皆様とラジオ体操はほんとに気持ちのいいものです。

インフルエンザはマイナスでした。

 いつものことながら、まず、のどが痛くなり寒気がして熱が出るというパターン。冷房が嫌いな私は一発でのどをやられます。で、のどがジンジンしてきたら寒気~のパターン。ああ、またか、でも、1週間前に同じことがありもう薬で完治しているだろうからそのまま仕事をしていたら、そのまま39度まで一気に加速でした。

 少し横になっていても熱は上がる上がるで、このままだと地元の病院では新型インフルエンザの可能性のある高熱の人は保健所に連絡していろいろややこいことになる。まして、新型インフルエンザだったらちょっとさすがにまずいなぁ~とぼぉ~とする頭で考えて横になっていました。汗をかくと熱も下がり38度になったので、カミさんに電話してもらって、救急病院へ。

 まずは、病院の入り口で熱を測りマスクをして救急の診察室へ。そこで、新型インフルエンザに対する問診と検査の開始。検査は鼻の粘膜を採取してそれを検査機にかけて15分待つという仕組み。その間、先生にこれまでの経緯を報告する。「関西方面へは行かれました?」とか、「県内で関西の方に会われました?」などなど。とにかくのどが痛いことやせきは出ない症状を正直に伝えて、これまで通っていた地元の個人病院での経緯も報告。

 で、検査結果はA型もB型もマイナスだったので、普通の風邪だったのです。ひと安心。しかし、なんでこんなに弱い身体になってしまったのだろうか、すぐにのどが痛くなるし、熱も簡単に出てしまう。う~ん、45歳とはそいういう年齢なのか。今後が非常に心配である。ということで、かれこれ10日間はタバコを吸ってはいない。まぁ、当然なのですが、これまで10日間も禁煙をしたことがないので、なんとなく不思議な感覚ですが、痛みで寝れなくなることを考えれば別に禁煙は自然の流れ。このまま辞められるかとも思ったりするが、たぶん、のどが健康になったら吸ってしまうのだろう・・・って、支離滅裂本末転倒である。つまり、「たばこが美味しいのは健康の印!?」なのである。かなり無理のあるいいわけ。

寒くなったり暑くなったり。

 G.W.前半は晴れだったのですが後半(5・6)から雨模様になりまたまた寒くなりました。結構、この時期のこの気温の変化に体調を左右されるという「弱いパターン」が例年続いていたので警戒はしていたのですが、やはり、風邪でひさびさのダウンです。熱は出ないもののせきと節々がだるくて痛い。
 で、今日は汗ばむ陽気なのだけれど100%快適な感じとはいきません。これから梅雨になるので、またまた雨が多くなり気圧の変化が激しくなり腰や首には辛い日々が続きます。早く早く夏になってほしいものです。ただ、ただ。

空腹状態。

 最近、メタボ対策で「断食」が少しブームになっているらしい。全く不思議な国である。高いカロリーを摂取してその一方ではなんとかダイエット。地球上の人口の1/3は1日1ドル以下で生活しているというのに・・・。脱毛したり植毛したり身体を削ったり何か入れたりほんとに不思議な国、日本である。
 で、断食について、健康を害してまで自分の身体を追い込むのは不自然ですが、適度な空腹感は実は身体にとてもいいらしい。胃や腸に食物がある段階では消化器系が全力でそれを消化してエネルギーに変えている状態だから、言わば、身体のバランス的には崩れている状態。しかし、胃に何もない状態で、一旦分解された栄養分が血液で全身を巡りそれぞれの臓器にそれぞれの形式で保存されたモノがバランス良く流動しはじめるのが空腹を感じている状態らしい。小腹が空いたと何かつまみ食いやおやつ系を摂取することは、バランスを崩していることになる。空腹感が満たされることは気分的にはいい状態ですが、実は身体は体内に入ってきた食物を消化することでかなりのエネルギーを消費しているし、摂取されたエネルギーを循環させるために適正な制御を維持しようとするから、ちょっとした分泌物や神経的な作用でバランスを崩す可能性があるらしい。だから、昼食前や夕食前に少しぐらい空腹でも何も身体に入れない方がかえってバランスが整う。そんな状態であれば高いカロリーを摂取せずとも身体は満足する。これをルーティーン化することは以外と難しいらしいが、なんとか、頑張って空腹状態をできるだけキープするようにしている。すると、一回の飯が美味しいし、睡眠のリズムも崩れずバランスを維持できるように思います。さすがに1日1ドルは厳しいが、飽和している時代だから、自制することもまた楽しい。時に無駄も必要だと思っていますが、欲求がすべて有益とは限らない。

健康サンダル。

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 かみさんが今日健康サンダルを買ってきてくれた。秋から冬にかけてはいていた会社用のスリッパがぼろぼろになったからである。しかし、どうもこのボツボツが健康になるとは思えない私は「またこれ?」と言うと、「ごちゃごちゃ言わずに履く!」と一括。いつもそうなのですが、しぶしぶ1週間ほど履くのですが、どうしてもこのボツボツが気になって集中できない。だから、いつしか履かなくなりこのタイプのスリッパはトイレ用になる。確かに足つぼを刺激していることは理解できるが、「足つぼの刺激=健康」という構図が実感がなく、どうも納得できない。そして、刺激され(気になって)てどこか以前よりも「ああ~健康になったなぁ~!」いう実感があれば我慢して履き続けるのですが、多分、これもトイレ行きだろう。間違いなくかみさんには怒られるだろうが・・・。

久々の38.8度。

 健康管理はしているつもりでも、連日の38度超えは気分的にも体力的にも滅入りますね。インフルエンザではどうやらなさそうなのですが、でも、辛い。なんとか昨晩熱は薬で下げられたものの、身体のだるさとか頭のボォ~っと感が抜けません。今年の冬はかなりの暖冬で雪も少なく仕事の面ではとても助かっているのですが、寒くなったり暖かくなったりが交互に訪れると体調を崩してしまいます。歳だし一回風邪をひくと長い。これも辛いです。

