地球の話 アーカイブ

春の色。

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 私は個人的に桜の花にあまり心が動かない。あまりにも儚いからだ。散るのが早すぎる。

 闘病した経験は幸運にもありませんが、闘病している病室で冬の季節、最後の枯葉が冷たい風にさらされて、いつ落ちるのだろうなどとヒヤヒヤ・ドキドキする暇もなく、桜の花は散る。

 よりも、小さな雑草の芽がアスファルトの間から出ているのを発見すると、エネルギーをもらえたような気持ちになります。上からチューリップ、りんご、カリフラワーですが、春の陽気と共に寸分違わずウチの連中はスイッチを入れてくる。このたくましさと季節への反応の誠実さが好きです。

う・う・うなぎが・・・。

 うなぎが絶滅危惧種に認定されたという話を聞いた。一番好きな食べ物が「うな丼」なのに・・・。これはかなり辛い状況だ。市場に出ている間に食べなければって、結構高価な食材になっているし、気楽に食べるわけにもいかない現実。いろいろ辛い状況です。

たった9秒。

 地球が生まれて137億年。この歴史を現在の1日24時間に例えると、ホモサピエンスが誕生し2足歩行を始めたのが23時59分51秒あたりらしい。文化や歴史や科学や天文学などたいそうなことで盛り上がるのはいいが、地球の歴史と比較するとそれらはたった9秒のお話なのかと。しかし、その9秒の中に私達は生きてきて次の1秒に確実に向かっている。地層や科学的分析が紐解く数多の事実を次の1秒のために活かしましょうね・・・と恐らくこの著者は締めくくるはずだから、そこに誰がシンクロするかという部分がキモなんだろう。

 最近のSF映画のテーマでは「善と悪」を描くことがなくなり、「人類」という存在を根底から疑問視しているテイが多いように感じている。さらに、地球は沈黙の星となり、人間は宇宙に移動するという科学的描写から他の惑星への移転を描くパターンになっているような印象を受ける。エイリアンの描写も究極のイマジネーションを求めてクリエーター達がその千里眼を自分のテーマにフォーカスしている。さて、科学者は政治家は芸術家は文学者はどまで同期すればいいのかできるのか?

 たった、9秒の出来事にどこまで真摯に向き合えるのだろう。

ジオパーク。

 ジオパーク(英: geopark)とは、「地球科学的に見て重要な自然の遺産を含む、自然に親しむための公園。地球科学的に見て重要な特徴を複数有するだけでなく、その他の自然遺産や文化遺産を有する地域が、それらの様々な遺産を有機的に結びつけて保全や教育、ツーリズムに利用しながら地域の持続的な経済発展を目指す仕組み。」と検索すると情報が公開されている。

 この考えにそって日本の国内でもいろいろな場所のジオパーク化が推進されているらしい。世界遺産の定義についても各県レベルで申請にしのぎを削っているし、確かにジオパークとして認定されたり、世界遺産に登録されることで認知度が高くなり付加価値も上がるのだろう。然るべき書類を整え環境問題を解決するテイで取り組みが激化している。これはとてもいいことだが、そもそも、地球科学的に見た時、申請の対象から外れている地域って、申請される地域と根本的に何が異なるのだろう。そんな大義名分がなくとも自然はどこも同様に美しく偉大であるはずなのに。便宜上、人間の都合で自然に影響を与えたことへのお詫びなのか、この期に及んで規制したからとそれを付加価値ってのもどうかな。そもそも経済が発展するために自然環境を犠牲にしたことがそのような運動の根本になり価値になり潮流になっているだけのような気がします。つまり、自然は自然のままであればいいだが、ジオパークとか世界遺産とか勝手に立て札を立てて経済効果を語りながら、また結局犠牲になるのは自然なのではないのだろうかと・・・いう部分はいかなものだろうか。

 で、富士山が来年の夏頃から入山料が必要になるらしい。これはなんとなく理解できるし、登るために必要な入山料なら快く出すだろう。世界遺産になれば入山料も上がるのかな。まぁ、それも仕方なしかな。えっと、日本で2番目に高い山ってどこだったけ?

そこに風が吹いているのか。

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 なんの工場かは知らないしどんな成分の煙なのかは不明ですが、そこまで無風でそこから風が吹いているということなのでしょうね。なんとなく「?」のように見えたのでパチリ。

世界。

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 なにかにつけ人間は世界を地球を宇宙でさえなんとかしたいと考えている。でも、そんなことはできっこない。住みやすく便利に進化させたいところだが、この絵のように、宇宙が黒板でそんな人間の願いはチョークで描いた絵。1時間目が終わったら当番が消せるような絵。それよりも、今、手の中にある小さななリアリティーを大切にしたいものです・・・ね、などという考えが浮かんだ写真でした。

美しい雲だった。

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 まだまだ、夏の雲。伊吹山も涼しそうだった・・・。

ゴジラVSヘドラ

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 ふと原発問題・放射能問題・原爆問題を考えていたら、「ゴジラVSヘドラ」のことが頭を過った。何故この最新の問題と「ゴジラVSヘドラ」が繋がったのか不思議なのですが、そう言えばゴジラが口から吐いていたのは放射能だったぞ!ヘドラは公害でオタマジャクシ系の生物が汚染されて巨大化したっていう設定だったぞ・・・と。うんうん、そう言えばそんなテーマの怪獣映画が最近なくなったぞ!ガメラも実は原子爆弾の放射能の実験で巨大化した亀だった。空も飛ぶし宇宙にも行ってしまう・・・うううう、よくもこんな破天荒なことを設定できたものだと子ども心にちょっと背伸びをして感じていたものの、いやいや、現代の放射能問題に照らし合わせると・・・うん、恐ろしや恐ろしや。八百万の神も三種の神器で怒り心頭じゃない!?

 でも、放射能の影響で大きくなったイグアナ!?と公害のヘドロで汚染された突然変異の巨大生物の対決。ゴジラは自分の身を削り両手が骨になってもヘドラの目の玉をくりぬいた。捨て身のヒールヒーローなのである。決して、スマートな対決ではなかったが、放射能を振りまく怪獣にどこか共感を覚えた記憶。

 さてさて、二つの原発が落とされた本当の理由という書籍があるらしいが、これがまた、著者が「日本のジャーナリストである。アメリカ合衆国在住。ハドソン研究所(ワシントンD.C.)首席研究員、全米商工会議所会長首席顧問、ケネディスクール(ハーバード大学大学院)タウブマンセンター諮問委員。」と来た。さてさて、封印されたこの国の歴史に対して、捨て身で目玉をくりぬくガッツのある奴はいるのかいないのか?平安・戦国・江戸時代の夢物語に浮かれている暇があるならば、今、本当に知る必要のあるこの国の歴史を確認することの方が大切じゃやないだろうか。

7月1日は24時間1秒。

 地球の自転はだんだん遅くなっていると。うるう年の計算上、明日(7月1日)は1秒だけ増やして一年の時間を調整するらしい。地球の自転が遅くなれば必然的に地球上の時間にずれが生じるという仕組み。しかし、太陽からの引力や他の星から出ている重力波で時間はひずむ。だから、時間のリズムをキープするのは至難の技らしい。今後(っても途方もない今後ですが)次第に地球の自転のスピードが遅くなり地上の時間が延びてくれば、必然的にその上で生活をしている生物の生活サイクルや進化のサイクルに変化が出る。なかなか100m走にでも出ない限り日々の暮らしの中で「1秒」を意識することは少ないが、明日は24時間と1秒らしい。

 もうすぐロンドンオリンピック。ボルトは9秒58を更新できるのか?福島選手は決勝に!?室伏選手は?いろいろ楽しみが多い。やはり、私自身は100mがあらゆるスポーツの中で一番好きなので、あの10秒の戦いのひとコマひとコマを目に焼き付けたいですね。まぁ、ロンドンには行けないのでそのリアルは感じることができないが、恐らく、この目でボルトや福島さんを見たら興奮が止まらないだろう。ボルトはさて置き、やはり、応援したのは福島千里選手。う~ん、こうして福島選手のことをブログに書いているだけで手に汗が・・・。

 たかが1秒、されど1秒。

台風4号って!

 今梅雨ですよね、台風4号って!どうよ。山間部に大雨が降る、ダム湖に土砂が流れ込む、増水する、水面にゴミや倒木が浮く、水も濁る、バスはどこかへ・・・。それはちょっと困るなぁ・・・。

本当の知覚。

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 マッコウクジラは、水深3000メートルの深海に潜るとき、頭蓋骨のなかの特殊な器官をつかって、自らにかかる気圧を正確に測る。この地球で、5000万年以上も生き抜いてきたといわれる彼らは、想像を絶するほどの膨大な海洋データを蓄積し、分析し、解析し、それを認識することで、この地球に生き続けてきた。さて、人間はいま進化しているのか、退化しているのか。本能は研ぎ澄まされているのか、失われているのか。もっと遠く、深く、高みへ。私はもう一歩、新たな地平線へ、踏み出す。世界は知覚できる。とある広告のライターは書いている。

 この部分の文章だけを切りぬいてしまったので、元々この広告が何の商品の広告だったか分からなくなってしまったが、それにしても、このライティングはいい。比較対象がマッコウクジラだという部分が、なんでもかんでも比較対象にくじらを出すというテイが多いので、しっくりは来ないものの、人間の進化か退化を問う切り口としては正々堂々のストレートボール。

 恐らく情報系の企業の広告だろうから、「知覚」というフレーズで自社の営業アイテムを評価してくださいという軸足だろう。自社の営業アイテムを紹介・訴求するのに、「マッコウクジラ」や「人間の進化・退化」をフレーズとして使用して成立するような大企業は正直羨ましいが、そう妬んだところで何も始まらない。ただ、人間の未来という普遍のベクトルを「進化」と「退化」という切り口で語るならば、それ相当のコマを用意していなければ竜頭蛇尾となるだろう。言葉ではなんとでも言える。大きい会社も小さい会社も組織も個人も五感で知覚する。思考は筋肉から、行動こそが思考であり、こうしてキーボードを動かし、マウスをコネコネしていることは絶対に「行動」でも「知覚」でもない。大海を優雅に泳ぐマッコウクジラに例えるなら、人間の特殊な器官を鼓舞させたいものですね。

100億人時代。

 200年前には10億人、100年前には17億人だった世界の人口。そこからわずか100年で70億人に達するという。一方、100年前の平均寿命が33歳前後だったの対して、2011年の世界平均寿命は68歳。先進国は78歳前後だそうですね。科学や医学の進化で平均寿命はどこまで伸びるのか。で、国連は2083年には世界の人口は100億人に達すると予測した。エリア的にはアフリカで人口爆発が起こるらしい。将来、ナイジェリアが世界3位、タンザニアが世界5位の人口大国になると予測されているという。その理由は何だろう?エネルギーは無限なのか?農業生産に大革命が?医学はどこまで進むのか?という視点でNEWTONが臨時創刊しているそうですね。

 100億人に何をどうイメージしてもリアリティーはないし、世界の人口が増え続けていることと自分自身の生活サイクルにはあまり相関性も感じられない。しかし、エネルギー問題や医学の進化が人間の生活を世界規模的にどう変容させるのかという大きなテーマは少なからずアートやデザインやクリエイティブの分野に連動するだろう。幾多の戦争を経て素晴らしい芸術作品が残ったように、この時代を反映した芸術作品が今日もどこかで生まれているのだろう。

 日本の人工は3.11も踏まえてこの1年で25万人が減少しているらしい。このまま高齢化が進み、少子化が進むと1億人を割るだろうという予測もある。相対的な立ち位置において、世界の中の日本人はどのようにポテンシャルを示せばいいのだろう。直接的に主張することや争うことを苦手とする単一民族は外的からの守りは盤石だとしても、内蔵からやられないように・・・。

シェールガスというエネルギー。

 ウィキではこうなっている。「シェールガス(英語: shale gas)は頁岩(シェール)層から採取される天然ガス。従来のガス田ではない場所から生産されることから、非在来型[1]天然ガス資源と呼ばれる。アメリカ合衆国では1990年代から新しい天然ガス資源として重要視されるようになった。また、カナダ、ヨーロッパ、アジア、オーストラリアの潜在的シェールガス資源も注目され、2020年までに北米の天然ガス生産量のおよそ半分はシェールガスになると予想する研究者もいる。別の研究者は、シェールガス開発により世界のエネルギー供給量が大きく拡大すると予想している。ライス大学ベーカー研究所の研究では、アメリカとカナダにおけるシェールガスの生産量の増加によってロシアとペルシャ湾岸諸国からヨーロッパ各国へのガス輸出価格が抑制されると結論付けた。2009年の米中シェールガス・イニシアティブにおいてアメリカのオバマ大統領は、シェールガス開発は温室効果ガス排出量を減らすことができるとの見解を示した。しかしその後シェールガスの温室効果ガス排出量が、従来の天然ガスや石油よりも大きくなるとの指摘が学会から上がるようになった。」まだまだ、検証しなければいけないエネルギー源のようですが、結局埋蔵量の視点で問題視するなら有限のエネルギーをどのように活用して生きながらえるかという地球の寿命と種としての人間の寿命のお話。今日明日の問題ではないからといいう考え方が得意の人類の最後に与えられたジョーカーだとしたら使い方のジャッジは適正にしていただきたいものです。もっともっと地球について人類は知る必要があるのだろうかとさえ、何の科学的な知識もない人間がつぶやけるほど世の中の甘さも露呈しつつみたいなこと。情報が一瞬で世界を駆け巡る現代だけに、パワーバランスが世界情勢に影を落とすのか光を照らすのか。そんなところでしょうね。

 まだ、海外のSF小説や専門誌には「シェールガス」のことは話題になっていなかったのを鑑みると、新しい技術であり新しく開拓されたジャンルなのだろう。

 一方、日本では大飯町の原子力発電所の再稼働問題で国を挙げて一喜一憂しているが、さて、政治と専門家のパワーバランスがどんな答へ導くのか。たぶん、あんなことが東北で起こったのに、人間は全く変わっていないはず。不思議と言えば不思議だが国民の意見がエネルギー問題に限って言えば虫瞰的になっている、成らざるを得ない状況を踏まえて、利権と私欲が結局この国を動かすエネルギー源だという構造に亀裂は入らないだろう。大飯原発で放射能が漏れたら琵琶湖が汚染されるって、問題の論点はここではない。さて、この夏、自己防衛とエネルギー問題を等身大でどう捉えるかという一人一人のモラルに最後は委ねられるんだろう。総理大臣が何を言おうが橋本さんがどれだけ雄弁に語ろうがメディアの中の絵空事に過ぎない。国民のことを考えてって、あなたもあなたの家族も日本国民なんだから、その属性で立ち位置でのつぶやきをこっそり聞いてみたいものです。

春のスイッチ。

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 地球上にはいろいろなスイッチがある。春のスイッチが入ったようである。さてさて、人間はどうか?

上海の裏通り。

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 恐らくここへ観光客は入らないだろうな。でも、この絵になる場所がある意味上海のリアル。まるでデジャヴを見ているような感覚でパチリ。コレハエニナル、ナリスギデス。自分自身のDNAが震える瞬間でした。この風景はかなり鮮明にいつまでも頭の中に残ることでしょう。もしくは、ずっとずっと前世にこの絵を見ていたような感覚ですね。小奇麗になった日本には絶対に存在しな構図。この通りの向こうには高層ビルがうっすらと浮かんでいるのです。いやいや、上海、素敵素敵。

The お昼ゴハン!

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 で、こちらがお昼ゴハン!なかなか上海なお味でした。で、上海紀行はまだまだありますので、中盤戦へ続く・・・。

そのお店の前で待ち・・・と。

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 で、そのお昼を食べるお店の前で待ち・・・と。さぁ、どんなラインタイムになるのか???

上海、観光エリア。

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 そして、上海の観光エリアを流しつつ、お昼を食べるところを散策。

こんな感じ。

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 で、こんな感じでした。テンション的には高いのか低いのかちょっと微妙ですが、比較的フラットな感じでしたね。まぁ、旅行ではないので、必然的にこんな感じで正解かなと。これが、ヨセミテやアラスカやパリだったら、この表情ではないかもしれないですが・・・。

上海到着。

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 で、上海到着。雨は降っていなかったが、曇天な感じでした。寒くはなったですが、「ここが上海か・・・」みたいな第一印象でしたね。

で、ちょっと遅い朝食を経て、

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 で、機内でちょっと遅い朝食を食べまして・・・。

中国東方航空にて、

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 中国東方航空にて上海へ。ひさびさの飛行機です。

雨の関西国際空港。

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 3月17日午前9時40分、雨の関西国際空港から・・・。

台風が来てる・・・。

 またまた、大型の台風が来てる。9月になっていきなりですか!土曜日は東京なのに・・・、台風と一緒に移動しているみたいな感じになりそう。静岡あたりで台風の目にビンゴ!みたいなことだけは避けたいですね。台風の後、涼しい東京みたいなイメージであってほしいなぁ~。

暖炉用の薪。

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 ある暖炉があるお家用の薪。冬の準備ということでこんなにたくさん集めておられます。暖炉のある家ってあこがれますし、暖炉で暖をとるって素敵です。ほんとにほんとにエアコンが嫌いなので、自然の風と暖炉の温かさが装備された家って理想ですね。日本にはもう風土とか歴史とか関係なく、さまざまな趣味趣向の家が立っています。海外の人から見た日本の街並みってガチで色気がないのだろうなぁ~。ニーズが多様になり商品が多様になるが人間の生活が多様になるはずがない。ならば、家は多様性よりもモノホン思考が正解のように思います。なかなかいろいろな条件があるので、できそでできないことなのですが・・・。

水路の掃除作業。

 今日は朝から地域の皆さまと近所の川掃除でした。町内の水路の草や泥やゴミを排除する奉仕作業。皆さん、ゴミや泥を掻き揚げるくわやスコップなどを持参して暑い日差しの中、水路の草や藻やゴミを地面に上げて、自治会の方がトラックで回収に来られるので、ゴミや草をトラックにのせて作業完了。いつも見慣れている水路もいざ中に入ってみると、こんなにゴミがあったのか状態。皆さん、全身汗と泥にまみれて水路を掃除しておられました。まぁ、これはこの時期の恒例なので、日頃顔を合わせるだけのご近所さんともしばし汗まみれ泥まみれで歓談。暑い厳しい奉仕作業でしたが、最後のラムネの美味しいこと。皆さん、お疲れさまでした!そのまま家に帰り汗まみれ泥まみれの状態でノックダウンでした。こういうのもなかなかいいものです。

エゴノキ満開。

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 自宅の玄関の前にある木。名前は確かエゴノキ!?昨年は一本根元からクソムシに攻撃されて枯れてしまったが、今年はこのように満開。土に防虫剤を入れてからクソムシの被害は無くなった。明日にも台風が・・・って感じの雨なのにこのように満開です。

梅雨入り!?台風!?