お笑い芸人さんたちのIQ

 テレビをつけてお笑い芸人さんたちが出ていない番組を探すのが難しいこの状況をさてどう考察する!?考察なんてことせずに楽しかったらそでれいいじゃん!ということもあるのですが、いやいや、楽しいなりに何かそこに時代性とか理由や原因があるはずだし、お笑いブームということでこの状況をただ傍観するにはちょっと違う状況のように思うのは私だけ・・・(だいた!?)。
 ネタで走る人、臨機応変さで走る人、ビジュアルで走る人、技で走る人、いろいろなランナーがいるわけですが、やはり、時代のレスポンスは正直ですから、瞬発力があってもスタミナのないひとはリタイヤしていかれるし、スタミナがあっても、走る道に迷うと自分の目指すゴールを見失う。このようなことが今テレビ業界の中で目まぐるしく展開されているのでしょう。それを観賞している立場の人間だからから、言わば「おお走っている、あれ、息が苦しそう」と俯瞰するのか、「もっとこう捻ればいいのになぁ~」と虫瞰で観るのかは自由だぁ~~~~~(犬井毅!?)。
 で、オバカキャラ全盛だし、例の3人組はそれなりにテレビの中の存在としては魅力的なポテンシャルを持っていて瞬発力は感じるがいずれもスタミナ切れになるでしょう。しかし、ポテンシャルが高く、さらに展開力のある、しかも瞬発力もある人は、多分、かなりのIQを持っていると思います。中でも、やはりの部分で、くりーむの上田さんのスタンスはとても素晴らしい。他にも重鎮から若手まで番組を仕切れる方は多いのですが、上田さんの仕切りには常に余裕があり、そのツッコミとナビゲートのスキルは超一流だと思うのです。その場ではじけるだけはじけてなんぼというタイプの人は数多ですが、お笑い学で言うなら教授クラスの実力があると思います。それ以上の重鎮でも上田さんに太刀打ちできない方はいますからねぇ~。これはIQがどうのというスキルではないのかもしれませんが、出てくるワードを瞬時にチョイスできるあのキレはKYどころの騒ぎではなく、サッカーのフィールドなら中田クラスの空間認知能力でしょうね。上田さんのツッコミで大好きなツッコミがたくさんあるのですが、それはまた、どこかで。
 心の健康のためには、日頃の行いが大切。ダ・カ・ラ、ツッコんだり、ボケたり、ラジバンダリ~!

運動会の季節。

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 さすが、中学生の運動会は小学生の行事色が少ないです。競技色というか応援も競技もピリッとしまっていますね。運営する先生方やPTAの皆様のご尽力の賜物でしょうね。確かに記憶を辿れば自分自身もそんな記憶があります。小学校の頃はお弁当だけが楽しみでしたが、中学校では、最後の色別対抗代表リレーに勝つことしか頭になかったような・・・。
 ただ、元気な中学生を応援しているとこちらもエネルギーを貰えるというか、元気いっぱいの競技を観ているだけでこちらも元気になりますね。つまり、元気は伝わるんですね。元気のないひとを見ているとと元気は出てきませんが、いつでも溌剌としている人には元気を頂ける。これは体裁とか論理とか損得ではない一番身体が素直に取り込めるチカラなんだと思います。だから、最低、どんなに気分がダウン気味でも体調がダウン気味でも得にも価値がなくとも、元気だけは失いたくないです。どうもこういう仕事を長年していても絶対にPCから元気を頂けることは少ない。だから、元気がなくなったらPCを消して昼でも夜でも外に出た方がいい。そして、元気な人に会うのが一番。

身体は正直モノ。

 学生の頃は陸上も硬式野球もとにかくイチに練習、ニに練習、サンシも練習練習・・・だったが、ケガもしたし走れなくなるまで筋肉をいじめていた。それがスポーツだみたいな空気もあったし、それを疑うこともせずにコーチや監督の言われるままに練習を繰り返した。とにかくどんなスポーツをするにも私の場合は「センス」というものが自分の身体の中にないことに気がつくのにそれほど時間がかからなかった。自分にセンスがないことは、センスのある友人や先輩や後輩を見れば一目瞭然だった。しかし、それでは悔しい。センスがないからレギュラーになれない。センスがないから100mを走れないのは悔しかった。つまり、スポーツで覚えたことは「現実を知り悔しい思いをしても諦めればそれで終わり。だけど、あきらめずしぶとく練習をまじめに取り組めば目はある。」ということであり、それだけのような気がします。そんな学生時代だったから、試合に出るために針にマッサージに整体にと今思えば何のためにそんなことをしていたのだろうと思うが、それも、経験値としては役にたっている。これだけやれば身体のここが壊れるということを確実に学んだからである。それが社会に出てどう役にたっているかは???ですが、限界点を知るためには何ごとも粘るということは身についている。
 さて、身体は正直モノで、確かに20代のように無理は出来なくなったし、30代のような無茶も出来ない現実がある。しかし、40歳になったところでいろいろ身体の変調に苦しみながら、心から健康の大切さを知った。ダラダラと夜更かしをせず、常に気持ちと身体のバランスを考え、いろいろな意味で無謀なジャッジはしなくなった。しかし、その分、準備とあとかがづけはしっかりとしている。それは、仕事も健康も同じ。続けるためには続ける工夫が必要だと思う。毎日の積み重ねなんて年寄りの軽口だと思っていたが絶対にそうではない。それは何ごとにも精通している真実なのである。それは歩幅ひとつ、呼吸ひとつ、考え方ひとつなのである。それを会得することが実は一番難しく、それさえ会得したら何ごとも成せるはずなのであると思っている。