 いろいろなことが前倒し!?梅雨入りも台風日本到来も早くないでしょうか?まだまだ、大震災や原発事故は最中なのに、自然は自由だなぁ~。に比べて人間はされるがままだなぁ~ってあたりまえですが、しかし、長浜の場合、冬が終わったかなと思いきや寒くなったり、ああ~春らしくなったなぁ~と思えば寒さがぶり返したりの繰り返しで、まだまだ、朝晩は寒いと思っていたら突然の「梅雨入り」。で、台風が来ているって、これはどうなるこやらって感じです。

 で、夏は暑くなるそうで(また酷暑!?)節電モードで冷えピタの買占めが起こっているらしい。今年の夏も冷房も制限がかなり厳しくなるだろう。でも、冬の寒さはヘルニア保持者にはキツイので好きではないが、暑さはさほど気にならない、というか、汗をいっぱい出すことは気持ちがいいので好きな方です。ただ、梅雨は最悪。雨が最悪ではなく気圧。たぶん、血流に気圧が影響を及ぼすのか磁場が変わって同じく血流を乱すのか、もしくは、気圧が変わることで体内の圧力が変化して血管が収縮することでの頭痛なのか分からないが、梅雨は最悪。はやく、梅雨明けと共にその頂に立つことを目指してこの梅雨を乗り切ろうと思っております。・・・辛い。

浮遊惑星発見。

 大阪大学と名古屋大学、そして、ニュージーランドのオークランド大学などの国際研究グループが、恒星の周囲を回る特定の起動を持たず宇宙空間を漂う「浮遊惑星」を発見したらしい。理論的に予測されていたそうですが、確認は初めて。太陽系などの惑星がどのように形成されたかについての謎の解明に役立つとのこと。物理学者のアインシュタインが予言した「光が重力によって曲がる」という一般相対性理論の原理を駆使し星の光の変化を捉えて発見につなげたらしい。銀河系ですでに10個の浮遊惑星を発見したそうで、大きさは木星なみ。銀河系には少なくとも数千億個あると予想されているらしい。浮遊惑星は誕生する過程で、他の天体の重力によってはじき飛ばされ、恒星などの引力に捕まることなく、宇宙空間を漂っているとみなされいるらしい。

 また、あまり表出しないが、世界で深海に対する研究結果が発表されている。それは、地球温暖化に関する海流や地球内部構造との関係が密接にあるのだそうですが、深海はまだまだ未知の世界で、衛星からのスキャンにしても砂漠の中に落ちた1本の針レベルの探査精度なのである。宇宙に対してもそうだろうし、人間は進化・進歩と「図に乗りやすい生物」なのか?謙虚に地球のことを考えてお互いをリスペクトしリレーションシップを高め合えてれば、ボーダーレスな思想になりそうなもの。それが、国家間での宗教感での経済格差間でのリーダーシップ同士間で、とにかく、天狗天狗天狗だらけ。

 45億年分の数千年ですからね。それも人間が決めたこと。もしかすると450億年かもしれないし、4500億年かもしれない。もしくは45,000年かもしれない。人間の進化の過程さえまだ仮説レベルなのに、そんなに天狗になっていいものだろうか。途方もない深海や宇宙の話をするよりも、今日の自分の時間給に注視した方がリアリティーはあるが、この休みに何をするかを考えた方がリアリティーがあるが、せめて、夜に星を見つけたらちょっと宇宙のこと、水道の水で手を洗う時に、マリアナ海溝のことを考える引き出しが心にあってもいいかなと私は思います。

 富士山に登ってから、どこでも水道水で手を洗う時、ジャバー!とカランを全開しなくなった。ひねってもそっと20%程度。チョロチョロと出る水で手を洗ったらすぐに水を止めている。たった、富士山に登るだけで「水の大切さ」が身体に刻印された。水も空気も自然の恵みも人間が創り出したものじゃないんだから、もっと、「お借りしていま~す!」感があってもいいのでは。そんな地球を半永久的に放射線で汚したと言われている人達も、まぁ、想定外の地震だったのだから仕方ないでしょう。それほど、貴方達は自然に対して、地球に対して、ちっぽけだったということ。開き直って首を洗うもよし、リレーションシップを持ち常に貴方達の生を全うできるベターな選択をしていくもよし、リセットしたいならインドへ旅をするもよし。

 光だって重力で曲がるのです。水風船の人間がその影響を受けないはずがない。大きな地球という磁石と太陽からの磁場を一年中受けながら生命を維持している生物ですから、「曲がり方」ありきでいいじゃないかなと思います。どうせ曲がるなら「楽しい曲がり方」を探究したいですね。

70億の種。

 2011年の10月に世界の人口は70億人になるらしい。そして、2025年には80億人に到達するらしい。どこまで増えるねん!2025年は63歳になっている想定ですが、さて、その頃に「日本」という国はあるのだろうか?そろそろ国単位での合併が起こり、アジアは一つの国として機能し始めているような気がするし、もしくは、「日本州」としてハワイのような存在なっているのか?さらに地殻変動が活発になり、日本はアトランティスになるのか?いやいや放射線が漏れ過ぎてこの国自身が「水棺」の中!?なのに、世界の人口は80億みたいな・・・。いやはや人間という種は強烈である。

14,575名のご冥福を祈ります。

 3.11から今日で49日となる。現在確認できている亡くなられた人の総数が14,575名。そして、まだ行方不明者の方も11,324名おられるそうです。ご冥福を心から祈ります。

スヴァールバル条約。

 検索すると、「スヴァールバル条約は、1920年に締結された、スヴァールバル諸島の取り扱いに関する多国間の条約。内容は、スヴァールバル諸島をノルウェーの統治下におくとする他、ノルウェーの法律は全ては適用されず、また、全ての加盟国は等しくこの島で経済活動を行う権利を有するとされ、さらに、スヴァールバル諸島を非武装地帯とすることも定めている。原加盟国はオーストラリア、カナダ、デンマーク、フランス、インド、イタリア、日本、オランダ、ニュージーランド、ノルウェー、南アフリカ、スウェーデン、イギリス、アメリカ。1924年にソ連(現ロシア)、1925年にドイツが加盟。現在の加盟国は40以上。」となっている。極寒の果て、人間が暮らせる最北の地でこんなクリーンな条約が存在するのか。たぶん、何事においても賛否慮論だろうが、白くまが守護神のように思えました。

 この諸島の絶対温度の永久凍土の中の倉庫に眠る64万種の植物の種子。う~ん、地球上で一番安全な場所と意識の高い人間が管理する最も人間の崇高な部分が具現化された場所のような気がします。地震も津波も放射線もなく、ビザもない島。この地の安全度を100とすると、日本は0.02ぐらいかもしれないですね。

「想定内」と「想定外」。

 チェルノブイリではあの事故の後、どのような処理が行われ、どのような流れで復興と廃炉の作業が進んで来たのだろうか。長期化する長期化するとはよく聞くがそれはどの程度の具体的な影響なのだろうか。管理システムが想定外に崩れたのなら、まず、どこまでを想定していたのかを知りたい。結果、真実が伝わってきていないと感じてしまう根幹の原因を知りたい。でも、まぁ、それを知る術はないに等しいから世間的には新聞やテレビの情報で我慢しているが、実は、意外と問題の本質は簡単だったりするのかもしれないし、いやいや、世界で類を見ないぐらいの歴史的な大惨事なのかもしれない。簡単に「想定外」というが、この情報時代に日本のトップクラスの英知と知識がそこにあるはず。そして、この事件を受けて世界から最高の人材が集結しているはず、それでも、「想定外」。この場合の想定とは具体的に(話を聞いても専門書を読んでも理解できないだろうが)何を指して、その人知上の最高の英知の「想定外」とは何なのだろう?地震の研究も相当日本は取り組んでいたはずだし、建物の耐震性も今回の地震以上の震度を想定しているはず。なのになぜ?

 放射線の流出にしても同じく、電気が途絶えれば核融合を冷却できないって!?発電所でしょ?どれぐらいの電力が必要か知りませんが、「想定」していなら、完全に冷却できるまでの電気はどこかに保有しておいてくださいって感じ。それが「想定」でしょ?でも、結果、大型のバケツリレーで冷却していたのを見て、相当「想定外」だったのだなぁ~と感じてしまった。というか本当に想定していたのか???レベル。ご近所で火事が発生したから、ご近所同士がバケツリレーして火を消しましょう状態じゃん!でも、冷えないのならば、冷却する方法は電力以外にもあるでしょうし、それに放射線が漏れるって発熱している核を保管している金属製品の器なら完全に漏れないんでしょう?だったら、ちょっと大きめのそのケースをどこかに作っておいて、こんなことになったら、そのケースの中に完全密封してそれをどこか比較的安全な場所で電力の豊富なところで集中的に冷却して原子炉を廃炉化すればいいじゃん!それが「想定」ではないのかと今さなながら、暴論が頭をよぎる。

 政府が「復興なんとか委員会」を発足したらしいが、ほんとに日本人は好きやなぁ~って感じ。なんとか委員会とかなんとか組合が・・・。「日本の団結力は素晴らしい」って地の利とパイとバックグランウドを考慮したら「団結力」しかないのですから。ってCMにツッコんでも何も始まりませんが、もっと、テレビのCMデレクターの人達、セオリーや会議で決め同意を得た言葉をチョイスせずに、あなた達の心から放たれる文脈でメッセージ映像を創って流してください。あなた達はそいういう立場にいるのですから。あなた達にできることは想定内の標準的なオブラートに包んだ言葉を流すことではなく、セオリーや定石やテレビ会社のスタイルに対して想定外かもしれないが、「体温のある言葉」を流してください。

 病気が原因か先天的か両手両足のない青年が、ステージの上でバタンとうつ伏せになり、顎と身体をひねりながら立ちあがっている映像を観ました。彼はとても快活に言っていました。「どんなことがあっても諦めなければ立ち上がれる。」と。これが体温のある人間の中から出た強い言葉だと思います。両手両足があることの方が不自由にさえ思える映像と言葉でした。

チェルノブイリの今。

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 これが現在の廃炉らしい・・・。

詳しくはこちら。http://gigazine.net/news/20070426_chernobyl_visit/

春へのサイン#03

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 これはドングリ。2年前にドングリを拾ってきて植えていたのが、昨年の春に芽を出し、秋には葉が全部落ちた。ここまでかな・・・と思っていたのですが、この冬も雪の下でじっくり我慢していたようです。ここ最近、葉の芽が膨らみ始めました。これも春へのサイン。

春へのサイン#02

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 こちらも同時期に植えた奴。小さな花を付け始めました。

春へのサイン#01

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 昨年の秋に植えたアネモネの花が咲きだしました。今年の冬はたくさんの雪が降りましたが、土の中で球根達はこの時期を待っていたのですね。

海の中で起こっていること。

 あるSF小説を読んでいる。この度の震災前から読み始めている小説である。それは、深海のお話。上・中・下それぞれに600ページあるので全部で1,800ページの大作である。それを読み進める段階でちょうど上の後半で東日本の大震災と津波が発生した。そして、それにまるでシンクロするように、物語の舞台である北欧・ヨーロッパの大陸棚で地球規模のある大災害が発生し、イギリス、北欧、大西洋岸諸国が津波に飲まれた。東北の映像と小説のそれが微妙に連動してまるで小説の映画化を見ているような気分だった。誠に不謹慎ではあるが、小説で起きていることがもし太平洋のプレートで・・・となどと妄想を膨らませてしまった。その上、原子力発電所の事故も同じようにこの小説で描かれている。それが、リアルタイムの事故ではなく、世界中の原子力に関するあらゆるレポートが事細かに紹介されているというテイ。勿論、フィクションだから、そこに信憑性は???となると全くの背景のないことなのかそれとも・・・?というバランスである。過去のチェルノブイリやスリーマイルは事故としては人類史上の大事故であることには間違いなのですが、それ以外に、原子力発電所の廃棄物や原子力潜水艦などプロトニウムに関する廃棄物の処理が実は・・・というお話。

 人は水中で生きていないので、空気中の放射能ばかりに注視するが、実はそれよりも、地球の生態系で言うと、水中の放射能の存在ほど恐ろしいことはないという流れ。詳細はまだ小説を読んでいない人に失礼なのでここまでとしますが、空気も繋がっているが海はもっと密接に生物に影響を及ぼしているということに人間はあまり重要視していないという警鐘である。

 本当に怖いことは実は海の中で起こっているというお話。う~ん、現在この小説はちょうど中の中盤戦です。結論が怖いと同時に、福島の原発の動向も気になる。小説は読むのをやめれば結果は分からないが、福島原発はそうはいかないガチのリアル。ただ、指を咥えて状態がもどかしいです。

義援金と節電。

 とにかく、できる範囲での募金を行うこと。そして、無駄な電気は使わないこと。仕事上、電気が無ければ成立しないことがなんとももどかしい。それほど、電気やガソリンやガスや水が私達の生活を支えていたということが明確に改めて認識できる。決して、無駄使いをしているつもりはないが、とは言え、大切にその価値を認識して使っていたかとなるとそうでもないだろう。いろいろな感覚が麻痺してどちらかと言えば無限にあるものだと誤解して浪費していることの方が多かったことだろう。改めてエネルギーの恩恵をかみしめて節電に協力しなければ。

 日に日に知らされる地震と津波の情報。そして、現在も不眠不休で原子炉のトラブルに対峙している人がいることだろう。ほんとに何もできないが、ただただ、一人でも多くの人命が確認でき救われて、原子炉が最悪の状態にならぬように願うばかり。

地震の傷跡。

 刻一刻とテレビから流れる悲惨な状況と被災者の数。原子力発電所の事故状況。各国の支援体制。あまりにも大きな想像以上の未曾有の傷跡がテレビから流れる。太平洋プレートの震源を起爆剤に日本全土に連動するプレートが爆発する可能性があるらしい。もしものケースを想定して水や食料の確保をしなければいけない。日本国内最大規模の地震と最悪の原子炉施設の爆発。もうこれは日本だけの事故のレベルではないらしい。アメリカもロシアも動いているらしい。当然他のヨーロッパの諸国やアジア圏の皆様も同様だろう。う~ん、何をどう思考すればいいのか?何か被災された皆様にするべきことは何だろう?まだまだ、報じられていない被災現場で家族を土の中に残骸の中に探している皆様がいること。原子炉近隣の皆様の情報の不明確さに対する不安。まだまだ、震源地は安定していない。今後も同規模、もしくは、それ以上の規模の地震が発生しないという確定はない。傷はあまりにも大き過ぎる。これが乗り越えるための人間に与えられた試練などと軽々しい言葉が頭に浮かんで即座にゴミ箱へ行く。地震・津波から2日目、現地の皆様は本当に不安でいたたまれない気持ち、そして、焦燥と疲労困憊であろう。日本全国から、世界各国から支援者・支援物資が届けられるそうです。本当に気持ちだけを強く持っていただき、頑張っておられる皆様に対して頑張ってくださいとしか言えない情けない状況である。

激震2011.03.11

 何より、地震、津波、火災に見舞われた皆様の一日も早い復興と、まだ、余震が続く現場、2次災害、3次災害の可能性がある現場で救済・救助・復興に携わっておられる皆様の安全な作業が迅速に的確に進められることを祈念するばかり。次々にテレビから流れる映像。未曾有の恐怖の連続。M8.8の恐怖。あの場所にもしも自分がいたら、家族が行き埋めになっていたら、う~ん、一日も早い被災地の復興を願うばかりでございます。会われた方、救済の立場の方、皆様、頑張ってください。

蛙の卵。

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 冷たい水の中、春の予感ですね。

あこがれのヨセミテ。

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 先週、ちょっとヨセミテに行ってきました。快晴とは言えなかったのですが、十分にその雄大な自然を満喫できて~って言ってみてぇ~!なんかこの地の持っているパワーをって個人的な主観のさじ加減ではありますが、感じてしまいます。たぶん、恐らく、間違いなく、現場はこの2,000倍素晴らしいのであろう・・・。いつか、いつか、きっと、必ず。

アビィ・ロードが世界遺産!?

 世界遺産の基準は何?ビートルズのレコジャのあの横断歩道が世界遺産に決定したらしい。で、世界遺産ってそもそも何だったけ?って感じ。なんかある一部の人の主観というかさじ加減ひとつのような気もしなくもない。然るべき基準があるのだろうけれど。んなこと言ったらノーベル賞もよく年末にニュースでやっているなんとか賞みたいなご老体がいただいている奴とかって年功序列的な賜物!?一定の業績や知名度や経歴などが大きくこの価値判断に影響しているのでしょうけれど、まぁ、一生関係のない人間にしてみればただのねたみなのかもしれないが、しかし、ただの路が世界遺産はちょっと付加価値の「付加」が尋常ではないような・・・。

クマムシ!?

 クマムシを検索すると「緩歩動物(かんぽどうぶつ)は、緩歩動物門に属する動物の総称である。4対8脚のずんぐりとした脚でゆっくり歩く姿から緩歩動物、また形がクマに似ていることからクマムシ(英名はwater bears)と呼ばれている。また、以下に述べるように非常に強い耐久性を持つことからチョウメイムシ(長命虫)と言われたこともある。体長は50マイクロメートルから1.7ミリメートル。熱帯から極地方、超深海底から高山、温泉の中まで、海洋・陸水・陸上のほとんどありとあらゆる環境に生息する。堆積物中の有機物に富む液体や、動物や植物の体液(細胞液)を吸入して食物としている。およそ1000種以上(うち海産のものは170種あまり)が知られている。」と出てくる。

 そんな生物知らんわ!小学6年生用の科学の本に紹介されていた「世界最強の生物クマムシ」だって!そんなこの年齢(46歳)になるまでそんな虫の存在を知らなかったことが、なんともショック。ショックが一周回って驚愕です。無酸素にも他の細菌・ウイルスにも乾燥にも放射線にも宇宙線にも低温にも高温にも死ぬことがない。寿命が1年のこの生物。う~ん、知らないことが多すぎる。

 絶対にどこかで探してきて顕微鏡で観察しながら飼ってみたい!!!さて、そいつはどこにいるのか???

地球にやさしいとは?

 よく聞くフレーズだけれどその真意は意外に表面的なことが多いように感じる。実は深いのですが・・・ということが見えないだけかもしれないが、仮にそうだったとしてもそれを確かめる術はない。だからうわっつらの適当なその場しのぎのような印象を受けるのかもしれない。本当に地球に対する優しさを持っている人なら企業ならあえて「やさしい」さなど特筆しないような気もしなくない。語感の問題かもしれないし、いいきっちゃえ!みたいな思いっきり感は短いサイクルでは成立しているかもしれないがその振幅は意外と小さいような・・・。では、なんといえばいいのか!と逆ギレも大人気ないテイではあるが、地球に対する優しさがあるならもっと具体的に「やさしく」と言っている本人・本体のポテンシャルを見せてほしいしそこを掘り下げてほしい。そこが確立していれば、どんな言葉も信頼度の質量があがるっていうもの。それ抜きでどこのどなたか知れない企業が、例え大きな看板を背負っていようが、企業として「地球にやさしい」というなら、それを看板に任せないで人が出てこいって感じ。つまり、人が出てれない組織だからそれがブラインドの向こうにあるのかないのか?ってことになる。いつでも取調室のマジックミラーの向こう側にばかりいると本当の対話ができなくなり、マジックミラーが鉄格子になったとき焦りますよ・・・っていう政治家の類も多いのでは。派閥って語彙を新聞やテレビで観るにつけもううんざりです。本当のやさしさを語れる人はもっと大きいような気がします。そしてそのタイプの人は簡単に「地球にやさしい」などという言葉をチョイスしないような気がします。ここまでこの言葉に食いつくのもどうかと思いますが、そんな気がふとしました。

森林の間から。

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 今日はほんとに空が青く、雲が絵に描いたように適度なボリュームで散らばっていました。思わずパチリ。

裏のいちょうの木。

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 今年も黄色に染まっていますね。冬への合図のようです。

「はやぶさ」スゲェ~!