健康のために・・・。

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 まさか、健康のために毎朝飲んでいたのに、こうも簡単に偽装がばれて自主回収とのこと。しかし、もう全部飲んでしまった方にはどういう対応をしていただけるのでしょう?まさか、こういう広告方法ではないですよね?注目度を集めるために仕組んでいるフェイクじゃないですよね?ゴシップを表現手法として活用しているだけじゃないでしょうな?レモン一年分を頂ければこの気持ちは納まるところに納まるという問題もないですから、まぁ、もうばれたんだから、全部全部ばらしてスッキリしてください。健康を害するような症状が出た場合は本社に伺いますので。でも、そんなニュースはまだ出ていないということは健康に害はなさそうですね。別の同商品もなんか疑わしくなってきましたね。健康のために飲んでいたモノが・・・。

歩幅の調整。

 またまた無謀なプランをたてています。それは富士山登頂プラン。腰が悪いのに、毎日車で仕事だから足も弱っちぃ~のに、無謀と言えば無謀。しかし、とにかく、富士山の一番上に自分の足で立ってみたいという思いがどうしても捨てきれない、ようなのです。まだ、自分自身との最終打ち合わせができていないのか「ようなのです。」というニュアンス。しかし、その予兆というか伏線はいろいろありまして、何か極端なことに挑戦したくなる頃だったように思います。手短なところからはじめればいいのですが、どうせ挑戦するなら富士山ぐらいいっとこう!みたいな思いつき。それも起爆剤はあるかたのある言葉でした。「最近キャッチボールをしたのですが・・・」という言葉から野球のお話になり、どうせなら、川原よりも、特別な場所でキャッチボールをしましょう!と話が飛躍し、ならば、中間地点でということで、富士山にフォーカス。どうせのどうせで富士山を見ながらもいいけど、富士山の頂上でキャッチボールしたら楽しいかも・・・という何気ない(いやいや何気なくもない)思いつきから、ジワジワとテンションが上がり、以前に、3,000m級の山を登られた経験の在る方に山についてお話を聞いた。まずは、歩幅だそうである。
 平坦で障害物のない街の道とは比較にならないぐらい、傾斜があり、障害物があり、複雑な要素が絡み合う山の道。気圧や酸素の量の身体への影響、風や気温や雨や雪や日射など天候の影響。どれをとってもリスクばかり。そんな登山を登り5時間、下り4時間を無事にクリアするためには、今、考えているだけで途方もない準備が必要なのです。その第一歩が歩幅の意識。ひざや股関節に負担をかけない登りかた下り方を会得しなければ、絶対に富士山登頂など夢のまた夢。だから、まずは、近場の山をしっかりと登れる練習から開始です。渓流釣りにも行きたいし、ゴルフにも行きたいし、映画にも行きたいのですが、まず、5時間の山道をどんな状況でもクリアできる技の体得と体力の調整をしたいと・・・。さて、これが「健康コラム」として書き始めていい話題なのか、ただの無謀な妄想で終わるのか。

北京オリンピック開幕です。

 4年に一度の世界のスポーツの祭典が本日開幕します。熱い戦いをテレビで観戦したいですね。オリンピックと言えばメディアは「金メダル金メダル金メダル・・・」ですが、勝負は時の運でもあり、「運も実力」などという概念もあることですから、流れの中でベストを尽くした結果としての「金メダル」でいいんじゃないでしょうか。でも、それでは新聞やテレビの電波は売れないのでしょうね。
 個人的には野球や陸上が熱くなってしまうのですが、他のジャンルでも上位が期待できる選手の場合は応援にも熱が入ってしまいます。オリンピックはなんと言ってもマラソンだ。マラソンを見なければオリンピックを見た気がしないという方もおられますが、そういう意味では私は100mを見なければオリンピックを見た気がしない人なので、その時間帯は必ずテレビの前でしょう。ルイスが10秒を切った時は感動でした。大舞台で力を発揮できる選手、前評判は高いが本線では力を発揮できな選手、その人間模様はさまざまですが、大きな舞台で普段以上の力を発揮して快挙を達成される選手の優勝コメントを聞くと常に「楽しんだ」というニュアンスの言葉が聞けることが多い。これが力を発揮するコツなんだなぁ~と聞き漏らさず、自分なりにココイチで「楽しむ」に挑戦するが、必ず結果は「楽しんだだけ」に終わる。この差はやはり、決定的な実力と努力の差なんでしょうね。そんなことも考えながらの北京オリンピック、楽しみです。いろんなドラマが展開していくのでしょうね。

2年ぶりのスイッチ。

 昨日は朝から近くの小学校に地区の皆様が集まり親善ソフトボール大会。もう午前7時30分の段階で汗が噴出していた。軽くキャッチボールで午前8時から第一試合。打順1番でライトを守る。昔のイメージと今の体の動きのギャップを試合をしながら調整していきました。やはり、足が動かない。ファーストまでならなんとか走れるのですが、そこからホームまでが遠い。どんなに暑くても全力で何周もできていた記憶から20数年が経ちもう自分の足ではないような気分でした。その上、なんとかホームに帰ってきても、次にライトの守備まで行くのが辛い。もう体力がかなりの状態になってきた。ふと、学校の時計に目をやると8時21分。あれれれ、まだ21分しか経っていない・・・。試合の流れて的には勝っているから、第2試合もあるだろう。なんともなさけない話。しかし、そんなクラクラの状態ででも打席に入るとなんかスイッチが入ってしまう。なんか集中してしまう自分がいました。サード線をライナーで抜いてランニングホームライン。これでどうやら一日の体力は全部使ってしまったような気分でした。そして、試合終了。10分の休憩後、第2試合。かなり足も手もプルプル状態。でも、守備につき審判が「プレイ!」とコールすると自然とかかとが上がってしまう。6年間、ろくに勉強もせずに野球と陸上に明け暮れていた中学と高校の時にしみついた体感した経験が体の中のスイッチを入れてしまう。どれだけ体力的に精神的にギリギリの状態でも気持ちを入れ替えられるスイッチ。これは、野球やソフトボールだけに限らない。いろいろな仕事の場面や気持ち的にヘビーな状態でもこのスイッチは起動する。このスイッチは頭で理解するだけの勉強の場では身につかない。ギリギリを体験した人間だけが手に入れることのできるスイッチのようです。野球の練習でギリギリになった状態から陸上の練習をして日が暮れる頃には部室の裏でぶっ倒れていた。そんな経験を繰り返しているうちに、その状態にまでならないとリアルな実感が沸いてこない体になっていた。脚力や筋力は確実に44歳のなさけない状態ですが、なになに、気持ちの中にまだこのスイッチがあることを確認できた一日でした。さて、今日から3日間、手足が自由に動かない状態になるでしょう。まぁ、これも健康の証として納得納得。