 ほんとにくだらない政治家のニュースやグルメのペットや芸能人の話題が氾濫する中で、それこそ、名実共に「はやぶさ」のニュースは輝いている。偉業どころの騒ぎではないことが記者会見をしている教授や博士の皆様の表情からも発散されているではないですか。これでこそニュースです。もう、仰天映像番組はもうイナフなのでしばらく「はやぶさ」に関わってきた人達のドラマを取材して見せていただけないものでしょうか。ほんとにスゴイと思いますね。ニュートンの編集局のサイエンスライターの女性も言っていたが「言葉にならない感動」はほんとに言葉になっていなかった。あれだけの頭脳明晰な方でさえその興奮度で言葉を失わせてしまうほどの発見だったようです。

 うん、まぁ~、その度合となると想像もつかないぐらいでしょうが、未知の発見が今後の宇宙開発や様々な理論を構築する上での確固たる礎になることは間違いなく。その未来を描くだけで関係者の皆様の感動の度合が読み取れるというものですね。

 政治家の皆様、これがガチなリアルです。狭い視野の中で翻弄されずに私利私欲に走らず、このような研究・活動しておられる知へもっと予算を配分する知をもってください。日本が世界に誇れる出来事。これは、未来永劫に語られる出来事なのだろうと思いますね。ロマンがあるわぁ~、あり過ぎるわぁ~。

どこから来たテントウムシ。

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 ふと、マイデスクの前の窓を見るとテントウムシ。どこから来たのか?今朝はなんか会社の廊下にいつもはいるはずのないハエが4匹。何かどこかで腐っているのか?クマも冬眠前のどんぐり目的で人里にありえないぐらいの数が徘徊しているらしい。うんうん、動物も昆虫もいろいろ事情があるというわけ。階段の隅にぞうりむしがうずくまっていたが、指でつつくともそもそ動いていた。日に日に冬になる感じ。カメムシが大量発生する夏の冬は雪が多いとのこと。今年は会社で一匹もカメムシを見ていないが、雪は少ないんだろうか。いたるところで起こることが何かを誘導しているかもしれない。日常に潜むバタフライエフェクトは何かのサインなんだろうか・・・?

道路の上の栗。

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 打ち合わせに行く途中、長浜の街の中、道路の上にクリを発見。思わず路肩に車を止めて拾ってきまいた。栗の木は人間が何をしなくとも葉を増やし花をつけ実を落とすんですね。こんな立派な栗の実。これは食べずに春になったら植えてみよう・・・。って、最近は頂いたり拾ったりしてくる実や種をなんでもかんでも植えているパターン。芽が出て元気に育っている奴もいれば、苗で買ってきたのに実もつけずに枯れてしまう奴もいる。本当に植物を育てるって難しい。改めて農業や漁業や林業の方のノウハウというか経験値の素晴らしさにリスペクトしてしまいますね。第3次は元より第2次産業がほんとにやばい。では第1次産業は?米ひとつとっても日本の国がやっていることは本末転倒の支離滅裂の暴飲暴食に近い。正確に表現するなら「完全に狂っている。」である。「自給率100%の島国日本」を創ればいいじゃん?インターネットがあるんだから、鎖国にはならんでしょう。外交外交って英語もろくにしゃべれない頭の中が空洞化して老化してる末期のおっさんがいくら威厳を示してもみじめで滑稽なFake。ならば、完全に国の機能を自国で成立させる国として再構築してみませんか?って、お前は何者やねん!

 政治家や一部の企業家だけが国を創っていると思うなよってこと。国とはその土地に暮らす全ての人を指すんですから。資産や名声や歴史や文化などどうでもいいことであることが早くリアルになればいいな。

 イガからはじけ出た栗の実のように、そのタイミングを見据えたいものですよね。

秋晴れ。

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 昨日はちょっと暑い感じの一日でした。お昼前後は汗ばむ秋晴れ。雲も秋の感じですね。料理撮影の帰り道、思わず雲がモコモコしていたのでパチリ。秋やなぁ~ほんまにモコモコやん。

満月。

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 私のカメラでは「寄り」はここまで。月面が見えるISOと絞りとシャッタースピードはかなり吟味した。で、この仕上がり。う~ん、満月って意外に明るいんですね。ようやく、秋の気配で涼しくなりました。この夏の猛暑があの猛暑だっただけに、反動というか「急に冷え込んできた・・・。」ぐらいの皮膚感覚です。長い猛暑でしたので、何かとスタミナを少しづつ奪われているはず。で、いろいろなとこにその無理が溜まっているはず。それが、気温が変わるタイミングで秋モードになる前に一旦調整する時、体長がいろいろ崩れるらしい。分っていても・・・みたいなことにならぬよう、健康面で注意をしていきたいものです。

昨日のカミナリ。

 昨日の豪雨と雷は凄かった。これでどうやら長く続いた猛暑は終わるらしい。ようやく秋の気圧配置になるらしい。よかったよかった。で、今日は朝から雨。涼しくなっていいじゃん!

キレイな水。

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 田んぼから水路に流れる水。なんとなく見つけた身近にある水の風景。動物は基本、水から離れて生きていくことはできない。何気ない風景の中にもこんなにキレイな水があることを忘れないように。ほんとに滋賀県は台風の被害や水害の被害が少ない。昔は雪が多かったそうですが、最近はそうでもなく、多いと言ってもさほど生活に支障はない。さすがにこの夏は全国的な猛暑、滋賀県も同じだったが、でも、東京や大阪などの都市圏に比べるとこうして身近な生活の中に自然の「涼」がたくさん存在する。都会のようにクーラーで冷えた喫茶店に逃げ込む必要はない。なにより琵琶湖の湖畔であるということであの大きな水面をいつも毎日見ていると、猛暑酷暑と言われていても、さほどガチな感じではない。動物が水場から離れない本能的な理由が少しは自分の気持ちに機能しているのだろうか・・・。

富士山に1度も登らぬ馬鹿、2度登る馬鹿といわれるが・・・。

 素晴らしい名言だ!私は8月7日の午前8時から富士宮登山口からアタック!これが人生初の富士山チャレンジとなる。ほんとにいろいろなサイトで富士山への愛についてリサーチしてきましたが、この名言のリアリティーをあと10日後に体感できるんだ!もう、ドキドキが止まりませんね。この日のためにほぼ1年前より地道なトレーニングをしてきました。1年かけて体重も69から62に絞り現在安定しています。足腰も毎朝毎晩のスクワットでそこそこ大丈夫だろう。しかし、登山で一番危険なことが「過信」であることも頭には叩き込んである。が、その日、その登山口に立った時、自分自身がどんな気持ちなのか?自制できるのか、目の前の風景に完全に飲み込まれるのか?中学2年の時、初めて学校を代表して地区の100mに出場した。あの時の心臓の鼓動は今でも覚えている。100mだったからあっという間だったが、今回は山頂まで順調にいって4時間ある。このリアリティーはいったいどんな感覚なのだろう。さて、2度3度登る馬鹿になりたい・・・。

デカイ雲。

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 ふと振り返るとデカイ雲。思わずパチリ。

初夏の山道。

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 この道の上の方から年配のご夫婦が額に汗をしながら降りてこられた。そして、車で一息入れて帰っていかれた。たぶん、朝から3~4時間、山を歩きをしてこられたのでしょう。なんともいい時間を過ごしておられるのでしょう。まだまだ、そんな心の余裕がないので、自分がゆったり自然を感じながら山道を歩いているイメージは浮かんできませんが、いつか、気持ちと時間に余裕ができたら、そんな習慣を自分の生活の中に取り入れてみたいと思いましたね。

 梅雨の中日、ちょっと、蒸し暑い日でしが、木陰は涼しい。「ホーホケキョ」も鳴いていましたし、ご両名は、かなり、素敵な時間だったことと。

蔦のディテール。

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 ふと散歩中、壁一面に張り付いている蔦が気になった。幾重にも重なる葉の美しさを見ていると~という気持ちにはならないが、この一見意味がなさげな自然の表情が気になる瞬間って、自分自身結構フラットなニュートラルな気持ちなっていることが多い。偏狂な視点は特異な思考に導くスイッチのような実感とバランス感覚が心の中で意識できる時ってテンションの振幅と同じぐらい心地がいい。何気な風景がいつまでも好きでいれる心を持ち続けたいかなと・・・。

アンモナイト。

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 お土産のアンモナイトの化石。特に何も言うことはない。このスパイラルを見ているだけで生物の進化のスパイラルが頭を巡る。それが地球の地圧と永年の時を経てこのカタチ。どんだけクラウドにヒトの英知が蓄積されようがそれは全てヒトの匙加減。所詮・・・である。それに比べこの小さいフォルムに無限の地球の歴史がガチで詰め込まれているリアリティー。だから、いつも目に見える場所に置いておきたい逸品ですね。「見えている。」ことをたまに意識化するといろいろと多くのモノが見えてきます。

目の前に猿。

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 配達中、突然目の前に猿が数匹。そのあとを石を投げながら追いかけるおやじ独り。う~ん、春のなんとも穏やかなワンシーンでした。さてさて、猿のファミリーは何かいいものをゲットしたのだろうか?

ドングリの芽。

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 昨年の秋に近くの運動場の並木の下に落ちてたドングリ。それを、冬の間、土に埋めておいた。冬の間はなんとも反応がなっかったのに、この前のちょっと暖かい日が続いた時、ふと、その土を見たら小さな芽が出ていました。そこから2週間ほど見守り、30個ほど土に埋めたドングリの実から少しづつ反応が。その中の一番最初に芽を出した奴をそっと植木鉢に移しました。ここでそこそこまで来たら地面に植え変える予定ですが、そこまで、会社で毎朝見守ろうかな・・・と。へぇ~ドングリの芽ってこんな葉だったんですなぁ~。12へぇ~である。

白い葉???

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 もう3月末なのに寒い寒いと車を走らせているとふと山の中腹に1本だけ白い木を発見。正確には白い葉?花だけ?白いサクラ?なのかもしれないが、他の桜はまだ咲いていないので違うし、一本だけぽつんと白い葉の木って何?仕事中だったので現場に登って確認はできませんでしたが、なんとも不思議な木でした。しかし、機会があればあの白は何だったのか確認したい。これは何の木か?何の花か?ご存知の方おられません?

滝の音。

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 水が岩を打つ音、水面にぶつかる音、静寂の中にもかすかに聞こえる風が樹々を揺らす音。日常の空間から一定の距離を置きそんな空間にいると人に備わっている基本的な能力が起動する。それは、言葉にすると「五感が目覚める」ということなのかもしれませんが、それ以上に何か意識と無意識の間で覚醒する感覚があるかもしれません。「マイナスイオン」というキーワードは商業的にもう退化しつつあり飽和した後の澱として淀みに浮遊している。しかし、イオンの話で言えば人間の感覚の中に例えばそれが流れ込んできたとして、「癒される」という感覚が正しいのだろうか。イオン=癒しとなる構図は間違いなくどこかのメディア関連のクリエイターが連動させたこと。本当にイオンが感覚に癒しを与えるなら、癒しを得るために人はイオンを渇望しているとなる。

 で、この空間にその表現が在るかと言えば、それはない。空気清浄機やドライヤーの販売促進にマイナスイオンを連動させるのはクリエイターや開発者の自由だが、間違いなくこの写真の空間にそれらは蛇足。自分自身この写真を見て思うことは、もっともっと、心を開放できる空間に身を置く時間を作らないといけないと感じました。素敵な写真をありがとうございました。

森の写真。

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 ある素材集の中の一枚ですが、なんともいい感じの森の写真。このテイの写真は昨今の「環境問題に一生懸命取り組んでいます。二酸化炭素を一生懸命出さないように努力しています運動」に見かける写真のテイストですが、なぜ、森の写真と人間のエゴがその大前提で連携してしまうのか?これは、普通に観て連動しているが実はとても不思議な感覚である。そもそも、雰囲気のある森の写真を観てなぜ人間が地球環境を保護するという連想に行きつくのか?これにはいくつか前提があり、「人は自然を大切にしているから自然はそれに必ず応えてくれる。」や「自然のことを考えてていますと言っておけば、それがセオリーな時代だから、自社の企業活動はそれらの考えをベースに展開しているんですよ。」などという前提をクリアしていると考えているのか・・・?でも、それって、ちょっと強引である。何か共通言語が欲しいのはマスメディアに対して何かを発信する際の基本的なルールかもしれないが、どう考えても「人は人。」「森は森。」でしょう。

 この間にある関係性を深く考察するなら、その媒体や意義を語るべきであり、森は人が考えるほど微弱ではない。逆にもっとリスペクトする必要があり、上目線の時点でNG。森の写真を観たらそこに流れている空気のことや動物や鳥の声や葉と葉が風でこすれる音や水や土の匂いを連想し、脳を開放してはいかがでしょう?次に脳が連想するモノが地球のことなのか経済のことなのか文化のことなのかそれはそれぞれのポテンシャル次第でいいのではないでしょうか。なんでも二酸化炭素の削減で前に進むのは「ハダカの王様」状態であり滑稽。

風の強い日。

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 ちょっと暖かくなったと思ったら、今日は風が強くて冷たい。風車がよく回っていた。

ホルモンか・・・。

 どうも最近「ホルモン」というキーワードが気になる。たぶん、気になるから、テレビや新聞でその記事に目が行くのでしょうけれど。とにかくなんとなく気になる。アイディアのレッスンという書籍を読んでいるのですが、そこにも、人の思考に影響を及ぼす医学的な科学的な信号があると書いてあった。また、「たまたま」ということを科学する書籍も読んでいるのですが、こちらにも、そのテイのことが記載されている。これはそれこそ「たまたま」なのか?必然なのか?偶然は情報化社会の中に存在しない。また、仮想現実の中にも存在しない。それらはすべて用意されたモノ。目的を持って検索してそのエリアの中でのゴールには最短で行くことができる時代になりましたが、最短で行ってどうする。そこに目的のモノが確実にあるのに・・・。つまり、学習するということは、五感と今備えている技術や知識でその場その場の最適な結論、つまり、運動を繰り返し、それを反復しながら、その英知や技を会得するということだから、すでにあるモノへアプローチしたところで、それは誰でもパソコンさえあればできるゴール。そのゴール自体を自分なりに変化させて、自分のゴールを想像し創造することが・・・、と、このような考えも実は何かしらのホルモンが影響しているという考察が非常に興味深い。

 で、じっくりとそのルートをリサーチしてみようと思っています。遺伝子でも自律神経でも脳幹でもなく、ホルモンという存在とは?医学的な知識がないのでいつもの浅いアプローチになりそうですが、それでも、ホルモンが気になりますね。

なぜか1月にモンシロチョウ。

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 仕事を終えて荷物を車から出して、仕事場に帰ってきました。うん?こいつは?どのタイミングで入ってきたのだお前は?ノートパソコンを入れていたリュックの中からヒラヒラと。あれこいつは幻?かなり疲れがたまっているのか?それとも何かのマジックなのか?しかし、確かにおまえはモンシロチョウ。仕事場にいても死んじゃうだろうから、外は冬1月真っ最中ですが、逃がしてやりました。これも温暖化!?

長浜大雪警報!!

 昨晩から長浜は大雪警報です。ニュースでも昨日と今日とで1m以上の積雪量が想定されるらしいです。トホホ・・・です。でも、雪はしんしんなのですが、比較的「べちゃ雪」系で路面がカチカチでさらにその上に雪が、という状況ではないのでまだ長浜の中心部は安心です。しかし、1月1日から新長浜市になったものだから北部の旧西浅井郡エリアや余呉のあたりも「長浜市エリア」。だから、ニュースのとおりこの2日間で1~1.5mぐらいは平気で積ることになりそうです。あのあたりは逆に日本海側よりも積雪量がハンパないので、この時期に打合せや納品をとなると出発する前にかなり気合を入れて出発しますね。

 雪や雨は嫌いではないので、こんな時期でも琵琶湖の湖畔で白鳥を見ながら琵琶湖に降る雪をじっと見ているってのオツなものです。ただ、この季節は気を緩めると大きな交通事故に遭遇したり、自分自身もしょうもない事故を不注意で起こしたりしないように通常より気合を入れてハンドルを握っています。琵琶湖に振る雪はきれいなのでなどとよそ見をしないようにと。

明日から雪。

 どうやら非常に強い寒気団が来ているらしく、もう北海道では雪マーク。で、明日ぐらいから滋賀北部長浜も雪が降り始めるらしい。急きょ、昨日はタイヤをスタッドレスに入れ替え、オイルも新しくしてバッテリィーも交換してもらい冬支度をした愛車なのでした。あと、ガソリンタンクの水抜きとかウォッシャー液の凍結防止などいろいろ車も大変です。日頃、あまり、全然、全く愛車のケアには神経が行かないテイの私でもこの時期は車が止まってしまったり、レッカーを呼ぶはめになったりだけはしない程度のケアをしなければと昨日は集中ケアでした。エンジンも一発でかかるようになったし、なんとなく、アクセルと加速の連動感もいいような・・・。世の中にはエンジン系が好きな方が多く凄まじいこだわりを語っていただける場合が多いのですが、それに十分に反応できない人間なので、お話がいもないだろうなぁ~と思いながら拝聴しています。もうすでに17万キロを超えているのですが、とてもとても気に入っているのでできるだけ長くこの方に乗りたいという程度の愛着はあるようです。

ノーベル平和賞。

 ノーベル賞ほどその候補者や審査の過程が極秘モードなアワードはないらしい。受賞者への通知は公平に発表当日まで完全秘密厳守されている。つまり、審査委員会のあるノルウェーの国会が任命した5名の委員の皆様が「平和」というカテゴリーで「人類の幸福と平和に尽くした人物や団体」を密に観察して分析して結論を出しているらしい。その結果が今回のオバマ大統領。平和というカテゴリー上、政治的な判断が含まれていることとを考慮した場合に、いかに世界を公平にジャッジしているかという部分がどうも公開されていないことがノーベル賞の崇高さをさらに上げているのだろうことらしい。

 そこに言わば小国ならではの大国にマネできない「潔い発信力」があるという構図である。隣国同士が連携し友好を維持するために何が一番大切であるかを創始者のアルフレッド・ノーベルはその遺書に記している。それが北欧の知恵であり、世界がこの賞の意義に一目を置く偉大な価値と言える。「平和」を語ることは誰でもできるし、個人の価値観の中で「平和」のどの部分にフォーカスするかも人類の数だけの価値観の数があり、その中で最も意義があり、脈々と流れる継承されてきた遺産のような価値観をこれからも永劫に伝えるためにこの仕組みに異論を投げさせない「清く潔い真理」がこの仕組みの軸にあることは間違いない。それは複雑な縦と横の綾ではなく、一本の太いロープのようなイメージである。

 で、同様に「平和」の代償として流された多くの汗や血や涙を礎にそっと鎮座する象徴こそがこの価値観なのだろう。

 例えばこれが「平和」でなくとも同位であり、雲(クラウド概念)の中に存在する「清く潔い真理」も発信力を得るためにこのアプローチを借りることで複雑な思考も数多の煩悩も一本のロープに束ねることができるのだろう。そんなことを考えてしまう、オマバ大統領のノーベル平和賞でした。

巨大な台風が・・・。

 巨大な台風がやって来ているようです。少し前にテレビで伊勢湾台風の番組をやっていた。今回の進路は本州のど真ん中を通過するらしい。いつも、北か南へ抜けるので滋賀県は大きな被害を免れているのですが、今回はどうやらど真ん中の進路。かなり警戒モードです。

農業のノウハウは深い。

 テレビ番組でパイナップルを育てようというプログラムを観た。そのプログラムは昨年の5月からすでにスタートしているプログラムで結果この夏にパイナップルが実り美味しく頂くという番組だったのですが、観る側からするとたった1時間の番組の中の40分程度の映像なのですが、これに関わった時間と費用はとてつもなく大きいと感じ、それ以上にその映像から伝わってくるリアリティーの質量たるや、政権交代についてしたり顔の専門家(何の!?)のコメントで潰される1時間や適当なグルメ料理を単価の安い芸能人たちがワサワサと食べて適当なコメントを並べているだけの1時間とは明らかに質量が違う。というか違う質量を感じた。つまり、テレビの中の情報が第2次的な情報であるとして、それを観る側がどう価値を感じるか(楽しんだり有益だったりと感じること)については、やはり、このディテール感というか質量の違いがそれに関わった(テレビ局関連の人やそれをスポンサードしている企業)方たちの「見えているか見えていないか・・・」の違いになり、引いては企業イメージやテレビ局の雌雄を決するような気がしていました。