散歩中の考察。

 最近はエコのためか健康のためか気分転換のためか、買物やちょっと本屋に自転車で行っている。ガソリン代も日々の積み重ねでバカにならないことも意識の中にある。愛犬の散歩では約30~40分の散歩エリアだからそれほど道々に季節のバリエーションはないが、自転車で20~30分となると日頃車で見過ごしているモノがよく見える。車の運転は免許を取得したのが27歳と遅めだったこともあり、あまり好きでもないし、ほんとに移動手段でしかない。いい車に乗ることに対する熱意を他のベクトルに変えたい、というよりも、いろいろな思考の中で車への愛着は0に等しい。雨の日は濡れずに移動ができる便利な移動手段というそれ以下それ以上の何ものでもない。でも、その便利も仕事の時ならいざしらずだんだんだんだん便利が身体に沁み込んで「ちょっとタバコ」「ちょっと本を」でガソリンを使ってしまう。その便利さと引き換えに足力の衰えを獲得してしまった。愕然とする時があったことも自転車を再発見したきっかけ。東京や大阪で暮らしていた時は車に乗ることはなかったし、駅からの移動は徒歩だし、気分がのってきたら、地下鉄の5駅ぐらいは歩いていたのに、ここ数年、都会に行くと前半戦でもう足の筋肉が張ってくる。これはあかんあかんと万歩計を買って1ヶ月ほど計っていたら、都会に行った日はかるく20,000歩を歩いているのに、長浜にいたら2,500歩程度。この差が積み重なって貧弱な足になってしまったのだろう。そして、歩かない=考えないということにも気がついた。人間、考えようとして考えることは難しく。考える状況を無理苦理作ると自然と五感が動き出し本当の「考える」状態なる。この考えるとは「感じる」という意味が強いようにも思います。つまり、全てが負の連鎖で「便利」が「思考」を奪い、「ガソリン」が「健康」を奪うという公式になる。時間に余裕がある時はという思考ではなく、時間に余裕を作り歩く(たまに自転車)ことが素敵な考察を生む。考察は仮説を生み思考・構想が始まる。あとは、やるのかやらないのか。しかし、健康な身体はそんなことを迷うことなく、自然とやってくれるのである。生産的な連鎖がさらに生産的な連鎖を引き出すという構図。だから、健康を手に入れるための唯一の方法は健康について深く難解に考えることをしない状態にするということだろう。散歩中に大きな電気屋さんの駐車エリアに入って出て入って出て入ったおばさんの軽自動車を見た。おばさんはまだ納得いかない表情で車をあとにしてお店に入っていった。さて、このおばさんは神経質なのかそうでないのか?

富士山かぁ~。

 一度は自分の足で富士山の頂上に登ってみたいとは思っていました。が、そうそう、そんなタイミングも訪れることなく、富士山とは新幹線から見るだけの存在でした。しかし、ひょんなことから、もしかして、富士山に登るかもしれない・・・という気持ちが湧き上がりました。まったくの瓢箪から出てきた駒のような気持ちの断片をつないでつないで、その日、私たちは富士山の頂きに立つかもしれない。そう考えただけで何か興奮してくるのは私だけだろうか・・・。最近、はまりにはまっている「岳」というマンガに富士山の頂きが描いてあった。慣れている人でも酸素ボンベを持参で決死の登山であるということは充分に理解している。そして、「富士山に登ろう!」というこんなサイトもあり、それを、ウキウキワクワクしながら登ろうとしている44歳のおっさん。目的は頂きに立つといういたってシンプルな目標の他に、できればできれば、頂上でキャッチボールをするという、まさかの若手芸人の罰ゲームのようなこの構想は、普通に考えればいたってオモロ~!な無謀なプランである。体力はあるのか?と自問自答が始まった。しかし、頂きに登り、頂きでキャッチボールをする。う~ん、素敵ではないか。

適度な空腹感。

 空腹な状態は適度なら身体にいいと何かの本で読んだ。逆に少し小腹がすいたからと言って何かをつまみ、常に満たされた状態だと身体が脂肪を燃やすことなく常に栄養素をプールして飽和している状態が健康だと認識してしまうらしい。そして、この感覚はそのままいい状態をキープし続けられるかと言えば人間の身体というか感覚はとても上手く!?出来ていてさらにいい状態にするために、その状態でも空腹感や飢餓感を発信する。となると、あたらしいふプール先をご丁寧につくっても次のレベルの栄養価を得ようと信号が出るらしい。これがエスカレートすると例のメタボである。だから、昼食をとってから、3時~4時頃に小腹がすく感覚が起こっても何も食べないようにしている。せいぜい糖分が含まれている飲料水ぐらい。そして、5時から6時にはもうおなかからグウグウと音が聞こえてくる。この状態は身体にとって非常にいい状態らしい。だから晩飯までこの状態をキープする。だから、夕食も適量で満足する上、空腹状態が3~4時間あると、質のいい唾液が出て、胃も活性しているから、充分に消化できる。つもまり燃費のいい身体になるらしい。グルメグルメで頭で満足してても、身体には決していい状態ではないのである。その夕食前の空腹感がなんとも癖になるから、人間とは何事にも慣れる生き物だなぁ~と思うのです。腹八文目という言葉は非常に的を得ているわけである。

ミニ運動会

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 今日は朝から小学校の体育館で親子ミニ運動会が開催されました。ミニということで種目は3種目だけ。当日までに第4学年の担任の先生の皆様とそれぞれの組の学年委員様(私も含む)8名で、競技の内容やタイムスケジュールを決定して、そして、当日でした。大雨注意報などが昨晩滋賀県の南部に出ていたので、体育館なので普通の雨なら心配ないですが、大雨だったらちょっと嫌だなぁ~と心配していましたが、やはり、日頃の行いがいい!?のか、朝から晴れて体育館は子どもたちとそのご両親の熱気で汗をいっぱいかいての、進行役でした。写真を撮影したり競技中の音楽をかけたり大変でしたが、短いイベントとは言え、達成感&満足感いっぱいでした。何より子どもたちの元気な姿を間近で見ているだけで元気になりますね。
 担任の先生方、そして、学年委員の皆様、本当にお疲れ様でした。汗でどぼどぼになりましたが、とても身体にも心にも素敵な健全なひとときでした。

トラックの夢。

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 ケビンコスナーの「フィールドオブドリームス」は泣けた。涙が出るというより心で泣けた。野球と陸上をしていた私は「フィールド」には神様がいると信じている。釣りをしていると水の中の神様を感じる。しかし、それ以外には無神になってしまう。自分のベクトルが向かっていると感じられる場所は意外と少ない。その中でもフィールドに足を踏み入れるとそれだけで体温が上がる。もう、全力で100mを走れないが、何も余計なことを考えず、ただただ自分の自己ベストタイムを目指していた頃が懐かしい。フィールドには確かに神様がいる。

Wiiでテニス!?

 たまにリアルでテニスはしているのですが、昨日、例の「Wii」でテニスをしました。はじめてのWiiということで、画面の前に立ち、操作バーを手に付けてもらい、テニスを始める準備から、ゲームスタイルを決定して、いざプレイ!操作的には非常に簡単で、Aボタンでサーブのボールを上げて、あとは操作バーを振る振る振る。中に振幅を感知するバーが振動している感覚が伝わってくる。ボールを打つ瞬間も結構リアルなサウンドがして画面に自分自身がだんだん釘付けになっていく。気がつくと画面に向かって少しづつ近づく自分がいる。おいおいって感じなのですが、面白い。
 画面のキャラに対して飛んでくるボールをタイミングを合わせて打ち返す打ち返す打ち返す。微妙なスピードや打つタイミングの違いでボールはすとれーとにもクロスにも入っていく。そして、タイミングが悪いとボールはコースアウト。
 次に2本の操作バーで対戦モード。これがこれでまたさらに楽しくなる。いやぁ~なかなか楽しい楽しい。気がつけば3時間、みんなでワイワイとWiiテニスなひとときでした。
 何が楽しいって、プレイをする前に自分キャラをゲーム内に設定するんですが、これが一番楽しかったりする。みんなで好き勝手に人のキャラを設定する。そして、そのキャラがWiiの中でテニスをしているから、またまた、これがいい。面白い。自分自身もそのテレビの中のキャラに入り込んで、いつのまにか、画面の中で自分がテニスをしている・・・という任天堂マジックにどっぷりとつかりきったおっさんがそこにいました。さぁ!次はゴルフです。

いよいよG.W.ですね。

 今日は朝から天気がいいですね。G.W.なのにいつもより早く目がさめてしまいました。どうやら平日よりも休みの方が目覚めがいい体調になってきてしまったのでしょうか。といいましても、平日より30分早く(午前6時~)PCの電源を入れているだけで、休みという感覚がありません。いつもどおり仕事をしていますから、それほど気持ちの中でG.W.モードではないのかもしれません。
 さて、このところ(この数年~)朝がとても早くなり、夜寝るのが少し早くなりました。だから、テレビを観ていても午後10時頃にはもう眠くなる。早い時は9時過ぎに寝る時もあります。そして、朝が早くなりました。それも、平日・休日関係なく午前5時30分頃には目が覚める。会社が家のとなりなので、朝飯を食ったら10秒で会社を開ける。15分後にはすべてPCは付いて仕事開始。このペースをもう数年続けていると、よくも昔は(若い頃)午前1時とか2時まで仕事してたなぁ~とあきれてしまう。体調管理に気を使いはじめて遅くまで仕事をしなくなったわけなのですが、早く終わって普通に仕事していたら、やはり、どこかペース的に無理が来る。ので、午前5時30分起床というスタイルになってしまった。でもでも、これが快適なんです。ただ、午前6時から仕事しているんで、お昼には必ず昼寝をいれないと夕方までもたないということがあります(スペインの人かぁ!)が、どこでも、10~15分の仮眠をするか、車の中でも目を閉じて休むということを心がけています。これで、何か能率的に下がったかといえばそうではなく、逆に朝の2時間はとても快調なんです。そして、夜は遅くとも午後9時にはPCをOFFにするようにしているのですが、これで、ほぼ1日14~15時間は仕事モードでいられるわけで、なおかつ、身体がだるいとかモチベーションが下がることはないのでとてもいいペースなんです。
 「お前!そんなことその歳でやっていたらいつかツケがまわって~」とよくアドバイスを頂くのですが、そうでもないのです。早起きはやはりなんらかのカタチで得のようです。

春ですね。

 暖かくなりました。ホントに嬉しい。長浜の桜はほぼ満開でところどころではすでに散り始めています。皆様の地域の桜はどうですか?少し前は暖かくなったり少し肌寒くなったりでしたが、ここ数日はなんとか春の暖かい日が続いています。ほんとにほんとにありがたいありがたい。腰と首に「へ」があるので、これが冬場はほんとに辛い。動きがぎこちなく身体の角度とか座っている姿勢や車を運転する姿勢にはほんとに気を使う。ただでさえ慎重にしているから身体がガチガチな上、寒さがさらに輪をかける。汗ばむような季節が長く続いてほしいと思います。しかし、ここが毎年のポイントで、腰と首の調子がいいとばかりに無理をしたりすると身体は正直に反応してしまい、「あいたたた・・・」となる。今年こそは杖のお世話にならぬよう学ばねば。