 で、パイナップルってやはり南国のフルーツなので、成熟するまでにそれを育てる気温(室温)は15度をキープしなければいけない。そして、その環境を作りながら、土も南国の赤土を使用する。そして、苗を植える。ここからがパイナップルづくりの真骨頂である。まず、生育が芳しくないということから、剪定を吟味する。葉の色が調子が悪いというこから、オリジナルの肥料を作成する。日光が足りないのではないかということから、白いシートを敷き、土の温度を下げないために黒いビニールを敷く。さらに、発芽を促進するために、ジャガイモの新芽から出されているというなんとかなんとかというガスをパイナップルに吸収させるために、新芽の出かけたジャガイモを苗のそばにちりばめる。このノウハウは凄まじい。たった40分程度の番組の中、パイナップルを育てようという目的のために、ここまでするのか・・・。そして、小ぶりではあるが、ひとつの実が成熟し無事収穫。そして、包丁が入れられ、タレントが食べる。この場面でタレントが発する「美味しい」は間違いなく本物である。グルメ番組の安直な「美味しい」とは明らかな言葉の質量が異なる。ほんとに美味しいだろうと伝わった感じがなんとも素敵なテレビを観ている40分間でした。

 職を失った人たちが安易に農業に携わろうとしているらしいですが、この農業の深さが見えているでしょうか。こんな苦労してこれだけのノウハウが蓄積されて1個のパイナップルが実っていると思うと、スーパーで見かける野菜や果物が輝いて見えてきます。うん、農業って深いです。

震度6弱。

 長い梅雨、それも豪雨を伴う亜熱帯地方のような梅雨がようやく明けたと思ったら、いきなり台風が発生して、今日の朝は静岡で震度6の地震が発生。長浜でも早朝6~7秒揺れていました。滋賀県はまわりを山に囲まれた地形の特性上、ほんとに台風の被害が少ない。しかも豪雨の被害もあまり聞かないし河川が氾濫したというニュースも聞かない。ほんとに自然災害が少ない印象を受けます。これは本当にありがたいのです。いろいろな国内の災害のニュースを見ると、もし、自分の家族がこのような状況になったら・・・と想像すると事の甚大さを痛感します。やはりこれも温暖化の影響なのでしょうか。明確な対策や対応策を国やメディアは示してほしいものです。個人レベルで対応できることなどももっと情報として提供してほしいものです。

竜巻映像。

 あるマンションから撮影された竜巻の映像を見た。あの映像はツイスターよりリアルでした。電線がショートするする映像はリアルすぎ。しかし、豪雨に竜巻、日本の気候はどうなったのだろう。もう7月も終わるというのにこの雨と気温。まだまだ梅雨の延長上。テレビで「冷房病」という自律神経系の病気のこともしゃべっていたし、微妙に日本の四季が崩れているのでしょうか。昨日は北海道でも地震が発生していたようですし・・・。

 しかし、「竜巻」の威力って凄まじいです。昨日の群馬の竜巻はなんとか式の竜巻のレベルで計測すると1~2のレベルだそうですが、家の壁を突き抜ける瓦、金属の支柱に刺さっている木片、テッシュのように舞いあがるトタン屋根。突然の竜巻に襲われたら細い溝に身体を入れて通り過ぎるまでじっとしているのが対処方法。鉄筋の建物に逃げ込むのもいいらしいですが、できればそんなことには遭遇はしたくない・・・。

 う~ん、自然とはなんと驚異なのでしょう。

雨がよく降ります。

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 ここは草津の文化公園内のベンチです。昨日はこちらで打ち合わせだったのですが、途中、3回、前が見えなくなるほどの豪雨。ほんとによくこのレベルの雨が降ります。夏の夕立ちのような雨がこうも断続的に降るってのはやはり自然環境が変化しているのでしょうか。梅雨前線の発生の仕方も例年と比べ非常に活発で梅雨の雨というよりも、どこか熱帯地方のスコールのような雨。だんだんと梅雨時期から夏にかけてはその地域のような気圧配置になっているのでしょうか。これも、温暖化や地球環境の変化に伴う出来事なのかなぁ~と思いながら草津まで車を走らせていました。

 で、打ち合わせ後、雨も上がり~で、資料撮影をしながら、公園内をウロウロ。このベンチは公園内にある大きな池のほとりにあるベンチ。適度に疲れているベンチが雨上がりになんとも存在感がありました。人工物はあまり写真に撮ってブログにすることはないのですが、なんとなく、この疲れた表情のベンチと雨上がりというシチュエイションでシャッターを落としました。

 今年の夏は冷夏だということ、冷夏は米の品質にも影響が出ますし、紅葉の紅葉の色にも影響が出ますから、地球上の全てのモノは関係があるのだとつくづく。

 さて、人間はどうなんでしょう。豪雨による死傷者が今年は例年に比べてとても多いように思います。北海道の遭難や土砂崩れの被害などなど。自然はほんとにほんとに侮れません。

木を植える男。

 仕事をしながら休みの日や空いた時間に日本各地の山などに一本一本木を植えている方がいるらしい。大きな財団でも企業でも公的な施設の方でもなく、あくまでも一個人のお話。植樹作業は時間もコストも必要なので毎日の生活はできるだけ切り詰めて一本一本木を植えることに使命感を持ち自分の足で全国に木の苗を植えておられる。

 このアクションについて思うことはテレビのコメントも言っていましたが、一番何より「確実」だということである。エネルギーを使い放題の会議室で二酸化炭素の排出量をどれぐらにするのかしないのかに費やされている時間、なんとか党の演説車がうそか本当かわからない文脈を大切なガソリンを使って垂れ流している行為、国民の税金を国民の税金をと言いながら椅子に座って議論こそが正義と勘違いしている役職の存在。これらの皆様がご自分の所得でご自分の両手に抱えることができるだけの木の苗を抱えて山に一本一本木を植えた方が地球との共生ってもんでしょう。乱暴な文脈かもしれませんが、この木の苗を植えている方の言葉と勘違いしている方の言葉、どちがら質量がありますか?というモノサシで地球のことを考えたら答は出ているように思います。

 もう、底が抜けたダンボールのような国であることは誰もうすうす感づいています。上なのか別室なのか分りませんが部屋に集まってひそひそ話は止めましょうよって感じです。そんな「政治ごっこ」で日本が変わるのかな・・・。アメリカの破綻と日本の経済、深い関係が因縁がなれあい感があることは現実として受け止めた上、ひとりひとりが一歩一歩何かしなければ、抜けた底は補えないような気がしています。非常に漠然とした概念・通念・観念かもしれませんが。

 で、微々たるアクションかもしれませんが、私自身は自宅の庭にスペースがあれば、栗の木を植えたり果実の木を植えたり野菜を作ったりしています。でも、それは、地球のことも考えてですが、その目的とは別に鑑賞してとか実が生ったら嬉しいとかレベルの目的でやっています。でも、大志を抱き過ぎて机の上の議論で満足するよりも自分のできる目標で目的でぶれていないことを続けていくことが大切だと思うのです。そんなことを考えていたものですから、この「木を植える男」のお話をテレビで観た時にちょっとグイグイときました。

めだかは逞しい。

 我が家には豆柴のチョップとほぼ1年水槽に棲んでいるメダカが数匹。それぞれにそれぞれの可愛らしさがあるのですが、豆柴犬はさて置き、メダカ君。ご近所様からお譲り頂き、このまま水槽で飼っていればいずれ卵を産みすぐに孵化しますから早めに大きな水槽に移してくださいね~って言われてほぼ1年、頂いた際には1mm程のサイズが30匹チョンチョン泳いでいたのが、ほぼ、1年、猛暑も秋も冬も玄関の水槽の中で生き延びた7匹。もう「7匹のメダカ」なので、かなりかなりメダカって逞しいなぁ~という状態だったのが、卵を産みそれが季節の変わり目で少し水槽を太陽の光にあてるのが水にとって好条件だったのか、産まれる産まれる産まれる。昨年は卵を産むが孵化しかったのが、孵化をこの1ヵ月ほど繰り返し、1日1匹ペースで増殖しています。まだ、まだ、親メダカは卵をぶら下げているし、藻についた卵はまだたくさんあるので、いったいあと何匹が孵化するのか楽しみなのです。
 餌代なんて、1年前に買ってきた小さいボトルを1年やりつづけてまだ半分も減っていません。なんと燃費のいいペットだろう。仮に50匹孵化してもすべて成体まで成長するとは限らないですが、いやはや小さい世界で逞しくしかも経済的に一生懸命生きている皆さん。
 で、人間も同じなんじゃないかな・・・。普通が一番難しく、普通が一番楽しく、普通が一番逞しいんじゃないでしょうか。と、2夜連続で39度越えのためにブログを休んでしまった45歳のおっさんの「地球の話」的独り言でした。

農業熱の真意。

 ドバイの何とか記念で10万発の花火を観た。そのお金で救える命がいくつあるだろう・・・と?渋谷ではストリートで稲を栽培しているらしい。都内でもこういう試みが増えてくるでしょう。が、減反はどうする?稲作の規制や品質の管理など現場はそんなに甘くない。土とふれあいたいならそれもいいでしょうし、稲の世話をファッショントレンドで捉えていられるうちは決して農業とは言わないだろう。ただ、いろいろなベクトルが第一次産業へ向かっているのは大きな潮流のようです。
 で、その真意はどこに設定するべきなのか?漁業、林業、そして農業。製造業も大変ですが、第一次産業も大変です。第三次で溢れた人が、人気がないからとか、ここなら雇用があるからだとか程度の理由で踏み込むには予想以上にハードルは高いと思います。一回、素足で田んぼに入り稲を植えましたがインパクトが強すぎる体験でした。毎日毎日自然に対して気持ちを注ぐということは大変なことだと思います。