夕食後の・・・。

 身体を休めるという事の大切さについて、陸上競技会の方のお話を聞いた。夕食後のおやつやお菓子を夜食と称して食べることは深い眠りにつけないらしい。身体は正直で、夕食の消化が終わる頃に床に就くのが熟睡のポイント。それを小腹が空いたと寝る前にライトなモノを胃の中に入れると、そこから、胃の活動が活発になり熟睡できないらしい。眠るという活動は体力がなければできないということは何かで読んで知っていたのですが、ちょっと小腹が空いたぐらいで眠る方がいいようです。そして、朝の食事をしっかりとることで身体のサイクルが健康になるらしい。やはり、早起きは¥???の得なようです。早寝早起きは健康維持の基本スタイルのようです。そして、この1年ほど展開している健康法が「昼寝」。老人かい!?ってツッコまれそうですが、どんなに忙しくても昼食後15~20分は目を閉じて横になっています。これがいい。昼寝をしないとどうも午後3時頃、頭のモチベーションが下がる。しかし、たった15分、眠れずとも、横になっていると、午後7~8時ぐらいまでテンションが下がらない。なかなかいつもいつもこのルーティーンを繰り返すことは難しいですが、できるだけ無理をしてこのルーティーンを展開しています。

春ですね。

 ようやく長浜も春らしい日が続き、今年の冬はホントに近年にない降雪量でしたので、冬から春への四季の移り変わりをリアルに実感している日々です。冬の間は寒さで身体の悪いところがギシギシと小さい悲鳴を上げていたのですが、ここ数日は気温もかなり上昇して過ごしやすくなりました。ほんとにありがたいありがたい。どうしても腰痛系の持病を持っているだけで、腰や首やの疲れやハリに神経質になり、その連鎖でモチベーションも上がらない、仕事の能率も上がらないという状態でした。雪は雪で好きなので、見ているにはゆったりした気持ち、凛とした気持ちになるので、いいのですが、身体は正直なモノで、やはり微妙に辛い。暖かくなり体調もよくなると、毎年のことですが、腰や首に負担のかからない、プチトレーニングをしようかとか、ちょっと、散歩から軽いジョギングに変えようとか思って、無理をしてまた「あいたたた・・・」となるのですが、そろそろそんなこともしっかり学んだ上で、やっと春になったのだから、何かまた、運動を少しずつ自分のペースで開始したいと思っています。
 となると、やはり、大好きなゴルフの練習にでも行ってみようかなとも思っています。冬はとにかく、クラブを振るにも腰がピクピクしてしまうので、とても、握る気にもなれませんでした。ちょっと汗をかく程度の運動で腰に負担がかからないようなことぐらいはしなければ・・・。そんな「春ですね」な気分です。

健康診断後。

 バリウムを飲むために胃の動きを押さえるための筋肉注射でちょっとまだぼぉ~としています。が、なんとか朝の8時30分からの半日コース終了。血液、心電図、レントゲンで肺と胃、そして、直腸検査。あとはひととおりの身長、体重、聴力、視力と半日プランでした。この検診に申し込んでおられる方は皆様少なくとも私より10歳以上は上の皆様ばかりで、オプション検診を皆様申し込んでおられ、私は必要最少限なので一番に終了したという流れでした。最後の最後のバリウムがいつものことながら、結構ヘビーでした。全くのまな板の鯉状態で、マイクから指示されるまま、上になったり下にになったり、おまけに寝台機器から出てくるアームにお腹を押さえつけられて・・・。とにかく終了で一安心。しかし、2週間後に郵送されてくる「健康の通信簿」でまたまた、一喜一憂しなければいけません。成績なら次は頑張ろうでいいのですが、これが自分の身体となると、成績が悪い程度ならいいのですが、致命的な検査結果が出た場合、落第とか留年の問題ではなくなります。それがある意味学生時代の通信簿よりドキドキなのです。でも大きな責任感があるわけですし、自分ひとりの身体ではないので、この試練もまた必然と毎年腹をくくってまな板の上にのっています。視力が落ちてくるのは仕方ないですが、モニターを連続で見るのは50分ぐらいにして1時間に5分程度の休みをしながらお仕事してくださいという先生のアドバイスを頂きました。ケアすれば身体もパソコンも寿命が延びるというお話でした。皆さん、若い時はいいですが、40歳を越えたら健康診断しましょうねって、厚生省の回し者!?

健康診断です。

 明日は1年に一回の健康診断。半日コースでひととおり検診コースです。この歳になると通信簿をもらうことはないですが、ある意味、人間の通信簿をもらう気分。まな板の鯉状態ですね。何とか今年も問題なしでいきたいものです。ああ~憂鬱ですね。

朝からボーリング大会。

 今日は朝から地域の皆様とボーリング大会。何分、ボーリングはこの機会だけなので、可もなく不可もなくというスコアが残り、いつもの左足の付け根と腰に軽い疲れとハリが残っている状態です。しかし、年配の方が150から190のスコアを出される横で120がいっぱいいっぱいの中堅どころは、いつもそうですが、情けない。ゴルフも同じで、いつもいつも、同じスコアに「進歩ねぇ~~~~~!」で終わるパターンの繰り返し。ボーリングなら一度は200を出したいし、ゴルフなら一度は90を切りたい。でも、これだけは出したい出したい切りたい切りたいでは現実にならない。なんとかしなければとも真剣に考えない、目標に向かって努力をしていないのだから、この現状があるわけで、ただ、日々の健康のことを考えると無茶もできない。という繰り返しですね。まぁ、普通にボーリングをできる、普通に芝生の上に立てることに感謝しなければとも考えてしまう、低めのテンションが情けない。