世界遺産。

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 長浜の市内でも世界一周108日の旅!というポスターを見かける。価格は全世界の世界遺産を豪華客船で周遊して148万円。これが高いのか安いのかは別として、少し気になる。到底、あとこの10年間、この船に乗ることは120%ないとしても、いつか・・・と妄想していまいます。いいだろうなぁ~と。10年後なら宇宙旅行も一般の人が行っているだろうし、そういう意味で人間のテクノロジーとあくなき貪欲なベクトルは大気圏を越え大海原を渡るというわけ。一方で深刻な問題も多発している、世界経済にも大きな亀裂が生じているような、それが、発展途上の国に落とす影は大きいはず。しかし、目の前の亀裂に目を向ければ日本国民の雇用の問題はかなり深刻である。どれだけ日本がCO2を削減しようが、エネルギー問題の技術が進化しようが、同じ目的意識のベクトルを共有しながら全国民が国力を維持・発展することはできない、できるはずはない。が、メディアでは相変わらずの「豪華食材グルメ番組」「机上の理論のお茶濁し討論」「7つの大罪系のゴシップ」が反応対象である。メディアの迷走は止まらない。
 で、でも、否定的なことにばかりストレスを感じて大切なモチベーションを浪費することはしたくないので、自分のペース配分で歩いていきたいものです。いつのころか企業が社会的責任をどうのこうのと言い出してからおかしくなっているような。「社会的責任」とは概念であるはず、「もち」でも「デザート」でもないはず・・・。

石のコレクション追加。

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 自動車にも貴金属にも洋服にも興味がない。全くない。が、カミさんに言わせると「妙なモノを集めすぎ!」そのひとつが石のコレクション。ある後輩から、こんなことを言われた。「どこかの石を持って帰るってことはあまりよくないことですよ。」と。それは、いろいろな意味があり、その地の魂というか霊を人間の勝手なエゴで移動するのはよくないらしい。確かに何故石を持って帰るという理由の中にその土地での記憶を持ち帰りたいという念が働いているかもしれない。でも、持ち帰りたい衝動には勝てない。だから、どこで拾ったかも分からないぐらいに妙な形の石が部屋や仕事場には氾濫している。
 この2個はブラジル産を東京で買ってきた。右がトルマリンの原石、そして、左が水晶の原石。トルマリンは説明書きにいろいろな効果が記載されていたが、まぁ、そんなことは関係ない。この黒い感じがいい。水晶も人間が考えたいろいろな理由はあるがそれもあまり関係ない。とにかく、この質感は美しい。だから、手元でいつも見ていたい。だから買ってしまう。じっと見ているだけで飽きないですね。

クライマー魂か・・・。

 昨晩の午後10時、国営放送でのドキュメント番組。孤高のクライマーがいた。ひとりでどんな難所も次々に登頂をしていた。そして、一人の女性クライマーと出会った。勿論、山でである。二人はある山にクライミング。しかし、雪崩に遭遇。ロープに宙吊りの彼女を救出するために、マイナス30度の中、雪崩で目が見えない状態で岩肌を手で確認するために手袋を脱ぐ。4時間で無事救出できたが、同時に4本の手の指を失う。そして、その事故から5年。二人はグリーンランドの垂直の岩壁に挑戦。指のない両手でクラックにカムをセットしていく。そして、二人とサポートの仲間3名は3週間で1,300mの頂に立つ。この人種はなんなんだ。なぜ、そこまでして山に登るのか・・・。本当に何かに挑戦している人は理由よりも先に何かがある。人が動き考えるのに理由より重要なモノがある。そう思った。それはたぶん命よりも大切なモノなのではないかと思います。地球と人間の壮絶でもあり華麗なドキュメント番組でした。

めだかの孵化準備。

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 この中で今卵が数個孵化を待っている。その為の緩いろ過装置。いきなり卵を産むものだからびっくりしましたが、孵化してくるめだかのための環境づくりというわけです。さて、産まれるのでしょうか。結構劣悪な環境でもめだかは孵化するのですが、成長する際に弱い強いが分かれ、強い奴はどんな環境でも成長して卵を産むらしい。生まれながらに弱い奴は死ぬらしいです。う~ん、自然の摂理とは厳しい。ちょうど同じことが今この地球でも起こっているのでしょうね。

気持ちのいい空でした。

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 撮影現場に到着。とても気持ちのいい空でした。

リサイクルのお話。

 「エコバック」なるものがいつのころか市民権を得て、「粗大ゴミの引き取りの有料」もいつのまにか誠しやかに時勢の流れとして本流に交わった。それぞれの自治体に存在するゴミ焼却所も、本来、その必要性については議論の余地なしとして、そもそものお話からもう一度再検討してほしい。ダイオキシンの問題もやはり「本当?」ということのようです。皆が皆、自分の立ち位置のために展開してきた諸行。もう、分別ゴミも浸透してますが、もう一度問える機会があれば「何故?」と問いたい。

ほんとうの環境問題。

 実はゴアの「不都合な真実」の存在を知った時、少し期待した。地球温暖化などの環境問題を指して「不都合」だと理論を構築しているのかなと・・・。でもふたを開けて書籍と映画を観たが120%温暖化否定。これにはびっくりした。環境問題には流行があり、その時代時代にメディアが報じるままに、トップレベル!?で議論しているテーマが勝手に一般の方に情報として届いてくるということ。確かに、短い人生でも振り返ると大気汚染や水質汚染や絶滅種の保護などいろいろな環境に関するムーブメントが起こった。そして、二酸化炭素とフロンである。あと数十年もすると、また、新しい環境問題アイテムが途上して皆さんが一喜一憂するのでしょうと、ある方の書籍に記述されていた。私も全く同意見。実際のところ、一番問題なのは、地球が温暖化していると信じている人の数ではなく、地球の温暖化対策で何かを得ている人たちの数であり、これは二酸化炭素よりフロンよりたちが悪い。そもそも、地球上に存在していたモノより、これらの考え方はあとに発生したモノであるということは疑う余地がないので、結局、何をどうねじ伏せようとしても、本末転倒なのです。では何をすればいいか、まず、作った料理はすべて残さず食べるということだそうだ。自給率の低い国なんだから、自分たちの立ち位置を再確認したいものです。

防災グッズ。

 こんな時代なので、どうしても新聞や雑誌で目が行くのが「防災グッズセット」。飲み水や非常食や薬や固形燃料などをお得にセットした緊急時の防災グッズがどうしても気になる。建築関係の方とお話をする機会があったのですが、家の設計や構造のセミナーや講演会を企画するよりも、防災関連の専門家の講演会の方が圧倒的に出席率が高いそうです。すでにここ数年、国内各地で甚大な被害が実際に発生して多くの被害者がおられる。予期せぬ震災に国の対応や市町村の対応が非難されている記事を読んだり、実際に関係者の方に現場のお話をお聞きしていると、それはもうテレビや新聞の中だけの話ではなく、いつ自分や自分の家族に降りかかる災害かもしれないと考えると、自分自身で用意できる生命を維持するための必要なグッズや知識だけは用意しておきたいと思ってしまう。関西や関東で大地震が発生するよりは地方のことだから被害はそれほど・・・と考えがちだったけれど、新潟などの例を見ていると知ると背筋が凍る。寒い季節に電気もガスも石油もなくなりライフラインが復活するまで、自然から家族を守り、水分と栄養を確保する準備と知識。最近はどこへ行っても「防災グッズ・防災商品」コーナーがあるので、買い物につきあってもそんなコーナーに足が止まっています。防災グッズでいい情報がありましたらおしえてください。

ニューヨークと東京。

 マンハッタンの地下には大きな岩盤があるらしい。聳え立つ構想ビルの骨組みの基礎は全てこの岩盤の中に打ち込まれていて24時間眠らない街ニューヨークの鼓動が岩盤に伝わっている。静寂と無縁のこの街が人間が暮らすのに適正であるか否かについての議論はさて置き、ここに世界のエネルギーが集まってくる大きな理由のひとつとして、24/7この街は振動しているからであるらしい。これは原因ではなく理由でもなくその場所が持つ特性とそこに生きる人間の関係でありふるまいである。
 私はよく初めて行った場所や想い出深い場所の石を拾ってくる。ある後輩に言わせれば石(意思)を持って変える事はあまりよくない事で観念的にいい意味合いに繋がらないらしい。しかし、文化や慣習に興味がないわけではないが、もっと根本の理由で石をひとつ持ち帰る。ブログでその理由の詳細を記載するつもりはありませんが、石こそ地球だからである。
 東京で4年ほど暮らしたが今会社のパソコンの周りにも書斎にも東京の石は一個もない。ローム層に乱立するビル街に本来石などないからである。いずれもどこかから持ってこられた石に何も感じないからである。科学雑誌などで地球の歴史の話を読む。まるで、小学生の頃のような気持ちで読む。情報化時代100年の時間の経過に思いを馳せられない人が増えているらしい。つまり、「一瞬先は闇」という言葉、もしくはその状況をメディアに刷り込まれ酔いしれているだけだろう。アフリカの原住民は明日のことを考えない。その方が平和に暮らせることを彼らは知っているから。予見は恐れでしかない。夢や希望は幻想だという文化をあの頃、教育や文化や経済面で刷り込まれた私たちは人が作った人を制御するための真理に操られている。それはそれで悪でも過ちでもない。いつのころか基準を失いつつある概念や通念への回帰が大きなうねりを起こす時、一番大切なことは地球のどこに住んでいるかではないでしょうか。私たちは間違いなく断層地帯に暮らしている。だから平和な日本としての平衡感覚が生まれたように思う。さてさて、石ひとつを見て何を思うべきか?先日、横浜で買ってきたゲルマニウム鉱石はガラスの器の中に水を入れて仕事場に置いた。何やら気泡を出しているが、成分は何だろう?