体温調節。

 寒い季節になりました。この季節の変わり目が一年で一番つらい。首と腰がダブルで痛むのが辛い辛い。特に寒い朝は身体がこわばり首や腰に余計な力が入ってガチガチです。でも、健康オタクパワー全開でいろいろなサイトや書籍を読み漁り、テレビで健康テーマの話題はチェックして、いろんな健康法にトライしています。なかでも、面白かったのは人間の体温調節機能。暑い時と寒い時で脳からの信号で四肢の毛細血管を自由に収縮させて本体の体温を調整しているらしい。逆に人間の身体の中で体温調節が苦手な部分があるそうです。それは、陰部と脇の下と、首と頭部らしいです。まぁ、陰部と脇の下は服や下着で覆われているので寒さに対してはOKなのですが、首と頭部は冷たい空気に触れているケースが多い。このようなケースで帽子をかぶるとか首に布を巻くことでかなり体温調整の助けになるそうです。伊吹山に雪を確認してから、寒さ対策をはじめています。特に季節の変わり目は毎年毎年痛い目に合うので、そろそろ傾向と対策を講じなければ。
 ちらりとチラシで見た、「簡易足湯器」にはしばし心を奪われました・・・。

万歩計。

 テレビで現代の社会人は歩かなくなったと言っていた。一日の理想的なウォーキングの歩数は10,000歩らしい。ああ、だから、「万歩計」ってよぶのか。でも、「歩数計」ともよぶらしい。で、早速、万歩計を買ってきて普通に朝から装着して計測初日。3127歩。う~ん、ダメじゃん。万歩計を着けているというだけでけっこう意識して歩いたつもりがこのありさま。次の日はこれプラスさぼりぎみだった愛犬の散歩をしてみた。4557歩。う~~~ん、結構歩いたつもりが、この程度。半分も足りない。3日目。今日は必ず10,000歩くぞと愛犬と散歩コースをイッキに延長。ほぼ50分ほどの散歩でなんとかなんとか、9,850歩。家でうだうだしてたらなんとか10,000歩達成。この感覚なのか・・・と、ちょっとはりぎみのふくらはぎをお風呂でマッサージ。たかが10,000歩、されど10,000歩ですね。なんのこっちゃ。毎日、やはりこの程度のウォーキングはやらねば・・・、足が衰え、身体が衰え、そして、頭が衰える。この現状を回避するため努力はできるかがぎりせねばせねば。

ゲルマニウム鉱石

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 横浜の中華街をウロウロしていて目に止まってしまった石屋さん。アクセサリーの販売が多かったのですが、その店の中の隅で目に止まったのがこれです。「ゲルマニウム鉱石」の袋売り。マイナスイオン効果とかトルマリン効果についてはそれほど信用していないので、別に興味の指針は大きくふれることはないのですが、とにかく、なんでも鉱石と名の付く石を集めているので、この鉱石が人の手をとおり商品化されたモノだったら絶対にスルーしているのですが、原石となればちょっとニュアンスが変わってくる。その袋づめのゲルマニュウム鉱石をじっと見て考えた。で、これをどうするか?風呂に入れるのか?ポットに入れて飲むのか?植木に入れて土を除菌するのか?いろいろ考えているうちに効果とか特長などはどうでもよくなり、その独特の色や表面の材質が心をとらえ買ってしまった。結局、水に入れて会社に置いているし、陶器に入れて部屋に置いている。この写真はMacのモニターの下、ガラスの皿に入れて置いている写真です。その鉱石自身の効果についてはあまり興味がないのですが、ガラスの皿に入れたゲルマニウム鉱石の色や石の質感はなんとも素敵である。「鑑賞用かい!」ってツッコンでください。はい、鑑賞用です。

それでもタバコか・・・。

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 最近、朝晩が涼しくなりましたから、寒くなりましたになりました。ちょっと、無茶をしたら風邪をひいてしまった。鼻水が出てのどが痛くて咳が止まらない。身体のふしぶしが痛く、寒気もする。この状態は健康でないですし、栄養を採り身体に優しい状態にしてゆっくりと睡眠をとることが、誰が考えても正しい。なのに、そんな状態でも仕事をしていると神経が高ぶりモチベーションが上がってくるとタバコが吸いたくなる。吸ってしまうことを「心が弱い」と処理することは簡単ですが、この状態でタバコを吸いたいと考えてしまう頭の構造にはただ心が弱いということ意外に何か理由あると思う。健康である事とは不健康ではない状態であるという出来事。これは小さい子どもでも理解できること。あれとあれはやっちゃダメ、これとこれをちゃんとやって健康管理を・・・。人間の身体ってこんなに単純でもないように思います。「良薬は口に苦い」とイージーな先入観に逃げたくもないし、「アンチエイジング」的なマインドコントールにも依存したくない。それでもタバコが上手いのはやはり健康な証拠。

背骨のねじれ。

 最近、長浜市内の接骨院様のお仕事に着手させていただいております。先生はこれまで本業とは別にいろいろな健康に関する事業やイベントを主体的に開催され滋賀県をはじめ県外で活動を展開してこられた、なんとも活動的で精力的な方です。お話をすればするほど、先生の健康に対する熱意に押され、制作会社という立場を忘れ一人の患者として先生のお話に聞き入ってしまうほど。
 人生どのような状況でも「命」より「健康」より価値のあるモノはありませんから、医療の分野で実直にエネルギッシュに取り組んでおられる姿勢に感銘さえ受けています。私ごとながら、現在も腰痛を患っておりまして、最高の治療方法が「毎日の基礎的な運動と健康管理」と診断され「完全治癒」はもう何をどう願っても実現しない状態です。デザインの現場の皆様も毎日のお仕事はパソコンの前だったり、会議だったりなので、腰痛を持っている方が多いと聞きます。足がしびれる手がしびれるというお話はよく聞きます。で、お仕事のお話の後に「先生、実は私はヘルニアで~」みたいなお話をしたところ、「では、ちょっとその鏡の前に立ってください。」と先生。「う~ん、こうしたら痛いですか?」と早速プロフェッショナルモードが一瞬でスイッチオン!先生の言葉ひとつひとつに聞き入る私。筋肉のお話、骨のお話、間接のお話、症状のお話、毎日の生活の中で注意しなければいけない事。イッキに診断されてしまいました。医療の分野の方からは治療の際に専門用語を並べて機器や薬で治療をしていいただくわけですが、患者は言わば「まな板の鯉」でなすがまま。でも、先生は丁寧に広い視点から状態を分析して適切で充分な説明と現状の説明をされました。う~~~~~ん、私は言葉をいい意味で失い、心の芯から感動して先生の言葉を大切に心の金庫に仕舞い込みました。
 さて、立場を置き換えると私はデザインや広告やWEBサイト作成のプロである。20年この仕事をして東京・大阪・長浜といろいろな、とてつもなくいろいろなお客様とお仕事をさせて頂いた。この世界で飯を食わせていただくための技やノウハウや知識や資料や経験値は自負しているつもり。でも、接骨院の先生の診断を受けながら、一番感じたのは「誠意」でした。私は長年のぬるま湯につかり、お客様と接する時の「誠意」をどこかに置いて、ルーチンワークでお仕事をしていないだろうか・・・と襟の立つ思いでした。WEBサイトもポスターもパンフレットもTVCMも同じですね。表面的な技術や見栄えと真髄である「誠意」が存在しなければ、ハリボテクリエイターになってしまうのでしょう。目からうろこが落ちた時、まよわず今の自分を脱皮する勇気をいつまでも持ち続けたい。
 先生からの健康アドバイス「イスから立ち上がる時、腰の悪い人はねじり立ちをしない!」とのことです。背骨のねじれが健康の敵なのでしょう。背骨がねじれるといろんなところがねじれるとかねじれないとか。

ほぼ皆勤です。

 本日8月31日で夏休みのラジオ体操も終了。雨がちょっと降っていたのですが、20名ほど子どもたちはいつもの神社に集まり、景品をゲットしていました。そして、毎朝毎朝、PTAや育成会の皆様お疲れ様でした。私も夏休み期間だけは健康のためと3年前より参加させて頂いているラジオ体操。今年は子ども会の会長という事で「皆勤」を達成するべく、早く寝るというスタイルでこの夏休みのラジオ体操に臨みました。結果、雨の日が2日あり、その日は参加しませんでしたが、それ以外は見事に晴天(猛暑)が続き参加させて頂きました。朝から適度な運動で今年の猛暑を乗り切ることができました。朝の適度な運動は個人的に毎朝少しづつ続けてはいるのですが、やはり、皆さんで集まっていっしょに運動するのは気持ちいいです。現代、早起きはどれぐらいの得なのか分かりませんが、猛暑の夏を快適に過ごせたのはこのラジオ体操のおかげであることは間違いありません。皆さん、お疲れ様でした。

ラジオ体操が始まりました。

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 恒例の夏休みラジオ体操が始まりました。昨年からふとした気まぐれで娘達と参加しているのですが、これが意外と気持ちいい気持ちいい。昔、小学生の頃は朝早く起きるのがとてつもなく嫌で嫌でたまらなかったのですが、朝早く起きて身体を動かすと暑い一日も結構快適に過ごせるようになりました。腰痛でかなり体力が落ちていたので、無理をしない程度の適度な運動ということでラジオ体操が最適なようです。無理なトレーニングをしてもそのおつりでまた別のところが痛くなったりだるくなったりしていたのが、年齢とのバランスを考慮するとほんとに自分の体力に合った運動を毎日少しづつ続ける方が効果があるようです。土日がないので夏休み中のラジオ体操は全部で30日あるのですが、できるだけ皆勤賞を目指して頑張ろうかなと思っております。暑い夏に負けないための健康法は「ラジオ体操」と「昼寝」ですね。昼寝もたくさんする必要はなく、5分でも10分でも横になるとびっくりするくらい快適になりますね。近くの神社での朝のワンショット。

指付靴下

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 40歳を超えたあたりから様々な体調の変化に見舞われた。これでもかというぐらいに見舞われた。なんでこんなに一気に見舞われるのかと愕然するぐらいに見舞われた。一年中、ろくに勉強もせずに硬式ボールを追いかけていた体力の感覚なんて25年以上も前の話で何日でも徹夜を繰り返しとてつもない残業時間を繰り返していた感覚なんて15年以上も前の話なのに、「体力と気力には自信がある!」なんて古い何の根拠もない空元気でいたことに愕然とした40歳の入り口だった。疲れが取れないモチベーションが上がらないちょっとした痛みが大きな身体の問題になる。背骨の2箇所にヘルニアを発見されてから、40歳の杖の生活が始まった。お医者さんは「根本的な治療方法はありませんから、日々の健康管理を十分に意識して・・・」という問診。「なんじゃそりゃ!」ってうそぶいても現実は40歳の身体なのだからしぶしぶ受け入れた。それからどんなに細かい事でも健康に結びつくことは取り入れた、治療と呼ばれることに金も時間もかけずに自分自身日々の生活でできることをコツコツと始めていった。杖がないと歩けない時もあり、朝起きて30分ほど起き上がれない時もあった。最悪の時はお医者様に「ゴルフは一生しないでください」といい切られた時である。あの時が今思えばボトムだった。
 しかし、毎日の健康管理が少しづつ結果として表れゴルフも行っている。まだ結論はでないのですが、一生出ないのでしょうけれど、健康とは実はとても最高に素晴らしい状態だということは身にしみて理解できた。無理をして無茶をして仕事やライフワークの生産性が上がると誤解していた時期がとてもむなしく思える。しかし、その頃よりはいろいろなモノが充実している感覚。この指付靴下もそんな中たどり着いた健康法のひとつです。現代人は足の指から衰えているという警鐘が聞こえたから。